ヒロくんの気ままな報告

ヒロくんの気ままな報告

PR

×

カレンダー

プロフィール

ヒロくん2010

ヒロくん2010

キーワードサーチ

▼キーワード検索

2017年10月21日
XML
カテゴリ: スポーツ
​​​ 大相撲の元大関若嶋津の二所ノ関親方が重体だそうで心配ですね。

さて、勤務先の大相撲ファンが毎月購入している「大相撲名力士風雲録」というDVD付きの雑誌ですが、今回は横綱旭富士に大関の小錦、さらに霧島という
3 力士です。 ​​​

この 3 人が活躍した時期は、大横綱の千代の富士に衰えが見え始め、また若貴兄弟や曙が台頭してきた時期に当たります。

横綱にまでなった旭富士は昭和 35 年の生まれ、父親が草相撲で活躍していたとのことで小さいころから相撲をやっていて、近大の相撲部に入りました。

しかし、相撲部の世界になじめなかったとのことで近代を中退しました。ところが、その相撲センスを見込んだ大島親方(元大関旭國)に勧誘され、大相撲の世界に入りました。

もともと相撲のセンスが抜群だったのですが、親方と同じ膵臓炎にかかってしまい、横綱にまで出世したわりには、生涯の優勝回数は 4 回と意外に少なかったです。

さて、小錦ですが、ご存じのようにハワイからやってきた巨漢力士で昭和 38 年の生まれです。

ハワイの先輩力士の高見山に連れられて日本にやってきて、その破壊力抜群の押し相撲ではじめのうちは横綱・大関をなぎ倒し「黒船来襲」などと言われました。

その後は、各力士も小錦への対応を考えだして、なかなか思うように勝てなくなり、また膝をけがしたこともあって、横綱にはなれませんでした。

それでも大関時代に優勝を 3 回しています。小錦は大関陥落後も長い間、平幕で相撲を取り続けたことが印象に残っています。

その小錦と同様に大関陥落後も平幕で長く相撲を取り続けたのが霧島でした。二人は大関陥落後も良いライバルだったと思います。

ちなみに霧島は昭和 34 年生まれで、力士としては筋肉質の体で、つり出しを得意としていました。

個人的には、旭富士よりも大関陥落後に長い間にわたって、幕内で相撲を取り続けた小錦と霧島のほうが印象に残っています。







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2017年10月21日 18時30分10秒
コメント(10) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

フリーページ

お気に入りブログ

今日の散歩 New! やすじぢいさん

猛虎異人伝74 ジ… New! タイガース非公式サイト2代目さん

思いがかなって 夕日… New! お散歩うさぎさんさん

ESSE10月号さんに掲… New! 京師美佳アメブロ転送用さん

^-^◆ 常に ポケット… New! 和活喜さん


© Rakuten Group, Inc.
X
Mobilize your Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: