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不破の部屋の扉から息を潜めてその時を待っていると、ほどなくして敬吾がやって来た。薔薇風呂につかり、ほどよく肌を上気させた類子に敬吾が言う。「いかがです?ご気分は」類子は一瞬、ほくそ笑む。しかしハッとした振りをして振り返った類子を見て、敬吾はニヤニヤと笑いながら扉の中に入って来た。類子「こんな所へ何の用?!」敬吾「お背中でも流そうかと思いましてね」類子「・・・来ないで!人を呼ぶわよ!」敬吾は類子に歩み寄って言う。「そんなに嫌わないで下さいよ。仮にも僕達は親子じゃないですかぁ」その時、類子はバスタブの底に何かを発見したような仕草をした。湯の中から手を出すと、その手にはしっかりとカミソリが握られていた。「誰がこんなこと!貴方なの?!」敬吾は両手を上げて言う。「まさか。大事なお母さんを傷つけたりしませんよ。さあ、いいからそれをこっちへ渡して。怪我でもしたら大変だ」類子は恐る恐る、敬吾にカミソリを手渡した。バスタブの中の類子の肩に指を這わせて敬吾は言う。「・・・それにしても、親父が少々羨ましい」その時突然、類子がバスタブから立ち上がった。敬吾に、そして隠れて監視している俺に、類子は惜しげもなく白い裸身をさらけ出す。その体は薔薇の香を放ち、ほのかに薔薇色に上気していた。敬吾は面食らって息を飲む。類子「何を驚いてるの。女の裸が珍しいわけじゃないでしょ。そこのタオルを取って」敬吾「・・・ああ」敬吾が横の籠に入っていたバスタオルを手渡すと、類子は表情を和らげてカミソリを持った敬吾の手を取った。敬吾の表情も少し緩む。・・・その時、廊下から澪の声が聞こえて来た。「類子さん、ご用って何?」顔色を変えた敬吾の手を強く掴んで類子が叫び声をあげる。「澪さんこっちよ!助けて!!」驚いた敬吾が類子の腕を振り払う。「離せよ!」澪がバスルームの扉を開けた時、敬吾はカミソリを振りかざしていた。澪が驚愕するのを確認して、類子はわざと慌てたようにバスタブに入る。声を震わせて澪は言う。「敬吾!何してるの、貴方!!」敬吾の手からカミソリが落ちた。澪「貴方って、一体・・・」敬吾「澪、誤解だ!話を聞いてくれ!」青ざめてその場から走って出て行く澪を、敬吾は必死な顔で追った。二人が去ると、俺はバスルームに入って類子に声を掛けた。「上手くいきましたね。これで彼も当分、貴方に手を出そうなんて馬鹿な気は起こさないでしょう」俺は傍に置いてあったバスローブを手にして言う。「・・・しかしカミソリはともかく、突然立ち上がるとは。私も少々驚いた」俺の広げたバスローブに身を隠すようにして、類子はバスタブから出ようとした。類子の肩に、一枚の薔薇の花びら。その紅い色を見て、俺は先ほどの類子の上気した裸身を思い出した。バスローブを背中から掛けた俺の手を類子は突然掴み、その手を胸の位置にあてがった。そのまま類子は振り返り、強い目で見つめて言う。「・・・忘れたの?私は毎晩、好きでもない男に抱かれてるの。それに比べたら、肌を見せるくらいどうって事ないわ。でもこれで貴方にも分かったはず。私が金の為にどれだけ体を張ってるか。貴方も大金を手にしたいなら、約束した代償はきちっと払っていただきたいわ」バスルームから出ていく類子。俺は類子のつかっていた薔薇風呂を見つめた。まだ揺れている水面の花びらを一枚取る。俺は自然に、その花びらを唇に当てていた。夕方。澪の代理人から婚約解消したいとの電話が不破宛に入った。帰って来た不破と川嶋さんにその事を告げると、川嶋さんは怒ったように部屋を出て敬吾のいるサロンに向かった。