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乙女座の水晶祭りの水晶が届いた方からメールが来ました。最初のメール。「水晶届いています。ありがとうございました。No.17は、とてもきれいでした。ところがちょっと、今回はいつもと違った感じです。まず、手に持った瞬間、眉間がものすごく痛くなって、それからうとうとし始めたのですが、たくさんの人の怒りの表情が次から次へと見えてきて、いったいどうなっているのか・・・この美しい水晶の美しいエネルギーはそのまま感じられているのですが、対極のもののほうを、今は強く引き寄せ感じてしまっている状態です。愛と光はどこへ・・・??思わぬ展開でした。出してしまわなければいけないものを出さないと、愛と光は感じられないということなのでしょうか・・・?水晶さんと対面からこちら、少し重くなっています。こんなこともあるのですね。いろいろですね。この状況から抜けたら、次はどんなふうに水晶さんと繋がることができるか楽しみにしています。また状況の変化がありましたらメールします。」2度目のメール。「でるものは、出たようです。昨日もまだ、掃除しきれていない感情が突然湧きあがったりしていましたが・・・昨夜の夢は、何か意味がありそうな不思議な夢でした。夫や息子、それから幸せそうな老夫婦、おかあさんにしつけされているかわいい素直そうな子供、数人の若者たち、おばさん、いろんな年代の人たち、夢のシーンシーンで、いろんな人たちが出てきました。みんな、穏やかな幸せな波動に満ちて、とてもやわらかなエネルギーの世界にいました。私は、その人たちのそばにいて、その人たちを見ていました。その人たちの交わす会話を聞くともなく聞いていて、特に目を合わすわけでもなく、ただその場で同じ空間にいるだけなのに、その人たちの存在を、私が感知する意識の、まだ私が知らない意識で感じていました。それは今までに経験したことのない感覚で(私の知らない意識で感じる)、なんと表現したらいいのか・・・言葉が出てこないので、目の前にあるNo.17の貴公子さんをそっと右手で包んでエネルギー応援をお願いしてみたら、『魂』 という言葉が降りてきました。『魂が分かれている』 って。すべての人と繋がっているということかしら・・・でも、そんな誰もが言うよく使う言葉の、そういったエネルギーでもないのですよね・・・(エネルギーを言葉にできないので、ここからまた石のサポートを受けて、なんとか言葉を送ってもらいました)それぞれその人たちは個なのですけど、個々はこの世だけのもの。ただ見えている現象で、それは幻想、錯覚、この世意識が見せるもの。意識を違う次元に置いて、すべての現象をその次元に移動させると、個と見えていても、全く個と感じられない、この世感覚では到底感知しえない別の世界があることを、昨夜の夢で知ることができたようです。何にも、ゆるやかに静かに際限のない細やかさで振動し広がっていく世界。個はありながら個は消えて、魂が感じる世界。その世界には、この世の 『表面』 という言葉がないようです。とすると、『裏』 もないのですね。裏も表もない世界。ただ、そのもの個々の響きが、静かに響きあっている世界。響きあっているので、個とは感じられません。う~ん・・・やっぱり言葉にするのは無理があるようですが(伝えられない)、私のなかで、そのような世界を知ることができたことが、この世意識に大変大きなシフトをもたらせてくれたように思います。No.17の貴公子は、私に新しい意識を芽生えさせてくれているようです。(まだ、途中、意識の促しを始めてくれたばかりです)明らかに、今までとは違った方向からのエネルギーを感じます。手にすると、やはり眉間が痛くなり、でも、水晶がきた当日感じた痛さとは、別の痛さです。先ほども手にすると、眉間にある感覚が走り、私の額の中でエネルギーが小さな竜巻になり、頭頂から天へ昇って行く感覚を感じました。不思議なことは、この水晶の場合はそういった感覚の感知が大きくて、その間(感じている間)、意識が遠のいていくのです。ブラックホールにいるような感覚になります。エネルギーの調整が済んだら、グランディングできるようになるのだと思います。昨日、蟹座の水晶と獅子座の水晶、今回の乙女座の水晶、三つでひとつのエネルギー場をつくるといいと、(どこからか)メッセージがありました。ので、三女神さまと名づけて、しばらく三つでエネルギー場をつくってみます。No.17の貴公子も、うちでは女神さまになりました。でも、中性的なのですね。ちょっとだけメールするつもりが、大変長くなってしまいました。(>_
2009.09.18
