inti-solのブログ

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2013.01.19
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かつて、ハイパーインフレに襲われたいくつかの国に旅行に行ったことがあります。

最初の例はメキシコです。メキシコは1982年通貨危機に襲われ、その後数年間、年率50%から100%以上というインフレが続きました。私がメキシコに初めて行ったのは1988年ですが、この年のインフレ率も100%を超えていました。
当時、メキシコの通貨ペソの交換レートは1ドル2200ペソか2300ペソくらいでした。日本円にすると1ペソが0.06円くらい。当時、円高に振れ始めた頃で、日本人の私にとっては物価が安く感じられましたけど、ほんの1~2年前に編集されたガイドブックに記載されている宿代や食事代の金額が、まったく役に立たなくなっていたのは困りました。もちろん住んでいるメキシコ人たち自身にとっては、とんでもない状況だったはずです。
ただし、それでも宿の支払いや食事代、長距離バスの切符など、旅行中の支払いは、ほとんどペソだったように記憶しています。もっとも、ドルで払うといえば問題なく受け取ってくれただろうけど。住んでいる人に話を聞くと、やはりちょっとでも高額な取引などは、みんなドルでしているようです。

しかし、このメキシコのインフレも、翌年南米ペルーで経験したインフレに比べれば、まだかわいいものだったのです。
ペルーの通貨単位はもともと「ソル」(スペイン語で太陽の意味)だったのですが、インフレが酷くて通貨単位が「インティ」(ケチュア語で太陽の意味)に変えられましたが、インフレは収まる気配がありませんでした。(後年、通貨単位は再びソルに戻された)
私がペルーに着いた1989年10月上旬の交換レートは1ドル5500インティくらいでしたが、レートは毎日下がっていき、10日後にボリビアに出国したときには1ドル6000インティを超えていました。その3週間後、日本に帰るときペルーから飛行機に乗ってきた人に現在のレートを聞いたら、1ドル9000インティとか1万インティとか。
この年、ペルーの年間インフレ率は7000%に達しました。物価が70倍に上がったわけです。
メキシコではすべての支払いをペソでしましたが、ペルーではホテルと遠距離交通機関(長距離バスと鉄道)の支払いはドルでした。ただ、食堂での食事代などはインティで払ったように記憶しています。クレジットカードの支払いは歓迎されません。入金が1ヵ月後になるだけで、お金の価値は何割も下がってしまうからです。「クレジットカードで払うなら何割増し」というのが当たり前でした。


しかし、隣国ボリビアは、その数年前に、ペルーを上回る激しいハイパーインフレに見舞われています。
私が初めて南米に行った1989年(ペルー→ボリビア→チリと旅行しました)の時点でも、ボリビアにはハイパーインフレの痕跡は残っていました。すなわち、5,000,000ペソ札と10,000,000ペソ札という紙幣が当時まだ流通していたのです。初めて見たときは、おもちゃの紙幣かと思いましたが、れっきとした本物です。500万ペソとは、新しい通貨単位で5ボリビアーノ、1000万ペソは同じく10ボリビアーノと等価でした。つまり、100万分の1のデノミが行われたわけです。

ボリビアがハイパーインフレに襲われたのは1985年、私が最初にこの国を訪れる4年前のことでした。そのときのインフレ率は年率20000%以上、1年間で物価が200倍に上がるという途方もないものでした。一説には、戦争や内乱に起因しない平時のインフレとしては世界最悪の記録という話もあります。10,000,000ペソ札は、見た目のインパクトはかなり強烈ですが、本当に凄まじかったのはこの紙幣が登場する前だったそうです。
ボリビアは、南米最貧国のひとつで、当時紙幣の印刷能力がなかったのです。紙幣は国外に発注しており、そのため、ハイパーインフレになっても、直ちに高額紙幣を発行することができませんでした。そのため、既存の1万ペソや10万ペソの紙幣を大量発注したのですが、その貨幣価値は日本円にして1円とか10円程度です。
その結果、ボリビアの貿易統計において、輸入品目第1位が食品、第2位工業機械、第3位紙幣という、冗談のような馬鹿馬鹿しい事態が出現しました。
紙幣は、50枚100枚単位でホチキス止めして、屋台でちょっと飲み物を飲むと札束ひとつ、食事をすれば何束も、という状態だったそうです。国内線の飛行機の切符代をペソで支払ったらリュックサックいっぱいの紙幣が必要だったとか。このときの様子は、伊藤千尋「燃える中南米」(岩波新書23)や、旅行ガイドブック「地球の歩き方」の、その当時の版などに体験談が出ています。有名な、第一次大戦後のドイツのハイパーインフレと類似した状況がボリビアにも起きたのです。「燃える中南米」によると、1985年のボリビアの銀行預金利率は1800%だったそうですが、インフレ率2万%では、この利率で預金する人がいるわけありません。