不破はただ、口を横一文字に結んでいた。敬吾の器では、こんないい縁談がすんなりまとまるわけがないと年輪を経たその唇が物語っていた。翌日。自分の部屋で調べ物をしていると、突然澪が部屋の扉を開けた。澪「ごめんなさい。敬吾との婚約解消を申し出ておきながら、ここへ来てはいけないと分かってはいるの。・・・でも。あなたにだけはどうしても話しておきたくて」槐「どうしました、一体」澪「槐・・・私が何故、敬吾との婚約を解消したのか・・・それは何も敬吾のせいなんかじゃない。本当は、私の心には敬吾ではなく、貴方がいると分かったからよ、槐」澪は涙をこぼし、俺にすがりついて叫ぶ。澪「これ以上、自分を偽るなんてもう出来ない!貴方を愛してるの、槐・・・」突然の告白に俺は動揺した。心の奥底に仕舞ってあった、淡い思いがその動揺に、そして澪の体温に共鳴する。類子の言うように、俺は秘かにこの暖かさを欲していたのだろうか。ずっと敬吾に寄り添っていて、おとぎ話のお姫様のように幸せを待っていた澪・・・。その澪が今、この俺を欲している。俺の手は澪を抱こうと微かに動くが、類子の言葉が頭をかすめ、その動きに戸惑いを見せた。『・・・金の為に抱かれるか、金の為に抱かないか。それで5分と5分』拳を握りしめ、そして開き。俺の手が震える。澪を抱き締められない事に苦しみを覚えながら、類子の裸身を思い浮かべた。類子の課した代償は、他ならぬ類子の手で硝子の足枷へと形を変えて行く。俺は目をつぶり、溢れそうになる感情を必死で押さえていた・・・。(ひとこと)今回書いていて、ちょっと別のエピソードを思いつきました。それは28話の後に載せます。草太のお話です(^-^)こんな風に、エピソードを埋めていくのが楽しいんですよね・・・。
March 15, 2007
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翌朝の未明。千津さんの呼ぶ声と、部屋の扉を強く叩く音とで俺は目を覚ました。シャツを羽織ながら扉を開けると、真っ青な顔色をして千津さんが言った。「サロンが荒らされてるの!」とりあえずの身支度を整えてサロンに向かうと、調度品や骨董品、そして時計など全ての金目の物がごっそりと無くなっていた。千津「さっき岩田さんも来て、仕入れ業者に渡す為に用意しておいた50万円が無くなってるって。何て事かしら、昨日は鍵をちゃんと閉めたはずなのに・・・」槐「だんな様には?」千津「槐さんの前に知らせたから、そろそろいらっしゃるかと」槐「では、私は車庫を見て来ます。車が盗まれてるかもしれない」サロンを出ると、レイさんがやって来て言った。レイ「私の加奈子が荷物ごとそっくり消えちゃったんだけど、何処にいるか知らない?」槐「・・・加奈子さんが?」俺は思い当たる節があり、車庫へと急いだ。不破専用のベンツやBMWは無事だった。しかし、国産車が一台消えていた。草太がいつも載っていたオフロード車。単なる物盗りなら、この中から国産車だけを盗んでいくわけはない。俺は夕べの草太の言葉を思い出した。目を輝かせて草太が言った言葉・・・『命を賭けられる女がいるって事はすごく幸せな事だと思わない?一緒に地の果てまででも行ける、そんな女に出会う確率なんてそうそうないと思うんだよね』消えた車のあった位置に、その車に付いていたはずのナンバープレートが落ちていた。俺はボートハウスの扉を開けた。草太の大切にしていた、ロシニョールのボードが消えている。夏だと言うのに、スノーボードを持ち出す理由は無い。俺はつぶやく。「・・・馬鹿なガキだ。