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去年、ホームセンターで買ったガラスのクリスマスツリーです。土台の中にLED電球が設置されていて 赤 青 紫 黄色 朱色と色が様々に次第に変わります。とても、きれいで気に入っていたのですが、今年出して電池を入れたらいくつかのLED電球が切れてしまったらしく色変わりがあまりしなくなってしまっていました。……(o_ _)o パタッでも、それなりにきれいです。来年も光ってくれるかなあ。 昨日のことでした。朝起きて、布団の中で、しばらくあれこれ思いが浮かんでくるのをぼんやりと眺めていたら 突然『ギフト』って言葉がやってきました。その言葉が浮かんだ時、大げさに言えば 自分の中にフラッシュが走ったようでした。わかったんですよ。ああ、私という存在そのもの、命そのものが 私にとってのギフトなんだなあって。そのギフトである自分に意識を向けている限り、見栄とか外聞とか社会的な自分の設定とか 全然関係なくなってしまうのね、って。そして、その自分を飾らず精一杯生きることができたとき、周りにとっても 私自身がギフトになれるのだろうと。人間すべての命がそれぞれの人にとってのギフト、宝物なのですよね。今年一年、私にとって大きい変化の1年でした。外から見てると ちょっとわがままになって言いたい放題するようになったなあ…程度の変化でしょうが、私自身としては ものすごく変わりました。自分をさらけだすことが 次第にできつつあると思うのです。もちろん まだまだ途中経過で いろいろつまづいたり壁にぶつかったりしながらこれからももがき進むのでしょうが、それでも今まで封印されていた洞窟の小部屋からは、抜け出ているはずです。そして、みなさんからも 大きいギフトをいただいています。いっしょにここにいてくださり、ありがとうございました。来年はもう少しエネルギーを外に向けて やれることを形にしてゆこうと思います。明日もブログかけるかな?わからないけれど、一応ご挨拶をしておきます。今年一年 さぼり気味のブログだったけれど、お付き合いいただきありがとうございました。よいお年をお迎えください。来年もよろしくお願いいたします。あ(^○^)り(^。^)が(^∇^)と(^O^)う(^ー^)ノ
2014年12月30日
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あいかわらず、編み物にはまっています。ゲーム脳の私、単純作業が楽しくて、止まらなくなっております。( o _ _ ) o ドテッ( o _ _ )o ドテッこれはもうほぼ完成のところまで来ました。あと2段か3段編んだところで 止めて出来上がり。毛糸買ってきたのが、5日くらい前だったから、今回はスピード仕上がりですよ。やはり、2度目となると勝手がわかって スムーズでした。でも、思ったよりもしぶい感じになっちゃった。次回は赤い毛糸で編んでみるかなあ。(と、本当に編み物止まらなくなっております)いやね、編み物しながら、youtubeの番組見てるのですが、見ているというより 聴いていると言った方がただしいかな。これが本当に楽しくて。ドクター苫米地の仏教講義とか、茂木健一郎さんの講義や講演、池上彰さんの政治解説とかね、じっくり聞くと専門的ですごく面白い番組がかなりあるのです。テレビと違って好きな番組を自由に見ることできるし、CMに邪魔されることもほぼないですしね。まあ、前からTEDの講義は面白がっていろいろ見ていたのですが、英語のものは毛糸編みながらは見られない。英語の講義を字幕なしに聞き取るほどのリスニング能力はありません。あ、でもご紹介します。TEDの私お気に入りの講義。ダン・アリエリー『我々は本当に自分で決めているのか』https://www.youtube.com/watch?v=21n6xAdbtbcすごく面白い。よろしかったらどうぞ。
2014年12月29日
