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2008年02月02日
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カテゴリ: 本に親しむ
副題に「政官財暴との死闘2500日」とある。

 慶応医学部出身の佐々木吉之助が、医師から不動産の実業家に変身して、千万円の資本金と役員もいない社員二十名足らずの桃源社により、一時期、九千億円の資産を持ったというバブルの寵児の物語。

 蒲田地区の再開発に絡んで、入札から破綻までの出来事が記されている。

 医者である著者は、その習性からメモを詳細に取っていた。いろいろな人との会話を含めて、時系列にこれほど細かく記録されているのは珍しいのでは‥‥。

 そこで語られるバブルの裏側。不動産バブルの時代とは、どういうことが行われていたのか。何だったのか。理解を深めるのには、良い本である。

 巻末の佐野眞一の解説「天に向かっての墜落」の第三者的批評も理解を助けてくれる。

 ”バブルといい、バブルの崩壊という。あるいはいささか文学的に「失われた十年」という。
 ‥‥これらの常套句は往々にして‥‥自然災害の文脈で使われている。
 ‥‥それは極めて人為的に仕組まれた巨大経済事件にほかならなかった。


 佐野氏が著者を強い幼児的自己愛の持ち主と断定している。
その著者が抱いていた夢

 ”医学界には「小医は病を癒し、中医は人を癒し、大医は世を癒す」という言葉がある。不動産業界という巨額のカネが乱舞する世界で得たカネを、いまだ解明には程遠い自然界の秘密、生物界の未知、宇宙の研究にすべて投入しようとしていた夢想。それがいま、やぶれつつあることを、佐々木はこの時点で知った。”

 バブル崩壊に伴う桃源社の破綻ということだけで、通り過ぎてしまった出来事として記憶のかなたにいってしまうところ、この本により、その時代を少し反芻できた気がする。

 土地を舞台にした金儲けで、いろいろな思惑や夢や渦巻いた二十世紀の最終章。



 本論も面白いが、筋を離れた、以下の二つの記事も気を引いた。

 1.終わりに から抜粋引用

 ”本書執筆中、二度吐血した。過去の自分を振り返ることは身を引き裂かれる地獄を再び味わうことでもあった。一度は死を覚悟した。牛乳パック4本分の血を吐いたが、右往左往する周囲を
制し、救急車を呼ばなかった。呼んでいたら、胃潰瘍からの出血と診断されて手術台行きとなって、死んでいただろう。佐々木は医者だから、それが分かった。結局、野菜ジュースを何本も飲んでじっと横たわっていただけで、二三日後には仕事に復帰した。”

 2.第五章 厭世 夢独り残る から抜粋引用

 ”かくして、佐々木の輝かしい夢を乗せた「蒲田行進曲」は、「蒲田狂想曲」または「蒲田葬送曲」となって、この地に利権と覇権を求めた巨大なオールジャパン連合の手に渡ることになった。‥‥

 ”‥‥94年4月、忙中閑を得て、佐々木と彼の信頼の厚い女性役員、それに近縁の三人が、伊豆半島魚見崎近くの山道を登り、とある場所に着いた。そこには、樹齢50年を超える見事な桜の
老樹が、満開の花を抱いていた。

 この場所を知っている者は少ない。ひと握りの広さの笹竹に囲まれた土地に緋毛氈を敷き、五人で黙って坐り、赤坂の料亭の老女将からもらった二十七年物の紀州の梅酒の壜の蓋を取った。
壜は長崎のビードロである。薄紫だ。佐々木は、この場所を誰にも教えてない。自分の桃源郷だと思っている。

 広口の青色の皿上の杯盃に、氷を敷き、琥珀色をした老酒をそそぐ。だれも口を開かない。この何年間、共に闘ってきた仲間なのだ。桜の微薫の芳香が混じる。暖かい日溜りのなかで、うつらうつらとなる。柔らかく、さわやかな春風に、みんな夢心地である。見渡せば、山々は霞み、相模の海はあくまで穏やかに、遠近の小島を抱いていた。



 「巌流島か」

 宮本武蔵に敗れた佐々木小次郎を自分に置き換えてみた。ふと脳裏を横切る言葉があった。久し振りに「影」の声である。それは、昔、佐々木が読んだ吉川英治「宮本武蔵」最終章の結びの言葉であった。「波にまかせて、泳ぎ上手に、雑魚は歌い雑魚は踊る。けれど、誰か知ろう、百尺下の水の心を。水の深さを」

 あくまでも静かだ。花片が薫風にさそわれ、そっと盃に落ちて浮いた。そこにいる「いくさびと」も皆、心で泣いた。この言葉がいい、と佐々木は独り合点した。「影」も合点した。

 風来たりて、又、去る。片々の枯草残るは夢、ああ、風来たりて、又、去る。片々の草木、夢独り残る。

 佐々木の周囲はあくまでもたおやかであり、あくまでも静かな春の日だった。”


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 ★★☆☆☆(時間とお金に余裕があればぜひ)



一日一言

到知出版社発行  安岡正泰著 
「安岡正篤 一日一言」から引用

 2月1日 感激の生活

 吾々の一番悪いこと、不健康、早く老いることの原因は、
肉体より精神にあります。精神に感激性のなくなることに
あります。物に感じなくなる、身辺の雑事、日常の俗務
以外に感じなくなる、向上の大事に感激性を有たなくなる、
これが一番いけません。無心無欲はそういう感激の生活から
くるもので、低俗な雑駁から解脱することに外なりません。





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最終更新日  2025年03月14日 09時17分16秒
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