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豆腐屋さん、おとーふ屋さーん八百屋のおばちゃん、やお屋さーん紙屑屋のおっちゃん、かみくず屋さーんリヤカーも荷車も、ずーっと通らない白川プールに走っていく、子供たちも、こどもたちもわるがきたちのわるさのかけら、それもない夏休みの終わり、宿題にくるしんでいる?そうじゃなくて、そんなことじゃなくてだいぶと前から、子供たちも走らない8月が終わってゆく
August 29, 2008
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夏の朝この下をくぐって山の方へクヌギの木を見にいった何本かが蜜を出していたスズメバチやブンブンはいつもいたけどカブトムシやクワガタはいなかったクヌギの大木には雷が落ち、その後姿を消した。何年も前のお話し琵琶湖からやって来た水はこの先で北を向いて流れてゆく人工の川、疏水。東山の裾の勾配を利用しながら自然の川とは反対方向へ「オッかちゃんのためなら、エーンヤコーラ」。重機のなかった時代レンガは丁寧に積みかさねられたお寺の横に出現した西洋アーチ建築、かつての大規模開発も100年以上たってみると木々に包まれ風景の一部
August 27, 2008
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南禅寺の水路閣、レンガのアーチ建築の前で写真を撮られた方は多いと思いますこの前、亀裂修復の工事が行われていましたが150年の歳月はしずかに構造物にのしかかります日本初の商業発電がはじまった発電施設。ここも劣化のため、か閉ざされています謎の静けさ最近まで、放射性同位元素の所在を現す放射能標識がかかっていた関西電力の施設完全封鎖は「もしかして核汚染」・・・開けはなって現代美術ギャラリーなんかにしたいような建物なんだけど遊び回っていた子供の頃とは違って、里道も閉ざされ、厳重警備状態・・・気になるでしょ、写真から下はコンクリートで包み込まれているんです・・・って、とにかく村上春樹の小説に出てくる出口のない図書館のよう明治の魅力、封印を解いて欲しい空間
August 26, 2008
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ねじりまんぽなんぎやなー、なんちゅー正式名称や、いつからこーなったんやろ蹴上から南禅寺に抜ける道、かつて琵琶湖疏水を行き来する船を鉄の台車に乗せてあげ下ろしした傾斜鉄道の下たしかに煉瓦が斜めに捻って積んである(上を通る線路と斜めに交わるトンネルに使われた強度のある工法らしく)南禅寺ガワにぬけたところにむかしプールがあった目をつぶって、顔をつけてバタバタやった「浮いて進んでいる実感」ここで泳げるようになった浅く広いプールとシケンバと呼んできた深く水の透き通った25mプールがあった。塩素の臭い・・・ちょっと離れたとこの小学校のヤツらも泳ぎに来てて、学区を越え、出張って遊んだ。夏休みの1日、いつもと違うアソビ場が無限に広がったこっち側からあっち側、車の音がやかましい三条通りからトンネルを抜けるといまも、昔のままの静けさ、ひんやりとした暗がり
August 25, 2008
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何日か前の、午後の空瓢亭さんのかどはきれいに掃除され、水が撒かれていた夜半の雨で肌寒いほど朝顔の花の色も薄くなりサボテンに付いた花芽も、去年より一週間以上早いひょっとするとことしのもみじの色は「紅い」かも北京のトラックに日の丸の旗
August 23, 2008
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サッカーもソフトも女性達ががんばっている川面に涼しい風ふだんのじかん週末の地蔵盆へ向けて、小さな単位、町内会の結束が、静かな通りのその奧で高まっている京都です
August 21, 2008
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静かな朝車がいない。もう少し行ったところに南禅寺の惣門があり、大きなトラックやバスが入って来れない木陰がのこっている。少しの間だけど、ありがたい週末は地蔵盆。町かどの小さなお地蔵さんのまわりに町内の人が集う23日土曜日、寺町から西の姉小路では、『姉小路行灯会』が行われるhttp://www.aneyakouji.jp/ヘッドライトの光のない夜。暗い中の行灯せかいは幻想的
August 20, 2008
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大文字の割り木上げ。誰でもボランティアで参加できる。送り火の準備は長いことかけて行われるボーイスカウトや大学生も多く参加している保存会(地元)の人が如意ヶ岳の大の字の回りの松を切り、束にしたのを倉庫に運び込む作業(4月に行われる)バケツリレーの方式で次から次、200束も300束も移動させるあっちでも、こっちでも汗を流す人がいる。たまに登山の人が手伝ってくれたりする今年はホテルグランヴィア京都の人びとも手伝いに来てくれた子供の頃から「火」を守ってきた、お腹の出た同級生は、ガサバラまで登るのにも、フーフー言いつつ、バケツリレーも、上手にサボる、いや、参加者に任せるように動く保存会の人達とボランティアの人びとが京都盆地を眺める山の上でひと仕事をすませるテレビ、コンピュータ、ケータイ、たちまちにして変化してきた生活のある半面、長く繰り返されてきたじかん。銀閣寺町の同級生にとっては子供の頃から繰り返してきた生活。何世代もかけて習慣化した作業。それなりにこなして行く。力みすぎるとシンドクなりすぎて続かないのだと思うしかし、小さな町内会(村)が続けてきた信仰のカタチが、起源が分からないほど続いてきた。淡々とした「働き」が連なって・・・今年もちゃんと大文字の火が灯った消えゆく火をみながら、感謝の気持ちがた高まるのを禁じ得ない
August 19, 2008
