私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2019年05月30日
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カテゴリ: 千の朝


 西蔵(チベット)探検の為渡航せしむるに付ては
 先以て重慶において十ニケ月間留学の上
 満五ケ年(出発の日より帰朝の日まで)を期し
 目的地へ赴かしむへく之に要する
 一切の費用は機密金より支出を要す」

 文書に署名した当時の外務大臣は西徳二郎。

 一八八〇年(明治十三)、
 単身、ロシア領中央アジアを旅した冒険家であり、


 次官として署名に名を連ねたのは小村寿太郎。

 ポーツマス講和会議での日本側全権大便となる人物だ。

 重慶での修学に一年、チベットに入ったら四年、
 という期間の設定にこの任務への意気込みが感じられる。

 外務省はなぜ成田安輝をチベットに派遣したか。

 それは、実は日本の対ロシア政策と深くかかわることだった。

 十九世紀初頭以降、
 中央アジアを舞台としたロシアの南下政策は、
 各国の脅威となっていた。

 とりわけインドを植民地経営していた英国にとって
 この問題は深刻で、

 英露両大国の政治・軍事上の情報合戦は
 「グレート・ゲーム」と呼ばれた。

 そしてチベットが、
 そのゲームの最終ステージに選ばれたのである。

 日清戦争に勝利した日本にとっても、


「20世紀 大日本帝国」 読売新聞20世紀取材班 中公文庫





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最終更新日  2019年05月30日 05時10分08秒
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