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大阪には、四天王寺というお寺がある。「聖徳太子が建てた寺」ということで、極めて古い時期の建立の寺である。伽藍配置は、塔と金堂と講堂が南北軸に一直線という特徴的な配置になっている。先日、大阪市内を、旧淀川の八軒家の船着場付近から、この四天王寺まで、南北に歩いたのだが、四天王寺に着いたころは、ちょうど、万灯供養の最中で、たくさんの人々が、濛々とかつ明々と燃え盛る多くのロウソクと煙につつまれながら、参拝に、そして、縁日に、集まって、たいそうな賑わいであった。それからしばらくして、今度は、夕暮れ時に訪れた。この四天王寺は、この夕暮れ・夕陽と縁の深い寺であり、また、夕陽との関係については、とても具体的な必然性があるのであった。 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・大阪という街の範囲は時代により、大分と変遷があり、「まとまった一つの大きな都市」となるのは、伏見桃山末期から江戸期のようなのだが、 (それでも、今の市域よりは、ずいぶん狭い)それより前から、それこそ、この四天王寺が建てられ、また、難波宮が造営されたころから、「歴史」(人の営み)は積み重ねられており、「歴史の舞台」にそこここがなっているようだ。そうした「都市以前」の大坂(大坂とすら、当時は言わなかったようだ)は主に、「上町台地」という南北に伸びる断層崖の上を舞台としており、難波宮も、この四天王寺もこの上にある。 (ちなみに、ぐっと後世の、石山本願寺も、大坂城も、この上に建てられる)淀川などによる京へつながる水運と、港湾、そして、上町台地を軸とする陸、これらが、中世大坂の主軸であったようだ。(前二者は、江戸期にあっても、大きな特徴であった。 ただ江戸期については、大坂は「固定資産税特区」であるととも、米本位制経済での米相場所在地 という、極めて「官製」の庇護を受けていたことも、発展の要因のようだが。)とまあ、聞きかじりの薀蓄(↑かなり雑な総括なのでホンマの学術的な検証は皆さんなされたく…)はともかく…。上町台地の北端は、旧の淀川(今の大川)に接しており、奈良・和歌山・熊野へと向かうための南北の交通路(要するに「みち」)が、上町台地の上(または、西側=当時の海岸縁)を通っていたようだ。大阪市内での「熊野街道」のルートは諸説あるものの(そもそも、ずっと同じルートというワケでもないだろうし)上町台地の南端部近く、四天王寺を通っていたであろうことは、大体間違いないようだ。そもそも「要所」をわざわざはずすこともないはずだろうし。と、四天王寺に話がやっと戻ってきたが、この四天王寺、通常の古代の寺院同様、南大門が正門で、南面して、上に述べた伽藍配置がなされているだが、西側の門(西門=さいもん と読む)の前に鳥居があり、ここが「極楽浄土の東門」とされている。これは、どうも、平安末期の「浄土信仰」(=西が極楽浄土である)の流行から、そのようになったようで、実に、この上町台地の西側の崖、一連が、「夕陽(極楽浄土)」を拝み眺める「絶景」の場所とされ(夕陽丘という地名も残る)、その「尖端」に建つ四天王寺、それも、西に向かう「西門」は、その「要」として、まさに、象徴的な場所であったろう。 ただ、今、普通に西門から「外」を見れば、谷町筋という南北の大幹線街路に面し、その下には地下鉄が走り、谷町筋を少し南に下れば、交通ターミナルである天王寺駅・阿部野橋、また、西を見渡しても、奈良街道という東西の大幹線が伸び、車の往来の喧騒と排気ガスはまさ「大阪」。向かいは、天王寺動物園・さらに向こうは高層ビルやら、雑居ビルやらがゴチャゴチャ…。どう考えても「極楽浄土の東門(=ここより西側は極楽浄土(死の世界とも言える))」とは思えない、極めて現世的な、まとまりの無い風景、それが今の風景のように見える。しかし、ここは、まさに上町台地の南西端、したがって、断層崖から、西を見晴らし、夕陽が荘厳に沈むのが、ありありと鳥居から見える…そんな場所だった。初期には、まさに、崖(坂)を降りたら(この坂が「逢坂」!)、すぐ波打ち際。少し時代が下ってからでも、奈良街道が海辺の方へ降りていくのを見送る場所(合邦辻 閻魔堂もすぐ先にある)。そんな、「尖端」にあたる場所だった。