JINさんの陽蜂農遠日記

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2019.04.07
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『旧東海道を歩く』ブログ 目次

三島 水辺の文学碑を後にして、水滝公園に立ち寄る。
『白瀧観音堂』。
「このお堂は平安時代末からここ水上の地に在って観世音菩薩がお祀りされている 。
当時は現在地より北に位置し堂のかたわらに白いしぶきを上げる瀧が落ちていたところから
と白瀧観音と尊称され白瀧寺という尼寺の本尊であったと伝えられる 
江戸時代にはこの地に移り清水寺と称したと言われ明治初期に一時荒廃したが市内本町にある
常林寺十七世達玄大和尚これを見いだき寺内に拝し奉祀された 
これを機に当地でも有志がお堂を再建し分祀する様になり現在この縁をもとに毎月十八日 
常林寺住職が出向し例祭を催している 」



『富士の白雪の碑』。
あの有名なノーエ節です。「富士の白雪 朝日に溶て、三島女臈衆の化粧水」と書かれていた。
ノーエ節というのは正しくは農兵節だと。幕末期に韮山代官・江川英敏が農兵に
西洋式訓練を行った時に行進曲として歌ったという説、また横浜の野毛山節が三島に伝わって
ノーエ節となったという説があるのだと。



『めぐみの子』。
からくり人形の「めぐみの子」が水を汲んで観光客をおもてなしすると。
この日は正月休暇中か?



『円明寺』に向かう。入口から山門を見る。



この寺の宗派は日蓮宗で、康永3年(1344)将軍足利尊氏の叔父にあたる日静上人が
法華堂として建立し、文明11年(1479)日澄上人によって開山された。
幕末の頃、寺に住む母犬が病気になると子犬たちが懸命に看病したが、
母子とも死んでしまうという悲しい物語が伝えられていると。



『円明寺』山門。



この寺は明治10年(1878)3月、柿田屋火事で類焼したため同年、三島にあった樋口本陣の
正門を山門として移築したと。



『鐘楼』。



『本堂』。
江戸時代に諸大名が三島宿宿泊する際に、泊まるよう指定されていた宿であると。




「昔、円明寺の本堂の床下に、お母さん犬と5匹の子犬がなかよく住んでいました。
お寺のお上人は、犬たちをたいそうかわいがり、それぞれに名前をつけてあげました。
お母さん犬はタマ、子犬たちは、トク、ツル、マツ、サト、フジという名前でした。
6匹は番犬として、お寺の門を忠実に守り、お上人を喜ばせました。
ところが、ある寒い冬の日、子犬のフジが死んでしまい、それがもとで、お母さん犬までが
病気になってしまったのです。
子犬たちは、お母さんの病気を治そうといっしょうけんめいでした。
ツルとサトは、お母さんのそばを片時も離れず看病をしていました。
一方、トクとマツは、雪の町へ出かけて行き、ある家の窓の下でしきりにほえました。
それは何かをうったえるような悲しんでいるような声でしたので、その家の人が食べ物を上げると、
食べようともしないで口にくわえて走り去ります。
2匹は、お母さんに食べさせるエサをもらいに行ったのです。
しかし、子犬たちの看病もむなしく、お母さん犬は半年後の暑い夏の日にとうとう
死んでしまいました。
このようすをやさしく見守っていたお上人は、子犬たちの孝行ぶりにひどく感心しました。
その後、残った4匹もお母さんの後を追うように相次いで死んでしまうと、
6匹のためにお墓をたてました。墓石には犬の名前をきざみ、ていねいにお経をあげたと
いうことです。今、円明寺にある「孝行犬の墓」はこのときのものです。
毎年、4月18日には供養祭を開き、犬たちのめい福を祈っています。」


境内にあった『孝行犬の墓』。



『山門』を横から。
中心がずれているのであった。
門を境内側から内側に開いたときに雨に濡れないようにする工夫であると。



旧東海道に戻る細い道の出口・現在の市役所中央町別館のところにあった『問屋場』。
「江戸時代、三島宿の中心的な施設であった問屋場。
江戸時代の東海道には五十三の宿場があり、三島宿もその内のひとつとして賑わった。
江戸時代には庶民の旅も盛んであったが、公的な人・モノの輸送手段と宿泊場所の提供が
宿場の第一の役割であった。宿泊機能は公家、大名などが泊まった本陣や旅籠が担い、

隣の宿場から送られてきた荷物などを受取り、次の宿場まで運びました。」
三島宿は、箱根・小田原宿より交通量が多いのに問屋場はここ一箇所だったため
常に人手不足に悩まされていたと。



