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2025.05.28
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いつものように朝スポーツセンターのプールが終って無重力マッサージをやってると館内のBGMから、昔流行ったケメ子の歌の出だしがはじまりました。ただ歌は英語の曲です。家に帰り調べるとニール・セダカのかわいいあの娘の出だしがケメ子の歌に使われているようです。この歌が流行ったのは小学3年生のとき。走れコータロー、おらは死んじまっただ、とかコミカルな歌の中でも結構お気に入りでした。

次にかかったのが Winkの愛が止まらない 〜Turn it into love〜の英語の曲です。もともとKylie Minogue さんのオリジナルです。稲垣潤一さん&相川七瀬さんの歌も聴かせる歌です。合わせて御紹介します。

愛が止まらない ~Turn it Into Love~ / Wink【Official Music Video】


Kylie Minogue - Turn It Into Love ( 愛が止まらない) (1988)


稲垣潤一&相川七瀬 / 愛が止まらない


ザ・ダーツ The Darts/ケメ子の歌 Kemeko No Uta (1968年)


かわいいあの娘/ニール・セダカ


■参考リンク
Wikipedia:愛が止まらない 〜Turn it into love〜
「愛が止まらない 〜Turn it into love〜」(あいがとまらない ターン・イット・イントゥ・ラヴ)は、Winkの3作目のシングルである。1988年11月16日にポリスターより発売された。副題「Turn it into love」の表記はシングル版におけるものであるが、収録アルバムによって「TURN IT INTO LOVE」[注 1]もしくは「Turn It Into Love」[注 2]と表記される場合もある。Winkのデビュー30周年である2018年4月27日には、完全限定盤として17cmアナログ・シングルがダブル・ジャケット仕様で再リリースされた[3]。EP:D07R-1018(再リリース盤はPSKR-9107)、8cmCD:H10R-30011。

表題曲は、オーストラリアの女性歌手であるカイリー・ミノーグの1988年の楽曲「愛が止まらない 〜ターン・イット・イントゥ・ラヴ〜」のカバー。Winkの楽曲として、日本語詞を及川眠子、編曲を船山基紀が担当している。
1988年のテレビドラマ『追いかけたいの!』(フジテレビ系、10月26日 - 12月21日放送)の主題歌として作成され[4][注 3]、その第4回放送と同日である11月16日に発売された。
カップリング曲は「DING DING 〜恋から始まるふたりのトレイン〜」。スウェーデンの女性歌手であるアニカ・ブルマン(スウェーデン語版)の1988年の楽曲「I en ding ding värld」のカバーで、表題曲と同じく日本語詞を及川眠子、編曲を船山基紀が担当している。
オリコンチャートの週間ランキングでは、1988年11月28日付で初登場19位[5]。12週目である1989年2月13日付で、Winkのシングルとして初の1位を獲得する[6]。以後、8月14日付の98位まで、100位以内には38週連続ランクインしている[7][8]。同チャートの年間ランキングでは、1988年度においては1.035万枚の売上で492位であるが[9]、翌1989年度においては、同デュオのシングルとしては最大の年間売上である62.95万枚を記録し、5位となった[10]。1990年度では、0.551万枚の売上で591位となっている[11]。
当時の大半のアイドル系のシングルが、初登場で最高順位となり、以後は徐々に、または急激に順位を落としていたなか、本作はタイアップドラマである『追いかけたいの!』が1988年12月21日に終了して以降も、上記のように暫く順位を伸ばしつつロングセールスを続けた[12]。Winkはデビュー当初からラジオと有線に絞って宣伝がなされていたが[13]、表題曲の有線におけるリクエストがカイリー・ミノーグの原曲と同時期に集中していることから、原曲との相互影響のもとに有線で支持層を拡げた結果のヒットであったとも見られている[14][注 4]。カイリー・ミノーグの原曲は、Wink版のリリースより1ヶ月ほど遅い1988年12月21日に、そのアルバム『ラッキー・ラヴ』から日本限定でシングルカットされて発売されたものであるが、オリコンチャートでは1989年1月30日付から4月3日付まで、10週連続で洋楽シングルの1位となっており[15]、ヒットした時期はWink版とほぼ同じであった。
なお、テレビの音楽ランキング番組でも、表題曲がオリコンチャートと同様のランキング傾向となっている。『ザ・ベストテン』(TBS系)[注 5]においては、1989年1月5日に6位に入り、9週目の3月2日に1位を獲得。以後、4月27日の8位まで、10位以内に17週連続ランクインし、6月28日に上半期ベストテン1位となった。『歌のトップテン』(日本テレビ系)[注 5]においては、1989年1月16日に10位に入り、7週目の2月27日以降、3月6日・13日・20日と、4週連続1位を獲得。以後、5月1日の9位まで、10位以内に16週連続ランクインしている。累計ではミリオンヒットを記録したという資料もある[16]。Winkは、こうしたロングヒットの後、本曲により1989年7月8日放送の『発表・全日本有線放送大賞』(日本テレビ系)[注 6]で上半期グランプリを受賞する[17]。
本楽曲は、西城秀樹(1995年)、PUFFY(2001年)、小柳ゆき(2003年)、デーモン小暮閣下(2008年)、稲垣潤一&相川七瀬(2010年)などを始め、日本の多くのアーティストによりカバーされ[注 7]、1990年には、とんねるずによるパロディ曲「淋しい病気が止まらない」が生み出されている[注 8]。

Wikipedia:ケメ子の歌
「ケメ子の歌」(けめこのうた、ケメ子の唄、ミス・ケミッ子)は、作詞・作曲:馬場祥弘(小森豪人)、採譜・補作:浜口庫之助による楽曲。
編曲は、浜口庫之助(ザ・ダーツ盤)・寺岡真三 (ザ・ジャイアンツ盤)。
概要
馬場祥弘によると、この曲の歌詞は自身が中学3年生のときのクラスメイトに捧げる詩として書き、『赤鶸』(あかひわ)という同人誌に発表したものが発端で、浪人時代、その詩に曲をつけて自ら歌っていたという[1]。そのクラスメイトのあだ名が「ケミッ子」であり(化学が得意だったのでケミカルをもじって付けたという)、「ケメ子」はもともとは「ケミッ子」だったという[1]。

発売当時、日本コロムビア・ビクター・東芝の大手レコード会社3社による競作となり、その累計売上は、1969年時点で推定240万枚に達している[1]。
レコード発売当時は、作者は不詳とされており、1968年2月9日の新聞紙上で馬場祥弘が自ら名乗り出た[1]。アート音楽出版社からの申請に基づく1969年3月〜4月の日本音楽著作権協会の審査により、「ケメ子の歌(唄)」が馬場が作詞・作曲した「ミス・ケミッ子」と同一曲であると判定[3]、同年6月、文化庁に馬場が著作権者として登録された[1]。曲に関しては、メロディーこそ基本的に同じだが、詞の細部やアレンジは双方で大きく異なっている。
ザ・ダーツの「ケメ子の歌」については、曲の最初の方で、ニール・セダカの曲「可愛いあの子(英語版)」(1962年、全米チャート第5位)の出だしのスキャットが使われている。
「ケメ子」は、フジテレビ『お笑いタッグマッチ』のボケ役回答者で売れた柳家小せん (4代目)が、同番組で使用して流行語となった。
ザ・ジャイアンツ版は1968年6月発売のオムニバス・アルバム『アングラ・カーニバル』にも収録されている。





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Last updated  2025.05.29 20:14:52


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