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いよいよ、寒くなってきました。庭の柿の木も葉っぱがだいぶ落ちて 実も熟してきたみたい。そろそろ 収穫期です。今週中には採ったほうがいいですね。これは、渋柿なので、収穫後渋抜きの作業が必要です。これがまた大変なんだなあ。 きのう、推手の練習に花巻まで行ってきました。午後2時間だけの講習会だったのですが、最近太極拳の講習会が押せ押せ状態でもともと疲れていたのか、家にもどったらもうすっかり疲労困憊で、夕食終えて身動きならず、そのまま台所のテーブルにつっぷして寝てしまった。(@ ̄ρ ̄@) zzzzそのうたたねがよくなかったのですね。その後 布団にもぐって寝たのですが、朝起きたらのどがどうも変。むずむずというか イガイガというか、風邪の引き始めみたいです。もう、無理しないであったかくして これ以上悪化しないよう 気をつけなくちゃ。。。。日本武術太極拳連盟では―――ですが、三段受験は、1次試験2次試験と 試験が2段階になっています。その一次試験は推手なので、初段から2段あたりになって 3段試験も受けよう!という野望を持つ人たちは推手も学ぶのです。太極拳は一人で決まった型を演武しますが(套路といいます) 推手は2人組になって、太極拳の動きをします。お互いの力のやり取りをできるかどうか、受信し発信できる身体をつくる。まあ、難しいですよ。とにかく、身体を全部開放して 相手に触れた手の皮膚感覚で相手の身体全部の動きを読み取り、その力を足に落としてまた 自分の手から相手に返す。初心者には、ほとんど超能力の世界です。びゃははは (≧ω≦)b基本的には、生まれたままの人間の身体の設定としては、すべての人が潜在的にできる能力はあるのですが、成長の過程で その感受性や機能を封印しちゃっているのですよね。最初に家庭でしつけられ、学校や会社で組織に適応する術を学びその中で、もともとの動物として生命体としての機能を 失ってしまった。いや、潜在能力としてはあるんですが、完璧にオフラインに設定されちゃっているといえばいいのかな。その機能や能力を取り戻す人は 本当にごくまれな人なんだと思います。まあ、私もその機能をとりもどすべく、じわじわ太極拳を学び続けるつもりです。(2段に受かったですしね、ま、これからはちょっとペースダウンして 表現の方へエネルギー増やさねば、と思ってはいます。(* ̄(エ) ̄*) ポッ)それにしても、推手に行って感じるのは男の人たちの不自由さ!ですよ。女の人もまあ、たいてい自分の殻をまとっていて なかなかリラックスできないのだけれど、男性の硬さはその比じゃないです。もう、上半身ゴッチゴチ。あれだけ硬いと相手の身体の中の微妙な動き 感じられるわけないっす。まあ、やらなきゃないから、一応そんな形を作って ケイ力がつながっただのなんだの言ってるけれど、感じてないよなあ…。いや、前に一人 彼は初心者だったけど、わりとスムーズにこちらの脱力に合わせることできた人がいたな。私が知ってる限り、肩の力を抜くことができた男性は彼だけでした。だから 皆無じゃないけれど、ほとんどの男性は目いっぱい力をこめて 肩をいからせて 自分を固めて生きているように見えます。女性は相方さんとけんかして 男は人の気持ちわからない!って思うことあるんだろうけれど、あんな身体をしていたら 相手の気持ち感じるなんて無理です。だいたいの人が自分の気持ちさえわかってあげてないんだものね。まあ、そんなことも交えて、また太極拳やら あれこれやらについて書いてゆこうと思っています。
2014年10月29日
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はい、このでっかいサツマイモ様の物体。いったい何かおわかりだろうか?実はね、ヤーコンなのです。この3本で200円でした。いやあ、あまりの安さにびっくりして 思わず買っちゃいましたよぉ。昨日は、恒例の太極拳の一日講習会で北上まで出かけていたのです。わが町から北上市までは 車でノンストップで走れば50分くらい。その途中にある北上市の産直で売ってました。去年までは、当地の産直でもヤーコン出ていたのですが、今年は見ないな。おまけにこんなに大きいのこちらでは見たことないぞ。私はヤーコンはサラダにして食べますが、さてさてこの大きさで味の方はどうだろう?楽しみなような、怖いような。(^▽^笑)さて、太極拳ですが 実は去年の暮れの検定試験で2段に合格し、今年から3段を目指す人たちのグループに入って練習を続けています。一昨年の12月 満を持して受けた 2段試験を見事におっこちまして_(_”_;)_バタッまあ 普段の練習レベルとしては合格ラインまで届いていたと思うんだけど、精神的にね~、緊張しすぎて試験の実技で失敗してしまったんでした。落っこちてあたりまえの套路をやっちゃった。落ち込みながらも また1年コツコツ練習を続けて、去年はちゃんと合格しましたよ。めでたしめでたし。今は上級者のメンバーに交じって ちゃんと岩手県連の先生方の指導にもついていってます。外側を直されることより、身体の中での動きを要求されることが多く、難解ですが、そこが太極拳の醍醐味、面白さでもありますね。でね、これが面白いのですが、身体の中の動きって、人によってできる人と絶対わからない人といるのですよね。それが、どうもその人の自分自身の理解度、潜在意識のどこまで理解を深めているかに相対しているみたいなのです。身体の開放は精神の開放でもあるし、逆もまた真なり。いろいろなことが重なって見えてきて、太極拳もまた深く面白いです。
2014年10月27日
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秋も深まって 庭のブルーベリーがきれいに紅葉しています。あと、もみじも赤を越えて 濃いエンジになっています。上のブルーベリー、画像よりもビビッドな赤なんだけど、私の安いデジカメではちゃんと色が出てくれないのです。残念。……(o_ _)o パタッ昨日のことですが、買い物に行こうと家の玄関を出たところで ちょうどやってきた隣町花巻のYさんに会いました。Yさんは 問題の甥っ子の父親の実家の人です。甥っ子が問題の渦中にあり、食うに困っていた時期にもアパートにやってきて食料の差し入れなんかをしてくれていたことを 甥っ子から聞いていました。で、彼女「用事があってこちらに来たので顔を見によってみました」と言うのです。私も甥の件で お礼を言わなくちゃと思っていたところだったので、「お世話になってます。ありがとうございました。」と頭を下げました。でも、ちょっと違った展開が待っていた。(笑)YさんはS学会の人で、考えてみれば 今当地は市議会選挙の真っ最中。党の候補の応援に来ていて、ついでに私のところにも 候補のお勧めにやってきたのだったのです。いやはや。個人宅の訪問って、候補者はだめだったんですっけ?関係者なら、大丈夫なのかな?私は選挙の活動には縁なかったので、そこいらの決め事わかんないな。まあ、それはそれ。彼女と話して 『わあ、私、精神的なブロックずいぶん外れたなあ。物怖じしないなあ。言いたいこと言い放題しちゃってるなあ。』と感じたのでした。普通世間的な会話だと、深いところの自分の実感や本音、相手の事情なんて話さないものですよね。少なくとも私はそんなこと言うべきではないと思っていた。今回は 普通にそのようなこと話せました。相手をまったく知らないのに 名前を聞いただけで入れるってことはできませんしね。こちらに要求するのなら、こちらも遠慮なく聞くべきことを聞く!容赦も配慮もなし!!タイマン覚悟で お勧めに来なさい!であります。最近の私、いよいよ おっかないいじわるおばさんに進化しつつある模様。楽しいですよ。(* ̄∇ ̄*)エヘヘ
