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中間選挙が近づいてきたアメリカでは、つい最近のミシガン州民主党上院議員予備選挙で新人の候補者が党内重鎮が推す候補を破ったことについて、中央大学教授の目加田説子氏は8月23日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 米国政治の今後に大きな影響を与える中間選挙(連邦議会上下院選挙、知事選挙など)が11月3日に近づいてきた。大統領選で2度トランプに敗れた民主党にOS(思考の前提や根本となる仕組み)の入れ替えを促すような旋風が吹いている。 今月4日、ミシガン州の民主党上院予備選で41歳の医師、アブドゥル・エルサイドが勝利した。両親はエジプトからの移民で、左派のバーニー・サンダース上院議員やアレクサンドリア・オカシオコルテス(AOC)下院議員などが応援に駆け付け、民主党の重鎮らが推し親イスラエル・ロビー等から集めた多額の資金を投入した候補を僅差で破った。 昨年秋のニューヨーク市長選で自称民主社会主義者のゾーラン・マムダニが当選したのに続き、急進派の候補がミシガンというパープル州(共和党と民主党が競っている州)の上院議員候補に選出された現実をどう受け止めるべきかー。米国で論争の的になっているが、主な論評は四つほどに分類できそうだ。 ◇ ◆ ◇ 一つ目は「民主党左派の新しい全国モデル論」。エルサイドが訴えた「普通のアメリカ人の生活を、企業・億万長者・外国への軍事支出を優先するアメリカファーストから奪い返そう」との主張を評価。トランピズムに対抗するサンダース議員の意見に近い。 二つ目は「党のエスタブリッシュメントへの反乱・世代交代論」だ。対立候補が過去の実績を表看板に戦ったのに対し、エルサイドは「今の仕組みが壊れている」と強調した点に着目し、「現状肯定」対「システム変更」という対立を明確にした点を評価する。 三つ目は「党内権力戦で左派は本当に強くなった論」。政策的にはエルサイドに批判的な一方、「穏健派がトランプを倒すことばかり考えている間に、左派は民主党そのものを奪うための組織づくりを進めた」と、左派が穏健派より戦略的に上手との見方。 四つ目は「民主党は危険な賭けをした論」だ。「予備選では左、だが本戦では中央」という民主党の伝統的な投票行動を見越し、共和党は本戦に向けてエルサイドは「ミシガンには過激すぎる」との広告を大量に流す、結果として民主党は票を失う-。予備選では、理念的に純粋な候補ではなくトランプ州(2024年の大統領選でトランプが勝利した州)で勝てる現実的な候補を選ぶべきだったとの見方も散見される。 ◇ ◆ ◇ 1990年代以降、民主党は社会的に多様化した支持基盤を持ちながらも指導部や組織が都市化・エリート化し、労働者階級との結びつきを弱めてきた。結果として、「誰を代表し、何を実現するために政権を取る党なのか」が見えにくくなっている。AOCやマムダニ、エルサイドのような若い政治家・候補者が台頭、する中、住宅や医療、物価や賃金など生活問題を訴え、大型献金に依存しない選挙を展開する組織に生まれ変わるのか。 米国では成人の4割を超える人々、特にミレニアル・Z世代を中心に自らを政治的無党派と認識する人が政治の最大層になっている。もはや無党派化か構造的なものになっているとき、民主党は「反トランプ」以外に何をどう訴えていくのか。中間選挙に向けた党内論争、そして有権者の判断に注目したい。2026年8月23日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-米国民主党、OS更新が進むのか」から引用 ニューヨークの市長選挙で移民出身の民主党候補が勝利したように、現代は政治の「曲がり角」に差し掛かっており、民主党も共和党も旧来の伝統的なやり方では有権者が納得しない時代になっていると思います。大方の予想を裏切ってトランプ氏が共和党を代表する大統領候補になった時から、そういう時代は始まっていたのであって、「時代の転換点」に敏感に対応できたのは共和党が先であったわけですが、いくら「旧来の政治を否定する」とは言っても、トランプ氏のように「法の支配」をも無視して、なんでもやって見て当たれば「幸い」という「やり方」はあまりにもお粗末というもので、そこはもう少し理性を発揮して、旧来の政治のどこが「間違い」だったのか、子細に点検した上で、理性にかなった真に庶民の暮らしが豊かになる、そういう「政治」を目指して行ってほしいと思います。
2026年09月07日
アメリカのAI開発の大手企業のトップが、イスラエルによるガザのホロコーストで大きな利益を取得したことを、ある国際学会の晩さん会で自慢げに披露したことについて、文筆家の師岡カリーマ氏は8月22日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 「わが社にとってガザの出来事はすこぶる有益だった」。ある国際会議の晩餐(ばんさん)会で参加者の一人がそう宣(のたま)ったそうだ。たまたま隣に居合わせたギリシヤ元財務相で経済学者のY・バルファキス氏が明かした。その「わが社」とはパランティア・テクノロジーズ。米国のデータ解析大手である。爆撃下、人口密度の高いガザで逃げ惑う住民のスマホが発するデータがAIの学習に役立ったと説明。事実なら、無防備な市民の殺戮(さつりく)から利益を得つつ、良心の呵責(かしゃく)などかけらもない発言だ。そして今、こういう会社が開発したAIを自衛隊の指揮系統に導入することが検討されている。日本国民の理念にふさわしい血税の使い方だろうか。 同社のシステムは、イラン戦などで軍事利用されている。利益を享受する一方、3年連続で連邦所得税を納めていないという。そのかわり、幹部がトランプ大統領の支援団体やご自慢の宴会場建設に数億円を寄付。 ただし、テック業界最大のトランプへの献金者はチャットGPTで知られるオープンAI社長夫妻で、約40億円。こちらも軍との協力に名乗りを上げた。一部米国市民の間でボイコットや解約運動が広がっているのも頷(うなず)ける。有料版でトランプへの寄付に貢献するなど論外だし、無料版なら「ある商品が無料の場合、実はあなたが商品だ」という誰かの言葉も浮かぶ。(文筆家)2026年8月22日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-理念と血税のAI選び」から引用 この記事では、筆者の心の中の怒りが筆者の意図に反してほとばしり出ているようで、その影響で表現が難解になっている気がします。結局、英米はドイツのユダヤ人に対するホロコーストを「人道に反する蛮行」などと言って批判はするが、それではドイツ人と違って英米のアングロサクソンは「決して人道に反する蛮行などはしない、善良な民族なのか」と言えば、答えは「ノー」であり、条件さえそろえばイギリス人もアメリカ人も、また日本人も、ナチスドイツと同じレベルの残虐な事件を起こしかねない「危うい」存在なのだということを、つくづく考えてしまいました。
2026年09月06日
皇位の継承は2600年の伝統などと言うデタラメを公の場で発言する自民党議員が出てきたことについて、法政大学名誉教授で元総長の田中優子氏は、8月21日付「週刊金曜日」の巻頭コラムに、次のように書いている;「皇室典範改正」に関わる自民党議員や日本維新の会の発言を聞いて、私は仰天し吹き出してしまった。複数の自民党議員が「皇位の男系継承は、2600年以上にわたって先人たちが守り抜いてきた皇統」と公式に発言しているのである。維新共同代表の藤田文武衆院議員は「本年は皇紀2686年」と言ったらしい。これを計算すると、天皇制は紀元前660年から存在することになる。 年表を見ればわかるが、日本はまだ縄文時代だ。世界史の区分では新石器時代である。日本には文字も存在しない。そもそも私は学校で、神武天皇は実在しないと教わった。ではなぜ神武天皇が最初の天皇だと力説するのかと言えば『古事記』『日本書紀』にそう書いてあるからだ。根拠はそれしかない。その根拠で言えば、神武天皇の父は雌のサメから生まれた。文献ではワニとあるが、日本列島にワニはいなかったのでサメのことだ。その母サメは産後、海に帰ってしまった。神武天皇の父が大人になると、母の妹(つまりおばさん)は神武天皇の父との間に神武天皇を産んだ。サメの妹はやっぱりサメでしょう。 「それは神話だ」と言うのであれば神武天皇も神話になる。記紀の記述が事実と言うなら、サメとの近親相かんも事実になる。これを信じる議員たちの頭の中はサメなみにすごい。 では事実を科学的に検証するにはどうしたらよいか。奈良県橿原市に神武天皇陵つまりお墓があるので、その中から骨を取り出してDNAを調べればよい。そうすれば万世一系かどうかも簡単にわかる。127歳まで生きたというが、その真偽も明らかになる。なぜそれをしないのだろうか。 理由がある。この墓は1863年に公武合体政策でなんとか生き延びようとしていた江戸幕府が天皇家に命じられたのか、神武天皇陵だと決めた場所だからだ。根拠は不明である。その後修復が重ねられ、今の形になったのは1940年だというから戦時中だ。恐らく発掘しても何も出ないか、骨が出たとしても誰のものかわからないだろう。サメのDNA入りだったら「当たり」だが。 中国由来の「天皇」称号を最初に使ったのが天武天皇だった。神武から1333年後のことだ。『古事記』『日本書紀』の編纂もこれ以降に始まったので当然、「天皇」と記載している。 詐欺が横行している。私たちにできることは、自分で調べ学び、確かなことだけを心に留めておくことだ。2026年8月21日 「週刊金曜日」 1581号 3ページ 「風速計-サメのサギにご注意!」から引用 戦前の日本は、政府が「天皇は神様の子孫だ」と号令をかければ、それに異議を唱える者は「非国民」と呼ばれて刑務所に収監され、「天皇陛下は神様の子孫です」と言うまで出てくることができない、そういう社会であったが、今では科学に基づいた歴史観が世間の一般的な認識になっており、天皇が神様の子孫だなどと思う人間は皆無であると、私は思っていたが、優秀な大学を卒業して官僚から政治家になった「優秀なはず」の議員が誰はばかることなく「皇紀2600年の伝統」などと言い出すのでは、もはや「世も末」と思わざるを得ません。しかし、事実は、「皇紀2600年」の根拠は今から1300年ほど前に書き記された「古事記」であり、そこには「神武天皇の祖先はサメだった」と書かれている、それが「事実」であって、「神武天皇の祖先は神様」などとは書かれてはいない、これが「事実」であることを、私たちはこれからを背負って立つ若い人たちに、しっかりと伝えていくべきだと思います。
2026年09月05日
昭和の時代に総理大臣を務めた福田赳夫氏の息子である福田康夫氏にインタビューしたジャーナリストの松原耕二氏は、そのインタビューの様子を8月19日付東京新聞に、次のように書いている; 「特効薬はないのかと医者に聞いたけど、ないそうだ」 先月、90歳を迎えた元総理の福田康夫さんは東京・赤坂の事務所で、そう言って肩をすくめた。体調は万全ではない。それでも時折、呼吸を整えながら言葉を発した。 「どこかとは『けんかしていいんだ』と安易に考えている可能性がある。心配です」 高市早苗総理の台湾発言以降の、日本政府の対応への思いだ。戦争を体験した政治家として次の世代に何を伝えたいかがインタビューのテーマだったが、福田さんのライフワークともいえる対中国外交から話を聞いたのだ。中国は今の関係がこのまま続けば、軍事的にも日本を敵対視してくる可能性があり、そうなると日本は深刻な状況に陥ると福田さんは危惧していた。 「中国からすると、もともと敵国と見なしやすい国が日本で、われわれからすると中国に対して(侵略という)負の歴史を背負っているわけですから、特に気を付けて対応していかなければいけない」 福田さんは今の自民党の議員たちは歴史をきちんと見ていないと、いら立ちすら見せた。「歴史観がないでしょう。ロングスパンで考える人が減っちゃったんですよ。瞬間、瞬間うまくやればいいという考えじゃないんでしょうか」 戦前生まれの国会議員はわずか5人、リアルな戦争への想像力が欠如し、ゲームのような感覚になっているのではと懸念する。「本当の戦争の生々しい現実を突きつけられて初めて気づいたのでは遅い。戦争をしないための外交をやらなければいけないんです」 これまで福田さんにインタビューしたことは何度かあるし、私の担当する番組に生出演してもらったこともある。しかしここまで強い危機感を抱いている姿を見たことがあっただろうか。福田さんは息を継ぎ、言葉を選んだ。 「一つの空気に流されているような感じがするんですよ」 古巣の自民党をどう見ているかという問いに対する答えだった。 「みんな総理官邸を見て、顔色をうかがうようになってしまっているのではと心配しています」 福田さんが「空気」という言葉を使ったのは、国会議員についてだけではない。「学者も政治についてきちんと発言する人は減ったんじゃないでしょうか。メディアも突っ込みが足りないと感じることがあります」 「なぜだと思いますか?」「やはり空気じゃないでしょうか。権力にこびるような、忖度するようなね」 かつては権力と距離を取ってきたメディアの矜持も薄れ、学者についていえば日本学術会議の任命拒否問題がボディーブローのように効いているのではと付け加えた。 さらに福田さんは今の憲法の大切さを説き、日本の天皇が女性ではいけない理由が分からないと語るなど、どんな問いにも率直に自身の思いを述べていった。 約束の60分はあっという間に過ぎた。「途中で休憩を入れさせてもらうかもしれない」と事前に秘書から言われていたが、一度も中断することはなかった。それどころか福田さんにはまだ言い足りないことがあるように私には思えた。 最後に「戦争を絶対にしてはいけない」と繰り返したあと、こう言い添えた。「(戦争の方向に)行き過ぎれば、反発も出てくる。日本人一人一人が戦争はどんなものかを考えれば、ばからしいと考えるだろうと。そういう意味では悲観はしていません」。まるで自分に言い聞かせているような口調にも思えた。戦後81年を迎えた元総理の思い。別れ際に深々と頭を下げると、福田さんは椅子のひじ掛けを頼りにゆっくりと立ち上がってほほ笑んだ。(ジャーナリスト)2026年8月19日 東京新聞朝刊 6ページ 「松原耕二のハードトーク-一つの空気に流されている」から引用 福田康夫氏の心配事は、決して杞憂ではなく、実際に自民党は昭和の時代に比べて明らかに劣化しているのは事実であり、心配は的中しているといって良いのだと思います。自民党がこのように劣化してしまったのは、安倍晋三が総裁になった時からで、安倍が内閣府に「人事局」などというものを置いて、気に入らない官僚を地方に転勤させて二度と中央に戻れないようにしてから、官僚が政治家の顔色を第一優先にするようになり、そうしているうちに自民党内も、派閥の長には逆らわない「空気」が蔓延したものと思われます。その結果、戦前の大日本帝国政府でさえ「それはまずい」という判断だった「皇室の養子制度」を、令和の世に「OK」とするような「皇室典範の改悪」がまかり通ってしまっている。こんなことではダメだ、という「声」をこれから大きくしていって、「二度と戦争はしない」という国家体制を築いていきたいものです。
2026年09月04日
吉村昭著「戦艦武蔵」にまつわるエピソードを、8月14日付毎日新聞が掲載した; 本は、時に読み手を導く羅針盤にもなる。前首相、石破茂さん(69)の場合。 「1969年、私が中学1年生の時でした。鳥取県知事だった父親(二朗氏)から吉村昭さんの本を渡されて。東京出張に行った時、東京駅の書店で買ったのだと思いますが……」 2006年に79歳で亡くなった作家による「戦艦武蔵」(66年)、「零式戦闘機」(68年)といった戦記小説である。◆前首相が学んだこと 「主人公は物言わぬ兵器です。これがどう開発され、戦争でどう運用されたかを淡々と記した。その意味で、読み方の難しい本ではありますが……」 衆院議員会館の事務所。戦艦「大和」のプラモデルが鎮座していた。自作だという。 「……『沖縄特攻』といった悲劇性で知られる『大和』ではなく、吉村さんは同型艦でありながら、ほぼ注目されてこなかった『武蔵』を描きました。このすごさ……」 対米開戦直後の41年12月に完成した「大和」は、吉田満の「戦艦大和ノ最期」などの文学作品や映画にもなり、アニメ「宇宙戦艦ヤマト」のモチーフにもなった。 一方の「武蔵」は戦局が暗転しつつあった42年8月に完成。目立った活動がないまま、レイテ沖海戦(44年)で沈んだ。 「すでに戦いの主役が戦艦の巨砲から航空機に移っていた。時代に合わないのに建造は続いたんです。戦争とは何か。国家の意思決定はどうあるべきか。その中で個人がどれだけ犠牲になるか。これらを学び、考えるきっかけになった本でした」 石破少年が「戦艦武蔵」を読んでから56年後の25年、その学びは「戦後80年所感」に結実する。 戦争の原因を「軍部の暴走」で片付けず、旧憲法の建て付けや戦争をあおった新聞と好戦的な世相、民衆の排外主義にもある、などとした。「多くの国民が戦争を望んだんです。この認識がないと同じ失敗を繰り返す。戦争をしないためには、まず戦争を知らなければならないのです」◆「戦争は軍部が引き起こした」のうそ 純文学小説を書いてきた吉村さんが、「戦艦武蔵」の取材と執筆にのめり込んだのも石破さんの述懐に通じるかもしれない。 取材日記ともいえる「戦艦武蔵ノート」(70年)の一言だ。 <嘘(うそ)ついてやがら> 戦争は軍部が引き起こした、庶民は軍部に引きずられた――。戦後にあふれた著名人や新聞社の言説を痛烈に評した。 なぜか。戦時中に吉村さんが見たのは、戦争に疑問も抱かず、「勝利」のために力を尽くす民衆の姿だった。 「戦艦武蔵ノート」はこう続く。 <その庶民が、今や戦争を必死に避けようとつとめ、平和の恵みを享受しようとしている人々の群れに鮮やかに変身した。喜ぶべき過程であり、喜ぶべき結末である。が、同時に、そうした変身の鮮やかさには、戦慄(せんりつ)すべき危険な要素がひそんでいないとは決して言えない> 「戦艦武蔵」では、技術者や造船所幹部、無数の工員たちが進んで「武蔵」建造にのめり込む。 戦果に喜び勇み、「武蔵」を一日でも早く戦列に加えるため、徹夜作業をも志願する。 なあ、おれたちはそうだったじゃないか。それを忘れて、「変身」して済ませるのか。吉村さんの独白が聞こえそうだ。 その彼が晩年、心を通わせたのが同じ昭和2(27)年生まれの作家、城山三郎さんだ。 近著「昭和に挑んだ作家たち」で2人の交友を記した評論家、佐高信さん(81)が推し量る。 「ともに敗戦の年は18歳です。この世代は多くが『皇国』を信じていた。『裏切られ感』の深さは、戦後世代には決して分からない。もう少し上の世代ならごまかしたり、かわしたりできたでしょうが、最も『純』な時期でしたから……」 実際、城山さんは海軍特攻隊に志願したし、吉村さんは結核を病んでなお「戦うつもりだった」と城山さんとの対談(「文芸春秋」97年4月臨時増刊号)で打ち明けた。 「人間に対する、どこか全面的に信用できない冷めた部分がある」とも漏らしている。 膨大な取材に基づく戦記小説は、「戦慄すべき危険な要素」を探求した記録でもある。 「おやじは『戦艦武蔵』を書くために、名刺交換しただけでも70人以上の人に会いました。なぜあんな船を真顔で造れてしまうのか。おやじなりに戦争の異様さを感じたと思います」 吉村さんが居を構えた東京・三鷹で長男の司さん(70)が振り返った。 命日の7月31日の前日。井の頭公園の森で、しきりにセミが鳴いていた。 「……あの本では、建艦過程に大部分の筆が割かれていますね。進水にこぎ着ける場面は読み手も泣ける。いつの間にか当事者の、彼らの気持ちになる。その意味でおやじには『細菌』(70年、後に『蚤(のみ)と爆弾』に改題)という作品もありますが……」 旧満州(現中国東北部)で、細菌兵器開発のための人体実験を繰り返した旧日本軍の731部隊を描いた。 森村誠一さんの「悪魔の飽食」(81年)に先立つ力作である。 「戦争に勝つ。そのために俊英の医学者や軍医が知恵を絞り、人体実験を繰り返していく。しかも、読み手もいつの間にか『成功してほしい』と応援する気になってくるんですね。戦争の異様さですよ、これが」 司さんが少年時代、米爆撃機B29のプラモデルを作り、自室に飾った。父はそれを見るや、ばきばきと折り捨てた。 「東京の空襲で実家を焼かれ、多くの遺体も見ている。私は美しい飛行機だと思ったのですが、おやじはそういう『軽さ』が許せなかったのでしょう」◆「今はいい時代」なのか 8月15日の前後には、小麦を丸めて汁で煮たスイトンを食べるのが吉村家のならわしだった。敗戦後、人々はこれで飢えをしのいだ。 司さんが小学5、6年の夏、スイトンの食卓を囲みつつ、父が「戦争に負けてよかった」とつぶやいた。 「驚きました。でも今なら分かる。おやじはかつての自分や日本を『心から戦争をやっていた』と表現しました。そんな日本が勝って、どうなっていたか。恐ろしいですよ。今、おやじが生きていても『負けてよかった』と言うと思いますね」 城山さんとの別の対談(「オール読物」95年8月号)でも、城山さんに「負けてよかった」「今はいい時代ですよ」と言葉を重ねた。 この対談を6年前、佐高さんが報道番組で紹介すると、「負けてよかったとは何だ」と批判が殺到した。 「『いい時代』は終わろうとしているのでしょうね」(佐高さん) あるいは私たちはまたも「変身」しようとしているのか。 今年は「戦艦武蔵」が出て60年、吉村さんの没後20年である。【吉井理記】2026年8月14日 毎日新聞朝刊 13版 「『戦争に負けてよかった』吉村昭さんが『戦艦武蔵』に込めた思い」から引用 石破茂氏が防衛庁長官に就任したとき、彼は執務室に自作の戦闘機のプラモデルを飾ったりして、変な者が防衛庁長官になったものだと思ったものでしたが、そのあとに出てきた安倍信三や中川昭一に比べれば、いろいろと深くものを考える、政治家としては優秀な部類に入る人材だったのだな、と今にして思います。テレビで「戦争に負けて良かった。今は良い時代だ」と発言するとテレビ局に批判が殺到するというのは、日本を戦前の時代に戻そうとする勢力が復活しつつあることを示していると思います。しかし、どのような角度から見ても、あの戦争には「正義」がなかったのであり、隣国に不当に軍隊を進めて違法な侵略活動を行った事実は、否定のしようがありません。戦後の80年間は、我々国民があのような違法行為を強要されずに済んでよかったと思います。これからの善良な日本人にも、人殺しを強要することは禁止するべきです。あの戦争に負けたのは良かったのだという「想い」を、多くの人々と共有したいものです。
2026年09月03日
