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長い間定期的な書き込みもできず、読んでいて下さった方には申し訳ありませんでした。 これでチロルは全ての苦しみや煩わしさから解放され、今は別の世界でのびのび何の束縛もなく振る舞っている事と思います。 これを最後にチロルのサイトは締めくくりとさせていただきます。 今日本語環境が身近になくまめに発信出来ないのが残念ですが、また機会を作って皆様の元へアクセスしに伺うと思いますのでその時はどうぞよろしくお願い致します。 私自身犬と暮らすのがはじめてだったに関わらず、チロルを通して想像以上に充実した濃厚な思い出ができた事を心から感謝しています。 犬生も人生も一期一会、チロルは実にたくさんの人に笑顔をもたらす子でした。それは亡くなる当日のお散歩の時まで変わりませんでした。 元気な時の輝きは尊いものだと思い、今自分の残り半分もない人生を真剣に見つめ直しています。 それでは長い間サイトに寄って下さった方々に心からお礼申し上げます。 ありがとうございました。amedeo
2013年07月29日
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いつまでも続くものなんて何もない。分かっていたのに押さえきれない行き場のない気持ち。。 日曜の夜11時20分頃、チロルが緊急の動物病院で二度と帰らないところへ行ってしまった。 苦しんで吠える事もなく寝込む事もなく、本当に手のかからない完璧すぎる犬だった。私が夕方帰宅したとき、激しく息をし、やたら何度も私の顔を舐めに来るのがチロルの最後のお願いだった。一瞬倒れかかり声をあげたとき、とっさに抱きしめもういよいよかと思った。 繊細な犬だったので、まるでチロルが私に、「もうあなたは一人でも大丈夫でしょ、先に行くわね…。」といって静かに去っていった気がする。最後までしっかりしていて、自分でタクシーを降りて治療室の中へすんなりと入って行った。それが、生前最後の後ろ姿だった。。 これまで共に過ごして来た時間は最後まで黄金の年月だった!!! チロルは元気な時から何度も脱走して行方不明になった困ったちゃんだったけど、結局14年間最後まで私のそばについていた。 どれだけ涙がこぼれても、沢山の思い出だけが永遠に心の中で輝き続ける。 いつまでも続くものなんて何もない。今ある一期一会をうんと充実したものにしよう、いつか必ず別の世界でまた会える機会があるのだから。それまでしばらくの間、さようなら、チロル。
2013年07月28日
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昨年のクリスマスを過ぎてからここパースでは40度を越す暑い日を何度か迎えている。 私の家には30年以上前の使用かと思われるレトロな小型のエアコンが、必要以上に広いリビングにたった一つ設置してある。これが顔を前まで持って行かないと全く涼しくない。 そんな訳で空調のない私の部屋は窓を開けないと苦しくて眠れない。自分だけならまだしも、夜通し激しく息をつくチロルを少しでも快適にしてやらなければいけない。それは海を越えこんな住環境に巻き込んでしまった主人の責任だ。 ペットボトルで作った氷で首筋を冷やし、床に小型の扇風機を置いた。そして、窓を開けるとあらゆる虫が入り込んでくるので、せめて蚊取り用の殺虫剤を得ようとスーパーへ走った。ところが日本で毎年使っていた蚊取りマットが全くなく、唯一棚に並んでいるのは昔懐かし渦巻きの蚊取り線香だった。 大昔自分が幼い頃、父がよく庭で団扇をあおぎながら夕涼みしていた。電気代がかかるからといって、父はクーラーを一切使おうとしなかった。その足下にはいつも蚊取り線香が置いてあった。子供の私はエアコンの方が涼しくて快適だったのでいつも夏の夜は肌寒い部屋にこもって過ごしていた。それが時を経た今、自分が海外で偶然にも親と同じ暮らし方をしている。。 不思議な気がしたが、これでしばらくチロルが夜快適に休んでくれる事を願う。
2013年01月09日
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2ヶ月前のある夕方、チロルが初めてオーストラリアに来てから脱走した。人気のない住宅を探しまわり、一時は諦めて帰宅もした。しかし、約4時間後、私達が近所で車の窓から姿を発見したとき、チロルは自分で踏切を渡り、家路に向かって戻って行った。。 年を経ても相変わらず自立した振る舞いぶりのチロル。所変わっても犬は変わらず。はらはらさせられる事も多かったがその静かな逞しさが微笑ましかった。そんなチロルに脱走数日後、異変が起こった。 チロルが散歩の帰りいつものように機嫌良く家に向かって走っていたら、突然ばたりと私の目の前で倒れ、そのまま約3秒程動かなかった。ビックリして駆け寄り体に触れた瞬間目覚めて、倒れた時の衝撃のせいか、キャイ~ンと2、3度吠えてその後はしばらく落ち着いた。その頃夕方で獣医さんがどうかまだ開いている事を願い、約17キロの中型犬を抱っこして徒歩10分の最寄りの獣医まで向かいました。しかし、あまりの重さに道中まごついていたら、通りがかりの車に乗ったカップルが心配してくれて、病院が開いているかUターンして見てきてくれた。そしたらもう既に閉まってたので翌朝滅多に休まない学校休んで即連れて行った。 翌日検査の予約を取り、早速調べてもらったら、想像はしていたけれどやはり心臓の弁が年の為に上手く機能しなくなってきてるとの事だった。それ以来一生心臓のお薬を続ける事になった。でも、ここだけの話、今は薬の量を半分に押さえている。最初1ヶ月程間違って半量しかあげてなかった錠剤でその間元気に過ごしていた。一生続ける薬だけど今から薬漬けで依存させてしまうのは怖いなぁ、、と、今は自然にまかせ運動を控え安静な生活を第一に心がけている。 もの静かで従順だったからストレスが心臓に来てしまったのかなぁ、等いろんな事に思いがよぎって収まらない。年老いてから異国に連れてきてしまったリスクをしみじみ感じ、今は出来るだけ時間を作って1匹にさせないよう気を使っている。
2012年12月27日
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こうして日記を書くのは何ヶ月ぶりなんでしょうか。。 昨年私の腸の血管が切れて病院のお世話になり、チロルの心臓に雑音があると診断され、会社が縮小されたり等々実にいろんな事があった後、3月からまたオーストラリアの土を踏んでいます。 こちらでやり残した事を全うしたら来年速やかに帰る予定です。 チロルも私もこれが元気な最後の時になるかもしれないと思い、再びこちらで暮らしています。 海外に来て食事や物だけでなく、暮らしの習慣や価値観、衛生にまで及ぶ全ての違いを認識しながらも、どうしてこんな寂しい田舎(自然が財産の所ですが)が今景気がいいと言われているのか、何だか不公平な気がしてしまいます。 先月まで週末地元のスーパーやレストランはどこも閉まっていて誰も働きたがらない社会だったのがやっと政府の方針で店を開け始めたのですから。。 そんな中、私の中でやり遂げたい事の一つが夢に消えた。涙もでないくらい失望するなんてこんなものなのかと思うくらい途方に暮れた。 同居人のおばさまが『あんたは自分を卑下する事ないよ。あんたはすでに私の出来なかった事を経験しているんだから。。』と言ってくれた。 本当に何気ない返事だったのかもしれない。それなのにうんと癒された。 夢見る事も失う事も沢山経験してきた人は、きっと優しくなれるんだろうな…。 先週まで寒かった気候が春に向かって徐々に暖かくなりだした。
2012年09月12日
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昨年の手術から丸一年、あれから何事もなかったように静かに過ごしている。 私も一緒に高熱を出して寝込んだ手術後の日も、今ではもう話題のネタだ。 今年はなんて静かな時の流れだったんだろう。。 チロルの時間は忙しい人の毎日と違い、実に緩やかに流れている。 人はチロルの年を聞いてもう老犬だね、というけれど、今も子犬の時に対する気持ちと何も変わった事はない。実年齢はもうとっくに私を追い越しているのだろうけど、いつまでも子供だなぁ、、なんて思ってしまう。 心臓に雑音があると言われながらも、医者は何を言ってるんだろう?と思うくらい、外では元気に走っている。 もちろん、若い頃に比べたら風のようなすばしこさはなくなってきているけれど。 それでも今年も穏やかに安らかに、楽しく過ごしていける事を願いつつ、元日も同じ日を一緒に迎えたいと思う。