2014年10月25日
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秋の庭を彩ってくれたコスモスですが、花も少なくなりそろそろ終わりのようです。もう少ししたら、抜いて片付けしなくちゃね。この種が落ちて、また来年の春 芽を出してくれます。どこからか種が飛んでくるのか、時々去年にはなかった色のコスモスが咲いたりもします。私が管理べたなものですから、植物が好き勝手やってる庭でもあります。(o⌒∇⌒o) さて、今日は母の命日でした。母が亡くなってちょうど20年です。生きていた時もいろいろあったし、母が逝ってからもいろいろありました。うーん、結局 母が死んでも、私は心の中に母を抱え込んでいて、母の娘をやり続けていたんだなあ…とここにきてようやくわかったわけです。母もね、ずいぶん大変な場所を生きた人であったと思います。満たされぬ思いを抱えたまま、それが何であったのかも、わからぬままの一生だったのかな…。人の役目は、きちんと自分を生きることなのじゃないのかな…と思っています。自分が何を思い、何をしたいのか、何を欲しいのかがわかること。私はもうこの年になって、あとどれくらい生きられるのか 何ができるのかわからないけれど、やれることをやってゆかねばね。気を引き締めて。命を引きついだものの役目を果たしたい。自分の全部で生きたいと思っています。さあ、明日からまた頑張ろう。
2014年10月23日
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タビは写真が嫌いです 目線をカメラにむけてくれないのです「写すにゃ~~~ あっち行け~~~ ぷんぷん」(=^_^=)今週末に当市の市議会選挙があるのです。で、朝から晩まで選挙カーが走り回り、我が家は市の中心に近いもので まあ、うるさい。でも、今回はいままでと違って 気にあまりさわってこないなあ…と感じていました。今までだとね、車が来るたびに「うるさい!」とか「迷惑」とか「早く選挙終わってほしい!」とか 思っていたんですけどね。今回はそう思うことがない。あれ?なぜかな?と自分の気持ちを分解してみました。まずね、気づいたのは その宣伝している人たちに興味があることね。まあ、名前を言いながら「ごあいさつに来ました!」とか言ってるんだけど、名前言ってるだけで、票が入るものだろうか?なんて考える。私 ほとんどの議員さん面識ないし、話したこともないし、どんな人柄なのかも知らないし。(2人だけはサークルの活動関連でちょっと知っている)みんなどうやって入れる人決めるんだろう?それから考えたのはこの人たち どうして議員になんてなりたいのかなぁ ってことでした。まあ、言ってることはみな似たりよったり転んだりで 市のため未来のため 頑張ります!!なんていうんだけど、それは本音ではあるめえ。議員報酬が欲しいから?町のお偉いさんの仲間入りしたい?地元の顔役だから、票が入ると見込んだ?でも、共産党の人は信念に基づいて…なのかもしれない。そんなことを考えていると、けっこうおもしろくて 選挙カーも興味深かったりします。この中でどれだけの人が本気で市のため、地元のために自分でやれることをやるんだ!!って意識を持っているのだろうか。人間、行動の根本にある動機が問題だな、と、考えているのです。どんなにうわべを取り繕っても、立派な人間のふりをしていても、その人の中身はいずれ表に漏れ出てくる。言葉やしぐさ 目線、顔の表情 かなりよくわかります。さて、今回辞任に追い込まれた 大臣お二人の件ですが。あの法相の方は、どうでもいいやって感想です。最初からあの場所に行くべき人ではなかったように見える。小渕さんの方ですが、こちらは まだ、自分の仕事に努めようという姿勢がある人のように思えました。誠実な人なんじゃないかな。だいたい 政治家、しかも大臣なんて、スケジュールがぎっしりで朝から晩まで用事が詰まっている仕事でしょう。事務所のお金の管理まで自分でできるわけないです。自分でできないとなると、いかに優秀なスタッフをそろえるか、人間を見る目、配置する能力が必要で、それは政治家として必要な力の一つでしょう。彼女はそこいらができてなかったのね。彼女自身、政治家になるための準備があったのか。覚悟はできていたのか。そもそも なぜ政治家になろうとしたのか。お父さんの弔い合戦、地元の組織が自分たちを守るために適材として彼女を担ぎ上げたという風に見えていました。彼女は いい子、家族や周りに守られて、そしてその世界の中で上手に生きることをやってきた人だったのじゃないかな。政治の中でも、守られてきたように思います。でも、足元が土台が弱かった。小渕さんは、政治家として何がしたかったのかな。子供や未来を守りたいというのなら、根本 これからの日本が人間が何を必要としてゆくのか 考えたことがあるのかな。もしかしたら、党のお偉いさんたちと戦っても自分の言いたいことを言う 気概があったろうか。彼女の問題は今の日本に生きている 私たちの問題でもあると思います。
2014年10月22日
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あまりおいしそうに見えないけど、オートミールのおかゆです昆布と鰹節で出汁を取り、お酒醤油 少量の塩で味付けそこにオートミールを入れて炊いて海苔、ポーチドエッグ、ねぎをトッピングお腹にやさしく おいしいです ブログでも何回か書いたけど、私30代の一時期、料理研究家の丸元淑生さんにはまっていたことがありました。彼の本、レシピは、いかに調理法と材料をえらび よりよい健康と長寿を保つか。ということを教えるものでした。当時の私は、彼の教えに従って 築地まで鰹節を買いに行ったり、せっせとさまざまなもやしを作って食べたりしていたのであります。数年間は教えを真面目に守って、そんな生活していたんじゃないかな?でも結局それ以降は普通の生活に徐々にもどっていってしまったのだけど(* ̄∇ ̄*)エヘヘそれでも、その時に得た知識は今でも役立っています。多層構造鍋の効果的な使い方とか、野菜はゆでるより蒸した方が栄養価は保持され、しかも燃料費もエコだ…とかね。上の写真は オートミールのおかゆですが、これも丸元さんのレシピにあったものです。この頃オートミールは普通のスーパーで売ってなくて それを友達に言ったら、送ってくれた。(tamaさん、多謝です。ぺこ <(_ _)> )ひさしぶりに食べたらなんかとっても 美味しかった♪ネギは青ネギの小口切りのほうがいいんだけど、ま、ありもので間に合わせました。味を薄くして 梅干を落として食べてもいいですよ。ところで、ゆうべなのですが、ニュース番組で 今の子供たちに味覚障害が増えているということを特集していました。どこぞの大学教授の研究なのだそうですが、小学生に味覚のテストをしてみたら、予想以上に味覚障害のある児童が多かったとか。塩味と苦みの区別がつかなとか、酸っぱい味がわからないとかですね。その障害のある子供のパーセンテージは忘れたけれど、今調べたら30~50%くらいの児童は異常の疑いがあるのかな。その味覚障害の原因は、小さいころから加工食品 出来合いの総菜 スナック菓子などの味付けの濃い、食欲を増すものばかりを食べているせいらしいのです。