日本が戦争に負けた年の夏は冷夏で、コメが不作で国民生活が困窮した様子について、文芸評論家の斎藤美奈子氏は、8月19日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 81年前、1945年の夏は記録的な冷夏だったという話がある。 冷夏のイメージがあまりないのは8月15日の東京や大阪が例外的に暑かったためで(東京の最高気温は32・3度)、この年の夏の気温は全国的に低かった。7月の平均気温を見ると・・・ 札幌16・7度(21・1度)、東京22・0度(25・7度)、大阪24・6度(27・7度)。平年より3~4度低い(かっこ内は現在の平年値)。 影響は秋に出て、コメの収穫量は激減、空前の大凶作となった。作況指数(平年収量を100とした場合の収量指数)は67。作況指数90以下は最低ランクの「著しい不良」だから、どれほどの凶作だったかだ。 こういう年に日本は敗戦を迎えたのである。 しかも9月には枕崎台風が、10月には阿久根台風が西日本を直撃。多くの人命が失われると同時に農作物も壊滅的なダメージを被った。 かくて45年から46年にかけ、日本は絶望的な食料危機におちいる。 注意すべきは、そうでなくても当時の食料生産力は極限まで落ちていたことだ。労働力の不足、肥料や資材の枯渇、軍用地への農地の転用、空襲や爆撃。すべて軍事を優先した結果である。 熊本の地震や千葉の豪雨に見舞われた2026年の夏。災害が多いこの国で軍拡に向かうなど、頭がおかしいとしか思えない。(文芸評論家)2026年8月19日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-寒い夏の話」から引用 天候不順になると国民の主食であるコメが不足するという決定的な弱点があることを計算に入れずに、諸外国と戦争をした当時の指導者は、指導的な立場に立ってはいけない無能な輩であったということを、私たちは上の記事から読み取るべきだと思います。欧米諸国の工業生産力や経済力を知る人々は、この戦争は勝てないと知っていても、それを発言すると「非国民」のレッテルを張られるからおとなしくしていたために、知識も才能もないのに、やたら威張って周囲を恫喝して人の上に立つという者たちが、この国を悲惨な戦争に導いて、あげくの果てに「敗戦」となったのは、必然的であったわけで、そのことを80年前の日本人は、あまり良く反省はしていなかったために、現在もまた、総理大臣の資質をまったく持ち合わせない人物をその座につけて、再軍備の道を進もうとしているとは、一体どこまで愚かな民族なのか、ため息が出ます。
2026年09月02日
今年の新年早々に高市内閣がいきなり衆議院を解散すると、これも突然に立憲民主党が全野党共闘の「建前」を捨てて、「公明党と合併して『中道改革連合』を立ち上げる」と声高に宣言したのであったが、しかし、選挙の結果は「立民系」の有力候補がほとんど落選し、辛うじて「公明系」議員が全員当選しただけに終わり、高市自民は単独でも衆議院の3分の2を越す圧倒的な勝利を納めたのであった。それでも立民系の有力者(?)は、衆議院で「中道改革連合」と名乗っているのだから、参議院でも同じように公明党と合併して「中道」路線を進めようという主旨で党内論議を進めているのだが、参議院の立憲民主党議員の間では、どうもその「路線」に疑問を持つ声が、無視できない程に大きくなりつつあるらしく、先行きが不透明になりだしたのが今月上旬のことであった。その様子を、9日付神奈川新聞は次のように報道している; 立憲民主党内で、中道改革連合、公明党との合流反対論が表面化している。執行部と地方組織の意見交換では、中道に合流せず、立民を残すべきだとの意見が噴出。中道を解体し、元の立民、公明に戻す「原状回復」を求める声も上がる。ただ、中道に取り合う気配はなく、3党で結論を得るとした8月末の期限が迫る中で合流協議の行方は不透明さを増している。◆平行線 中道の小川淳也、立民の水岡俊一両代表ら両党幹部は7月31日、ひそかに国会近くの国立国会図書館で向き合っていた。「今の党内の雰囲気では合流を決めるのは難しい。別の案を考えられないか」。立民幹部が本音をぶつけた。 小川氏はこれに対し、立民は労働と福祉を重視してきたと指摘。「大衆とともに」を立党精神に掲げる公明と合流する意義は大きいと説いたが、結論は出ず平行線に終わった。◆けん制 「中道を分党して立民、公明に戻すべきだ」「立民を存続させて頑張るのが一番良い」。これに先立つ7月25日、立民が開いた全議員懇談会で、出席者が次々と訴えた。中道への合流を主張する議員はいなかった。 執行部は8月上旬から全国11ブロックとの会合を始めたが、地方議員の多くは来年の統一地方選を立民で戰いたいと強調。東京都連は8月7日、所属議員対象のアンケートで立民存続を求める回答が8割に上ったとして合流反対を表明した。執行部の一人は「厳しい意見ばかりで頭を抱えてしまう」とこぼす。 一方、中道、公明は冷ややかな視線を送る。3党はこれまでの協議で(1)立民、公明が分党し中道に合流(2)立民、公明の参院議員が離党し中道に入党が効率的だと確認しているためだ。中道関係者は「今更立民に戻る中道議員がいるのか。立民出身者21人全員が戻っても衆院では野党第3党になる」とけん制する。◆不信感 公明が安全保障関連法、原発、米軍普天閧飛行場の辺野古移設の3政策で、3党の一致を求めたことも立民に負担としてのしかかる。 立民は基本政策で安保関連法の「違憲部分廃止」を掲げ、綱領には「原発ゼロ社会を一日も早く実現する」と明記する。辺野古移設にも反対で、中道、公明の考えとは食い違う。立民幹部は「あの発言には『どっちらけ』だ。考えが違う立民を排除したいだけではないか」と不信感を隠さなかった。2026年8月9日 神奈川新聞朝刊 2ページ 「立民、合流反対論が表面化」から引用 今年の年明けの高市解散は唐突で驚いたが、立憲民主党と公明党の合併というのも更に唐突で「この人たちは何を考えているのだろう」と言う感じだったが、選挙の結果は案の定、大部分の立憲民主党支持者にとって「さあ頑張ろう」という気分とはかけ離れた白けただけの出来事であったようだ。これは、軽々しく「公明党と合併」などという路線を進めた立憲の幹部の責任だと思います。党内論議を省略して、自分の一声で「全野党共闘」から「公明党との合併」へ路線変更できると踏んだ立憲民主党幹部の責任だと思います。しかも、維新や国民民主党を「自民党補完勢力」と先日まで批判していた立憲民主党が、自民党と一緒に安保関連法を推進した公明党と、易々と連立だの合併だのというのでは、政治信条が疑われるというものです。もはや「中道改革連合」は解散して、立憲民主党は「1」からやり直しをする以外に「道」はないのだと思います。
2026年09月01日
高市首相が靖国神社参拝を見送ったことに関連して、「戦死者を英霊と呼ぶな」とのタイトルで元文科官僚の前川喜平氏は、16日付東京新聞コラムに次のように書いている; 高市早苗首相が終戦の日の靖国神社参拝を見送ったのは、彼女にもそれだけの理性はあったということだろうが、「日本国のトップになったら参拝を続けたい」と発言していたこととの整合性はどう説明するのだろう。 戦死者を「英霊」として祀(まつ)る靖国神社は、戦死を美化し、貴いものとすることで、国民を戦争に駆り出すことを容易にするために創出された国家的装置だった。「九段の母」という戦時歌謡には「こんな立派なお社に神と祀られ勿体(もったい)なさよ。母は泣けます嬉(うれ)しさに」という歌詞があるが、子を亡くした悲しみを無理やり「嬉しさ」に変換する装置でもあった。 実際には、兵隊を消耗品のように使い捨てにしたのが旧日本軍だった。 牟田口廉也中将が指揮したインパール作戦では約3万人が死んだが、餓死が多かったという。参謀将校は「(自軍の兵隊を)何千人殺せばどこが取れる」という言葉づかいをしていたそうだ。 特攻隊では約4千人が命を落としたが、その首謀者とされる大西瀧治郎海軍軍令部次長は、ポツダム宣言をめぐる御前会議の前に東郷茂徳外相の前に現れ「2千万人の特攻を出せば勝てる」と主張したという。 こんな戦争指導者によって無駄死にさせられたのが日本の兵隊だった。彼らは痛ましい犠牲者だ。英霊と呼んで賛美してはいけない。(現代教育行政研究会代表)2026年8月16日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-戦死者を英霊と呼ぶな」から引用 この記事が主張するように、私たちは先の戦争で亡くなった人たちを「英霊」などと呼んではならないと思います。戦死した人たちは当時の愚かな政府と威張り散らすだけが取柄の軍上層部の愚劣な戦争指導による犠牲者であることは、史実が証明していると言えます。当時の日本政府は軍隊を国外に出動させるのに、十分な食料を持たせるという「計画」は最初から無かったため、中国大陸に上陸した日本軍は、現地の民家に押し入り食料を強奪するほかはないという状況で、それも都市部にいる間はそのようにして生きていることは出来ても、インパール作戦のように熱帯雨林のジャングルを進軍するときには、そう簡単に食料にありつけるものではなかったため、大量の餓死者がでたのは当然だったと言えます。そのような無謀な戦争で犠牲になった人々の悲惨な過去を「英霊」などという虚構で誤魔化すのは、死者に対する二重の冒涜というものです。私たちはかつての愚行を二度と繰り返さないためにも、客観的な立場から史実を学びなおし、外交問題を武力で解決するという考えは間違いであることを学ぶべきだと思います。
2026年08月31日
自衛隊が一般市民の個人情報を違法に収集して記録しているという犯罪行為について、熊本日日新聞が退役した元自衛隊員に取材して報道していることを、ジャーナリストの金平茂紀氏は9日付「しんぶん赤旗」に、次のように書いている; 久しぶりに本物のスクープというものに出くわした。熊本日日新聞が7月23、24日付の1面トップ記事として報じたものだ。陸上自衛隊中央情報隊の対外情報部門である「現地情報隊」が、国内の大学教授やNPO法人代表ら市民を対象に、「愛国心」「自衛隊に対する感情」といった思想信条にまつわる情報、さらには「性的嗜好(しこう)」「異性関係」や家庭環境、婚姻暦、身体的特徴といったきわめて私的な情報に至るまで、組織的に調査・収集しているとみられることが元隊員らへの取材や関係資料で分かったという内容だ。 同部隊の任務は、本来は海外での情報活動を担うこと(そもそもが自衛隊イラク派遣をきっかけに2007年に新設された部隊)とされているが、明確な法的根拠もないまま、国内での人的情報収集活動を担っていたのだという。集められた情報は何と数千人分に上る可能性があるとのこと。「熊日」(県民にはそう呼ばれ、圧倒的なシェアを誇っている)は、独自に入手した「個人BSD(ベーシックソースデータ)報告書」の実物写真やその概要をきっちりと報じていた。 「熊日」は25日付紙面でも、活動に実際に従事した元隊員へのインタビューを詳報、自衛隊員であることを偽って調査活動を行うことも半ばマニュアル化されていた証言を引き出していた。見事というよりほかはない。「熊日」が警告するように、シビリアンコントロール(文民統制)を逸脱している恐れがある重大な事案だ。「熊日」に対して、木村草太東京都立大教授(憲法学)は「収集手段や管理が適切でなければ思想弾圧につながりかねない。過剰な情報収集はプライバシー侵害にもつながる」と述べていた。 「熊日」によれば、この活動内容は、防衛相ら政治家や官僚には知らされていないとされているようだが本当だろうか。小泉進次郎防衛相は24日の会見で、「熊日」の報道について「現地情報隊の活動は、PKO等での安全確保に向けた情報収集であり、防衛省設置法に基づき適正に行われている」と型どおりに述べたうえで「現時点で不適切な活動は確認されていない」とした。少しは危機意識をもたれてはいかがか(無理だろうが)。◆影の組織「別班」 自衛隊による国民監視は、かつて2007年6月に日本共産党が暴露した自衛隊の内部文書で表面化したことがあり、これをもとに市民らが監視差し止めなどを求めた裁判で勝訴した前例がある。13年には共同通信が、陸上自衛隊情報部隊の秘密組織「別班」を特殊部隊「特殊作戦群」と一体運用させる自衛隊の構想をすっぱ抜いたことがある。「別班」が表に出たということで当時ちょっとした騒ぎになった。 さらに歴史をさかのぼれば、自衛隊の「別班」「別働」という影の組織の一端が明らかになったことがある。1973年に東京で起きた金大中事件だ。韓国の当時の朴正煕政権の最大の政敵だった金大中氏が白昼、東京の滞在先のホテルから拉致された国際的な主権侵害事件である。この事件で、韓国の中央情報部いわゆるKCIAからの依頼を受けて、金大中氏の日本国内での所在確認を行っていたのが、「ミリオン資料サービス」という会社だった。自衛隊陸幕二部「別班」のダミー会社だったといわれている。元陸上自衛隊の男性が設立し、警視庁外事課出身の社員らが在籍していた。 実は陸幕二部「別班」については、米軍との強い関わりから「下働き」「下僕」として働いてきた屈辱の履歴がある。隊員らは、米軍座間基地に常時出入りしていた事実があり、このことは国会の議事録にも明記されている(76年4月27日の参議院予算委員会)。ちなみに7月28日の小泉防衛相の会見で、陸自の「別班」に関して記者から質問が出た。これに対して小泉氏は「(別班は)これまで存在しておらず、現在も存在していません」と否定していた。無知ほど怖いものはない。 人気テレビドラマ「VIVANT」に冷水を浴びせる気はないが、コントロールを失い、独善的な思い込みから諜報(ちょうほう)活動に走る「別班」「別働」ほど恐ろしいものはない。朝日新聞阪神支局を襲撃して記者を殺した一味の犯行声明文にも「別動」の文字があったことを僕は忘れない。 ちなみに「熊日」の記者たちは今、熊本地震の被災した地元の人々のために身を削るようにして取材を続けている。(かねひら・しげのり=ジャーナリスト)2026年8月9・16日 「しんぶん赤旗」 日曜版 20ページ 「金平茂紀のメディア日誌-『熊日』のスクープ 自衛隊が市民監視」から引用 自衛隊が一般国民について違法に情報を収集して保管していることを、防衛大臣は認識していなかったために「自衛隊は不適切な活動はしていない」とコメントしたのであれば、シビリアンコントロールの責任者のトップとして失格であり、速やかに引責辞任するべきですが、熊本日日新聞が当事者に取材して事実を明らかにしているのに、「そんなことはしてません」と否定する発言をしたら、それで終わりというのは、あまりにもお粗末な話で、実際のところはどうなのか、中央の大手紙も追跡調査に乗り出すべきであるのに、どの新聞も「我関せず」で、知らん顔をしているのは、由々しい問題だと思います。これを放置したのでは、かつての軍部が国を無謀な戦争に巻き込んで全面降伏する羽目になったのと同じ「失敗」を繰り返すことになると思います。問題が小さいうちに、何が原因で現在の日本が「シビリアンコントール不全」になったのか、解明しておくべきだと思います。
2026年08月30日
日本の十五年戦争がようやく終わったのは1945年8月であったが、何故もっと早く終わらせることができなかったのかと、元文科官僚の前川喜平氏が9日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 8月になると考える。あの悲惨な戦争をどうしてもっと早くやめられなかったのかと。そもそも戦争を始めたのが間違いだが、あそこまで長引かせたのも間違いだ。 合理的に考えれば、1942年6月のミッドウェイ海戦で完敗した時に負けを認めるべきだった。44年7~8月にサイパン島やテニアン島が陥落した時には、本土空襲の本格化で敗戦は必至と認識できたはずだ。 近衛文麿が早期講和を上奏したのは45年2月だ。ソ連が軍部を扇動して革命を起こすというのは近衛の妄想だが、敗戦は必至だから一日も早く戦争を終結させるべきだとの進言は正しかった。しかし昭和天皇は「もう一度戦果を挙げてから」と、軍部と同じ「一撃講和論」で応じた。 結局「聖断」でしかやめられなかった戦争だ。もし近衛上奏の時に「聖断」を下していれば、東京大空襲も沖縄戦も広島・長崎への原爆投下もなく、何十万もの命が救われた。ソ連の参戦もなく、旧満州居留民の悲惨な逃避行も朝鮮半島の分断も起きなかった。 75年10月の記者会見で昭和天皇は、原爆投下は「戦争中のことなのでやむを得ない」と発言したが、もっと早く戦争をやめることはできたろう。立憲君主として軍部に従っただけだとしても、一撃講和論による戦争継続を認めた昭和天皇の責任は否定できない。(現代教育行政研究会代表)2026年8月9日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-一撃講和論で失われた命」から引用 大日本帝国において、天皇が強い指導力を発揮して国家運営に当たっていたのであれば「あまり被害が大きくならない内に白旗を上げよう」という判断も可能であったはずであるが、当時の軍部は天皇や政府の意向を無視して、独自の判断で行動する者たちばかりで、しかもその軍部も一枚岩ではなく、しばしば意見が対立することがあり、その軍の高級幹部は常時、拳銃や日本刀を持ち歩き、意見の異なる者の執務室に入って口論の挙句、相手を日本刀で斬殺する事件なども起こしており、そういう連中を相手にしては、いくら天皇でもそう易々と「もう戦争は止める」とは言い出しにくかっただろうと思います。それでも、原子爆弾を2発落とされて、それでようやく「これはもうダメだ」と判断できたのは、遅きに失したのは事実とは言え、いたし方なかったのだと思います。
2026年08月29日
戦後30年の1975年には、かつて帝国陸海軍を統率する大元帥であった昭和天皇に「戦争責任についてどのようにお考えになっておられますか?」と、記者会見の場で直接質問した記者がいた。当時のことを、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、8日付同紙コラムに次のように書いている; 戦後30年の1975年10月、昭和天皇、皇后両陛下は初の米国訪問から帰国後、皇居で日本記者クラブとの記者会見に臨んだ。 原爆投下を「遺憾には思ってますが、戦争中であることですから、広島市民には気の毒であるが、やむを得ないことと思ってます」と語ったのは有名だが、もう一つの「迷答」も戦後史をえぐる。 記者「ホワイトハウスにおける『私が深く悲しみとするあの不幸な戦争』という発言は、陛下が開戦を含めて戦争そのものに責任を感じておられるという意味と解してよろしゅうございますか。陛下はいわゆる戦争責任についてどのようにお考えになっておられますか。お伺いいたします」 天皇「そういう言葉のアヤについては、私はそういう文学方面はあまり研究もしてないでよく分かりませんから、そういう問題についてはお答えができかねます」 詩人の茨木のり子は直後に「四海波静」という詩で「どす黒い笑い吐血のように噴きあげる」「三十年に一つのとてつもないブラック・ユーモア」と書いた。 質問したのは英紙タイムズ東京支局の中村康二記者。昭和天皇に直接戦争責任を問いただしたのは、この人だけではないか。 気づいたのは文芸評論家の加藤典洋である。米紙ニューヨーク・タイムズ国際版のコラムで紹介し、さらに調べて著書「日の沈む国から」に覚書を残している。 中村氏は大正生まれ。12歳から毎日新聞の雑用係として働きながら英語を学び、18歳で英文毎日に採用されるも、すぐ入営。23歳で復職して半年後、毎日新聞が陸軍から経営を委託されたフィリピンのマニラ新聞に赴任した。南方占領で沸き立っていた頃だ。 帰国は31歳目前。敗戦4年後である。ずっとマニラにいた。 当初は軍当局の覚えもめでたく順風だったらしい。やがて戦況は悪化。45年2月にマニラ市街戦が激化し、現地人をことごとく抗日ゲリラと疑う日本軍は、組織的な市民大虐殺を始めた。恐らく中村氏は何もかもを見た。 犠牲者10万人以上。第14軍司令官の山下奉文大将、同参謀長の武藤章中将は、共に命令なき統率責任を問われ死刑となる。 残った中村氏は戦犯裁判の通訳を務めた。絞首台の近くで遺言を書きとめ翻訳した。数分後、彼らは自覚なき罪で処刑された。 戦後、中村氏は書いている。「命令の根源は統帥権にあり、源泉は天皇にあった。天皇は愛国心の古里であった。服従は愛国心の発露であった」(専門編集委員)2026年8月8日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-天皇陛下に伺います」から引用 昭和天皇が「自分は文学方面の研究をしたことがないので、そういう言葉のアヤについてはお答えできかねる」という冗談めかした返答は、テレビのニュースで広く全国に放送されて、NHKなども全然遠慮することもなくそのまま放送して、それを繰り返し見た私などは「天皇も、こういうズレた返答をするようになったのでは、そろそろ代替わりした方がいいな」などと思ったものでした。あれから50年も経って、憲法の「平和主義」は上皇にも今上天皇にも深く理解され、国民統合の象徴という立場から「平和主義の実践」が行われた結果、今では「平和主義」は「国民の常識」となったと見て良いのではないかと思います。ところが、この国に「平和主義が常識」となっては困るのが産業資本で、かつては得意分野であった家電製品や自動車が、近隣諸国に押され気味となっては軍需産業に手を出すしか活路がなくなった「日本資本主義」は、皇室の「平和主義尊重」が気に入らないらしく、たまたま衆議院で圧倒的多数を占めたことを貴貨として民主主義とは逆方向の皇室典範改悪や国旗損壊処罰法などを次々と成立させているが、このような憲法をないがしろにする与党の暴虐を、早めに止めさせることが、今必要なことで、このまま産業資本がやりたい放題を続ければ、この国は二度目の「同じ失敗」を繰り返すことになると思います。
2026年08月28日
この度の皇室典範改正に関わる国会の審議の様子について、ジャーナリストの安田菜津紀氏は率直な感想を、6日付東京新聞コラムに、次のように書いている; これが「戦後」であるはずの現代社会の国会なのだろうか。改正皇室典範を巡り拙速な審議が進められる中、「男系男子」の身分への執着があからさまに語られていることに愕然(がくぜん)とした。 皇位継承を男系男子に限っている現行規定について、木原稔官房長官は7月10日の衆院議院運営委員会において、「古来例外なく維持されてきた重みを踏まえたものだ」と語っている。しかし皇位継承が皇統の男系男子に明確に限定されたのは1889(明治22)年に制定された旧皇室典範においてであり、それ以前は持統天皇を含め8人の女性天皇が存在している。 「皇室の伝統」を主張する側が「天皇は初代の神武天皇以来、万世一系、男系男子が継承してきた」とその正当性をうたうことはよくあるが、神武天皇は神話的な存在とされる。 日本会議国会議員懇談会の会長も務める自民党の古屋圭司氏は2022年3月、ツイッター(現X)に「天皇制度は如何に男系男子による継承維持が歴史的に重要か、神武天皇と今上天皇は全く同じY染色体であることが、『ニュートン誌』染色体科学の点でも立証されている」と投稿した。しかし実存したかも定かではなく、遺体も確認されていない神武天皇の「Y染色体」をどう立証できるというのか。沖縄タイムスの取材に対し科学雑誌「ニュートン」を発行するニュートンプレス社は「神武天皇と今上天皇のY染色体に言及した記事はない」と、古屋氏の投稿内容を否定している。大臣経験もある人物が、事実に基づかない主張を堂々と展開してきたことにめまいを覚える。 改正皇室典範においては、皇族が旧宮家の男系男子を養子とすることが可能となったが、今上天皇とは36~38親等離れているとされる。また養子に男子が生まれれば皇位継承資格を与えられるという。「男を生め」という不健全な圧は残存する。結局、重要視されているのは、男性方の「血」なのだ。政府・与党は「静謐な環境」下での議論の必要性を掲げてきたが、差別の強化やイデオロギーのごり押しでそれを破壊しているのはどちらなのか。 これは今国会での審議に始まった問題ではない。たとえば皇室典範が女性差別を内包しているという指摘に対し、日本政府が「逆ギレ」と言わざるをえない態度を示したことがあった。外務省は昨年1月、日本の拠出金の使い道から国連の女性差別撤廃委員会を除外するよう、国連側に伝えた。同委員会は皇位継承者を男性に限っている皇室典範の改正を勧告したので、日本政府は抗議の意思を示したのだ。そもそも05年以降、日本の拠出金が同委員会に使われたことはなかったが、より立場を明確にするのだと外務省は主張していた。国ぐるみで「女性は男性よりも劣位である」と暗に示す制度の正当性を国際社会にまで訴えてきたのだ。 ここまで皇室典範を巡る問題を記してきたが、それは「どのように天皇制を継続させるのか」が前提となってしまっている。しかしその前提そのものを問う議論が乏しいのではないか。 天皇制それ自体に、さまざまな問題が凝縮されている。戦中は「国体護持」(天皇制存続)のために多くの命が犠牲となった。歴史を振り返れば、皇族の「血筋」への絶対視は、生まれによる差別や身分差別の強化と結びついてきた。現代社会においても、憲法が定める「法の下の平等」との矛盾は残されている。「男女の結婚」を自明のものとして扱い、セクシュアルマイノリティーの存在は想定すらされていないのではないか。皇族は身分や生活が守られる「特権性」を有する一方で、憲法上の権利の保障対象から外れ、「人権の飛び地」と称されることもある。「次に誰が天皇になるか」は、「誰が、権利や自由が制限される存在として扱われ続けることになるのか」を意味する。こうした制度が、「象徴」であり続けることが、果たして望ましいだろうか。その是非を含めて根本から議論する必要があるのではないだろうか。(やすだ・なつき=フォトジャーナリスト)2026年8月6日 東京新聞朝刊 6ページ 「社会・時評-天皇制を問う声、乏しく」から引用 この記事で、安田氏は遠慮して「神武天皇は神話的な存在とされる」などと穏便な表現をしているが、要は天皇が神様の子孫だなどと作り話で権威を高めて、それで「神国日本」を守るために国民は命を投げ出せという「命令」を、国民が疑問を持たずに受け入れる環境整備をしたのが、戦前の日本だったのであり、そのような社会の在り方は間違いであったと、80年前に昭和天皇は国民の前で表明したのであったが、そのような「反省」を認めず、天皇をトップに据えて上意下達の社会システムを、国民に悟られることなく再構築しようとする「悪意」が感じられる今日この頃、現職の国会議員が「天皇制は2600年の伝統だ」などとデタラメを吹聴する事態を放置することは、この国を二度目の「亡国の危機」にさらすことになると思います。