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何を隠そう(隠してないけど)私は ゲームが大好きです。小さいころから、パズルゲームが好きだったのですが、テレビゲーム時代にはシューティングゲームからRPGPCを所有してからは オンラインのゲームと、いろいろはまり込んできていました。<( ̄^ ̄)>で、ちょっと前にはまりこんでいたのが これです。 2048http://gabrielecirulli.github.io/2048/ごく単純なゲームなのですが、やっていると止まらなくなります。もともと人間は単純な作業に集中すると快感ホルモンが分泌される回路が脳内にあるんだろうと推測しているのですが、私の場合 その回路がずーっと強化されちゃっているんじゃないかなあ。なんの足しにもならないけれど、そこそこ成功もしちゃうしねえ。ほれ、課題の2048は軽くクリアして4096まで行っちゃいましたよ。まあ、しかし。考える。私たちが生きるってことも、パズルゲームに似ているかもしれない、と。私たちのほとんどは、ゲームの盤上にいて、そのゲームの中で上下左右もわからずうろうろしているだけなんだけど、そこには実は一定の規則があって、その規則にのっとって課題をこなさなければ、別のフェイズ(段階)には行けないとかね。まずは自分がどこのフェイズにいるのかを理解し 全体を見る能力をつけ、そのなかの自分の位置を俯瞰するところから始めないとだめなのよとかね。そういうことを 面白く楽しく伝えることができればいいんだけど、なんてことを 考え始めているのでした。(〃_ 〃)ゞ ポリポリ
2014年12月19日
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おばさんが 夜なべしてはらまき編んでおりました~~ 冬の私ははらまきが必須アイテムです。岩手はただでさえ、強烈に寒いし、私は子宮筋腫があるので、お腹を冷やすのはいかんのです。で、まあお店に行っていろいろ買っては身につけてきていたのですが純毛の毛糸はらまきがとても暖かいとどこかで読んで、とても試してみたくなったのでした。でも、毛糸の腹巻って売ってないのですよね。よっしゃ!いっちょ自分で編んでみよう!!とりあえず、お試し作品を作ろうと、100円ショップに行って編み棒と純毛100%の毛糸玉4個を買って、編み始めたのでした。でも、毛糸の棒編みって大学のころにマフラー編んだのが最後で 以降全然したことなかった。アクリル毛糸のたわしはよく作っていたのでかぎ針編みはしてたのですけれどね。棒編み、できるか心配だったけれど、身体で覚えたことって忘れないのね。ちょっとやったら手の動かし方ちゃんと覚えててスムーズに動くようになりましたよ。とはいっても、途中休みながらだったから、けっこう日にちかかっちゃいましたけどね。く(*´ー`) エヘヘゆうべ完成して、今日さっそく着けてみました。あったかい!!これはいいかもです。今度はちゃんと手芸のお店に行って 気に入った毛糸をえらんで あと2枚くらい編んでみたいと思っています。
2014年12月18日
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さて、選挙が終わりました。今回は、な~んか盛り上がらないというか、結局あれだけの予算とエネルギーをかけて何のための選挙?と思わないでもありませんが、何のことはない、安倍さんの自己確認、自己顕示のための選挙で、まんまと成功したというわけでしょうね。野党の準備ができていなかったと言ってる人もいたけれど、自民に代わって託すことのできる政党や政治家見当たらないし、どこに票を入れたらいいのかわからないですもんねぇ。これは私の個人的な感想ですが、わりと一般的な感覚なんじゃないかな。さて、岩手県です。これがまた、岩手県らしいというか、結局 選挙しても前とおんなじ!お金と労力の無駄!という結果でした。小選挙区で当選したのは4人ですが、全員 前職で、自民党一人、民主党二人、生活の党小沢一郎さんも当選、という内容です。これを見てて思ったのは、岩手県人は本当に現状を変えることが苦手な人たちなんだなあ、ということです。たとえ不平不満があっても、なんとかやりくりできている今を優先したい。見知らぬ明日を選ぶより、たとえ淀んで尻つぼみであっても、今の安定の方が安心なのだ。岩手県民の大半の先祖は ずーっと虐げられて生きてきた農民たちです。今はだいぶ豊かにいい暮らしをしている人が多いですが、その人間の基盤にあるのは、やはり地べたを這いずり回って稲や雑穀や野菜を育てて生き抜いてきた人間たちの心理。世間の全体を見るより、自分の生活と土地と守備領域、小さい共同体のことを優先し、そのことの方が重要になっている。