で、ごく普通の味の薄い料理はおいしいと感じられなくなるし、野菜はあまり食べないし、食事をしても満足感が薄く食べ過ぎてしまったり。いずれ肥満やら生活習慣病やら 健康にも問題が出てくるとのことでした。親が きちんと意識をもって食生活を守ってあげないと 子供の未来まで危うくしてしまうということですね。子供は自分で食事管理はできませんからねえ。去年、亡くなってしまったけど、鳥山敏子さんという家族問題を焦点にして教育の現場で活動していた人がいます。私は彼女の本を読んで 深く感じることがあって、彼女のワークショップに出たり講演を聞きにいったりしていた時期がありました。15年前くらいですね。私も自分の身動きの取れなさの根本に 解決できていない家族の問題があると、どこかでわかっていたのだと思います。で、講演会で彼女が言った言葉が印象に強く残っています。昔は子供は外でいっぱい遊んでお腹をいつも空かしていた。だから、家にもどって食事は出されたものを食べて お腹がいっぱいになればそれでよかった。今は 子供はお腹がすかないのに時間が来れば食卓について、食べろと言われる。食べたくなくても食べさせられる。そして、食べれば親や周りの大人に褒められる。食べたことを褒められるってみんな気づいてないけれど、これは異常 変なことなんです。今 考えてもそうだよなあ、と納得します。食べるとは人間の根本の欲望の一つです。それを子供が感じる前に 親が管理して食べさせてしまう。子供が自分の感覚を育てる余裕を奪ってしまっているのじゃないのかな?時代的な問題もあるのですけれどね。スーパーやコンビニに行けばおこずかいで買える安価な美味しいお菓子がてんこもりだし親は忙しくて ゆっくり台所で調理している時間がもったいない。買ってきて食卓にぽんぽんと並べる方がすごく簡単。昔の子供みたいに原っぱ駆け回ってお腹ぺこぺこで家にもどって おばあさんが握ってくれた塩のおにぎりがすごくおいしい!!ってことはもうない。どっちが豊かなんだか。そんなこと考えているうちに、ありゃ、食欲だけじゃなくて 幸せに対する感受性も同じことが起きているな、って発見しました。自分の小さい幸せを見つけてじっくり味わっている暇なんてないでしょう?テレビでは あちらこちらに住む幸せな人やらものやらを 次々に見せつけて、きれいになればあなたは幸せ、これを持てばもっと幸せ、手に入れればすんごく幸せ。さあさあ、ワンランク上の幸せ目指して どんどこどんどこがんばりましょう!!ってね。お腹がすいてないのに 食卓に座らされた子供とおんなじなんだな。味付けに騙されて食べさせられるのね。行きつく先は 体力のない生活習慣病かもしれない。中身のない幸せ太りの生活。ご注意あれ。マケルナー (*^_^*)ρシャカシャカ
2014年10月21日
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先日 スーパーに行ったら 捨て売りのつもりなのか、新鮮なきゅうりが10本200円で売られていました。例年の 当地の産直ならごく当たり前の値段なんですが、今年はなんかどこでもきゅうりトマト高かった。で、その安いきゅうりを見て思わず買ってしまったのですが、サラダにするには多すぎる…。そうだ、夏に買った糠漬けの素(1kg)が台所にあったっけ、と思い出して 糠床作って漬けてみました。今は大根ときゅうりを漬けています。最初の何回かは塩味が勝ってあまりおいしくなかったけど、最近まろやかに糠漬け独特の味が出てきて美味です。漬物食べたくなったら 産直の地元のおばさんの漬けたものが買えるからいいや、と思っていたのだけれど自分ちで作る漬物もいいものです。美味しいし、自分好みの塩味にできるし。まあ、糠床は手間がちょっとだけかかるけど、手作りはそういったものですものね。このごろ、あれがしたい、これをしようと思うと前より格段に楽に身体が動くようになってきました。まだまだなんでしょうけれど、もっと自由な自分をめざして じわじわ前進してゆきましょう。C= C= C= C= ┌(;・_・)┘トコトコ
2014年10月20日
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紫ヴィオラまだ頑張って咲いてますよえらいなあ 私は、ずーっと威圧感のあるタイプの人たちが苦手でした。つまり、会社の中におわすお局さまタイプや、地域の集まりに現れるむやみに高飛車に人を指図するおばさまとかですね。まあ、小さい集まりでも絶対そういう人が一人や二人はいるはずです。実力があって、責任感があってやるべきことをやれる人なら 拒否感は起きないのだけど、自分はうまいこと責任からはずれたところに逃げて 人をうまく使おうとする人がけっこう多かったりする。でも、私は小さいころから自分の周りに順応せねばならない、人に逆らうと自分が危ない目にあう…と無意識層に書き込まれてしまっていたらしいのです。小さいころから 基本的に人に逆らわないいい人をやってました。自分の本当の思いより その場の雰囲気とか 強く意見を言う人とかの方を優先していたわけですね。実際は、それをあまりに長くやってきてしまっていたので、自分の本当の気持ちさえわかんなくなってしまっていたところまであったのです。(爆)いや、笑いごとじゃないですよぉ、本当にそんな人が多いんだから!まあ、威圧感のある人への苦手意識というのは、そういった自我の押しの強さでもってこちらに接してくる人への拒否感だったのだと思います。私はいい人や善人の着ぐるみを着て、それを自分の防御壁にして この社会に適応しようとしていた。いい人や善人の私は本心じゃなくて、適応するための作り物の私でした。そして、その着ぐるみを作っていた材料は、他人や世界に対する警戒心、そして怯えでした。ここ数年の自分の内部への旅は その自分の構造を明らかにして、自分を構成しなおすためのものでした。いや、簡単なものではなかったですよ。大変でしたよ。血圧だって高くなっちゃいましたし。(-^〇^-) ハハハハ でも、その着ぐるみ脱いだら、世界が鮮やかに顕れてきました。私の目を曇らせていたメガネや覆面が外れたのだと思います。今、以前とは世界や人が全然違って見えます。支配欲の強い人ほど、実は怯えがすごくあります。怖いから 人に強く出て、人を従わせずにはいられない。そして自分の周りに人を集めて それを自分の生垣、防御壁にしようとするのね。本当は人は怖くないのですよ。自分が怖がっているだけなのです。世界もそう。自分の怯えが世界に映って見えているだけなのです。怖がらなくていいからね。ゆったりと息をして、自分の世界を守ってやってゆきましょう。ね。
2014年10月18日
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市の施設に勤めていた時に同じところで働いていた若い同僚から結婚報告の葉書をもらいました。で、さっそく絵てがみを描いてみた。下描きなしで簡単に描けるし 便利ですね。いいかもしれない♪でもね、つい上手く描いてやろうなんて、色気が入っているかな。職業病かなあ。ま、これはこれでよしとします。<( ̄^ ̄)>
2014年10月17日