2026年08月27日
昨日の欄に引用した「しんぶん赤旗」の記事の続きは、ジャーナリスト・河野嘉誠氏の寄稿を掲載しており、木下秘書の陳述書について、重大な疑問を指摘している; 当初からサナエトークンの問題を追及してきたジャーナリストの河野嘉誠(かわの・よしのぶ)さんに寄稿してもらいました。 高市早苗総理の名を冠した暗号資産・サナエトークンは今年2月末にリリース。人気ユーチューブ番組で宣伝され、時価総額は一時数十億円規模まで膨らんだ。 ただ、発行元の合同会社・ノーボーダーが暗号資産交換業者の登録をしていないことが発覚し、金融庁が実態把握に乗り出す事態に発展。3月2日に高市総理は自身のXで関係性を否定した。 ところが、Xの高市後援会アカウント「【公認】チームサナエが日本を変える」がサナエトークンの宣伝に関与。総理の公設第1秘書・木下剛志氏がノーボーダー側とやりとりを重ねていたことも明らかになった。 木下氏が接触したノーボーダー幹部の松井健氏は、過去にさまざまな投資トラブルを引き起こしてきた人物。高市事務所との関係をアピールしながら独自に投資を募り、投資被害を訴えている人もいる。 現職総理の事務所が違法性の疑われる暗号資産の宣伝に加担していた前代未聞の騒動。国会で追及されると、高市総理は「秘書の陳述書をもって答弁に代えさせてほしい」と言いだし、「議会軽視」との批判が高まった。 陳述書は7月22日に衆院予算委員長に提出されたが、木下氏は「松井氏の顔と名前を憶えていなかった」と説明。高市総理も今年5月に国会で「(松井氏は)私も秘書も面識のない方」と答弁した。木下氏はその後の報道で、松井氏とやりとりをしていたことに思い至ったという。 だが、実は木下氏は3月時点で、筆者と『週刊現代』の取材に対し、松井氏が自民党総裁選で勝手連として高市陣営を支援していたことや、メッセージアプリ「LINE」のグループ機能でのやりとりを明確に認めていた。昨年12月17日に松井氏らノーボーダー幹部とオンライン会議をし、その席で「暗号資産」についての話もあったと回答した。 つまり、木下氏が陳述書で描いていた「顔も名前もわからない」というストーリーはでたらめの疑いがある。 総理秘書が、松井氏となぜ接点を持ち続けたのか? 違法性が疑われる暗号資産の宣伝に関わった責任をどう考えるのか? 矛盾ばかりの陳述書は、疑惑の根幹を何ら明らかにしていない。国会で木下氏を参考人招致し、真相解明をすべきだろう。2026年8月2日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「サナエトークン『秘書陳述書』」から「”面識ない”はウソ 国会で説明を」を引用 一国の総理大臣やその秘書官が違法な暗号資産の取引に手を染めていたというのは、重大な疑惑であり、それを一片の「陳述書」で誤魔化そうというデタラメを、私たちは許してはならないと思います。特に高市氏の場合は、「そのような方とは面識がありません」などと言っておきながら、後で「オンライン会議」で同席したことがバレると「あれは、直接会って名刺交換などということはしていない」という意味だったなどというような怪しげな言い訳をする人物ですから、そういう言い回しで誤魔化すことのないように、国会で正式な証人喚問をするべきだと思います。
2026年08月26日
ユーチューブで情報発信をする組織のうちの一つで「ノーボーダー」という名のグループが「高市早苗人気」を利用して一儲けしようと仕組んだ「サナエトークン」の問題について、高市首相の公設秘書がどのように関わっていたのか、2日付「しんぶん赤旗」は、次のように報道している; 高市早苗首相の名前を冠した暗号資産(仮想通貨)「SANAE TOKEN(サナエトークン)」の宣伝に首相の後援会が加担した問題で、高市首相は7月22日、公設第1秘書・木下剛志氏の「陳述書」を衆院予算委員長に提出しました。違法な販売が疑われ、多数の被害者が出ているサナエトークン。木下氏は陳述書で宣伝に加担したことを認めており、高市首相の政治的・道義的責任は重大。木下氏本人による国会での説明が必要です。 サナエトークンはユーチューブ番組「ノーボーダー」の事業の一環として2月25日に発行されました。発行団体は、暗号資産の発行や販売に必要な「暗号資産交換業」に登録しておらず、資金決済法違反(無登録営業)の疑いが浮上しています。 高市事務所公認のX(旧ツイッター)の後援会アカウント「チームサナエが日本を変える」はトークン発行日の2月25日、発行元の投稿を引用して「『SANAE TOKEN』という新たなインセンティブ設計も注目されています」と紹介。「チームサナエはこの取り組みに共感し」と投稿しました。問題が指摘されると高市首相は3月2日、Xに"私も事務所側もトークンがどのようなものかまったく知らされていない"と投稿し、価格が急落しました。 陳述書で木下氏は、サナエトークンが暗号資産という説明は一切なかった、と強調しました。 後援会アカウントによる投稿については、ノーボーダー側から「チームサナエ(奈良県の自民党青年局有志が運営)のアカウントでも応援するメッセージを出して欲しい」との依頼を受けた、と説明。ノーボーダー側から文案の提示を受け「深く考えることもなく、いわれるがままにリポスト(再投稿)に応じた」としました。◆広告塔の役割 日本共産党の小池晃書記局長は記者会見(7月22日)で「現職首相の後援組織がサナエトークンの宣伝、広告塔としての役割を果たした」と厳しく批判しました。「後援組織が宣伝したのは紛れもない事実であり(首相の)政治的・道義的責任は免れようがない」と指摘。木下氏本人が「国会の場に出て、一問一答で疑惑に答えてもらうことがどうしても必要だ」と強調しました。2026年8月2日 「しんぶん赤旗」 日曜版 31ページ 「サナエトークン『秘書陳述書』」から「宣伝に加担、首相の責任は重大」を引用 2月25日に高市事務所公認の後援会「X」アカウント「チームサナエが日本を変える」が、堂々と「新たなインセンティブ設計(引用者注;サナエトークンのこと)も注目されています」と投稿したものだから、「サナエ推し」の「支持者」の大部分が「サナエトークン」の購入に走り、価格が急騰したところに「無登録営業」の情報が流れるや、高市氏が「トークンなんて、どんなものか何も聞いていない」と投稿して、価格が急落し、急いで購入した人々は大きな損害を被ったのは事実です。これを、通り一遍の「陳述書」で都合のいいことばかりを書いて、一方的に「自分たちは悪くない」を主張してお仕舞にするのは、本人も後味が悪い思いでしょうから、ここは木下氏に国会に来てもらって、全てを洗いざらい証言していただくのが正しい解決法だと思います。
2026年08月25日
10年前に続いてまたしても大地震に見舞われた熊本県の惨状に関連して、わが国の防災対策のお粗末さに、元文科官僚の前川喜平氏は2日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 2016年の震災からわずか10年で再び大地震に見舞われた熊本県。尊い命が失われ、1万人近い人たちが避難生活を余儀なくされている。 今後心配されるのは災害関連死だ。トイレ、キッチン(食事)、ベッドを意味するTKBの最低条件が確保されていない。被災者に尊厳ある生活を保障し、可能な限り苦痛を減らすための国際基準「スフィア基準」には遠く及ばない。そこへ酷暑が追い打ちをかける。熊本では最高気温40度の予報も出ている。熱中症で死者が出るのではないかとても心配だ。 学校体育館への空調の設置には文部科学省も力を入れてきたが、地域差が非常に大きい。熊本県で避難所に指定されている小中学校の空調設備の設置率は20・9%で全国平均よりかなり低い。政府は昨年6月閣議決定の「国土強靭(きょうじん)化実施中期計画」で2035年に100%という目標を定めたが、それでは遅すぎる。文科省の補助率を高めたり地方債の元利償還への交付税措置率を高めたりして目標を前倒しするべきだ。 戦争は人間が起こすものだから人間が防ぐことができるが、自然災害は人間が防ぐことができない。毎年自然災害でたくさんの人が命を落とす日本で、防衛予算ばかり増やしてどうするのか。人間の命を守るためには、防災予算こそ抜本的に増やすべきなのだ。(現代教育行政研究会代表)2026年8月2日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-防衛予算より防災予算を」から引用 熊本市では10年前も今日も、地震で住む家を失った被災者は体育館でごろ寝というのは、ひどい実態だと思います。私の住む川崎市も、災害時の避難所となる予定の小中学校体育館の空調設備設置率は「4・9%」という低率で、現にうちの近所の小学校体育館は、選挙のたびに「投票所」にもなる施設ですが、空調設備はないので、冬は大型の「石油ストーブ」、夏は扇風機とウチワというお粗末な状況です。この記事が言うように、戦争は人間同士の間のことですから、話し合いで解決することも不可能ではないのに比べ、自然災害となると話し合いもへちまもありはしませんから、戦争準備よりは災害対策の方が優先されて然るべきと私も思います。
2026年08月24日
高市政権の下で行われた「皇室典範改正」これからの皇室のあり方について、法政大学名誉教授で元総長の田中優子氏は、2日付東京新聞コラムに次のように書いている; 7月17日、改正皇室典範が成立した。今まで天皇制について考えたことのない人、関心がなかった人の気持ちを一気にざわつかせ、皇室について考える機会となった。 これは時代の変化の兆しである。江戸幕府が成立した時、天皇に伊勢に移っていただき神主になってもらおうという、いわば天皇制廃絶の提案があった。他方、そんなことをしたら再び内乱状態に陥る。徳川家康が天皇を補佐してこそ諸大名も万民も治まるのだ、との反論があった。 政治と権威の共存を、松岡正剛は「デュアル・スタンダード」と呼んだ。文化全般に共通する古代からの日本独自の方法である。これはダブル・スタンダードでも対立でもなく、主権者が天皇を支えることで安定する仕組みであった。 戦後憲法下では主権者は国民であるから、国民の気持ちをくみ取り国民と価値観を同じくする天皇であってこそ、国民が支え社会が安定する。戦後の天皇皇后たちはそれを十分に理解し、平和を希求する国民と共にあることに尽力してきたと言ってよい。 一方、戦前は「力による覇権」を目的に、政治家や軍部が天皇を利用し続けた。私は改正皇室典範の決め方を見ていて、戦前と同じ危うい気配を感じた。憲法の主権者である国民と価値観を共有してきた上皇さまと現天皇陛下の影響力を排除し、外部者を入れて力による支配に利用しようという意図なのではないか。 ◇ ◆ ◇ 改正典範が通った時、新聞に掲載された百地章氏の意見に仰天した。 「皇位とは公のもの」なので「私情は抑えてでも皇位を伝えることが大事」であり「皇室とジェンダー平等は最も遠いところにあり」「歴史と伝統を変えるのは現代人の思い上がり」だと。天皇家の人々への人間らしい思いがひとかけらちない。 彼らの人生は私情を抑える程度のものではない。日々の生き方、他者や家族との関わり、結婚、出産、言葉による攻撃を回避できない状況、そして男児を出産しなければ、女性が責められる。人権のほとんどが奪われているのである。皇室の女性たちが心を病んできたことは、誰でも知っている。結婚して一般人となれば人権を守られるはずだが、プライバシーを侵害され配偶者をおとしめられる。見ていられない。国民の価値観とこの実態の乖離は、「統合の象徴」の危機ではないのか。 ◇ ◆ ◇ 考えるべき方法が二つある。一つは改正を廃棄し、天皇家のあり方について根本から考え直す方法である。基準は憲法だ。全ての国民が生まれた時に持つ、人として自らの意思で生きる権利、つまり「人権」を、皇室の人々も共有する方法を考えることである。無論その中には、女性・女系天皇容認が入る。 もし、それが皇位継承とどうしても矛盾するのであれば、主権者たる国民は、皇室の方々の天皇制からの解放を考えねばならない。戦後日本をここまで支えてきた天皇一家を永遠に苦しめ、人権の空白地帯を国の中心に据えてまで、天皇制は大事にすべきなのか? そこまでして、私たちは一体何を守っているのか? 皇帝や国王を廃絶した、健全で豊かな国は世界中にいくらでもある。逆に、伝統に固執して人々が苦しんでいる国もいくらでもある。私たちはそのどちらを選ぶのか。今回の改正は、それを考える好機である。2026年8月2日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-天皇制を人権から考える」から引用 私はこの記事にある田中優子氏の考えに賛成である。百地章氏が言うところの「私情を抑えてでも皇位を伝えることが大事」などという理屈は昭和20年8月15日で終わった話であることを、私たちは再認識するべきです。国民主権であることが基本である日本国憲法において、「天皇条項」だけは「飛び地」などと言われてきているが、皇室の人々の「人権」を実現することによって、私たちの日本は例外無しの「基本的人権を尊重する」国家になるわけで、それが人類の文化が発展する方向なのだと思います。
2026年08月23日
熊本大地震の被災地で復興に頑張る人々の努力や日常の介護従事者の献身について、文筆家の師岡カリーマ氏は、1日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 熊本の大地震で被災された方々に、心からお見舞い申し上げます。一日も早く生活が復旧し、心安らかな日々が戻りますよう、祈るばかりです。 また猛暑の中、職務の遂行を通して、あるいは隣人同士の助け合いを通じてこの危機に立ち向かっている方々、被災地の外から物資を携えて駆けつけている方々に、深いお礼と敬意を表します。 災害の多いこの国が被災するたびに発揮される、職種を超えた責任感や献身を目の当たりにして、いつも思うことがあります。危機に乗じて政治的な主張をしているように見えては不本意なので付け加えますと、近年、個人的に交流することが多い介護従事者の献身と心意気にも頭が下がります。そして思うのです。こうして隣人を助け、他人に尽くし、社会を生かしている人々に対して「愛国心」を説いたり、「君が代を歌え」「国旗を敬え」と求めるのは、なんと不当で不遜なことであろうか、と。 中学生の時に学校で教わったイスラム教の啓典クルアーン(コーラン)の一節に「ひとりの命を救った者は、全人類の命を救ったも同じ」というものがあります。 ひとりの救済が全人類の救済と同等ならつまり、ひとりを生かすことですべての日本人を生かしている人々に愛国心を説く権利は誰にもない。そんな労力は、彼らの待遇と未来の改善に向けてください。(文筆家)2026年8月1日 東京新聞朝刊 11版 15ページ 「本音のコラム-今日あらためて思うこと」から引用 このエッセイは、もう少し字数があれば終段のほうを詳しく説明できて、完璧な文章になったのに、と思いました。しかし、これでもしっかり筆者の言いたいことは伝わります。一読して、さすがにイスラム教は長い伝統に裏打ちされた、しっかりした宗教だなと思いました。「ひとりの命を救った者は、全人類の命を救ったも同じ」というのは、真実を表現した言葉だと感心しました。そのようにして日々を過ごしている者に対して、違法な中傷動画で競争相手を貶めて手に入れた「政権」の座にあぐらをかいて「君が代を歌え」だの「国旗を敬え」だのと偉そうにふるまう輩には、やがて天罰が下るのではないかと思います。
2026年08月22日
高市早苗の「素人丸出し政治」を、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は、1日付同紙コラムで次のように批判している; 見てられない。高市早苗首相は政治が下手くそすぎる。30年も国会議員をやっているのに、そもそも政治家になっていない。 首相指示で食品消費税を来年4月から2年間8%から1%に下げ、残る1%の財源で給付も行い、「消費税率実質ゼロ」の衆院選公約を実現するという。 宿題ができずドリルのページ数をごまかして提出しようとたくらむ小学生並みの浅知恵である。 選挙後に作った社会保障国民会議が役立たずだった。大げさなだけで議論は二転三転。「国会とどう違う」「何がしたいの」と批判されるのは無理もない。 給付付き税額控除創設と減税の責任を野党にも負わせる一石二鳥と誰かに吹き込まれたのだろうが、首相自身に緻密な段取りや確たる政策目標がなかった。 恐らく元検事の弁護士あたりに唆され、国会に前代未聞の陳述書を出した判断と似ている。その程度で国のリーダーですか。 会社の部課長が似た失敗をしたら左遷だ。なのに「圧勝した首相だから」「公約だから」と不問に付され、「反省はない。私のメンツを潰すな。私が決断した。指示通り減税しろ」という横暴がまかり通る。それが政治ですか。 国民会議が合意しなかったのは首相へのそんたくで、減税を不安視する議論が支配的だった。 何しろ財源計10兆円の当てがない。財政悪化を見越して円安や金利上昇が進めば、本当に物価が下がるか疑わしい。首相指示と同時に、政府・日銀が多分数兆円の為替介入を断行した。いくら特別会計でもエラい出費だ。 2年半後は増税である。高市氏は「私が責任を持って確実に税率を元に戻す」と言う。2年半後もあなたが首相なんですか。「減税は私の悲願」と同じく、勢いでその場しのぎのデマカセを言い散らしてヘイチャラだから、ここまで抜き差しならなくなったのに。 自民党議員はこうした実像を知っている。だから昨年の総裁選第1回投票で、高市氏の議員票は小泉進次郎氏80票、林芳正氏72票を下回る64票だった。それを決選投票で、麻生太郎氏が高市氏149票、小泉氏145票にひっくり返した(とされている)。 「減税には反対だが、首相が決めた以上は支える」と麻生氏は言った。この人いつもヤクザみたいに変な格好つけるけど、国家国民のため反対すべきは反対するのが政治家ではないんですか。 党首討論の高市氏を立ち見で声援する「サナチル」議員群を見たら、期待する方が無理かとうめくしかないけど。(専門編集委員)2026年8月1日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-政治が下手くそすぎる」から引用 この記事の「高市批判」は、もっともなことだ。村山富市政権のときに、質問に立った高市議員は「アタシは戦争の当事者じゃないから、戦争責任はないと思ってます」と、まるで中学生(と言っては優秀な中学生には失礼だが)にも劣るような発言をしたのであったが、あの当時から彼女の精神年齢はまったく上がっておらず、当時の「考え方」のまま60数歳の年寄りになっているらしい。そんなことは、「テレビ局の電波を止めるかも知れない」発言のころから分かり切ったことだったのであって、実際に首相にまでなってから、上のような記事が出たのでは遅すぎると思います。もっと早くから「どうも、この政治家はおかしい」という記事を書いて、広く国民の間に周知しておくべきだったと思います。
2026年08月21日
このところ少し支持率が下がってきているとは言え、政権の存立が危ぶまれるような状況ではなく、依然として高支持率をキープしている状況について、高市政権の何が支持されているのか、東京科学大教授の中島岳志氏は7月29日付東京新聞「論壇・時評」に、次のように書いている; 高市内閣は昨年10月の政権発足以来、半年以上高い支持率をキープした。しかし、何が支持されているのかが明確ではない。 問題も繰り返し起こる。首相の国会軽視については、さまざまな形で批判されてきた。議論がしっかりと尽くされないまま、改正皇室典範や日本国旗損壊罪法が成立し、暗号資産「サナエトークン」や自民総裁選での相手陣営への中傷動画作成疑惑などの批判についても、明確に解明されたわけではない。一方で、高市首相は記者会見に消極的で、SNSを通じた一方的な情報発信を続ける。なのに時事通信による7月の世論調査でも回答者の半分ほどが支持した。なぜなのか。 境家史郎・依田浩実「高市人気のメカニズムを解明する」(『中央公論』8月号)は、2月の衆議院選挙直後に行った独自のオンライン調査の結果に基づいて、高市人気を支える二つの支持腦を明らかにしようとする。 第一の層は中高年の女性である。彼女たちは高市氏を「女性の社会進出の象徴」として支持している。第二の層は「女性差別的ないし保守的価値観を持つ男性」である。彼らは、高市首相が女性でありながら男性優位の既成秩序(伝統的な男社会)を脅かさない「保守派のマッチョなリーダー」である点に魅力を感じている。 この「女性活躍のロールモデル」と「保守的なマッチョ」という矛盾するイメージの多面性こそが、全く異なる二つの集団を同時に引きつけ、安定的な支持連合を形成していると指摘する。さらに、前者の支持は「女性」という首相自身の属性に基づいているため、政策や政治姿勢がどれほど批判されても揺らぎにくい。これが小泉純一郎元首相や安倍晋三元首相ら過去のリーダーとの決定的な違いである。 大澤真幸「推し活という政治」(『世界』8月号)は、複数政党制に基づく民主主義の機能障害に注目する。現代日本においては、政党が複数存在するにもかかわらず、「どの政党によっても、自ら(の意見)が代表されてはいないと感じる人」が多数を占める。「多くの人が複数政党制の代表メカニズムから疎外されていると感じている」のだ。 一方で、そのような人たちは、自分の思いや意見を明確に自覚できておらず、それをあえて言語化すると、どこかの政党が主張している政策と重なってくる。しかし、それでもなお私たちは自分の思いはどこの政党にも代表されていないと感じ続けている。 こうした状況下で行われた2月の衆院選では自民党が大勝し、野党が壊滅的な敗北を喫した。しかし、これほど明確な選挙結果にもかかわらず、公約の支持や拒絶といった明快な原因は見当たらない。信頼できる意識調査の結果によると、日本人の平均的な政治イデオロギーのポジションは、高市首相の政治ポジションよりも、かなりリベラルであり、選挙結果との大きなずれが見られる。 ここで大澤が注目するのは、「自分は代表されていない」と感じている人たちが、なぜか高市首相には「自分たちを代表している」という感触を得たと思われる点である。政策も考え方も一致しないにもかかわらず、多くの人たちが高市首相に自己の思いを投影しているのだろうか。この幻想としての高市早苗をめぐる現象を明らかにすることが、高市人気の構造を解く鍵であり、大澤はここから「推し活」のメカニズムに注目して分析を進めている。 厳しい追及には答えたくない。議論を尽くす合意形成は面倒くさい。英語でのコミュニケーションは苦手だけれども、できているように見られたい。 そんなあり方は、旧来の男性政治家であれば批判の対象になったはずだが、高市首相の場合、批判が盛り上がらない。むしろ、共感すら得られているように見える。 ここに多くの人が「自分たちを代表している」と感じる要素があるとすれば、問われているのは、私たち自身の自画像なのではないだろうか。高市人気は、単なる政策論ではなく、社会現象として捉える必要がある。<なかじま・たけし> 2026年7月29日 東京新聞朝刊 7ページ 「論壇・時評-高市内閣 高支持率の『なぜ』」から引用 高市早苗を支持する層というのは、「女性の社会進出の象徴だから」という中高年女性と、「男性優位社会の秩序をそのまま維持していく」という固い意志をもつ女性だから安心して任せられるという保守的な男性グループだ、という「分析」は、なるほど、そうかと納得がいきます。しかし、「厳しい追及には答えたくない。議論を尽くす合意形成は面倒くさい。」というのは、厳しい追及にうっかり応えると自分のしでかした悪事がバレるからであり、「議論を尽くす合意形成」などという議論を始めれば、それまで自分が不正に得た「利益」が全部明るみに出てしまうから、そんなことはしたくないのだから、そういう問題は「しかたがないね」などと言わずに徹底追及するべきなのだと思います。