これだけ、情報網が発達し、テレビでもっともらしくあれこれ言う人がいても、自分の実感としては現状以外の場所は未知で怖い、不安。そんなところなんじゃないのかなあ。もともと岩手は保守王国で自民党が圧倒的に強い県でした。ところが 小沢さんが自民に反旗をひるがえし、新党を設立し新進党→自由党→民主党と政党の放浪を続けた。そして自民党への対抗政党として民主党ができたとき、県民は雪崩をうって民主党の候補に票を入れたのでした。しかし、その民主党も小沢さんの意のままにはならず、結局おん出て生活の党を作った。岩手県民はさすがに小沢さんを見放したけれど、城下の臣民はいまだ小沢の殿様を支え続けることを選んだ…というところでしょうか。まあ、党としてある程度の人数がいないことには、政治活動もしにくくなるとすれば、小沢さんもまたほかの人と繋がってゆくしかないのかなあ。彼は大変な袋小路にはまっていると見えますが、離れて見れば、自ら選んでその道を進んできているようです。でも、自分ではそのことがわからないのね。このごろ、わかってきたことがあります。人を信用しない人は、人と繋がるためには支配するか、従属するかの 二つしかないのね。でも、それしかないと、人間関係長続きしません。喧嘩して和解して、またいざこざして、それで話し合って、違うところへいっしょに進んでゆく。そういったことをできたときに また別の世界が広がり、生きやすくなる。それは、一般的な生活レベルの話ですけれど、もっと高次の次元で それができる政治家の出現を願います。あ、それからもう一つ。傲慢かましている人は、どういう形であれ、いずれその傲慢のしっぺがえしがやってきます。これも、私の身近に見ることの多いことです。人間関係のトラブルとか不運とかいう風にとらえる人が多いけれど、そこに至る流れを見るとどこかに おごりや、失礼な境界線越えがあったりしますよ。選挙結果について今はこういう結果ですが、今はやがて変化します。さて、4年後の日本の政治はどうなっているのでしょうね。私は、あわてず騒がず、ここから見ていようと思います。
2014年12月16日
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おとといの 山の風景友達が大根をくれるというので、もらいにでかけた途中で見た山がきれいで 思わず停車して写真を撮りました(=^_^=) さて、その雪かきおじさん、そこの借家に越してきたのは8年ほど前のことです。その前は老夫婦がお住まいで、具合を悪くしてご主人が先にみまかり、奥様の方は施設に移って、空き家になってまもなくそのおじさんとおばさんのご夫婦が入居したのでした。ご近所で顔見知り程度の付き合いなのですが、私は3年~4年に一度は自治会の班長さんをやらねばならず、まったくの顔見知りだけ、よりは もう少し付き合いがあるのでした。でもね、このおじさん、越してきてすぐのあたり、うちの駐車場の前に立って じーっと状況観察していたり、うちに来客や庭の手入れを頼んで職人さんが出入りしてたりすると、家の前から我が家への伺い視線を向けていたり、あまり感じがよくなかった。人の家の内情を知りたくてたまらない性格の人に見えました。(まあ、それは当たっていたと思います)な~んかヤナ感じ、必要以上に近づくのやめとこ―――と 思いまして道で会えば挨拶する程度のお付き合いです。まあ、それでもね。私が班長さんのときは おじさんチに行って集金したり、署名頼んだりで話もして、だんだん彼の人となりもわかることがありました。すごく狭くて小さい意識で生きているとか、ものすごく小心で怖がりであるとか、それの反動で人にやたら攻撃的になることがある…とかです。この方もまた人を自分の上か下か、そういうことにいつも意識をめぐらしているんだと思うのです。で、上に見える人にはすごく緊張して卑屈な態度になるし、下と見れば威張って偉そうな態度です。自分の下にいて、攻撃しても攻撃し返されないと見た人が自分の意に染まないことをすると 大声で怒鳴ったりします。私の次に班長当番してもらえませんか?と 聞きに行って 思いっきり怒鳴られたこともありましたよ。(爆)そこには彼なりの経過と言い分があったのですが、関係ない私は彼のフラストレーションのはけ口にされたのでした。まあ、私はおばさん一人でわけのわからんことしてて 気ままな生活してるし、草取りはちゃんとしないし、夜更かしだしで、彼もどう位置付けていいのかわからないのでしょう。