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< 漢字検定 漢字教室 > 四字熟語編++++++++☆鏡花水月(キョウカスイゲツ)☆むなしくはかない幻のたとえ。また、感じ取ることはできても言葉で表現できない奥深い情趣や味わいのたとえ。鏡に映る花と水面に映る月が、目には見えても取ることができない意から。「水月鏡花」ともいう。類義語;水月鏡像(スイゲツキョウゾウ)++++++++前者の意味で考えてみる。先の向こうに幸があると思って、一生懸命に努力をする。一生懸命に努力さえすれば夢が叶う、と信じている。しかし、現実社会という魑魅魍魎[チミモウリョウ]な社会は、正常(まっとう)な考え方で物事が運ぶものではない。胡散臭い卑しく心穢れた人間が多く棲んでいる現代社会は、正常(まとも)な人間が住む社会とは程遠い社会となっている。例を挙げてみたい。公的な試験においても、採用試験という試験は縁故採用が幅を利かせている。一生懸命に刻苦勉励[コックベンレイ]したとしても、その努力は縁故採用(不正採用)によって「むなしくはかない幻」の結果となる。だが、その試験の結果が「むなしくはかない幻」であったとしても、その人の努力は必ず別のかたちで朗報として返ってきます。また、不正採用で採用された人には、今まで不正で恩恵を受けた益以上に何倍も災厄を受けることになるでしょう。後者の意味で考えてみる。目に映るモノは信じることができても、目に映らないモノは信じることができない。信じることができなくとも、目に映らないモノには目に映るモノよりも、「奥深い情趣や味わい」が隠されているものです。「奥深い情趣や味わい」を感じ取ることができる能力は、客観的に物事を見定める能力を身につけているのでしょう。即ち、相手の立場に立った物事の考え方を理解できるから、ではないでしょうか。感情面の豊かさがあればこそ、その事柄の「奥深い情趣や味わい」が本能的に理解できると思います。換言しますと、自分が「奥深い情趣や味わい」を出せることができたなら、誰(無形のモノも含む)かが自然と醸し出す「奥深い情趣や味わい」を素直に感じ取れることでしょう。
January 25, 2009
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< 漢字検定 漢字教室 > 四字熟語編++++++++☆教外別伝(キョウゲベツデン)☆悟りは言葉や経典で伝えられるものではなく、心から心へと伝えるものだということ。類義語;以心伝心(イシンデンシン) 拈華微笑(ネンゲミショウ) 不立文字(フリュウモンジ)++++++++「悟る」とは、1.物事の道理をつまびらかに知る。 あきらかに理解する。2.隠れているものを推しはかって知る。 察知する。感づく。認める。3.迷いを去って真理を体得する。とある。無意識のうちに相手から何かを感じられることが、「悟り」を得ることになる。【阿吽の呼吸(あうんのこきゅう)】と同じように、相手の心から自分の心へと教えが伝えられる。何かの教えを伝えられたとき、その教えを理解できたとき、「悟り」を会得したことになる。「悟り」を会得したときは、現在の器の殻を破った一回り大きな器に成長した自分になれるでしょう。「悟り」を会得するコツは、謙虚な姿勢で聞く耳を持つことだと思います。何でも聞く側に徹するほうが、他の人よりも早く「悟り」を会得する近道だと思います。
January 18, 2009
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< 豆知識 > 七福神発祥の地・京都各地方に七福神があります。七人の神様が、庶民に幸を与えてくれます。七人の神様は、「長寿を支配する星の化身・寿老神」「幸福、冨貴、長寿の神様・福禄寿」「福徳圓満の神・布袋尊」「財宝福徳を司る神様・毘沙門天」「美や音楽、技芸、学問などの神様・弁財天」「慈愛同仁、寿福円満、開運招福などの神様・大黒天」「商売繁昌の神様・ゑびす神」です。京都には、≪都七福神≫があるようです。