2026年08月20日
悪人同士が争いごとを始めると泥仕合になるという典型的なケースが福岡県議会で演じられていることについて、元文科官僚の前川喜平氏は7月26日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 福岡県議会で吉松源昭県議が告発した議長職をめぐる現金授受疑惑。渦中の中尾正幸副議長は24日議員辞職したが、疑惑の本丸は「福岡県議会のドン」蔵内勇夫議長だ。「トカゲのしっぽ切りと言われるかもしれませんよ」と言う中尾氏に「君はガラパゴスの大トカゲだ」と応じたという。 蔵内氏は自民党福岡県連で会長退任後も隠然たる権力を握り、服部誠太郎知事の後ろ盾でもある。高額の海外視察が問題化しても平然と「海外旅行は続けます」と言い切る。日本獣医師会会長で世界獣医師会会長でもある蔵内氏は県政への影響力を使って、人と動物と環境の健康が一体だという「ワンヘルス」事業を進めている。「日本で一番悪い男と言われている」とは本人の弁だ。 加計学園問題では、麻生太郎氏(当時副総理)を通じて獣医学部新設の阻止に動いた。子息の謙氏は、古賀誠氏に近い林芳正氏(当時参院議員)の秘書を務め、2016年の衆院補選で古賀氏と麻生氏の支援を得たが、武田良太氏や菅義偉氏(当時官房長官)の推す鳩山二郎氏に敗れた。 吉松氏の告発の狙いは蔵内潰しだろう。6年前のことを今ごろ暴露した裏側には福岡県保守政界の権力闘争があると思う。誰と誰が敵か味方か僕にはさっぱり分からないが、権力闘争で悪事が露見するなら歓迎だ。大いにやってくれ。(現代教育行政研究会代表)2026年7月26日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-権力闘争で露見する悪事」から引用 巨額の県予算を使って「海外旅行」をする福岡県議会の自民党議員団を率いる蔵内勇夫は、自他ともに認める「悪人」で、新聞で批判されても、「議員の海外視察について、いくら以上の予算を使うなという法律があるわけではないから、必要な額を使って何が悪い」というわけで、開き直っているらしいが、ある程度新聞に取り上げられて、「これは百条委員会で審議するべきだ」という動きが出たのも束の間、「百条委員会設置に対する議決」をする予定で招集された議会で、自民党議員が「議決反対」の緊急動議を提出して、あっと言う間に「百条委員会」に関する審議はしないこととなって散会することになったのは、実に呆れた事態でした。想えば、加計学園問題の片一方の悪者は、あの安倍信三であった時代のことなども、懐かしく思い出されます。
2026年08月19日
戦前も戦後も、戦争を甘く見る人間が一定数存在する日本人社会について、神戸女学院理事長で凱風館館長の内田樹氏は7月26日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 戦史研究家の山崎雅弘さんが『戦争を甘く見る空気』という新刊を出した。「戦争を甘く見る空気」というのは現代日本の薄っぺらで、上ずった気分を見事に言い当てていると思う。 1990年代、戦中派の人たちが鬼籍に入って、戦争の実相を語る人が姿を消すと同時に「歴史修正主義者」たちが登場した。戦争の反省を「自虐史観」と罵(ののし)り、「あれはアジア解放の戦争だった」とか「南京大虐殺はなかった」とか言い出した。 確かに客観的な歴史的事実を確定することは難しい。だが、「蓋然(がいぜん)性の高い学問的推理」と「主観的妄想」の間には天地の差がある。その程度の差を「所詮(しょせん)は程度の差にすぎない」と軽んじるのがポスト歴史修正主義の風儀である。 ◇ ◆ ◇ 今回の皇室典範をめぐる国会審議でも、「皇紀2686年」とか「2600年続く皇統」というような「主観的妄想」を平然と口にする国会議員たちがいた。 歴史学が示す学問的推論と自分の選んだ「物語」は彼らにおいては等価なのである。「私は私の物語を信じる。あなたはあなたの物語を信じればいい」というのが彼らの(一見すると)公平な構えである。なんと民主主義的な態度ではないか。後はどちらの物語の信者数が多いかを競うだけである。信じる人間の頭数の多い方が「支配的な物語」になる。国民の過半数が喜ぶ物語は「よい物語」、国民に反省や自己点検を求めるのは「悪い物語」である。この「ファクトを甘く見る態度」が「戦争を甘く見る空気」を醸成している。 山崎さんによると「戦争を甘く見る」ことの際立った特徴は「戦闘」と「戦争」の違いを無視することにある。 「戦闘」とは「数人から数百人の兵士や戦闘員が交戦する、短期的かつ局所の戦術的交戦」を意味し、「戦争」は無数の戦闘とそれ以外の要素(国力、経済力、外交関係)によって構成される「戦略的な概念」である。いわば、戦争とは戦闘を俯瞰(ふかん)する視座に立つことである。 今の日本で軍事について語る人のほとんどはミサイルとか潜水艦とかいう兵器の話以上のことを語らない。そういう兵器で「どう戦うか」は語るが「どうやって戦争目的を完遂するのか」については誰も語らない。俯瞰的視野は誰も持っていない。 ◇ ◆ ◇ 東京裁判の戦犯たちはほぼ全員が戦争責任の引き受けを拒んだ。自分は戦争を始める気がなかったと口々に証言したのである。「他に択(えら)ぶべき途は開かれていなかった」と平然と主張したことに検察官キーナンは驚愕(きょうがく)した。何と大日本帝国戦争指導部は意に反して戦争に追い込まれたのである。だから、戦争目的がなかった。達成すべき理念もヴィジョンもなかった。いかなる条件が整えば戦争を終えるのかも知らなかった。 この点については今、日本を「戦争ができる国」にしようとしている人たちも変わらない。「我が国を取り巻く安全保障環境の変化に対応する」という以外の説明を私は聴いたことがない。そうやって戦争を始めて、敗れたら何が失われ、勝てば何が得られるのか、それについての俯瞰的な見通しを私は一度も聴いたことがない。 今、戦争を甘く見る人たちが戦争を始めようとしている。そのことをもっと恐れるべきだ。2026年7月26日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-戦争を甘く見る空気」から引用 かつて戦争指導をした大日本帝国政府と陸海軍幹部は「戦闘」と「戦争」の違いを無視し、どの「目的」を達成したら戦争を終わらせるという目算もなく、ただ漫然と兵士を戦場に送り戦闘を継続させるだけだったとは、呆れるほかありません。その上、現代の日本で、近隣諸国が軍備を増強しているからと言って、こちらもそれに見合う武装をするべきという発想は、平和な社会に「危機」を招き入れるだけの無意味な考えであることを、私たちは指摘するべきです。弓矢や鉄砲・大砲などで戦争をする時代と違って、核兵器は最終兵器ですから、これを持って戦争を始めれば、日本列島のような狭い島国の国民は、居住可能面積を失って滅ぶしかありません。したがって、日本は憲法が示すように、国際間の問題解決には武力を使わず、平和外交によって共存共栄の道を切り開く、という方針で進むべきだと思います。
2026年08月18日
政府と自民党は事前協議の「国民会議」では一言も議論がなかった「旧11宮家の養子に男子が誕生した場合は皇位継承権を認める」という条項を勝手に潜り込ませるという「騙し討ち」という手を使って、身勝手な「皇室典範改正法案」を国会に提出したことに因んで、朝日新聞コラムニストの吉田純子氏は2日付同紙に、次のように書いている; 何だか煙(けむ)に巻かれたような気がしている。皇室典範改正にかかる議論のことだ。「伝統」という概念があまりにも雑に、乱暴に扱われたまま法案が可決・成立してしまった。 「男系継承」を主張する与党は「神武天皇の即位以来、2600年以上にわたる皇室の伝統」を正当性の根拠とした。一方、思想史の専門家は「男系を絶対視するのは明治期に整えられた伝統」と反論した。 そもそも「2600年の皇統」自体、確実な証明は不可能だ。神話を「錦の御旗」にして突き進んだ政府に、国民の多くが自分たちの心を蔑(ないがし)ろにされ、強引にねじふせられたような居心地の悪さを感じている。 * 「伝統」を前に思考停止した時代を、日本はすでに経験済みだ。紀元2600年とされた1940年、政府は国を挙げて記念行事を企画。祝祭を彩る管弦楽作品を6カ国に委嘱した。米国は日本との関係悪化を理由に断った。5カ国が大作曲家に白羽の矢を立てた。ドイツはリヒャルト・シュトラウス、フランスはジャック・イベール。英国は26歳のベンジャミン・ブリテンを指名した。 ブリテンが日本に贈った曲のタイトルは「シンフォニア・ダ・レクイエム(鎮魂交響曲)」。反戦への祈りを込めたと作曲者自身が語っている。強烈なティンパニの打音で幕が開く。深い内省の後に訪れる、命の躍動。祝祭感あふれるクライマックスを経て、永遠を想起させるニ長調の安寧の響きが訪れる。名曲だ。 しかし、日本政府はこの作品の演奏を拒んだ。レクイエムという素材が祝賀の催しにはふさわしくないとし、「遺憾」と述べた。この曲に両親への追悼の思いも込めたとブリテンが語ったことも、個人的な事情とみなされ、政府の不興を買った。 ブリテンは、日本を恨まなかった。56年に来日し、自らタクトをとり、NHK交響楽団と「シンフォニア・ダ・レクイエム」の日本初演を叶(かな)えた。その折、ブリテンは能の「隅田川」を観(み)て、日本の伝統文化に開眼。「隅田川」の舞台を中世の英国に置き換えたオペラ「カーリュー・リバー」を64年に発表した。 平和主義を貫き、徴兵を拒否した。同性愛者でもあったことから、蔑(さげす)みの目で見られることもあった。しかし、ブリテンは集団心理による暴力を人間の本質として受け止め、社会的弱者の痛みを引き受け、憎しみの連鎖を断ち切った。合唱付きの大作「戦争レクイエム」も書いた。深い孤独に耐えたことへの神の恩寵(おんちょう)の如(ごと)く、ブリテンの音楽は、年を重ねるほどに純度を増していった。 * さて、演奏会はどうなったか。4カ国の4人から贈られた作品が、山田耕筰らの指揮で世界初演された。国の威信を懸けたお祝いを諸国も寿(ことほ)いだ。ヒトラーも祝辞を寄せた。 一方で、国民は長引く日中戦争に疲弊していた。紀元2600年を機に開催予定だった五輪と万博も、2年前に事実上の中止が決定していた。国際社会の真ん中で咲き誇るふりをしながら、国は大政翼賛をうたい、国民に鞭(むち)を入れ続け、そのまま太平洋戦争に突入した。「紀元2600年」という権威のメッキは、この時、すでに剥がれていたのだ。 伝統は、人間性とともにある。時代とともにしなやかに形を変え、過去から未来へと継がれてゆく精神の型である。ブリテンは今年、没後50年。寛容さと利他の心の連係が、真の伝統を培う。そんな内なるメッセージに今こそ強い光を当てたい。2026年8月2日 朝日新聞朝刊 13版S 3ページ 「日曜に想う-真の伝統培う、寛容さと利他の心」から引用 1940年を「皇紀2600年だ」などと言って祝祭のための管弦楽の作曲を依頼した6か国とは、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリス、イタリア、ハンガリーの6か国である。さすがにアメリカは、日本の中国侵略を快く思っていなかった関係で、そんなお祝い事に加担する気は全然なかったらしいが、イギリスやフランスが協力的だったとは意外に思いました。しかし、そんなことは置いといて、日本人は一度「皇紀2600年」に騙されて悲惨な戦争に引きづりこまれた経験があるのに、80年後にまたぞろ「皇紀2600年」を吹聴する自民党員に騙されて、皇室典範の改悪を認める羽目になっている。同じ失敗を繰り返すことなく、そろそろ目を覚まさなければならない時期だと思います。
2026年08月17日
能力がない上に根性が悪いときたのでは、周囲の補佐官がどんなに辛い思いをするか、毎日新聞特別編集委員の伊藤智永氏は7月25日付同紙コラムに、次のように書いている; 高市早苗首相に仕える政府高官がぽつりと漏らした。 「考えるのがつらい」 言葉はそれだけだが、前後の会話から察するに、のみ込んだ一言は「総理のことを」だった。 そんたくの少ない別の高官に水を向けると、こういう解説になる。 「そんなことも分かってないのって驚かされることが多く、知っているつもりでも目配り不足で間違っているのに、資料読むだけで誰の説明も聞かないから」 国会が終わる。通常国会は召集日に「私を選んで解散」のため1日で閉幕。選挙後に召集された特別国会が約5カ月続いた。 手続き以上に異常だったのは中身だ。何せ行政府の長が国会に出たがらない。議論を嫌い、一方的に話すか、ごまかす。議会の慣例を無視し「首相の命令や」でゴリ押ししようとする。批判には「私寝てないの」「家事も大変」「体が痛い」とSNSで愁訴する。 型破りな行状は人柄か能力か。周囲は「両方難あり」と口をそろえるが、低落気味でも依然高い支持率におびえ、言葉をのみ込む。省庁・閣僚・党役員人事が近いだけに、なおさらだ。 自民党職員が昔「条件の不利な自分はウソをついてもいいと信じている人」と形容していた。 それを思い出したのは、ネットのニュース番組で田中真紀子元外相が、1993年初当選同期としての思い出を語っていたからだ。32歳と49歳で議場席は隣同士。ある日、トイレで高市氏に呼び止められ、言われたという。 「なぜ政治家になったの。あなたは角栄さんの娘だからだろうけど、私はそうじゃないのよ」 「あなたと私は違うんです」。そう宣言されたと田中氏は受けとめ「アホか」と思ったが、むき出しの若き野望はSNS選挙の時流に乗り、権力を極めた。 今国会の目玉となった国旗損壊罪創設や皇室典範改正の衆院本会議採決で、くたびれた顔のおじさん議員に囲まれ、高市氏は一人感無量の面持ちでほほ笑んでいた。あの一種異様な笑みを、人柄や能力で理解するのは難しい。 日の丸と天皇制。戦争の記憶と結びつく国の二つの象徴は、戦後日本を築く上で日本人が自らを省みる戒めとなり、軍事タブーのフィルターでもあった。 二つの象徴を「戦後の呪縛」から解き放ちたい。先には憲法がある。野望を抱き続けるには、大きな物語も必要だったのだ。 それを無邪気な「サナエ推し」がもり立て、健康な議論を封じているなら、そこには紛れもない政治責任が伴う。(専門編集委員)2026年7月25日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-サナエ推しの政治責任」から引用 この記事は、一応高市批判の内容となっているが、私は「まだ甘い」と思います。むかし自民党職員が「条件の不利な自分はウソをついてもいいのだと信じている人だ」と形容していたとのことであるが、それは現在の彼女にも言える状態なのだと思います。世論調査に現れる高市支持層を「無邪気なサナエ推し」などと表現してますが、それはもしかしたら、内閣機密費を「スマホ農場」につぎ込んで野党候補者を誹謗中傷した結果で得られた「衆議院議席3分の2超」によるもので、「政治責任」どころか「刑事責任」を問わなければならない事態なのかも知れないという「観点」から、問題を追及する使命が、報道機関にはあるのではないかと思います。
2026年08月16日
総理大臣官邸で毎晩、資料の読み込みやメール対応、その他風呂掃除、洗い物、洗濯と忙しいので寝る暇もない、と投稿した高市首相について、文筆家の師岡カリーマ氏は、7月25日の東京新聞コラムに、次のように書いている; 「就任以来、0時間~3時間睡眠が常態化」という首相の投稿は、まさに睡眠不足が判断力をいかに鈍らせるかを如実に物語る。資料を読み、メール数千通に対応し、風呂掃除・洗い物・洗濯からインナーのアイロンかけなどの家事をするともう寝る時間などないという内容。大病院初の女性院長が患者に、大企業初の女性社長が部下や顧客に、同じことを言ったら、不平か自己陶酔と取られ、「じゃあ辞めたら」とひんしゅくを買うことは誰でもわかる。だから怖くて、とても言えない。 本来は同僚や家族や友人に求めるべき類いの労いの言葉を、国民に求めてしまったのだろうか。透けて見えた肯定感への渇望が痛々しい。一般世論とサナ活世論はまったく別の生き物である。 首相は気の毒だ。「セルフケアも能力のうち」が常識になった今の時代に、体を壊すほど働くのが美徳だという古すぎる価値観に縛られ続けるのは、しんどいだろう。 首相が公表した昨年の所得なら、プロの家事代行を頼める。メール対応の助手も雇える。「仕事が大変でも、主婦は手を抜かず自分で家事をするべき」と国中の女性にプレッシャーをかけるような投稿はリーダーにそぐわない。「過労ごときで人は死なない」とも取れる自己アピールも配慮に欠けた。睡眠不足で判断力が低下していたなら問題だ。違う理由ならもっと問題だ。(文筆家)2026年7月25日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-首相が気の毒」から引用 この記事が指摘するように、責任ある地位にいる者が「アタシはこんなに大変だけど、でも頑張ります」などと言い出せば、「そんなに大変なら辞めたら?」と言われるのが普通と思います。しかし、総理大臣ともなれば、よほどの不祥事でもない限りは、「辞めろ」という世論が沸き起こることは、ないと思います。その辺のことは、高市氏もしっかり計算に入れた行動なのだと思います。しかし、その「計算に入れたはずの行動」も、実際には何か「勘違い」が元になっている可能性が濃厚の雰囲気があり、高市氏の「価値観」は昭和時代のもので、その「昭和」も戦前の「昭和」のように思われます。本人は、今はそういう時代ではないということが、全然わかっていない。ところが、サナ活世論はそういう高市氏を「健気だ」ということで評価しているのですから、高市氏の狙いは的中している。この記事がいうように「体を壊すほど働くのが美徳」というのは、古すぎる価値観ですが、高市氏の計算高いあの性格からして古すぎる美徳に縛られて体を壊す、などと言うことは全くの「杞憂」に過ぎないと思います。
2026年08月15日
高市首相は記者会見を極力避けようとする半面、「X」には頻繁に投稿するのであるが、その内容がいろいろと、物議を呼んでいることについて、7月25日付東京新聞は次のように報道している; 高市早苗首相のX(旧ツイッター)が波紋を広げている。「0時間~3時間睡眠が常態化」と多忙さを強調した投稿に「寝てないアピールは昭和の価値観」などの批判が相次いだ。交流サイト(SNS)を通じた政治家の発信が影響力を持つ今、「頑張ってる感」をアピールするなら、どうすべきか。(太田理英子) 「成長戦略に向けて、半端ない情熱」「数千通も溜まってしまったメール処理」。そして「久々に5時間も睡眠を取れた」「0時間~3時間睡眠が常態化」。 3連休最終日の20日夜、高市氏はXにこんな様子を書き込んだ。「お裁縫(スカートの裾のほつれのまつり縫いやジャケットの緩んだボタンの補強)」の処理、「アイロンかけが下手で時間がかかる」とのエピソードまで披露した。 「寝てないアピール」は先月の国会でも。秘書の疑惑を巡る質問への答弁を拒んだ際、「金曜日の夜から今朝までほとんど睡眠も取っていない」と訴えた。 今回の投稿を巡っては、時代錯誤を指摘する書き込みや体調を案じるコメントが相次いだ。東日本大震災の際に官房長官として対応に当たり、SNS上で「枝野寝ろ」という言葉を向けられた元衆院議員の枝野幸男氏も「こうした判断力で外交などにあたられて大丈夫なのか」とつづった。 「文字の圧迫感がすごい。精神的余裕のなさが伝わり、息苦しくなる」 そう感想を漏らしたのはコラムニストの辛酸なめ子さん。「支持率低下が指摘される中、頑張っているという心の叫びかもしれないが、昭和の感覚」。強いリーダーだと打ち出したいならむしろ「無敵感、万能感を出してみては」と話す。 一方、政治家のSNS活用に詳しい慶応大大学院の田代光輝・特任教授(情報社会学)は「歴代首相を見ても、激務なのは事実。従来は滅私奉公が美徳とされてきたが、働き方と体力のバランスは大切で、高市首相が踏み込んで『本音』を明かしたことは意味がある」と評する。 政治家がSNSを用い、政治哲学や人間性を表したり、有権者との対話の場にしたりするのは、各政治家のポリシー次第と説いた上で、「首相が特にやってはいけないのはうそをつくこと」とクギを刺す。 たとえ激務だとしても、3時間睡眠の伝説があるナポレオン並みの短時間睡眠は心配になる。医療の専門家も危惧の声を上げる。 医師の木村知さんは「睡眠不足では判断力や集中力が下がり、飲酒による酩酊状態と同レベルになるとの研究論文がある」と指摘。「熟考できない状況では、国会などで不適切発言をするリスクがある」とし「こうした投稿が逆効果になると自覚していないのも既に判断ミスでは」と語る。 コミュニケーション戦略研究家の岡本純子さんはかねて高市首相の話し方を注目してきた一人。「今の政治家に重要とされているのは親しみやすさ。高市さんは庶民感覚をアピールし、笑顔や話すストーリーにも戦略性がある」とし、国民的人気アニメの主人公になぞらえて「早苗さんのサザエさん戦略」と名づける。 SNSでは生活の細部を書く傾向がみられたものの「今回は必要のない情報を入れ過ぎて逆効果になった。自分の発信力を過信し、人気にあぐらをかいているのでは」と読み解く。 では、どんな発信を心がけるべきか。 岡本さんは、危機管理のための発信を指導するブレーンが必要だとしつつ「高市首相の投稿は、言葉遣いそのものが令和の時代とずれている。時代の感覚、言葉をアップデートし、受け手の心情に寄り添うことが大切」と求めた。2026年7月25日 東京新聞朝刊 11版 18ページ 「高市首相『寝てない』投稿が物議」から引用 高市氏が「ほとんど寝てない」などと凄んだのは、例の総裁選のときに小泉議員やその他の候補を誹謗する動画を「スマホ農場」に作らせて、何度も閲覧させた事件の説明を求められて、その追及をかわすための「一喝」だったのであるが、それが効果を発揮して、あの中傷動画の件はいまだにウヤムヤになっている。他の発言者がいうように、高市氏の言葉遣いや表現の仕方は、どこか昭和の匂いが漂い、令和の時代の雰囲気からはかなりズレているように感じるのは、多くの国民が認める所であり、表現の仕方が拙劣であるのは誰もが認める事実であるが、しかし、だからと言って彼女に「時代の感覚、言葉をアップデートし、受け手の信条に寄り添って」ほしいとは、私は全然思わないし、もう彼女は「中身が空っぽ」の人物であることが判明したからには、さっさとより有能な人物と交代していただくのが最善の策というものだと思います。