そんな感情はまやかしだと、きっとすぐに気付くはずなのに」サロンに戻ると、草太と加奈子を除いた山荘の住人が全員集まっていた。その中で、類子が中央に立って一人後ろめたいような顔をしていた。槐「失礼します」敬吾「ああ、お前どこに行ってた」怒りをこらえてソファに座っている不破に、俺は報告した。「車庫を調べましたら、車が一台ありません。いつも草太が乗ってた車です。念のため彼の部屋を見てみたら、彼の持ち物も消えています。加奈子さんの姿も見えないようですし、あるいは二人で・・・」千津さんが顔色を変えて言う。「草太が?あの女と?」敬吾「今すぐ警察だ。すぐに通報しろ!」千津「ちょっと待って下さい!これは何かの間違いです!」敬吾「いいから早くしろ、槐!」千津さんは不破の前で頭を下げる。「お願いします、だんな様!」その時、類子が声を発した。「お待ち下さい!」類子の声に驚く一同。類子は申し訳無さそうに口を開く。「・・・私、嘘を付いていました。部屋から盗まれたというネックレス、実は私が草太さんに差し上げたんです。ですから、どうしても警察に届けるというなら私も同罪です。私はあの二人が何をするか承知の上で、黙って見逃したんですから。まずは私を警察に突き出して下さい」レイさんが、そして千津さんが驚く。敬吾「面白いじゃないかよ。槐、警察だ!」不破「うるさい!じゃあ何か、あんたはわしが買ってやったあのネックレスを、草太に惜しみなくやったと言うのか!」類子「そうです」不破「あのネックレスがいくらだか知っとるのか」 類子「いいえ。でも、あの石の数と大きさだと、2000万位かと」不破「3000万だ」千津さんの顔色が真っ青になる。不破「それが分かっとってくれてやるとは、欲のない女だ」類子「申し訳ありません」不破「もういい。この件はこれで終わりだ。警察には知らせるな」不破は立ち上がり、部屋を出て行った。千津さんがその場に崩れ落ち、岩田さんが千津さんを労わる。敬吾「槐、警察に通報しろ。この際この女にギャフンと言わせてやる」レイ「およしなさいよ。仮にも貴方の義理の母親なのよ」敬吾「誰がこんな女!」槐「レイさんの言う通りだと思います。警察沙汰になったら、敬吾さんと澪さんの結婚に差し支えますから」「・・・くそっ!」悔しそうな敬吾。不破が本社での会議に出席する為、俺は玄関に車を回した。玄関の中に入ると、そこには不破と類子、川嶋さん、そして項垂れた千津さんが立っていた。槐「車の用意が出来ました」 不破「夕方には戻る」川嶋さんと共に不破が出掛けて行くのを、類子と千津さんが見送った。後部座席のドアを開けると、不破は座りながら俺に言った。「草太と加奈子が出来ておったという事か。沢木、お前知ってたか?」槐「薄々と気付いていた程度ですが」不破「まあ、いい。俺には興味の無い事だ。虫けら共が鼻くそを持って出て行った。それだけの事だ」不破を見送って玄関に戻ると、千津さんが嬉しそうに類子に頭を下げていた。千津「これまで以上に私も精一杯お勤めます!では、仕事がありますので、これで」類子「ご苦労様」いそいそとその場を去る千津さん。俺は類子に近づいて言う。槐「息子をだしに親を手なずけるとは、たいしたもんだ」類子「これで虫入りスープを食べる心配はないわ」槐「それにしても草太の奴、車から足がつかないよう偽造のナンバープレートまで用意していたようだ」類子「意外と知恵が回るのね。おかげで加奈子さんもいなくなってくれて、警察どころか感謝したいくらいだわ」槐「3000万のネックレスも惜しくはないか」類子「まあね」俺と類子は顔を見合わせて微笑んだ。部屋に戻ろうとワイン蔵の扉に手を掛けると、中から人の話し声が聞こえてきた。