JINさんの陽蜂農遠日記

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JINさん@ Re:再び大涌谷へ(05/16) Dさんが申し込んで下さいましたが、朝食を…
オジン0523 @ Re:再び大涌谷へ(05/16) 朝食の食べそこないとは? 深酒? であれ…

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2025.03.31
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カテゴリ: JINさんの農園
永代供養付個別墓「やすらぎの郷」



永代供養付納骨堂「光明寿」



永代供養付納骨堂「光明寿」 を横から。



この石仏は?



仏舎利奉安殿

ここに奉安 と。



■仏舎利奉安殿■
教主釈尊のご遺骨を仏舎利と申しインド大菩薩会事務総長ジナラタナ師が奉戴して昭和四十一年
八月六日当山に伝授されここに奉安されてあります。一心に頂礼して仏の教えに随順して仏願に
随順しましょう。
■仏足石■
釈尊ご入滅の後ガンダーラ文化以前の古代インドでは教主釈尊の尊像を作ることは恐れ多い
として菩提樹、金剛宝座、仏足石を通して釈尊を追慕崇敬礼拝していた。この仏足石は釈尊
ご成道の地ブッダガヤの大塔に奉られている型のもので平成七年四月インドブッダガヤより
贈られてきた物である。
■菩提樹■
                 浄土宗 誓欣院」



仏足石 」。



近づいて。



水子地蔵尊 」。



水子地蔵尊は、流産や死産、中絶などで亡くなった子どもたちの魂を慰める ために祀られる
地蔵菩薩。
地蔵菩薩は六道(地獄・餓鬼・畜生・修羅・人間・天上)を巡りながら人々に救いの手を

水子供養は、この世に生まれることが出来なかった我が子に「正式な御葬儀」をし、
供養すること と。



南無阿弥陀仏 」碑。



南無阿弥陀仏 」碑。



」の「 本堂 」を正面から。
善譽誓欣上人(ぜんよせいごんしょうにん)により承応3年(1654年)に千葉常周の持念仏で
あった恵心僧都作「阿弥陀如来」を本尊として、この地に遷化(せんげ→仏を移し祭ること)し
開山した と。
元は真言宗「道光寺」であり、天正17年(1589年)浄土宗明珠庵と改めたが、開山の徳を
したい誓欣院と呼び、浄土宗 法界山「誓欣院」となりました。
万治3年(1660年)の大火で焼失したが、徳川家菩提寺、芝増上寺の聞誉随範上人により、
寛政9年(1757年)今の湯前神社東側に本堂、庫裏が再建された。
この寺も火災をこうむり、いよいよ廃寺ならんとするときにも芝増上寺の了諦上人により、
現在地に安政7年(1778年)初島の松材を使って、本堂、庫裏が再建された。
本院は昔から芝増上寺との関係が深く、本堂屋根には「葵の御紋」が使用されている と。



見事な彫刻。



木鼻(右)



木鼻(左)



内陣をネットから2枚。

誓欣院 – 静岡県熱海市の永代供養墓・樹木葬 – 【公式】永代供養・樹木葬ならエータイ

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常香炉 」。



奉納額 観世音菩薩 」と。



奉納額 十一面観世音 」と。



南無阿弥陀仏 」。



「誓欣院中興願誉了順和尚碑銘井序」と。
この碑文は願誉了順和尚の寺院再興に関する事績を記した石碑であり、その序文(前書き)で
あることを示しているのであろう。



崇徳培仁其勝于恭敬三寶積善招福靡超于起立堂塔為伊豆熱海誓欣院
寛永年中擔欣上人而創建奉安観音大士靈驗遍遐邇然堂宇既閲三百餘
歳柱梁頽圮且閒架狭隘不便于周旋道友願誉了順和尚大正十三年十一
月為住持有概于此與壇徒協力企圖再建昭和六年秋起工拮据経營五閲
年功竣工費三萬五千餘圓輪奐極善荘嚴盡美面目一新屹為熱海名刹十
二年四月修慶讃法要盛儀竭丹誠以成就宿願実十四年九月和尚偶為二
豎而侵以十月廿九日溘為入寂壽六十五和尚生于美濃不破郡赤坂郷資
性豁達趣味多方尤好土木而關與頗多就中斯院本堂再建其特著者也見
住順海和尚與諸䄠越肯謀欲建碑以旌其功績需余文余與了順和尚結忘
年交乃應之銘日
 山臨豆海 地沸靈泉 圓通慈視 博度有縁
 重修寶殿 纉美先賢 中興遺徳 遠及萬年
昭和十六年十月二十九日   大僧正勧學 香楳樹撰 祖洞大澄嘱書」

上記の意味を「chatGPT」に訪ねて見ました。
【この碑文は、伊豆・熱海の誓欣院(せいごんいん)に関する記録ですね。大まかな内容は
以下の通りです。
1.誓欣院の創建
誓欣院は、寛永年間(1624–1644)に担欣上人によって創建され、観音菩薩が奉安されました。
霊験あらたかで広く知られるようになりましたが、300年以上の歳月を経て建物が老朽化しました。
2.再建の経緯
大正13年(1924年)11月、了順和尚が住職となり、再建の計画を立てました。
昭和6年(1931年)秋に工事を開始し、5年の歳月をかけて完成。総工費は35,000円で、
壮麗な堂宇となりました。昭和12年(1937年)4月には、修慶讃法要が盛大に行われました。
3.了順和尚の功績
了順和尚は、美濃国不破郡赤坂郷(現在の岐阜県大垣市赤坂町)出身で、気性が豪快で多才な
人でした。特に建築に関心があり、誓欣院の本堂再建に尽力しました。
しかし昭和14年(1939年)9月、病に倒れ、10月29日に65歳で遷化しました。
4.碑の建立
現在の住職・順海和尚と信徒たちが、了順和尚の功績を称えて碑を建てることを決意。
大僧正勧学 香楳樹(こうばいじゅ)が文を撰し、祖洞大澄が書を担当しました。
5.銘文
碑文の最後に、了順和尚の功績を称える詩が刻まれています。
・伊豆の海を臨み、霊泉の湧く地にあり
・観音の慈悲が広く縁ある人々を救う
・再建された本堂は、先人の功績を受け継ぐ
・この中興の偉業は、永遠に伝わる
 誓欣院が長い歴史を持ち、昭和初期に立派に再建されたこと、そしてその
 中心人物である了順和尚の功績が称えられていることがよくわかる碑文です。