私に対しては丁寧だったりぞんざいだったり、時々で態度が変わるのでした。でね、冬のそのおじさんの雪かき行為ですが、今までず~~っと 彼の強迫行為なんだろう、夜中に雪かきするのは騒音でもあるし、やめてほしいけれど言っても無駄だからほっておくしかないな、と思っていました。(さすがに今までは夜中と言っても4時過ぎではありましたよ。2時に雪かきされたのは初めてだ)でも最近私の方の意識が変わりつつあります。いや、昨シーズンあたりから 徐々に変わってきていたのですが。あの見事にきれいに雪かきされたスペースは彼の王国なんだなあ…と。他の人にはわからなくても、おじさんの中にはきっちりと彼の作り上げた世界があって、その世界の表現の一つがあの雪かきなんだろう。過剰で無駄にしか見えない 氷のひとかけらまでアスファルトからはがさずにいられない あの雪かき。でもシジュホスの石ではないのよね、おじさんにとっては。なんでこんなに雪が降るんだ!!とか文句言いながら でも内部はエネルギーがめぐっているのだろう。充実して楽しかったりするのかなあ。まあ、そんなことを考えていたら、おじさん頑張ってくれ~~なんて気持ちにもなってくるのでした。しかし、だからといって、必要以上にやさしくなんてしませんよ。絶対境界線やぶり してくるタイプだもんなあ。ちょっと遠巻きにして応援しているのでした。それくらいが ちょうどいいもんね。(笑)ついでに考えたこと。誰の中にもその人の大切に守っている王国があるんですよね。その王国が表現として出てくることもあれば、見えないまま大切にしまわれていることもあるんでしょう。私の中にもありますよ。(笑)それがねえ、私の場合 広大で 壮大で いくつもの世界が重なっておるのです。お城もあるし、豪華なお屋敷も、宇宙までありますよ。でも、普段の私はくたびれた普通のおばさんで、私の内部がそんな世界であふれているってわかる人めったにいないですもんね。ああ、だんだん作品描きたくなってきたかもしれない。が、頑張らなくちゃです。
2014年12月09日
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このところ 夜更かしがちょっと続いています。ゆうべも本を読んでいて、最後まで読んでしまおうと 気がついたら1時を過ぎてしまっていました。結局最後まで読んだものの、読み終えてあまり気分の良い小説じゃなかった。あ~あ、また つまらんものを読んでしまった・・・さっさと寝ようと顔を洗って布団にもぐりこんだ。うとうとしかけたあたりに 外からなにか物音が聞こえ始めた。『シャーシャー ザッザッ』 異音である。まあ、その音が何かはすぐにわかったのですけれどね。例年冬になると 必ず聞こえてくるのです。外は雪が降っていたに違いない。近所のおじさんが雪かきをしているのです。このおじさん うちの3軒隣の 古い2軒長屋に住んでいる人なのですが、自分の家の前の道路に雪があるのが 絶対に許せないらしい。2センチでも5センチでも、雪が積もったと見るや、必ず雪かきを始めます。家の前の道ですが、両隣の前もきれいに雪かきして、その道幅4メートル弱、長さ30メートルほどの領域が彼のテリトリーらしい。おじさん、年のころは60代半ばから後半に見えます。家の中は普通に 少々雑然として暮らしているのですが、家の外はとにかく 全部きちんと片付いていないと我慢できないらしいのです。小さい庭付の家なのですが区切って花や野菜を等間隔に植え付け、ものの見事に草一本生やすことはない。その庭も前の道路も 植物を育てている部分以外はせっせせっせと除草剤をまき散らしています。どうも 察するに絶対除草剤は撒かず、草ぼうぼうで平気な顔をして、雪かきもろくにしないσ(-_-;)が目障りらしい。時々あてこすりを言われたりしております。まあ、しょうがない。私はまめじゃない。くうたら看板のおばさんです。しかしねえ、ゆうべはさすがに ちょっと驚いた。夜中の2時過ぎだったと思うのです。3時にはなってなかったはず。夜中、真っ暗で寒い中 雪かきですよおおおお。まあ、彼の雪かき、最初は趣味なのだと思っていたけれど、趣味というより義務感強迫感なのかなあ。私のところには直接関係ないけれど、近くの道がきれいになっていて、人が滑らないで歩けるのはありがたいとは思うのです。でも、夜中の3時前の雪かきはできればやめてほしいなあ。あまり音は気にならないけれど、いつ寝てるかとか、どんな気持ちで雪かきしてるんだろうかとか、達成感を求めてこんなことしてるのかな?とかね。彼の精神状態を考えたりすると おもしろくて目がさえちゃうじゃないか。人それぞれですが。面白いことが多すぎます。(o⌒∇⌒o) ケラケラ
