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Gママさん
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隠居人はせじぃさんComments
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『津』市は一文字の市ですが、他にも一文字の市はいろいろあるのです。
私が訪ねたことのある漢字一文字の市は
山口県『萩』市、山口県『光』市、広島県『呉』市、千葉県『柏』市、埼玉県『蕨』市、
しかしひら仮名で一文字という市はこの『つ』市以外は行ったこともありませんし、
思い当たらないのですが・・・。いや何処かにきっとあるのでしょう。
![img_1498943_56562078_8[1]_R.jpg](https://image.space.rakuten.co.jp/lg01/26/0000715226/41/img81436efezik1zj.jpeg)
この日も早朝散歩。津駅にむかう。この朝も人が少ない静かな朝。

まずはホテル近くの三重県護国神社へ。
幕末の禁門の変・戊辰戦争から第二次世界大戦までの三重県関係の戦歿者6万3百余柱を
祀ってあるとのこと。

三重県立博物館。
三重の自然と歴史・文化」をテーマに掲げた公立の博物館。
現在のこの建物は老朽化が進んでおり、耐震基準を満たしていないため、展示室の一般公開を
中止していると。そこで、新しい三重県立博物館の建設が2011年1月より始まっているとのこと。

津偕楽公園。
津藩第11代藩主藤堂高猷が 安政年間(1854~60)に別荘を設けたのが始まりと。
偕楽園の名は高猷の俳号から。自然の丘陵や生かされ、春には桜が咲きみだれ、
この公園は桜の名所。

公園にはD51の499号機が保管展示されていた。
D51・499号機は1941年製で走行距離205万キロとのこと。

公園内にはユニークな公衆トイレが。大きなコンクリート製樹木の中にある男性トイレ。
北欧の公園にはこのような公衆トイレはほとんど無かったのであった。
公衆トイレ事情は日本が最高。試しに利用。便器の高さに超満足!!

「津」駅西口から南へ300メートルほど向かったところにある、「三重県庁」。
入り口の花時計は6:05過ぎを示していた。

県議会の行われる議事堂。立派な いや 立派すぎる建築物の一言。『見栄県?』。

近鉄とJRを跨ぐ橋の上から。

見事な石造りの橋。吉田山橋と書かれていた。

石の橋にはこの地の名物、「伊勢エビ」が刻み込まれていた。

県庁前公園。
噴水、藤棚、健康運動用具、園路などが設置され、外周を植栽に囲まれた公園。
ここにも先日北欧・デンマーク・コペンハーゲンで見た人魚姫に似た人魚姫が。

更に暫く歩くと歴史がありそうな寺院に辿り着いた。
聖徳太子が全国に建立した四つの四天王寺のうちの一つがここ、津の四天王寺。
度々の兵乱や戦火で焼失と再興を繰り返したが、元和5年(1619年)に津城に入国した
藤堂高虎が改築、二代目藩主高次が寛永14年(1637年)に寺領を寄進したことにより、
寺勢をとりもどしましたと。
現在の本堂は、太平洋戦争で焼失後、五十二世定行代に托鉢行にて再建されたものであり、
市内有数の大きな寺院の一つとなっているとのこと。

山門
山門全体に、使われている木が太く、高さもあり、均整のとれた美しい姿。

織田信長生母(花屋寿栄禅尼・土田御前・江の祖母)の墓
津に織田信長の母親、花屋寿栄禅尼の墓があるのは不思議に思えるが、
最初に津城を築いたのは、信長の弟、信包(のぶかね)で、天正8年(1580)にはほぼ
城は完成。
本能寺の変のあと、彼女は信包をたよってこの津に移り、この地で亡くなりここに葬られた
とのこと。

蓮光院 初馬寺(れんこういん はつうまでら)。
伝承では推古天皇22年(614年)、厄年で病となった聖徳太子が自ら刻んだ
馬頭観世音菩薩を祀ったのが始まりと。

汗をビッショリかき、ホテルに戻る。朝シャワーを浴び朝食を済ませ、同僚の車で仕事場へ
向かったのでした。
江戸東京博物館へ(その10) 2026.05.27
「かんなみ仏の里美術館から江川邸へ」(そ… 2026.04.05
「かんなみ仏の里美術館から江川邸へ」(そ… 2026.04.04