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昨日は、木霊の森へ行った。久しぶりにカッパを着た。森のなかは、よほどの雨でない限りカッパはいらない。森の木々が、屋根の代わりをしてくれる。しかし、昨日は駐車場に着いた時から雨が降っていた。それでも、昼頃にはほとんど止んだ。昨日も、たくさん瞑想できた。ここのところ、どんどん瞑想する時間が増えている。今年は、お客さんが少ない。どうも変化する時を迎えているような気がする。これまでのガイドとは、違う形になりそうだ。これまでも普通ではなかったが・・・これからは、更にスピリチュアルになっていきそうな雰囲気。ここのところ、森のなかで気を感じる時間が多くなった。森の霊気。神聖な森の気を感じてもらっている。その気は、そんじょそこらにあるものではない。都会では、絶対に感じられない。屋久島でも、里にはない。山でも、観光客が多く入っているところには存在しない。森の霊気。森の神気。神聖な森の気の流れ。それを感じられるところが、木霊の森には何ヶ所かある。そういうところで、長く時間を取るようになった。ただ森を歩くだけではない。ただ自然に浸るだけではない。もっと深いものを感じるようなガイドに変わりつつある。これが、本当にやりたかったこと。単なる観光ガイドには、何の魅力も感じない。エコガイドも山岳ガイドも自分の仕事ではない。自分にだけできるもの・・・それは、スピリチュアルガイド。ナチュラル&スピリチュアルガイド。それが、やっと本格化してきた感じ。本気で森の神気に触れるようなガイドをしようとしている。それは、やはり自分自身の意識の変化が大きいだろう。この世的な部分が減ってきている。意識のなかに占める割合が、圧倒的にスピリチュアルになりつつある。この世的なことに、どんどん関心が薄れている。世俗から離れつつある。どんどんスピリチュアルな世界に浸透している。この世的な意識の占める割合が、一段と減少している。この世に生れてくる以前の自分自身に戻りつつある。意識が変われば、自然と仕事内容も変わっていく。これまでと同じガイドではなくなる。霊気と共にあるガイドになりつつある。常にそういうエネルギーと共に歩くことになる。これまでもそういうエネルギーはあったが、更に強くなっている。これから、ますます強くなるだろう。意識は、劇的に変わろうとしている。今年は、そういう年。社会的にも変化がはっきりしてきた。オバマがアメリカの大統領になった。日本でも民主党政権が生まれる。着実に時代は変わりつつある。人の意識の変化も激しい。潜在していたものが、どんどん解放されている。潜在意識の隅に閉じ込められていたものが、解放の時を迎えている。それらは、夢となって解放されている。意識は、更に軽くなっている。重たいものが、どんどん解放されている。何も心配はいらない。これから、更に加速度がつく。意識は、どんどん純化されている。この世的な重たいものが解放され、本来のスピリチュアルな自分自身へ回帰しようとしている。軽やかな透明感が浸透している。意識は、深く純粋になっていく。『観光や エコガイドには 興味なし スピリチュアルな ナチュラルガイド』『本来の 自分自身へ 還るため 霊気あふれる スポットへ行く』『深山の 霊気流れる スポットへ 静かに入り 深く瞑想』これが日記を書き始めて1719日目の心境。
2009.09.16
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今日の屋久島は、曇になっている。大隅海峡付近に流木があるため、高速船は今日も欠航。これで四日連続。レンタカーや宿は、キャンセルが相次いでいるらしい。「屋久島ナチュラルヒーリング」のHPは、今日からアニマルヒーリングとなっている。昨日までは、クリスタルヒーリング。ナチュラルヒーリングは、どこへ行ってしまったのだろうか。今日のトップ写真は・・・三代目ニャロ。初代は、亡くなった。二代目は、まだ元気。三代目は、生後一ヶ月ぐらい?正確なことは、わからない。なぜなら、この子は捨て猫だから。たぶん生後一週間未満で捨てられたのだろう。最初に見た時は、よちよち歩きだった。この猫は、大川の滝の直前の道路上にいたらしい。知り合いが、かわいそうに思って拾ってきた。しかし、外出することが多いので、こちらが引き取ることになった。それが、8月14日。その時は、まだ生き残れるかどうかわからなかった。なにしろ痩せ衰えていた。外に置いていたら、カラスやトンビに連れ去られそうだった。散歩中の犬にも、追いかけまわされて捕まりそうだった。(この辺りは、散歩中に犬の紐を解き放す)もう一つ心配事があった。それは、二代目の猫のこと。この猫が同じオスなので受け入れるかどうか。ところが・・・それは、杞憂だった。