『子ども達に贈る12章』第12章―「死」とは何か
真弓定夫先生の著書『子ども達に贈る12章』、いよいよ最終章となる第12章をご紹介します。
※本章で真弓先生は、「生老病死」ではなく「生老病生」と記し、「死」という言葉をあえて使わず、すべてを「生」と表現しています。原書では傍点の数(・ひとつ=死を意味する「生」、・ふたつ=生きることを意味する「生」)で区別されています。本記事では、生(いのち)=生きる意味の「生」、生(し)=死を意味する「生」と括弧で表記します。
生命は繋がっており、絶たれることはない
死について語り合う時、生命に関する考え方は大きくふたつに分かれます。ひとつは、生命は死によって絶たれ、自然に還ることでおえるという考え方。もうひとつは、生命は繋がっており、死によって形は失われても生命が絶たれることはないという考え方です。
前者は科学者に多く、後者は宗教家に多く見られます。真弓先生は医者という科学者の立場にありながら、後者にきわめて近い考え方を持っています。
「見えないものが見えるものをつくり出す」――これはアインシュタインの言葉です。眼に見えないものは、現代社会に生きる人間の視野からはずれたものとも言いかえられます。それらを「存在しない」と決めつけるのは、ある意味では非科学的とも言えるのではないか、と先生は問いかけます。
臨死体験により、見えない世界を重視する
最近話題に上がることが多くなった臨死体験や霊魂といった問題も、眼に見えない世界、つまり現代人の視野からはずれた世界に属するものです。真弓先生がこうした問題を身近に感じるようになったのは、中学校時代の体験がきっかけでした。
柔道の授業中、先生の締め技でいわゆる「落ちた」状態になった時のこと。気がつくと、武道場の天井近くの空間から、床に横たわった自分自身の身体をぼんやりと眺め下ろしていたといいます。密閉されていた武道場の壁は一切取り払われ、三百六十度にわたって見渡される天空の間にありました。
映画と同じように、ものが見え、人の声や物音が聞こえている。しかし肉体を通じて感じていたわけではない。すべての感覚を持って眼下の光景を認識していたのは、空中に浮かんでいる自分自身の意識だった――。やがて活が入れられ、するっと肉体に戻ったそうです。
肉体を離れた時に感じた心地よさ、至福の状態は何だったのか。同じことは多くの臨死体験者が語っているところでもあります。この体験によって、先生は見えない世界をいっそう重視するようになり、それは医者になってからも「気を重視する」という形でしっかりと根づいているのです。
相田みつをと北山耕平の言葉
生命が見えるものと見えないもので繋がっていることを考慮した場合、生命には「生老病死」というものはなく、「生老病生(し)」であると真弓先生は考えています。生(いのち)は見えるものの誕生、生(し)は見えないものの誕生です。
宮沢賢治は「生命はひとつの見えるものと見えないものの多重構造によって構成されている」と表現しています。
いま、私どもはそれぞれの生(いのち)を生きています。現生(いのち)の生をおえて、見えない生(し)をおえた後の次の生(いのち)は、数知れない多重構造の中から、たったひとつが選ばれるのです。
とすれば、それがどんな生になるのかは、現在の生(いのち)をいかに有意義に送るかに関わっているのではないでしょうか。どんな人生を送るかは、ひとりひとりがそれぞれにもっとも合ったものを自分自身で選択すればよいのです。
現在八十歳の真弓先生が歩んできた人生の基本は、結果的には次の相田みつをの言葉にもっともよく表わされているといいます。
「生まれた時(生(いのち))はまるはだか、死ぬ時(生(し))はそれさえ捨ててゆく」
もっともよい生(いのち)は、生(し)を迎えた時に見えるものを無にしておくことではないか、と先生は考えています。
ところが、生(し)を迎えた時に無であるのは、実はかなりむずかしいことです。そうなるために先生が心しているのは、北山耕平さんの次の言葉です。これは金銭についてのものですが、すべての物質的なものについて当てはまると先生は考えています。
「正しいことをしていれば、金は必ず入ってくる。正しいことをしていれば、それはすべて失われる」
生と死を同じように考え、今を大切に生きる