それがレイさんと敬吾だと分かると、話し声がよく聞こえるよう俺は中に足を進めた。悔しそうな敬吾の声。「親父の奴。あんな女に3000万のネックレスとはな。生きてる間、楽しい事が一つもなかったお袋を思うと、はらわたが煮えくり返りそうだ!」籠のワインがぶつかり合って音を立てる。レイ「ワインを壊さないでよ。高いんだから。それにしてもあの女、草太に気前よくくれてやるなんて。それが本当なら、よほど人のいいバカか、ずば抜けて悪賢いかどちらかね。それを確かめる為にも、いっそあの女と仲良くしてみてはどう?」敬吾「・・・仲良くって?」レイ「決まってるじゃないの。義理の息子の貴方と過ちでも犯してごらんなさい。人のいい馬鹿なら罪の意識に耐え切れず自分から出て行くでしょうし、悪賢い女なら敵に回そうなんて思わず、さっさと貴方、相手の懐に飛び込んじゃいなさい。いずれにしても、貴方に損はない」敬吾「なるほど」レイ「幸い、今日は恒大さんもいないことだし。やるなら早いうちよ」俺はワイン蔵を出て類子に電話を掛けた。敬吾達の企みを類子に知らせると、類子は意外に冷静な声で言った。「ふーん。なら、簡単じゃない。向こうは夕方までに仕掛けてくるんでしょ?だったらこっちからおびき出してやる。槐、澪さんに電話を入れてくれる?きっと、貴方にとってもまたとないチャンスよ」また勘違いか、という思いが頭を掠めるが、そんな事はどうでも良かった。今は目の前の問題を解決するのが最優先だ。俺は類子に言われたように、千津さんに真紅の薔薇を沢山買ってくるよう伝えた。昼下がりの日差しがカーテンを隔てて柔らかくバスルームに舞い降りる。類子が薔薇の花びらを敷き詰めたバスタブに、薔薇のエッセンスを垂らしていた。その光景を見て俺は言う。「薔薇風呂か。その昔、クレオパトラが永遠の美を求めて愛用したと言う。カエサルでさえ堕ちた香りだ。きっと敬吾もあっけなく堕ちるだろう」類子「当たり前よ。私は敬吾なんかよりもっと大きな敵を相手にしてるんだから」類子は振り向いて言う。「そろそろ入るから出てって。不破の部屋ででも事の成行を見守るのね」(2/2に続く)
March 15, 2007
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夜12時。時間通りに秘密の小部屋の扉を開けると、丁度類子も部屋に入ってきた所だった。俺は腕時計を見て言う。「ぴったりだ。時間に正確なのは相変わらずだ」類子「だって、早めに来た音を聞いても貴方は12時になるまでその扉を開けないでしょ。貴方ってそういう人だもの。時間の無駄だからぴったりに来たの」槐「よくご存知で」類子「ところで話って何?」槐「・・・川嶋さんに気をつけろ。裏に男がいるらしいから夫人の素性を洗い直せと言われた。彼は侮れない男だ。以前、やはり金目当てで不破に近づいた女が川嶋さんに素性を暴かれて二度と陽の目を見られないほど痛めつけられた事がある。それも、口をはばかるようなやり方でね」類子はベッドに座って言った。「へぇ。あの川嶋さんがねぇ。それで?貴方は何て答えたの?」槐「もちろん、分かりました、お任せ下さいと胸を叩いたさ」類子「裏では舌を出しながら?怖い怖い!」笑う類子。槐「笑い事じゃない。向こうはかなり本気のようだ。こうしてここで会うのもしばらくは避けた方がいい。特にレイさんと敬吾、川嶋の3人には俺たちの仲を気取られるな」類子「貴方こそ。油断して澪さんにバレないように気をつけてよ」類子の嫌味が俺の神経を逆撫でる。思わず言葉が口をついて出た。