同じオスでも、子供には何と言うこともなかった。二匹が一緒にいる時は、極力二代目の方を可愛がった。それで二代目も安心した様子。三代目は、二代目が大好き。「おにいちゃん、おにいちゃん」とじゃれつく。二代目は、最初のうちは迷惑そうだった。しかし、そのうちに遊んでくれるようになった。三代目は、おにいちゃんが顔を出すとストーカーになる。ほとんどおにいちやんの後を追いかけ回している。上から乗ったり、噛みついたり・・・ほとんどやりたい放題。それでもおにいちゃんは、本気で怒ることはない。もちろん押さえつけたり、噛んだりもする。しかし、明らかに手加減している。圧倒的な力の差があるから。三代目が家に来た頃、朝起きると前日よりも一段と元気になっていた。体も大きくなっていたし、身体能力も日毎にアップした。それは、目を見張るほどだった。毎日が、成長の連続だった。もちろん、可愛かった。ネコじゃらしで、よく遊んだ。噛みついても、まったく痛くはなかった。触ると、最高に気持ちがよかった。おにいちゃんは、触っても特にどうということはない。大人になると、普通という感じ。でも、子供のうちは、ただ触るだけで気持ちがいい。それは、人間も動物も変わらない。何かエネルギーが違うのだろうか。初々しさがある。赤ちゃんは、匂いもいいし、肌触りもいい。幼児の間は、一緒にいるだけで気持ちがいい。三代目は、いつまで気持ちがいいのだろうか。もう生後一ヶ月を過ぎたが、まだ気持ちがいいのは持続している。しかし、パワーが強くなり、もう噛まれると耐えられなくなった。撫でようとすると噛みつくので困っている。この猫は、白と黒のまだら。牛とそっくり。付いた名前が、「モーモーちゃん」でも、実際は「チビ」と呼ばれることが多い。おにいちゃんは、森に住んでいる。でも、毎日食べに来る。家のなかにも入って来る。チビとは、家のなかでじゃれあうことが多い。おにいちゃんが来ると、家のなかは運動場と化す。上へ下への大騒動。二匹でプロレスごっこ。狭い家のなかを走り回る。夜、こちらが寝ていると、一緒に寝に来る。こちらの肌と触れ合うところで寝たがる。本当は、外で寝せたいのだが・・・外に出すと、入れろとうるさく鳴く。それが哀愁を帯びているので、つい家のなかに入れてしまう。捨てられた時の記憶を思い出すのだろうか。必死で入れてくれと叫ぶ。その哀調を帯びた鳴き声には、戸を開ける以外の選択肢がない。という訳で、昼も夜も一緒にいる。できるだけ外に出すようにしているが、すぐに帰ってくる。でも、最近は捕獲本能が発達してきた。以前から動くものには興味を示していた。ここのところ、夜になるとコオロギを口にくわえて帰って来る。鳴き声がするので、捕まえやすいのだろうか。できるだけ取り上げて外に出すようにしている。しかし、すぐに別のものを口にくわえて来る。この辺りは、バッタやコオロギが数えられないくらいいる。さすがにバッタは、まだ捕まえられない。バッタは遠くへ飛ぶので、猫も手が出ない。しかし、そのうちに捕まえるようになるだろう。おにいちやんは、両手でバッタを捕まえる。ジャンプして捕まえた瞬間を見たことがある。彼は野性なので、チビよりぜんぜん精悍。彼なら餌をあげなくても生きていけそう。実際、数日姿を見せないこともある。特に大雨の後などは、しばらくやって来ない。どこにいるのだろうか。いつも裏の森の方へ帰っていくのだが・・・チビ猫は、今もイタズラをしている。買い物バックをかじっている。家中のものをかじりまくる。そして、手当たりしだい爪研ぎする。家のなかのものは、ボロボロ。被害甚大。最近は、机の上にも飛び乗れるようになった。机の上には、水晶が並んでいる。机の上に乗ったら、すぐに降ろす。水晶には、絶対に触らせない。水晶にイタズラされたら、目も当てられない。なかなか目が離せなくなっている。今は、やんちゃ盛り。しかし、意外と人見知り。たまに知らない人が来ると、見えないところに隠れる。よく言えば、慎重。猫は、だいたいが慎重で注意深い。そのため、仕事の時に外に出しておいても大丈夫。帰宅すると、迎えに出てくる。「お腹すいたネャー」と言いながら。なんだかんだ言っても、もうほとんど家族のようになっている。少なくとも彼は自分の家だと思っているだろう。明らかに自分の家のように我が物顔で振る舞っている。これでは、家猫。できれば、これから半野生にしたいと思っている。自分で生きていけるように自立させたい。この自然のなかなら、それが可能。食べものは、たくさんある。まあ、楽しく猫と暮らしている。しばらくは、この暮らしが続きそう。屋久島で猫を飼うつもりはなかった。ところが、どういう訳か猫と縁があって・・・『にいちゃんも おとうともいる 屋久島の 暮らしは猫と 同棲中』これが日記を書き始めて1716日目の心境。