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箱があったら入らねばならぬそれがアタシの使命ですにゃ 昨日の話題を引き続き。あの北大生のイスラム国参加希望ニュースを聞いたとき、最初に頭に浮かんだのだMくんのことでした。Mくんは…もう12年前のことになるのかな。友人のYちゃんに頼まれて 高校受験対策に勉強を教えた最初の子です。中二から中三にかけて勉強教えていたんだったけか。家に来て勉強いっしょにしているうちに どんどん成績が上がっていって彼も私も面白かった。あれ?子供に勉強教えるってすごく楽しいかもしれないぞ、と、思うきっかけになった子でした。Mくんは無事に地元の普通高校に入学し、そして卒業して 東京の某運送会社に就職しました。彼はシングルマザーをしていたYちゃんに育てられ、でも、Yちゃんは人を集めるのが好きな人で、彼女の家には友達たちが多く出入りしていた。そんな家で育ったせいか、Mくんは、人に対して物怖じしない鼻っ柱の強いところがありました。あまり、人とかモノとか見えてなかったけど、若い子はまあそんなもんだよね。そんな彼ですが、東京での暮らしに慣れなかったのか、仕事がハードすぎて身体と精神が持たなかったのか、半年で仕事を辞めて自宅にもどってきました。で、時々バイトをしながら 半分ニート生活をしていたんですが。かなり悶々としていたのでしょう。あるとき ちょっと相談があるので話を聞いてもらえないか、と電話がありました。いいよぉ、と、家に呼んだら、「英語を話せるようになりたい。どこかそういう教室あるか?紹介してもらえないか?」ということでした。私は市の仕事をしていた時に、市内の文化運動サークルのまとめ冊子を作ったりしてたので、そういうことには詳しかったのです。でも、なんで英会話?って聞いたら海外行って傭兵になりたい なんて言うのです。(°θ°;) ナニー傭兵になるには、最低の英語くらい使えねば、とういうのが彼の英語勉強の動機でした。まあね、知り合いを通じて情報もらってALTが講師をつとめる格安英会話教室を紹介したのですが、彼 結局続かなかったようですけどね。まあ、そうやっていろいろ悶々時期を1年半くらい過ごした後で 彼はJ隊に入隊して、そのしばらく後でアフリカの某国に派遣され道路工事をやって 無事日本に帰還いたしました。ちょっと パラレルだけど、安全な領域で目的達成できて よかったね♪だったのです。Mくんは もう傭兵になりたいなどと 毛ほども思わないでしょう。海外で兵隊やるということの 実感がわかったはず。でもね、そのMくん 教えてから5年くらい後で、近所の男の子Rくんをまた高校受験対策で3か月ほど教えたのですが。彼はとっても人好きのする明るい子でしたが、学校ではいじめられっ子の場所に置かれているようでした。鬱屈しているところがあった。彼はアニメとマンガが好きで漫画家になるのが夢だったのです。で。そのRくん、日本刀が大好きでいつも刀を描いていました。ノートや教科書の空いているところ、そういう場所に何本も刀を描きこんでいるのです。マンガの主人公は刀を持った少女。それも、Rくんの心理を表しています。攻撃性ですよね。彼は口に出してそうは言わなかったけど、海外に行って傭兵になりたいという希望を持つ 青年たちと同じ領域で生きているのだと思います。Rくんは 高校卒業してから東京のアニメの専門学校に入ったと聞いたけど、それからどうしたのかなあ。今度、おじいさんに会ったら聞いてみようかな。まあね、言いたいことは。あの北大生は別に例外的な存在じゃないよ、ってことです。極端なだけで、同じような心理で生きている青年は日本中にたくさんいる。世界中にもたくさんたくさんいるのでしょう。イスラム国は そういった青年たちには魅力的にうつっているということ。社会のシステムが、この経済優先、優位なものだけが幸せを独占して、敗者はみじめに生きるだけ というようなバカな思い込みで みんなをマインドコントロールしている。そのマインドコントロールでもって 世界経済を回してきた。その裏側でどれだけ 人間が持つ 等しく持っている尊厳を傷つけられてきたことか。あのイスラム国の台頭はそろそろみんな気づけ!!ということを 顕したものと私は考えています。
2014年10月16日
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今年も柿が豊作です。柿は豊作と不作と交互にやってくると聞くのだけれど、なぜかうちの柿の木はだいたい毎年 よく実をつけて不作ということがあまりない。天候が悪い年は少し不作になるのだけれど。頑張り屋さんの柿の木でした。でも、実をたくさんつけすぎて 一個一個が小さいのだった。(-^〇^-) ハハハハ 先日、テレビのニュースを見てたら シリアに行ってイスラム国に就職しようとした20代の青年の様子が映ってました。考えが足りない、の一言なんだけれど。自分では出口のないトラップに入り込んでいて そこからどう抜け出していいのかわからないのだろうなあ…とも思えた。あそこまで極端ではなくても、そんな人多いでしょうね。人間は環境に適応してうまく生きてゆくために、脳内に自分なりの適応ソフトを作り上げ緻密に構築してゆきます。その基本構築は幼児期から家庭内で作られてゆくのですが、家庭内でうまく適応していても、社会に出たときに それでは対応しきれない種々の問題や困難や軋轢が押し寄せて、不適応が起きたりする。あの青年のインタビューに答える様子を見ていたら、ぼかしが入っていて表情はわからなかったんだけど、声も言葉も硬くて、誰も入ってくるな!って気持ちが出ていました。それでも、人から称賛されたり褒められたり認められたいって 気持ちは大きいかも。昨日 無限さんの記事にもあったけれど、(無断引用ご容赦あれ)頭と身体が乖離しちゃっているのね。頭の中で自分の材料で生きてしまっているから、現実の人間たちとか状況が見えない。どちらかというと、無意識に周りの人間や状況が自分を尊重し丁寧に扱うべきである、と 思ってしまっている。子供のまま、成長できていないのだけれど、自分でそれがわかっていない。この頃 私は人間ってのは本当に矛盾を生きる存在なのだ、としみじみ思っています。人に大事にされたかったら、自分を大事にしなければいけない。人に理解されたかったら、まずは自分で自分を心底理解すること。本当に人に信頼されるためには、人に信頼されたい人気者でありたいなんて、気持ちは捨てて、できうる力の限り自分の本分で生きて責任をはたすこと。こんなこと、頭で考えていたって何にもなりゃしないんですけどね。私は頭で生きてきてしまったので、頭で理解しないとわかんなかった。(爆)世の中で、考えずに黙々と仕事を果たして誠実に生きている人たちが主役です。それがわかっている人たちが増えてくれるといいけどなあ。そうしたら、この日本の潜在的な豊かさがみんなに理解できるし、風通しももっとよくなると思うのですがね。
2014年10月15日
