私の人生論 (思考が運命になる)

私の人生論 (思考が運命になる)

2022年12月01日
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カテゴリ: 認識の歩み



直ちに阿倍宿奈麻呂、多治比池守を
造平城京司長官に任命し、
一二月には平城宮の地で地鎮祭を行うなど、
手際よく事業をすすめていた
元明(げんめい)天皇は七一〇年三月、
遷都を宣し、都を平城(なら)に移しました。

しかし、まだ宮も造営中の段階で、
京城の整備にも時間を費やし、

大極殿で朝賀の式を行ない
京職の公印を下付した七一五年頃です。

唐の都長安に倣って構想された都城で、
藤原京の西の京極として利用された下つ道・
東の京極に使われた中つ道を各々北に延長して
平城京の朱雀大路、東大路とし、
これを西に折り返して
藤原京の二倍を構想した都城計画です。

京内は朱雀大路の東西を左京・右京とし、
東西八坊・南北九条に区分しました。

東西四・三キロ、南北四・八キロほどです。


三坊分の東への突き出しがあり、外京といいます。

また、北京極以北に北辺坊が存し、
京城は少し複雑な形になっています。

京の北部中央に位置する宮には、
天皇の居住する内裏(だいり)、

などが建てられていました。

造宮は和銅の遷都当時だけでなく、
奈良中期にも第一次内裏・朝堂院と
第二次の大改造が行なわれました。





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最終更新日  2022年12月01日 05時10分07秒
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