2009.09.13
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コメント欄に次のような書き込みがありました。「今日、愛猫が死にました。とてもつらいです。三歳で、急に元気がなくなり、あっというまに死んでしまいました。kimiさんのようには、何もしてあげれませんでした。『いつまでも 同じ形で いてほしい それが執着 苦しみの元』ほんとうにそうだと思います。でも、わたしには彼がみえない、エネルギーの一体化が今のところできていません。なにか訓練できることがあったら教えてください。お願いします。」頭ではわかっていても、辛くてどうにもできないということでしょうか。その原因は、突然の死にあるのでしょう。予期された死であれば、ある程度の心の準備ができます。それほどのショックもないでしょう。しかし、まったく予想もしないことが起きると、心の動揺がなかなか収まりません。想定外のことに、心は落ち着き場所を見つけることができません。有るのが当たり前と思っていたのですね。常に有るものと思い込んでいたのです。しかし、この世は無常。思わぬことが起きます。その度に心は揺れ動きます。現実を受け入れるのに時間がかかります。思い込みが強ければ強いほど、それが外れた時のショックも強くなります。思い込みが強いとは、それに囚われているということです。それを自己所有しているのですね。しっかり握りしめているのです。それが突然強制的に取り上げられると、右往左往してしまいます。しっかり掴んでいた手を、いつまでも離せません。もう中身はないのに・・・それが、執着というものです。今、今を、真剣に生きるしかありません。全力で今を生きるのです。思い残しがないように。今に居切る(生きる)のです。そして、日々、感謝と共に終わらせることですね。刻々を感謝と共に完了させる。軽やかに、その時を全力で触れ合うことです。今、今を完了させ続けることですよ。でも、そういう生き方をしてこなかったら?既に亡くなってしまったら?どうしたらいいのでしょうか。それは・・・心ゆくまで付き合うことですね。まだ未練が残っているのは、不満足だからでしょう。十分に満喫していなかったのですね。それを味わい尽くすことですよ。既に死んでいるものを、どうやって味わい尽くす?それは、イメージのなかで楽しむということです。イメージのなかで猫と遊ぶのですね。思いっきり遊ぶのですよ。もう十分というまで遊び切るのです。もう思い残しがないというところまで、一緒に楽しむのですよ。そうすれば、未練は消えるでしょう。いつまでも死んだものに執着することもなくなるでしょう。この世にいる時に楽しみ切れなかったということですね。まだ不十分なので、消化不良になってしまったのです。そうであれば、心ゆくまでイメージのなかで遊ぶことですよ。そして、楽しみ尽くして手放すのです。それと共に、これからは今の瞬々を大切に生きることですね。未練が残らないように真剣に生きることですよ。触れ合うものと、出会うものと心を込めて付き合うことです。今を生き切ることですね。そうすれば、後には何も残らないでしょう。両手を広げ、心から抱きしめ、そして手放す。いつもフリーハンドであれば、何も未練はありません。そういう生き方をしない限り、後悔の多い人生となります。今ここを楽しんでください。今この瞬間を十分に共に生きてください。出会うもの、触れ合うものと心ゆくまで楽しんでください。すべては、すばらしいのですから。『今ここを 味わい切って 楽しんで 何も残さず 白紙で生きる』これが日記を書き始めて1715日目の心境。
2009.09.12
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乙女座の水晶祭りの第一陣の発送が済んだ。今日は、第二陣を発送する。今回登場した24組のうち、15組の行き先が決まった。まだ9組が残っている。ここのところ、ローズクオーツについて書いた。最近は、たくさんのローズクオーツを購入している。自宅は、ローズクオーツだらけ。まるでピンクムード?ローズクオーツ(紅水晶)は、そんなに高いものではない。最高級の原石は、少し高い。結晶は、更に高い。しかし、一般に出回っている塊は、それほど高くはない。高くないということは、たくさん採れるということ。特にマダガスカルで大量に採れている。ブラジルでも採れるので、かなりの量が出回っている。但し、品質はピンキリ。質の高いものは、透明感がある。不純物が少なく、ピンクの色が濃い。そういうものは、少ない。ほとんどは、不純物が混じっているか不透明。結晶になると、一般には出回っていない。しかし、時々はネット上にもアップされる。