2011年12月31日
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この頃すっかり大人しくなり、、 大人しくなりすぎてあまり遊ばなくなっちゃった。 若いころ大好きだった羽つきの猫じゃらし、(犬なんだけど)お友達との駆けっこ。 これまで好きだったことから少しずつ遠ざかってゆく。。。 その分他の人や犬に対してうんと穏やかで優しくなった。 癒されるちいさなぬくもり。 これがおばあちゃんの姿なのかなぁとふと思う。 私は先日虚血性の大腸炎にかかり、初めての病気の驚いたものの、今は回復に向かっている。 自分の衰えを実感し、あらゆることにこだわりがなくなってきたのだろうか。 でもまだま仏の境地に至るには早すぎるなぁと思っている。
2011年10月28日
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先日友人との電話中、受話器の後ろでずっと猫の鳴き声が聞こえていた。 力強く、よく通る声で約30分の会話の間ずっと絶える事がなかった。とても甘えん坊で、かまってやらないといつもこの調子なのだという。私には何かを訴えているように聞こえていたのだけれど。。 そんなニャン太が彼女の家にやった来たのは4ヶ月前、彼女の前の家で血を吐いて胸を汚していたのを発見された時だった。すでに3年ほど前から近所でアイドルのようだった野良猫の彼は、彼女が容態に気づくまでご近所で見て見ぬふりをされていた。 向かいの初老の奥さんが『この子は野良に生まれてきてこうなる運命やったんや。しょうがないわ。』といい、自宅の猫は家の中で過ごさせていても、彼には餌だけ時々与えて家族として受け入れるつもりは全くなかった。 彼女がニャン太を病院に連れて行ったとき、すでに白血球は多く、肝臓も通常の三倍でいつ死んでもおかしくないと言われていた。医師が治療の際、飼い主がいないのではどうしたらいいのでしょう、と処置に戸惑いを見せたとき、彼女は「この子は今日からウチの猫です!ウチで最後まで面倒をみます!」 そうきっぱりと宣言した。 その後、彼の食欲はめざましく、缶詰はもちろん、お刺身のマグロまで平らげてしまう大食家だった。今年定年退職し、一日の大半を自宅で過ごす彼女に、影のようについて回った。彼女のひざの上でうたた寝し、これまで経験した事のないエアコンの下で体を伸ばしてくつろいだ。 時折、そんな暮らしをしながらも外の風が懐かしく、窓の隙間から何度か脱走を試みるが彼女に見つかって失敗に終わった。彼女も外に出て行けばそれが最後になるのを恐れていた。 そんな調子でで日は流れ、先日彼女にあったとき、『医者の言う事はあてにならないねぇ、どこがすぐに死ぬのよ。』『一人暮らしだから自分に何かあったら頼める人を考えておかなくちゃ。』などと、私も本当にこのまま元気なニャン太がいつまでもいるんじゃないかと思い始めていた。 そんな話をしていた翌日の深夜、思いがけない彼女からの電話があった。「ニャン太が死んだの。」 涙声で聞き取るのが精一杯だった。 あまりにあっけなく、突然の宣告のように彼の死はやってきた。覚悟はしていたはずなのに、悲しみがとまらなかった。近所の人たちも集まって彼にさよならをしに来ていた。 最後は急に痙攣を起こし、病院にかけこんだが医者は、気休めだろうけどいつもの薬か、安楽死の注射どちらにしますかと選択をせまった。彼女は少ない望みに希望を託したのだけど、帰宅後再び激しい痙攣を起こし、それが少しずつおさまり、最後は大きく伸びをして眠るように亡くなった。。。 もっと早く家の子にしてあげたらよかったのに、と私は言った。でももしまだ彼が健康だったら? 彼女は家には入れなかったという。もうニャン太が最初で最後の子だといい、翌日お葬式も済ませた。 私の近くの淀川河川敷も沢山の野良猫たちがいる。人の思いやりに触れることなく亡くなっていく猫たちなど山のようにいるのだろう。 最後に家の猫として彼女のそばで過ごせたニャン太の魂は、今でも幸せに空の向こうに漂っているのかもしれない。
2011年08月28日
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GWは過ぎ去り、すっかり昼間が暑くなっていることに最近ようやく気づいた今日この頃。(普段屋内にいるとよくわからないもの) 「あらぁ、久しぶりぃ。前より白くなったわねぇ~。」 ・・・散歩仲間から時々そんな事を言われるようになった。 チロルを毎日見ている私にはよくわからないのだけど、たまに会う人達が言うのだからきっとそうなのだろう。。何だかすこし悲しい気分だ。 先日蛍光灯の下で瞳がうっすら白く見えるのが気がかりで獣医さんに診てもらった。 白内障かと思って心配していたら、核硬化症という加齢による症状だった。 今のところしっかり見えていて問題はないという。高齢者用の目薬で緩和されるでしょうとの事だった。 心臓の雑音についても加齢によるもので、散歩は時間を短く、あまり走らせないようにとのアドバイスをいただいた。 来月12歳、まだまだこの調子で元気を保ってほしい。
2011年05月21日
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さつまいもがそろそろいたみ出したことに気づき、早く食べてしまおうと思った。一人で食べきれない食材はいつもおすそ分け。 寒い中、面倒ながらも思い切って一緒に散歩に出かける。帰宅したとき、自宅の暖房が意外に効きすぎていたことに気づく。 一人部屋でぼんやりと、思考が悪いほうに傾きだしたとき、私のひざを小さな前足が軽く私のひざをたたく。つぶらな目でチロルが真っ直ぐ見上げて座っていた。 まだ寒い日が続く中、一日の終わりに一緒にお布団に入ってやすむ。。。
2011年03月15日
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『歯槽膿漏は犬にとって命取りなのよ。』 高齢犬と暮らすご近所様の一言に冷やりとし、先月初めての歯磨きにチロルを連れて行った。犬に歯磨きは不自然と思っていたのだけど、昨年手術を受けて以来いろいろなことが心配になっていた。 お店のお姉さんが明るく迎えてくれて、新品の歯ブラシに歯磨き粉をひねり出してくれた。チキンの香り漂うペーストは食べても大丈夫とのことだった。このまま与えたら一気に食べてしまいそうないい香りだった。『歯垢はあまりついていないですねぇ。』との言葉に安心、日頃から歯ごたえのあるおやつをあげていたからかな、と思った。 私との会話の合間、歯の表面をクチュクチュ、と5分ほど磨いてチロルの歯磨きは終わった。あっというまの時間だった。 三日に一度はやって下さい、と言われてもらった歯磨きのセット、あれからずっとさぼって手をつけずに放っている。
2011年02月09日
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10月の末にチロルが手術を受けてから丸一ヶ月が過ぎた。 はじめてお腹を切った事に一番うろたえていたのは私だったかもしれない。 診療中や手術後もあばれて先生たちを手こずらせる事なく、無事に手術を終えた。 抜糸のとき診療台の上で仰向けになるのを私も手伝い、体を支えていた。 その時チロルは仰向けにされたままずっと小刻みに震え続けていた。 本当は怖くて飛び起きて逃げ出したかったはずなのに、抵抗してはいけないと悟っていたのか、一生懸命に耐えている様子が辛いほど伝わってきた。病院のスタッフや私の顔を伺いながら不安を訴えているようだった。『大丈夫、もう少しで終わるよ。』鼻先にそっと手をあてて声をかけた。 一方、手術を終えてチロルを迎えに行った日の夜、私は38.4度の高熱を出した。まだ傷口の生々しいチロルを部屋へ連れ込み、自分も布団に倒れこんだまま約3日間、ほぼ寝たきりですごした。 そして、3週間前、ついに8年間愛用していたパソコンが壊れてしまった。はじめ頻繁にフリーズしていたが、ある時全てを再インストール中に電源が入らなくなってしまった。 生きているものだけでなく、いろんな物に手入れが必要な時期に来たのだなぁと痛感した。
