クララ奇談
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寿退職し、実家である福岡に戻ってから早くも約一ヶ月。オリンピックを見たり、今まで読めなかった読書をしたり、昔の友人に会ったりしていたら、もう2月終了。3月からは関東へ引っ越すので、今のうちに大学時代の友人に会っておきたいと思い島根県へ旅行に行って参りました。彼女と会うのは2年ぶり。仕事が忙しくて結婚式に行けなかったので、そのことが申し訳なくて、ずっと心にひっかかっていたのです。私があくせく働いてるうちに、彼女は結婚出産、更に実のお母さんはガンで亡くなり、お兄さんがバツイチの三人の子連れ看護婦と出来ちゃった結婚するなど、様々な人生経験を積んだようで、元々大人っぽい雰囲気だったけど、すっかり主婦顔が板についた感じでした。そんな彼女を見て、私はまだまだお子ちゃまなんだと思ってしまった。福岡~出雲は、JAC(ジャパンアクションクラブかと思った…と彼女の旦那さんが連呼していた)で、たったの55分程度一日2便しか運行していない小さなプロペラ機に脚立のような階段で機内に乗り込みました。天候が悪く、外を見ても雲だらけ。早朝の便だったので、すぐに眠くなり気がつくと出雲でした。で、空港まで友達が車で迎えにきてくれていました。出産したというのに、彼女は学生の頃と外見は全く変化なし。でも、本人曰く「出産して、抜け毛がひどくて以前よりも体力もなくなったよ。見た目では判らないだろうけど、お腹だってたるんでブヨブヨだよ」と話していました。で、海沿い?を車で走らせながら松江城までドライブ。あとから聞いたら、海じゃなくて宍道湖というとてつもなく大きな湖でしたいやー、あまりにも大きくて海かと思ったよ…だってボートなんかじゃなくて、漁船が浮かんでるし。びっくりです。で、松江城到着。私のたっての希望で、松江城のお堀の周りを流れる川を一周する堀川めぐりをしました。船頭さんのガイド付きで、コタツに足を突っ込んだまま武家屋敷などを眺めることができました。いくつもの橋の下を船でくぐるのですが、中には船が通過できるギリギリの高さしかない低い橋もあり、その際は船の屋根を低めにしなければ橋を通過できないので、頭を下げないといけないんだけど、なかかなか面白かったです↓武家屋敷。小泉八雲の資料館などもありました。松江城ですが、お茶を愛する松平不昧公で有名だそうで、春にはお茶会が催されるのだとか。松江の印象は、静かなたたずまいの町並みで、本当に上品静寂なうちの美といった感じでしょうか。都会のように大きなビルもなければ、デパートもなかったけれど、何でもありの大都会よりもずっと洗練されていることにかえって圧倒されました。彼女は「お買い物がつまらない」と嘆いていましたが、福岡という、ちょっとした都会で育った私は、なんだか自分が華美な野蛮人に思えてきた次第ですお城ももちろん、こじんまりとして上品なお城でした。最上階までのぼりと、松江市内と宍道湖が一望できます。その後、彼女の案内でみな美という料亭へお食事鯛めしで有名なお店らしい。彼女はここで結納したのだと語ってくれました。食事まで上品でつつましい。さっぱりしたお茶漬けで、自分でトッピングしながらお茶漬けにしました。味は全く異なるが原理的には、ひつまぶしのようなもの。これは銀座にも支店があるということなので、彼と食べに行きたいな~と思いました。その後、また彼女の車でドライブ。松江唯一のデパートという一畑デパートをブラブラ。どうやら松江は一畑グループが仕切っているようで、デパートも交通も彼女が式を挙げたホテルも一畑でした。ドライブ途中に見る家々は、どの家も風避けのため二階建ての家の屋根までの高さもある松が壁のように植えられていて、他の地域では見られない風景が続きました。ここはやはり山陰なんだな~と思いながら、出雲大社へ。出雲大社のそばには、あの竹内まりやの実家もありました。ファンの私はもちろん写真に撮りましたこんな何もない田舎からあの竹内まりやが世に出たのかと思うとなんだか不思議な気がしますが、一方で、このような神聖な場で生まれ育ったからこそ、何かのインスピレーションが与えられたのかも知れません。竹内まりやの他にも、出雲大社には思い入れがあるのです。両親が新婚旅行で行ったというので、一度行ってみたかったんです。