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台風一過の今の岩手の空です朝方風が強かったけど、思ったより大変じゃなかった皆様のところはいかがだったでしょうか被害など出ていませんように おとといは絵手紙教室に出て、昨日は台風の雨のせいで 2日間ウォーキングを休みました。めどとして、一週間でパワーウォーク60分を目標としています。だいたい一週間で4日歩けばいいくらいなので、2日の休みもまあ許容範囲なのでした。で、ウォーキングなのですが、続けているうちに気づいたことがいくつもあります。その一つが犬は人間の感情を読んでいるな、ということなのでした。道を歩いていると 昔よりは少ないけれど家の要所につながれた番犬らしい犬さんも 時たまいるのです。そういう犬は見慣れない人間に吠え掛かるのが仕事です。で、σ( ̄▽ ̄)も吠えられたりします。(笑)そんな時にね、びっくりしてただ逃げたり足早に通り過ぎたりすると たぶん次回もここぞと吠えかけられる。某所の犬に最初に吠えられた時に、驚いたけど 次に息を吐いて肩の力を抜き、丹田に気を集めて落ち着いてから その犬に声をかけてみました。「ほ~い、わんちゃ~ん」とか、言って。そうしたら犬さん こっちをにらんでいた目をそらして そっぽを向いてあっちに行ってしまった。(o⌒∇⌒o) ケラケラあ、こいつこっちの状態読んだな?と思いました。犬は敏感なのね。家の庭に出ていた白ラブラドールさんにも吠えられたけど、同じことが起きた。次からは吠え掛かってきません。たぶん、犬は臭いで相手の状態を読むのかなあ。敏感ですね。でもね、実は人間も相手の気持ちとか状態を読んでいるようですよ。そのデータは無意識で読み取って無意識で処理されているので、表の意識ではわかってないかもしれないけれど。でも、それは実は全体としての好き嫌いの感情として感じられているのかもしれない。武道の達人とか禅を極めている人とかね、そういう人たちは自分の中の筋肉の動き緊張、感情や気持ちの動きまで意識で把握できるのだと思うのです。自分のそれをとらえることができると、相手の内容も読み取れる。昔 剣豪が 対戦相手と立ち会っただけで相手の技量が読み取れたというのは、真実なのだと今はわかります。能力的には、誰もが持っている力なのですけどね。そこに至るまでが、なかなか大変なのでした。
2014年10月14日
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昨日 生まれて初めて絵手紙をつくりました。 我が家の裏はもともと市のひろ~~い駐車場だったのですが、3年前の大震災が起きてから 海岸の家をなくした人たちのための仮設住宅が設置されました。そこに仮設住宅ができてから 3年余りが過ぎ 住む人も2/3くらいに減っているようです。若い人たちはわりと早くに出てゆく傾向にあるようですね。世帯数も大きい仮設住宅なので あれこれのイベントもあるようです。 家の道路を挟んだ向かいに住むTさんはキリスト者で、町にあるプロテスタント教会のメンバーでもあります。この教会で月に一回 仮設住宅の集会室で色々なボランティアイベントを開催しているとのこと。昨日は絵手紙教室が開催されたのでした。でね、たぶん…最近イベントを開催しても なかなか人が集まりづらくなっているようで、参加者の数確保のためなんじゃないかな?と 私はかんぐっているのだけれど(笑)Tさんから、やってみませんか?とお声がかかったのでした。以前から 何かの機会に絵手紙やりません?と誘われたことはあったんだけど、なんかそういったところに出る気持ちがなかった。ん~、自分の立ち位置にこだわってしまっていたのかな?と思う。でも、今回はやってみてもおもしろいかな?って気持ちになったのです。我が家の裏で開催、歩いて2分、近いしね。(笑)で、描いてみましたよ。わかりにくいかもしれないけれど、一枚目はサツマイモと黄色ミニトマト 右の絵はたまねぎです。結論、けっこう楽しかったかもしれない。プレゼントとして、初心者用絵手紙セットの絵の具ももらっちゃったし♪ この絵の具セットをもらって とてもうれしかったのです。 私 生活の中での欲はだいぶなくなってきていると思うけど、画材と筆記道具は いくらでも欲しい!!って気持ちがまだまだ大きいなあ。お返事が必要な手紙に、絵手紙で返事だそうかな?と もくろんでおります。タビの絵を描きたい♪でも、黒しか必要ないぞ。つまんないかな?( ̄-  ̄ ) ンー
2014年10月13日
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先日 食品ストッカーをゴソゴソしてたら、使い残した沖縄黒糖が出てきました。200グラムくらいあるかな。残り物は早めに使い切りたいな、と何に使おうか考えたら、そうだ、パンに使えばいいんだと思いついた。で、いつものレーズンパンに黒糖入れたら黒パンっぽくなった。風味があっておいしいですよ♪最近、またパン焼きに凝っています。マイブームは散発的に繰り返しやってくる。(* ̄(エ) ̄*) ポッホームベーカリーとはいえ、買った食パンよりなんかおいしいんだもん。今使っているのはスーパーブランドの強力粉なんだけれど、最近またパン熱が上がっているので、いろいろ工夫してみようかと思っています。まずはね、今ある強力粉を使い切ったら(まだ1kg袋が2つあるしい) 岩手の地粉を使ってみたい。東日本産業のゆきちからという品種。全粒粉も買っちゃおう。これでパン焼いたらおいしいかな、どうかな。今から楽しみなのです。わくわくわく♪L(@^▽^@)」 ワーイ
2014年10月12日
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近くのスーパーの特売で サンマ一尾45円(税込48円)でした。ここは三陸から近く(車で40~1時間くらい) 季節になるとその朝獲れたばかりの新鮮なサンマが安く市内のスーパーに出回ります。この48円のサンマも刺身用として売られていて、さっと焼いただけで食べられます。おいしいのです。( ̄~ ̄) モグモグ... 昨日の昼、その特売のサンマを買ってきて魚焼き用の電気グリルで焼いたのですが、う~ん、家にはサンマ丸ごとのせることのできるお皿がなかった。まあ、いつも上の画像のちょっと長めのお皿を使っていました。でね、サンマったって秋に何回か食べるだけだし、このお皿で間に合わないなら 二つに切って焼けばいいよね。なんて考えていたのです。長いお皿買ったら食器戸棚に置く場所ないしなあ…ともね。でも、昨日の昼 サンマを焼いて このお皿にのせたら、う~んいまいち!!って 私の中の誰かが言ってきた。せっかくおいしいサンマの塩焼きなんだから、セッテングだって、ちゃんとしたいよね、って。そうだよね。今度 どっかでサンマを一尾ちゃんとのせられる長いお皿買おうと思います。なんか自分のことはあとまわし、ぜいたくは敵だ、みたいな古風な思考が私にははびこっていたんですよねえ。(今もかなり残っているかもしれない)もうちょっと 自分の基本生活を楽しむ工夫をしたいと思うのでした。でも、値段はともかく、その朝獲れた新鮮なサンマをさっと食べられるのは やはり特別なぜいたくのひとつでもありますよね。
2014年10月11日
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さて、初めてPCを買ってインターネットに接続してから、相当の年数がたちました。よく覚えてないけれど、2000年問題が終わってから買うのだ!と決めていた記憶があるので14年ほどになるのかな?私は情報中毒だし、ゲーム中毒の要素もあるので、ネットはすごく楽しいし、そして危ない面もあるのです。いつまでもPCの前に座っていられる……。( o _ _ ) o ドテッ( o _ _ )o ドテッそんな私ですが、8月に突然使用していたWin7のPCが故障してしまい、PCなしの生活がしばらく続いたわけです。まあ、ケータイメールは使えていたし、実は前に使っていたXPのノートもまだ健在なのです。私が使い慣れたお絵かきソフトが、XPしか使えないものでして、いまだにマンガの加工にこれを使っているわけなのです。サポートが終わった今 ネットに接続するのは控えていますが、どうしても情報が必要な時やメールのやりとりが必要なときは 古参PCに おでまし願っていました。でもね、それもあまり必要なくて、あれ?私ネットなくてもそこそこちゃんと生活できるのね~、とか思っていたのだけれど。こうして、ネットに接続できると やっぱりこれは楽しいし便利だあ!バカとはさみは使いよう…じゃないけれど、ネットも使いようですよねぇ。で、最近見つけて ちょっと発見があったyoutubeの動画ですが、あの2011・3月の大震災前後の地震発生の様子を可視化してあります。大地震 本当に誰も気づかなかったの?これを見ると半月前から もうかなり小さい地震が多発していて、3月9日には地震の巣ができつつあることがよくわかる。今は気象庁発表の地震情報も見ることできますし、あれだけ大きい地震の前は前兆の細かい地震も 増加するのだ、とわかっていればしろうとなりに危険の判断もできるんじゃないかと思いました。これを見てから 私は天気予報を見るついでに 24時間の地震発生をチェックする癖がつきましたよ。用心なのだ。