2010年12月05日
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先月の雷雨を境にめっきり涼しくなった。 早朝チロルと河川敷を歩いているとじっとしていられない程寒かった。 川沿いの木の枝の上で猫の親子が丸くなって座っていた。 まだ薄明るい中、真っ黒なキジが通路を早足で横切っていった。 芝生の上で鳩達が誰かが落として言った食べ物のくずをつついていた。 高い木の上に止まっている沢山のカラス達が賑やかに話をしている様だった。 猛暑のときも雷雨の中も長年変わらずに命が育まれている。動物達はそんな根強い力を持つ自然と人をいつも結び付けてくれる。。。 話は変わって、チロルが就寝中若干おもらしをしているようだったので翌日病院で診てもらった。 食欲は相変わらずで、若い頃ほどの俊敏さはないが今でも走り回る位元気だ。 診断の結果は『子宮粘液症』。高齢によりホルモンのバランスが崩れた為との事だった。完璧に治す唯一の手段は子宮の摘出…。「えっ、こんなに元気なのにもう手術!? 早速取り去ってしまわないといけないの…!?」 いきなり腹を切る話を聞くことになるとは、衝撃だった。 今更ながら、これまでの元気さと明るい愛嬌ぶりに安心し、老いが確実に近づいている事の認識が薄かった。 血液検査で全身に影響のないことがわかり、今は抗生剤で様子を見ている状態だ。 犬の更年期、なってしまったら「取りましょう」…なんて、即物的だなぁ。。。
2010年10月02日
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真夏の出会い(後半) 連絡してきた女性の家には先住猫が一匹いた。 子犬を連れてくる前から必要なものを取り揃え、いつ来ても暮らせるように準備が整えられていた。ところがいざ子犬がやって来ると、その猫は家からぴょいと出て行ってしまい、ご飯を食べにも来なくなった。じっと塀の上に座り込み、それ以上近づかなくなってしまった。そんな状態が4日間続き、彼女はついに泣く泣く子犬を手放す決心をした。 その後しばらくして別の貰い手からも連絡があった。今度は先住犬が飼い主がいない間子犬に噛み付いていじめるのだという。 どういう状況だったのかはともかく、結局何の責任もない2匹が出戻ってきた。 その頃、私は隣町の木造アパートに引っ越してきたばかりだった。当時無職、求職活動中だった私は動物に対する興味どころではなかった。子供の頃大好きだった犬猫なども、長らく縁のなかった間自分とはすっかり別世界のものになっていた。前職で心身ともに消耗し、再就職のあてもなく、活動する度貯金は減り続けるだけで馬鹿馬鹿しくなり、2ヵ月後には一日の大半をご飯もそこそこに寝て過ごすようになった。 そんな様子を覗っていたのか隣部屋の女性が心配し、ある日表で出くわした時お茶に招いてくれた。玄関で体重8キロに及ぶ大きな猫2匹が足元に寄ってきた。「誰かのために存在すると、感じることが必要なの。」そんな話から始まって時は流れ、また同じアパートの住人が加わって、お茶がいつの間にかビールへ変わっていた。彼女の家にも猫がいた。後日、私のアパートは近所で動物園といわれるほど皆が犬猫と住んでいるのだということを知った。 それまで私は失ったものにばかり固執していた。社会的な人望やお金は何もないけど、拘束されないたっぷりの時間はあった。今の自分だからこそ出来る事を考えてみた・・・。 毎週ポストに入る地方紙に「もらってください」のコーナーがあった。 心強い留守番役がほしいと思い、目に留まったのは犬の貰い手募集だった。しつけに必要な時間は充分ある。連絡後、早速隣町までバイクで走った。 私が行った時、出戻り子犬は再度もらわれ最後の残り1匹になっていた。母犬のコーギーに似ず長い足のその子は、人形のように大人しく飼い主の小脇に抱えられて現れた。初めの貰い手が揃えていたドッグフードや室内トイレまで譲り受け、私は子犬をどきどきしながらバックパックに入れ、ハンドルにかけた後安全速度以下のスピードでパイクで走った。 11年後、すでにバックパックに入らなくなってしまった初老の犬は、今も健康で穏やかに暮らしている。 捨てる神あれば拾う神あり・・・、私自身も拾う神の見えない手で今まで過ごしてきた一人だ。
2010年08月29日
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休日の朝早起きしてチロルの散歩に行くつもりがこの日は寝坊してしまった。暑い日中外を歩かせることもできず、結局犬を置いてバイクで買物に行くため家を出た。 マンションの一階まで駆け下りたとき、肝心のバイクの鍵を忘れたことに気づいた。また四階まで汗をにじませ家へ戻った。又出かける前のチロルの真ん丸な瞳と視線が合った。「やっぱり私を置いていくのね...?」体を起こし、ピンと立てた耳を少し傾け、それが自分からは何も行動できない一抹の自己表示に思えた。しょうがない、連れて行こう。そう決心した。 太陽が降り注ぐ中、チロルをつないでスクーターの足元に座らせた。足で落ちないようにガードし、ゆっくりとバイクを走らせた...。 11年まえの6月、大阪のある町で7匹の子犬が薄暗いガレージの中で静かに誕生した。その家の家族は両親が共働き、子供たちは大きな学生で皆あまり犬に構わなくなっていた。ガレージにいつもつながれていた母犬は外からやってきた犬と知らぬ間にかかっていたのだ。その家の奥さんは子犬達が生まれた後、早速貰い手探しに奔走することになった。身近な手段で地方誌のもらって下さいコーナーに掲載した。母犬がコーギーでよく似た子犬もいたのだろうか、貰い手はあっけない位順調に決まっていった。平静だった母犬が最後の一匹がもらわれいなくなった時、鼻を鳴らしながらしばらく探し回っていた。。。 子犬達がいなくなってから一週間後、貰い手の一人から元飼い主のところに電話があった。「すみません、やっぱりうちでは飼えなくなりました...。」(つづく)
2010年08月12日
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先日の夕方我が家の近く、淀川河川敷堤防横の民家に3回も雷が落ちた。 電信柱が直撃され、辺りの一軒家がいっせいに停電、ある家ではテレビやパソコンまでが壊れてしまった。 薄暗い部屋の中が一瞬で真っ白になる程の閃光に皆怖い思いをしていた。 いつもの犬の散歩仲間たちはその事で話がもちきりだった。「うちのボブは私の後をずっとついて歩いてたのよ~。」「うちのマリーはずっと空に向かって吠えっぱなしで~、、。」 うちのチロルはどうだったのか謎である。勤務で自宅にいなかった私には様子を見ることができない。 梅雨は過ぎ去り本格的な真夏日がやってきた。 犬にとって本当に厳しい季節はこれから続く。
2010年07月25日
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先日マイケル・ジャクソン没後一年を記念するイベントに参加してきた。 彼のアルバムが発表される折に当時の自分の状況が思い出された。 その頃あった出来事、出会った人や疎遠になった人など何て多くの変化を重ねて今までやってきたのだろう。 朝起きられず、ご飯もそこそこに出勤する日が何度もあった。石鹸を買い忘れてその夜シャワーで風呂を済ませた事もあった。 その日の生活にあたふたし、やっとの思いで過ごす日々が何度もあった。 そんな中で常緑樹のように変わらぬものの一つにチロルの存在がある。時には手がかかり心配の種だったこともあるけれど、年月はあらゆる出来事を全て微笑ましい思い出に変える。 今日も長年健在のラジカセからマイケルの曲が流れている。 今月17日、チロルが11歳になった。 いつまでも共に時間を刻むことができたら... おじいさんの古時計はいつもさりげない所で誰かのそばにたたずんでいる。
2010年06月27日
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(只今待機中...) おやつを待つときのまなざしはどんな時よりも輝いている。 いつもお決まりのように出てくるドッグフードにはぷいと顔をそむけるくせに。 しょうのない奴だ。 ばくっ! あぐあぐ...
