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最初に登場するのはグリーン先生。わたしはこのドラマはグリーン先生が主人公なのだと1シリーズ目が終わるまでずっと思っていた。が、このドラマを教えてくれた友人は「絶対ジョン・カーターよ!」と譲らなかった。NHKで放送されたときは、番組終了後にアメリカのドクター制度をわかりやすく解説していた。ドクターになるには普通の大学を終了後、医科大学に入り最初の2年間は机の上での勉強、あとの2年は実習・・・というような内容だったと思う。その後、インターンとして病院に配属され、そしてレジデント、またはフェローになるという。日本では医科大学に入学するのも勉強を続けるにも普通の家庭ではかなり学費が負担になるようだがこのドラマに登場するレジデントたちはほとんど奨学金を使って卒業していた。奨学金はのちに返さなければならないもので、返すにもレジデントの給料はとても低く、過酷な労働の果てに借金返済が待っている、それでもこの仕事に生きがいを感じているドクターがいる、と訴えているドラマのようにも感じた。オープニングの映像はほとんど初期の放送に登場するシーンで、いつもクールなベントン先生のガッツポーズにはとてもほほえましい思いがした。最初に放送されてからもうかなり時間がたっているのでジョージ・クルーニーがとても若い。本放送はしばらく先になるようだがまた見てみたい。
2004年04月29日
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執念のピアノ、天才リヒテルに挑む!と題したこのお話はたしか2年前に放送されたものだと記憶している。評判がよくて何度も再放送されているらしい。NHKがメーカーの名前をあえて表に出しているのは隠しても隠し切れないエピソードが満載の場合が多いからだろう。ピアノ調律師の村上さんがタローネ氏に教わった言葉、「宇宙のような広がりをもったフォルテッシモ、 ピアニッシモは神のような声を持つ音」この言葉に悩まされ続けたという。ピアノの演奏や作曲家を持たない日本のピアノ作りの指導に単なる技術ではなく、言葉どおりの不思議な表現はまさに必要不可欠だったのだろうと思う。スヴャトスラフ・リヒテルは現役時代からすでに伝説のピアニストだったと言われている。逸話はいろいろ伝わっていて、気難しいとは聞いていたが、ヤマハの工場でのコンサートの話は初めて耳にした。気難しい顔はマスコミが一般に植えつけてしまったイメージで本当はとても心優しい演奏家だったのだと知ることができた。有名な演奏家はみなとても耳がよく、いつも演奏活動には自分が気に入った決まった調律師と行動するらしい。中には2台のピアノをリハーサル後になってもどちらを使うかさんざん迷う演奏家もいる、と聞く。わたしはリヒテルの演奏が気に入って、レコードに録音された古い演奏会のCDをいくつか持っている。こういう演奏家にイエスと言わせる楽器を作るために勉強を重ね、たゆまぬ努力を積み上げて機械のオンライン作業などでは決してできない、まさに手作りの芸術品を作り上げてきた人がいるのだ、ととても感動した。子供の頃、ピアノを購入した際、それはアップライトピアノのなかでも値段は下から2番目のランクのものだったという。それでも貯蓄をほとんど全部はたいたのだと、よくあとで聞かされた。鍵盤は20年もすると表面が変色した。昔のことだったので象牙が使われていたのだ。そのピアノと別れてもう10年がたつ。この番組の中心となった変色した鍵盤をもつピアノを見て、まるでホームシックのようにあのときのピアノが恋しくなった。
2004年04月28日
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残業でスタート時間にギリギリ間に合いました。食事もそっちのけで終わりまでTV画面に集中してしまった。その理由というのは・・・光と闇の使い方。以前、時代劇ファンの母から聞いていた時代劇の楽しみ方。時代設定がきちんとなされているドラマの場合、意外な発見があるということだった。それを自分の目でみつけることができた。それはるいが宿の女中お吉と夜道を歩く際、もちろんその時代に街灯はなく、夜道を照らす照明と言うと持参している提灯だけ。お吉はるいの足元が危険にならないよう、着物の裾に当たりそうなくらいの地面の近くに本当に地面の危険を避けるがごとく提灯を下にむけて照らしていた。