横道にそれますが、ここで見えるもの、見えないものの境界にあるものとして「脳死」「植物人間」について考えてみたい、と先生は言います。
不幸にして、自分と繋がりのある人が植物人間になってしまった場合、多くの人々はその人は意識がなくなって、まわりのことは見えなくなっていると考えています。しかし先生の小さな臨死体験から考えてみても、意識のないその人はまわりの人と同じように見えている、むしろ意識のあるまわりの人々以上に見えているのではないでしょうか。そうした人に接する時には、意識のないその人が周囲の人以上に見えていることを認識することが、まわりの人、家族や医療従事者に望まれるのです。
そして自分の愛する人が生(し)を迎えた時、残された私どもはどのように対応するのが望ましいのでしょうか。
平成18年7月13日、真弓先生は50年以上にわたって生活をともにしてきた妻・斐子さんを失いました。その後、欠かすことなく仏壇に花を飾り、ごはんと日本酒を捧げ、般若心経を唱えているといいます。
実は次の荘子のような心境になりたいものと考えてはいるが、凡愚の悲しさ、なかなかなれない。あるいは、先生自身が生(し)を迎えるまでなれないのかもしれない、と。
荘子の妻が死んだ時のことです。友人の恵子が弔問に訪れると、荘子は両足を投げ出して盆を叩きながら歌っていました。恵子が「一緒に暮らして子を育てあげた妻が死んだのに、泣きもしないどころか盆を叩いて歌うとはあんまりではないか」と言うと、荘子はこう答えました。「始め死んだ時はわしも身にこたえた。しかしそもそもを考えてみれば、本来、生はなかった。形もなく、気もなかった。何ともいえないものの中に混ざっていたものが変じて気ができ、気が変じて形ができ、形が変じて生ができた。それがまた変じて死になったのであって、春夏秋冬四時の移り変わりと同じことだ。妻は安らかに天地の間に寝ている。わたしがやかましく嘆き悲しむのはどうも命の道理に通ぜぬことだと思って、やめたのだ」(荘子外篇至楽)
生死一如と言います。永遠に繋がっている見えない生(し)の合間に時折訪れる生(いのち)を、いかに楽しく、明るく、有意義なものにするか。そしてそれを自分をめぐるまわりの森羅万象に及ぼしていくかが、生(いのち)の者から生(し)の者へ向けての勤めではないでしょうか。
逆に、最近触れる機会が多くなった「千の風になって」(作者未詳)は、生(し)の者から生(いのち)の者へのメッセージといえるのではないか、と先生は語ります。
いま、私どもは現世で生(いのち)を送っています。やがて必ず生(し)が訪れます。生(いのち)と生(し)を同じように大切にして生きることをつねづね心がけておくべきであると、先生は考えています。
老子の言うような生(いのち)の者と、千の風になった生(し)の者があいまって、「永遠の生命」が形づくられていくのではないでしょうか。
脱薬薬剤師より
全12章にわたってご紹介してきた真弓定夫先生の『子ども達に贈る12章』。最終章のテーマは「死」でした。
しかし真弓先生は、この章で「死」という言葉をあえて使わず、すべてを「生」と表現しました。「生老病死」ではなく「生老病生」。死もまた、見えない世界への誕生である――。その深い哲学に、胸を打たれます。
この12章を通して一貫しているのは、「見えないものこそ大切にすべきだ」という真弓先生のまなざしです。医療の本質、病気の意味、生命の尊さ、自然との共生、食の原点、家族の絆、愛の力……そしてこの最終章で、生と死さえも繋がっているのだと先生は教えてくれました。
薬剤師として日々感じるのは、薬で治せるのは目に見える症状だけだということです。しかし人の健康を本当に支えているのは、目に見えない部分――心の持ち方、生活環境、家族の愛、そして生命に対する畏敬の念――ではないでしょうか。
真弓先生の言葉を胸に、これからも「治療より予防。薬に頼る前に、まず健康的な生活習慣を」という信念を伝え続けていきたいと思います。
全12章のご紹介はこれで終わりますが、次回からは、真弓先生の教えを日々の暮らしに活かすための具体的なご提案をしていきたいと思います。楽天で手に入る、健康な毎日を送るために役立つ商品もご紹介してまいります。
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