さらに詳しく教えて下さいには
大まかな意味
1.誓欣院の由来と創建(前半部分)
・「崇徳培仁其勝于恭敬三寶 積善招福靡超于起立堂塔」
 → 徳を高め、仁を培うことは、仏・法・僧の三宝を敬うことに勝り、善を積んで福を招くには、
   堂塔(仏堂や塔)を建立することに優るものはない。
・「為伊豆熱海誓欣院」
   → これは伊豆・熱海の「誓欣院」のためである。
・「寛永年中 擔欣上人而創建 奉安観音大士」
   → 寛永年間(1624~1644年)に、担欣(たんきん)上人が創建し、観音菩薩   
     を安置した。
・「靈驗遍遐邇」
   → その霊験(ご利益)は広く遠くまで知られた。
・「然堂宇既閲三百餘歳 柱梁頽圮 且閒架狭隘 不便于周旋」
   → しかし、建物は300年以上経ち、柱や梁が崩れ、さらに構造が狭く、動きづらい状況になっていた。
2.本堂の再建(中盤)
・「道友願誉了順和尚 大正十三年十一月為住持」
   → そこで、道友(仏道を共にする仲間)である「願誉(がんよ)了順和尚」が、 大正13年
  (1924年)11月に住職となった。
・「有概于此 與壇徒協力 企圖再建」
   → この状況を考え、信徒たちと協力して再建を計画した。
・「昭和六年秋起工 拮据経營五閲年 功竣」
   → 昭和6年(1931年)秋に工事を開始し、苦労を重ねて5年かけて完成した。
・「工費三萬五千餘圓 輪奐極善 荘嚴盡美 面目一新」
   → 費用は35,000円以上かかり、壮麗で美しく、新しく生まれ変わった。
・「屹為熱海名刹」
   → こうして、熱海の名刹(由緒ある寺)として再び立派にそびえることとなった。
3.了順和尚の最期と功績の称賛(後半)
・「昭和十二年四月 修慶讃法要盛儀 竭丹誠以成就宿願」
   → 昭和12年(1937年)4月に、完成を祝う法要を盛大に行い、全身全霊で念願を成し遂げた。
・「実十四年九月 和尚偶為二豎而侵 以十月廿九日溘為入寂 壽六十五」
   → しかし昭和14年(1939年)9月、和尚は偶然にも病に侵され、10月29日に亡くなった。
       享年65歳。
・「和尚生于美濃不破郡赤坂郷 資性豁達 趣味多方 尤好土木 而關與頗多」
   → 了順和尚は、美濃国不破郡赤坂郷(現在の岐阜県大垣市赤坂町)で生まれ、気性は
       豪快で、多趣味な人だった。特に建築(土木)に関心が深く、多くの関わりを持っていた。
・「就中斯院本堂再建其特著者也」
   → その中でも、誓欣院の本堂再建は特に際立った功績だった。
4.碑の建立と称賛の詩(最後の部分)
・「見住順海和尚與諸䄠越肯謀 欲建碑以旌其功績 需余文 余與了順和尚結忘年交 乃應之」
   → 現在の住職である順海和尚と信徒たちが、了順和尚の功績を称える碑を建てようと相談し、
       私に文章を依頼した。私は了順和尚と親しい間柄だったので、喜んで引き受けた。
最後の銘文(記念の詩)
山臨豆海 地沸靈泉
→ 山は伊豆の海を望み、大地には霊泉が湧く。
圓通慈視 博度有縁
→ 観音菩薩の慈悲深い眼差しは、広く縁ある人々を救う。
重修寶殿 纉美先賢
→ 本堂を再建し、先人たちの功績を受け継いだ。
中興遺徳 遠及萬年
→ この偉業は永遠に伝わり、万年の後まで称えられるだろう。
まとめ
この碑文は、誓欣院の歴史・本堂再建・了順和尚の功績・彼の死後に建てられた記念碑について
記しています。
特に了順和尚の建築への情熱と、彼の尽力によって立派に再建された本堂が、後世に長く伝わる
ことを願って書かれています。】



「子安地蔵菩薩」像であっただろうか?



再び 鐘楼 を。



御朱印を頂きました。



石段を下る。



石段の下、「翠橋」の手前左にあったのが「永代供養墓」案内所。



様々な色合い、形状の墓石が並んでいた。




                                ・・・もどる・・・



                 ・・・つづく・・・










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Last updated  2025.03.31 06:01:06
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Re:今年の熱海桜へ(その13):熱海の社寺、名所を訪ねる-8/9 法界山 誓欣院-2(03/31)  
仏舎利奉安殿の写真を借用させていただきました。 (2026.02.13 20:57:19)

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