ジャン9072のブログ

2026.04.20
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自分だけは「別」と自己愛が優先するのが人間というものか、我が身も同じなり。先延ばし。考えたくない話しだから・・・
ワイフに、我々の死のあと始末をせっつかれ、今月と来月で二人して休みが一緒なのは19日の日曜日だけ!と言われ急きょ我が家の墓に行って来た。
我が家から2時間半。
川越から八王子の山の中の五日市カトリック霊園。
この歳になると二時間半の車移動は疲れると・・・

事務所で「墓じまい」と「合葬(合祀)」について聞いてきた。
この霊園は東京教区の霊園で、府中霊園がいっぱいになった後に五日市に作られた。
教区の霊園だから、僕ら埼玉教区の信徒は利用できなかったが、今ではそうではないらしい。空いているのだから規則がゆるくなったようだ。
イイのかワルイのか別として、時代に対応しているんですね。
なぜそういうかと言うと、1088年、母が亡くなり墓問題で神父経由でなんとか許可が下りた経由があった。

質問:「墓じまい」と「合葬合祀」の現状は?
回答:数十家族。毎月あり年々増えている。新規の墓は年に一軒位。合葬が増えているしその傾向にある、とのこと。
質問:墓じまい、合祀にさいし、神父さんが来るのか?
回答:ほとんどいない。(予想はしてたが驚きだった。納骨の時に神父さん抜きだなんて、これ以上は言わぬが無難)
墓じまいし、合葬するのに一人40万円弱なり。(高いか安いか分かりませんが)
合葬だと、これで管理費など全てなし、を確認した。

「遺骨」について、カトリックはどう教えているのだろうか?ミステリー。遺骨とはタダの骨だけか。それともタブー?、自分で判断しなさいよ、大人なんだからと言うことでしょうか。

納骨するのに神父さんのお祈りがあって当然だと思っていたのは勘違いなのかなぁ~~~
<神父様はお忙しいから・・・と回答した事務員、この人信者さんなのかなぁ~?>

信徒は、死ぬ前は教会に献金するが、死ねば献金をしない。
「金の切れ目が縁の切れ目」って言葉を思い出す。

僕らが使っていた「公教会祈祷文」には、「死者の為の祈り」が当然あって、司祭の唱え文まで書いてあるのに。ちなみに僕の両親の埋葬の時は、川越のフランス人神父さんが来て下さった。それが普通だと思っていたのだが、どうも今はそうじゃないらしい。本当かなぁ~~~
神父さんなしで埋葬するなんて!?
いやぁーな世の中になったもんだ。





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最終更新日  2026.04.20 08:40:15
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