2026年08月14日

角川新書「モンゴル抑留 見捨てられた死者たち」について、讀賣新聞特別編集委員の橋本五郎氏は7月19日付同紙に、次のような書評を書いている; 「シベリア抑留」の陰でこれまでほとんど知られることがなかった「モンゴル抑留」。しかし、第2次世界大戦後、1万4000人の日本人がモンゴルに連行され、約1700人が命を落とした。今なお約200人の身元が特定されていない。この書は知られざるモンゴル抑留の真実に、全身で迫った「魂の書」である。 モンゴル抑留は満州侵攻を助けてくれた見返りに、ソ連が自軍の確保した日本人捕虜をモンゴルに提供したことで生まれた。ソ連軍は目標にした数を確保するため、軍人だけでなく無差別に「日本人狩り」を行った。その結果民間人の割合は1割を超えた。劣悪の環境のため抑留者の死亡率はシベリア抑留を凌(しの)いだ。 にもかかわらず、日本政府は誠実に対応したのか。シベリア抑留のような抑留者に関する外交文書は全くない。身元特定のための職員派遣も2018年になってからだ。抑留者は母国に見捨てられてきたのだ。その国に代わって著者はモンゴル諜報(ちょうほう)機関の門をこじ開け、公文書館に足を運び、1600人以上の抑留者の死亡記録を持ち帰った。全国を回って遺族を捜し出し記録を届ける「死亡記録配達人」となって、11道府県の抑留者20人の遺族に届けた。 取材し、報道すればそこで一応終わる。それが記者の常だが、何かそこまで著者を駆り立てたのか。何よりも国の「不作為の罪」への怒りだった。知った者の務めとしてあなたたちのことは忘れません、という自責を込めた覚悟にほかならなかった。その意味でも「鎮魂の書」なのである。著者は抑留者の名前を一人一人、ふりがな付きで明らかにしている。「歴史は、個々の人間の人生の積み重ねである」という歴史観のもとで、大河のような歴史の中に一人一人の人生を織り込みたいと思ったからだ。 同じジャーナリストとして、同じ一人の人間として、その崇高なまでの使命感に、読み終わってしばし頭(こうべ)を垂れざるを得なかった。井手裕彦著「モンゴル抑留 見捨てられた死者たち」(角川新書)1320円<いで・ひろひこ> 1955年、福岡県生まれ。ジャーナリスト、元読売新聞記者。著書に『命の嘆願書』。2026年7月19日 讀賣新聞朝刊 12版 10ページ 「国家の不作為の罪 問う」から引用 私が就職したのは、戦争が終わって25年くらい経ったころで、その会社の一年先輩の方は、自分の父親は敗戦のときにソ連軍の捕虜となってシベリアへ抑留されて、早めに帰国できたので自分が生まれたのだ、というような話をしてくれたのでした。シベリア抑留は人数も多かったせいか、政府も無視するわけにはいかず、それなりの保証のようなことをしたようであるが、モンゴル抑留者には何の手当もなしというのは、いかにも片手落ちである。せめて一人でも多くの国民に、戦争被害の実態を知ってほしいものである。
2026年08月12日
国民世論をまったく無視して自分たちの価値観にのみ基づいた悪法を次々と成立させる高市政権について、7月19日付「しんぶん赤旗」は「高市政権 ろくに審議せず悪法次々」と題した批判記事を掲載したが、その中でも「国旗損壊処罰法案」については、山添拓議員の発言を引用しながら、次のように批判している; 表現の自由を踏みにじる違憲立法の国旗損壊処罰法案を、自民・維新の与党は国民民主、参政を取り込んで今国会で成立させる構えです。日本共産党の山添拓議員は9日の参院内閣委員会で、同法案が個人の内心に踏み込み、国旗尊重を刑罰で強制し、表現の自由を制限するとともに処罰対象を際限なく広げる違憲の法案だと告発し、廃案とするよう求めました。 処罰を行う狙いについて、法案発議者である維新の議員は「愛国心も醸成されていく」とのべています。山添氏は「内心に踏み込み、愛国心を抱けと求めていることは重大だ」と断じました。 国家の象徴の国旗を用いて政府に対する批判・抗議を表現することは当然考えうることです。一方で、法案は表現活動ではない国旗損壊は罪としておらず、処罰対象は必然的に表現活動となります。山添氏は「本質的に表現の自由を制限する立法だ」「政治的言論をターゲットにしている」と批判しました。 1999年の国旗国歌法制定時に政府が国旗尊重義務の規定や侮辱罪等の創設は考えていないとしていたのと矛盾し、特定の価値観を「刑罰で強制しようとしている」と追及しました。 発議者の自民議員は「内心に反する特定の行為、行動を強いるものではない」と説明。しかし山添氏は、法案は「人に著しく不快・嫌悪の情を催させる」ことを処罰対象としており、恣意(しい)的な判断で際限なく広がると告発しました。 法案は、犯罪に当たるかの判断は「行為の外形、周囲の状況その他の客観的な事情を総合的に勘案して行う」と規定。捜査当局がいかようにも判断できる仕組みになっています。同様の文言を置く刑罰法規の例はあるかとただすと、発議者は「ない」と認めました。山添氏は、表現の自由を刑罰で禁じるのは「民主主義とは相いれない」と厳しく批判しました。 14日の同委員会で参考人質疑があり、学者から、どんな行為が刑罰で処罰されるか明確でなければならないとする「罪刑法定主義」(憲法31条)と真っ向から対立するといった懸念が示されました。 同法案について、日本弁護士連合会会長や刑事法学者ら140人超が反対の声明を発表しています。2026年7月19日 「しんぶん赤旗」 日曜版 5ページ 「高市政権 ろくに審議せず悪法次々」から「愛国心強制、民主主義と相反」を引用 国旗損壊処罰法案を審議する祭に、法案発議者である維新の議員は「この法案を成立させることによって、愛国心も醸成される」と発言したとのことであるが、語るに落ちるとはこのことで、法律によって国民に愛国心を強制することは、明らかな憲法違反である。1999年に国旗国歌法を制定した当時、条文は単に「国旗は日の丸とする」とするだけで、その他の余分な文言は一切なかったのは、法律をもって国民に愛国心を強要するようなことがあってはならないという、当時の与野党の議員に共通の認識があったからで、その当時の議員に比べると、現代の議員の質はかなり低下しており、憲法の精神というものを全然理解できていないことが分かります。野党には、憲法に精通した優秀な議員がいくらでもいるのに、与党には憲法の趣旨を理解できていない世襲議員ばかりで、カネに汚く、何か問題があればすぐ秘書のせいにするような低レベル議員が多いのは、国民としてなんとかしなければならない問題です。
2026年08月12日
世事に疎い私は、今年のワールド・サッカーは「アメリカ大陸」で開催されたなどと思っていたが、正確には「米国・カナダ・メキシコ」の3カ国共同開催と表現するものであった。その「サッカーW杯」に於けるアメリカとカナダの「多様性・公平性・包括性」に対する「対応の違い」について、中央大学教授の目加田説子氏は7月19日付東京新聞コラムに、次のように書いている; 米国・カナダ・メキシコの3力国共同で開催されたサッカーのW杯。熱戦の連続で沸くカナダを先月、訪れた。異なる歴史と三つの言語(英語・仏語・スペイン語)が母国語の地域での共同開催であり、多様性・公平性・包括性(DEI)の大切さを世界にアピールする絶好の機会だった。だが残念なことに、トランプ米政権による入国制限などで、「サッカーは世界を一つにする」という国際サッカー連盟(FIFA)の理念がむなしく映る場面もあった。 そんな中、「南の隣国」とは対照的に、DEIを推すカナダの姿が印象に残った。とりわけ市民社会が率先して難民受け入れや先住民との共存を目指す姿に進取の気風がうかがえた。 興味深い制度の一つに、18歳以上のカナダ市民または永住者が共同で難民受け大れを支援する「グループ・オブ・ファイブ」がある。隣人や友人5人以上が一定の資金を確保できていれば、難民呼び寄せの申請ができる。資金は個人拠出でも良いが、寄付や募金を集めてもいい。 受け入れが決まれば、呼び寄せたグループが1年間にわたって家賃や食費、衣服、光熱費の支援、医療機関の紹介や保険加入、学校手続きの手伝い、さらには英語学習や就職活動、心理的サポートを含む幅広い支援を続ける。 ◇ ◆ ◇ 制度の発端は1970年代後半にさかのぼる。ベトナム戦争後の社会主義体制を逃れて数百万人の難民が小舟に乗り、「ボートピープル」として漂流した。カナダでは「政府だけでは十分に難民を敘えない」として、市民が直接スポンサーになれる制度の整備を多くの市民が求めた。 カナダの受け入れ枠は最終的に5万人に達したが、うち約2万1千人は市民による受け入れだった。 制度の特徴は、前記の資金を含めて支援を実施するのは地域住民という点だ。アフガニスタンやシリア、チベットなどの難民を迎え入れてきた女性は、「スポンサーになった人たちと難民家族がその後も長い友人関係を築くこともある。仕事の都合で転出していく人もいるが、新しい生活を始める最初の足場を提供してくれ、困ったときに支えてくれる人がいるのは大きな意味がある」と語る。 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)から世界で最も成功した難民受け入れ政策の一つと評価され、86年にはカナダ国民全体に対して「ナンセン難民賞」が授与されている。国家ではなく「国民全体」に授与されたのは、現在まで唯一の例だ。そしてこのカナダ型制度は、その後ニュージーランドやスペイン、英国等でも導入されるようになった。 ◆ ◇ ◆ カナダでは2008年、国家が先住民と共に「真実と和解委員会」を設置した。先住民が受けてきた差別や不平等を含む歴史問題に向き合い、それを是正することを目指してきた。現在では、幼稚園から「教室の中で自然に先住民についての知識とふれるよう工夫している」という。その根底には、先住民以外はみんな移民だとの意識がある。 カナダのDEIへの取り組みにも紆余曲折あり、失敗体験も少なくない。だが、理想を追い求めない限り、理想には近づけない。サッカーW杯に集まった世界各地の人々と接しながら、南の隣国とは別世界の社会があることを頼もしく感じた。2026年7月19日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-DEI:『南の隣国』とは別世界」から引用 FIFAは下部組織に営利目的の「子会社」を設立する計画を発表して、欧州サッカー連盟から「それじゃ試合には参加できない」などと言われたりして、このところ評判がよろしくないのだが、元はと言えば「サッカーは世界を一つにする」という崇高なスローガンを掲げた立派な団体だったのであり、トランプ氏のご機嫌をうかがうようなことをし始めた頃から、様子がおかしくなったように思います。ベトナム戦争が終わって南北ベトナムが統一された時に、多くの「ボートピープル」が出たというニュースは知ってましたが、その多くがカナダに移動したとは、この記事を読んで初めて知りました。そう言えば、昔読んだ小説「赤毛のアン」に登場する人物の一人が「アメリカ人は金儲けのことしか興味がない」と言って批判するシーンを思い出しました。その時は、アメリカはまだ世界のリーダーとしての立場をしっかり堅持していた頃だったので、そのセリフを読んだときには、カナダの一老人の独りよがりのつぶやきに過ぎないと読み流したのでしたが、今となっては、あれは世の中の真実を見通した「根拠」に基づいた「発言」だったのだと、しみじみ思い返した次第です。
2026年08月11日
この度の国会で成立した「改正皇室典範」が憲法違反であることについて、その理由を前文科官僚の前川喜平氏は、7月17日付東京新聞コラムで、次のように論証している; 17日に成立した皇室典範改正は違憲立法だ。 国民の多くが支持する女性・女系天皇を認めないことは、男女平等の原則に反し、国民の総意でもないが、現行皇室典範がそうなっているので、それだけで憲法違反と主張することは難しい。 明確に違憲だと言えるのは「旧宮家」の「男系男子」という「門地」と「性別」による差別だ。これは14条に違反する。 もう一つの憲法違反は、2条が定める「世襲」を断絶させる点にあると僕は考える。 憲法学の定説は、1945年8月のポツダム宣言受諾により、天皇主権から国民主権への根本規範の転換すなわち「8月革命」が起きたと考える。旧憲法下で「統治権の総攬(そうらん)者」だった天皇と、国民主権の日本国憲法で「象徴」となった天皇は、名称は同じでもその地位は根本的に異なる。だから昭和天皇は日本国憲法下の初代天皇であり、今上天皇は第3代天皇なのである。 ならば「皇位は世襲のもの」とする日本国憲法2条の「世襲」の起点は、神武天皇でも明治天皇でもなく、新たに象徴天皇となった昭和天皇でなければならない。憲法2条は、昭和天皇の血統に属する者にのみ皇位を継承させるという意味に解すべきだ。養子の子を天皇にすれば昭和天皇の血統が断絶するから憲法2条に反する、というのが僕の説である。(現代教育行政研究会代表)2026年7月19日 東京新聞朝刊 12版 15ページ 「本音のコラム-今上天皇は第3代天皇だ」から引用 この記事は論理が明快で、説得力があります。憲法で「天皇の地位は世襲」と決めているのだから、「養子を迎えて、その子に皇位継承権を認める」というのは明らかに憲法違反となるのは、誰にも理解が可能と思います。戦前の「天皇の地位」と現代の「地位」はまったく異なるのですから、現在の「天皇制」は昭和天皇から始まったというのは、戦後の日本人には普通に理解できる「常識」ですから、「神武天皇」などという幼稚なおとぎ話から卒業して、目の前の憲法に定められた「現実の天皇制」について、日本人は自覚をもって「こういう皇室典範でいいのか?」という問題を考えていくべきだと思います。
2026年08月10日
この度のFIFAサッカー大会は南北アメリカ大陸で行われたが、このイベントについて文筆家の師岡カリーマ氏は、7月18日付東京新聞コラムに、次にように書いている; 前述の通りW杯はボイコットしているが、SNSを賑わす関連投稿は私のフィードにも入ってくる。特に印象的だったのは、ガザの人々が、初のベスト16に進んだ隣国エジプト代表の快挙に熱狂し、自国のことのように喜ぶ動画。政治的にはエジプトに失望して然るべきガザ市民が、サッカーでは同胞として応援する姿が感動を呼んだ。 「停戦下」で今も断続的に攻撃にさらされているガザの瓦礫の中に大画面を設置し、不安定な電力などの問題に対処しながら、住民がW杯観戦できるよう奔走した人がいた。エジプト政府系ガザ支援団体の現地幹部、ムハンマド・アルワヒーディ。エジプト対アルゼンチンの試合直前、ドローン攻撃で死亡した。 アルワヒーディの死が偶然の巻き添えではなく報復ではないかと臆測を呼んだのは、数日前にエジプト代表ハサン監督が対オーストラリア戦での勝利をパレスチナの人々に捧げ、「アラブ人であれ、欧州人であれ、米国人であれ、パレスチナの人々の痛みを感じない者は人間性の一部を失っている」と言って世界の無関心を批判したからだ。でも、巻き添えだったか標的だったかなど重要ではない。同罪だ。 大会開幕後、パレスチナ人サッカー選手サリーム・アルアシュカルが、ガザにおけるイスラエルの攻撃で死亡した。新婚で妻は妊娠中。FIFAは沈黙。(文筆家)2026年7月18日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-瓦礫の中のサッカー観戦」から引用 FIFAという団体は世界規模のスポーツ振興団体のはずなのに、世界規模のイベントを実行するとなるとそれなりに資金力も必要となるせいか、時々人々の不信をかうような事例が報告される。特に、アメリカにトランプ政権が出来てからは、そのようなニュースが多くなり、トランプ大統領に対し「世界平和に貢献した」というような名称の「賞」を贈ったり、今回の大会の最中に、アメリカ・チームがどこかと試合中に、アメリカ・チームの選手がペナルティを宣告された時、それをテレビで観戦していたトランプ氏は、その場でFIFAの本部だか会場だかに電話を入れてクレームをつけると、たちまちその選手のペナルティは「数日後まで保留」という判定になり、試合はそのまま続行という「あり得ない事態」になったのであった。FIFAは、スポーツの団体でありながら、そういう変なことを度々しでかす体質をもっているので、師岡カリーマ氏のように毛嫌いする人は多いのかも知れないが、つい最近ではそのFIFAが商業活動を専門に行う「子会社」の設立を計画していることが判明し、ヨーロッパ・サッカー連盟は「FIFAがそのような計画を永遠に断念しない限り、自分たちはFIFAの試合には二度と参加しない」と宣言したため、FIFAはどう対応するのか、見ものです。
2026年08月09日
昨日の欄に引用した毎日新聞の記事は、日本法制文化史が専門の京都産業大名誉教授、所功氏の談話も掲載している。所氏も、横田氏同様、高市内閣の詐欺的な「やり口」を厳しく批判している; 皇室典範改正の過程で分かるのは、男系男子限定による皇統維持を貫徹したいという政府の頑固な意図だ。背後には同様の思想で活動する人々の存在も見え隠れする。改正で、国民に寄り添い、国民から敬愛される象徴天皇制を存続できるのだろうか。「数合わせ」策に過ぎず、中身を置き去りにして不条理なシステムを長く固定することになる。 与野党が参加した衆参両院の協議は、女性皇族の配偶者や子を皇族とするか否か、養子皇族の子孫に皇位継承資格を認めるか否か、といった争点の結論は先送りした。それによって何とか「立法府の総意」にこぎつけた。 ところが、改正法は養子皇族の子孫に皇位継承資格を認めた。今の皇室で新たな男児が生まれなければ、一般国民として生まれ育った傍流の旧宮家の子孫に皇位が移る。これは「立法府の総意」を逸脱している。 側室を認めない現代社会で継承者を男系男子に限定する制度は皇室を苦しめ続ける。今の皇室の方々、そして養子夫婦にも、男児誕生のプレッシャーは重くのしかかる。 男系男子限定の継承は、父系(男系)を絶対視する古代中国の影響による慣習に過ぎない。日本では古代から近世にかけ、男性天皇を優先しても女性天皇を排除していない。この伝統に基づき、柔軟な考え方で皇室の将来を描くべきだった。苦しみの再生産が続く仕組みはいずれ、破綻せざるを得ないだろう。 成果といえば、女性皇族が皇室に残る道が開かれたことくらいだ。天皇や皇嗣を支える皇族の役割に男女の違いはない。改正を巡る議論の過程が報じられ、皇室の危機的な状況への国民の理解は少し進んだともいえるかもしれない。 しかし、象徴天皇制度はどうあるべきかという根本的な問題への関心や理解は十分ではない。これらが深まれば「男系男子限定主義」によって数だけ増やせば解決とする危うい方策の限界が見えてくるはずだ。 天皇陛下は特別な立場であると同時に、一般国民と同じく家庭生活を送っておられる。特に平和を大切に公務に励み、日本人として望ましい家族像を具現されている。 悩みや苦しみもあるはずだが、上皇さまが美智子さまと共に模索し続けてこられた皇室のあり方を、雅子さまや愛子さまと共に全身全霊で受け継ぎ、次世代へつなごうとされている。このような皇室の姿こそ、象徴天皇制度にふさわしい。 もちろん皇室に対してはいろいろな意見があっていい。ただ、皇室の方々のありのままの活動や現状を知ることから、皇室制度の議論を深めなければならないと考える。【聞き手・山田奈緒】2026年7月18日 毎日新聞朝刊 13版 5ページ 「『貴族』生む養子策 憲法違反」から引用 この記事で所氏が主張しているように、政府は「立法府の総意」をまとめる方便として「女性皇族の配偶者や子を皇族とするか否か」「養子皇族の子孫に皇位継承資格を認めるか否か」という争点は先送りしたにも関わらず、いざ国会に提出された「改正案」は、「養子皇族の子孫は皇位継承権を持つ」と明記されており、これでは「立法府の総意」を得るために議論した内容を逸脱した「結論」が書き加えられているのだから、野党議員は騙し討ちにあったようなもので、国民の総意とはまったく裏腹の「改正案」と言わざるを得ません。与党がこのような数に頼んだ「不正」を行うようであれば、やがて国民の間に「天皇制に対する疑問」が言われる時代になったとき、「2026年には、政府によるこのような『不正』があった」ということが取り沙汰されて、それがきっかけで世論が一気に「天皇制廃止」に傾くという結果を招くことになると思います。
2026年08月08日
皇室典範が改正された。女性皇族が結婚後も皇室に残り、旧宮家出身の男系男子が養子縁組で皇族となることが軸とされている。憲法が専門の学識経験者はどう受け止めたか、7月18日付毎日新聞は、横田耕一・九州大名誉教授の次のようなコメントを掲載した; 改正された皇室典範は「国民の総意」を偽装した詐欺的な内容だ。衆参両院の与野党は皇族数の確保に議論を絞り、「立法府の総意」を示したが、政府は実質的に男系を維持するための皇位継承策を打ち出した。全く議論を経ておらず、政治的な思惑があるのは明白だ。何より憲法上の問題を抱えている。 まず、旧宮家出身の男系男子を養子とする改正内容に問題がある。 特定の家柄の人に限って皇族とすることは、憲法14条1項が禁止する門地(家柄)による差別に当たる。14条2項の「華族その他の貴族の制度は、これを認めない」との規定にも反する。皇族となる家柄の一族について、「貴族」ともいえる特別な身分(グループ)が生まれるからだ。 政府は、男系男子で皇位を継承してきたとされる「伝統」を盾にし、養子夫婦の間に生まれた男子に皇位継承資格を持たせた。しかし、その伝統は歴史的に疑わしい。そもそも神の子孫とされたかつての天皇制は、「国民の総意」に基づく現在の象徴天皇制と根本的に異なる。 これに対し、女性皇族が結婚後も皇室に残ることは皇族数を増やすための意味はある。ただ、男性皇族の妻は皇族となるのに、その逆を認めないのは男女差別に当たり、これも憲法の平等原則に反する。 女性皇族の配偶者と子も皇族とすれば、「皇族数の確保」に向けた効果は大きいはずだ。一般人のままとしたのは、女性・女系天皇の誕生につながる可能性を断つ狙いがあったのだろう。 女性皇族に住民基本台帳を適用し、住民票を取得できる形で家族の一体感は整えたが、女性皇族には結婚後も参政権など一般国民に保障された権利は制限され、皇族としての制約は継続する。配偶者や子とは法的に立場が違い、生活実態も当然異なってくるため、これで落ち着いた家庭生活を送れるだろうか。 なお、内閣法制局も問題だ。本来は政府が掲げる法案に対し、憲法の観点から歯止めの役割を持つ。政府の改正内容は多くの問題を含むにもかかわらず、お墨付きを与えるだけだったとの印象が拭えない。 各種の世論調査では、女性・女系天皇を容認する意見が多数を占める一方、養子縁組には反対意見も目立っている。こうした国民世論を無視した改正内容は、憲法で定められた象徴天皇制のあるべき姿とはいえない。 安定的な皇位継承を考えるなら、国民の意見を聞く有識者会議を設置することから始め、根本的に議論をやり直す必要がある。「国民の総意」に反する天皇制に未来はないだろう。【聞き手・柿崎誠】2026年7月18日 毎日新聞朝刊 13版 5ページ 「『貴族』生む養子策 憲法違反」から引用 憲法の専門家の目から見ても、この度の皇室典範改正は多くの問題を抱えた改変であり、とても「改正」とは言えない。そもそも日本は、敗戦を契機に天皇主権の憲法から国民主権の憲法に、中身をガラリと変えたのに、皇室典範はそのままにしたのが「間違い」の始まりであり、その「間違い」をそのままにした上で、さらに「改悪」を加えたのだから、これはどのように言いつくろっても是認される代物ではありません。十分な審議時間もかけずに拙速に議決したのは、高市総理誕生に貢献した麻生太郎議員に対し、高市氏が早く「恩返し」することを急ぐ「事情」があったからであることは、容易に想像がつくと言うものです。このような邪な陰謀の下に行われた「改正」は、時を置かずに本来の国民の総意に沿った方向で、再改正が必要です。