2010年05月30日
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みんながいっせいに注目! いつもおなじみの仲間達が久々に河川敷に集合した。 雲一つない空の下、皆が陽だまりに誘われて動きだす。 かたときもじっとしていない犬達にカメラのピントもあわなかった。じれったいシャッターチャンスを待たずに、こんな時はカメラを置いて一緒に遊ぼう!!
2010年05月05日
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行楽の季節にぴったりの手間暇かけない簡単おやつ。いつもの炊飯のついでに下ごしらえ出来るのがうれしい一品。 Sweet Ball・さつまいもの輪切り 約1センチ厚、炊飯器に平らに並ぶ程度・はちみつ 好みに合わせて適量・シナモン(なくても可)※好みに合わせてトッピング!(なくても可)・アーモンド・オート・いりごま・ココナッツチップ1.輪切りのさつまいもを炊飯前の米の上に並べる。通常より30cc程水を足しておく。(炊飯器により加減する)2.炊けたらさつまいもを取り出し、熱いうちにつぶしておく。少々米がついていてもOK。3.はちみつを少しずつ足し、味をみながら混ぜる。4.あれば仕上げにシナモンをふり、香りをつける。5.一口サイズに分け、好みでトッピングをまぶす。※トッピングの使い分けや紫芋で盛付けの彩りを楽しめます。
2010年04月18日
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晴れの日のお出かけが楽しみな季節が近付いて来た。 しかし、花粉症持ちの私は毎年外出時マスクがはなせなくて、いつもむさ苦しい心地で歩いている。 ストレスがアレルギー症状を引き起こしやすいらしいが、2人の友人についてその事がふと思い浮かんた。 私の友人の一人は、5年間保育士として勤めた後いくつかのアルバイトを点々とし、現在スーパーのレジ係としてご近所で顔馴染みのスタッフである。8歳の頃に父親を事故で亡くし、弟が独立した後お母さんと二人で暮らしている。そんな彼女の日課は、安い品を求めていろんな店へ自転車で走り回ることだ。経済的に決して裕福とは言えない親子は、たまに近くの銭湯やデパートで一緒に過ごすのが楽しみだ。この素朴な親子にはどちらにも花粉症がないという。 一方、もう一人の友人は短大卒業後民間の企業に勤め、来年勤続二十年目を迎える。連休の間は温泉旅行等に出かけ、美味しい店もよく知っていて、OL生活を満喫しつつ、真っすぐに生きてきた人だった。ところがそんな彼女の内心は、同居の母親に対する愚痴や職場に対する不満でいつも一杯だった。 彼女は私と同じく毎度花粉症に悩み、加えて慢性の肩凝りの持ち主である。 日頃のストレスはアレルギーに何らかの影響を及ぼしているのだろう。2人の違う生き方に改めてそんな事を考えさせられた。この時期だけはお留守番ばかりしている犬と鼻を交換できたらいいのにと、できもしない事を思ってしまうのだった。
2010年03月29日
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負けません。元気です。食べるの大好き、お散歩もっと好き。気が向いたら御主人に甘える。それでいいじゃありませんか。 天気のいい時は草の上でゴロゴロ、最高です。(よく体が臭いと文句を言われますが) この頃追いかけっこはすぐに飽きてしまうんですが、いつでもお散歩の時は友達に会えるのを楽しみにしています。 これから暖かくなればお外はバーベキューの季節。焼肉の後の地面でゴロゴロ、真っ黒になったら怒られるんだろうなぁ~。(チロルより)
2010年03月15日
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シドニーに同時期滞在していた友人が、一人気になるという男を残して帰国した。 彼が彼女にとって友達の一人なのか、または特別な感情を抱いているのか、お互い働きながらの学生にとって充分な時間もないままビザ切れを目前にやむなく帰国した。 彼女は連絡先を伝え合ったがどうせ遥か海の向こうの人の事など疎遠になってしまうだろう…とすっかり諦めの気持ちになっていた。 ところがその後彼の方から電話があった。 彼女が書き残した連絡先が通じなくて、彼女と親しかったフラットメイトをつかまえ、再び連絡先をききだしてかけてきたのだった。以後文明の利器を頼りにメールで連絡を取り合い、細く長い付き合いが続いていた。 バレンタインの前日、彼女は彼にe-cardを送った。翌日彼からお礼の電話をもらい、そのノリで本当に日本ならではのチョコレートを送る事を決心した。そして、バレンタインがとうに過ぎ去った26日、彼から受け取ったと喜びのメールが届いていた。 ○治の板チョコと○ロルチョコレート、あちらでは普段見かけなくて珍しかっただろうと思う。 私はTimTamとカンガルーボーンがとても懐かしい。
2010年02月28日
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(先週号のTimesより) イギリスのある高齢者施設内のドア横に一匹の猫がたたずんでいた。 彼の名前はオスカー。入所者は重度の痴呆症やもう起き上がれない人等で、多くの人がこの施設内で人生の最期を迎える…。 白地にブチのふくよかな、一見どこにでもいそうなその猫は、このひっそりした施設を訪れるボランティアの人や子供達の為に、アットホームな空気をもたらすよう、もらわれてきた猫だった。 特定の人になついていない彼だったが、唯一彼が人に寄り添い、側を離れようとしない時があった。 オスカーは人の死の数時間前を予知する猫だった。 彼は人が亡くなる前、その人の部屋の前に立ち止まり、ドアや壁を引っ掻いて中に入れてもらおうと懸命に催促する。部屋に入ったオスカーは、横たわる患者の側にぴったりと体を寄せつけ、じっと動かない。 それが犬が成分をかぎわける能力と同じ関連があるのかは解明されていない。 部屋の前を巡回するオスカーは死神のように怖れるべきものだろうか。彼は何食わぬ様子で廊下に面した各部屋の前をのんびり歩く。 彼を人が迎える最後の苦しみの時に現れる忌わしいものという見方と、見送りにやってくる存在と思うかは、今だ意見の別れるところとなっているそうだ。
2010年02月17日
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先日動物病院を訪れた時の事。 医師にチロルの心臓に小さな雑音が聞こえると言われた。気になっていた皮膚アレルギーは大した事なく、心臓の事を聞いた時は全く信じられない気分だった。 もちろん若い頃の暴走ぶりはすっかりなくなっているけれど、まだ淀川の堤防を駆け回る程の元気さはある。今は様子見で充分との事で、かすかな不安をかかえたまま病院を後にした。 人よりうんと早く訪れる老いを、今更の様に実感した。 10年前リュックサックから顔をのぞかせてうちにやってきたやせっぽちの子犬。家のあちこちを嗅ぎ回り、時々不安そうに鼻を鳴らしていた寂しがり屋の子犬が、もう初老の時にさしかかっている。 近所に住む今年20歳を迎えたポン太(♂・雑種)は今だ大病を患う事なく元気に過ごしている。お母さんに袋入りの菓子パンを丸ごともらい、美味しそうにムシャムシャ食べる。こんな砂糖たっぷりの味付きパンを当たり前にもらい、健康面は大丈夫なのだろうか? 長生きの極意は何なのか、お母さんに尋ねると『惜しみのない愛情』なのだという。彼の為に旅行等で長期間家を空ける事はなかった。それでも甘やかす事なくポン太に心地よい環境を常に思ってきたそうだ。 …自分の予定を優先してきた留守だらけのうちとは随分対照的だ…。 それが寿命に関係あるのかはっきりと分からない。 でも取り返せない時間を惜しまない為に、チロルにとって心地よい時を一層大切にしていこうと思った。
2010年01月26日