そう思って、再度、「西門」に立って、西を眺めると、なるほど、本当に、グッと、地形は西に向いて下がっていて、今は海も見えないが、「きっと、この先に見えたはず」と思いながら、夕陽が沈む様を想像すると、そして、餓死・病死・飢饉などの「死」とすぐ隣り合わせだった過去の人々が、また、「都市」「住居」に必ずしも守られない、「剥き出し」の生活をしていた過去の人々が、畏れ、すがりつき、拝み、そして、自然に対してひれ伏さずにはおれない荘厳さと、「尖端」つまり、「荒ぶる自然」に突き出される場所 として、寺院を建立せずにはおられなかった気持ちが、少し伝わってくるような気がした。 (正規の「縁起」では、聖徳太子が、仏教を報じて物部氏と戦った折の戦勝祈願の成就として 建てたとのことだが、 そしてまた一説には、「外国への窓口」を意味する港湾の突端に荘厳な施設を建てたとも言われるが、 いずれにせよ、「信仰」さらには「民間信仰」を集め続けたからこそ、 今まで、しっかりと続いているのであり、そして、なにやら、この「尖端」に建つ寺院と鳥居が、圧倒的な「結界」にも思えてくる。自然への「畏れ」そして、自らや命の「はかなさ」について、都市・施設・組織などの「シェルター」を脱いだ「裸」の存在として想像したときに、「尖端」に建つ、そして「尖端」を守る寺院、そして、「尖端」に寺を建て、拝まずには居れなかった、昔の人たちの気持ちが判る気がする。大阪に限ったことではないが、多くの都市は、こうした地形に影響され、利用し、歴史を重ね、また、都市を作ってきた。大阪もまた、そうした、「地形の記憶」の上に建っている都市であるのだが、肝心の大阪人が、我々の先祖が、体験し、敬い、感じた、そうした「地形の記憶」「都市の記憶」をどこまで、知り、どこまで、敬意と共感を感じているか?と思うとともに、こうした、歴史が教えてくれる、こうした都市・地形の持つ「可能性」・「選択肢」を知り、共感した上で、「将来の街」をイメージしなくては(そのまま昔通りとは限らないにせよ)都市に住むものとして、とても、もったいない…そう思った。
2004.08.25
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外国の軍隊が、日本にとっては、原因不明のまま、日本人の命や財産を危機にさらしたのに(人に当たらなかったからもう良いじゃないか と言える人は、自分にアタらないところに居る人なので、「アタルまで待てる」かもしれないが)、日本を以前同様飛ぶという(同型機の飛行は見合わせとのこと)。日本の捜査も受け付けないで。(それが協定内容だから仕方ないという意見もあるかもしれないが、じゃ、その協定は日本にとって、不利で問題を含むものということになるのだろう。全部バツ全部マルという議論は置くとして。少なくとも「含む」と…思う。)地元の沖縄県や市が、必死で、アメリカ軍・アメリカ政府に抗議を申し入れているのに、世界規模で軍事的なパートナーまで買って出ようとしている、わが国の政府は、なぜ、ハッキリと、沖縄県をサポートする、いや、沖縄県がオモテに出るまでもなく、国・政府として、問題の所在と、再発防止のための措置を強く・顕に命じないのだろう。それこそ「国政」の仕事のはず(いや「なんにもしてないわけじゃない」というのはそうかもしれない。大体「なんにもしない」ことはないから。しかし、県や市の信頼に応えるほど動いている とは、思えない。)同型機の使用は見合わせ、それ以外は使用開始 ということは、整備不良でも(機種によらず総点検が必要)、操縦ミスでもなく(操縦マニュアル・訓練などが必要)、その機種の特定の設計ミスまたは製造ミスがハッキリしたということなのだろう。本当に? いやいや、アメリカ軍を信頼してもらうしかないですなぁ…って、ハイ、よくわかりました。とはならないだろう。政治を預かる者として。だから、知事も市長も抗議してる。それは「左翼右翼」とか、「支持政党」とか、そんなもんじゃない、それなりに「命」を預かる立場に人間のしていること、根源的なものと思う。また、沖縄は、日本政府をアテには出来ないのか?(現実には、この数日間、もう墜落してないからイイヤ って、東京都でも言えるだろうか? せめて、基地内と訓練地域のみ(かつ日本の人命も財産も無いところ)の飛行に限っているのか?)PSちなみに、レッテルを貼って、思考停止した上で、タタくのが流行のようだが、こういう「国家主権」を唱えたら、右翼になるのか?それとも左翼になるのか? な・・・?