2014年10月10日
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ウォーキング途中 川原で見つけた5つ葉のクローバーです。この株は多葉が多く出る株で 他にもたくさん4つ葉や5つ葉が出ていました。 私は小さいころから 昆虫や植物を観察するのが好きでした。四葉のクローバーを見つけるのも得意で、どこでもクローバーがあれば四葉をだいたい見つけ出すことができました。その癖は今でも健在で クローバーが生えていれば、無意識に四葉がないかセンサーが瞬間的に働いてしまう。でも、世の中には今まで一度も四葉のクローバーを見たことがない、見つけたこともない、という人がいるらしい。どれだけいるかわからないけれど、けっこう多くいるかもしれない。実際に30歳ころだったと思うけど、同年代の友達にそういう人がいて驚いたことがあります。彼女は福島の田舎育ちで家では農作業もしていたようなのに、そうだったのだ。びっくりして、ちょうど公園で遊んでいたところだったので、そこいらのクローバーの生えているところに行って見つけてあげた。たくさんありましたよ。彼女は生まれて初めて四葉を見た!と喜びました。みんな、同じ世界に生きているのに、基本条件は同じなのに結局 個々の生きている世界は別々なんですよね。この世界は限りなく広大で巨大で情報量が多く、私たちはそれ全部に対処できるはずもないので、自分のフレームを作って小さい世界で生きている。いや、たいていの人は自分でフレームを作っていることさえ 意識したことないだろうなあ。成長するってことは、いかにそのフレームを打ちこわし 広げてゆくか。自分でとらえることのできる情報を 多くしてゆくか、そういったことに気づくってことかもしれないです。基本はね、自分自身が好きなこと。それをやっていれば楽しいこと。人の目を気にしないこと、評価されなくても ばかにされても、自分が楽しいと思えることを自分のフレームの突破口にすることかもしれない。でも、世間的に評価されることが それを得ることが 自分の価値を高めて満足の場所、幸福を感じられる場所につながる、とたいていの人が思っているんですよね。それ、違うからね。
2014年10月09日
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雲もほとんどない、秋の夕暮れです。今夜の月食はきれいに見られるようですね。楽しみです。(≧ ≦)Ω ヨッシャ! さて、当地では3年ほど前からゴミの分類がいっそう細かく厳しくなりました。今日は資源ゴミの回収日で紙ゴミとプラスチック類を出す日です。再生用の紙ゴミ回収日は月に一回なので、この日を逃すと大変なのです。夜更かしと朝寝坊が復活しつつある私ですが、ゴミの日は頑張って朝起きに励むのでした。でね、しばらく前から気づいていたことなのですが近頃 本当に新聞とっている家が減ったなあ…と。あれ?と思ってから気をつけて観察し始めて数年になるかな。我が家の敷地の隣にごみ集積場所があるのです。で、私は朝ゆっくり出しに行くので、その時のゴミの様子がわかります。ここのゴミはだいたい自治会の3班分くらい。たぶん30~40世帯が利用していると思うのですが、その中で新聞とっている家は3軒か4軒。ちょっと前だったら、紙ごみの日には、何段にもなっていた新聞さっぱり消えていますよ。近所の家では地元のニュースが詳しく、お悔やみ欄の情報が早い ということで岩手の新聞を取っている人が多かったのですが、それもさっぱり見えなくなった。きっと年齢が過ぎると 新聞の文字も見えにくくなるせいかなあ。今、A新聞が国際問題として禍根を残した捏造記事を載せた…というので大きい問題になっています。そりゃ、A新聞先行き怪しいなあ、この先信用や読者を取り戻すの並大抵じゃなかろう。。。と思っていましたが。ほかの新聞や週刊誌 ここぞとばかりにA新聞を攻撃しているけれど新聞の衰退ってのが、どんどん押し寄せているこの情勢の中、自分の立ち位置を俯瞰して 本当に自分たちは真摯に報道に向き合っているのか自分たちは恥じることは本当にしていないのか、しっかり向き合っておかないと、どこもかしこも怪しいのはおんなじだぞ、と思う私であります。いや、しっかり向き合ってもこの先厳しいのは同じだなあ。(-_-)ゞ゛ウーム
2014年10月08日
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誰かにもらった黒猫ポーチ 中に入っているのはチョコレートとアメちゃん♪昨日、ウォーキング中に低血糖の状態になり、心臓がどきどき、身体がふるえて動けなくなってしまいました。よろよろしながら、近くに河川敷に降りてゆく階段があったので、そこへたどり着いて5分ほど休んでいたら少し落ち着いたので、歩いて出発点までもどることができた。昨日はウォーキングを終えたらバイパスのスーパーに買い物に行こう・・・という予定だったので 出発点まで車で行ってました。(普段は自転車で出かけているのです)アスファルトを歩くのはなるべくやめとこうという目論見があるのです。私は糖尿ではないのですが、それでも若い頃は低血糖状態になって、動けないことがよくありました。でも、しばらくそれ経験してなかったので、昨日は驚いたなあ。朝、血圧の薬飲むの忘れたことを思い出して、家を出る前に薬を飲んじゃったので、それが災いしちゃったのかな?とも思うけど。 まあ、また同じことが起きたら困るので、ウォーキングにはアメとチョコを常備することにしました。ちょうどいい大きさのポーチがあったので、これを持ち歩く。誰かにもらったのだけど、誰だったっけ。このごろ記憶をなくしやすいなあ。(〃_ 〃)ゞ ポリポリま、それやこれや。今日も、いい天気です。でも、ちょっと身体が不安なのでウォーキングは休みにしようかな。午後は庭と畑の手入れをする予定です。今年は手入れをできずにいて 相当荒れています。まあ、仕方ない。できることをやってゆこう。
2014年10月08日
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天高雲淡 演奏;馮満天https://www.youtube.com/watch?v=krHoZ42WdEo3週間くらい前だったと思うけれど、私が敬愛する友人の伝心柱さんが 休養と気分転換にこちらにいらしゃってました。いっしょに農家レストランに食事に行ったり、小岩井農場までドライブに行ったり、また、いろいろなお話をして 充実した楽しい時間でした。私にとっては、この田舎の風景はもう本当にあたりまえすぎて、何も気づかないまま見過ごしているのだと思います。でも、伝心柱さんが ドライブ中に周りの風景、そして空の青さ、高さ 雲の白さに感嘆してくれて、それであらためて私も空を見てみる…といった風でした。よく見てみると きれいですよねえ。こんなにきれいな風景なのに、いつもそこにあるとなんでもないものになってしまう。人間 与えられたものに気づかないでいることの方が多いってことなのかもしれない。今日も昼前に川原ウォーキングに行ってきました。昼食前でおなかがすいていたのか、途中で低血糖が起きてしまい、ちょっとあわててしまったけれど。(〃_ 〃)ゞ ポリポリでも、台風一過できれいな空と雲でした。今はウォーキングしながら、あれこれ風景を見て そして考え事もしています。ついでに、最近お気に入りの演奏も。ちょっと情緒がこもりすぎているかな?とも思うけれど、聞いているととってもいい気持ちになれる曲です。よかったら聞いてみてください。
