inti-solのブログ

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2012.10.11
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カテゴリ: 政治
田中慶秋法相が、就任早々台湾人から献金を受け取っていた事実が発覚し、続いて暴力団関係者との親密な交際が報道されています。
私に言わせれば、外国人からの政治献金はたいした問題ではありません。知っていて受け取っていたわけではないだろうというのがひとつと、そもそも田中の出身政党は旧民社党であり、何十万円程度の外国人からの献金など小さく見えるくらい、真っ黒な歴史を民社党は背負っているからです。
しかし、もうひとつの問題である暴力団関係者との交際は、見逃すわけには行かない。他でもない法務大臣という職責と、暴力団関係者との交際は、あまりに相容れない。さっさと辞任すべきでしょう。

ところで、先に、私は「何十万円程度の外国人からの献金など小さく見えるくらい、真っ黒な歴史を民社党は背負っている」と書きました。
民社党は、みなさんご存知と思いますが、旧日本社会党から右派が分裂して結成した政党で、1960年に結党(当初は正式名称を民主社会党と称したが、後に通称の民社党を正式名称とした)、1994ねんには、新進党に合流して解党し、その残党は現在、一部が自民党に、大部分が民主党に所属しています。

「真っ黒な歴史」というのはどういうことかというと、この党が日本社会党から分裂した背景には、米国CIAの工作があり、結党時に75000千ドル、それ以降も1964年まで毎年同程度の資金援助を受けていたからです。1ドル360円時代ですから、日本円では2700万円になります。1960年当時の2700万円は、現在のいくらに相当するでしょうか。大卒初任給が1万数千円という時代ですから、現在の価値で言えばおおむね10倍前後ということになるでしょう。つまり、現在の貨幣価値で言えば2億から3億程度のお金を毎年受け取っていたわけです。付け加えれば、自民党もまた、CIAから資金援助を受けていました。その額は数百万ドルというから、民社党よりはるかに高額です。

「台湾人飲食店経営者からの献金」なんてのとは、金額の桁が違うし、外国の諜報機関からの資金援助と分かっていた受け取っていたわけです。そして、自民党も民社党も、資金援助者CIAの意向に忠実でした。

民社党は、結党以来右へ右へと転向し、ついには自民党より右といわれるまでになりました。そのことを如実に示す出来事が、1973年にありました。
チリで、ピノチェト将軍がアジェンデ政権をクーデターで倒したとき、民社党は代表団をチリに派遣し、このあからさまに非民主的行動を「神の声」とまで賛美したのです。その後のピノチェト政権の強権的な弾圧と、それに対する激しい民主化運動、1989年の民政復帰については、当ブログの読者の皆さんは、ご存知の方も多いのではないかと思います。そのピノチェト軍事独裁政権を賛美した民社党の綱領には「左右の全体主義に反対し」と書かれていましたが、口ではそういっても、実際にやっていたことは、「左の全体主義に反対し、右の全体主義には賛成」だったわけです。民社党にとって、反共主義は民主主義より大事だったのでしょう。



で、その民社党出身者のそうそうたる顔ぶれ。
元委員長塚本三郎 解党後自民党に入党するも落選して政界を引退、現在はネットウヨク団体「頑張れ日本!全国行動委員会」の愛知県本部顧問
元衆議院議員西村眞悟 この極右政治家については説明不要でしょう。父親の西村栄一が民社党の委員長であり、本人自身も二世政治家として、民社党から衆議院に初当選しています
中井洽元国家公安委員長 女性スキャンダルで有名
そして田中慶秋法務大臣、というわけです。
まったくすばらしき面々としか言いようがありません。こういう人たちが、現在の民主党において、有力な派閥として閣僚を何人も送り込んでいるわけです。

そうそう、昨日の記事で取り上げた鷲尾英一郎(発言自体は特に問題となるような性質のものではないけれど)も、本人自身に民社党での議員歴はないものの、民主党内の旧民社党派閥である民社協会に所属しています。





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最終更新日  2012.10.12 01:05:53
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チリ・クーデターといえば、  
楚星蘭三 さん
先刻ご承知かもしれませんが、映画『サンチャゴに雨が降る』のDVDが、スティングレイ社から期間限定で発売されているそうです。あの『特攻要塞都市』なる奇妙な邦題からも、晴れて解放(?)されるようです(苦笑)。
allcinema.net/dvd/santiago.html

それはそうと、これもこのブログ界隈では言い尽くされた話題ですが、70~80年代のアルゼンチンやチリの軍事政権は、いわば自国民に対して「拉致問題」を起こした国で、旧民社党もふくめ、「反共」をキーワードにこれらの政権と親しかった政治家(&その頃はまだ政治デビューしていなかったが、その系列に属する人)が、あちらの「拉致問題」では中心的に動いている、というのが、何か悪い冗談のように思えたのを(それももう10年前ですか)思い出しました。