先の段落の「軍事的パートナー」うんぬん が「色分け」の対象になるのなら、一旦その項は、置いてお読み下さい。昔の人みたいに、左翼右翼って、よく判りません。えーと、原発怖がったり遺伝子組み換え食品の安全管理を疑ったら左翼やったけ?オリンピックでニッポン応援したら右翼?!でも、「人の命」の問題をそんなレッテル遊びのネタにはしないで下さい・・・。 自分のアタマの上を、ひっきりなしに…なのですから。 これがイラクで起こったやったら、「やむをえない犠牲」「感傷主義」「理想主義」とか言う人も居るかもしれないですが、日本で、沖縄で…。以前、ヤマトで母子が米軍機の墜落に巻き込まれて死んだときは、この国はものすごく悲しんで問題にしたのに、この国は一体どうなっているのでしょう?政府も「?」やけど、その政府に皆が「なんとかしたれや!」ってことにならへん、この国って? 「愛国」がとても高まってるように見えるのに。 東京や大阪と、沖縄では、人の命の重さが違うっていうこと?「イラクと日本では命の重さは違う…」ように?そう、イデオロギーとか、政治体制とか、そういう問題以前の大事で基本的なことだと思います。人の命の重さ というのは、感傷でも理想でもなく、たとえば今回のようなときに、「アタマの上を、戦闘機が飛んでいる(突如落ちてくるかもしれず、落ちてもイマイチ動じてないようなモノが飛んでくる)」 という状態が、「自分のこと」 としたら、どう思い、どう求めるか? ということだと思います。僕自身は、そういう命の重さは世界中で最重視されるべきもの、という「考え」です。それを左翼と(なぜ共産主義になるのか全く判りませんが)いうレッテル貼りで、思考が停止するなら、一旦それはおきましょう。今も沖縄の人のアタマの上を「アレ」が飛んでるときに、そんなこと言ってる場合じゃありません。仮に「日本だけでいいだろう」と思っておられる方でも、今回の沖縄の件については、問題を共有できるだろうと思います。「ヤマトだけでいいだろう」と思われる方は… 少なくとも沖縄や基地の近くに住んで無い方なのでしょうが… 友達も知人も… すみません、その場合は、言葉がみつかりません。
2004.08.20
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近鉄劇場・小劇場が閉鎖してから、大阪で「演劇をやってる所」というものが失われてしまった。もちろん、実際には、場所を変えて多くの劇団は、上演活動を続けてはいるのだが、「小屋」「場所」の大切さ、そして、失うことの大きさを思い知らされたのは、加藤健一事務所大阪公演「コミック・ポテンシャル」だった。場所は、大阪市内(近鉄劇場のあった上本町)から電車で13分かからないほどの隣接市「八尾(やお)」の公営ホール「プリズムホール」の小ホール。390人ほどのホールである。八尾市が運営するこのホール、ただ場所を貸しただけでなく、今回、八尾市が招聘もしたそうで、もし八尾市がが今回、加藤健一事務所を招聘しなかったら、「コミック・ポテンシャル」は、大阪では上演されなかったことになる。 (もし、「取り合い」になったのなら、また別だが)大阪は、阪神優勝の前の今から3年前の近鉄優勝フィーバー(優勝間際には太田知事が球場にも出向いてファンを名乗った)と今回の売却に対する反応(在阪の1企業も買取や募金すら呼びかけもしない)を見ても判るように、案外、保守的で弱ってるもの危ないものを助けたり金を出すことは余り好まず、長いものに巻かれて、諦めもよく、勝ち組にのるのが好き…という面がある。 (まあ、日本中ほぼどこでもかもしれないが、大阪は、イメージとのギャップがひどいという意味で)そんなワケで、大阪では、演劇にせよ、クラシックにせよ、「大阪公演があるか?」ということは、かなり、薄氷を踏む思いで見つめないといけないということになる。その意味で、先日の松下電器株式会社が主催・スポンサーとなった「子供のためのシェイクスピア」の大阪公演は、いくら感謝・賞賛しても、しすぎることはないだろう。演劇では、今まで「近鉄劇場」が、大きな役割を果たしており、”一年を通じて””高い水準の””バラエティに富む”演劇を上演しつづけてきており、まさに「演劇を見る場所」になっていた。加藤健一事務所ももう少なくともこの20年近くは、この小劇場を「常打ち小屋」としており、この「場所」に「思い出」を持つ客も決して少なくない。