2026年08月07日
今年の7月23日は、大正時代に活動した社会運動家・金子文子の没後100年の命日に当たることにちなんで、ジャーナリストの阿部岳氏は7月20日付沖縄タイムズのコラムに、次のように書いている; 「人がまた等しき人の足になる日本の名物人力車かな」。7月23日で没後100年になる金子文子は、獄中でこんな短歌を詠んだ。階級と差別が埋め込まれた大正の日本社会を鋭く批判した。 横浜で生まれ、親に捨てられ、辛酸をなめた。アナキズムを体得し、朝鮮人の夫朴烈(パクヨル)と共に皇太子(後の昭和天皇)に爆弾を投げることを考え、それを当局に明かして大逆罪に問われた。 恨みはなかった。皇族を「牢獄(ろうごく)的生活にある哀れなる犠牲者」と表現している。天皇制は特権階級が甘い汁を吸うための虚構であり、民衆が見限ればなくせると示す狙いだった。 判決は死刑。直後、皇太子の恩赦で無期懲役に減刑された。23歳の金子は自ら命を絶ち、天皇制の施しを拒絶した。 1世紀後の日本では、自称保守派が主導して皇室典範を改正し、政治介入を防ぐため禁じられていた養子制度を導入した。特権階級が天皇を神に仕立てて利用した金子の時代へ逆戻りしたかのようだ。当時と違うのは、今は憲法上も天皇制が国民の総意に基づくこと。私たちはどう向き合うのか。 金子は尋問調書にこんな言葉を残している。「すべての人間は人間であるという、ただ一つの資格によって人間としての生活の権利を完全に、かつ平等に享受すべきはずのものであると信じております。」(阿部岳)2026年7月20日 沖縄タイムズ朝刊 「大弦小弦-金子文子と天皇」から引用 金子文子は恵まれない子ども時代を過ごし、成長して働きながら読み書きを学習するときのテキストが、たまたま社会主義やアナーキズムを解説する書物だったために、人間としての権利や平等な社会を実現するにはどのような改革が必要か、というような「問題の本質」に対する直接的な「回答」を学ぶこととなり、既存の社会システムに疑問を持たずに漫然と生きる凡人には思いもよらない先進的な思想を身に着けた人物に成長したのでした。そのような人物が活動した時代から100年も経つのに、現代日本の政治は、100年前の「養子制度禁止」すら「是」とする方向へ進もうとしているのですから、これは明らかな「退行」であり「滅亡」への道です。高市内閣を終わらせなければ、日本が終わることになるという危機感を、私たちは自覚するべきでしょう。
2026年08月06日
十分な審議時間をとらずに数の力で押し切った皇室典範改正について、海外のメディアはどう論評したか、7月18日の毎日新聞は、次のように報道している; 「男系男子」維持を重視する高市政権の意向が反映された改正皇室典範について、海外メディアは「男尊女卑」「『女系天皇』誕生を封じる」などと伝えている。米CNNテレビは改正皇室典範成立に先立ち、初の女性宰相が率いる政権が「女性が皇位を継承する可能性を失わせている」と指摘。極めて家父長的な日本社会を象徴する仕組みと解説した。 AP通信は17日、「男性限定の皇位継承を強化する改正法を可決」と速報。オーストラリアの経済紙は「皇族が減る日本。なぜ(天皇陛下の長女)愛子さまの即位を認めないのか」と題する記事で、女性首相が国政を担う中、女性を皇位継承対象としない姿勢は「特に目を引く」と指摘した。 英BBC放送は女性天皇への幅広い支持にもかかわらず「女性の皇位継承を禁じる法律」は変更されなかったとした。 皇室を長年研究する米ポートランド州立大のケネス・ルオフ教授は「男系男子の継承にこだわる『熱心な少数派』が、女性天皇を容認するものの積極的には意見を表明しない『受動的な多数派』を打ち負かした」と分析した。 韓国メディアは、女性皇族は結婚後も皇族に残ることができる一方、夫や子どもは皇族とならず「女系天皇」誕生を封じる設計だと報道。国民の間には愛子さまの皇位継承を支持する声が多いとの世論調査結果も報じた。 高市政権を「新型軍国主義」と批判する中国では、香港フェニックステレビが日本の問題に詳しい専門家の話を紹介。戦前には男性皇族の軍人がいたとし、旧宮家の男系男子を養子に迎えることは「軍国主義の公然たる復活に等しい」と非難した。【ワシントン、シドニー、ロンドン、ソウル、北京・共同】2026年7月18日 毎日新聞朝刊 13版 4ページ 「『女系天皇誕生封じる』海外、日本社会象徴と報道」から引用 オーストラリアの経済紙が、日本初の女性首相が何故か女性を皇位継承対象としない姿勢は「特に目を引く」と皮肉交じりに論評し、その他の海外紙も前近代的な「男尊女卑」を克服できない日本に呆れてしまった様子がありありと分かります。特に旧11宮家は、軍に唆されて政府を無視し勝手な振る舞いをした経緯もあり、中国系のメディアが立ちどころに「軍国主義」を連想したのも無理のないことと思います。日本が世界の先進国と歩調を合わせてジェンダー・フリーを勝ち取り、世界平和に貢献するには、米ポートランド州立大のケネス・ルオフ教授が言うところの、積極的には意見を表明しない「受動的な多数派」が、「積極的な多数派」に脱皮しなければならないのだと思います。
2026年08月05日
当事者である天皇家の意向を無視して、十分な審議時間も取らずに数の力で押し通した「皇室典範改正」が成立した翌日の毎日新聞コラムに、専門編集委員の伊藤智永氏は旧11宮家について次のように書いている; 昭和の陸軍が1931年、独断で兵を動かし満州事変を起こすと、新聞はこれをあおり、世論はそれを大いに歓迎した。 翌年、財界人暗殺などテロが頻発。海軍将校らが首相官邸などを襲撃し、犬養毅首相を射殺する5・15事件が起きると、日本中から110万筆を超える減刑・助命嘆願書が集まった。 政府(陸軍省・海軍省)から独立して作戦や用兵を統率する陸軍参謀本部、海軍軍令部のトップに相次ぎ皇族が就任したのは、この動乱期だ。軍紀の乱れを、皇族の権威で統制しようとした。 参謀総長に皇族最長老、66歳の閑院宮載仁(ことひと)親王。軍令部長(後に総長)は日露戦争を経験した56歳の伏見宮博恭(ひろやす)王。昭和天皇は当時、即位5年の30歳である。 首尾はどうだったか。 閑院宮は陸軍内の人事抗争に加担し、陸軍将校らによる2・26事件(36年)の遠因にもなった。天皇の側近、木戸幸一の日記には「陸軍のがんとまで言う青年将校あり」との記述がある。 2・26事件で反乱軍を支援する軍幹部や右翼は、伏見宮をけしかけた。発生当日、伏見宮は宮中に乗り込み「戒厳令は出すべきでない」などと天皇に進言。天皇が「自分の意見は宮内大臣に言ってある」とかわすと、「宮内大臣に尋ねていいか」とダメ押しし、天皇に制止されている。 それでいて数日後、討伐方針が固いと知ると「徹底的に撃滅しなければ海軍は迷惑」と立場を一変。「閑院宮の態度は遺憾だ」と参謀総長を批判した。もちろん天皇は返事をしなかった。 両トップの他にも天皇より年長の梨本宮、朝香宮、東久邇(ひがしくにの)宮、実弟の秩父宮と高松宮など軍人皇族は何人もおり、各人が取り巻きに担がれて動く。天皇は木戸に一人一人の人物評をこぼしている。 幕末は4宮家だった。明治維新後、伏見宮家の出家していた男性群が次々と還俗(げんぞく)し、分家などで15宮家に。四つは跡継ぎがなく廃絶。残りが11宮家である。 成人男子1人しかいなかった明治天皇の希望もあったが、大正天皇は男子4人に恵まれ、大正期には皇族の減員が始まっていた。 敗戦時の11宮家皇籍離脱は、連合国軍総司令部(GHQ)の占領政策と見えるが、元々皇族は多すぎた。不祥事もあり、天皇家の頭痛の種だった。 旧11宮家の男系男子が皇族に戻れる改正皇室典範が成立した。政府答弁や保守政治家の主張は、歴史の切り取り方に何か魂胆がある。養子皇族の取り巻きになる気じゃあるまいな。(専門編集委員)2026年7月18日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-11宮家が離れたわけ」から引用 この記事を読むと、旧11宮家に限らず戦前の日本人は、人類の歴史を知らず、あるべき「姿」を知らず、武器を持って隣国を侵略することによって「国が繁栄する」とでもいうかのような、野蛮な考えをもった民族であったことが分かります。しかし、勇気をもって(?)そのような侵略戦争を実行して、手ひどい「返り討ち」に会ってようやく、「戦争はしてはならないことだ」「天皇や政府が命令したからと言っても、国民は『No!』と言う権利を持っているのだ」ということに気づくわけですが、残念なことに、原子爆弾を2発もくらって尚、平和主義を理解できず、「国防のために武器は必要」だの「敵基地攻撃能力も必要」だのと言って、懲りずに「次の戦争」を準備するような策謀は、直ちに止めさせなければならないと思います。
2026年08月04日
自民党が数の力で押し通した「皇室典範改正」が成立した翌日、朝日新聞は「皇族数確保のための養子案」があたかも安倍信三氏の発案であったかのように説明する記事を掲載した; 「よかったね」。2021年末、皇族数の確保に向け、岸田政権下の有識者会議の報告書に「養子案」が盛り込まれたことを知った安倍晋三元首相が周囲にこう語ったことを、側近は覚えている。 改正皇室典範。その柱の一つは、旧11宮家の男系男子を養子として迎え、皇族とすることを可能とするものだ。安倍氏は第2次政権の発足に先んじて実現の必要性を訴えていた。 保守系団体・日本会議の機関誌「日本の息吹」(12年8月号)によれば12年5月、安倍氏は東京都内で行われた「皇室の伝統を守る国民の会」の設立総会に出席し、こう述べたという。 「戦後皇室を離脱した11宮家の皇室復帰について、選択肢として考慮しないのはおかしい」 なぜ安倍氏は、保守系団体の会合で養子案につながる考えに言及したのか。自民党の支持団体の関係者は、女性・女系天皇を容認する世論の高まりを意識し、「保守側の『カウンターパンチ』として養子案が浮上していた」と語る。 この会合の約半年後、12年12月。安倍氏は返り咲きを果たし、第2次安倍政権を発足させる。当時要職を務めた側近は「安倍さんは、小泉政権下の報告書を上書きしたいと思っていたはずだ」と振り返る。 皇位継承のあり方をめぐり、小泉政権下で設置された有識者会議は、女性・女系天皇を容認する報告書をとりまとめた。「皇位の男系継承」の維持に向けた養子案とは目指す方向性が大きく異なるものだった。だが安倍氏のもとでは、上皇さまの生前退位を認める特例法の制定などもあってか、上書きはかなわなかった。 このバトンを継いだのは、安倍氏の盟友の麻生太郎元首相だった。 麻生氏もかつて、月刊誌で養子案の実現を主張していた。自民関係者の一人は「私より年齢が若い。(旗振り役を)ご自分でやられたらどうか」と安倍氏の背を押していたと証言する。麻生氏自身も、皇位継承をめぐる党内議論の責任者に就くことで先導役を果たす。 最後の環境整備を果たしたのは高市早苗首相(自民党総裁)だ。先の衆院選で大勝し、養子案に慎重な立場の野党勢力を壊滅状態に追い込む。結果、養子案の賛同は議員数でみれば衆参両院で8割に広がった。 さらに自民は、皇室典範改正に向けた与野党協議の行司役を務める衆院議長に、麻生氏と政治行動をともにしてきた森英介元法相を推した。周囲には、首相の改正に向けた本気度を示したものと映った。 皇室典範改正が現実味を帯び始めた5月下旬。自民関係者によると、麻生氏はひそかに森氏と面会し、数枚の書類に目を通していたという。それは、森氏ら衆参両院の正副議長と各党派の代表者が重ねた協議を踏まえ、皇族数の確保策にかかわる考え方をまとめた「立法府の総意」の原案だった。 そのとき、麻生氏は記された文章を1行ずつ指でなぞり、目を通し終えるとこうつぶやいたという。「よくできている」(大久保貴裕、野平悠一、高橋杏璃)2026年7月19日 朝日新聞朝刊 13版S 3ページ 「『総意』なき皇室典範改正(中)-養子案、安倍氏源流に急浮上」から引用 子どもの頃から勉強嫌いで、親の跡を継いで政治家になっては見たものの官僚が書いた答弁書の中の「云々」という文字を「でんでん」と読んで失笑をかうようなレベルの安倍信三氏が、天皇制の歴史だのこれからのあり方を考えるだのということを自発的に実行したなどということはあり得ないことで、「養子の子に皇位継承権を認める」などということは、誰かに吹き込まれて吹聴しただけのことだと思います。そして、その「誰か」とは、「戦前の日本」再現をたくらむ日本会議か、将来日本を韓国の属国にする「陰謀」を計画している統一協会か、といった所が「実態」ではないかと思います。そして、「最後の環境整備を果たしたのは高市早苗首相」などと、この記事は書いていますが、自分の都合で突然、違法に国会を解散して、内閣機密費で野党候補を誹謗中傷する動画を大量に作成・投稿した「スマホ農場」事件などで衆議院議席の3分の2以上を獲得したという重大な「疑惑」を放置して、皇室典範改正案が成立したというのは、国民の総意を無視した暴挙であり、遠くない将来に「再改正」が必要です。
2026年08月03日
ある日の東京新聞に、文芸評論家の斎藤美奈子氏はとある組織の女性リーダーを巡るショートストーリーを書いている; 「会議ってめんどくさいから出たくないのよねえ」とわが社の社長は言うのである。「あなたが出ないと話が先に進みません」と言われて仕方なく出たと思ったら「金曜日の夜から今朝までほとんど睡眠もとっていません」と突然いばりちらして場を白けさせた。 社長が会議を嫌うのは自身の不祥事を追及されたくなかったためだ。ゆえに通常はできるだけ人とも会わず邸宅に閉じこもっているのだが、そんな社長が張り切る数少ない場面が海外出張だ。各国のVIPを前にした際の異常なテンションにも疑問の声が噴出したが、出張でどんな成果が得られたかは謎だ。 問題はしかし、社長だけではないのである。取締役会には関西系の暴走族めいた軍団がまじっているわ、本来ご意見番であるはずの社外取締役連中は反撃ひとつしないわで、話にならない。 仕事嫌いのその社長が決められた決算日を前に急にあれこれ手を出し始めた。物言う役員のリストラを進める、大阪支社を本社と同格にする、社旗を損壊した社員を罰する、創業家の跡継ぎを男性に限定する。社員の評判はすこぶる悪い。 「えっ、そんなの今やる?」「てか会社のためにも社員のためにもならんでしよ、全部」 このようなリーダーのこのような振る舞いをかつては「ご乱心」と呼んだ。わが社はご乱心が日常だ。(文芸評論家)2026年7月15日 東京新聞朝刊 11版 21ページ 「本音のコラム-某社の業務日誌」から引用 会議に出たくないけど、周囲に言われて渋々出たと思ったら急に「アタシは金曜日の夜から今朝までほとんど睡眠をとっていない」などと威張りだした、と聞いて多くの読者はすぐに高市早苗氏を連想したことと思います。彼女の寄行については春のG7に出席したときにも、韓国や様々な国の首脳が寸暇を惜しんで他国首脳との話し合いをしているというのに、手持無沙汰の高市氏だけは一人浮かない顔をして会場をぶらぶら歩いたり、たまに男性のそばでニコニコしていると想ったら、実はその男性は高市氏の反対側に立っている別の男性と談笑していたのであって、その会話に彼女が入っていたわけではないことが、次の瞬間に分かってしまうというような動画がSNSに何度も投稿されたのでした。実は、このような高市氏にまつわる間の抜けた逸話を満載した適菜収著「高市早苗という病」(ベスト新書¥1430)が売り出され、これは高市氏の大学生時代から今日に至るまでのエピソードが満載で、まるでお笑い芸人向けの台本のような爆笑につぐ爆笑のオンパレードで、破天荒な性格が年を重ねても変わることなく今日になっている実態が明らかにされています。こういう人物に国政を任せるというのは、そろそろお仕舞にしないと、ろくなことにはならないと思いました。
2026年08月02日
国会は与党が法案提出した「国旗損壊罪」創設法案について3人の参考人を招致して意見を聞いたところ、2人の参考人が「この法案は憲法違反だ」と証言したのであったが、その様子を7月15日の東京新聞は、次のように報道した; 日本国旗を傷つける行為を罰する「国旗損壊罪」創設法案を巡り、参院内閣委員会は14日、参考人3人を招き、意見聴取と質疑を行った。与党推薦の参考人が立法の必要性に賛同する一方、野党が推薦した2人の参考人は法案を「違憲」と批判した。 野党が推薦した木下昌彦・神戸大大学院教授は、法案について「政治的言論を規制対象とするもので、制限されるのは憲法上極めて重要な権利だ」と指摘。刑事罰を科すことや立法事実の乏しさを総合的に評価して「法案の合憲性を論証することは困難」と結論づけた。 さらに、この法案が合憲なら、従来は認められなかった立法も可能になるとして「単なる新法制定にとどまらず、憲法改正と同じ効果を持つと言っても過言ではない」と強調した。 同じく野党推薦の橋本基弘・中央大教授も、どのような行為が犯罪に当たるかが不明確な点を挙げて「罪刑法定主義を全く満たしていない極めて珍しい法律」と酷評した。国旗損壊は国家や政府への「最も強烈な批判」として「日本国憲法の歴史上、初めてあからさまに政府批判を禁止する法律ができようとしている。法令違憲と言わざるを得ない」と述べた。 一方、与党が推薦した伊藤俊幸・金沢工業大大学院教授は「表現の自由と、社会として認めない行為との境目を、民主的立法によって明確にする制度になっている」と法案を支持。損壊事案が少なく立法事実がないという指摘に対し「ひとたび起こればSNS時代には影響が甚大で、事前に境界を明示することは国家のリスクマネジメントとして当然」と主張した。 法案審議は16日にも行われる。与党は同日中の委員会採決を目指している。(井上峻輔)2026年7月15日 東京新聞朝刊 12版 2ページ 「国旗損壊罪、参考人2人『違憲』」から引用 野党が推薦した2名の参考人は「憲法が保証する権利を否定する法案だから、これは憲法違反だ」「いかなる行為が犯罪となるのか明示していない点で、法案として不完全だ」と、明確に国旗損壊罪法案の「欠点」を指摘しているのに対し、与党が推薦した参考人は「表現の自由と、社会として認めない行為との境目を明確にする制度になっている」などと、根拠のない発言で与党のご機嫌を取るだけの発言をしており、この法案は日本の民主主義を崩壊させる悪法であることは明らかです。にも関わらず、与党は数の力でごり押ししたのですから、これは近い将来、検察が国旗損壊罪を摘要しようとする裁判で、「表現の自由」を盾に法廷闘争を闘い、アメリカの事例のように、「国旗損壊罪は憲法違反である」という判決を勝ち取る闘いをしなければならないと思います。
2026年08月01日
日本はなぜ天皇制を続けるのか、という基本的な「問い」について、朝日新聞・記者の有田哲文氏は19日付同紙コラムに、次のように書いている; 皇室典範の改正が、国会で成立した。旧宮家の男系男子を皇族の養子に迎えるという「無理筋」の内容が、これほどわずかな国会審議で通ってしまうとは。批判の論点はいくつも出されたが、平等や人権の観点からは以下の2点が重要だ。 「特定の血筋の人だけを養子の対象にするのは、憲法14条が禁じる『門地による差別』にあたる」 「そもそも人権や生活の自由が制限される皇族になることを希望する人がいるのか」 どちらももっともである。しかし考えてみれば、その2点とも現状の皇族にそのまま当てはまる。生まれにより皇族になる人、天皇になる人がいるのは、門地による差別そのものだろう。人権や自由が制限される暮らしも現実だ。皇族から離れることを選んだ小室眞子さんの姿は記憶に新しい。 養子案のもつ「無理」を突き詰めていけば、天皇制そのものがはらむ「無理」に思い至らないわけにはいかない。 * そもそも一般の政策であれば、政策手段と同時に、政策目的が論じられるものだ。消費税減税という手段の政策目的は、物価高対策である。それがあるから手段の効果や是非を議論することができる。 しかし、ことこの皇位継承問題においては、政策目的は論じられていない。天皇制を「どうやって」続けるかの議論はなされても、「なぜ」続けるのかの議論はない。無理をせずに消滅したら、何が問題なのか。 記者は官僚や元官僚と話すとき、こんな問いを投げかけることがある。「天皇制は、なくてもいいのではないか」。目を丸くする人もいるが、あなたの言うことも分からないでもない、と話す人もいた。「しかし」と続けてこう言われた。「社会を安定させるためのコストの安い仕組みだとは思う」 自然災害が起きたときに被災者を見舞う姿が、人びとを落ち着かせた。勲章や褒章なども、その権威の源は天皇にある。そうした効果が、天皇・皇族の生活費と活動費というコストで得られるなら、意味のある仕組みだというわけだ。 一つの考え方ではあるのだろう。しかし、ここに抜け落ちているものがある。人権や自由を制限されながら、その役割を果たす人間の人生そのものである。 皇室典範の議論が進むなか、中曽根弘文参院議員のこんな発言が注目された。「愛子さまが天皇になったら、結婚する人もいない」。暴言だとして、すませていい話だろうか。この発言のおかしなところは女性に限った点である。男性であっても天皇になることを運命づけられた人が結婚相手を見つけるのは簡単ではないだろう。待っているのは自由の喪失と、継嗣誕生の重圧なのだ。 * 天皇制のありようは「身分制の飛び地」とも言われる。世襲的身分を廃止したこの国で、そこだけ特権的な身分が残されているという意味だ。天皇・皇族には参政権や表現の自由、職業選択の自由など、憲法で認められた権利が制約されている。そのことを考えると、特権と隷属は紙一重である。女系を認めたとしても問題の一部を是正するだけだ。 皇族に生まれたいですか? あなたならどう答えるだろう。もし多くの人が「いやだ」と言い、その一方で何となく天皇制は残ってほしいと願うなら、その社会は不健全ではないだろうか。2026年7月19日 朝日新聞朝刊 13版S 3ページ 「日曜に想う-天皇制『なぜ』続けるのか問う」から引用 この記事はそれとなく書かれているが、重要な問題提起をしていると思います。特定の血筋の人だけを養子の対象にするのは、憲法14条が禁じる「門地による差別」にあたる、というのは「正論」であり、「正論」を押し通せば「天皇制は、もう止めよう」という結論になるほかありません。しかし、「そもそも人権や生活の自由が制限される皇族になることを希望する人がいるのか」という設問は、私としては現実を見ていない「愚門」の類ではないかと思います。世の中の大部分の人たちは、生活費を稼ぐために日々労働に勤しむのが当たり前でありながら、「働かないで生きていける身分の人はいいな」と考えているのが実態で、皇族になれたらラッキーだと思ってる人物などは、明治天皇の子孫を自称している竹田恒泰とか、ウソばかりついて総理大臣にまで上り詰めた高市早苗とか、そんな有名人でなくても私たちの身の回りにいくらでもいると思います。そういう社会を「安定させるための手段」として「コストの安い仕組みだ」というのも、間違った見解とは言えないわけです。したがって、天皇制への支持率が高い当分の間は、このまま天皇制を維持するのが適切で、皇位継承については、憲法の「男女同権」の精神にそって「女性天皇」の即位を実現するのが、わが国の天皇制の伝統に即した適切な方策であると思います。また、国民感情からしても天皇家の第一子である愛子親王が今上天皇の後継となるのが自然であり、38親統も離れた民間人を血縁があるからとの理由でいきなり皇位継承権を持つと言われても、納得できない国民は多いと思います。したがって、女性の天皇即位を禁止したこの度の「皇室典範改正」は、遠からず「再改正」が必要です。