そういえば70年代半ばから80年代前半にかけて、米ソ冷戦に中ソ対立がからんで、中国とその友好勢力が、日米などと一緒になってソ連(&その友好勢力)に対抗する、という構図がありました。そのせいでしょうか、73年のクーデター後も、中国は東側諸国では数少ないチリとの国交を保った国となりました。76年の周恩来の死にあたってもチリ大使が弔問しています(0:50:56付近)
youtube.com/watch?v=3iu3JDjnmgA&feature=relmfu
いくら前年に対米関係が改善したとはいえ、我こそは社会主義の正統を唱えていた国がなんだかあな、という感じですが。
日本近辺で、こうしたねじれた国際関係が鋭く表れたのは、いうまでもなくベトナム・カンボジア紛争~中越戦争というながれです。あのときは、「日中友好」+「ソ連脅威論(アジアにおけるその尖兵ベトナム)」という図式・ムードの中で、与野党のかなりの部分がベトナムとヘン・サムリン政権非難に回ってしまい、民社党もその一翼をになったと記憶しています。
逆にいえば、(積極的にかどうかは、当事者によって濃淡あるでしょうけど)結果としてポルポト政権支持という形になったわけで、国際的なパワーゲームを利用して国内政治での存在感を示そうとするあまり、「左右の全体主義に反対し」という言葉とは裏腹に、右の全体主義、さらには「左の全体主義」の最も凶悪な事例(犠牲者の人口比からすれば、おそらく)にも腰砕けとなったわけです。 (2012.10.13 12:16:20)

Re:旧民社党という政党(10/11)  
マルダリッグ さん
民社党の末路や最高幹部たちのその後を見ると、あまりの無残なありさまにあきれかえります。CIAから資金援助を受けている政党なんだから、そんなのは驚くにも値しませんが、それにしてもです。

チリのクーデターの件は、反共理念に基づいて、おまけに時代が違うこともあって暴走したところもあったのでしょうが、それはともかくその人間性の欠如にうんざりしてしまいました。

ところで以前地域の図書館で産経新聞社から発売されたと記憶するピノチェトのクーデターを支持する本を見かけたことがあります。外国の話とはいえ、連中からしたらあのクーデターは完全な「勝利」だったのでしょう。 (2012.10.13 16:38:20)

ピノチェト関連図書  
楚星蘭三 さん
マルダリッグさん、はじめまして。

>ところで以前地域の図書館で産経新聞社から発売されたと記憶するピノチェトのクーデターを支持する本を見かけたことがあります。

たぶんそれは、ピノチェト将軍本人による回想録の翻訳で『チリの決断』という本でしょう。あの歴史的事件の当事者自身による証言が日本語で読めるというのは、ある意味貴重な文献ではあります。
各国政治家本人による著書の邦訳は、以前は恒文社(とくに東欧圏の指導者。実はベースボールマガジン社と同系列の出版社だったりします)やサイマル出版会が地道にやってくれましたが、今はああいうところをフォローする出版企画が少なくなりましたなあ。

それはさておき、上記書籍についてのアマゾン情報を貼り付けておきますのでご参考まで。
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amazon.co.jp/%E3%83%81%E3%83%AA%E3%81%AE%E6%B1%BA%E6%96%AD%E2%80%951973%E5%B9%B49%E6%9C%8811%E6%97%A5-1982%E5%B9%B4-%E3%82%A2%E3%82%A6%E3%82%B0%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%94%E3%83%8E%E3%83%81%E3%82%A7%E3%83%88/dp/B000J7NK1K/ref=sr_1_1?s=books&ie=UTF8&qid=1350114626&sr=1-1 (2012.10.13 17:00:40)

Re:チリ・クーデターといえば、(10/11)  
inti-sol  さん
楚星蘭三さん

>先刻ご承知かもしれませんが、映画『サンチャゴに雨が降る』のDVDが、スティングレイ社から期間限定で発売されているそうです。

実は、その映画、名称はよく知っているのですが見たことがないのです。期間限定で発売・・・・・・買おうかな。

>70~80年代のアルゼンチンやチリの軍事政権は、いわば自国民に対して「拉致問題」を起こした国で

まさしくそのとおりです。ただ、犠牲者の数はアルゼンチンのほうがかなり多かったようです。

>「反共」をキーワードにこれらの政権と親しかった政治家(&その頃はまだ政治デビューしていなかったが、その系列に属する人)が、あちらの「拉致問題」では中心的に動いている

結局のところ、「反共」という政治目的に合致するかどうかで、拉致を非難するか見てみぬふりをして礼賛するかが決まる、ということなのでしょう。

>73年のクーデター後も、中国は東側諸国では数少ないチリとの国交を保った国となりました。

そのとおりですね。中ソ対立がそういう選択を取らせたのでしょうが、何とも度し難い行動に出たものだと思います。

>逆にいえば、(積極的にかどうかは、当事者によって濃淡あるでしょうけど)結果としてポルポト政権支持という形になったわけで

さすがに、ポルポト派を積極支援したわけではないけれど、「敵の敵は味方」的に、ポルポト派を含む反ベトナム勢力を支援したことは確かですね。 (2012.10.13 18:19:37)

Re[1]:旧民社党という政党(10/11)  
inti-sol  さん
マルダリッグさん

>チリのクーデターの件は、反共理念に基づいて、おまけに時代が違うこともあって暴走したところもあったのでしょうが

そういう面はあったかも知れませんが、欧米各国で「社民主義」を掲げる政党で、ピノチェト政権を礼賛した党はありません。社民主義どころか、フランスやイタリアは、当時保守政権でしたが、チリからの亡命者を受け入れていますし、メキシコは地理との国交を断っています。欧米の有力政治家でぢのちぇとを礼賛したのは、イギリスのサッチャーが有名です。(マルビナス紛争のときチリがイギリスを支援したから)

>ところで以前地域の図書館で産経新聞社から発売されたと記憶するピノチェトのクーデターを支持する本を見かけたことがあります。

楚星蘭三さんからのコメントがありますが、私もその本は読んだことがあります。出版社がサンケイ出版というところが、またあまりに「お約束どおり」で笑えますが。 (2012.10.13 18:40:25)

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