全9件 (9件中 1-9件目)
1
先週、1つ下のいとこが急死した。半年前、彼の兄で、俺にとっては1つ上のいとこが急死した。今日は、下のいとこの部屋の片づけをしたのだけれども、まだ、その2つの現実に追いつけないでいる。普通は、誰かが亡くなったら、存在が消えた場所の穴埋めを少しずつやっていくのだろうけれども、その穴がさらに深く大きくなってしまった感じだ。そうなると、穴が深すぎて、悲しみや寂しさといった具体性のある感情は湧いてこなくなる。ぼーっとしてしまう。そして、1年半前から闘病生活を送っているオヤジがいる。年を越せないかもしれないといわれていたのに、努力と根性で見事に生きている。方や死ぬかもしれないといわれたいのち、方や死ぬことすら想像できなかったいのち。その横で、何もできない自分がいる。
2016.01.24
コメント(0)
この2年ほど、本当に嫌なことばかり。早くこの負のスパイラルから脱出したい。コテンパンに疲れた。
2016.01.24
コメント(0)
SpotifyとかApple Musicのような音楽配信サービスができて、音楽をどう聞けばいいのか、ちーと混乱してる。レコードやCDを買ったり借りたりして、テープやMDに移して音楽を聴いてきた世代としては、”音楽所有欲"といういかんともがたい欲求がある。音楽はそれ相当の対価を支払って、所有したいというか。確かに、音楽配信サービスに加入して、月額1000円くらいで、どんな音楽でも、好きなだけ聞けるというのは、本当にありがたい。特に新しい音楽を聴くときには、試し聞きみたいなことができるから。今まで聞いたことがなかったけど、いい曲やん、みたいな発見が結構ある。それではまったアーティストもいたりする。でも、なんだろう。いい曲とかアーティストを発見すると、買いたくなる。Apple Musicに加入してるのに、別にiTunesで曲を買ってしまう。さらに、感動してしまったりなんかすると、CDを買ってしまう。自分でも無意味なことをしてることは、よーーーーくわかってる。Apple Musicで聴いてると、聞き散らかしてる気がしてしょうがない。ケーキバイキングで、あっちかじりこっちかじりしてるような、落ち着かない気分。ガッツリとそのアルバムなり、曲と向き合いたいときは、どうしてもCDを買ってしまいたくなる。でも、結局iPhoneに入れて、聞くからまったく同じなんだけれど。無駄だよね(笑)。
2016.01.18
コメント(2)
このブログで書いたことをFacebookに載せると、どうしてあんなに恥ずかしくなるのだろう。人に読んでもらうことを前提に書いてるはずなんだけどね。別に恥ずかしいことを書いてるわけでもないし。謎。
2016.01.18
コメント(2)
フリーランスを始めて5年も経つと、なかなか人に自分の書いている文章について指摘してもらえなくなる。会社にいれば、上司とか同僚からいろいろとアドバイスをもらえるのだけれども、ボッチで仕事をしていると、世の中からどうしても遠くなってしまう。そこで、2年前から文学学校の通信教育を受け始めた。おかげでちょっとしたお話は書けるようになった。だけど、どうしても長編が書けない。それが最近の悩み。スクーリングの時に先生やら同級生にどうやったら長編が書けるようになるのか、いろいろと聞いてみた。・短編が書けるのなら、長編を書くのは簡単→短編を積み重ねて1つのストーリーにすればいい。・短編を書き込めば長編になる。その通りだと思うのだけど、いまいち腑に落ちない。そこで、小説の書き方本だとか、有名な小説家のデビュー作とかを読んでみたりした。でも、いまだに解決できずにいる。いろいろ思案しているんだけれども、自分には他人になりきる力が足りないんじゃないかと思うのだ。割とうようよと曲がりくねった人生を送っているから、その経験からなんでも引き出そうとしている傾向がある。だから、自分以外の人物を描写できないんじゃないかと思う。我ながら我の強さに辟易する。ピースの又吉さんが文章が書けるのは、ビートたけしさんやまっちゃんさんが映画の脚本を書けるのは、ネタ作りの中で、常に他人になりきれるからなんじゃないかと、勝手に納得する引き出しを増やすには、他の人の作品をたくさん読まないといけないんだろうな。
2016.01.14
コメント(0)