で、出雲大社。んー、実はあまり感動しなかったです伊勢神宮のお膝元で二年間暮らした私には、なんだか物足りないように感じました。。。建物も自体にあまり荘厳さを感じないというか。鉄筋なのかな、あれは。なんだかなぁ…しかしながら、縄が大きくてすごかった。縁結びの神様ということで、縄に賽銭を投げつけて、縄と縄の間に挟まると願いが叶うのだとか。もうすぐ彼と一緒に生活を始める私としては、何としてでも小銭を挟まなければ~と思い必死になって上に小銭を投げ込みました。しかし、なかなか挟まらない三回目で、成功周りにいた観光客の人々も拍手してくださいました。たったの3回で挟まるはんて、滅多にないことなのだとか。その後、ジャスコでお買い物をし、車を1時間ほど走らせ山や谷を越え、彼女の自宅へ。私が今まで訪れた数々の田舎の中でも一、二位を争う田舎でした。だって、隣の家が見えないし、道路が舗装されてないし、山なんだもん。しかし、すごい豪邸。旦那さんのご両親と同居ということで、お姑さん、お舅さんに温かく出迎えていただきました。でも、お義母さんと呼ぶよりもおばあちゃん??って感じ。彼女の旦那さんは、彼女よりも9歳も年上なので、お姑さんの年齢も我々の親世代よりも必然的にぐっと上なんですね。私の彼は5歳も年下なので、当然、お義母さんも若い。彼女のお姑さんと私のお姑さんでは、随分違うな~と思いました。すごーく優しいご両親で、彼女の子供の面倒も見てくれて、料理も全部お姑さんが用意してくださるということで、彼女は何もしなくて良いらしい。うらやましいですなぁ。彼女の旦那さんも面白くて優しい人で、どんな人だろう?と心配していただけに安心しました。わざわざ私のために、市場に蟹を買いに行ってくださって、夜は鍋パーティーとなりました。肝心の赤ちゃんですが、なかなか可愛かったです。男の赤ちゃんを抱くのは初めてだったけど、写真で見るよりも実物のほうが可愛かった。わりと愛嬌の良い子のように思えました。そんなに手のかからない育てやすい子なんだろうけど、やっぱり子育ては大変ですね。旦那さんは、仕事から帰るとすぐに赤ちゃんをお風呂に入れて、夫婦で交代で赤ちゃんの面倒を見ていました。ご飯を食べてる途中でも泣き出したら、面倒を見なければならない…ご飯もゆっくり食べられない。大変ですね。彼女の家には、ご両親もいるし旦那様も遅くても9時には帰宅してみんなで協力して子供を養育できるので恵まれているように思えます。両親と遠く離れて暮らし、誰からの協力も得られずに、毎晩、帰宅の遅い彼と暮らすであろう私にはとてもじゃないけど、子育ては無理だな~と思いました。その後、夜まで結婚式のビデオを見たり、新婚旅行の思い出話しや、出産秘話を聞いたり、福祉について語ったりしました。翌日は朝の9時に起床し、もう旦那さんは仕事に行っていて、いませんでした。すみません、お礼も言わずに本当に色々とお世話になり、手土産(地元で話題のおたまはんという卵かけご飯用の醤油とたまご)まで頂き、感謝の気持ちでいっぱいです。翌日は、彼女のお舅さんが経営にたずさわっている自然食のお店で御膳をご馳走になりました。京都の料亭で修行された方の料理だとかで、あっさりした田舎料理でした。美味しかった。食べてる途中、赤ちゃんはすやすや寝ていたのですが、帰る間際にぐずりだしました私があやしても全く泣き止まないけど、友人が抱きかかえるとピタリと泣き止みました。母親ってすごいそして、友達が乳房を私の前でポロンと出しおもむろに授乳しはじめました。なんか見てる私が恥ずかしくなりました。乳首まで見えてるんだけど…同性とは言え、友人の胸を見るなんて、目のやり場に困ってしまいます。しかし、子供を育てるために恥ずかしいなんて言ってられないのでしょう。というか、出産経験済みの女性はやはり強いですね。で、あっという間に飛行機の時間空港までドライブ。途中、お土産用に若草という和菓子を購入。また赤ちゃんが大きくなったら会おうね!と言ってお別れしました。学生の頃とは異なり成長した幸せそうな彼女や、温かいご家族、そして松江の上品な街なみを体感でき、感慨深い小旅行となりました。
February 27, 2006
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