私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2014年05月29日
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カテゴリ: 千の朝
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 これらは周期的に行われますが、まれに毎日の場合もあります。

 これまでもいつもそのように行われてきたので、そうしているわけです。

 つまり、頭で考えずにやっていることです。

 たとえば、新年を祝うという儀礼があります。

 一年がめぐって暦のうえで日付が新年になるだけなのにです。

 現在われわれのほとんどがグレゴリオ暦を使っていますが、どんな文化もかっては太陰暦または太陽暦を使っていた時期があり、暦はある種の儀礼で表現され、一年の始まりもそうでした。

 いまだにその暦の独特のやり方で新年を祝う文化があり、往々にしてむかしの創造的行為の繰り返しが行われているのです。

 かってはわれわれの生活における地元の神様を祀る方法を行為に表したものでした。



 これが第一のもの、「模倣の儀礼」です。

 第二のカテゴリーは、「移行の儀礼」です。

 通過儀礼と呼ばれることもあります。

 この儀礼で行われることは、ひとつの状態または界から、ほかの状態または界へ移ることです。

 われわれの生活の重大局面を表す場合が多く、誕生とか洗礼とか、成人、結婚、出産、そしてやがては死といった人生の節目節目を表します。

 このような儀礼はすべて、古い状況や生活方法に別れを告げて、新しい状況や生活方法の始まりを記念して作られています。

 なかにはイニシエーション儀式が含まれるものもあり、一般にこれは再び生まれること、一種の象徴的な再生と呼ばれています。

 第一は模倣の儀礼、第二が移行の儀礼、そして三番目の儀礼をここで考えていただきたいのですが、それは「神への捧げものの儀礼」です。

 これは貴重なものを壊す、または忌避するという形の儀礼です。

 つまり、何かをあきらめて捨てることなのです。

 捧げものは、植物でも生きた動物であることもありますが、よく見かけるのが牛乳とかパンとかコメ、または身につけるものなどの簡素なもので、それらを土に埋めたり、焼いたり食べさせたり、大地に注いだりして喜捨してしまう。



「儀礼があるから日本が生きる!」 ライアル・ワトソン たちばな出版





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最終更新日  2014年05月30日 05時09分29秒
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