秋に咲くヒマワリ・・なのかもね。

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2019.06.03
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映画「の・ようなもの」のラストのシーンと曲「シー・ユー・アゲイン雰囲気」が好きでしたが、今回たしか約40年ぶりにアマゾンプライムビデオのおかげで聴くことができました。

歌手としても役者としても華を感じます。

■参考リンク


2022.8.8リンク切れにより差し替え。


Wikipedia:尾藤イサオ
尾藤 イサオ(びとう イサオ、1943年11月22日 - )は、歌手、ジャグラー、俳優、声優。本名、尾藤 功男(びとう いさお)。
東京都、現在の台東区出身。身長168cm、体重55kg、血液型A型。
父は百面相や形態模写を得意とした落語家で寄席芸人の3代目松柳亭鶴枝。母も芸人であった。長女は歌手の尾藤桃子。
来歴

1960年プロダクションの門をたたき、後のGSバンド「ジャッキー吉川とブルー・コメッツ」をバックに練習に励む。
1961年アメリカのハリウッドに渡り翌1962年5月までハリウッドで勉強。帰国後の9月、フランツ・フリーデルをリーダーとするバンド「ファイア・ボール」の一員になり、東京都内のジャズ喫茶に出演するようになる。当時のレパートリーは「ジェニ・ジェニ」「ルシア」「火の玉ロック」「ハウンド・ドッグ」等のロックナンバーであった。ジャズ喫茶での歌唱に目を留めたテレビのプロデューサーにより「パント・ポップショー」(TBSテレビ)「スパーク・ショー」(フジテレビ)のレギュラーになる[2]。
1962年に「東芝レコード」に内定していたものの、初めてのレコードが発売となったのは1964年2月。このころ「ブルー・コメッツ」の専属シンガーだったが、クルト・ヴァイルの「三文オペラ」の主題曲「マック・ザ・ナイフ」のカヴァー「匕首マッキー」でソロでデビュー。デビュー曲にしてヒットとなった。以降シングル盤は1967年まで殆どが「ブルー・コメッツ」がバックを務め録音され発売された。
1964年3月「ミュージック・ライフ・人気投票」では18位になる。7月、アニマルズのカヴァー『悲しき願い』(原題 Don't Let Me Be Misunderstood)発売[3]。大ヒットとなり、彼の代表作となる(1978年にセルフカヴァーし、再びヒットさせている)。10月に内田裕也との初のアルバム『ロック、サーフィン、ホッドロッド』発売。(尾藤のソロ4曲。デュエットが4曲。演奏:ブルー・ジーンズ、ブルーコメッツ)[2]。
1966年、ビートルズ日本公演の前座として内田裕也、ブルージーンズ、ジャッキー吉川とブルーコメッツ等と出演し、合同演奏を行った。
1970年、ボクシングアニメ『あしたのジョー』の主題歌を歌い、これも彼の代表作となる。
1970年代からは俳優としての活動が顕著となり、二枚目半・三枚目・小悪党などを演じてきた。市川崑の『股旅』で三人主役の一人、NHKドラマ『幻のぶどう園』で主演。『特捜刑事マイアミ・バイス』(1984年 - 1989年)では、リカルド・タブス役であるフィリップ・マイケル・トーマスの吹き替えをした。市川作品では独自の斜に構えたユーモアを発揮。最晩年に到って5本の映画に立て続けに招かれている。
人物・エピソード
ジャグリングの達人でもあり老境を迎えてなおステージやテレビ番組で衰えぬ腕前を披露する。
駄洒落が得意である。
ビートルズ日本公演の前座に出演した後、内田裕也と一緒にステージの真下でビートルズの演奏を見ていた。この公演では、事故や混乱防止のため会場である日本武道館のアリーナには座席は設置されず、結果的にビートルズの演奏を最も間近で見ていた一人となった。

クレジットされていないが映画「犬神家の一族」(1976年・東宝)の青沼静馬は尾藤イサオだとする説が当時からある。





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Last updated  2022.08.08 08:56:32


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