もちろん、こんな事態になって経済がまともに機能するわけがないし、貧困層の生活が楽になるわけもありません。1989年のペルーの状況は、私の目には破綻国家同然のように感じられました。直接体験はしていませんが、1985年のボリビアはもっと酷かったはずです。
ラテンアメリカの中ではもっとも大国であるメキシコでさえ、ちょっと大きな取引はドルで行うくらいですから、ましてペルーやボリビアは言うまでもありません。自国通貨の現金をただ持っていたら、たちまちその価値が下がるので、みんな自国通貨で少しでもお金がたまると、直ちにドルに交換し、ドル現金でタンス預金するのです。経済は完全にドル化してしまい、自国通貨は日々の買い物に使うだけ。
現在では、ペルーもボリビアもインフレ率は数パーセントから高くても10%程度に収まっていますけれど、今も国民のほとんどは自国通貨を信用はしていないでしょう。

私が直接見聞したこの3カ国以外でも、1980年代はラテンアメリカ全体が債務危機とインフレに苦しみ、「失われた10年」と呼ばれています。(日本ではバブル崩壊後がそう呼ばれているが)
主要国では、ブラジルとアルゼンチンも1985年に年率100%を越えるインフレ率を記録し、ラテンアメリカ全体のインフレ率は同年200%を超えています。メキシコからアルゼンチンまでのすべての国を平均しても、物価が1年で3倍以上に上がったわけです。経済のドル化は、おそらくラテンアメリカのすべての国で起こったことです。





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最終更新日  2013.01.21 00:12:20
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Re:ハイパーインフレの国を旅した(01/19)  
Bill McCreary さん
私はハイパーインフレの国を旅したことはありませんが、レバノンは自国通貨が不安定なので、米ドルが普通に流通していました。東南アジアなどでも米ドルやタイバーツが自国通貨と並んで流通しています。ジンバブエにいたっては自国通貨が流通しなくなってしまいましたしねえ(絶句)。

さすがに戦後ある程度経済が安定してきてからは、「先進国」でハイパーインフレとかはおきていないでしょうが、日本がしばらくぶりにそうなるとか、そこまでいかずとも数年前のアルゼンチンみたいな通貨危機はおきるかもしれませんね。立花隆もそれくらいの覚悟はしておいた方がいいくらいのことをどこかで書いていました。 (2013.01.20 11:52:18)

Re[1]:ハイパーインフレの国を旅した(01/19)  
Bill McCrearyさん

>レバノンは自国通貨が不安定なので、米ドルが普通に流通していました。東南アジアなどでも米ドルやタイバーツが自国通貨と並んで流通しています。

ラテンアメリカと大体において同様なんですね。

>ジンバブエにいたっては自国通貨が流通しなくなってしまいましたしねえ

ラテンアメリカでは、パナマが実質自国の通貨を持っていません。「バルボア」という通貨単位ということになっているのですが、1ドル=1バルボアに固定され、ドル紙幣しか流通していない。(硬貨だけ発行されていますが)

>さすがに戦後ある程度経済が安定してきてからは、「先進国」でハイパーインフレとかはおきていないでしょうが、日本がしばらくぶりにそうなるとか、そこまでいかずとも数年前のアルゼンチンみたいな通貨危機はおきるかもしれませんね。

あってほしくないですが、安倍政権のやっていることを見ると、どうも・・・・・・。 (2013.01.20 18:11:11)

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