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Chapter 2
- 3
数ヶ月が経った。
相変わらず透は赤井の小間使いのような存在だった。
しかも、赤井だけではなく、るり子の身辺の世話まで、任されるようになっていた。
透の仕事が増えるに従って、それまで赤井とるり子の世話をしていた水谷という透と同世代の男の仕事が、本社業務に移行していった。
るり子は不思議な女だった。
自分の味方なのかそうでないのか、透には測りかねた。
「オレと組まないか?」
あるとき、試しにるり子に訊いてみた。
るり子と二人きりのときは、透は相変わらずぞんざいな口の利き方をした。
「あんただって、あの傍若無人で他人を人とも思わないジジイにはもう飽き飽きしてるだろう。
じいさんにちょっとばかり早く逝ってもらって、財産山分けしないか?」
「あなたみたいな顔だけの男に何が出来るっていうの?」
きっと透の方に向き直ると、るり子は鼻先で笑った。
「赤井グループを束ねるのはあの男だから出来るのよ。
放っておいても毎日金の卵を産み続けるガチョウを絞める気はないわ!」
るり子の返事は手厳しかった。
「あなたなんか連れていても、人にはペットの子犬を連れているとしか映らないでしょうね。」
透に返す言葉はなかった。
るり子の言う通りだった。
『後で吠え面かくなよっ』
いつか赤井興産という巨象を根底から揺るがしてやる、と透は心の中で思った。
* * * * * * * * * * * * * *
が、意外にもその日は早く訪れた。
赤井興産を揺さぶったのは透ではなく、地検の特捜部だった。
カメラとテレビカメラの放列が、十重二十重に赤井の会社と自宅を取り囲んだ。
何が起こったのかわからないでいるるり子と透に、テレビのニュース映像が状況を伝える。
赤井が逮捕された。
表向きの容疑は、証券取引法違反と法人税法違反だった。
株のインサイダー取引をきっかけに、検察は架空取引や簿外取引、所得隠し疑惑にまで捜査の手を入れようとしていた。
『あれはどうなるんだ―?
検察はあれを証拠として欲しがっているんじゃないのか?
検察があれを見つけたら、オレには一銭も入ってこない
いや、でもあれは見つかりっこない筈―
だったら、どうなる?
証拠がみつからないということは、赤井を助けることになるのか?
それより、あの通帳と帳簿がなくなっていることに赤井はまだ気付いていないのだろうか?』
―けれど、あれはそんなもんじゃねえ。
なぁ、片岡さん、見る者が見ればわかるんだよ―
透は修二が電話で話していた内容を思い出した。
『架空取引や簿外取引、所得隠しの証拠だと言っていた
でも、それだけじゃない...?
もっと大変なものだと判ったから、兄貴は電話の男を強請った?』
聞きかじった言葉の片鱗を繋げるようにして透は考えた。
『―今が赤井から、直接金を引き出すチャンスなのか?』
社長逮捕の報道に、本社もグループ会社も上を下への大騒ぎになっていた。
赤井には直接連絡がとれず、情報が錯綜する中で、テレビの報道がるり子たちにとって一番の情報源だった。
テレビが映す本社の家宅捜索開始と同時に、るり子と透が居る本宅でも、検事の指揮の下、新しい段ボールを抱えた事務官達が一斉になだれ込んできて、二人の目の前で、証拠と思われる物品を次々と押収していった。
マスコミに囲まれて、身動きできないでいるるり子の元に、社員達が、今後の対策を練ったり指示を与えたりしに、入れ替わり立ち替わりもみくちゃにされながらやって来た。
「片岡さん、よくいらっしゃってくれたわ。」
『片岡―?』
その中に透が普段見かける男達とは毛色の違う、落ち着いた、中にベストを着込んだダークスーツの男がいた。
「もう、私、どうしたらいいのか...。」
「いえ、私には何も...。」
透は、お茶を出しに席をはずしたるり子に尋ねた。
「あの方は?」
「ああ、片岡さんよ。
赤井興産の経営顧問で、ご自身もコンサルタント会社を経営されているの。」
一瞬、透は息を呑んだ。
『片岡―!!
あいつだ、兄貴をやった...!
あの夜の電話の相手は片岡といった!!』
早鐘を打つかのように、心臓が激しく鼓動する。
透の頭に修二の電話や、修二が殺られた時の状況が蘇ってきた。
透は隙間からそっと部屋を覗いて、自分に銃口を向けさせた男を思い出そうとした。
『右腕の金時計...!』
背を向けて、目の前の立っている男の袖口から、金無垢の時計が覗いていた。
『あんな東南アジアでしか売ってないような24金の時計、そうそうつけてるヤツがいるものか
間違いない...!』
透は確信した。
続く