有名なアーティストが亡くなったとき、残念だなと思うことはあっても、悲しいと思うことはあんまりない。ロバート パーマーが亡くなったときはちょっと悲しかったけれど。2016年1月10日、デビッド ボウイが亡くなった。このときは、珍しく目頭が熱くなった。もちろん、デビッド ボウイと面識があるとかじゃない。ファンだけど、崇拝するほどでもない。生きてきた中で最も特殊で過酷な時間を過ごしていたときに、デビッド ボウイのジギースターダストというアルバムにすがりついた。彼の曲に救われたという感覚はないし、その歌声に涙したとかじゃない。ただ、追い詰められた状況の中で、一緒にいてくれたのだ。26歳の時、ベトナムのハノイに1年ほど長期出張し、社長とジョエルさんと同じ家で寝食を共にしていた。その社長とベトナム人の扱いについて激論を交わし、パスポートを取り上げられて、2か月間部屋に謹慎になったことがある。白い壁の六畳一間で、ベッドと机と簡単な洋服ダンスだけがある。湿気が多く、常に床と壁はしっとり濡れていて、天井と壁の接合部分にカビともシミともいえぬ、模様が浮かび上がっていたのを覚えている。その部屋で、毎日反省文を書き、英語の勉強だけをするよう命じられた。最初は、自分の考え方を正当化し、反省することに抵抗することで自分を保っていた。ところが、毎日、反省の言葉を紙に書いていると、おかしいのは自分なのではないかと思うようになってくる。心臓がドンドンとなって、自問自答の声が頭の中を支配するようになり、物音に敏感になる。階段を上り下りする音、社長とジョエルさんの話し声、足音、ドアを開ける音…何もかもが自分を責めているように感じた。そして、一生このままなのかもしれないという思いにとり憑かれた。そんな中、デビッド ボウイのジギースターダストを聞いた。このアルバムは、出張に出る前に会社の先輩にもらったものだ。それまでデビッド ボウイといえば、レッツダンスのようなダンディで渋いポップスを歌う人という認識しかなかった。だから、ジギースターダストを聞いた時は衝撃だった。決して歌が上手いという感じじゃない。でも、アルバム全体に流れる緊張感が自分と同調した。耳の壁に曲がこびり付くくらい、繰り返し繰り返し聞いた。不協和音がひたすら心地よかった。アルバムの中でジギーが自殺すると、頭の中で俺も自殺した。だから、今でも追いつめられると、iPhoneを握りしめヘッドホン姿で近所を歩き回りながらジギースターダストを聞き、エアーソングする。デビッドボウイ、ありがとう。
2016.01.13
コメント(4)

去年の夏から、実家にあるすべてのネガフィルムをスキャンしてデジタル化しています。1960年代から2000年くらいまでの40年間分なんですが、どれくらいあると思いますか?今じゃ、スマホやデジカメがあるから、好きな人なら1日1000枚とか平気で撮りますよね。でも、たった10年前までは、写真といえばフィルムカメラで撮るものでした。フィルムは1本、400~600円くらいだったような覚えがあります。iso400で600円くらいだったような。で、現像代でしょ・・・そう思うと、気軽にパシャパシャ撮れるものではなかったですよね。そんな感覚、もうすっかり忘れてますが。ただ、出来上がってくる写真が早く見たくて取りに行くのをワクワクしたのを覚えています。デジカメと違って、現像して初めてどんなふうに写っているのかわかるわけですから。帰り道すがら、待ち切れずに道端で写真を確認したりしてました。で、クイズの答えですが、6000枚くらいです。少ないでしょ?でも、それだけ写真を大事にしてたことだと思います。家のオヤジはカメラが趣味だったので、かなりたくさんある方です。でも、6000枚なんですよ。正月に家族が並んでる写真とか、家族旅行の写真とか。親父が病気ということもあるんですが、単なる映像ということを超えて、じんわり来るわけですよ。大事にされてたんだなぁ、平和だったんだなぁと。写真をデジタル化すると、遠くの兄弟や友達にも分けられるし、記憶を掘り起こしてくれるし。おすすめです。
2016.01.12
コメント(0)
年明けに3年ぶりくらいにブログを書いたら、コメントもらえて超嬉しいです。読んでくれてる人がいるということに勇気づけられます。2010年9月1日にStudio Nomadeを設立してから早いことにもう丸っと5年が過ぎました。死ぬまでライターを続ける覚悟で設立したので、まだ駆け出しといえばそうなんですが、振り返ると5年って結構長いよなぁと感慨深かったりします。今年から、神奈川の大磯から実家の大阪に戻ってくることになりました。2007年に高円寺から北九州に、2014年に北九州から大磯に行き、そして今年は大磯から大阪です。文字通りノマディックな生き方になっております。この先どこへ行くのやら楽しみではありますけれども。今年の抱負は、「原点に戻る」ですかね。親父の看病のために大阪に戻ってくることになったとはいえ、元は大阪人。自分の原点の土地で、どうやって育ったかとか、何を目指してたかとか、そんなことを思い出しながら、再起しようと思います。書くことで生きさせてもらえているのだから、書くことはやめられません。てなわけで、こちらにもぼちぼち書いていきたいと思います。よろしくお願いします。
2016.01.12
コメント(4)
2016年 あけましておめでとうございます。2015年は、これまで生きてきた中で一番ハードな年でした。2016年は、さらにハードになることが予想されます(笑)。そういう年齢になったってことですね。頑張りまっす。今年もよろしくお願いします。
2016.01.02
コメント(4)
全9件 (9件中 1-9件目)
1