極端に珍しいものではない。但し、小さなものがほとんど。大きな結晶は、滅多にない。数センチ程度が多い。ローズクオーツの質の高いものが出たら、ほとんど無条件で購入している。そういうものは少ないので、ある時に買っておかないと、すぐになくなってしまう。ローズクオーツは、もちろん愛の水晶。自分のなかにある愛へ還るための水晶。これまで閉ざしていたハートを開くためのアイテム。ただ見ているだけで、心も体も癒される。獅子座の水晶祭り以来、どういうわけかゴールドルチルクオーツ(金針水晶)にも再び火が付いた。ゴールドルチルは、水晶に興味を持った初期のころに買いまくった。ここしばらくは、あまり買っていなかった。それでも、時々は質の高いものが出たら買ったりもしていた。しかし、獅子座の水晶祭り以来、絶えずゴールドルチルを探している。ここのところ、かなり購入している。ゴールドルチルは、探してもなかなかない。質の良いものは、ほとんど売り切れている。たまに高品質のものが残っていることもある。しかし、そういうものは価格が高い。とても手が出る金額ではない。何十万円も何百万円もするものもある。そういうなかで、いろいろ手を尽くして質の高いものを購入している。金額も高いので、そんなにたくさんは買えない。それでも一ダースほどは買った。来月のカードの支払いが気になる。その他に、ゴールドルチルクオーツの勾玉も購入した。こちらは、そんなに高くはなかった。そのため、かなりの数を買い込んだ。順次、水晶祭りに登場することになるだろう。ゴールドルチルクオーツは、光の自分と繋がるアイテム。本来の光の自分へ還るのをサポートしてくれる。自分のなかにある光と共振する共振器。水晶のなかの金色の針が、光をキャッチするアンテナとなる。ローズクオーツは、愛の自分へ還るための水晶。ゴールドルチルクオーツは、光の自分へ還るための水晶。それぞれが出す波動が、愛と光に共振する。もちろん、個体差はある。水晶の形や色や質。それによって影響力は異なる。今の自分に合ったものを探すことだろうか。今の自分が惹かれるものを手にすることだろうか。いつまでも同じものを持っている必要はない。十二分にサポートしてもらったら、次に必要とする人に回せばいい。すべては、循環している。水晶たちも、すばらしい波動を発しながら循環している。『紅色の ローズクオーツ 本来の 自分へ還る 愛のサポート』『金色の ゴールドルチル 本来の 自分へ還る 光のサポート』これが日記を書き始めて1713日目の心境。
2009.09.10
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(1711日目の続き)以上が、送られてきたメールです。一部短縮して掲載しました。闇と恐怖におおわれた地球から、光と愛の地球への転換!そのための動きが、いろいろあるようですね。この地上だけでなく、宇宙的にも動きがあります。それらの結果として、地球は新しく生まれ変わろうとしています。もうリバースするのは、時間の問題です。間違いなく新しい地球になるでしょう。これからが、クライマックスですね。その際に、水晶は役に立つでしょう。『多くの闇や恐怖があります。光で囲い、そのなかへ愛の雫を落としましょう。すべては愛と光に変換されます。』という女神様の話がありました。それは、この世的にも応用できそうですね。自分のなかで闇や恐怖を感じた時、それらを光で包み、愛の雫を落としてあげるといいでしょう。そうすれば、その闇や恐怖は光や愛に変わっていきます。実際に自分で試してみてください。それは、イメージのなかの作業です。その際に、ピンクのローズクオーツが役に立つのですね。ローズクオーツは、愛の象徴。いつも見つめていると、愛の感じがわかるのですよ。やさしい、やさしいエネルギーです。本当に母のようなエネルギー。まさにすべてを包んで癒す慈母観音のエネルギーですね。ローズクオーツは、そういうエネルギーを持っているのです。別にローズクオーツに宣伝を頼まれたわけではありません。ローズクオーツは、そんなことを頼んだりはしません。ただ静かに愛の波動を放っているだけです。それこそが、見返りを求めない無償の愛ですね。水晶は、今は地球のアセンションをサポートするために存在しているような感じですね。アトランティスなどの太古の時代から、水晶は人類の役に立ってきました。これからますますその役割が大きくなるでしょう。水晶というのは、本当にすばらしい存在です。『闇・恐怖 光で包み 一滴の 愛の雫(しずく)を 落とせば消える』これが日記を書き始めて1711日目の心境です。
2009.09.08