何気ない仕草ではあるが、明るい夜道に慣れたわたしには新鮮な一場面だった。夜とは逆の朝の場面。光が差し込む庭から座敷までのカット。自然光がこうして差し込むのか、というやはり何気ない場面。「狐の嫁入り」というとわたしの住む地方ではよい天気で太陽光が差し込んでいるにもかかわらず、なぜか雨が降っている天候状態のことを言う。ドラマの中で行われたのは、闇夜の中に紛れるように現れた、仕組まれた狐の嫁入りだった。鬼火も漂う、人をあざむき恐怖心を植えつけるシーンだった。内容はネタバレに通じるので割愛するとして、、、このドラマの中に登場する人物は悪役がはっきりしている。そして不幸になりそうな事態をるいを取り巻く様々な人たちが心を痛め、なんとかしてやりたいと奔走し、実行していく。問題を抱えながらもハッピーエンドに持ち込むこのドラマは海外ドラマひとすじとも言えるわたしのオススメなのである。今まで見なかった人にも是非見ていただきたい。
2004年04月24日
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スカパーはジャンル別にチャンネルがあるのでスポーツの番組によってドラマの番組が変更されることはまずない。ところが4月以降、民放でよくあることといえばプロ野球の番組の時間延長によってドラマ番組がどんどん押していくこと。プロ野球ファンにとって延長は大事な貴重な時間。でもドラマファンにとってはつらい時期なのだ。リアルタイムで野球の延長がわかる人にとっては何でも無いかもしれないけど。残業てんこもりモードのわたしにとって真夜中のドラマを録画するときにはちょっと痛い。時間が変更されてもGコードが変更対応にならないかしら??という悩みを抱えている人は結構多いのではないのだろうか?書き込みしながら30分遅れのエンタープライズを見ている。もうすぐスーパーチャンネルではスタートレックまるごと70時間が放送される。トレッキーなわたしにはスカパーさまさまなのだ。
2004年04月20日
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例えばスタートレックのTNGではピカード艦長の吹き替えが途中でチェンジした。わたしはチェンジされる前の艦長の堅くて低い声が好きだった。実際のパトリック・スチュアートの声はもっと素敵で字幕なしで放送を楽しめたらどんなにいいかと思う。あとで知ったのだが、ピカード艦長の初期の吹き替え担当の吉永慶さんは、引退されたということ。なぜ引退??こんなときインターネットは便利なもので情報をたぐっていくと、実家のお寺を継ぐためだったという未確認情報に出会った。とすると、ファンには残念だが、そのお寺の檀家さんは、あの素晴らしい声の読経を生で聞くことができるという幸運に恵まれているのだろう。僧侶となるからには声帯も大事な財産のひとつではないか。副長のウィリアム・ライカーの声を担当されているのは大塚明夫さん。とても深くて柔らかい声でファンも多いはず。ERのベントン先生も演じている。が、不思議なことにERを見ていてもライカー副長を思い出すことはない。たまに話題の映画が視聴率稼ぎのために若いタレントを起用して民放で放送されることがある。まったく映画を楽しめない、悪いけど。吹き替えというのは単なる演技とはわけが違うらしい。タイミングや間の取りかたが声優さんと呼ばれる人たちは絶妙なのだ。データの吹き替え大塚忠芳さんは、吹き替えも多くナレーションも耳にする。でもデータ役のブレント・スパイナーとは全く違った声なのだ。でもわたしにはブレント・スパイナーよりも大塚芳忠さんの声のほうがしっくりくるくらい。・・という見方があってもいいかな~と思う。ボイジャーのジェインウェイ艦長ははっきり言って、吹き替えの松岡洋子さんのせりふを聞く方が数段好きなのである。
2004年04月19日
