JINさんの陽蜂農遠日記

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2022.06.02
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カテゴリ: 茅ヶ崎市歴史散歩
【茅ヶ崎市の神社仏閣を巡る】目次

「西光寺」を後にして山の下を巡る道を進む。



「中赤羽根 自然環境保全地域
草や木や、野生の動物を大切に。ゴミは必す持ち帰りましよう。」



山道を上って行った。



イノシシが出て来そうな山道を一人で。



スマホの案内に従い進む。



そして到着したのが「妙覚院 (日興門流 正信会)」。
1977年(昭和52年)に、日蓮正宗(宗門)の信徒団体であった創価学会の言動を批判し続けた為、
1980年に日蓮正宗(総本山・大石寺)から擯斥処分を受けて分離独立した宗教団体である。
2022年(令和4年)現在は、宗教法人「正信会」と任意団体の「日蓮正宗 正信会」と
「冨士大石寺正信会」の3つの団体に別れているとのこと。
神奈川県茅ヶ崎市赤羽根3081−70。



「日蓮正宗 妙覺院」とあったが、建物の外見は民家そのものであった。



「妙覺院」を後にして、進むと左手奥にあったのが医療法人社団湘南健友会が運営する
「介護老人保健施設 湘南の丘」。




山道を下っていくと、竹林の中に。



タケノコは成長し既に1m以上になっていた。



山道を出ると正面にあったのが貸し市民農園「富士見ファーム赤羽根」。
多くの方が菜園作業をされていた。



次に足を延ばし(株)都実業グリーンリサイクル茅ヶ崎営業所を訪ねた。
茅ヶ崎市では、ごみの減量を推進するため、庭木などの手入れを行った際に出る剪定枝に
ついて、令和3年4月からリサイクルを開始しているのだ。
現役時代の仕事の関係上、気になる施設なのであった。



「茅ヶ崎バイオマス発電所」案内板。



「バイオマス」とは、生物資源(bio)の量(mass)を表す言葉で、再生可能な生物由来の
有機性資源(化石燃料は除く)の総称。

木質チップを直接燃焼させて発電する「蒸気タービン方式」と、木質バイオマスをガス化して
燃焼させる「ガス化-エンジン(ガスタービン)方式」に分かれる。
都実業と利久ではこのうち「蒸気タービン方式」を採用し設備化したのであった。



木質バイオマスを裁断しチップ化しこれを燃焼させ、ボイラーにて蒸気を発生させ
発電して、余剰電力を売電して収入を得る仕組み。







「茅ヶ崎バイオマス発電所」。
2021年8月1日より稼働開始と。



場内に山積みされた木質チップを搬送車に載せ、焼却炉へ移送。



木質バイオマスの木質チップをズームして。



発電機仕様
ボイラー型式:N-500 型、自然循環式水管ボイラー 使用燃料:木質チップ
蒸気タービン型式:抽気復水タービン 発電出力:1,990kW / h



少し移動してズーム。



上空からの写真をネットから。


  【http://miyako-jitsugyo.com/info/】より

そしてひたすら歩いて次の目的地の「宝積寺」の入口に到着。
奥に「宝積寺」の山門が見えた。



大きな駐車場の角には石碑が。



左に「馬頭観世音」碑。



その隣に「禅宗 宝積寺」碑。



その先にも石碑が。



「庚申供養塔」。
寛政12年(1800)9月
山伏角柱
日月・「庚申供養塔」・三猿(台石)
正面右側「寛政十二庚申」
 〃左側「九月吉祥日」
左側面「赤羽根上村中」



「身代地蔵尊」。



そして「宝積寺」の「山門」を正面から。



駐車場の奥にあった石仏群。



左の「招福布袋」像。



笑顔の「布袋様」に近づいて。



石仏が三体
左:六十六部三千人・・の文字が。
中央:高座郡・・・赤羽根村中
右:明和ニ乙酉年( 観音供養・・・



「双体道祖神」であろうか。
肩に手を置いて頬よせて。



「山門」。



寺号標石「曹洞宗 宝積寺」。



「不許葷酒入山門」と。



「山門」に近づいて。



扁額「稲荷山」。



「縁起
宝積寺創建 慶長ニ年 西暦一五九七年
本尊 観世音菩薩
開山 冷室長厳大和尚
   慶長五年十月廿日示寂
伽藍倒壊 関東大地震
               大正十二年九月一日 一九ニ三年
本堂再建 昭和四十五年 一九七〇年
薬師堂創建 慶安元年 一六四八年
   再建 昭和五十三年 一九七八年」



「山門再建成就碑」。



庫裡であろうか。「宝積寺」の文字が。



「薬師堂」。



「薬師堂再建記念碑」。



扁額「薬師堂」。



「寶樹殿庫裡建設記念碑」。



扁額「寶樹殿」。



境内の見事な松。右から左へ10m以上もあっただろうか。



根元を見る。



石碑の文字は「雲外松」であろうと学友から。



根元方向から。
樹齢は100年以上か?



廻り込んで。



根元をズームして。



本堂の扁額「寶積寺」。



「妙染一貞法尼顕彰碑」。
「かながわの100人」に選ばれたときに建てられた顕彰碑とのこと。
「村野もと子」と現代風の名前であるが江戸時代に生きた女性。
長閑なる  雨の名残りの 露なるに おりてかざらん 山桜花 」 
空に立つ うき名を何に つつままし おほふ計(ばかり)の 袖しなければ
裏面には
野村もと子幼名直(生年不詳~天保八年九月一日 一八三七年没)は上赤羽根村名主小沢家の
娘であって 歌の師加藤千蔭の門下に入り春夏秋冬恋歌六十九首の短歌一首の長歌を編した。
「もと子家集(編者注 歌集か)」を天保六年(一八三五年)四月刊行当時の女流歌人として
豊かな教養知識をもって歌才を認められる。
昭和五十五年(一九八〇年)「かながわの一〇〇人」に女流歌人として選せられる
昭和五十七年十一月吉日
   小沢家十八代 小沢卓一 長男 雄市 建立
   宝積寺四十世 大活俊雄 雲外良憲 敬書



「寶積寺本堂再建記念碑」。



「宝篋印塔」。



祠の中に石仏が。



近づいて。



そして再び「本堂」を振り返り「宝積寺」を後にしたのであった。




                              ・・・​ もどる ​・・・


                  ・・・​ つづく ​・・・





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Last updated  2022.06.02 12:47:40
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