2014年12月07日
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私は、自慢じゃないが 物事をきちんと前もって片付けておくほうではない。<( ̄^ ̄)>タイヤ交換だって、例年ぎりぎり もう冬タイヤにしないと困る危ない!って時期になって ようやく重い腰をあげるのだった。いつもはそれで あまり困ることもなかったのですけれどね。今年は予定よりも早く、しかも本格的な冬がきてしまいましたのでした。普通、12月になって、雪が降ったり道路が凍結したりして夏タイヤじゃ危ないって日が1日2日あって、それからまた 気温が緩んで その期間にタイヤ交換すれば まあ大丈夫だったのです。でも、今年は12月になったとたん、真冬みたいな気温になって、雪降りが続き 全然タイヤ交換どころじゃない天気になった。来週になったら 少し晴れて気温も上がるようだからそこでタイヤ交換だな。 しょうがない、それまでは運転しないで 徒歩と自転車で乗り切るぞ!とか 思っていたんですけれどね。さすがに寒い中、リュックをしょって猫缶の買い出しは大変だった。(爆)昨日も雪予報だったのですが、朝起きたら晴れていた。気温は低め(2度~3度くらい)だったけど、無風で日向は結構暖かく感じる。この機会を逃すまじ!と、洗濯とタイヤ交換をせっせとしました。ぐうたらゆえの必死さでしたが、お昼過ぎせっせと働いて 1時間かからずに自分でタイヤ交換終えましたよ。う~ん、さすがに回を重ねるとだんだん慣れて段取りもよくなっているようです。夜の太極拳の会にも無事に車で行きました。タイヤ交換できていなかったら、氷点下の中、自転車で行くつもりだったのでした。車を使えるって便利です♪どんどはれ。
2014年12月06日
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いやはや、すみません。ソロモンの偽証 第3部まで読み終えてはいたのですが、映画を見てたり、編み物したり(腹巻を編んでみようと挑戦中です 笑)いろいろ気もそぞろに過ごしてしまっておりました。ぺこ <(_ _)>さて、書かねばならぬ・・・と心に思っていた ソロモンの偽証の結論ですが結局 萩尾望都さんのトーマの心臓とは違っていました。というか、真逆の終わり方でしたねえ。これから最終章を読む人もいるので、ネタばらしはしません。でも、まったくトーマの心臓とは無縁の小説だったのかというと、そうでもないとも思う。少なくとも柏木くんの自殺という事件が始まりとなるところや、神原くんとの精神的なつながりが事件へと結びついていったという展開や、まあモチーフとしてトーマの心臓が 宮部さんの頭の中にあったんだろうと私は推測しています。これくらいはよくあることで それはそれでかまわないし、別な調理法を見せてくれて面白かったな、とも思います。 ただね、コミックスはまだ手元にあるし、トーマの心臓 読み返すつもりなら読めるんだけどね。もう40年前近くになるのかなあ、週刊少女コミックでトーマの心臓が連載されていたのが。当時私は萩尾さんの熱心なファンで 疑問も批判もさしはさむことなく 彼女の描いたものはすべて良し!と思い込んだまま読んでいたのでしたが。今思うと 私 どうもトーマの心臓に納得できないところあったのでしたよね。当時から。だって、愛する相手のために 自殺するって、変じゃない?自分の人生を賭けて相手の意識を変えよう・・・って、当時はそんなこともあるのかなあ・・・ってところで止まっていたんだけれどね。今わかったのです。それはうそ。そんなことしちゃいけない。相手をコントロールするための道具に自分の命を使ったということですよ。だから、どんなに美しくストーリーが展開し ユーリがトーマの気持ちに寄り添うようになったとしても。それは絵空事なんだろうなあ。それやこれや。ここまで来て、私にもようやくいろんなことが見えてきたかもしれない。映画についても あれこれ書いてゆきたいです。おいおいね。(笑)
2014年12月03日
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