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何もしなくても時間が経てばいつもやってくる正月。まだ若い学生の頃、紅白を見たり人ゴミにもめげず初詣に出かけたり等、いろんな行事に心弾ませていたものだった…。 そんな頃から十数年、今では謙虚な気分はどこへやら。また同じ事の繰り返しと居直り、除夜の鐘も構わずそそくさと寝る。大晦日の夜はそばも食べず、宅配のパエリアとワインを味わっていた。 けれども年明けには友人宅で鍋を囲み、皆と久々の再開を喜び合った。若い頃、将来の話や当時の楽しみで話は弾み、仲間同士でよく騒いだ。今ではお互い仕事のある事に安心し、この時期風邪で寝込まないようにといたわり、励まし合う。 未知の可能性を沢山秘めた若い頃と違い、今自分の前にあるものがより現実的に、はっきりと見えてくる時だと思った。 この頃物腰がのんびりしてきた我が家の犬が、もう私以上の年齢になろうとしている。。
2010年01月11日
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Sang Choy Bow Wow タイ風の鶏肉料理。前菜にシャキシャキのレタスをカップに盛ります。材料2粒: 赤とうがらし500g: 鶏肉 小さじ1: ごま油小さじ2: フィッシュソース小さじ2: レモン汁小さじ1: しょうゆ1/2カップ: コリアンダーとミントの葉(細かく刻んだもの)作り方1.鶏肉を食べやすい大きさに切っておく。2.中火のフライパンでとうがらしを焼いておく。3.鶏肉をきつね色になるまで焼き、フィッシュソース、しょうゆ、レモン汁をまんべんなくかけた後更に1分焼く。4.火からおろし、コリアンダーとミントをまぶす。5.最後に、人の分はとうがらしと一緒にレタスの中へ、犬と猫の分はそのまま器に入れて冷ましたものを出す。 犬と猫の繊細な胃腸にとうがらしはよくありませんが、オウムやインコは好むでしょう。薄型のパンにレタスと具を巻き、彼等と食事を楽しむのもいいでしょう。
2009年12月30日
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セサミボール材料3/4カップ: ピーナッツバター(クリームタイプ)または他のナッツ類のバター1/2カップ: はちみつ1/2小さじ: バニラエッセンス3/4カップ: スキムパウダーミルク1カップ 全粒麦1/2カップ: 小粒のナッツ(松の実、ひまわりの種等)1/4カップ: 炒りごま+適量(好みで白ごまでも可)作り方1. ピーナッツバターとはちみつ、そしてバニラエッセンスをよく混ぜ合わせる。2. ミルクパウダー、麦,ナッツ類を少しずつ加えて混ぜる。この時だんだん固くなるので手を使って混ぜるのがよいでしょう。あまり固いようなら少量のお湯を足す。3. 一口サイズの大きさに丸め、仕上げに炒りごまを表面にまぶす。 残ったおやつは密閉の容器に入れ冷蔵庫に保存する。ただ混ぜるだけの簡単レシピ。豊富な麦やナッツで鳥も喜ぶ手軽なおやつです。『桃太郎』になった気分で召し上がれ。※盛付け例。ツリー状に重ねクランベリーを散らします。
2009年12月23日
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いよいよクリススマスが近付いてきた。本来聖なるクリスチャンの為の祝日だけど、イベント大好きの人達にとってはお楽しみ満載のひとときになるだろう。 今の寒い季節に犬を連れて散歩する時、魔法瓶に入った熱い紅茶とちょっとしたスイーツを持って出かける。河川敷沿いの長時間の徒歩やサイクリングの途中、ベンチに腰を下ろして口にする熱いドリンクは最高だ。お腹の中から体中がじんわり暖まり、それだけで格別の心地になれる。 もちろん、チロル(犬)のおやつも持参している。しかし、近頃食欲旺盛で太りがちなチロルには、通常の散歩に加えてキャッチボールなどの運動もするようにしている。 そんなこんなで最近おやつ代がエンゲル係数を占めてきたので、人・犬用共におやつの手作りを始めた。 結局全生物共通の喜び事と言えば、食べる事に終始するのだなぁと、面倒ながらも何かと料理を楽しむ毎日だ。 ※次回Sydneyの'Urban Animal'に掲載されていた犬・猫・鳥・人も一緒に食べられるレシピをご紹介します。
2009年12月14日
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先日の土曜、休日だったに関わらず朝五時に車の騒音で目覚めた。 通りに面した我が家でもそんな時間から起こされる事はないのに、三連休の初日だったせいか行楽に出かける人が多かったようだ、 ゴールデンを飼う友人は、車のインターにある無料のドッグランをよく利用している。今はどこも便利になるよう人の手が行き届いていて、利用者にとってはありがたいものから必要な物へと意識が変わってきている。 その至れり尽くせりが当然の様に定着すると、個人のモラルや判断までもがその場のシステムに頼りがちになる。その枠を離れた所では、対応力を失いトラブルに発展するか、自分の判断に自信が持てず極端に保守的になるのではないだろうか。 昔ははしゃいで転んで傷ついて、痛い思いをしてこそ身についてきた事が多かったのに、今は初めから傷つけまい、問題が起きる事自体あってはならないと、どこも守りで固まっている。本当に大事なのは問題が起きた時に対応・判断力をどれだけ発揮できるかだと思う。 学校の運動会ではもう騎馬戦は行なわれない。駆けっこでは順位をつけてはいけなくなった。自分で楽しみを見出せない子供達はゲームのシミュレーションに増々はまり込んでゆく。 こんな土壌の世の中で真の大人が育っていくのかと不思議に思う今日この頃だった。
2009年11月24日
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久々に雨の降り続く週末、チロル嬢はベランダで洗濯物を干す私を上目遣いでみつめていた。 外は小降りの雨が残っていて、いまひとつすっきりしない天気だった。 こんな時は訪ねてくる人もなく、ただ音のない雨が外の視界をベールのように包んでいた。 決して景気のよくない雑事だらけの毎日に、全てが静止したかと思われるひとときが訪れた事に私は半ばほっとしていた。チロルにはすまなかったが、この日の午後は家にこもり、夕方までがっつりと昼寝をした。
2009年11月07日
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「オーストラリアの連中は皆カンガルーだよ。」 あるパブの常連がそう話していた。彼にはオーストラリア在住のいとこが3人いるという。 次から次へ恋の相手を変える者にはそんな例えがぴったりはまる。 以前シドニーで暮らしていた時最寄りのスーパーマーケット、Colesでエジプトから来た青年が清掃の仕事をしていた。 床のモップがけをする合間に顔見知りと気軽に雑談を交わし、いつも明るく勤勉な奴だった。普段の買物客だった私はそんな彼とまもなく仲良くなった。 彼は永住権を取得し、オーストラリアで家族の為に稼ぐつもりではるばるやってきた。そして、将来の花嫁を探す為にも。。 敬虔なモスリムの彼は、たった一人のパートナーを見つけ、自分の故郷に連れて帰るのが夢だという。今は永住権取得のため学生の身であり、卒業するまでは彼女は作らないと公言している。 そんな彼だが、シドニーにやってきて初めの一年程は神も呆然、口とは裏腹のやりたい放題だったのだ。 背が高く、鼻筋の通ったヒゲ面のスリムな彼は女をものにする事などとても簡単だったという。カレッジでもオージーを含む多国籍な数多くの情事を楽しみ、その場限りの関係を繰り返した。アラブ訛りのアクセントで聞き取りにくい英語だったに関わらず、生来の脳天気さと度胸に物を言わせていたのだろう。祖国では容易に体験できなかった事を一気に開花させたのか、イスラム文化の外を出た男の素行は幾多の女性に感化され、はじけ飛んでしまった。 そうこうしているうちに、本来の目的を真剣に見つめだした彼は、来年の卒業に向け、現在勉学とアルバイトに勤しんでいる。 先月久々にシドニーを訪れた時、元気な彼の姿を見る事ができた。昨年より少しやつれたようだった。 メールの返事が遅い事をきくと、『ラップトップを妹の誕生日にあげたんだ。』と語った。家族の幸せが自分の幸せなんだよ、と。公園で長らくしていなかったという空手のパフォーマンスを披露してくれた。今は忙しいけどまた空手をやり、いずれ日本人と勝負したいと言っている。 砂漠の放浪者がようやくオアシスに辿り着くように、彼自身もいつか幸せをつかむ時が来るのだろう。 私も長期の留守番を強いている同居犬を喜ばせてやりたいと思い、何か食べ物を探すべく現地のペットショップに向かった。『日本で食べた事のないおやつでも食べるだろうか。』カンガルーボーン、これならバラ売りで残してもまぁいいだろう。。そして帰ってからチロルにあげてみると、心配無用、なんとやみつきでその日のうちに半分以上かじってしまった。