槐「・・・何故あんな真似をした」類子「何を?」槐「彼女と俺を、わざと二人っきりにしたじゃないか」類子「ああ。あれは、澪さんが貴方に聞きたいことがあるからって。・・・で、本当はどうなの?彼女を助けた命の恩人って、敬吾ではなくやっぱり貴方・・・」槐「いいだろ!そんな事どうでも。彼女の事はこの際関係ない」類子は立ち上がって言う。「関係なくないわ。むしろ大ありよ。私達、約束したわよね。この家の財産を手に入れる為に、お互い力を合わせようって。その為ならどんな代償も受け入れる。愛だの恋だの甘ったれた夢は見ないとも誓ったわ」槐「その通りだ」類子「だから私は約束通り、不破と愛のない結婚をした。貴方と私、少なく見積もってもそれぞれ2,30億という大金を得る為にね。でも貴方はどうなのかしら?」槐「どうって?」類子「貴方、澪さんの事が好きなんでしょう?いくら否定しても無駄よ。貴方が何と言おうと、澪さんは間違いなく貴方を愛してる。私には分かるの。そんな彼女の愛を、貴方は決して受け入れないと断言できる?」俺のイラつきは上限に達し、思わず立ち上がって言った。「信じてないのか?俺を」類子「いいえ、信じたいわ。信じたいからこそ、貴方自身に証明して欲しいのよ。貴方にもきちんと代償を払って欲しいの。私が金の為に、愛してもいない男に抱かれたように貴方も金の為に、愛する女には指一本触れないと約束して。それが貴方が払うべき代償よ」類子は完全に勘違いをしていた。俺の心に澪の住む場所がどれほどあると思っているのか。澪は、俺の心の奥底の方に沈んでいる。時折、その笑顔を見た時に思い出す事はある。遠い昔、まだ真っ白だった俺の心の中に住み込んだ、白いワンピースを着た笑顔の澪。大切にしたい、唯一の俺の聖域。その聖域にはあの夜、敬吾が足を踏み入れた。微笑み、腕を開いて、心から澪は敬吾を受け入れた・・・。彼女は俺の聖域だった。それ以上でもなく、それ以下でもない。今の俺には自分の全存在をあげて立ち向かう相手が他にいる。そして類子、お前はそのパートナーなんだ。それなのに何故、今になって俺に疑いの目を向ける?俺は少し呆れたように言った。「まさか、そんな事を考えていたとはな」類子は俺に背を向けて言う。「嫌ならいいのよ。お金よりも澪さんとの愛を選ぶというならそれはそれで結構よ。その代わり、このゲームの勝者は私一人。いつか不破が死んで、計画通り遺産を相続しても、貴方には一円だって渡さない」類子は俺に向き直る。類子「金の為に抱かれるか、金の為に抱かないか。それで5分と5分。イーブンの関係だと思わない?」槐「・・・いいだろう。それであんたが納得するなら。もちろん、あんた一人に勝たせるつもりはない」類子「ええ。是非そうあって欲しいわ。それでこそ、良きパートナーですもの。良かったわ。久しぶりにゆっくり話し合えて。それじゃ、夜も遅いことだしお休みなさい」槐「お休み」秘密の小部屋を出ていく類子の後姿を見ながら俺は思った。なんて簡単な代償だろう。澪を抱きたいなどとは今まで願った事はない。しかし、類子が不破に抱かれる代償を俺はどうやって払うのだろう。類子の言う、”愛する人”には指一本触れないという代償・・・。それが澪の事だと類子が明言しなかったら、そして不破と類子が結婚をした夜に俺自身の心を封印していなかったら・・・・・・将来、類子も俺も、あんなに苦しまずにすんだのかもしれない。(ひとこと)DVDが楽しくて思わずこちらを忘れそうになりました。いかんいかん_| ̄|○本編がディレクターズカットになったし、私の解釈と全然違うところがあってもこれも一つの見方と思って許して下さいね(^-^;)
