ふつうの生活 ふつうのパラダイス

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2007年03月08日
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カテゴリ: 外国映画 は行



見終わって思い出したのは、映画『アレキサンダー』だった。彼は世界の果てまで征服したのに、自分が求めているものが何なのか、最後までわからなかったのだ。自分の中の喪失感に最後まできずかなかった。そのために世界の果てまで征服の戦いの旅をし続けたのだ。アレキサンダーが本当に求めたものは世界征服後の大帝国を手に入れることではなかったのではないだろうかと、ちょっと考えてしまった。

実の母親に愛されていないことにずっと悩み続ける主人公を描いたのが下村湖人の書いた『次郎物語』だった。少なくともこの物語の主人公次郎は自分が求めているものが何なのかわかっていた分、ましだったのかもしれない。三人兄弟の真ん中に生まれた彼は、生まれてすぐ乳母に預けられて育つ。成長して生家にもどった彼はすでにもう母親に甘えるすべを持たず、けれど自分に冷たい母との関係も修復できずに、ずっとその心の影を引きずっている。物語のラストで彼は母に愛されない自分という認識から、実は他の多くの人たちから自分が愛されていたことに気づくのだけれど。

けれどアレキサンダーは実母から愛されないことの、その自分の中の喪失感に終生気づくことはなかった。

そしてこの物語の主人公ジャンバティストもまた、類まれなる才能をフルに使い、その生涯において全霊をかけて追い求めていたものに、物語のラストシーンで始めて気づかされる。そんな物語だった。

彼の四人の兄たちは死産で、母親によってその死体をセーヌに投げ捨てられ、彼もまた、魚市場の魚だらけの汚い地べたに生み落とされ、兄たちと同じ運命をたどるはずだった。もしジャンバティストが普通に生まれ、普通に母親に愛されて育っていれば天才調香師として、幸福な人生を送っていたのではないだろうか。
もちろんその場合、この物語で作られたような至高の香水は出来ないだろうけれど。

けれど彼は母親に愛されることも抱きしめられることもなく成長し、自分が追い求めるものが何なのかわからないままに、その才能を駆使し手に入れようとし始める。

香水というのは、つけた後、その人の体臭や体温と混ざり合って独特のにおいを作り出す。だから同じ香水をつけても、人によってその香りは違ってくるらしい。

だったらいっそ、調香の段階で最初から人の体臭も入れてしまうってのはどう?

ということになったのが、この作品における香水作りなわけだけれど。

作中で次々と人を殺すジャンバティストを見ていると、およそ罪悪感を感じている様子がない。彼の生い立ちを考えてみればごもっともな話である。彼は幼少期から一度も人に抱きしめられたことも愛されたことも優しいいたわりの言葉をかけられたこともなく、ましてや殺人を戒めるような道徳や倫理の教育を受けたことすらない。わが子を産み捨てる母親なんかが当たり前にいるようなこの時代に、はたして殺人やそれ以外の悪徳を戒める道徳が底辺の市民たちの中に存在したかどうかしごく疑問である。

だとすれば殺人者としての彼を責めて極悪人としてなじり、その罪を罰することが出来るものなのかどうか。

美しい赤毛の美女たちの放つ芳香に酔いしれる主人公に、みている観客のこちら側は彼が求め作ろうとしているのが、女性の持つ性的なフェロモンの香りなのだろうとつい思い込んでしまうのだけれど、究極の香りを手に入れたはずの彼はそれを使って世界征服をすることもなく、せっかくの世界最高峰の香水をわが身にふりかけて、その生涯を終えてしまう。

観客にすればなぜ?というところだろう。

ジャンバティストは彼の生まれついた魚市場にもどり、魚市場にすまう人々によってその体は飛散する。彼は母親の子宮に戻っていったのかもしれない。彼が求めていたのは母親の愛であり、母親のぬくもりであり、母親独特の体臭だったのではないだろうか。