野田秀樹、キャラメルボックス、そして、より大衆演劇まで、今にしておもえば、ほぼ「ずっと」やっていたことは、驚異であり、関係者のセンスと能力と根気の蓄積は、とてつもないものだったようだ。そして、水準に応じて、「客」が入る場所 であるということも、とても大事なこと。それを実現していたのである。これは、単なるハコモノ管理、または、「貸し館」では、ありえないことである。単なる「貸し館」では、たとえば、・1年前でないと場所が押さえられない。・演目や、年間を通じた演者・興行内容に、コンセプトや色を出せない。・宣伝が重点化できない。・「いつもここ」という場所に、演者にとっても、客にとってもならない(予約とれなかったらダメだから)そして、・マネージメント付きのところしか、借りられない。と、実は、「劇場の運営」と「会館の管理」とは、全く異なる(前者は後者を含むが)行為なのである。八尾市、このオリンピックでは、柔道の野村、卓球の福原を始め11人のオリンピック選手をサポートする子供服トップメーカー「ミキハウス」のある街である。(100人もの運動選手を社員にしたりして支援してるそうで、大半は無名選手またはマイナー競技(有名なのは2人位?)とのことで、「勝ち組乗り」では無いこうした企業もあることは協調しておきたい。この企業そのものの事はよく知らないが。)また「久宝寺寺内町」の歴史を汲む街である。(故横山やすしさんが、セスナを飛ばしてたのは、ここの八尾空港からである。)そして、このプリズムホールは、近鉄八尾駅前徒歩3分程度の場所にあり、ほぼ各市町村にある市営ホールの中でも、かなり活発&意欲的に活動を続けているホールである。八尾市のとりくみは、まちづくりも含めて、かなり、高い水準にあるものだと思うし、このホールの活動の活発さも、そうした基礎に根ざすものであろう。ただ、残念なことなのだが、今回、加藤健一事務所が大阪で行った、たった2回(2夜)の公演の初日は、20年近く、この劇団を見続けている僕としては、信じられないほどの不入りであった。今までは、大体「"金"夜・"土"昼&夜・"日"昼」の4回公演を打っていたのにである。多分4割程度の入り、150人も入ってなかったのではないだろうか。芝居は、珍しく、加藤健一自身の演出だったが、「ロボット」マイムも使う、写実劇としては、極めて冒険的な試みながら、(「瞬き」「各関節・筋肉の停止」「逆回し」など、VTRならどうということない、ひとつひとつが、ものすごい苦労のはずである。 また、様式化された「マイム劇」(昔の惑星ピスタチオのように)なら、 「様式」として「ロボットらしさ」で客も納得するところだが、 「人間とロボットが実際に接して違和感や親しみを抱く」という状況を客に共感させるまでに至らないといけない。 さらには、「ロボット的なロボット」と「人間的なロボット」「人間的になっていくロボット」まで、演じて初めて成立する劇!)俳優の身体のすみずみまで、コントロールされ、意図の徹底した演技を基礎に、一見奇想天外な「近未来ロボットもの」でありながら、ロボットを扱うことにより、むしろ「人間」を純粋に見つめる という素晴らしい舞台が展開した。もちろん、題名どおり「喜劇」であり、笑えるところ、ほほえんでしまうところも、多くあり、軽快なテンポで2時間半はあっというまだった。ロボット("アクトロイド")の女性が、人間に恋をする というある意味SFではありふれたような設定から、とても細やかな愛情・恋に対する恐れとときめき、自我の目覚めなど、人間そのものをやさしく見つめる舞台となっていた。最後の「オチ」は、名脚本家エイクボーンならではの「キメ」であった。さらに、もしかしたら、サービスかもしれないが、エンディングの、ロボットマイムの役者が総出(それだけ出演の役者含む)での「群舞」というか、スピード感あふれる、ダンシングシーンは圧巻であり、その中で、ひときわ、ふっきれたような満面の笑顔で、身体を自由自在に弾けさせる主演の加藤忍は、これまで、それこそ「若い頃」から見てきた僕のとっても、とても印象的であった。本編でのセリフ・演技も、情感にあふれ、目頭が熱くなるものであったのだが、それとはまた別の面で「きっちり、演技する」という特徴を持つ彼女が思わず「ふっきれた」楽しそうな面を(もうセリフも無いし・ドラマは終わった後であるし)見せてもらえたのは、一日の疲れをふきとばしてくれたように思う。今でもあの笑顔と、全く、矛盾なく一致する肢体のリズムあふれる動き・踊りのスピード感は、思い浮かぶ。