March 10, 2007
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類子が不破夫人となって初めて迎える山荘の朝。テラスで朝食の支度をしていると、レイさんがやって来た。槐「おはようございます」レイ「おはよう、槐。今日もいいお天気ね。ねぇ、聞いて。面白いのよ、恒大さんと類子さん。朝起きてベッドで何してると思う?」槐「?」レイ「新婦が新郎の血圧を測ってるのよ、新婚のベッドですることじゃあないわね」苦笑する俺に、レイさんは声を潜めて言う。「・・・あの調子だと、毒を盛って恒大さんを殺すことも簡単に出来そうね。何せ、ナースですもの。健康的なメニューと見せかけて、恒大さんの身体に良くないものを食べさせる事だって出来るわ」槐「朝から物騒なお話ですね」レイ「冗談よ、冗談。でもこれだけは本当よ。世の中の夫は、死んで初めて理想の夫になる。沢山の財産を残せば残すほど、ね。・・・あら、失礼。男性にする話じゃなかったわね」レイさんはクスクスと笑いながら屋内へと入っていった。入れ替わりに、類子の歩いてくる姿が見えた。俺はテラスの出口に立ち、彼女を迎えた。類子は涼しげな声で俺に挨拶をする。「おはよう」槐「おはようございます」令夫人としての類子の美しさに、俺は思わず息を飲んだ。類子「何見てるの」俺は何も言わずに、類子の為に椅子を引いた。類子「ありがとう」槐「・・・しかし見違えました。この前までナースの制服を着ていた人とは思えない」類子「それはどうも。でもその言い方、奥様に向かって少し失礼なんじゃないかしら」わざとらしいほど無邪気な笑顔を見せる類子。俺は困惑した。しかし、今の言葉はどういう意味かと考える暇も無く、不破がテラスにやって来た。類子は先ほどの棘は微塵も見せずに優雅に着席をした。朝食後のお茶の用意をする為に屋内に入ると、丁度スープを持って来た千津さんとすれ違った。皿に入っているのは、鮮やかな赤を誇るトマトの冷製スープ。その色に血の赤を重ね合わせて思う。スープに毒を入れるのも悪くないと。廊下に出ると、電話がけたたましく鳴った。受話器を取ると川嶋さんの声。「社長は」槐「お食事中です」川嶋「急ぎの用事だ」再びテラスに向かうと、千津さんが歩いてきた。すれ違い様に彼女は、何処となく後ろめたいような表情を見せた。テラスに出ると、類子がトマトのスープを口にしようとしていた。槐「お食事中失礼します。東京から急ぎの電話が」その時、類子が叫び声をあげた。震える手で類子が持っているスプーンの上には、蜂の死骸・・・。不破が怒り出して言う。「千津を呼べ!岩田もだ!」俺は川嶋さんからの電話を事情を説明して切り、厨房から岩田さんと千津さんをテラスへと連れてきた。不破「一体誰だ犯人は!お前か、岩田!」岩田「滅相もない。調理中はどんなに暑かろうが窓一つ開けません」不破「じゃ、お前か、千津!」千津「いえ、私は何も存じません」不破「じゃあいい、二人ともクビだ!今すぐ出て行け!」岩田・千津「ええっ!?」類子「あなた、そこまでしなくても・・・」不破「いや、主人をバカにする奴はクビだ!今すぐ出て行け!沢木、二人をここから追い出せ!」槐「しかし・・・」そこにレイさんが涼しい顔をしてやってきて言った。「いいのかしら、そんな事して」不破「あんたの出る幕じゃない!」レイ「あら。私は類子さんの為を思って言ってるのよ。今急に二人をクビになんかしたら、お料理もお掃除も、お洗濯も一切が類子さんの肩にかかって来るわ。可愛い奥様の手が水仕事で荒れたりしたら大変だもの」不破「何?!」レイ「第一、こんな山の中ですもの。