・有栖川有栖の『日本扇の謎』は、国名シリーズの第10作にあたる長編本格ミステリ。アメリカ・ボストンを舞台に、日本から来た男が残した「扇」と、密室状況で発見された死体をめぐって、火村英生とアリスが謎に挑む作品だ。
・『日本扇の謎』は、火村英生と有栖川有栖のコンビが事件を追う「国名シリーズ」の一作。シリーズ名の通り、
『ロシア紅茶の謎』
『英国庭園の謎』
『ブラジル蝶の謎』
『スウェーデン館の謎』
『マレー鉄道の謎』
『スイス時計の謎』
『モロッコ水晶の謎』
『インド倶楽部の謎』
『カナダ金貨の謎』
など、国名を冠した作品群の流れに位置づけられる。本作では舞台が日本国内ではなく、アメリカ・ボストンへ移る。そこに持ち込まれるのが、 「日本扇」 という、日本文化を象徴する小道具だ。しかし、この扇は単なる異国情緒を演出するアイテムではない。事件の鍵となる重要な「物証」であり、日本とアメリカ、人間の記憶と現在をつなぐ装置になっている。
・物語は、アメリカ・ボストンで暮らす日本人男性、ジェイムズ・ハリデイを中心に動き始める。彼は日本文化に強い関心を持ち、日本人女性との交流も深めていた。ある日、そのハリデイが自宅で遺体となって発見される。しかし、現場には奇妙な状況が残されていた。死体のそばに置かれていたのは、 日本の扇。 しかも、その扇には事件の真相を暗示するかのような意味が込められている。さらに、現場には「密室」と呼べる状況が成立していた。誰が殺したのか。どうやって犯人は現場から消えたのか。なぜ日本の扇が置かれていたのか。そして、被害者はなぜ日本文化にそれほど強く惹かれていたのか。これらの謎が複雑に絡み合う。
・『日本扇の謎』は、本格ミステリでありながら、異国の街の空気を感じさせる作品でもある。ボストンという都市。アメリカ社会の中にある日本文化。日本から持ち込まれた扇。その組み合わせによって、 「遠く離れた場所に残る日本」 が浮かび上がる。日本にいると、日本文化を意識しない。しかし海外に出ると、「自分は日本人なのだ」と突然意識することがある。文化とは、日常の中にいると見えない。距離が生まれたとき、初めて輪郭を持つ。本作はその感覚を、ミステリの構造に織り込んでいる。
・『日本扇の謎』は、密室殺人を軸にした本格ミステリでありながら、異文化の中で生きる人間の「自分は何者なのか」という感覚を静かに描いた作品だ。そのため、本作の魅力は「犯人当て」だけでは終わらない。扇という一つの小さな物を中心に、 日本とアメリカ。過去と現在。事実と解釈。物と記憶。論理と感情。 という対照が積み重なっていく。
日本扇の謎 (講談社ノベルス) [ 有栖川 有栖 ]
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