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2004年06月06日
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今日も「キャシャーン」について書こう。
昨日、さんざん貶して、またか、と言われそうであるが、今回は
別の視点で述べてみよう。

紀里谷監督は、海外での活動経験もあり、また、従来のパターン化された人生を歩んでいるようでもなく、仕事自体も常に前衛にいることを求められるものである。そうした人が映画を作るとなると、完成度よりは、どれほど前衛的で、従来から飛躍したものが生まれるのかを期待するのは、当然である。
では、この作家は、この最初の監督作品でいかなる新しいものを生み出したのだろうか、少しばかり検証してみよう。

まず気付くことは、この「キャシャーン」を形成しているものが、何とも古臭いということである。親子の関係や国家観もそうであるが、この映画のコピー自体が、「キャシャーンがやらねば、誰がやる!」と、まるで体育会系のノリというか、任侠映画のノリである。
「俺が行かねば、誰が行く!男、秀次郎、ドスを片手の殴りこみ!」というようなものである。
よくよく考えてみれば、「親に授かった生命から新造生命のキャシャーンに生まれ変り」という点は「親からもらった大事な肌を墨で汚して」「任侠道の世界に入って堅気の世界に別れをつげて」という点と全く同じである。
ストーリーそのものも、ベースは、かっての東映やくざ映画にありそうなものだ。


では、古臭い素材に、新しい才能が新たな生命を吹き込み、再生させたであろうか。
また、異種の出会いによる、新たなものを生み出したであろうか。
それらの対しては、「NO」と言わざるを得ない。

この作品は、現代の戦争をなぞっている部分もあり、シナリオと演出によっては、現代を撃つ衝撃的な作品になったはず。
それは実現できたであろうか。

しかし、紀里谷監督は、映画を撮ること自体に喜びすぎたのか、映像の外観、つまり画面の構成、色調、キャメラアングルといったもののみに関心が向き、肝心の「何を述べるか」は、疎かになったのではなかろうか。
もしかしたら、彼自身、製作途上でテーマの追求が不十分であり、内容の空疎さや映像が何も物語っていない点に気がついたのかも知れない。

演説調のセリフや古臭い構成要素は、そうした破綻を糊塗する為に必要なものであったのではないか。それによってある種の観客には、それらしきキーワード満載のセリフが目くらましとなり、映画全体の破綻を気付かれないですむと企んだ可能性はある。

これによって映画「キャシャーン」は<演説映画>という、新しいジャンルを切り開いた。
昨日の日記では『妻が主題歌を唄っている素人監督のファミリー映画が間違って劇場に出たと思うことにしよう。』と述べたが、これではあまりにも酷評かもしれないので、この映画が<演説映画>第一号の栄誉を担っていることをお伝えしておこう。






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最終更新日  2004年06月06日 18時58分09秒
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