実際には、「自由に」「気楽に」あの集団の、複雑なダンスがキマるハズもなく、それらも、含めて、プロの仕事なのだが、そのプロのレベルでの、プロを突き詰めた者にのみ許される「楽しみ」「開放」を見た思いがした。そしてまた、「ああ、この人は、本当に、芝居が、舞台が、そして、言葉と身体で演じることを愛しているなあ」とそう、素直に実感できる舞台であった。これほどの舞台を100人になるかならないかのガラガラの劇場で演じる者はモチベーションを高めるのにいかばかりであったろうか?東京では連日公演しても、SOLDOUTクラスなのに…。客は、客席の照明が暗転したら、あとは舞台だけ見ればよいが、役者からは、客席が見える…のだから。しかも、駆け出しの小劇団の不条理劇でも、実験劇でもない、トレーニング・演出・演技・役者・舞台美術・音楽・照明、それに脚本、全てが高水準の(好き嫌いはあるだろうが)これほどの公演が…。八尾市の努力に感謝しつつ、「近鉄劇場」時代との差を考えると、・永年やってきた場所と異なる・毎回、演じる場所が異なる(または大阪公演が無い)・ずっと、芝居をやってるところ ではない・宣伝効果としても、クラシックファンや、ジャズファンや、ファミリーコンサートファンに、演劇の催しを案内することになるまた、・「次回もココ!!」と言えない(多分、次回は、八尾市は招聘しないのかもしれない)ということは、実はかなり大きいと思う。そして、もしかしたら、・大阪市内でないことも、やはり、有利には決して働かないだろう。プラス30分でよい場所ではあるのだが。とはいえ、八尾のこのホールが、「高水準の演劇をいつも呼んでくれるところ」となったら、この場所の不利さは、「習慣」の問題程度でおさまるとは思うが(今のところ「心理的」には遠い)。大阪市内にせよ、周辺市町にせよ、大小の新しいホールはたくさんある。また、文化一般に限らない「女性」「勤労・労働」などを冠したものを含めるとさらに多い。しかし、大半は、「貸し館」であり、また、主催にせよ「偏りなく」ということになる(まあ、それすら出来るところは少ないのだが)。1つしかなければ、偏りなく、色づけなく、というのは、やむをえないだろうが、数多くあるホールが、それぞれ、「得意」な分野(スタッフを雇い入れる段階で決まる)を設定して、伸ばすことで、どれだけの文化的な「豊饒」が得られるか、その可能性に、ホール運営関係者(というか、行政)は、気づいてほしい。逆に言えば、今、「殺そう」としてる「可能性」について…。近鉄劇場は、決して、設備が、群を抜いて、高水準でもなければ、建物が「近代的」でもなかった。 (なにしろ、映画館を改造して使ってたので、とうとう構造上問題が出たから…というのがオモテ向きの閉鎖の理由なくらいなので。 (本当かもしれないけど。いずれにせよ古い建物だったようだ。)しかし、それが失われたときに、数あまたあるホール・運営者のどれもが、その「後継者」となりえていない、今の大阪の状況を、振り返っても良い時期に来ていると思う。八尾市さんが、今回招聘していただいたことに敬意と感謝を表しつつ、今後、どのような「継続性」を、加藤健一事務所および、演劇上演に対して示していかれるか?そして、今回の不入りの(2日目の金曜は大分入ったようだが)改善点をどう見るか? (もちろん、ゆず や B'z なら、どんなやり方しても、「入る」のだが、そうじゃなくって…)そうしたことを、せっかくの意欲を持ってとりくまれたのだから、ぜひ、伸ばして行っていただきたい。「上司」の中には、 「++君が良いと言ってたカトケンだが、不入りじゃないか! 行政はこれからは実績評価だ! だから、もうカトケンはだめだ! 民間を見習え!」と、民間の近鉄や松下がこれまでやってきた(やってる)文化事業のことも知らずにうそぶく優等生役人もおられるかもしれないが(居なかったらごめんなさい)、ぜひ、「興行」としてのノウハウと企画を補強して、「プロダクション」として育っていかれることを切に願う。あと、大阪市内のホールの人たち、「貸し館」「団体対応」以外にも、横で役割分担したら、イロイロできることありますよ!あと、「大阪好きやねん」とか言ってる企業・行政のかたがた、「出来ること」はたくさんありますよ!と、最後に激励or懇願しておきたい。
2004.08.19
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