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病んでいると、笑うことがとても大切である。それは、大自然の生きとし生きるものにとっての恵みの雨のようである。何気ない日常の必然性こそが、今の私にとっては生きる糧なのである。大切な人を愛し愛され、その優しい微笑みで心を充たすのだ。しかし、心の器が悲しみの血で一杯に溢れてしまえば、もはや心を癒すすべもないであろう。その傷は、深く心を抉り、この世のどんな名医をしても治療不可の烙印を消すことは難しいのだ。残りの人生を笑って生きたいのである。笑顔は自信の現れだ。周りの人も癒すだろう。変に強ぶってみせている奴に本当に強い人間は皆無だ。熱き情熱を心に秘め、着々と前に進む準備と研鑽を積んでいる一握りの人にだけ人生の門は扉を開き、これから進むべき道を照らして見せてくれるのだ。ただ、その道さえも越えてゆくのは、自分の力であり情熱なのだ。
2004.11.30
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人生はおもしろいものである。何か腹を抱える程可笑しいことでもあったのか?と穿った見方をしないでくれ給え。 時として不思議な出会いがあるのである。しかし、その時には何も不思議だとは感じないが、時が過ぎ出会いから時間がたつ程にいっそう鮮やかになるのである。 そんなことは、作り話だと揶揄することは、誰にでもできることじゃないかな? 要するに、ここで言いたいのは、実体験がもたらす癒し効果のようなものだ。 時は、誰の上にも等しく過ぎて行くものである。その等しく過ぎて行く時間を止めたり逆戻しができないから、自分の脳裏に焼き付いたImagesが、走馬灯のように浮かんでは消え消えては浮かぶのである。市井の人は、どうか分からぬが、どうやら僕にとっては気分が良い時に起こる現象である。 昔から、物思いに耽る傾向がややあった。いや、別に考え事をしているのではないのだが、ふとした弾みに思い出が蘇るのである。よくあったのは、夏に縁側で本を読んでいた時だった。自分の場合はヒグラシの声がきっかけになり、どういう訳かは知らないが、知覚の扉が開かれるのだ。別にTripあるいは Turn me onしているのではない。時間にすれば、1分くらいかもしれないが、ひどく懐かしい気分になり幼少時代の思い出がありありと浮かんで来るのである。 そういう現象は、小学生時代からあったが大人になるにつれ消えていった。大人になるということは、その代償かなにかは定かでないが、子ども時代の鮮やかな思い出を失ってしまうことかもしれないと感じるのである。 さて、子どもの頃に視力を失った人が、のちのち芸術の道を志すことがあるという。例えば、棟方志功は、幼少の頃失明したそうである。わずか数年間の脳裏に焼き付いたその鮮明な映像を追い求めて、彼は自己表現の道を探り、版画という方法に行き着いたのだ。恥ずかしながら、五体満足に生まれてきながら、大したこともせずに年を重ねている自分を腹立たしく思い、また、同時に世界に発信する作品も制作できない自分の才能に寂しさを感じるのだ。 しかしながら、死ぬまで描いて、死後評価された芸術家は、圧倒的に多いのである。なぜ彼らは、生前評価されなかったのだろうと思いをめぐらすが、これは筋違いであろうという結論に至った。それは、彼らも食べていくための妥協はあったろうし、それにも増して、彼らの内面から溢れ出る表現したいというPassionを彼ら自身が止められなかったし、生き甲斐であり、苦しみでもあったのではないだろうか?ということである。取り留めのないことを書き連ねてしまった。 いつしか時が過ぎても、そこに人間の歴史の痕跡をとどめる限りこうした葛藤は尽きることなく続くのであろうか。それが、いわゆる人間の根源的な苦しみであり可能性でもあるからなのである。 そして、「この両刃の剣を上手に使えればなあ」などとうそぶいてまた別の思いに耽るのである。
2004.11.29
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最近、小康状態だが、いつまた爆発して地震が来るか分からないな? 以前の爆発の時は、火山灰も結構な量が飛んで来たぞ。それに10回くらい揺れたかな。朝には、家の周りも真っ白だったな。 長野の人たちも大変だな。麓にすんでる人は、逃げる準備をしてるんだろうな。wifeが、地震を異常に怖がるんだよね。Americaじゃ、今まで1回もなかったとかね。まあ、場所が、場所だけに多少揺れてもしょうがないよね。でも、震度2~3が我慢の限界だってさ。国に帰らせていただきますっていわれちゃそっちの方が怖いよ。あの、浅間山もうちょっと沈静化して下さいな。お願いします。
2004.11.28
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