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NHKの深夜枠で放送されていたのは知っていたが続けて何度も見たことがなかったので今回ふたりのなれそめから見ることができた。あっと驚く同時一目ぼれ。アリーとは真逆の性格のダーマの日常はほほえましいというか、はちゃめちゃ。自由奔放に育ったダーマにお坊ちゃん育ちのグレッグ。グレゴリーという名前にも、お堅い雰囲気が漂う。そういえばグレゴリー・ペックという偉大な俳優さんがいらしたのを忘れていたが・・・出会ってすぐピンと来て、すぐ結婚式をあげてグレッグの両親と4人揃ってのランチを終えて、、普通に考えたら、なんとなく二人の熱も冷めるだろうというところだがそうなっちゃ話はおしまい。これから育ちも環境も違う二人の夫婦生活が始まる。個人主義のアメリカだったら当たり前に思うところだけど親の反対を押し切って一緒になる人はそれなりに大変。今後が楽しみなので続けてみようと思っている。ところでグレッグの父親はスタートレックTNGの副長、ウィリアム・ライカーの父親役に似ている気がしたが、未確認。情報を集めてみなきゃ。
2004年04月18日
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何を隠そう、これも全話制覇しているSFもの。タイトル見て想像できないから、人から勧められて見る様になった。実は民放でも放送されていたのだが、金曜日の深夜だった。それも特別放送や野球の試合などが延長されるとビデオセットが全く機能せず、よく3時まで起きていた。それにひきかえスーパーチャンネルは再放送があるからありがたい。主人公のフランク・パーカーは不良少年がそのまま大人になったような人物。しかしその内面には命を大事にする優しさがあふれているところが視聴者をひきつけるのだろう。きれいなおねえちゃんが大好きで、ビール好き、大切なプロジェクトの一員として活躍しているが重大な機密情報を背負った「時空飛行士」であるため自由に基地から出られない。隙さえあれば退屈な基地から抜け出そうとたくらんでいる。それを逆手にとられて大好きなヴカビッチ博士のそっくりさんに半殺しの目にも遭わされた。このドラマの本筋で一番驚いたのは時空を超えるためのカプセルを過去にもどすための動力源にあのロズウェル事件の謎の部分を利用していること。ロズウェルに舞い降りた未確認飛行物体は政府の監視下にあり、過去へ飛ぶためにどうしても開発できなかった莫大なエネルギーの動力源を作る技術を持っていたというもの。そのギリギリのタイムトラベルは最大7日前までであるというのが大前提のストーリーだ。過去にタイムスリップするためにはちょっとグロテスクなくらい、体力にダメージを受ける。このシーンには正直ちょっとひいた。屈強の体力の持ち主でなくてはならない、過去に戻ったときに事件を知っているのは「時空飛行士」ひとりだけ。これを正確に仲間に伝えることとアメリカ国家の危機を救うために並外れた記憶力がないと「時空飛行士」としては不合格ということでパーカーはこの条件を全て満たしているというのだから、ちょっとくらい不良っぽくても充分かっこいいヒーローなのだ。ところで演じるジョナサン・ラパグリアは俳優になる以前、オーストラリアで内科医をしていたそうだ。並外れた記憶力は本物かも知れない。(と学校のお勉強の嫌いだったわたしは思う)
2004年04月12日
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1度全部見てるはずだから、再放送も特に必死に見る必要ないか~と思っていた。ところがこの回、どうも半分記憶がない。きっとビデオをまわしながら居眠りでもしていたのだろう。被告は夫から虚偽の結婚をしていたという訴えを起こされていた妻。夫役はなんとスタートレック・ヴィイジャーでホログラムドクターを演じていたロバート・ピカードだった。ほかのドラマに登場するスタートレックの俳優さんはあまり見たこと無いのでとても驚いてしまった。結婚したとき、妻は想像上の理想の男を頭の中で作り上げ、いつも日記の中で語りかけていた。そうぞうは9年も続いていたので、想像とはいえ彼女にとってとても大切な存在になり、あたかも自分のために実在しているかのように感じるようになっていた。結婚した相手は、想像上の恋人ほど理想的ではなく、それでも愛していたので結婚した。しかし結婚式当日の日記には「人生でもっとも不幸な日」と記してしまう。ジョンに「君の理想の人物は本当はいないんだ、また君自身それがわかっているはずだ。本当は君は一人でいるのを自分で選んでいるんだ。」といわれたアリーは猛反論するが事務所の女性に「いつか理想の人と結婚できると思っている?」と聞くと誰一人同調する者がおらず、愕然とする。弁護する側でも自分の感情を押し殺し、理想の人の出現を否定するという意見を主張し被告の無罪を勝ち取る。的を得てるな、、、と納得してしまった。誰もが理想の誰かと夢のような恋をしたい。