再び旧道に戻り右手に折れ更に進む。



県道51号線を進むと三島駅方面に続くのであったが直進する。
三島駅の入口の交差点を過ぎるとすぐに『世古本陣跡』の碑が。
三島の宿には世古本陣と、道を挟んで樋口本陣があった。
本陣の建物は書院造りで、門構え、玄関、上段の間、控え の間などの部屋や湯殿、
庭がある広大なものだった。郷土館には宿泊した大名 の関札があり、樋口家にある
『樋口本陣文書』と『織部灯籠』は、市の文化財 に指定されている。
なお、三嶋大社には茶室『不二亭』も移築されていると。




江戸時代格式の高い樋口本陣は、現在の山田園のあたりにあり、その門は今は
先ほど訪ねた芝本町の円明寺山門になっていると。

「三島 樋口本陣跡」の画像検索結果


『樋口本陣跡』の石碑。


「本陣について

本陣とは江戸時代五街道などの宿場 に設けられ、大名、公家、幕府役人などが宿泊した施設で、
大名宿とも言った。
三島の宿にはここに樋口本陣、道をはさんで北側に世古本陣があった。
本陣の建物は書院造で、門構え、玄関、上段の間、控の間などの部屋や湯殿、
庭がある広大なもの。
三島市郷土資料館には樋口本陣文書(市指定文化財)と宿泊した大名の関札があると。
なお三嶋大社には樋口本陣の茶室「不二亭」も移築されているのだと。


三島宿について

三島は古くから伊豆の中心地として栄え、三嶋明神の門前町として大変な賑わいを
見せていました。
慶長 6 年( 1601 )徳川家康 は宿駅制度を作り、最終的には東海道に 53 の宿駅を設け、
三島宿 は江戸日本橋から数えて 11 番目の宿駅でした。また、三代将軍家光が参勤交代を
制定した事により各大名の東海道往来が多くなり、箱根に関所が設けられると三島宿は
「天下の険」箱根越えの拠点としてさらに賑うようになりました。
また、東西を結ぶ東海道と南北を結ぶ下田街道・甲州道との交差する位置にあった三島宿は、
さまざまな地域の文化や産業の交流地点ともなっていました。伝馬、久保、小中島、大中島の
4 町辺りが宿の中心地で、実際の運営もこの 4 町が核となり行われていました。
三島宿は初代安藤広重 の浮世絵代表作「東海道五十三次」では、三嶋明神鳥居前を出立した
ばかりの旅人が描かれています。また文政 9 年( 1826 )に訪れたオランダ人医師シーボルトが
三島・箱根の自然観察記録を、安政 4 年( 1857 )には三島宿に泊まったアメリカ人ハリスが、
宿泊先(世古本陣)の日本庭園の素晴らしさを日記に書いています」



そして旧街道を右折して石畳の細い道を三島駅方面に進むと『源平衛川』の
流れに出会う。



富士山の伏流水が湧き出る楽寿園内小浜池を水源とする源兵衛川は、三島駅から徒歩5分に




川の中には、飛び石などが配置され、湧水を全身で感じながら、箱根関所からここまでの
疲れを癒してくれる「せせらぎ散歩」を楽しむことが出来たのであった。



全長1.5Kmの清流が流れる川『源兵衛川』。
こんな清流が駅の近くを流れている三島市は「水の都」と呼ばれているのも納得。



町の喧騒を忘れてしまう空間。



飛び石やウッドデッキの散策路が整備されていた。



川に沿って飛び石の散策路が延びる。



流れに沿って、そして橋の如くに。



すれ違う際には注意が必要だがこの日は・・・。





「オランダカイウ」であろうか白きカラーの花に似ていた。



土木学会デザイン賞2004の最優秀賞を受賞したプロジェクト。



そしてここから上流は「樂寿館」の庭園の中に。



『小浜(こはま)のみち』。
「楽寿園一帯は富士山からの溶岩台地で古くから小浜(こはま・おばま)と呼ばれた
山林原野だった。かっては三嶋大社の神宮が例祭の前には浜下りして身を清めたが
大祭は沼津千本松で、子祭は小浜池で「みそぎ」をしたのでこの名がついたという。
街中がせせらぎ事業ではこの道を「小浜のみち」と愛称をつけました。」



『小浜のみち』を進む。



『木食観正之碑』。
楽寿園の南出口を出て、左へ、駅前通りのほうに「小浜のみち」を歩いて行くと左側に。
ひっそりと、いう感じであるこの碑は木の実や野草だけを食べて仏の道を説いたという
僧を祀った碑であると。



『式内二宮浅間神社』と刻まれた石碑。



『浅間神社』
「昔から二宮として人々の崇敬厚く 古くは三島大社の別宮であり、木 花開耶姫命、
波布比売命の二柱を 主神として、外に瓊々杵命、火明命、 火蘭降命・彦火々出見命の
四 柱を相殿の神として祀ってあり、 三島大社につぐ名社であった。
嘗ては富士登山をするもの必ずこ の神社に詣でるを常とした。
この境内周辺より湧き出づる水は 下流町村の灌漑用水となっている」