2026年07月31日
かつて沖縄県知事を二期務めた稲嶺恵一氏は、「しんぶん赤旗」のインタビューに応えて自らの戦争体験を次のように語っています;◆高市首相の「台湾有事発言」まずい 約20万人以上の命が奪われた沖縄戦から81年。「二度と沖縄を戦場にしてはならない」と語るのは、自民党などに推され、1998年から2期8年、沖縄県知事を務めた稲嶺恵一さん(92)。あの戦争で九死に一生を得た稲嶺さんに今の思いを聞きました。<前田泰孝記者> 稲嶺さんは旧満州生まれ。1943年、父の仕事の都合でバンコクから帰国の途上、乗った客船が米潜水艦の魚雷攻撃を受けました。ボートで脱出。急な潮の流れでボートが危険水域を抜け出した瞬間、客船は海面に対し垂直に立ちあがり海中に姿を消しました。あとには手荷物などが何百と浮いていました。「あの光景は今もまぷたに焼き付いて離れない」 貨物船に救助され、台湾を経て帰国。50年、東京の高校から名護高校に転校し、おじ夫婦の家に下宿しました。ここで、沖縄戦で「やんばる」(本島北部)を逃げ回った祖母とも同居しました。 祖母は、沖縄戦での疲労、栄養不足、心労が重なり自分では起き上がれない体になっていました。仕事が忙しいおじ夫妻に代わって、稲嶺さんが夜間は介護しました。 稲嶺さんは「祖母の姿を見ると『戦争さえなければ』と、とてもつらい気持ちになった」といいます。 祖母は沖縄戦のことはけっして語りませんでした。社会人になり広島に赴任した時に下宿した被爆者夫妻宅でも、毎日一緒に食事をするのに、夫妻は被爆のことは口にしませんでした。「人間は最もつらい話は口にも出さないのだと思いました」 台湾有事を「存立危機事態」になり得るとした高市早苗首相の答弁に稲嶺さんは「あれは非常にまずかった。隣国と事を構えてはならない」と語ります。 「(軍事の)備えは必要だ」としつつ「しかし『備えだけ』ではまずい。最大限の努力をすべきなのは、平和の心、友好の心で日本と周辺諸国をつなげていくことだ」と強調しました。 沖縄県は1997年に中国の福建省と「友好県省」を締結するなど地域外交を推進してきました。沖縄戦で失われた琉球王朝時代の資料の共同研究、文化・人的交流も行ってきました。 「沖縄は中国と長年、地域外交、学術・文化交流で相互理解・信頼の土台を築いてきた。こういうことがとても大事で影響力も大きい。"わが国唯一の地上戦"といわれる沖縄戦のようなことは二度と起こしてはならない」と強調しました。2026年7月12日 「しんぶん赤旗」 日曜版 5ページ「隣国とは友好の心で」から引用 戦争が終わった当時は小学生だった稲嶺氏の記憶は、戦争を知らない我々に貴重な情報を提供してくれていると思いました。特に、沖縄県は中国の地方自治体と「友好県省」を締結するという積極的な地域外交を推進してきていることは、これからの時代へも一定の効果をもたらすものと考えられます。ひるがえってわが国政府高官の認識は、かなりお寒い状態で、特に自民党議員などは「日本で政治家をやっていくには、アメリカ政府に気に入られる必要がある」とばかりに、高市早苗などは「台湾有事」には積極的にコミットする姿勢を示せばトランプの気に入るだろうなどという下世話な下心で「台湾有事は日本の有事」などと口走って、実はトランプ氏は中国からアメリカへの「投資」を引き出すために、今は変な問題を起こしてくれるなというトランプ氏の「本音」を読み間違えている始末で、こんな間抜けな政治家はなるべく早く退いてもらうのが「国益」というものだと思います。
2026年07月30日
「日の丸を大切に思う」などと言うのは野蛮人の発想であるということを、文筆家の師岡カリーマ氏は11日付東京新聞コラムで、次のように説明している; 100年以上前に撮影された日本の風景や日本人が撮った最古の映像。貴重なフィルムを保管する国立映画アーカイブがクラウドファンディングを実施している。運営費交付金を大幅に削減されてピンチだそうだ。国の税収が過去最高と報じられたのと同じ日のテレビのニュースで私は知った。早い話が「自分で稼げ」ということらしい。桁違いの「防衛費」には糸目をつけないのに、値段がつけられない文化遺産の保全に市場原理を持ち込み、経費をケチる心理が理解できない。 唯一無二の文化財を守る心意気と、中央を赤く染めたポリエステルの白い布と、どちらに誇りの拠り所を求めるかは、究極的に、国家の成熟度の問題ではないだろうか。 このたび国旗損壊罪創設で掲げられた、「著しく不快または嫌悪の情を催させる」損壊行為から「国旗を大切に思う国民感情」を守るという理由付けは、中東イスラム世界で育った私には、国民の信仰心を悪用し、「市民の羞恥心を傷つけた」などと言いがかりをつけては表現の自由を抑圧する権威主義的政治体制の常套手段を想起させる。 差別や格差社会の横暴から、弱者や少数派を含め全ての人の尊厳を守る理念が共有され、商業価値を超越する文化を大切にする成熟社会は、一握りの人のジェスチャーから大勢の愛国感情を守る必要に迫られたりしないと思う。(文筆家)2026年7月11日 東京新聞朝刊 11版 17ページ 「本音のコラム-本当にいいんですか?」から引用 250年前にインディアンの済む土地を強奪して建国したアメリカ合衆国の政治家たちは、合衆国憲法を制定した後に国旗や国歌に関する法律も制定し、国旗を損壊した者を反逆罪で処罰するという法律も作ったのであったが、しかし、これは国民の人権を保証した合衆国憲法に違反する法律であることが、数年前の連邦最高裁の判決で確定したのであった。もちろん、アメリカでも他人が所有する国旗を損壊したのであれば、それは他人の所有物を損壊したという程度の「罪」は償わされるのは当然であるが、それ以上に「国旗を大切に思う人々の国民感情を傷つけた」などという馬鹿げた罪を着せられることはない、これがある程度成熟した国家の姿というものだと思います。そのように考えると、この度国旗損壊罪法を成立させた日本の政治家は、250年前のアメリカ人レベルであり、かなり世界の標準からは遅れをとっていると言えるのではないでしょうか。
2026年07月29日
皇室典範改正案が衆議院に提案された10日、審議開始から3時間後には審議が打ち切られ、いきなり採決となって一部野党も賛成票を投じるという異様な状況の下で衆議院通過となったのであった。翌日の東京新聞は1面トップで、次のように報道している; 皇族数確保のための皇室典範改正案は10日、衆院で審議入りし、議院運営委員会と本会議でそれぞれ与野党の賛成多数により可決された。参院での審議を経て、今国会で成立する見通し。政府が提出した改正案には、衆参両院の正副議長がまとめた「立法府の総意」になかった内容が含まれていることなどから、参院野党第1党の立憲民主党は反対する方針。この日の審議でも、政府への批判や苦言が相次ぐ異例の展開になった。(近藤統義) 本会議では与党と中道改革連合、国民民主党、参政党が賛成、共産党とれいわ新選組が反対した。チームみらいは所属議員の判断に委ねた。自民や中道の一部議員が欠席・退席した。 改正案は「女性皇族の婚姻後の皇族身分保持」と「旧11宮家の男系男子の養子縁組」を可能とする内容。議運委では、養子の子が男性なら皇位継承資格を持つとする規定に質問が集中した。中道の中野洋昌氏は、皇位継承は与野党協議の議題になっていなかったとして「立法府の総意をはみ出ているのではないか」と指摘。共産の塩川鉄也氏は「女性・女系天皇の道を閉ざそうとするもので、到底容認できない」と訴えた。 木原稔官房長官は、養子の子の皇位継承資格については「現行の皇室典範に基づいた結果だ。立法府における将来の検討を先取りしたり、縛ったりする趣旨ではない」と説明した。 宮内庁幹部は、旧11宮家の男系男子と天皇陛下は「36親等から38親等の隔たりがある」と明らかにした。 議運委での審議は3時間余りにとどまった。法案採決後、安定的な皇位継承策を引き続き検討するとの付帯決議を採択した。 中道の小川淳也代表は会見で、この日の政府答弁により養子の子の皇位継承資格などが今後の検討課題だと確認されたとし「問題の重要性、党派対立を避けたい思いから、苦渋だが賛成したい」と述べた。一方、野田佳彦元首相は記者団に「立法府の総意から逸脱したと思わざるを得ず、極めて残念」と語った。 参院では、立民が養子縁組の規定を削除する修正案を提出する構え。水岡俊一代表は党会合で「質疑3時間が丁寧な法案の取り扱いと言えるのか。横柄極まりない」と述べ、成立を急ぐ政府・与党の姿勢を非難した。◆解説◆疑問山積、国民の総意遠く 天皇陛下や秋篠宮さまの子孫の中に皇位継承資格を持つ人がいなくなり、皇室入りした養子の子孫が代わって天皇に-。そんなシナリオも十分あり得る重大な制度改正案が、公開されたわずかな審議の末に衆院で可決された。拙速な検討で「国民の総意」と言えるのか。 急がなければならない理由は一面ではある。未婚の皇族6人のうち5人は女性。一般の男性と結婚したら皇室を離れなければならないとした規定をすぐに変えないと、皇族が減り続け、活動を維持できなくなる。 一方、改正案に併せて盛り込まれた養子縁組の導入は急ぐ必要もない。明治期の皇室典範以降、「皇統が乱れる」として禁止されており、2005年に有識者会議がまとめた報告書は 「国民の支持、安定性、伝続いずれの視点からも問題がある」と否定している。 この日の委員会で、そうした過去に否定された案を導入する理由がはっきり説明されることはなかった。玉木雄一郎氏(国民民主党)は結婚後に皇室に残る女性皇族を巡り、一般人の夫や子も警備するかただしたが政府の明快な回答はなく、疑問は山積している。 現在の皇室で皇位継承資格があるのは秋篠宮さま(60)、長男悠仁さま(19)、常陸宮さま(90)。仮に悠仁さまが結婚して男子が生まれないと、皇位を継ぐ人がいなくなる。養子の子孫に皇位が移る可能性がある。ネット上では「皇室の乗っ取り」と批判する声も散見される。 制度に理解が広がらなければ養子に手を挙げる人も現れにくいだろう。女性皇族が婚姻後に皇室に残る確保策も、夫や子は皇族と認められず、識者からは「法改正で皇族数の確保が進むとは思えない」との声があがる。国民に理解される制度改正となるよう参院の十分な審議が求められる。(井上靖史)2026年7月11日 東京新聞朝刊 12版 1ページ 「皇室の姿、審議3時間」から引用 この記事が報道しているように、いくら衆議院提出前に国民会議で審議したとは言え、衆議院に提出したからには、より多くの議員の目で改正案をよく読み、より多くの視点からさまざまな意見を出して、より慎重に議論を積み重ねるべきであったと思います。しかし、野党議員の中でも中道改革の小川代表のように、自分の本心では「反対」であるにも関わらず、採決の場になると「皇室に関わる議論」は「静謐な環境下で行われるべき」だから、自分たちがあまり大きい声で執拗に反対論にこだわったのでは、皇室に対して失礼に当たるとでも言うかのように、採決では「賛成票」を投じるという茶番を演じたのは、いかがなものかと思いました。高市首相の言動も、一国の政府の代表者の言動にしては稚拙だと言われているのに、最大野党の党首の「判断」も似たり寄ったりで、せめて野党にはしっかりした人物にリーダーシップをとってほしいものだと思いました。
2026年07月28日
世の中には古くからの人々の生活に根ざした「伝統」と、為政者が一般の国民を支配する手段として作り出した「伝統」という二種類があることについて、毎日新聞専門編集委員の伊藤智永氏は11日付同紙コラムに、次のように書いている; 「創られた伝統」をご存じだろうか。古くから受け継がれてきたと信じられている「伝統」には、近代国民国家ができる際、統合のシンボルや物語として創られたものが少なくない事情をいう。 例えばスコットランドのバグパイプを吹く男性が、腰に巻いている格子柄のスカート。伝統衣装と思われているが、実は18世紀末に産業振興とお隣イングランドに対抗する民族の象徴としてデザインされ、広まったらしい。 英王室も例外ではない。壮麗な戴冠式や儀礼は19世紀後半以降、ビクトリア女王時代に工夫されたものが多いそうだ。 天皇の男系男子継承説も、明治以降の典型的な「創られた伝統」に他ならない。古代から幕末まで「天皇は男系男子に限る」という規則などなかった。 日本が近代国家になる明治維新で天皇制は劇的に変わった。 明治10(1877)年の西南戦争に辛勝した山県有朋らは、軍隊を精強にするため、政府から独立させようと考えた。天皇を大元帥に担ぎ上げ、将官の任免権も持たせて、軍を直属させた。 明治22(1889)年、大日本帝国憲法と同時に制定された旧皇室典範第1条が「天皇は男系の男子に限る」となったのは、総大将は男子が当然と考えられたからだ。皇族身位令などで、皇族男子は原則全員が、終身陸海軍武官となることも決められた。 昭和天皇は皇太子となった11歳で陸海軍少尉に任官。学生時代に昇進を重ね、25歳で即位すると大将より上の大元帥となった。 立憲君主の時は背広、大元帥の時は軍服に着替え、立場を使い分けていたが、敗戦で軍が解体し、天皇は軍服を脱がされた。 本来はそこで、男系男子継承も国家システムとしての特殊な機能を終えたはずなのである。 だが、旧憲法と同格だった皇室典範は、日本国憲法になっても特別な名称の法律と位置付けられ、第1条も手つかずで残った。 戦争責任をあいまいにしたまま天皇制が続いたことに伴う遺制の一つというべきだろう。世界に冠たる伝統でも何でもない。 皇室典範が初めて本格的に変わる。旧宮家男子を、明治以来禁止してきた養子制度で皇族に加える重大改革である。一方で、生まれた子が男子なら、改正前の現行規定に従って皇位継承権を与えるという。筋が通らない。 10日の衆院の質疑を視聴した。保守政党の議員たちが異口同音に「男系男子の伝統」「皇室のイヤサカ」を唱える光景は、空々しく不気味だった。(専門編集委員)2026年7月11日 毎日新聞朝刊 13版 2ページ 「土記-男系男子 創られた伝統」から引用 高市内閣が皇室典範改正について、十分な時間をかけることを避けて、形ばかりの議論をしたような見せかけの「国民会議」などと称する会議を開いた後で、いかにも「立法府の総意」が整ったようなふりをして、「国民会議」では一言も触れなかった「養子制度の採用」という条文を忍ばせて、審議時間3時間の後で強行採決をしたのは、国民が気づかないうちに麻生太郎議員がかねてから企んでいた「麻生家の血統を引き継ぐ天皇」を実現するための策謀であったと断じるほかありません。そのような邪悪な策謀がまかり通るようでは「皇室のイヤサカ」は望むべくもありません。本来であれば、明治の政府が創作した「伝統」は、明治以来の「大日本帝国」が敗戦によって崩壊した時点で、皇室典範も日本国憲法に準じた「改定」が為されるべきでありました。しかし、それは80年前の「機会」だったからといってあきらめるのではなく、今からでも遅くはないのですから、現行憲法が規定する「男女同権」に基づいた皇室典範改正を、これから取り組むべきであって、その作業を抜きにしてはこの国の「弥栄」はないと知るべきでしょう。
2026年07月27日
天皇制の存続に疑問を持つ左派リベラル系の論客は別として、早くから皇位継承問題を指摘してきた保守系の論客は、この度の政府与党主導の皇室典範改正をどう見ているのか、文芸評論家の斎藤美奈子氏は、8日の東京新聞コラムに、次のように書いている; この週末、皇位継承問題に関する本をまとめ読みした。左派リベラル系の論客は天皇制そのものに懐疑的だったこともあり、この問題に早くからコミットしてきたのは主に保守系の論客だ。 するとやっぱり男系男子派? いやいや! 皇統断絶の危機を前に男系男子に固執するのは<決して歴史の"伝統"でも"正統"でもなく、約五割の役割を果たした側室制に目をつぶった、守旧で観念的な、無理を承知の横車に近いであろう>(『愛子さまが将来の天皇陛下ではいけませんか』2013年)と嘆く田中卓氏(故人)は保守系の歴史学者。 <そもそも、「国民統合の象徴」である天皇になれるのが"男性"に限られるというのは、「男尊女卑」の考え方を取り除いた場合、ずいぶん奇妙な制度設計ではあるまいか>(『「女性天皇」の成立』2021年)と難じる高森明勅氏は保守系の神道学者だ。 <ただちに双系継承を認め、愛子さまを皇太子に!>(『ゴーマニズム宣言SPECIAL 愛子天皇論3』2025年)と主張する小林よしのり氏を含め、彼らは直系長子継承を訴える強力な女性・女系天皇容認論者で、むしろ政府の拙速な皇室典範改正案とは対立する立場にある。 世論も新聞も共産党も保守論客も求める議論のやり直し。やはり政府は改正案を即撤回すべきだろう。(文芸評論家)2026年7月8日 東京新聞朝刊 11版 19ページ 「本音のコラム-保守論客の意見」から引用 この記事が明らかにしているのは、「皇位継承は男系男子に限る」という発想は右翼思想とは関係ないということだと思います。また、右翼左翼という政治的立場を度外視して見れば、天皇制が広く国民に支持される条件として、国民が親しみを感じる人物に皇位が継承されるのが一番だと、私は思います。そういう立場から、皇位継承は天皇家の第一子とする、という「規定」にするのが適切な規定だと思います。 それにしても、小林よしのり氏が「愛子天皇論」を第3巻まで出版しているのは、「愛子天皇支持」という考えのほかに、「愛子天皇支持率70%」という世論調査が彼のビジネスマインドを刺激しているのではないかと、ふと思ったりしました。
2026年07月26日
明治時代の文化人として知られる福沢諭吉には、天皇制について論じた著作もあることを紹介して、皇室典範改正を議論しようとする国会に於いて議員はどのような心構えで議論をするべきか、5日付東京新聞コラムに、東京大学教授の宇野重規氏が、次のように書いたのであった; 福沢諭吉の著作の一つに「帝室論」がある。近代日本を代表する自由主義思想家であり、教育者であった福沢の著作に、天皇を論じたものがあるということ自体、意外に思う読者もいるだろう。しかし、実を言えば、福沢には「尊王論」という文書もあり、タイトルだけ読むと、福沢が天皇主義・皇室主義に見えなくもない。 とはいえ、実際に読んでみると、福沢の議論ははるかに冷静であり、ある意味で、政治学的とも言える。彼が皇室のことを考えたのは、「国会開設の詔」(1881年)を受けてのことである。今後、立憲政治が発展し、政党がその活動を活発化するにあたって、皇室を政治的な争いの具にしてはならない。このように考えた福沢は、皇室を政治の外部の存在とし、政党間の争いを超えたものにすることを主張した。 逆に、皇室を政治の外部の存在にしてしまえば、皇室の存在理由が失われ、「虚器」となってしまうという批判に対しても、福沢は反論している。なるほど、専制政治の下であれば、皇室が自ら政治の万機を統括しなければならないだろう。しかし、今や日本は立憲政体であり、立憲政体の下で皇室は政治に直接関与するものではない。 むしろ大切なのは、皇室が「一国の人心を収攬(しゅうらん)する」ことであり、その意味で直接政治に関わることは不利に働く。皇室を政治の争いの外部に置くことがその適切な役割を果たすことにつながると福沢は考えた。 ◇ ◆ ◇ このような議論を展開するに際して、福沢が下敷きにしたのが、イギリスのウォルター・バジョツトの「イギリス憲政論」(1867年)である。バジョツトは雑誌「エコノミスト」の編集長を長く務めたことでも知られるジャーナリスト、経済思想家であるが、「イギリス憲政論」は政治学の古典としても長く読み継がれてきた。現在では広く用いられている大統領制と議院内閣制の区別を最初に明確に論じたのも、この著作である。 バジョツトは政府の機能をその機能的部分と、尊厳的部分とに区別する。政治を運営する場合には、内閣や議会などの実質的な機能が重要であることは当然だが、国民統合の象徴として立憲君主制が果たす役割も小さくない。従って、およそ政府が運営されていくにあたって、機能的部分と、尊厳的部分の両方が必要であり、その前提として両者を明確に区分することが大切であるとバジョツトは論じた。 ◇ ◆ ◇ 現在、皇室典範の改正案が閣議決定され、政府は今国会内での成立を目指しているが、これに対して野党は反発を見せている。もし、今の時代に福沢やバジョツトが生きていたら、この様子を見て、何と言うだろうか。 日本国憲法は天皇を「象徴」と定め、皇位の継承は国会が議決する皇室典範の定めによると規定している。皇位の継承は日本国憲法の精神と合致しなければならず、国会においても「立法府の総意」によって議論がなされるべきであることは言うまでもない。 時代や社会の変化に応じつつも、常に国民の幅広い合意に基づく皇室であればこそ、その役割を果たしうる。一時的な政治の思惑に揺さぶられることなく、真に持続可能な皇室のあり方を追求すべきである。2026年7月5日 東京新聞朝刊 11版 4ページ 「時代を読む-皇室のあり方、幅広い合意を」から引用 封建時代の幕府体制を打倒した明治の政府が、近代的な国家体制を立ち上げようとする時代に、欧米の文献を研究した学者らしく、広い視野から近代国家のあるべき姿を論じた学識の高さは尊敬に値すると思いました。しかし、そのような高邁な評論があったにも関わらず、政府の主要な立場にいた伊藤博文らが作り上げた「国家」は、陸海軍を政府の支配下に置かず、軍隊は天皇の直属機関であり、政府は軍に対する命令を出せず、天皇が直接命令するものとし、しかし、内閣には陸軍大臣・海軍大臣が席を置き自由な発言をするという、いびつな構成になったため、政府が軍部の気に入らない政策を実施しようとすると陸海軍は大臣を「引き上げ」て、内閣の存立を妨害することとなり、次第に軍部独裁の政治になっていったのでした。 今回、政府が皇室典範を改正する表向きの目的は「皇族の人員確保である」といいつつ、国民会議で総意をまとめたと言いながら、実は「皇位継承権は男子に限る」とか「旧皇族の家柄から一般人を養子に迎えて、その養子に男子が誕生した皇位継承権を持つことにする」というような事項が、いきなり付け加えられているという「不正」が行われているのは、断じて許されないことであり、この度の皇室典範改正は可及的速やかに再改正することが、天皇制の「延命」に必要なことだと思います。
2026年07月25日