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子供の頃は、近くの橋の上まで行って送り火に手を合わせた近所の人もそのあたりに集まってかわるがわる会釈をしながら、おんなじじかんにいた、ような気がする遠くの舟形や左大文字も、目がよかったのか、もっと大きく見えたような印象がある着物で儲けた人達が、背の高いビルを建て始め東京資本のホテルなんかもやって来て洛人の小さな信仰の対象を見えなくしていった大文字の灯されるじかんは、電気を消そうそんな申し合わせも守られていないような気がする火に祈るそれでも、縄文の時代から続いている思いは、引き継がれていく
August 19, 2008
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ナスカの地上絵もそうだけど五山の送り火もそうだ空から誰かが見ているの遠い、遠い、昔からの約束事。起源はいつか。定かではないそうだ先祖の御霊をお送りする、という理由の「火」私たちがここにいて、だれかが他の世界に、いっらしゃる?送り火は観光行事じゃない
August 17, 2008
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木陰でひっくり返って本を読む余白に区切られた文字と木の枝と空が見える余白の周りが、ダイナミックに揺れ動く文字が載っている紙の色がゆっくりとヘンゲする森の中の古本市。表紙の上に木漏れ日ページを開くと、ほこりっぽい臭い子供たちが紙芝居に夢中になっている毒入りカルピスを飲んでしまいそうになる主人公・・・
August 16, 2008
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地下鉄から外へ歩道の熱気今ごろの京都、なぜだろうアングロサクソン系の外国人とよくすれ違う華頂山のふもとから見る北の空すこし、涼しげお盆だ
August 15, 2008
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親子が手を繋いでのぞき込んでいたゑんまさんの役割を語り継げる大人はどれだけいるのだろう境内は静かだ一、高野槇を買い求める二、本堂で先亡の戒名、俗名を水塔婆に書いてもらう三、迎え鐘を撞く四、水塔婆を線香で浄める五、地蔵尊宝前に於いて高野槇にて水回向の後、その場に納めて置く六、八月十七日当山本堂前六道の辻にて総べての水塔婆を納め盂蘭盆会施餓鬼法要を厳修致します 六道珍皇寺はじめてやって来たモノには参拝順序さえ分からない。それぞれの地域に久しく継承されてきた「魂祭り」のやり方があるゑんまさんは、さかにいてはる。それは、六道への境界、さかひでもある
August 13, 2008
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松原通。鴨川をこえ東へ。道が、ゆっくりと登りはじめる六道珍皇寺は坂の途中にあるあっちとこっちを分ける六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)の辻に建つそこから向こう、息ある内はまたげないし、見えない冥土の入口さらに登りゆくと、むかしむかし亡骸を葬った鳥辺野(とりべの)に至るここにもゑんまさんが鎮座したはります多くの人が、先祖の精霊のお迎えに来はります出迎えられた、お精霊(しょらい)さんは、お盆の間、家人達によって丁寧に供養されるそして、16日には大文字の送り火が焚かれるのです
August 12, 2008
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閻魔さんは坂道にいてはる千本通り、寺之内をこえると坂がキツうなる今では4車線の道路が開けてしまっているけど昔は、亡骸を葬った蓮台野へと続いてたお寺が出来た平安の頃は、こっからあっちは、楽土と煉獄の分かれどころそんな場所やった。そやし閻魔さんがいてはるそんな、極まで、ご先祖さんの聖霊をお迎えに来るのが、お盆のおしょらいさん迎えの風習いまも同じように常世のとびらが開いているのかこの世にいる我々も何年かすれば向がわなんだか、ファインダーの中で目があったような
August 11, 2008
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軒下のあさがお、夕暮れの水まきどこかの森で切り倒されて、じかんをかけて、人の手で加工されておじいちゃんとおばあちゃんとおとうさんとおかあさんとが住んでた家最近は京町家、なんて呼ばれたりもしてるけど今年になって近所で4軒もが姿を消した手入れをして暮らして行くには、もう、限界・・・あんこ屋さんの軒先。今年は、ごーやーとフウセンカズラがミックスされた
August 9, 2008
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蔓あさがお、窓格子といっしょに、陽射しをさえぎる夏休みの絵日記。朝顔の観察ノートの思い出種をとった記憶むかしからな、あったんや「壁面緑化」とかいいだす、まえから生活の一部目に涼しいのが、いい 裏三条通にて
August 8, 2008
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疫病退散、厄よけ祈願1ヵ月の祇園祭が終わった激しい雨の後、神輿洗式は粛々とすすんだ松明の炎の横を市バスがエンジン音を響かせ、排気ガスを上げて通ってゆく今年も伝統を支えきった、そんな充実感が充ち満ちているのか観光客が何人いようと満開になる桜、紅葉するもみじみたいに、いたってあたりまえのことなのだろうかカメラに写るのは、外からの視点でしかない。筋肉をみなぎらせる担ぎ手、氏子の中に何が発するのか豊かさを手に入れようと走り続けてきた昭和、平成ももう20年。いくつもの小さな文化、地域の祭りが担い手を失ってきた交通規制が解かれた四条通は、再び車の流れに覆われた「お金があれば勝ち。先が見えない。余裕もなくなった」そんなニュースの中を生きているような錯覚があるけれど脚下照顧安心、人と人との交わり、それは神さんへの奉仕というカタチを通してイキイキと続いている12ヵ月中の1ヵ月のお祭りを支えるための11ヵ月が、また、はじまってゆく
August 1, 2008
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