JINさんの陽蜂農遠日記

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2015.07.09
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カテゴリ: 国内旅行

玉陵(たまうどぅん)を構築したのは、琉球王国第二尚氏王統の第3代国王・尚真王。

50年にわたって王位に在り、琉球王国の最盛期を現出。地方の按司(豪族)らを首里に

集居させて中央集権化を図るなどして、王権を強化した人物。

DSC00647_R.JPG

昭和47年に玉陵墓室石牆(たまうどぅん ぼしつ せきしょう)が国指定有形文化財建造物に、

玉陵は国指定記念物史跡に指定。また、2000年に「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として

世界遺産に登録。

DSC00679_R.JPG

チケットを購入し最初に奉円館(ほうえんかん)に入る。

地下1階は資料展示室になっていて,玉陵の概要や玉陵内部の様子が展示説明。 

歴代の王の納骨の壺の写真。 

DSC00649_R.JPG

お墓の 内部のミニチュア模型や遺品が展示されていました。

DSC00651_R.JPG

金属製品の遺品の数々。 

DSC00652_R.JPG

パンフレットより玉陵配置図。

玉陵配置図_R.jpg

資料展示室を出て、玉陵に向かう。

DSC00653_R.JPG

両側に木々が植えられたまっすぐな道を進むことに。  

DSC00654_R.JPG

ガジュマルの樹。 

DSC00655_R.JPG

幹は多数分岐して繁茂し、囲から褐色の気根を地面に向けて垂らしていた。

垂れ下がった気根は、徐々に土台や自分の幹に複雑にからみつき派手な姿に。

ガジュマルの名の由来は、こうした幹や気根の様子である「絡まる」姿が訛ったという説が。 

DSC00656_R.JPG

右に石塀が見えて来た。ここが世界遺産 玉陵。

DSC00658_R.JPG

正面の小さな入口。 

DSC00659_R.JPG

そこから入ると綺麗に掃き清められた広場に出た。 

DSC00660_R.JPG

外郭内の左隅にあった玉陵碑(タマウドゥンひ)

この碑文は1501(弘治14)年に建てられたもので、タマウドゥンに葬られるべき人々を

規定したものとのこと。尚真王他8人の名が記され、この書き付けに背くならば、

”天に仰ぎ、地に付して祟るべし”と結んでいると。

碑文には長男・次男の名が見えず、王室内に勢力の対立があり、廃されたと見られていると。

DSC00672_R.JPG

内郭に入る中門。

玉陵は中門のある壁に仕切られて形で外郭と内郭に別れている

DSC00661_R.JPG

1501年、尚真王が父尚円王の遺骨を改葬するために築かれ、その後、第二尚氏王統の陵墓に。

墓室は三つに分かれ、中室は洗骨前の遺骸を安置する部屋。

創建当初の東室は洗骨後の王と王妃、西室には、墓前の庭の玉陵碑に記されている

限られた家族が葬られたと。全体のつくりは、当時の板葺き屋根の宮殿を表した石造建造物。

墓域は2.442m2。 沖縄戦で大きな被害を受けたが、1974年から3年余りの歳月をかけ、

修復工事が行われ、往時の姿を取り戻して今日に至っているのだと。 

玉陵は中室、東室、西室の3つの建築物に分かれている。

中室は葬儀の後、当時の琉球の葬制に基づき遺骸が骨になるまで放置し、数年後に骨を

取り出して洗骨。洗骨した後に遺骨を骨壺に収め、王及びその妃の骨は東室に納められ、

他の王族は西室に納められた。建造物の外は外庭、中庭に石壁で仕切られ、中庭には

珊瑚の破片が敷き詰められていた。

こちらが西室。

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東室。 

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玉陵の屋根には墓守護のため3匹の石獅子が設置されていた。

陵墓に向かって左側の屋根にいる獅子は子獅子を抱いていました。

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右側の塔の屋根には、玉紐をくわえて玉で遊ぶ獅子が。

どちらの獅子も表情がユーモラスで、沖縄に数ある石彫刻の中で最もユニークで

異彩を放つ逸品と言われていると。 

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東の御番所(あがりぬうばんじゅ)。 

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沖縄戦前までお墓を守る番人がお墓の管理をしていたと。

王国時代には墓参りに来た王様が休憩をしたところでもあると。  

DSC00669_R.JPG

西の御番所の部屋割を描いた図を反転させると、ほぼ柱の位置が一致。

そこで、遺構や写真などを元に分析し、この東の御番所を復元したのだとのこと。 






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Last updated  2015.07.11 04:47:55
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