でも実際には理想とは違う誰かと知り合い、理想とは違うことは百も承知で結婚するというパターンがほとんどだ。---というより結婚するとき理想であるか、そうでないかで深刻に考えることがそれほど必要ではなくなるのではないか。ただ、相手が自分をどれほど信用しているかは大事だろう。訴えを起こした夫は、妻に愛されていないことに打撃を受け、気持ちをごまかしてまで結婚した妻が許せなくなったのに違いない。話は変わるが、この話の中でアリーの8歳頃のシーンがある。8歳のアリーを演じる少女はまさにキャリスタ・フロックハートに瓜二つ。アメリカはこれほど似た子役を探し出すこともできるんだ!と違う意味で感心したわたしだった。
2004年04月11日
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春になると北海道旅行を計画していたウン年前を思い出す。バブル崩壊前に派遣社員の友人と北海道旅行3ヵ年計画を立てた。その1年目に行った観光バスツアーが忘れられない。積丹半島1日ツアーだったと思うが、晴天に恵まれ、空と海の境界線がはっきりしないくらいに青い空と美しい海を見ながらバスに揺られていた。「北海道へ行って、何が一番おいしいと思った?」とグルメを自称する人によく聞かれる。イカそうめんはおいしかった!蟹もさすが、地元だといって安いとは言い難いがおいしいことに代わりはない。海の幸いっぱいのラーメンにはうに、蟹、エビなどてんこ盛りでめちゃくちゃおいしかったのにたった1000円で食べられた!でも、わたしがどうしても忘れられないのは積丹半島1日ツアーで連れられていった、ある民宿の昼ごはんだった。だだっ広い道場のような広間で長い座卓をいくつもつなげて食卓をあつらえられた、団体客専門の民宿だったように記憶している。出てきたのは地元でとれた魚を使ったごく普通の煮つけやお刺身、味噌汁などだったと思う。それがバスツアーではあまり空かないお腹でよっぽどでないとおいしいと感じないわたしがバクバクと食が進んだのだ。そのときはそれで終わった。何日も経って人から問われるたびに思い出すのがそのときのお魚満載の昼ごはんなのである。その後、よく似た気持ちになったのは賢島から船で渡る小さな島にある民宿の夕飯だった。お魚がえらくおいしいのだ。それ以降、感動できる魚三昧に出会っていない。もうあれから10年以上が過ぎた。今同じツアーに参加して同じところにいけるかどうかわからないがわたしには印象深い旅の1ページとなり深く記憶に刻まれている。なぜ今こんなことを書くのかというと実は北海道へ一緒に行きたい人が身近に現れたからだ。礼文島に花を見に行きたいそうだ。一緒に行こうという計画を早く実行したいと思っている。その人は編物教室の先生で、わたしにとってとても大事な相談相手、母のような人である。
2004年04月10日
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午後9時。お風呂に入ろうかどうしようか悩み、入ってしまうと10時からの新・Dr.マーク・スローン2の途中で寝てしまいそうな気がして我慢して新聞を読みながらNHKで「御宿かわせみ」を見る。海外ドラマは大好きなわたしだが、以前平岩弓枝の小説にはまってそのきっかけになったのは昔の「御宿かわせみ」の放送を見たからだった。真野響子が"るい”役で素敵だったことを思い出す。10時、スローン先生は陪審員として裁判にかかわっていた。そこで事件がおこる。陪審の話し合いで結論を出したとおり、ものごとには疑いを持っても裏づけを調査し、証拠を洗い出し、その結果疑いを証明できなければ黒と判断しない。最初からスローン先生は女性検事を疑っていた。そこのところのストーリー展開がちょっと「刑事コロンボ」と似ている。ところが話が佳境に差し掛かったときうかつにも疲れに負けて寝入ってしまった。テレビを見るときの体勢がよくなかった。したがって結論は見損ねたのだ。明日か、あさっての再放送を見ないと!海外ドラマがすき!のテーマにはそぐわない内容の日記になってしまった。週末で気が緩んでいたせいだ。なのに今、目が冴えているなんて皮肉だ。
2004年04月09日