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先月の水晶祭りの水晶が届いた人からメールがありました。水晶と一緒に瞑想した際のビジョンが書かれていました。少し長いですが、紹介します。闇の地球から光の地球へ転換する今の状況です。「朝はクリアーだったので、水晶さんと瞑想してみました。三日頭痛だったので部屋の気が少し乱れていて、念入りにお掃除をしてヒーリングミュージックやお香でエネルギーを整えました。水晶さんを台座から離し、手に持ちました。胸にあてて、しばらく感じていました。それから手を下ろし、組んだ手に載せ感じていました。瞑想に入りましたが、いつもはすぐにいろんな映像が見えてくるのに、今日はなかなか意識が別次元に繋がらなくて、ダメなのかな・・・と思いました。でもまあ、この状態を感じていようと、ただ静かに座っていました。窓を開けていたので、風が部屋の中に心地よく入ってきて、外の風の音も心地よかったので、風を感じていました。そうしたら大草原に私が立っていて、見るとあたり一面、きれいなピンク色の花が咲いて、風に吹かれているビジョンが見えてきました。風が心地よく、風にそよいでいる可憐なピンク色の花が、やさしいエネルギーを放っていました。風は、とてもさわやかなエネルギーを運んできていて、そこに立っているだけで、その風とやさしい花と一体となっているように思いました。その心地よい景色から、全くビジョンが動かないので、しばらくそのままいました。エネルギーが足りないのかしらと思いました。『エネルギーが足りないので、光のエネルギーを降ろしてください』と、誰にともなく、お願いしていました。光のエネルギーがほしいと思っているその間、いろんなビジョンが見えました。でも、それらは現れては消えて、連続性のあるものではありませんでした。そうしていると、kimiさんが瞑想していらっしゃるのが見えてきました。場所は、どこかわかりません。屋久島の山々がkimiさんに淡く重なり合うように、kimiさんの向こうに一瞬見えました。でも、それは一瞬で、どこかはよくわかりませんでした。kimiさんは、上空にいらっしゃいました。上の方。私も行きたい、一緒に瞑想させていただこうとkimiさんのいらっしゃるところへ意識を上げようとしましたが、上がっていきません。仕方がないので、私は下で・・・しばらくすると、kimiさんからエネルギーが降りてきているのが見えてきました。まっすぐにではなく、kimiさんを頂点にピラミッドのように末広がりに下へ・・・光のエネルギーがほしいと言ったから、降ろしてくださっているのかしら・・・と思いましたが・・・私はいつの間にか宇宙に出ていました。kimiさんは宇宙にいました。宇宙から光を降ろしていらっしゃいました。なんだ、どこにいらっしゃるのかと思ったら、宇宙だったのかと思いました。私は、水晶を手に持ち、宇宙に立って(浮かんで?)いました。地球を見下ろしてみると、地球は、はっきりとしない、薄いもやのようなものに包まれていました。そして、細かく振動するようにブレていました。そのブレは、ある瞬発的な力が加わると、一気にはじけてしまうように思えました。ポールシフトを一瞬連想したのですが、物理的なものではなく意識だと思いました。意識のブレが、大きな何かを引き起こそうとしている、引き起こそうとする力と引き起こすまいとしている力と・・・引き合っている?う~ん、言葉にしづらいです。 その地球の様子を感じていて、ふと見ると、kimiさんを含めあと二人の人が、地球をトライアングルのように囲み、光を送っています。地球は、トライアングルの光に包まれています。でも、あと一人、ほんとうはあと一人いて、スクエアになるのが理想だと、そういうメッセージのようなものを感覚的に受けました。そういえば、余談ですがずいぶん前、kimiさんが神様会議にいらしていて、その場にいたkimiさん以外の人が、二人なのか三人なのか・・・二人いらっしゃることは確実にわかったのですが、三人だったような・・・そんな夢を見たことを思い出しました。光を送られている地球を見ていると、富士山が見えてきました。神々しく光り輝いています。とても美しく、そしてとても安定したものを感じました。すると、涙が出てきました。それは、感動の涙ではなく、何か、訴えてくるエネルギーに対して、共鳴、感知してしまっての涙でした。富士山を通して、何かが発せられてくるのですが・・・何か、大きな悲しみ?果たしたい想い?よくわからないのですが、そのような感じを受ける大きなエネルギーが、強烈に伝わってきます。私は、ただただ、そのエネルギーを受けて、苦しく悲しく、涙していました。富士山は、全く問題ありません。富士山は、それらのエネルギーをこちらに伝える媒介になっていたのでしょうか・・・?