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隠居人はせじぃさんComments
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【6月9日】
トプカプ宮殿に到着。
15世紀中頃から19世紀中頃までオスマン帝国の君主が居住した宮殿。
イスタンブール旧市街のある半島の先端部分、三方をボスポラス海峡とマルマラ海、
金角湾に囲まれた丘に位置していた。
宮殿はよく保存修復され、現在は博物館として公開されていた。
トプカプ宮殿の名前の由来は、ボスポラス海峡を警備する為に、丘の上に大砲を据付けて
いたので、トプ(大砲)カプ(門)と呼ばれるようになったとのこと。
入り口には結婚式を終えたばかりのカップルが観光客のデジカメにポーズを。

トプカプ宮殿の入り口、皇帝の門。皇帝の門は1478年に立てられ、当初は門の上に
見張り塔のある館があったと。

バービュス・セーラムと呼ばれている。この門を馬に乗ったまま通れたのはスルタンだけで、
宰相や高官、各国大使などはここからは歩いて宮殿内に入る事になっていたとのこと。
この門をくぐる際には、簡単な持ち物検査が行われた。


正義の塔。
ドーム下の広間ではスレイマン1世時代以降、帝国の最高政策決定機関である、
御前会議が開かれた。この部屋のハレム側に尖り屋根の塔があり「正義の塔」と
呼ばれていた。

トプカプ宮殿は1467年にメフメット2世により造られ1856年にアブドゥネ・メジットが、
ドルマバフチェ宮殿に移るまでの約370年間、歴代スルタンの住居として使用されていたと。
この宮殿内には約4000人が住んでいたと言われていると。

ドームの間の見事な装飾。

広いトプカプ宮殿を歩きまわった中で、奇麗だと思ったタイルの写真。






トプカプ宮殿は、三大陸を支配したオスマン朝トルコのスルタンの居城だが、建物自体は
贅の限りを尽くしたヨーロッパの城に比べると意外に質素な印象。
ただ、内外装に使われた青を貴重としたタイルや、アラビア文字の飾り文字はとても美しい。

そして美しいステンドグラスの数々も。




聖遺物の間。このトプカプ宮殿でもまたまた重要な場所で ムハンマド(マホメット)の遺物が
展示されていた。
宝物殿。
日本でも展示された巨大なエメラルドで有名な「トプカプの短剣」や「スプーン職人のダイヤモンド」
と呼ばれる86カラットもある大きなダイヤの周囲を49個のダイヤで取巻いたものが展示
されていたが、撮影禁止で残念。

スルタンの大広間の天蓋付き玉座。
ここに座り、絨毯の上で舞う女性たちの踊りや2階で奏でられる宮廷楽士たちの音楽を
楽しんだと。玉座に向かって左側の壁の鏡はスルタンがいつでも避難できるように隠し扉の
工夫がされていたのだ。
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トプカプ宮殿のテラスより、ボスポラス海峡を望む。
対岸左側はヨーロッパ側新市街、右側はアジア側。両地区を結んでいるのはボスポラス大橋。
宮殿の立地が、いかに戦略上重要な場所だったかわかるのであった。

ボスフォラス海峡を大きな貨物船も航行。

帆を下ろした帆船も。

豪華客船

船名は『SEABOURN ODYSSEY』
32,000総トン 2009年建造 全長:198m 幅: 25.6m とのこと。