+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+☆行願寺(寿老寺)京都市中京区寺町通竹屋町上ル行願門前町17京阪電鉄・神宮丸太町駅徒歩約10分☆赤山禅院 福禄寿京都市左京区修学院開根坊町18比叡山電鉄・修学院駅徒歩約15分☆萬福寺 布袋尊宇治市五ヶ庄三番割34京阪電鉄・黄檗駅徒歩約5分☆東寺 毘沙門天京都市南区九条町1近鉄・東寺駅徒歩約5分☆六波羅蜜寺 弁財天京都市東山区五条通大和大路上ル京阪電鉄・清水五条駅徒歩7分☆妙円寺 大黒天京都市左京区松ヶ崎東町31叡山電鉄・修学院駅徒歩約7分京都市営地下鉄・松ヶ崎徒歩約10分☆恵比須神社 ゑびす神京都市東山区大和大路四条下ル小松町125京阪電鉄・祇園四条駅徒歩約5分阪急電車・河原町駅徒歩8分+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+以前に、≪大和七福神八宝めぐり≫(http://www.taimadera-nakanobo.or.jp/7huku.htm)信貴山朝護孫子寺(毘沙門天、「家門隆昌の福宝」)久米寺(寿老神、「長寿延命の福宝」)子嶋寺(大黒天、「財宝の福宝」)小房観音寺(恵比須天、「商売繁昌の福宝」)談山神社(福禄寿神、「開運出世の福宝」)當麻寺中之坊(布袋尊、「家庭円満・子宝の福宝」)安倍文殊院(弁財天、「愛嬌縁結びの福宝」)をした。この大和七福神の「倍増の福宝」をしてくれるのが、(三輪明神、「七福倍増の福宝」)です。2009年度から10年ぐらい掛けて、大阪・奈良・京都の各々七福神めぐりをしてみたい。
January 16, 2009
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< 漢字検定 漢字教室 > 四字熟語編++++++++☆胸襟秀麗(キョウキンシュウレイ)☆物事に対する考え方や態度が正しくりっぱであること。「秀麗」は、すぐれて美しいさま。++++++++此の世の中に、≪物事に対する考え方や態度が正しくりっぱであること。≫というのは、果たして何を規準にして正しい考え方や態度なのであろうか。どこかにある一定の基準を設けなければ、物事の正しい考え方や態度が決めることができない。人間社会においては、法律という枠(範囲)を設けることです。そして、枠から食(は)み出た考え方や態度を間違ったことして認識する。それ以外では、倫理観や道徳観の問題がある。これらを総して、【世間並み】のことができることを【胸襟秀麗】という、のではないか。【世間並み】のことができない社会となってしまった今日、人間として当たり前のことができる事自体、【胸襟秀麗】として報道されている。なんという嘆かわしい社会なのであろうか。物事に対する考え方や態度がりっぱである(はっきりしている)ことは、周囲に好感が持てるでしょう。だが、その考え方や態度は、今の状況で正しいかどうかは分からない。結果が出て、初めて正しいがどうかが分かるものです。≪物事に対する考え方や態度が正しくりっぱであること。≫の前に、その物事が正義(倫理、道徳、惻隠)に沿っているかどうかを、まず考えることである。正義に沿っていたなら、考え方と態度が正しくりっぱになる。
January 11, 2009
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< 漢字検定 漢字教室 > 四字熟語編++++++++☆恭賀新禧(キョウガキンキ)☆つつしんで新年を祝うこと。年賀状に用いる挨拶の言葉。「新禧」は、新年を祝うこと。++++++++新しい年を迎えますと、日本国特有の挨拶状が届けられます。その挨拶状は、年賀状として元旦に届けられます。元旦以外の7日までに着く年賀状は”一月吉日”に書き、7日以降は”寒中お見舞い”として書きます。薀蓄はこれぐらいにしておきます。新年という歳は、これまでの心の気持ちを払拭することにある。これまでの心の気持ちとは、心に澱んだ気持ちです。新たな年を迎えることで、これまでの気持ちを改める姿勢を持つことです。年賀状の冒頭の挨拶(賀詞)は、「恭賀新禧」以外にも幾つかの書き方があります。一般的に使われるのは、「謹賀新年」(キンガシンネン)「恭賀新年」(キョウガシンネン)「迎 春」(ゲイシュン)「初 春」(ハツハル)「頌 春」(ショウシュン)「賀 春」(ガシュン)「慶 春」(ケイシュン)「賀 正」(ガショウ)「逢 福」(ホウフク)「永 壽」(エイジュ)ではないでしょうか。新しい年は、なんといっても気持ちが和らぐ。和やかに人との付き合いをしたいものです。和やかに人と交遊できるのも、お互いに教養が身についているからです。新たな年は、今以上に教養を身につけたいもです。祖母の辯に、<頭の賢い人と悪い人は、動作をみれば分かります><賢い人と愚かな人の区別は、行動で判る>がある。
January 4, 2009
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