ここにいたって初めて、彼が香水ビンの中に閉じ込めようとしていたのが、世界最高の香りではなく、彼の母親の体臭だったことにきずく。

生まれついた時ほんの一瞬だけ嗅いだ母親のにおい。普通の子供ならそのあと母に抱かれ存分にそのにおいをかぎ、心を満たされるはずのもの。そして、普通の人間なら記憶にも意識にも残らないはずのその母のにおいを、たぐいまれなる嗅覚をもつジャンバティストは、うみおとされるそのホンの一瞬に記憶したのだ。けれどこの時彼はまだ赤子で、それが何なのかはわからないまま。けれど、狂おしいほどに欲しいもの。

自分の中の喪失感にきずかないまま彼は成長する。そしてある日彼は街中で、母親の体臭にそっくりな体臭をもつ女性に遭遇する。かつて彼が本能として求めかなわなかった母のぬくもりにそっくりなにおいをもつ女。自分が手に入れることのできなかったあのにおいを永遠に手に入れたい。

彼の放浪と迷いと罪悪の旅のはじまりだったのだ。

そして、その果てに完成した究極の香水。まるで媚薬のように人々を酔わせ、人肌のぬくもりを求めずにはいられず、その香りを持つものにひれ伏さずにはいられない香り。

アレキサンダーが剣によって世界を手に入れようとしたように、世界を手に入れることの出来る香水という最強の武器をを手に入れたはずの彼は、世界を手に入れるほどの力を得た時初めて、自分が求めていたのが世界ではなく、自分が必死に求めていたものの正体が、母親に愛されていない喪失感だったことにきずく。

母親に抱きしめられて初めて得ることの出来る自分の体臭。だから彼には体臭がない。

しかし、彼が人間であり哺乳類である限り、化学的にそんなはずなんかない。だとすれば彼の体臭がなかったわけじゃなく、彼が求める母の体臭を彼は彼の中に見つけられなかっただけかもしれない。母親に愛されることのなかった人間のその存在感のなさと心の不安。

母親に愛されるということが人間の存在の核となるもので、それを持たないのであればたとえ世界を手に入れても、人は充足することはできないのだろうか。

そして彼は母親のにおいを他の女たちの中に求めていく。その方法としての動物の脂を使った方法は不思議ではありませんか。
いくら優れた方法とはいえ、彼ほどの嗅覚を持っているとしたら、動物の脂のにおいが女性のにおいのエキスの中に入り込んでいることにきずくはず。誰がきずかなくても、彼だけはその動物のにおいにきずくはず。普通ならそれは醜悪で邪魔なにおいのはずじゃないのか。

けれど、動物のもつ哺乳類のにおいと、母親の人間として、つまり哺乳類としてのにおいとが重なり合い、そこに女性のにおいが混ざった時、彼の求めるにおいは完成しえたのかもしれない。

「香り」と「におい」という日本語の二つの言葉には、よい香りとくさいにおいという二つの意味合いに分かれて使い分けされているものだけれど、『パフューム』という言葉には、香りという意味とにおいという意味との両方を持ち合わせていて、原作の翻訳の段階では「香水」と訳されていたけれど、今回の映画ではそのまま『パフューム』と表記されていたのには、そんな物語の含みの表現があるのかもしれない。

作中で彼が香水『愛と精霊(プシュケー)』を批判するシーンには、けばけばしい飾りではない人肌のぬくもりとにおいの持つ素朴な美しさへの礼賛と、愛を否定する彼の心理が微妙に暗喩されており、香水の物語と思い込んでいた物語が実はよい香りとくさいにおいに良い悪いの区別のないジャンバティストの、彼にとっての究極の香り(におい)を求めての遍歴の物語であったのだとわかる。

以上は私個人の解釈なので、実はあんまり自信ありません。全然ちがうだろと言われてもしょうがないですが、ま、思いついたので書きました。

それでも香水の描写と物語の微細な展開と構成は見事な物語でした。拍手!

追記 を書き足しました。読んでね。







パフューム ~ある人殺しの物語~@映画生活








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最終更新日  2007年03月13日 07時10分40秒
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