虫などいつでも飛び込んで来るわ。それが嫌だったら、外でお食事などしないことね」「・・・以後、気をつけろ!」不破は苛ついて吐き捨て、テラスから屋内に入っていった。岩田さんと千津さんはほっとした様子で屋内へと入っていった。レイさんが類子の手を握って言う。「でも死んでいる蜂で良かったわね。本当に怖いのは、生きている人間。気をつけてね」笑いながら立ち去るレイさんを類子は強い目で睨んだ。そして類子は、蜂の乗った皿をバルコニーから投げ捨てた。皿の割れる音が響く。槐「・・・心配するな。約束どおり、お前のことは俺が守る」類子はすがるような目で俺を見た。「槐・・・」しかしすぐに類子は目を反らし、「後はお願いするわ」と言い残してその場を去った。何かが変わっているかもしれない。しかし、今のすがる様なあの目は今の類子の全存在が俺のゲームの上にある事を示している。心配することはない。何も心配することはないんだ・・・。食事の支度を終え、茶器を持って不破の部屋に向かう。すると、楽しそうに話しながら歩いている類子と澪の姿が前方に見えた。二人は類子の部屋に入る。お茶を口にしながら不破が言う。「類子を呼べ。チェスがしたい」槐「今、澪さんがいらしてお話をしているようですが」不破「類子は俺の妻だ。誰に遠慮をすることがあるものか!」そう言いながら、どこか気まずそうに不破は目を反らした。俺は類子の部屋の前に立ち、扉の外から声を掛けた。「失礼します」類子の「どうぞ」という声を確認して扉を開けた。槐「お話し中すみません。奥様、だんな様がお呼びです」類子「今、手が離せないと申し上げて」澪「・・・いえ、いいのよ類子さん、私なら」類子「でも、せっかく来て下さったんだし。・・・そうだわ!だったら沢木さん、あなたが澪さんのお相手をして差し上げて」類子は立ち上がると、澪に何かを耳打ちした。そして類子は俺に「じゃあ、お願いね」と言い、部屋を出て扉を閉めた。また類子の勘違いが始まったか、そう思って俺は小さく舌打ちをした。しかし、類子の言いつけなら不破の言いつけも同然。思わぬ休み時間をもらったと思えばいい。槐「ここでは何ですから、外でも歩きましょうか」澪「いえ、いいの。お忙しいでしょうから、もう失礼するわ」澪は部屋から出ようとしたが、扉の前で立ち止まった。そして澪は振り返って言う。「・・・その前に、一つだけ聞きたいの」槐「なんでしょう」澪「貴方の部屋でお話したいわ」地下の部屋に入ると、澪は俺に、星座の図鑑に挟んであったはずの俺と敬吾の少年時代の写真を見せた。槐「これは・・・」澪「この間、そこの本の間から見つけたの。悪いとは思ったんだけど、気になることがあって」俺は写真を受け取って言う。「小学生の頃の、僕と敬吾さんですね。この写真が何か」澪「丁度その頃よ。湖で絵を描いてて熱中症で倒れた私を助けてくれたのは。私ずっと、それが敬吾だと信じてた。でも本当は、貴方だったんじゃないの?」俺は少し黙った後に言った。「・・・いいえ、違います。貴方を助けたのは敬吾です。僕じゃない」澪「嘘!」槐「嘘じゃありません。湖で女の子が倒れていると、敬吾が息を切らせて駆け込んできた日の事は今でもよく覚えています。貴女を助けたのは間違いなく敬吾です」澪は呆然とする。「・・・そう。そうだったの」その澪の悲しそうな表情を見たとき、昔抱いていた淡い感触が胸に蘇ってきた。あの日・・・敬吾が澪を助けた日。眩しい夏の日差しに照らされ、汗だくでこの部屋に飛び込んできた敬吾。二人で倒れている少女のもとに駆けつけて、その青ざめた表情を見て思った。何故、俺は敬吾の誘いを断ったのか。