2014年10月07日
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先日 友だちの庭師OさんとY子さんに誘われ 居酒屋に食事に行ってきた。彼らは二人ともノンベイで、私は下戸なので、いつもアシ子さんのお役目なのだ。ふん。彼らは自然の専門家なので、この地の山にも詳しい。春は山菜、秋はきのこ狩りに出かけて 毎秋きのこ鍋の集まりに私を呼んでくれるのだった。大きい鍋に いろいろなきのこと豆腐とお肉を入れて炊くので美味しい♪のだよねえ。しかし、去年はさそわれなかったし、今年もまだお声がかからない。今年は雨が多かったので、山のきのこは豊作らしいとうわさは聞いていた。「きのこ鍋はやらないのか?」と聞いてみたらまだ放射能の値が高くて 自己責任で採ってきて食べるのはまあいいだろうが、人にあげるのも売るのも自粛せよ との通知が来たとのこと。どれくらいの数値が出ているものやら。というわけです。 4年目の秋なのだけど、未だに食品としては危ないレベルの放射能が山のきのこには含まれているということだ。こちらでは、山の除線なんてのは聞いたことないので、自然に放射能レベルが下がるのを待つしかないのだろう。いつまでかかるのだろうか?前は、秋になると産直は山採りのきのこ、珍しいきのこがいっぱい出てきていた。見ているだけで楽しい風景。でも、今は全然出てこない。私が生きているうちに また自然のきのこ食べられるのかなあ。(そりゃ、自分で山に入って採ってくれば食べられるけどさ)テレビや新聞、マスコミのニュースはね、どうしても新しい話題を追いかける。人の脳は 古いことには慣れて興味がなくなるし、新しいことに反応が大きいから どうしても新しい話題を追いかけ大きく取り上げることは当たり前なんだろうけれど。でもねえ、フクシマの原発問題 全然終わってないのよ。東北に撒き散らされた放射能、どれだけの土地が汚染されたのか、どれだけの部分が処理されたのか。放置されている土地の放射能の変化はどうなのか、とか。いや、本体の原発だって、汚染水だって、どう処理すればいいのか、あれこれ試行錯誤状態でしょうが。その問題をほおっておいて、武器3原則の法的解釈の変更だとか原発も経済活性化のためには輸出しちゃうぞとか。 それより、自分の足元を見て そこにある問題をきちんと片付けるほうが先なんじゃないかと思うけどねえ。問題を先送りして、責任の所在もあやふやにして なあなあで時間が過ぎていつの間にか終わったことになっちゃう…ってのは 日本のお家芸みたいなもんだけど。でもね、私最近 しみじみと思い知ったのです。根源的な問題はね、なあなあにしてなかったことにしても 消えないの。絶対 そこに隠れているの。隠したまま見ないふりしてる間にどんどんしこって、腐って 巨大化してゆくの。わかっている人も多いんじゃないかと思うけれど。日本元気にすると言うのなら、これから育っていく若い人たちが安心して暮らせる環境を作ることにもっと政治も経済も目を向けてゆくべきじゃないのかなぁ。
2014年10月06日
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「歩く」ということに関して 思い出してひさしぶりに朱鯨亭さんのところに行き、文章を読んで思い出したことがありました。 2年前の夏から去年の3月まで、うちに来ていたK君のことです。K君は当時 中学校の3年で高校受験を控え、頼まれて私が受験対策で英語を教えていたのです。僭越ながら、臨時の家庭教師というわけでした。私、最近学校教育のあり方に 種々の疑問を持っていて、子どもに勉強詰め込むのもなんかな~と思うところもあり、あまり乗り気じゃなかったのですが、K君本人が成績を上げたい意欲があるなら、つきあってあげてもいいか、と引き受けました。結局、けっこう面白かったです。 いや、まあ、成績はね、勉強したぶんだけそれなりに~程度で、K君自身が 英語って面白い!って感じるところまではゆけなかったんだけど、私の方が今時の中学生の世界の一部を垣間見ることができてそれが面白かった。でね~~~、K君、とってもいい子だったのだけど、信じられないほど心も身体もがんじがらめでカチンコチンの子どもでした。昔、竹内敏晴さんという舞台演出家の人の授業を大学で受けたことがあります。その中で、その人の声や表情や身体の動き、言葉すべてのことに、その人の本質がそのまま出てきているのだということを教わりました。いや、当時は頭でわかっただけだったのだろうけれど、それはずーっと私の体の中に残り、一部の感受性は働き続けていたのだと思います。大学卒業して、教わる機会もなくなりましたが、せっせと彼の本が出るたびに買いこんで読んでいました。それが、40代の終わりに太極拳を始め、その太極拳の奥に入り込むにつれて 私の身体への意識もどんどん深化していったようです。同時に自分の内部への探索もあったので、両輪で自分自身と世界への視野が広がってゆく感覚がありました。 K君の話にもどります。K君、いい子なんだけれど、小さい頃から家庭の中で 厳しくしつけられ、枠にはめられ、自分の思いを外にだして自由に羽目をはずして楽しむ、ってことが許されてこなかった子どものようです。きちんと学校に行って、いい成績を取って、いい就職先を見つけ、安定した生活をする。定型通りに生きるのが人間としての幸せ!ということを疑わない家族に囲まれ、先生に教わり、友だちはいなくて、それでも頑張っていましたよ。彼本人の思いを家族も先生もわかる人はいなかったし、なによりK君自身が そういうものがあるとは思ってもいなかったでしょう。目上の人の言うことには逆らってはいけない。大人の言うことは真実なのだから、と 信じているようでした。でもね、そういった彼の苦しさ、身体に全部表れているのです。本当に身体が硬くてね、前屈をさせると手の先床上30cmくらい。(⌒▽⌒) ケラケラ横にも曲がらない。で、ふくらはぎがもう、硬くてゴチゴチでした。あまりの硬さにびっくりして、ほぉれ、私のふくらはぎ ふにゃふにゃだろぅ?本当はこんななんだよ、と触らせてあげた。友だちもみんなこんなに硬いの?と聞いたら触ったことない、という答え。じゃ、今度ためしに触ってみなさい、と言ったら、そんなことできない、友達は触らしてくれるはずない、と。大変なところを生きてるなあ、と思いました。リラックスすれば身体も足も柔らかくなるんだよ、気持ちがリラックスして柔らかくなることを探してみなさいと言ったのだけれど、自分でそれを見つけるのは難しい。でも、後で報告してくれました。大吉さん!オレ、お風呂の中だと足ふにゃふにゃなの発見しました!!(V^-°)イエイ!彼の安息の場は、お風呂場の中だけだったそうです。で、夢は大きくなったら 日本中の温泉を巡り歩くことだそうです。うむ、自分の楽しみに向けてがんばれよ。お風呂場のリラックスが、いつかどこでもできるようになるといいね。
