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るり子の願いも空しく、その夜遅く、るり子の母親が亡くなったとの連絡が入った。
遺体は自宅に帰ることなく、直接、葬祭場へ運ばれ、翌々日荼毘に付された。
本来ならば社長夫人の母として、盛大な葬儀になったところであろうが、時期が時期だけに、水谷の手配の元、ひっそりと密葬だけが執り行われた。
わずかに親戚だけが集まる、簡素な式だった。
るり子の実家で待機していた透の許に、斎場からるり子たちが戻ってきたときには、辺りはもうすでに薄暗くなりかけ、パラパラと雨が降り出していた。
透は門の前に佇んで、るり子たちを迎えた。
黒塗りの車がゆっくり停止すると、傘を差し掛け、車のドアを開けた。
透が手を差し出すと、るり子は素直に、位牌を持っていない方の手をその手に預けた。
降りる際、片足が大きな砂利石の上に乗り、一瞬るり子がよろめいた。
透は握る手にぐっと力を込めて支えると、傘を差しながら両手をるり子の肩に添え、玄関まで導いた。
三々五々親戚たちも帰ると、広い屋敷に、るり子と透の二人きりが残された。
仏壇の前の、お骨を安置した白い布を被せた祭壇を背に、るり子は透の方を向いて、頭を下げた。
「色々ありがとう。あなたにはすっかりお世話になってしまって...。
もう帰ってもらっても大丈夫...。」
「あんたは、どうするんだ...?」
「私...?」
るり子は少し考えると、
「しばらく、ここに居るわ。向こうの家には帰れないもの。」
と、返事をした。
「何だか冷えるわね。」
透には、たとえ生まれ育った家だとしても、ガランとした古い屋敷は、一人で居るにはいかにも広く、淋し過ぎるようにように感じられた。
辛うじて、電気や水道は通っているものの、室内は目立った調度品もなく殺風景で、障子やカーテンは色あせ、雨戸は締め切られたままだった。かつては立派であったと思わせる庭も荒れ放題で、売り払われることを免れた電燈や、欄間や床柱、天井や床材の板目などが僅かに建築当時の面影を伝えていた。
「長いこと誰も住んでいなかったから、暖房器具、どこに仕舞ってあるのか、探さないと...」
明るく気丈に言うと、るり子は立ち上がった。
が、溢れる涙を止めることは出来ず、透の前で落涙した。
「...!」
今まで張りつめていた緊張の糸が切れたのか、るり子は涙をこらえることが出来なかった。
その場に座り込んで、嗚咽をこらえ切れないでいるるり子の許に、透は後ろからいざり寄った。
そぼ降る雨音だけがシトシトと響くほの暗い室内で、透はすすり泣くるり子の肩を優しく撫でさすってやりながら、落ち着くのを待った。
次第に、闇が部屋全体に垂れ込めてきた。
徐々にるり子が落ち着きを取り戻すと、透はどこからか綿の毛布を探し出してきて、るり子を覆った。
明りもつけずに、二人は毛布にくるまり、部屋の壁にもたれながら、肩を寄せ合った。
辛うじてお互いの顔の輪郭がわかるくらいの薄暗がりの中で、時間だけが過ぎていく。
二人はまんじりともせず、雨音をきいていた。
「あなた、この前、どうして赤井と結婚したのか、私にきいたわね...。」
口を開いたのはるり子の方だった。
「私の実家、昔は結構お金持ちだったのよ。」
ポツリポツリとるり子は身の上を語り始めた。
「母はお嬢さん育ちで、言われるままに入り婿の父と結婚したの。
祖父は一代で財を成すほどのやり手で...。
父は、母の父、つまり私の祖父に、頭が上がらなかったんでしょうね。
なんとか大きな事業を成功させて見返したいと思ったのか、無理に手を広げて。
そこへ丁度バブルに踊る銀行がどんどん融資枠を拡げてきたの。
ところが銀行は、バブルがはじけるとそれを不良債権とみなすようになって、手の平を返したように、やっきになって回収し始めたわ。
困った父は言葉巧みに近づいてきた赤井から融資を受けるようになって...。」
るり子の話は続いた。
「当時、私はもう進学も諦めて看護学校に通っていた。
最初は親切面してお金を貸していた赤井もそのうち本性を表すと、次々と担保物件を差し押さえるようになって。
父は飲んだくれて荒れるようになり、何も出来ない母は病気がちで伏せるようになったの。
着物も、祖父が集めた蔵の中の骨董品も、みんな手放した。
それでも全然足りなくて...!」
「借金でがんじがらめになった父は、私を赤井に差し出すことで、借金を帳消しにしてもらったのよ。」
『そうだったのか...。』
「父と結婚したばかりに母は...。
結局何一つ、いい目を見せてあげることができなかった...。」
るり子は潤んだ目を見開いたまま上を向くと、軽く鼻をすすった。
透は、毛布の上から、るり子の肩を抱き寄せると、ぐっとその手に力を込めた。
続く