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1993年の冬。親と子の変化が悪い方向を向きながら加速していることが気になりました。教頭に連れられて、同僚と飲んでいたときの話が強く記憶に残っています。
「もう後5年、いや、5年もたたないうちに、親の世代が変わってしまうよな。1950年代の親がほとんどになるよ。 1960年代の親もそろそろ出現する だろな。多分、そのころには小学校でもたちゆかなくなるのではないかなあ。」
と当時から世代論に関心があった私が言うと、同僚は、
「これからは、学校や教師は 保護者への対処の能力が問われる ようになってくるよ。」
と、遠い目で話していました。(※教頭はいまひとつピンときていない面がありました。)
悪い予感は的中
私が間近で見た学級崩壊1
私が学級崩壊を始めてみたのは、1994年だったでしょうか。6年生のあるクラスがどうもおかしい。教師の指示に反応しないし、指示に反応したところでわざと行動をゆっくりする。
※「学級崩壊」という言葉がどの様な経緯で使われ始めたのかは諸説あるようです。1997年ぐらいからメディアで目立ち始めます。この言葉は公式には認められておらず、 国立教育政策研究所(だ ったと思います。) は衝撃的な言葉を避けて、「学級がうまく機能しない状況」と位置づけています。ちょっと長くてわかりにくすぎて使いづらいですね。
この見解の違いにより、言葉としては、しっかりとした定義づけもなく、現在学校に関係されていない方にとってはイメージがしにくくなってしまっているのではないかと思います。
学級崩壊がどんなものであるかは、実際に見た方以外は、一部TVや新聞の報道や、伝聞によるものだとおもいます。「崩壊」という衝撃的なネーミングや報道から受けるイメージは、子供が立ち歩くなどの好き勝手をしている状況かもしれません。そういう明らかに教室をのぞくと目に見えて、子供たちが騒乱状態であるというのも一つの学級崩壊です。
それに加えて、子供たちの人間関係が崩れきり、授業・行事・普通の生活(掃除や給食)がまともに運ぶことができなくなっている状況も学級崩壊です。担任の指示が通らず、一つのことをさせるにもたいへんな気力を要します。外から一瞬、教室を覗いただけではそれほど荒れているように感じないのですが、1日ぐらい観察してみると、とてつもない心の荒れようが発見できると思います。
1994年に見た学級崩壊は騒乱状態とまではいきませんでした。6年生だったので、クラブや委員会で接することがあっても、そんな時には普通にしているので特に生徒指導をする必要がありません。学級に戻ったときだけ、重苦しい雰囲気が生まれるようで、同じ学校にいながらも、その様子がうわさでしか伝わってこなくてはっきりとはつかめないのを不思議に思いました。
そのクラスの子供らは実に重い雰囲気のまま卒業しました。最終的には6年生の他の学級の教師がサポートをしながら、卒業式関連の様々な取り組みは学年全体の指導の中で進められたので、完全に師弟の心離れたままの状態ではあったものの、なんとか担任も最後まで勤めることができました。
表立って 親が倒閣運動(教師への抗議) を始めることはありませんでした。
こういう状況が1990年代前半にはひそやかに進行し始めていたようです。
家族 つながり 絆 vol. 15 「つながりを… Nov 23, 2009 コメント(20)
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森3087さん