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隠居人はせじぃさんComments
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羽田神社に立ち寄りました。
京浜急行。大鳥居駅で下車し国道131号羽田空港線(産業道路)を川崎方面に歩く。

羽田神社前に到着。
羽田神社は、小田原北条氏が当地附近を治めていた頃に領主行方与次郎が
牛頭天王社を祀ったことにはじまる。
江戸時代には、旧羽田村(本羽田)・旧羽田猟師町(羽田)の鎮守となっていた。
明治維新の神仏分離により、八雲神社と改称、明治40年に羽田神社と改称。
一の鳥居、二の鳥居そしてその奥に本殿が。

社殿。
祭神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)、稲田姫命(いなだひめのみこと)
航空安全を祈願する神社としても有名。

手水舎。
手水舎に「牛」が設置されていた。
ここ羽田神社は800年前の鎌倉時代に羽田浦の水軍で領主であった行方与次郎が
「牛頭天王」を祀ったのがその起こり。手水舎には水の守護神である「龍」をよく見かけるが、
この神社には牛頭天王にあやかり牛を用いているのだと。

神社は手入れの行き届いたきれいな空間。
神楽殿。

御輿殿。

殉国の碑。
羽田地区戦没者慰霊碑と。

日清戦争の戦役記念碑とのこと。
征清従軍旌功之碑と刻まれていた。

社殿右側に、八雲神社之碑(右)と疱瘡除祈願御札の碑(左)が。
疱瘡除祈願御札の碑の碑は天保12年に、将軍家定が疱瘡治癒祈願に訪れた事績によるもの。
この参拝により流行病が治癒したことから、病気平癒の神としても信仰され、病気平癒や
身体健全を願う多くの参拝者が訪れると。震災や戦災を逃れ、石碑は当時の姿を保って
いるものの、現状保護のためフェンスで覆われていた。

夫婦 擬宝珠(めおと ぎぼし)。
願いごとを思いながら擬宝珠に水をかけると願いが叶うとか。

石灯籠と狛犬。

鈴納稲荷神社。
天明4年、羽田猟師町の名主鈴木弥五右衛門が周囲50問四方に堤防を作り
土地の開墾をはじめる。度々の風雨や洪水で堤防が決壊し住民が困ったので、
これを防ぐため屋敷近くに稲荷社を建立。
昭和20年強制立退き後、昭和31年に現在地に鈴納稲荷神社を建立。

増田稲荷神社。
創建時期は不明とのこと。
増田市左衛門が開墾した増田新田の稲荷社。
京急、及び道路の拡幅に伴い境内社となったと。

日枝神社。
創建:江戸中期 西町、前河原の守護神として祀られ、文化年間の古文書にも記されている社。
昭和20年戦災で廃社、同24年再建、同36年羽田神社の境内社となったと。

羽田稲荷神社。
井上軍左衛門の庭内神社として祀られ、引っ越しに際して境内末社となったと。

羽田富士塚入り口そして間神社鳥居が。
鳥居の額には羽田富士山と書かれていた。

参道入口。

拝所。

富士塚正面。
富士塚は、富士山の信仰団体である富士講の講員たちが、その年実際に富士山に
登れない者のために、富士山を模して築いた人造の小山。
江戸中期安永(1772-1780)のころから、この習俗が、関東を中心として各地におこったと。
俗称「羽田富士」と呼ばれるこの塚は、明治初年に築造されたもので、大田区唯一の存在。
近年まで、毎年7月1日の山開きには、この塚に羽田富士講の講員が登りお参りする習俗が
残っていたと。そう言えば品川神社にもこれより規模の大きい富士塚があることを
想い出したのであった。

社務所。

御朱印を頂く。
飛行機とお神輿の織り込まれた御朱印帳は人気とのこと。

規模は大きくはないのだが、整備が行き届いており綺麗な境内が印象的なのであった。
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