湖で遊ぼうと言った敬吾の言葉に、首を縦に振るだけで・・・たったそれだけの事で、今とは違った人生を歩んでいたのかもしれない。その時、川嶋さんが部屋に入ってきた。川嶋「ああ、こりゃ失礼」澪は俺に言う。「お忙しいのにありがとう。さようなら」川嶋さんに一礼をし、部屋を出る澪。扉が閉まると川嶋さんは俺に尋ねた。「どうかしたの、澪さん」槐「いえ・・・敬吾さんのことで、ちょっと」川嶋「あ、そう。それより、あの飛田類子・・・・いや、今は不破類子だったな。元々彼女を紹介したのは小谷教授だと言ったね。もしかして、教授の女じゃないだろうね」槐「と、おっしゃいますと」川嶋「どうもあの女、影に男がいるような気がしてならないんだ。それも、かなり頭のいい奴だ。そうじゃなきゃ、あの社長がこうも簡単に結婚なんかするはずがない。君はいつも一番近くにいたんだ。何か気が付いたことは?」槐「いえ。これと言って。私には、だんな様はあの看護師は生意気だと言ってひどく嫌ってらっしゃるように見えましたから」川嶋「とにかく、あの女の素性を徹底的に洗い直せ。外に出るときはもちろん、手紙やメール、電話のやり取りについても何一つ見逃すな。女だと甘く見ていると、社長の財産はおろか、会社まで根こそぎごっそりやられるかも知れん。いいな」川嶋さんが部屋を出ると、俺は思わず笑みを洩らした。ダイニングルーム。不破と類子がワイングラスを合わせ、楽しそうに歓談をしながら夕食をとる。俺とは一度も目を合わさず、類子はその美しい舌で自分は幸せだなどと嘘を付いた。あまりのその饒舌さに俺は何故だか腹を立てた。それは昼間、類子が俺に澪をあてがうような真似をした事に起因していると俺は気付いていた。食事を終えて不破が席を立つ。その後に続こうと席を立った類子が椅子の端に爪先を取られ、バランスを失ってよろめいた。思わず俺は類子に駆け寄り、その細い腕を取って体を支えた。間近で目が合うと、類子は気まずそうに顔を反らした。俺は唇を類子の耳に近付けて囁く。「今夜12時に、例の部屋で」不破が床に入る。俺は一日の仕事を終え、自分の部屋へと向かった。ワイン蔵に入ると、中で物音がした。槐「・・・またお前か」草太は持っていたワインを隠しもせずに俺に近づいてきて言った。「槐さん、お願い。この一本だけ見逃して!もうすぐ加奈子の誕生日なんだ。頼むよ」俺は呆れて、溜息をついて言った。「誕生日なら尚更、自分の働いた金で買ってやるのが男だろう」草太は頬を膨らませて言う。「これ一本買うのに何日バイトすりゃいいんだよ」槐「だったらコンビニででも買って来い。今のお前にはそれが相応だ」草太の持っていたワインを取り上げ、俺は元の場所へと戻した。草太は両手をパンツのポケットに突っ込み、無邪気な笑顔で俺に尋ねた。「ねえ、槐さん。一人の女に命を賭けたことある?」一瞬、類子の横顔が脳裏に浮かぶ。槐「いや」草太「じゃあさ。命を賭けられる女がいるって事はすごく幸せな事だと思わない?一緒に地の果てまででも行ける、そんな女に出会う確率なんてそうそうないと思うんだよね」俺は草太が置き間違えたであろう、間違った場所に収まっているワインを元の場所に戻しながら答えた。「そんな思いはまやかしだ。愛だの恋だの、そんな不安定なものは俺は信じない。そんな思いに惑わされて一生を左右するような行動をとるなんて、愚かな人間のする事としか俺には思えない」・・・振り返ると、既に草太の姿は消えていた。勿論、ワインは数本無くなっていた。(2/2に続く)
March 10, 2007
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