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2019.07.23
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カテゴリ: 研究会発表
 歌舞伎に、「菊吉じじい」という言葉があります。六代目菊五郎や初代吉右衛門を見ていた老人たちが、今の役者は下手だといって文句を言う。それを揶揄した言葉です。わたしが今こう感じているのも、そのたぐいなのかもしれません。でも、そうでないかもしれない。それを確かめようと思います。非情に個人的な見解になると思います。あとで、皆さんからご意見がいただけることを期待して、発言をさせていただきます。

 そもそも「名優」とはどんな演技者をさすのでしょうか。「名優」の定義をしなければなりません。これは人によっていろいろと違ってくるかもしれません。実際、私が教えている若い人たちに、どんな演技者を尊敬しますか、目指しますかと尋ねますと、「ムロツヨシ」だとか「神谷明」だとか、テレビでよく顔を見る人とか、声優の方の名前ばかりがでてきます。関西芸術座の養成所ですらそうです。自分たちが目指しているはずの劇団の俳優の名前がでてきません。見ていないといえばそれまでですが、こうして名前の挙がる人たちの「演技」が、若い人たちには「良い演技」とみられていることがわかります。この人たちが「名優」でないと言うのではありませんが、悪いですが、わたしの定義には入ってきません。

 演技者に対する誉め言葉として、「うまい役者」と「良い役者」というのがよく使われます。
これについて、考えてみます。
 「うまい役者」という表現は、「技術」についての評価です。反対語として「へたな役者」という言葉があります。古典芸能、たとえば能楽の場合は、舞や謡の技量に関してはっきりと差がでますので、うまい/へた、を言うのは容易です。技量がある段階まで来ないと、披くことが許されない曲があります。技声楽家や舞踊家の場合も、声域や声量、声の響き、音程やリズムの確かさで、またジャンプの高さ、脚の上りや手足の伸び具合、回転の速さや正確さなどで、その技術的な差ははっきりと見えてきます。これは素人にでもわかることが多いです。
 演劇の場合は、セリフの明晰さやせりふ回しの快さ、動きに無駄がなく美しいこと、表現に感情がこもっていることなどが、うまいといわれる理由となります。言葉がたどたどしかったり、動きがぎくしゃくしていたり、台詞が棒読みだったりする役者は、うまいとは評価されません。うまくない役者がダメな役者だとは言っていませんので、ご注意を。

 一方、「良い役者」という言い方は、技術と切り離されたものです。反対概念は「悪い役者」ではなく、「良い役者ではない」です。「良い/悪い」は何かの基準をもとにして判断されるものではありません。わたしたちが「良い役者」というとき、その役者は「見ていると何となくその人物が見えてくる」「演技にいやな感じがなく、何となく共感できる」役者だといえます。
「うまい役者」の場合は技術での判断ですので、客観的な評価といえます。対して「良い役者」というのは見る人による判断になってきますので、主観的な評価であり、不安定なものだと考えられます。しかし不思議なもので、多くの人の「良い役者」という判断はかなり共通しているようです。
「うまい役者」と「良い役者」が別の概念による評価であり、それぞれが演技者の価値を測る言葉としてあるするなら、「名優」は「うまい役者」と「良い役者」の二つの条件をそろえた演技者ということになるでしょうか。
by 神澤和明





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Last updated  2019.07.23 09:00:07


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