2009年10月19日
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伝えたいと思う事は紛れもないたった一つの真実。 それだけを言いたかったはずなのに微塵の誤解もなかっただろうか。 言葉は魔力だ。 意思伝達に不可欠、時には煙幕を張る為にも活用される。人を幸せにし、またどん底にも突き落とす事ができる。 言葉がなくても笑顔で抱きしめる事ができるなら…! 何も言わずとも通じ合える、何より簡単で率直な方法。
2009年10月06日
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先日毎週無料で配付される地方紙に見覚えのあるラブラドールの写真が掲載されていた。 『もらってください』のコーナーで、カメラ目線でうっすら口を開けた愛くるしい立ち姿だった。 知人が経営するその会社には子犬の頃にペットショップで買ったという2頭のラブがいた。思わぬ不景気で時間も余りだし、会社の外には待機する職人さんが煙草をふかしながらぼんやりする姿をよく見かけるようになった。 家が近いので2匹には時々散歩中に会っていた。ゴールデンのリーは穏やかで聞き分けがよく、黒ラブのビトーは3歳とまだ若く、血気盛んで活発な犬だった。 そんな二匹の待遇は実に粗末で、水入れにはいつもゴミや抜け毛が浮いており、餌もトイレが近くなるからということで八分目しか与えられていなかった。用を足すだけの短い散歩を済ませて皆が退社する前、倉庫のシャッターの内側で翌朝迄1メートル足らずのリードで繋がれたまま夜を明かすのだった。 2匹は訓練所へ通っていたにも関わらず、散歩と餌の時以外は誰に構われる事もなかった。皆職場で自分の役目を全うする事で一杯で、社長すら様子を見に来るのも稀だった。 そんな中ビトーの無駄吠えはますますエスカレートし、何にでも敏感に吠え立てるようになり、やがて彼は皆からバカ犬よばわりされるようになっていった。 リーの方は昨年夏倉庫の中で熱中症になりかけ大変な目にあったのだが、相変わらず健気な程に従順な犬だった。 そんな彼等が終生こんな状況で過ごすのだろうか…と懸念していたある日、あの暴れん坊のビトーが愛らしい表情で地方紙に掲載されていたとは。 『会社でかえなくなりました。もらって下さい。』 まさかと思った犬は間違いなくビトーだったのだ。後日聞いた話によると募集して10日後には二匹とももらい手がついたそうだ。 今ではどこかの家庭でのんびりと新しい犬生をスタートさせていることだろう。
2009年09月06日
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一年で一番暑い時期が来たかと思っていたら、案外曇り空の日が多く、暑さが苦手な私は少しホッとしている。暑さにうんざりした時は、オーロラや白夜の見える所へ逃亡したいなぁ…などと実現できない空想に心を遊ばせ、冷えたジュースを味わう。 長い昼間の後ようやく日が地平線に落ちかけ、町のネオンが河川敷堤防の向こうにちらつきだす頃が気持ちのいい散歩時間だ。 公園でチロルとキャッチボールで遊ぶ。途中で急に水道横へ駆け寄り、『お水をちょーだい。』と真っすぐな視線で私が察するのを待つ。耳をピンと立て、尻尾を軽く揺らしながら、近づく私をじっと見つめている。長い口の横からガブガブと水を流し込む姿は豪快だ。 河川敷から遠くに見える花火大会 朝夕涼しい時間によく会うシェパードのレオン ベンチに集う顔馴染みの面々 暑く害虫の多い季節にも、それなりに楽しい事は転がっている。犬はそんな掘り出し物の発見をいつも手伝ってくれているようだ。
2009年08月24日
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例年より長かった梅雨がやっと明け、本格的に太陽が照りだした。 早朝太陽がまだ昇りきらない涼しいうちに散歩にいっても、湿気の多い暑さのためか家に戻ると汗びっしょりだ。犬のチロルも長い間大きく息を切らせている。 こんな時、シドニーにいる頃は過ごしやすかったなと比べてしまうけれど、淀川のゆったりした流れを見ているとどちらでもいいように思えてくる。 冬眠ではなく、『夏眠』がしたい。 とはいえ、暑いのが駄目なくせに犬は散歩が一番の生き甲斐。お陰で人も家にこもっていられない。
2009年08月09日
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Michael Jacksonが天に召されてからまもなく一ヶ月、メディアもすっかり潮が引いたかの様に話題にしなくなった。 しばらく聴く事のなかった彼のアルバムを、古くからたまったCDの群れから取り出して聴いた。改めて彼の作った音楽に心が熱くなった。 音楽や絵等の芸術に心揺さぶられるのは、人だけが授かった賜物だ。 時を経ても聴き継がれてゆくあの人の声、音。 ビクターの犬がかつて蓄音器から流れる亡き主人の声に耳を傾けていた頃から、音は絵画と同じくずっと後世に残るものになったのだ。 音楽はすばらしい。
2009年07月21日
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今月17日、チロルが満10歳の誕生日を迎えた。 時々『人間でいうと何歳だぁ~?』と聞く人がいるが、一昔前に比べてワンちゃんの寿命が延びた今、おおよその見当しかつかない。更年期らしき不調もなく、(犬にあるのか?)皮膚アレルギー以外は絶好調だ。 ただ一つやり残した事は、これまでお婿さんがいなかった事だ。 若い時は『一度に沢山できたら大変だ』と、外で他の犬とかからないように気を配っていた。しかし、飼主の心情は勝手なもので、もう機会がないと思うと一匹でも愛犬の血を引く子犬を、もしもらい手がなければ全部まとめて引き受けてもいいとまで思ってしまう。 どこかで間違いでもいいからかかってくれれば良かったのに、と思ってもマンションの箱入り暮らしではそれも望み薄だ。 今の時代犬同時のマッチングはほとんどブリーダーの手で管理されている。今後雑種ちゃんはかげろうのように一代限りではかなく姿を消していくのだろうか。 『生まれたからもらって』的自然な営みは、家庭動物の間でお目にかからなくなってしまった。
2009年06月22日
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私は甘いものが好きだ。洋菓子が好きで特にチョコレートを使ったものに目がない。先日もスーパーで買った○ンテノールのロールケーキを夕食後紅茶と一緒にいただいた。食べている間は全ての雑事を忘れ去った至福のひとときだった。 しかし人が夢中でおいしそうに食べているとそれまでじっと横になっていた我が家の犬はむっくり起き上がり、まるで影の様に私の側に現れる。 うちにチロルがやってきてまもなく10年、今やそんな無言のおねだり攻撃に動じる事はあまりない。 それでも時折、じっと見られて何かあげたくなり、犬用のおやつに手を伸ばす。乾燥した豚の耳や馬のアキレス腱等、人の歯でびくともしない固いものをバリバリと美味しそうに食べる。いつも食事に与えているドッグフードとは食べっぷりが違う。 おやつは普段の食事とは別の特別な時間をもたらしてくれる。食べる喜びが生きる力なんだとつくづく思う。
2009年05月31日