政府与党が提出した国旗損壊罪法案は、与党側が十分な審議時間をとらずに野党の発言を許さないという異常事態の下で強引に衆議院を通過させたことについて、5日付神奈川新聞は市民団体代表の京極紀子氏の見解を掲載した; 日本の国旗を傷つける行為に刑罰を科す日本国旗損壊罪法案が、共同提出した国民民主、参政両党を含む全野党が欠席する異例の状況の中、衆議院本会議で強引に可決された。今後、参議院での審議に進む。同法案の廃案を求める声明を出した「『日の丸・君が代』の法制化と強制に反対する神奈川の会」の京極紀子さんに聞いた。(構成・柏尾安希子) 「日の丸・君が代」は戦争の旗であり、歌だった。日本の植民地支配に対する清算も全く終わっていない。そうした思いから、1999年施行の国旗国歌法制定時には反対したし、国旗損壊罪も廃案にすべきだと思っている。 国旗国歌法制定以前の91年、新聞に横浜の在日コリアンの女子児童の文章が掲載されたことがある。音楽の授業で教師が「君が代を歌えない人」を挙手で問い、勇気を振り絞って手を挙げたという。歴史の本を読み韓国が植民地支配された事実を知り、歌えないと考えたとした。 このように、さまざまな思いで「日の丸・君が代」に抵抗を感じる人がいる。少数であっても「嫌だ」と思う意見はどのような時でも尊重されねばならず、人々が国家や政治への批判を当たり前にできなければならないのが民主主義の基本だ。それが許されない象徴的な問題とも感じる。 この法案成立を許せば、国旗や国歌のようなものを「損壊」した人の内心に踏み込み、思想が弾圧の対象になるだろう。そして、市民の日常が監視にさらされ、人権が侵害され、人々を萎縮させ、統合することに利用されるのではと懸念する。 また、日本の場合は国旗国歌と天皇制はつながっている。世界的に右傾化が指摘される中、こうしたナショナリズムや国家主義的な動きへの危機感を、反対する人は持っていると思う。 ◆ これまでの議論では、「立法事実」に該当する「損壊」の具体例が極めて少ない。「予防的立法事実」という言葉も編み出されたが、「予防的」は戦前の治安維持法に代表される治安立法や、戦争における先制攻撃の正当化を連想させる。 さらに、法案の処罰基準は「人に著しく不快または嫌悪の情を催させる」ことと、あいまいだ。こうした抽象的であいまいな「容疑」をもとに警察が捜査し、市民の情報を収集することは、冤罪を繰り返してきた公安警察の違法捜査にお墨付きを与えるものともいえるのではないか。 国旗損壊罪は高市早苗首相の肝いりと言われるように、非常に根強く国旗に思い入れを持つ人たちがいる。参政党などの保守的な政党も「侮辱」を目的にした損壊への処罰を求めている。そうした人たちの考える方向に進むのが国旗損壊罪だ。 国旗そのものの問題性に加え、「損壊」への「処罰」を当然とする社会が私たちにもたらすものが大きいだろう。社会が萎縮し、自分の意見を表明することが押しつぶされていく。 ◆ 私たちは国旗国歌法に反対しようと会を作ったが、同法以前から「日の丸・君が代」の強制は進んでいた。 転機は85年の文部省(当時)による、全国の小・中・高校などの入学式や卒業式での国旗掲揚と国歌斉唱の調査と通知だ。自治体ごとの実施率では、沖縄はほとんど掲揚せず、東京、神奈川、北海道、京都など低い自治体があぶり出された。 調査を受けて、掲揚率が低い地域への締め付けが起きた。87年の沖縄国体では、反戦地主の知花昌一さんがソフトボール会場に掲揚された日の丸を引き下ろして燃やし、器物損壊罪などで有罪になった。だが、沖縄戦の記憶がある沖縄では反対が根強かった。 99年2月には広島県立高校校長が、国歌斉唱の徹底を求める教育委員会と反対する教職員などとの板挟みを理由として自死する事件が起きた。それを逆手に取ってできたのが国旗国歌法だ。 学校現場の強制の状況に危機感を感じていた私たちは同法への反対運動を行ったが、当時は「なぜ今、こんな法を」という社会の空気があり、国会の状況も現在と異なっていた。 当時の小渕恵三首相は「義務づけることは考えておらず、国民の生活に何らの影響や変化が生じることはない」と明言し、そう言わないと法律はできない状況だった。自民党が望んでいた「尊重規定」(尊重義務を課す)も外したことで可決された。 「義務づけ」はないと明言しながらその後、東京都では2003年10月23日に東京都教委が、教職員に入学式や卒業式などでの「日の丸」の掲揚と「君が代」の斉唱を義務付ける職務命令を通達。大阪府は11年、大阪市は12年に国旗国歌の掲揚・斉唱を条例で義務づけるなど、国旗国歌法は強制の根拠として力になっていった。 現在は、ほとんど学校で議論されず、社会全体が国旗国歌を許容するようになっている。たとえばサッカーなどスポーツの国際試合でも日の丸が掲げられ、抵抗感を持つ人がいる一方、何も思わない若い世代も増えている。それは学校でも教えず、旗や歌の意味を伝えられずにきた人が増えている証しだろう。 ◆ 衆議院での審議では、日本維新の会の議員による「国旗損壊罪によって教育機関を正常化し、『自虐史観』から抜け出させる」という主張も見られた。教科書の記述からもなくなり、今の学校では戦争加害をすでに教えられないような現状だが、そうした状況がさらに進むのでは、という危機感が学校現場にはある。 これまでも「日の丸・君が代」を突破口に、学校全体の管理体制が強化され、民主的なシステムがつぶされてきた。職員会議は校長のトップダウンの場となり、異論を許さない体制になっている。教育基本法「改正」や道徳の教科化など、安倍晉三政権下で大きく進んだ国家主義的な教育がますます進むようになるのではないかと不安だ。 学校は、多くの人たちがそこを経て大人になり、社会に出ていく。学校が変われば社会の空気も変わる。戦後教育が曲がりなりにも持っていた戦争への反省の視点なども押しつぶしていくのではと思う。 「強い国」を唱える高市首相が対外的に戦争できる体制を作っていくときには、内側もがっちりと固めないといけない。そのためにも、国家主義的なナショナリズムの縛りを必要とするということではないか。 現に今回、天皇制のさらなる制度維持に向けた皇室典範改正も同じタイミングで打ち出される。天皇制は差別の大本とも言え、家父長制のモデルとしてその頂点にある。 一体どういう社会にしようとしているのか。おとなしい国民に、「役に立つ」外国人だけ。天皇制同様、国旗国歌も思考停止のようにタブー視し、長いものに巻かれろという社会になっていくのか。 みんな意見が一緒なんてありえない。さまざまな考え方を尊重しなければ、思考は貧困になる。強制がいいことだとは思えない。 差別や排外主義の跋扈(ばっこ)する社会であらがう人たちがいる。その人たちと連帯していきたい。そして、希望ある社会のためには多様な意見の人たちがいたほうがいいのだと強調したい。<きょうごく・のりこ> 「『日の丸・君が代』の法制化と強制に反対する神奈川の会」メンバー。 2022年3月まで県内公立小学校の事務職員。1999年の国旗国歌法に反対し同会を立ち上げ、毎年舂に「強制反対」のデモを実施している。2026年7月5日 神奈川新聞朝刊 14ページ 「時代の正体・高市政権考-意見 押しつぶすもの」から引用 この記事は、民主主義の基本に照らして現在の政府のやり方がいかに間違っているか、如実に示しており良い記事だと思います。日本政府は1945年に連合国側のポツダム宣言を受諾して全面降伏をした後、GHQの占領が終わってからも日の丸や君が代を国旗・国歌であると定めた法律を制定せず、野放しの状態で放置して、私たち国民は大相撲の千秋楽で優勝力士を表彰するときに歌うのが「君が代」で、小学校の運動会で万国旗を飾るときに「日の丸」が日本の旗だ、という程度の認識でした。しかし、本来であればその時期に、「日の丸」と「君が代」は朝鮮半島を植民地にし中国大陸を侵略したあの時代を象徴する旗であり歌であるということを、日本人は再確認し、これからの国旗・国歌がそんなもので良いのか、という議論をするべきだったはずです。現に、ドイツとイタリアは過去の侵略戦争を反省し、民主主義諸国の一員として再出発する「証」として新しい国旗・国歌を制定しているのですから、日本もそれに習うのが本来の「道」であったはずです。そのタイミングを逸して今日に至ったからには、今後は明治維新以来の日本がどのような歴史を歩んできたのか、よく学習して、これからはどのように進むべきかを考える機会を多く持ちたいものだと思います。
2026年07月24日
国会で圧倒的多数派になった自民党は、どうせ最後は多数決だからと少数派野党の意向をまったく無視して、用意した法案を次々と可決しようとしたために、野党の抵抗に会い、国会は10日以上も混乱が続いたのであったが、その責任は高市首相の幼稚な言動にあるのだと、9日付朝日新聞社説は厳しく批判している;◆稚拙さ露呈 自民党と日本維新の会が、衆院議員の定数削減法案の今国会での成立見送りで合意した。国会正常化に向けた与野党の調整が続いていたが、10日以上続いた混乱の責任は、国会軽視が甚だしい与党、特に高市早苗首相にある。 今回改めて露呈したのは、政権運営の稚拙さである。今後は皇室典範などの改正案と「副首都」関連法案の議論が進むが、国のかたちや統治に関わる重要課題だけに慎重な対応が必要だ。国会は合意形成を図る場である。数の力で法案を押し通すのでは、思うようにはことを運べないと自覚してもらいたい。 6月26日から続いた停滞の原因は、与党が首相出席の予算委員会や党首討論に応じなかったことと、維新肝いりの定数削減と副首都法案の審議入りを強行したことにある。 与党の強引な手法に、野党は2法案の撤回を求めて審議を拒否。自民が最優先とする皇室典範の審議入りに黄信号がともった。与党は7月6日にようやく予算委や党首会談への首相出席に応じ、7日に首相や維新の吉村洋文代表らが会談し、定数削減の見送りを決めた。直前まで首相が2法案を「維新との連立にとって枢要」と位置付けていただけに、ちぐはぐさが際立つ。 その中で、定数削減が昨年の臨時国会に続いて見送りとなったのは当然の帰結だ。 議論が1年でまとまらなければ、自動的に比例区のみ45議席を削減する今回の法案は、中小政党に不利で、多様な民意を国政に届けるパイプを細らせるなど問題が多い。本来優先されるべき企業・団体献金の見直しから論点をそらすものでもあり、見送りではなく断念こそふさわしい。 与党が成立を急ぐほかの法案も、同様に欠陥が目立つ。 皇室典範改正などの政府案には、養子のもとに生まれた男子が皇位継承資格を持ち得る点や、女性皇族の配偶者や子が皇族とならないことを前提としたとみられる内容が盛り込まれた。事前に取りまとめた「立法府の総意」からも逸脱する内容で、国会による合意形成を著しく軽視していると言わざるを得ない。後世にも禍根を残す。 参院では少数会派も参加できる特別委員会での審議としつつ、テレビやネット中継なしでの実施を与党が提案しているが、あり得ない。憲法1条は天皇の地位を「国民の総意に基づく」と定めており、広く国民に公開すべきだ。 副首都法案も、候補地選定の基準に対し「大阪ありき」ではないかなどの批判がある。拙速な対応は避けなければならない。2026年7月9日 朝日新聞朝刊 13版 12ページ 「社説-国会の混乱 首相に責任」から引用 歴代の首相に比べて、高市氏の場合は予算委員会への出席率が極めて低く、党首討論の回数も極端に少ない。それにも関わらず、面と向かってそのことを問われると「私としては、要請があればいつでも誠意を持って対応させていただいております」などと、事実とは真逆の発言をしてそれで押し通せばこっちの勝ちとでも思っているかのような稚拙な言動ばかりであるのは事実だ。めったにないこと官邸を出て外部の会議に出席するときなど、出がけに記者団の「ぶら下がり会見」に応じざるを得ないときなど、二言三言話した後で、「あ、もうこんな時間」などと言って腕時計を見るような仕草をしながら、実はその腕には時計はなかったりしても、そういう「くさい芝居」をして切り抜ければそれでいい、という考えの持ち主のようで、そういう人物では、やはり一国の進路の舵取りを任せるには、あまりにも「役者が不足」というものではないかと思います。
2026年07月23日
政府与党が皇室典範の改悪案を数の力で強引に採決した翌日、日本共産党副委員長の小池晃氏は自らの「反対討論」の全文を「X」に公開しました; 私は日本共産党を代表して、政府提出の皇室典範改定案に反対の討論を行います。 天皇の制度の議論は、憲法の条項と精神に基づいて行い、国民の合意と納得を得て進めていくべきものです。女性天皇、女系天皇を認めるべきという圧倒的な世論を無視して、3時間余りの質疑で採決することは許されません。 そもそも、日本国憲法第1条では、天皇の地位は「主権の存する国民の総意に基く」とされています。昨日の質疑で木原稔官房長官は、国民の理解はいまだ得られていないことを事実上認めました。国民の総意に反するやり方は、将来に大きな禍根を残すものです。 反対理由の第一は、男系男子の皇位継承に固執し、さらに強化することが、日本社会における女性差別を助長するからです。 官房長官は、本法案は日本社会における女性差別を助長することになるのではないかとの私の質問に、「女性差別とは関係ない」とごまかしました。しかし、女性というだけで「国民統合の象徴」の地位につけないとなれば、社会における女性差別を助長することになるのは明らかです。 政府は「男系男子での継承が、わが国の歴史と伝統」と繰り返しますが、この「歴史と伝統」は明治時代に作られたものです。1889年に制定された大日本帝国憲法は「万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」「天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズ」として天皇主権を確立し、同時に旧皇室典範に「男系男子」継承を明文化したものです。 この間の議論で自民党が強調する「皇位の男系継承は2600年以上にわたる皇統の伝統」「今年は皇紀2686年」などというのは歴史の事実ではありません。明治時代に天皇を現人神と描き出すためにつくられた皇国神話そのものです。いまだにこうした歴史観に立って「男系男子継承」にしがみついていることは驚くべきことです。 戦後、日本国憲法は国民主権を確立し、皇国史観にもとづく天皇主権を明確に否定したのであります。天皇は主権の存する国民の総意に基づく象徴とされ、憲法第2条は、皇位を「世襲のもの」とし、戦前の「皇男子孫」による継承は削除されました。 この日本国憲法のもとで、多様な性をもつ人々によって構成されている日本国民の統合の「象徴」である天皇を、男性に限定する合理的理由はどこにもありません。 天皇の制度は、憲法の条項と精神に基づき、主権者・国民の総意のもとにおくことが、何よりも大切だと強調するものです。 反対理由の第二は、皇族の養子縁組を禁止する現行の皇室典範の規定を覆し、「旧11宮家」の男系男子を将来にわたって皇族の養子候補とし、養子の子の男子に皇位継承権を与えることにしたからです。 「旧11宮家」と、いまの天皇との共通の祖先は約600年前の室町時代まで遡ります。いまの天皇と36~38親等もの隔たりがある、ほとんど赤の他人に等しいとも言われる、遙か遠い血筋からの養子までもちだして、女性・女系天皇の道を閉ざし、「男系男子継承」に固執する政府の姿勢は、時代錯誤の男尊女卑そのものです。私が質問で指摘したように養子は皇室の伝統になかったものです。 旧11宮家は、80年前、現典範11条1項の規定にもとづき、自らの意思で皇籍を離れた人々であり、その子孫は一般国民として生まれ育ってきた人たちです。旧宮家だからといって、特別な身分である皇族とすることは、憲法14条1項が禁止する「門地による差別」にも抵触します。さらに、将来にわたって皇族の養子候補に位置づけられた、旧宮家の男系男子の子孫とその家族を「準皇族」ともいうべき特殊な身分に置くものであり、これらの人々の人権を不当に制約することにつながりかねません。 さらに実際の養子縁組において、政治家などが縁組に関与し、天皇の制度の政治利用を引き起こすことが危惧されることを指摘しておきます。 反対理由の第三は、女性皇族とその子が天皇になる道を閉ざしながら、「皇族数の確保」のために皇室行事を担う要員たれと、結婚後も皇室に残ることを原則としているからです。 婚姻後の女性皇族に、住民基本台帳を適用しながら、国民としての権利を認めないというのは矛盾も甚だしいものです。女性皇族を都合良く扱おうというものにほかなりません。 しかも、配偶者や子に皇族の身分を与えないことは、徹底して女系天皇の芽をつもうという意図をあからさまに示すものです。 なお、昨日の質疑で官房長官は、女性皇族の配偶者や子は皇族にならないという本案は、家族との一体性との間で、整合性がないのではとの問いに、日本人と外国人の夫婦を例に挙げて、「そういう夫婦において、国籍や参政権、戸籍の有無等によって違いが生じるが、家族の一体性ということでは、不整合は生じていない」と答えました。この答弁は、選択的夫婦別姓を否定する際の「家族の一体性が失われる」という論拠を政府自身が否定したものであることも指摘しておきます。 反対理由の第四は、政府は今回の法案は「立法府の総意」にもとづくといいますが、昨日の質疑でも反対意見が相次ぐなど、「立法府の総意」なるものが完全に崩壊しているからです。 政府は、皇位継承の問題とは切り離した皇族数の確保策を議論するといいながら、法案提出の段階で、養子の子の男子が皇位継承資格を持つとする規定を突然盛りこみました。国会と国民を愚弄するものであり、断じて許されません。 政府は、「立法府の将来の検討を縛らない」などといいますが、女性天皇への道を完全に塞ぎ、男系男子のみによる皇位継承を固定化しようというのですから、将来のあり方まで縛ってしまうものにほかなりません。 以上、本法案は、日本国憲法の精神と条項に反し、「主権の存する国民の総意」に基くべき天皇の制度を根本から変質させることにつながるものです。 日本共産党は、断固反対し、廃案とすることを強く求め、反対討論とします。2026年7月20日 日本共産党副委員長・小池晃氏の「X」投稿から引用 小池晃氏の反対討論は理路整然としており、これまでの日本の歴史を直視した見解であり過去の日本の失敗を繰り返すことのないようにするためにも、傾聴に値する価値があります。特に、政府与党が言う「皇位の男系男子継承が伝統」というのは明らかにフィクションであり、実際には女性の天皇が即位した記録も存在するのですから、そのような「歴史の事実」を誤魔化して、明治時代の政府が「天皇主権」の体制を整えるために言い出したフィクションを「史実」と取り違えるような了見で出してきた「改正案」は、とても「改正案」とは言えない代物であることは、誰の目にも明らかというものです。この度は、数の力でごり押ししても、遠からぬ将来には、憲法の精神と齟齬のない方向で再度の「改正」が必要だと思います。
2026年07月22日
皇室典範の改正を画策する高市内閣は、にわか作りの「国民会議」なるものを開いて皇室典範の改正案について議論をしたような恰好だけつけて、その会議を早めに終わらせた上で、審議内容をまとめたかのようなフリをして閣議決定したその内容には、改正によって復活した旧宮家に養子縁組で入籍した者に男子が誕生した場合は「皇統継承権を持つものとする」という、「国民会議」では一言も話し合われなかった事項を含むもので、一部政党から「だまし打ちだ」との声が上がる事態となっている。5日付神奈川新聞社説は、そのような事態について、次のような社説を掲載した; 「国民の総意」はおろか、「立法府の総意」からもかけ離れた内容であり、このまま立法作業に進むのは到底許されない。 政府が閣議決定し、国会に提出した皇室典範の改定案だ。皇族の養子に迎える旧宮家の男系男子に男子が生まれれば皇位継承資格を持つとの項目が盛り込まれた。 与野党の代表を集めた会議を経て衆参両院の正副議長がまとめた総意では示されなかった項目である。男系男子による皇位継承に固執し、将来の女性天皇・女系天皇を事実上封じることを念頭に置いた内容だ。 「だまし討ち」と野党から批判が出るのも当然だろう。そもそも今回の議論は、皇位継承をどう図るかには踏み込まず、皇族数を確保する方策を決めるとしていた。 総意でとりまとめたのは、(1)女性皇族が結婚後も皇族の身分を保持する(2)戦後に皇籍を離れた旧宮家の男系男子を皇族の養子に迎える-の2案だった。この総意ですら「旧宮家からの男系男子の養子縁組」については強い反対論が出ており、正副議長が半ば強引に「総意」とした経緯がある。 立法府の総意から逸脱しているだけではない。世論調査でも女性天皇に「賛成」が7~8割を占め、女性・女系天皇を求める声が世論で高まっているのが実情だ。 憲法は、天皇は「国民統合の象徴」であり、その地位は主権者・国民の総意に基づくとする。男性や男系に皇位継承を限定するのは、男女平等を掲げる憲法の精神にも反する。 政府は改定案を取り下げ、国会の場で改めて女性・女系天皇による皇位継承を含めた議論を丁寧に進めるべきだ。 天皇は憲法上の制度であり、人権上の問題などをはじめ、その存続自体を含めた在り方は、別の場で改めて国民的な議論が求められよう。 現憲法下の象徴天皇制で、その役割を誰よりも深く考え、実践してこられたのは上皇さまや天皇陛下ご自身である。 国民に寄り添い築き上げてきた象徴天皇制は、国民の理解がなければ成り立たない。政府は、自らの強行姿勢が象徴天皇制を損ないかねないことを自覚すべきである。2026年7月5日 神奈川新聞朝刊 3ページ 「社説-『総意』なき暴走 やめよ」から引用 わが国憲法が定めるところでは、天皇の地位は国民の総意に基づくと規定しており、自民党の一部有力政治家が思いついたような発案を、ろくに議論もしないで「これが総意だ」と偽って話を進めるというのは、憲法をないがしろにする態度と言わざるを得ません。野党議員を騙してまで皇室典範を変更するというのは、どの角度から検討しても「世間の目をごまかして、一部の者が不当に利益を獲得する仕業である」と言うほかありません。国民はこのような事態をよく記憶して、次の選挙では間違いなく自民党を過半数割れの少数政党にするという「行動目標」を忘れないようにしたいものです。
2026年07月21日
クールジャパン機構と言われる官民ファンドが業績未達成のために巨額の赤字を計上したことについて、6日付読売新聞は社説で次のように批判している; 政府と民間が資金を出し合う官民ファンドで、またしても巨額赤字に陥るファンドが出た。 官民の双方で、投資判断やリスク管理のどこに問題があって、誰が責任を負うべきなのか、厳しく検証しなければならない。 アニメや食文化などの海外展開を後押しする「海外需要開拓支援機構(クールジャパン機構)」は、2025年度決算で多額の赤字を出し、累積赤字が540億円に上る深刻な事態に陥った。 もともと経営難で立て直しを進めている中で、リスクが高い日本発の次世代繊維事業に約140億円を出資し、巨額の損失が生じたのが致命傷になった。 このファンドでは、経営目標の未達が3度目となった。経済産業省は近く有識者会議を設置し、統廃合を検討する。官民双方の関係者が、なぜ赤字の膨張を防げなかったのか掘り下げるべきだ。 官民ファンドは、政府が13年に策定した「日本再興戦略」の下で、各省庁の傘下に数多く設立された。民間が担うのは難しいリスクマネーを供給し、民間の投資を促す狙いがあった。 だが、農林水産省傘下のファンドが行き詰まり、25年度末の廃止時に213億円の累積赤字を計上した。国土交通省傘下でインフラ輸出を担うファンドも、23年度に赤字が約950億円に膨らみ、再建計画の策定に追い込まれた。 度重なる失敗の背景には、無責任体質になりやすい官民ファンドの構造があるのではないか。 所管官庁はリスク点検が甘いまま設立に走るほか、ファンド側はリスクが高くとも拙速に成果を得ようとしがちと指摘される。 クールジャパンも同じ轍(てつ)を踏んだと言わざるを得ない。日本のアニメを配信するために作った会社は、米動画配信大手のネットフリッグスなどとの競争に敗れた。 マレーシアに出店した日本ブランドを扱う大型商業施設は、現地の物価を無視した高すぎる価格設定か受け入れられず撤退した。 エンターテインメントや生活分野は、市場動向を見通すのが難しい分野ということだろう。 一連の失敗例は、高市政権が40年度までに官民で17分野に370兆円超を投資する計画において重い教訓になる。官民のリスク管理の難しさを示すものだからだ。 官民ファンドを遥(はる)かに上回る規模であるだけに、責任の所在やリスク管理の徹底、事業が不振に陥った場合の撤退ルールなどを明確にしておくことが不可欠だ。2026年7月6日 讀賣新聞朝刊 13版 3ページ 「社説-巨額赤字の責任を明確にせよ」から引用 海外需要の開拓を支援する目的で始めた事業が、外国の企業との競争に敗れて巨額の赤字に陥るというのは、見通しを誤った企業家を待ち受ける「宿命」のようなものだ。民間企業が「リスクが大きすぎる」と言って敬遠する事業に、「国がバックアップするからチャレンジして見ろ」と言って元気づけて見ても、それで「危ないもの」が「安全なもの」に変わるわけはないのであって、競争に敗れて「先行投資」がそのまま「赤字」になってしまうのは、自然な流れというものではないでしょうか。そんな危ないビジネスに国民の税金をつぎ込むよりは、国内のインフラの「保守」「点検」に回す方が、国民生活の安全確保には確実に役に立つと思います。
2026年07月20日
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