しばらくその想いを訴えようとするエネルギーを感じていると、阿蘇、いろんな山、世界中の山、ヒマラヤや、地球上の山々が見えてきて、山々のエネルギーが、振動しているのが感じられてきました。山々が見えていると、白いフードつきのマントを着た人たちが見えてきました。大勢の人たちです。いったい、何人くらいいるのかはわかりません。フードは、見たことのないような素材の、きれいな風合いです。とても、軽やかそう・・・(このような白いフードを着た人たちは、瞑想中に何度か見たことがあります。初めて見たのは、kimiさんが阿蘇に行かれて光を降ろされた日。私も、その時間に合わせて家で瞑想していました。阿蘇の山に天から来たお使いのような人たちが、輪になって降りてきました。とても神聖で、澄み渡ったエネルギーが実際に目に見えるかのよう・・・それは美しい光景でした。)その人たちは手に手に光の玉を持っていて、手を合わせて祈って(?)いました。合わせた手の間から眩い光がこぼれて見えます。女神さまが、その祈っている人たちの中から透過して浮かび上がるようにして現れました。(なんとも美女!)このへんからのビジョンが、記憶がかなり飛んでしまっています。記憶に残っている映像が、断片断片で、順序も違うかもしれませんが、書いてみます。男の人がいます。この人は、突然現れたのではなく、たぶん流れがあったのですが、忘れてしまいまいした。男の人としばらく会話したということだけは、覚えています。その男の人も、人間という感じではなく、神様系?神様という感じではなかったかな・・・人間でいうと、30歳くらい。肩までの長髪で、彫りは深いけれど、西洋系ともつかない理知的なお顔。この世の人ではない、やはり、この世のエネルギーの全くない人。ゆるやかな白い衣をまとっていて、長身。この人と、かなり会話を交わしたのですが、ほとんど覚えていません。愛について、語り合いました。会話の後の方で、『私は心の内側から無条件に愛が溢れることがない、いつも机上でだけ体験するようなそんな感じで、ほんとうの愛、真の愛はつかめそうでつかめない。体現することは、まだまだ私には難しい・・・』そんな内容のことを言いました。(この辺から記憶があります)すると男の人は、『今は?今は真の愛を感じないか?愛そのものになっていないか?』 と、言いました。そう言われて自分を感じてみると、いつもの私ではない私がいることを感じました。愛で満たされている私、愛だけを発している私、愛しか感知しない私・・・すべてを大きく愛で見守ることができる、そして森羅万象のすべての愛と繋がる私・・・愛はすべてに浸透していて、すべては愛を発している。どちらが先でも後でもなくて・・・はじめのはじめからあるもの。静かで、穏やかで、どこまでもどこまでも無限に広がっていく意識が、すべてに境がないこと、愛になれば、どこまでも意識を広げていけることを教えてくれました。その言葉を超えた穏やかさを感じていると、私はふたたび宇宙にいました。私は、先ほど見た女神さまになっていました。(美女です!)白いフードをかぶった天のお使いたちは、それぞれ手に持った光の玉を手に包んでいた蛍を放つような仕草で、そっと空間に放ちました。たくさんの光が、空間を舞い、空間を満たし、それはきれいでした。そして私は、ふたたび、地上の草原に降りてきました。宇宙で光を送っていたkimiさんたちは、もう姿はなく、光になっていました。地球に送っていた光は、弱まることなく、エネルギーがそのままに保たれていました。靄がかかってブレていた地球は、はっきりとした青く輝くきれいな地球になり、広大な宇宙空間に輝く光に包まれた青い地球が、まるで美しいオブジェのように見えました。それはそれは、きれいでした。(きれいです。今も、私は見ることができます)ここで少し、次へのつながりの記憶が飛んでいますが、次のビジョンは、宇宙空間に光のマスが見えてきました。女神さまが現れて、こう話しました。『多くの闇や恐怖があります。(抽象的なビジョンで闇や恐怖を見せてくれます)光で囲い、そのなかへ愛の雫を落としましょう。すべては愛と光に変換されます。』ここで、先ほどの光のマスの中に愛の雫が落とされました。雫は波紋となり、光の中をゆっくりと静かに広がっていきました。光と愛がひとつになり、やさしくゆらめいています。闇も恐怖も、光と愛と一体となります。ここから先は、女神さまから私へのメッセージ(?)です。『いつも、送っています。思い出してください。断絶してしまわないで。あなたができると、そのエネルギーが広がります。何も変わらないと思わないで。時空を越えて広がります。大丈夫。すべては大丈夫です。今どんな感じですか?大きな安定感に包まれていませんか?忘れないで。忘れてしまったら、私に(石に)意識を合わせて。何度でもメッセージとエネルギーを送ります。そのうち、意識を合わせなくとも、いつも繋がるようになります。』(続く)