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週末の昼下がり、淀川河川敷近くの一軒家に、見事に手入れされた花一面の庭を見つけた。バラやマーガレットが鮮やかに咲き、風が香りを遠くまで運んでいた。 その庭の隅に置かれた犬小屋に1メートルあるかないかの短い鎖で繋がれた白い犬がいた。「ワン、ワン!」庭に見とれていた私に、家から現れたおばちゃんが穏やかに言った。「知らない人が来たから吠えているのよ。」 その前から犬は吠えていたはずなんだけど…。 何やら一生懸命自己主張しているのだが、誰にも察してもらえないまま短い鎖をぐるぐる引っ張り回していた。 「おばちゃん、その犬どっか行きたがってるみたいですよ。ちょっと思うところへ行かせてみてあげたらどうでしょう?」するとそのおばちゃんは、ノリのいい事に『そうやなぁ。』とリードを手に取って犬が進む方向へと引かれて行った。「あらら…っと。」 おばちゃんの白い犬は10メートル程先の道向かいの家の庭の犬のところに突進していった。 その白い犬は♀で発情期だったのだ。 心は実物の鎖などものともしない。その正直さがちょっぴり羨ましく思えるひとときだった。
2009年05月17日
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先日ひょんな事から寺へ一泊修行をしに行くことになった。振り返ってみれば一泊はあっという間で、都合で日を伸ばせなかったもののあまりの短さに惜しい気がした。 初日の夜、就寝前に住職のお話をいろいろ聞かせていただいた。 『人には様々な役割というものがある。時にはそれが苦しい事もあるが、皆がそれぞれ演じて生きなければならないのだ。』…とおっしゃっていた。皆が思いのままに素の姿をされけ出したままでいると、社会が機能しなくなってしまうお話だった。 私の修行中、チロルも自宅で長期お留守番の修行だっただろう。家に帰ってみると、器に盛られた2食分のドッグフードはほとんど口をつけられていなかった。 遠出から戻って『私』は体力的に疲れていた。もう修行が終った後で自我がでている事に気付いた。『チロル、私の代わりに御飯作ってくれる~?(笑)』 なんともだらしないこの私。犬が役割分担など引き受けてくれない、わかっちゃいるのに冗談混じりの愚痴が出た。 修行で座禅をくんできた私は現実で雑念だらけの日常に戻ってしまった。
2009年04月29日
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我が家の近くに新しいペットショップが出来た。中は広々としており、商品もいい値段ではあったが質のいいものを揃えていた。 開店したばかりのその店は沢山の人が集まっており、私とチロルもその中に参上した。入口から1、2歩進んだ辺りの正面に丁度チロルの首の高さと同じ位置にいろとりどりのおやつがむき出しで並んでいた。足を踏み入れてすぐ私はチロルに力強く引っ張られた。目の前のおやつに早速口を付けるのではないかと一瞬焦った。チロルは興味津々で鼻を近付け、棚に並ぶおやつの臭いを空中でかいでいた。本当は食べたかっただろうと思う。 『口をつけたワンちゃんの飼主さんにはお買い上げ頂きます。』¥¥¥¥!!! …なんて事あるかも知れないな~と思いつつ店を後にした。
2009年04月06日
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会いたくても会えない人の理由には2通りある。 一つは近くにいても互いの時間が合わずいつもすれ違うから。 もう一つは遠くにいて物理的に不可能だから。 どちらも機会を作って会う事はできる。 身近な用に追われてつい連絡もおろそかになっている人はいないだろうか。もしそれで疎遠になってしまうなら、その程度のつながりだったのだ。 近くにいても会わない人より、遠くにいても連絡を取り合える人の方が、ずっとうれしい。 想いは距離も、時空も超える。
2009年03月11日
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『犬は人に、猫は土地につく』、と言われている。そういえば、車の窓ガラスから垣間みる犬の顔はよく見るけど、猫は私が知る限り見た事がない。 チロルは私が散歩と買物兼用であちこち付き合わせているせいか、大抵どこへ行っても物怖じしない。唯一不安な様子を見せたのは、シドニー行きの便に乗せた時だ。ケージごとコンテナに乗せられネットを上からかぶせられた時、状況が分からずかたまっていた様子だった。 その後乗り継ぎの担当の方が散歩をしてくださり、落ちついた感じでトイレも済ませ、一時的にケージの外で係りの人達と待機していると聞いた時は本当に安心したものだった。 電車とバスを乗り継いで遠方の友人を訪ねた事もある。もちろん道中で嫌がる人もいただろう。しかし、幸運な事に周りにいた人達は暖かい目で見守ってくれていた。そんな状況の中にあってかチロルはいつの間にか人の好きな犬になり、良くも悪くも番犬にならないと言われるまでになってしまった。けれども町中で大勢の人の中で暮らすには問題なく育ってくれたと思う。 以前ロンドンに旅行した時電車の乗降口ドア奥に大きな黒犬が人の移動にびくともせず中年女性の足下に伏せていた。驚いて目を丸くする私に彼女はやんわりと微笑みかけた。他の乗客は全く犬の存在に気をとめず、座席の方ではおしゃべり学生達がテンション高く盛り上がっていた。もちろんどんな犬でも乗れる訳ではないだろう。一方大阪は公園の犬立ち入りやサッカー禁止等、周りへの気配りさえあれば、また周囲に関心を持って声をかける人さえいればなんて事ない筈なのに、役所があちこち看板を立てるものだから滑稽だ。 守りに徹してきた日本の文化と、様々なものを受け入れながら成り立ってきた多面的な文化の違いの顕著な現れのようで実に興味深い。 最近の出来事で、警察のお世話になりパトカーで帰宅した犬がいる。 その犬は淀川河川敷の散歩途中猫を見つけて駆けだし、飼主が呼んでも現れず一時間ばかり探すが見つからなかった。飼主は帰宅後最悪の事態を免れるため最寄りの警察へ連絡、保健所にも伝えてもらうようお願いした。 またきっと前迷子になった時の様に帰ってくるだろう…と思おうとするがどうしても心配になり、車の多い帰り道、どこかにひかれた遺体が転がっていないかと気になってたまらず再び出かけようとした。すると丁度電話がかかり、警察から保護されて預かっているとの連絡が来た。なんと家から1分足らずの交差点で角の車屋で働く女性が保護してくれたというのだった。約30分後、二人のおまわりさんについて犬が帰ってきた。何の変わった様子も見せず、足を洗う前から家の中へスタスタと入って行った。2人とも温和なおまわりさんで、「この辺りは車が多いのでワンちゃん危ないですよ。気をつけてあげて下さいね。」と言った。飼主は感謝を述べ、保護してくれた人の名前を聞き出し、翌日挨拶に伺った。彼女は飼主が見つからなければ自分が連れて帰るつもりだったという。そして、こう付け加えた。「このコ、警察の人がパトカーで迎えにきた時、自分からすんなりフツーに乗っていきましよ。」 …そのパトカーに乗って帰宅した犬、チロルは、細かい事はわからないが自分が無事でいられる、という確信は直感的に持っていたのだろうか。子犬の頃から幾度が行方を晦ますものの、今まで無事我が家に落ちついている。
2009年02月21日
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先日同じ会社で親しくしていた派遣の仲間が解雇された。そうかといって皆の仕事が軽減し、早く帰宅出来るようになったか?というとそうではない。 特に技術職の場合、時間に関わらず納得いくまで仕事から中途半端に離れる事が出来ない。そして、仕事は力量のある者が優先して取ってしまう為、仕事量が少ないと後の者は余計育たなくなってゆく。 今日本はどん底の様に言われているが、他の途上国からすれば総合的にそこまで悲感に陥る状態ではないと思う。(自国の事を顧みず何を言うかと気分を害される方もおられると思いますが、あくまで個人の思いとして書いておりますので御容赦下さい。。)むしろバブルの頃がむしゃらにやってきた体制が逆に経費のかさむ行為であったり、無益な労働力の消耗であったりする。 攻めを維持しつつ守りをもっと固める事が雇用の拡大につながるのか?一概には何とも言えない。けれども仕事に対する独占力は各個人や企業側で増々強固になってきている。ワークシェアはまだ絵に描いた餅なのだろうか。 そのうちウチの犬の餌も格下げになる時がくるか…と思ったものの、こればかりは皮膚アレルギーのため節減できないのだった。
2009年02月08日
