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昨日、4月21日(土)浦安の某ホテルで息子の挙式・披露宴を行いました。司会者から二人の紹介があり、小学校から今も父親と一緒に合気道をやっていますとの段においては中央大画面に入門当時から現在までの写真数点が早送りで映されました。ボーっと見ていたのはそこだけで、あとはせこせこ動き回っていました。全て息子に任せてはいたものの、父親の役割は結構あるものですね。披露宴においては親が接待役、私の席は酒も料理もテーブルに並び放題。戻って暫くすると会場係りから「もうすぐ花束贈呈、謝辞、見送りともうテーブルには戻れませんので宜しくお願い致します」えっ、もうそんな時間でしたかって感じで終了。親族のタクシーやチェックインの案内全て終わって、ホテルの部屋へ…。息子は二次会へ私は親族達と「さあ飲むぞー、朝まで!」。今日の稽古はお休み宣言していたのですが、思い改め稽古へと馳せ参じました。で、今は虚脱状態です。
Apr 22, 2007
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合気道は試合をしません(一部を除いて)。以前ある本で、柔道の名人三船十段(…スミマセン加納治五郎師範だそうです。勘違いしていました)とその内弟子の話を読みました。細かいところは忘れましたが、確かこんな内容だったと思います。その内弟子はある日門限に遅れてしまいました。その理由は二つの試合に出たためでした。その二つとも彼は優勝してしまいました。遅れはしたものの誉めてくれるだろうと思いきや、「馬鹿者!お前は一日に2回も試合をしないと自分の力が分からんのか!」と大雷が落ちたそうです。その内弟子は後に合気道の重鎮となります。植芝翁の婿への話も出たとか海外でも活躍した方です。一説には内弟子になって合気道を探りに来たのがそのまま合気道修行を積む事になったとも聞いています。また、今思い出したのですが、柔道の創始者嘉納治五郎師範も晩年乱取り偏重・試合偏重を嘆き、これは私の目指した柔道ではないと。また、合気道を見た時これが私の目指したものであると言ったとか…。(決して、柔道を軽視したり、非難しているのではありません)試合ってなんでしょうね。
Apr 9, 2007
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昨日、稽古後に各支部長が集まって会議となりましたが、ちょいと腹に据えかねたことがあって肩書きを返上しました。もうそんな会議にも出ないことも心に決めました。いつのまにか肩書きに毒されていたような気がします。人様のことはともかくなんで腹が立ったのか思ってみると、私には指導という言葉が合っていなかったように思います。(世に立派な指導者はいます。あくまでもこれは私の中のことです)こんな言葉の一つが少しずつ心を蝕むのかも知れません。私は指導するために合気道を始めたわけではありません。今後は私が一緒に稽古をして行く中で何かが伝われば良いという気持ちでやって行こうと思います。稽古は厳しく楽しくが私の信条です。形ばかりの稽古はお断り。と言っても何の事やらでしょうが、書き留めておきたくなりました。
Apr 2, 2007
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