2009.09.08
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屋久島は、まだ30度を超える日々が続いている。しかし、突然雨が降ることも多くなった。夏から秋へ、ゆるやかに変わりつつある。夜は、虫の音が涼しい。「屋久島ナチュラルヒーリング」のHPでは、水晶祭りが開かれている。今回は、乙女座の水晶祭り。牡羊座から始まった人生は、乙女座で前半の終りとなる。次の天秤座からは、徐々に個から全体へシフトしていく。牡羊座では、この世に誕生する。肉体次元での生きるか死ぬかの戦いが始まる。牡羊座は、サバイバルゲーム。この世に生き残るために必死に生きようとする意志や情熱を表す。牡牛座では、肉体的には安定する。双葉が、芽吹く頃。未来へ向かっての希望と明るさに満ちている。しっかりと大地に根を張り、地道に努力を積み重ねていく時期。双子座になると、好奇心が目覚める。いろんなものに興味を示す。この世のものが、すべて珍しい。この世に生れてきた興奮で、ワクワクしている時期。蟹座になると、感情が目覚める。人の世の多くの感情を体験する。この世は、一喜一憂、喜怒哀楽の世界。人生が、一段と豊かになっていく時期。獅子座になると、自我が確立する。自分を強く意識するようになる。自己の中心が確立し、何事も自我ベースで生きるようになる。自分がどう見られるかが、何よりも重要になる時期。そして、乙女座となる。自我が確立すれば、次は恋に目覚める。異性が気になり、異性との関係のなかで自分を成長させていく。絶えず異性のことを考える夢見る乙女となる。それと同時に冷静な思考力も発達する。それが、学問や科学の基礎となる。物事を細かく分析し、冷静に判断する。几帳面で整頓された秩序となる。乙女座の守護星は、水星。水星は、知性の星。純粋な思考力の象徴。乙女座の冷静な思考力を表している。冷静な思考力や分析力を表すのは、ブルー。濃いブルー。紺碧や群青や藍色。石では、サファイヤやラピスラズリやアズライト。恋する乙女は、ローズクオーツ。愛と美。女性性の象徴。やさしさと美しさ。ローズクオーツは、本来の愛の自分へ還るサポートをしてくれる。ただ見ているだけでもいい。ネックレスやブレスレットにして身に付けてもいい。やさしいピンク色が、人をやさしくさせる。傷ついた心も、ローズクオーツを見ていれば自然に癒される。怒りや憎しみの感情も、ローズクオーツによって鎮まっていく。ローズクオーツという石が持っている波動が、人をやさしく包む。やさしさに包まれれば、人もやさしくなる。ローズクオーツは、本来の愛の自分へ還るためのアイテム。一人1個は持っていてもおかしくない水晶。いや、最低1個は持っていたい水晶。それは、女性に限らない。今、男性に求められているのも、やさしさ。男性にとってもローズクオーツは、たいへん役に立つ。男性性が女性性に包まれて、バランスが取れる。攻撃的ではなくなり、平和的になる。女性は、ローズクオーツを見ているだけで肌が潤う。ローズクオーツには、女性ホルモンを活性化させる働きがある。心も体も潤う。ローズクオーツは、最大の潤いである愛にリンクしている。愛は、無限の潤い。愛は、無上の潤い。愛は、人を根底から癒す。愛は、人を幸せにする。もっと自分のなかにある愛を目覚めさせたかったら、ローズクオーツと一緒にいるといい。じっと見つめているだけでもいいし、ブレスレットにしてもいい。枕元に置いてもいいし、握りしめて寝てもいい。ハートの位置にローズクオーツを置けば、ハートがあたたかくなる。愛は、乙女座に限らない。12星座の最後に位置する魚座こそ、愛の星座。終局は、無償の愛。すべてのものに対する無条件の愛。乙女座の愛は、まだ個人的な愛。無償の愛に至るプロセス。個人的な愛を経て、無条件の愛となる。多くの愛の経験の果てに、無条件の愛が待っている。それは、所有しない愛。ただ愛するだけの愛。一切の自我が入らない愛。ただハートからあふれ出す個別性のない愛。そういう愛への糸口として乙女座の愛がある。自分のなかに眠る無限の愛への入口。ハートを開き、愛を解き放つスタート地点。限りない愛の世界に入るきっかけ。『限りない 無償の愛に 会うために 恋する乙女 愛の始まり』『乙女座は 愛の始まり 手にすれば 愛が芽生える ローズクオーツ』『たくさんの 愛の体験 経るなかで 無償の愛は 静かに開く』これが日記を書き始めて1710日目の心境。
2009.09.07
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