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もう一つは人間関係を大きく変えたせつなくなる実話。 近所の五十代女性と住むコタロウ(シーズー系雑種・12歳・♂)はいつも和室の座布団でうたたねの毎日を送っている。物静かなのんびりしたおじさん犬だ。そんなある日、彼女と最も親しくしていた同じ町内のの友人が家へ遊びにやってきた。その友人と彼女は十数年もの付き合いがあった。彼女が今の家に越して来た頃、双方の息子が同じ中学に通い、縁あって長く親交を深めてきた。 お互い気を許し合っている…と思っていた。たわい無い雑談、とりとめなく弾む会話、夫の事、息子の事等どこまでも話は盛り上がった。息子が学校へ行くのを嫌がった時、誘いに来てくれたのは友人の息子だった。楽しい会話に一息区切りが付いた時、彼女は友人に失礼してトイレに立った。 居間のテーブル下にはコタロウがきており、その横には彼女の趣味であるコサージュのミニバラが棚の上に並んでいた。そのコサージュの影に家の修繕費○○万円がまとめておいてあった。 しばらくして彼女がトイレから出て来た時、テーブルの下にいたコタロウが玄関で友人の靴の臭いを嗅いでいるのを発見した。『何してるの、人の靴の臭いばっかりかいでやらしいなぁ、こっちへおいでっ!』彼女はコタロウを呼んだが言う事をきかなかった。彼女が玄関に向かってコタロウに手を伸ばしたその時、友人が彼女の後ろからこう言った。 『ごめん、堪忍、こんなことしてしもうて…!』 友人の片方の靴の底から棚にあったはずのお金が出てきた。 ショックでどのくらいの時が止まっていた様に感じたかわからないと彼女は言う。彼女は友人との別れ際、冷静に戻って言った。『もう、悪いけどあんたとは今までと同じ付き合いはでけへんなぁ…。』 コタロウは何の意図もなくただ事が起こったことに素直に反応しただけなのかもしれない。 お金が戻ったのはよかった。ただ壊れた絆はお金を払っても戻る事はないのだろう。
2009年01月18日
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閑静な集合住宅の一室で何の変わりもなく静かな毎日を過ごしている我が家の犬・チロル。囲われた空間の中で彼女の本能は鈍ってしまっていないか少し気になっていた。 『おとなしくて番犬にならない』と言われるワンちゃんの飼主さんに2つの実話を紹介したい。 先日9時半頃、夕食を終えてシャワーを浴びていた時の事。チロルは部屋の中いつもの場所で丸まっていた。そんな時、突然うちのマンションの固い鉄の扉がガチャリと開けられる音がした。一瞬体が凍りついた。固い扉が急に開けられた後の振動がまだ聞こえていた。その日の夜迂闊な事に散歩から帰った後鍵を閉めていなかったのだ。 「ワン、ワン!!」 チロルも驚いたのか、いつもは声を上げない彼女が女の子らしからぬ図太い声で大きく吠えた。 バスルームは玄関を上がった通路の脇にあり、私はとっさに中から風呂場の鍵を閉めた。飛び出して様子を見にいきたいのは山々なのに、チロルの安否が心配なのに、こんな無防備な姿で何も出来ない、、自分の保身しかできなかった無力さがこの時情けなかった。しかし、その後部屋の様子は静まりかえっていた。 もしや誰か部屋に潜んでいて、平和ボケしたチロルが頭でも撫でられてはいないか?…そんな想像もしたが開き直ってバスルームを出た。すると、チロルは何事もなかった様にいつもの場所で丸まっていた。 玄関のドアは開きかけのままで放置されており、おそらく他の階の住人かその知人が階を間違えて入ろうとしたのではないかと思う。 それにしてもこわかった。こんなとき犬が身近についていると心強い。(次回へつづく)
2009年01月12日
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このところめっきり寒くなった。いつも季節の変化と共に人の装いが変わっていくのが新鮮だ。 最近は小さいワンちゃん達もいろんな服をきて外を歩いている。けれども、私自身は犬に服を着せる事にどうも違和感を持ってしまう。 小型犬や子犬・老犬は保温の為に衣類が必要な時がある。しかし、人間の趣向でファッションそのものが先行し、小型犬が増々お人形化されている気がする。そんなところが小型犬種の人気を支える理由の一つではないだろうか。 しかし、犬の本能はそんな事をものともしない。 ウチの近所に住むチビ太(チワワ・♂・1歳)は秋の始まりから愛くるしい装いで散歩仲間の輪に参上、彼の人なつこさからも皆のアイドル的存在だった。 その日もふかふかの襟付きコートで現れ、見かけの可憐さとは裏腹の大胆さで他の犬の間を爆走し始めた。大きさの全く違うチロルとも対等に追いかけっこで張り合おうと頑張る血気盛んな奴だった。 そんなチビ太が飼主達の雑談が佳境に入る中、少し離れた草むらの上で仰向けになって転がり始めた。即座に彼のお母さんが駆け寄った。「チビ太、だめっ!」ところが時はもう遅し、チビ太の服には誰かの○ンチがくっついていた。 犬は自分の体に臭いをつけたがるが、彼は誰かの排泄物を度々体に付け、これまで既に三着の服をゴミ箱行きにしたという。
2008年12月28日
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毎年の如く忘年会のシーズンがやってきた。 先週末、座敷きで鍋を囲み、ビールを片手に普段聞けない会話も飛び出し、場は盛り上がったまま今度は二次会という事になった。もちろんチロルは朝からずっとお留守番中である。 居酒屋の送迎バスが別の店へと向かった。「行ける人だけ途中でバスを降りて下さい。他の帰る人はそのまま会社迄送ってもらって下さい。」私を含む帰宅組は少し安心した。ところが停車した時点で状況は一変、全員下車しろとの上司からの指示が出た。「ウチの母が熱がありまして、、」「もうすぐに終るから、ちょっとだけ。」「すみません、ウチの犬トイレの躾け出来てなくて長時間の留守ができません、、、」「そんなもん失敗したら耳掴んでどついたるんや~!」 どんな口実も一声で揉み消される勢いだった。テンションの上がったまま全員二次会のスナックへなだれこんだ。 予想通り前の宴会からのノリに拍車がかかり、いつの間にか注文していたウーロン茶がウーロンハイに、コーラがコークハイにされていたりと、ついには時間ばかりが流れだし、夜はだんだんと更けていった。 真夜中、やっとの思いで帰宅した。家のドアはひっそりとしていて何の生気もない様に感じられた。こんな時、部屋の奥で息絶えていたりしないだろうかと不安になる。玄関で呼んでもまだ静かで何の反応もなかった。部屋に上がり、尻尾を激しく振る黒い影を見つけた。元気でいてくれてよかった。「ただいま。いつもお留守番ごくろうさん。」一日の安堵を満喫できる時だった。
2008年12月16日
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『本当に、お前って奴は…。』 長い間空気の様に平穏な暮らしぶりだった。 そんなある日、野菜中心のあっさりしたメニューに飽きて肉料理が無性に食べたくなった。 *~ハンバーグ~* ○シンのでなく、○クドにはさまったようなのでもない、じゅわっと肉汁の滲み出る肉厚のハンバーグが食べたかった。 お店で食材を揃え、渾身の思いでひき肉をこねた。香るナツメグが火を通す前から食欲をそそり、待ちきれない気持ちで一杯だった。 フライパンに乗せ、ピチピチと油の弾ける音を聞く事約15分、念願のハンバーグが出来上がった。 ちゃぶ台に運んでほっとした後、トイレに立った。 その約2分足らずの間、一瞬気になった事がその通りに起こっていた。 フライパンにあったほかほかのジューシーなハンバーグは、チロルに平らげられた直後だった。 空になったフライパンの傍らに座ったまま、彼女は申し訳なさそうに私の目を上目遣いで見ていたのは言うまでもない。 『こら~~っ!!』 空腹のあまり久々に動物にかえった瞬間だった。※玉葱の入ったハンバーグでチロルの体調に異常がなかったのが不幸中の幸いでした。今後はくれぐれも注意いたします。(反省;;)
2008年11月25日
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