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今日は長男の終業式だった。医者から1-2時間ならマスクをして行っても良いとOKが出ていたので久しぶりに学校へ行った。学校に着いた彼はもう嬉しくて嬉しくてたまらない。友達とじゃれあって、走りまわって、もう大騒ぎ。「あんた!病人やで!」と言っても聞こえるわけがなく、汗だくになってはしゃいでいた。そしてクラスで担任の先生のお話を聞いていると、なんと、先生が今学期で辞めることになったという。この先生は、色々と問題のある先生で親たちからクレームが出ていたがそのせいか?日本人学校への転校を考える理由の一つでもあった先生。突然の話でびっくりした。そしてそのあと、教室に長男の涙の原因の中国語の先生がやって来た。中国語が殆ど話せない私と英語が殆ど話せない先生の間に友達が通訳に入ってくれて少し話をした。先生はとても厳しいがとても良い方で、色々と長男の情況を話すことが出来た。先生は「そんなに泣くほどストレスを感じないように、楽しく学んで欲しい」と言った。でもあんた、あの宿題の量とあの難しさ(家庭教師の先生もびっくりするほど難しい)、ストレスにならないように、ってどうやって??「宿題なんて大丈夫、大丈夫。 泣かなくてもいいのよ」って、宿題しなかったらすんごい怒るのあんたなんだけど。うちの子だけ大目に見てもらえるのか?でもそのわりには、字の汚いうちの子が一生懸命書いたノートに‘真面目に書け!’なんて書いてあったけど。もう転校させることにほぼ決めかけていたのに、「大変だけど、言葉を覚えるにはこの過程を通らなきゃならないのよ。だから頑張って!」と、笑顔で、大きな心で見守ってくれている。どうしたものか。そして紹介された、後任の先生。中国語の話せないアメリカ人。・・・・・。英語の話せない親たちはどうやってこの先生とコミュニケーションをとるのか。やっぱり行き当たりばったり、オーガナイズされていない学校だ。明日から3週間、日本でゆっくり考えよう。
2006年01月13日
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退院してきてから2日、長男はとーってものびのびしている。超リラックスしていて、楽しそうに遊び、良く笑う。そして気持ちに余裕があるからか、とても素直でよく言うことを聞く。毎日泣かされていた大量の宿題からも開放され、学校に長時間拘束されることもなく、家庭教師も来ず、なーんて楽しいのかしら~!ってところだ。こんなにリラックスした長男を見たのは久しぶりだ。そして私自身も宿題を一緒にしたり、やったと嘘をつく長男を叱ったり、早く寝かさないと!でも宿題が終わらない!、と夜11時まで泣いて宿題をする姿を見ながら焦ったりブルーになったりすることがなく、とても辛いものから解放された気分でのんびりしている。私にとっても彼の宿題はストレスになっていたことに気付いた。この4月から、通える範囲に日本人学校が新しく出来る。元々今の学校に決めたのは、彼の喘息の発作がよく起きていたので少しでも空気の良い所、少しでも発作がよく起こる夜、夜中にダンナ様がすぐに帰って来れる所に住みたかった、が、そこからは日本人学校に通えない、という理由だった。本人は今の学校にも慣れ、学校が楽しいと言う。ただ、中国語の宿題が毎日大量に出ること、そして学校の拘束時間が長すぎて遊ぶ時間が全くないことは辛いと言う。実際、朝7時に家を出て9時間授業をこなし、夕方5時に帰って来る。それから先生に言われて始めた家庭教師との勉強が1時間。その後宿題を10時、11時までかかってする。6歳の彼にはあまりにも可哀想な毎日だ。そこで、今の学校に通うメリットを考えてみた。国際部ということで色々な国の子供たちがいる、そして中国語、英語が話せるようになる。これはとても良いことだが、それ以上にこれでいいのか?と思えるマイナス面も上に書いたことを含め他にも色々ある。日本人学校に通うと、まず長い拘束時間と大量の宿題から解放され、遊ぶ時間が持てる。 それだけでもかなりのメリットだ。いつもはのんびりのダンナ様も毎日泣きながら宿題をする姿にさすがに「いけるやろ」とは言えなくなっていた。そしてもうすぐ始まる1ヶ月の冬休みの間の日本帰省中に転校に必要な書類を一応もらって来よう、ということになった。にぃにぃ転校か!?
2006年01月11日
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長男の学校は2学期制だ。今週で9月から始まった1学期が終わる。昨日退院した長男は、まだ白血球の数がかなり少なく、退院したが家から出てはいけないと医者から言われている。せめて終業式の日くらいは行かせたい、と言うと1-2時間ならマスクをして行っても良いとOKが出た。ここ一ヶ月ほど毎日泣くほどの宿題が出ていたが、最近はもっとすごい量が出ていると韓国人のお友達から聞いていた。きっと冬休みの宿題もすごいのだろう。 それをもらうためにも行かなくては。担任の先生から電話があり、期末テスト受ける?受けなくてもいいなら今までの授業中の態度と出来具合で通知表をつけるけど、と言われた。小学校1年生で期末テストか。 どこまでも厳しい学校だ。
2006年01月10日
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5日からダンナ様の両親が来ていた。 可愛い孫の顔と、どんな生活をしているのかを見るために来た。着いた日、入院していた長男を見て2人で涙を流していた。 ここに来る2-3日前から何度電話してもつながらず、やっとつながった!とかかってきたのが前日の夜10時半だった。心配させないために来るまで言わないつもりだったが、こうなったらもう言った方が良いだろう、と訳を話した。 顔を見るまでとても心配したようで、顔を見た途端、2人の目から涙がこぼれ落ちた。観光にも満足に連れて行くことが出来なかったが、中国の病院食を食べる、という、あまり体験できないことを体験して帰って行った。そして、長男も退院となって夕方帰ってきた。久しぶりの自分のおもちゃに大喜び。温かいお風呂に大満足。そしてベッドの上に大の字になって寝転び「はぁ~、やっぱり自分の家はいいわぁー。」と‘普通の生活が出来る喜び’を噛み締めていた。
2006年01月09日
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塩辛い。何でも油。長男、食わない。
2006年01月06日
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31日の夜から39℃の熱を出した長男。この激動の一年、考えてみたら幼稚園を卒園し、小学校に入学して初めての事だらけの毎日にようやく慣れてきたと思ったら上海に引越し、また初めての中国の学校生活が始まった。毎日毎日泣いて、やっと慣れてきたところだった。緊張がとけ、この一年の疲れが出たのだろう。ここに来て初めての熱、そしてそれが入院となった。熱は昼間は下がっているが、夜になるとまた39℃を越える。熱が高すぎてガタガタびくびくしている。何度も何度も泣いて起きて眠れない。以前ひきつけをおこした時の、あの悪夢が頭をよぎる。病院に連れて行った方が良いだろうと行ったら、肺炎だった。白血球の数値も低く、入院した方が良いと言うことだった。家からタクシーで30分の日本語の話せる先生のいる病院を紹介してもらってそちらにお世話になることになった。学校に連絡し、チビを幼稚園に送りだし、入院中に必要なものを揃え、夜はダンナ様が泊る。昼間はとても元気で、宿題もなければ勉強することもない。何だか嬉しそうに見えるのは気のせいか?
2006年01月03日
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一月一日ということで、長男に今年の目標を紙に書くように言ってみた。彼は「うん!」と言って、白い紙に大きな字で力強く書いた。「中国のことばで中国の人にやさしくなりたい」
2006年01月01日
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