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昼休みもゆっくりさせてもらえず、伝票に埋もれ、締め日を過ぎたのに自分のペースが守れないまま残業して帰宅。夕飯の用意(チンするだけの)をしてTVをつけると朝、時計代わりにチャンネルをあわせているNHKからプロジェクトXのテーマソングが流れてきた。いつも見ているわけではなく、途中で替えてしまうこともしばしばなのだが今日は興味を持って最後まで見ることができた。旧国鉄の「みどりの窓口」でコンピューターによる乗車券や特急券の発券をするシステムを開発したメンバーのお話だった。以前よく耳にしたのは「○○駅の国鉄の職員は親方日の丸でものすごく偉そう。売ってやると言わんばかり」といった避難の声だった。しかしそれは「みどりの窓口」がすっかり定着したあとのことのはず。それだけは少し残念なのだが・・・わたしには、国鉄というものは確かに噂にある「親方日の丸」というイメージがあった。今日のプロジェクトXの中に出てくる熱い情熱の国鉄職員の皆様方はみな客の立場に立ったが故にトラブルの増発を停められなかったという印象を受けた。コンピューターを管理する大手企業の技術員と国鉄の職員はまったく逆の立場だったためにうまく技術と経験を合体することができずいつも平行線をたどっていたことがあったらしい。今でこそ生き残りのためにあらゆる方向から見直す会議とそのころの会議はかなり性質が違ったらしい。そのなかで両者の気持ちをひとつにするために飲み会ではなく誕生会を開き、全員参加を促したという作戦にはさすが!と思った。立場が違ってもめざすところは同じなら気持ちを統一すれば協力し合える。こういう管理職が自分の職場にも欲しいものだ。
2004年04月06日
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今日の雨と気温の低さで、春を迎えた喜びが一気にしぼんでしまうほどの寒さだった。今日を逃すと今年の桜をカメラに収めるチャンスをなくすと思い、雨の中、傘をさして携帯電話の画素数の低いカメラで近所の桜並木を写してみた。法事がおわったあと、その画像を家族にみせたが、とてもきれい!というより、なんだか寒々しい絵で見せてからとても恥ずかしくなった。2歳になったばかりの弟の子供がお経を読み上げられる間も普段会わない面々が大勢集まった中でハイになって暴れ回り、父が生前よく言っていた「孫の祭り」という言葉を実感した。父が指す「孫」はその頃、私たちのことで、今のような状況はそのとき想像もつかなかった。が、歴史は繰り返されるのだ、としみじみ感じた。父の別の孫は本日親二人を自分の車に同乗させるほどの年齢に達していて彼女の赤ちゃんの頃をよく覚えているわたしはこれも感動する出来事だった。桜はほんの少し散ってしまったようだが明日また青空のもと薄紅色の春を見せてくれるのを期待している。
2004年04月04日
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手塚治虫のアニメで育ったわたしは小学生の低学年にまわりの女の子が好んで見る「アッコちゃん」や「サリーちゃん」より、手塚アニメが数倍好きだった。少年漫画を買って読むほどではなかったけどアトム、ワンダースリー、ジャングル大帝レオ、海のトリトンなどが特に好みだった。まわりの女の子と自分は違うな、と思って(SF好きなのも手伝って)その好みを表に現さなかったが、高校に入ったら突然わたしよりも強く少年漫画やアニメにとりつかれている友人に出会い「火の鳥」にを読む機会を得た。1ヶ月ほど前、チャンネルNECOで1時間もののアニメ「火の鳥」が放送されていることに気づき、あわてて録画した。ビデオが作動していることがわかっていながらテレビの画面から離れることができなかった。おかげで翌日は寝不足で参ったのだった。実は漫画「火の鳥」は友人から借りて読んだものがほとんどで自分で購入した単行本は1冊にすぎない。手塚まんがは作品の数が多すぎて読みきりのものを何冊かと、ブラックジャックの全巻しか持っていないのだ。アニメで再び忘れかけていた手塚まんががわたしの中でその存在を大きくしている。会社と家の往復の毎日、なんとなく毎日をやりすごしているだけの自分が情けないと思っていた矢先、生きるということは、一生懸命生きるということはすばらしいことだというメッセージに感じ入った。きっとわたしだけではなかったと思うのだけど、番組改編の時期で、民放ではスペシャル番組が並ぶ中、わたしのように感動した人がほかにもいたらいいな、と思う。
2004年04月03日
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