2014年10月05日
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さて、疲れている日は休みつつ ウォーキングは続けているのです。で、興味を持ってちょっと調べるだけで色々な情報が集まるのですよね。普通にとことこ歩くのも まあ精神的なストレス緩和になるだろうし、心身ともによいだろうけれど、今筋力アップ、健康増進のためには、パワーウォーキングってのがお勧めらしい。私の場合、一分に100歩が元気なときの平均歩数なのですが、これを20%増し、つまり120歩で歩くのです。ジョギングほどじゃないけれど、筋力の負荷が大きく、ふくらはぎの筋肉が増えるのだとか。これは ちょっといいかもしれない。 それとは別な お勧め情報もあります。私は、太極拳にはまって以来、身体のしくみに興味を持って 整体関連のHPもいくつか読んでいるのですが、その中にコチラがあります。 整体の朱鯨亭ここの■歩く のコーナーに『どんな道がよいか』という文章があります。この中で 舗装された道を歩くのは、身体にとってメリットばかりではない、とあります。長距離を歩くには自然の道、舗装されていない道の方がいいとのこと。確かに 舗装された道では、足首の関節も関連の筋肉も 限定された部分しか使われない。それにくらべて 草の道、土の道は微妙に足の動きが変わり 足にもやさしく、足首の関節をほぐす効果もあるらしい。納得です。そうか!と思った私は、早速舗装されてない道を探して歩くことにしました。 しかし、それはたやすいことではなかった。こんな田舎町なのに、どこもかしこも道はアスファルトやコンクリートで舗装されていて、自然の道はほとんどないのですよ!川端の散歩道さえ、アスファルトで敷き詰められているのです。それがいいことと思われているのね・・・・・・。車で山の中に分け入って、小道を歩く手はあるのですが、正直言って熊との遭遇が怖い。冗談じゃなく、その可能性 大いにあるの田舎なのですよぉ。ようやく、川の堤防の一部がまだ舗装されていなくて、草の道だったり砂利道だったり。そこを主に選んで歩くことにしました。それが上の写真の道です。↑右に見えるのが 河川敷の散歩道。ほぉれ、ちゃんと舗装されておるでしょう。まあ、とにかく 歩きながら空を見たり 道端の野草の花を見たり、クローバーの四葉を探しながら 30分くらい歩いています。草の上を歩くと、パワーウォークはできないのですが、まあ、それもよきかな。であります。(^▽^)
2014年10月03日
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いつものお花シリーズ。頭の中に あと2枚ほど描きたい絵のアイデアがあるので、それを描いたら気がすむのかな?まあ、やってみないとわからない。描きたいものを描く というスタンスで行ってます。(^▽^笑)さて、『花子とアン』が先月で終わりました。私、あまり朝の連続ドラマは見ないでやってきていたんですが(ちりとてちんは 面白かったけど)去年の4月、友だちが 「あまちゃん」を見て 面白い!さすがクドカン!!と騒ぐので ちょっと様子見と見てみたら面白かった。あまちゃんは 癖になって最後までしっかりと見てました。で、その時間にテレビをつけるというのが習慣になってしまって、次の『ごちそうさん』も見たのです。あまちゃんを絶賛してた 友人は ごちそうさんは気に入らなくて、あんなにおばかな主人公見たことない。食べ物しか頭の中にないキャラクターがヒロインのドラマって今までなかったぞ!なんて言ってて、それはそれでもっともなんだけど、あのあほさが私はけっこう面白かった。私は今まで★頭が良くないと社会人としてだめなのだ★みたいな 固定観念があったのだと思うのだけど、そのあたりから「頭がいいか悪いか そんなのかんけ~ね~~~!!」の場所に行きつつあったのです。で、前のあまちゃんほどじゃないけれど、ごちそうさんもそれなりに楽しんで見終えました。 習慣でもって引き続き『花子とアン』も見ました。私 実は『赤毛のアン』に中学の頃はまっていまして、あの本が大好きでした。今考えると キャラクターとしてのアンが好きというわけじゃなくて、あの世界の雰囲気や周りの人たちとの関係にとてもあこがれていた気がします。で、村岡花子さんというのもとてもなじんだ翻訳者だったのです。あの朝ドラは、最初はとてもよかった。あの山梨の貧しい小作農家の雰囲気がよくできていて、貧しいということの表現に忠実に取り組んでいた。家の中も外も 貧農の雰囲気をよく表わしていました。お爺やんの石橋蓮司さんが笑っちゃうほど農家の無口なおじいさんで上手くて、うわあ 私小さい頃こんなおじいさんいたぞぉ!って感心して見ていた。(いつぞやアップになったお爺やんの手が 都会人できれいで それだけがイマイチ!って思ったけど。農民の手はあれじゃないです。)主人公の女の子も 目がきらきらしてて 本が大好きで、一生懸命で、よかったです。でもねえ、大人の花子さんになって、お話が進むにつれて なんかどんどん普通のお話になってしまっていったみたい。それなりに困難はあったけど、みんな辛い場所を乗り越えて 最後は愛する家族がそこにあって、幸せな場所にたどり着いてよかったね。という終わり方でしたね。そんなもんかな、と思いつつ あれれ?それでいいのか?って気持ちが残った。朝ドラって 視聴者の気持ちを引きつつ、いい気持ちで一日始めてもらおうという意図があるんでしょうから、重すぎるものはだめなんでしょうが、軽すぎない?ホントに村岡さん、あんな人だったの?という。まあ、しょうがないか。それでも、なんか癖って残るんですよね。今やってる『マッサン』というのも最初見てしまった。でも、今回は最初から 「こりゃだめだ!」と 見るのを止めたのだった。何がダメかというと、主人公のまっさんがスコットランドに2年留学してて、日本に帰国する際にスコットランド人のエリーさんを妻として連れてくるのですが、両親に反対されているのに、エリーさんには家の両親は君を歓迎してるとうそをついたまま、連れ帰るのです。そんなのありか?エリーさんは、何の情報もない日本に来るのに 両親に結婚を反対され立場がなくなるのは、夫としてわかるはず。そういったうそをついて つれてくればなんとかなると考えるのは 夫のまっさんの甘えであり見通しのなさ、頭の悪さです。うそはよくない。それでもエリーさんが大好きで どうしても結婚したい、日本に連れ帰りたいというなら、きちんと状況を説明して、エリーさんの覚悟を求めるのがスジです。そうして、ドラマの中では 両親に嫁として認められない、結婚には反対されたまま、という現状を知っても、エリーさんは夫のまっさんとそのことでけんかもしないのね。うそをつかれたことに対して怒らないのです。ありえない。あれは日本の従順な女性のありようです。西洋の自我の立った女性なら、ぜったい怒るはず。あ~、このような人間の描き方をするようなら、ドラマとしてもあまり楽しめそうにないなあ、というわけで、今回で朝ドラは打ち止めです。このごろね、テレビドラマでも、小説でも いろいろなことが見えてきているように思います。で、まあ、いいものはあまり多くないのだな、ということが よくわかるようになりました。それが楽しかったり楽しくなかったり。ま、目が見えるようになりたい、ちゃんとモノがわかるようになりたいというのは、私の長年の願いでしたから、そこはとてもうれしく楽しいです。
2014年10月02日
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