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隠居人はせじぃさんComments
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吉備津神社案内図。
「祈願トンネル」とその後ろに「一童舎」
祈願トンネルをくぐる。
「明るい門出」 「勝利をわが手に!」「栄光の旅立ち!」の文字が。
勢いのある言葉が並んでいて、神社らしからぬ生々しい表現が。
一童舎正面。
学問・芸能の神様をお祭りしており、江戸時代の国学者も厚く信仰したと伝えられ、
近年では進学を目指す人のお参りが絶えないと。
さすがにこの日は年末であり、センター試験まで2週間と迫っているため
学生の姿は少なかった。
たくさんのおみくじを結んで「合格」の文字をつくっていた。
このアイデアは合格!!
御祈祷殿。
参集殿横にある庭園も、見所のひとつ。
神社では余り見かけない庭園も、寺院に匹敵する程のレベルで。
多くの鯉がのんびりと。
そして本殿前を通過し長い回廊を進む。
1357年完成の手前・南隋神門とそこから繋がる総延長398mと言われる回廊が続く。
ちょっと奈良・長谷寺の登廊や、京都・高台寺の臥龍廊を想い出させたのであった。
左手にえびす宮。
商売繁盛・家業繫栄の神様、特に1月9・10・11日のえびす祭りでは縁起物を求める
たくさんの人で賑わうのだと。
宮の前には正月用のテントがすでに設営済み。
岩山宮の石鳥居。
「岩山宮」 と刻まれた石の神額。
吉備の中山の山腹に位置し、吉備国の地主神をお祭りしていると。
長い階段の上に岩山宮が見えた。
階段の左右にはアジサイが植えられており6月の美しさが想像できるのであった。
回廊沿いの「吉備津神社」三社宮。
左から春日宮、大神宮、八幡宮。
横に折れた回廊の先には御供殿(ごくうでん)が。
300メートルに及ぶ廻廊の端にあるこの建物に大祭の世話人の方十数人が集まり、
七十五膳やその他の神饌、神宝類、奉供 物を準備するのだと。
七十五膳据神事は春と秋に行われる大祭の献饌行事で、備中の国内の諸郷から
新穀をはじめとする産物を一宮であるこの神社に献納し感謝するお祭りであると。
吉備津神社本宮社の側にある吉備中山 細谷川古跡。
吉備の中山は、備前と備中の国境にある丘陵。東麓に吉備津彦神社、西麓に吉備津神社が
鎮座する。南の山頂には両神社の祭神大吉備津彦命陵墓がある。
細谷川は、大吉備津彦命陵墓付近を源とする川。
『古今和歌集』の「神あそびのうた」に読人知らずとして
「まがねふくきびの中山おびにせる ほそたに河のおとのさやけさ」が収められるなど、
古くから多くの歌人、文人に親しまれているのだと。
本宮舎。
岡山県指定重要文化財であると。
回廊末端部。
回廊に沿って牡丹園が。
弓道場。
的である「巻藁」が3個。
境内の小水車。
鳴釜神事(なるかましんじ)が行われる御釜殿。
鳴釜神事は、釜の上に蒸篭(せいろ)を置いてその中にお米を入れ、蓋を乗せた状態で
釜を焚いた時に鳴る音の強弱・長短等で吉凶を占う神事とのこと。
吉備津神社には鳴釜神事の起源として以下の伝説が伝えられているとのこと。
吉備国に、温羅(うら)という名の鬼が悪事を働いたため、大和朝廷から派遣されてきた
四道将軍の一人、吉備津彦命に首を刎ねられた。首は死んでもうなり声をあげ続け、
犬に食わせて骸骨にしてもうなり続け、御釜殿の下に埋葬してもうなり続けた。
これに困った吉備津彦命に、ある日温羅が夢に現れ、温羅の妻である阿曽郷の
祝の娘である阿曽媛に神饌を炊かしめれば、温羅自身が吉備津彦命の使いとなって、
吉凶を告げようと答え、神事が始まったと。
内部は撮影禁止であった。
宇賀神社側の吉備津神社入口の鳥居と手水舎。
曲線美が美しい回廊とその先に吉備津神社本殿の屋根が。
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