『石鳥居』。



『社殿』。
案内には、二宮とあるが、これは従来の二宮である若宮八幡が、三島大社境内に移されたため、
三宮であった当社が、二宮扱いになったものだそうだ。
御祭神は 木花開耶姫(このはなさくやひめ)、波布比売命(はぶひめのみこと)他と。



境内には、左右に2つの社殿。右が本社で、左は境内社の『芝岡神社』。
そして奥に社殿が。



『柴岡神社』
「元本陣世古六太夫家の邸内に祀っ てあったが明治四年芝町の氏神と して祭ることとなり、
村社であっ た明治十年三月の三島宿の大化に 類焼し同十二年に復興した。
本殿の下に大きな円形の石があり 霊石と称し昔から子供の守神とし て知られている。
昭和二十七年七 月に浅間神社へ合祀して社殿と共 に移転した。
祭神は高産霊神を祀る。」



そしてその先にあったのが『樂樹館』正門が。



【楽寿園案内図】。
現在の楽寿園のある場所は古くは小浜山と呼ばれ、愛染院(廃寺)、浅間神社、広瀬神社の
社寺域であった。 1890 年(明治 23 年)、小松宮彰仁親王の別邸として造営され、彰仁の没後、
1911 年(明治 44 年)に韓国王世子李垠の別邸となり、昌徳宮と呼ばれた。
1927 年(昭和 2 年)、伊豆出身の資産家・緒明圭造へ売却。 1952 年(昭和 27 年)には
三島市が購入し、同年 7 15 日から市立公園として一般公開した。
1954 年(昭和 29 年)には小浜池(こはまがいけ)と周囲の自然林・植生を含む庭園が
国の天然記念物および名勝に指定された。 2012 年(平成 24 年) 9 24 日、 伊豆半島ジオパークの
ジオサイトとして指定された。
楽寿園の地形をつくる「三島溶岩」は、下層部が約 1 7 千年前、上層部が約 1 500 年前の
富士山の噴火で流出したもの。この三島溶岩流は露頭している。この地形を生かした日本庭園と共に
小規模の遊園地と動物園も併設されている。
かつてはゾウやキリンなどの大型動物やも飼育されていたこともあったと。



『日本の歴史公園百選』になっていると。



入口。



駅前のグリーンベルトにあった母子像。



『愛染院跡の熔岩塚』

「愛染院跡の溶岩塚」の画像検索結果

「三島溶岩 は粘性の小さい玄武岩 (げんぶがん)の熔岩で、富士山 から焼く 40km 流下して
きたものである。溶岩塚 とは、溶岩流 の表面の部分が固まっても、中はパイプ状になっており、
末端付近の表面が押し上げられる作用により小丘となったものをいう。
ここ愛染院 跡(あいぜんいんあと)にはこの繰り返しによって、熔岩の堆積(たいせき)が
いっそう高まり、このように小高い熔岩塚 が形成された。
この溶岩塚は三島溶岩流 の末端であること、また岩石や火山活動の研究に貴重であることから
指定して保存を図ることになった。
愛染院は、室町時代に三島神社 別当職を勤めたことがあるともいわれている旧市内随一の
大寺院であると推定され、当時はその愛染院の庭園の一部ではないかといわれているが、
確証はない。



そして三島駅に到着。
駅前には青竹の灯篭が。

あかりの回廊(みしま竹あかり)
あかりのプロムナードとも呼ばれ年末年始、三島駅がやさしい竹あかりに包まれると。



三島駅南口の中央池には、竹を使った大きなモニュメントを設置。地元の小学生が作ったオリジナルの
竹灯篭をメインに飾られていると。
オブジェは花や植物、水などの自然のものをイメージして作られている。
一般的なイルミネーションとは違った、和のイルミネーションを楽しめるのだと。



そして在来線で熱海乗り換えで帰路に。
JR三島駅でSUICAカードで入ったが、地元の藤沢駅ではSUICAカードで
出れなかったのであった。JR三島駅はJR東海、藤沢駅はJR東日本の駅の為
自動改札を通過できず、更に小田急線への乗り換え改札では清算が出来ない為
中央改札へ行けと駅員から。
ICカードは各社が自社の管内での利用を想定して作っているもので、清算のシステムなども
各社ごとに異なっているのが理由であるようだ。
カード導入前から相互利用できるようにシステムを組んでおくべきだったのではないか、と
考えるのであったが・・・・。
                            ・・・​ その11 ​・・・に戻る

              ・・・旧東海道を歩く(箱根~三島) 完・・・





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Last updated  2020.04.28 14:34:07
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