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今日は午後から雪もやんだので、康平と雪遊びした。家の前の公園にむかって家の玄関前からスロープを作ってそりすべりをすることにした。近所の子も集まってきて、みんなウキウキ。みんなでせっせと雪を集め、重ねていった。本当に隣接していて、ぽんと五十センチくらいの段差を飛び降りると公園。康平も一生懸命雪運び。そのうち待ちきれない子供達が滑り始めたので、私はせっせと雪を積みつづけた。ふとみると康平がいない。慌てて見渡すと、隣の空き地にうつぶせになって倒れている。「康平、どうしたの!」と声をかけると、むっくり起き上がって、鼻水じゅるじゅる、口の回りは雪だらけ。どうやら雪を食べていたらしい。にゃっと笑った。「雪食べちゃ駄目って言ったでしょっ!お腹痛くなるからねっ!」それでも私の目を盗んでは口に入れていたらしい。そのうち冷蔵庫から、シロップでも持ち出さないかと心配(^_^;) 「康ちゃんママ、すべってみてぇ。康ちゃんママが滑ると、雪固まるから」なんてやつらだ。でも仕方が無いなとやる私も私。「ほうらやっぱり跡がついた」やっぱり言われた。みんなで楽しく滑って遊んで、また明日遊ぼうねと約束してわかれた。 それにしても鼻水たらして雪だらけになって、そりをひっぱりながら雪を越えていく我が子の姿。とってもおかしかった(^.^)
2003年01月31日
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最近、康平がよく食べる。去年の六月以降毎月続いていた小児科通いも今月はなし。記録更新中。朝、八時にたたき起こし、朝食。おやつと続いて昼食。一緒に買い物に出かけたり、ダンスに行ったり、なるべくストレスがたまらないようにすごさせる。すると3時のおやつは意外と少なく、夕食はたっぷり食べる。でも途中で眠気に襲われるので、なるべく早めにお風呂。私がいないと寝ないので、添い寝。でも以前は私自身「早く寝ろー」と心の中であせっていたため、なかなか寝なかった。しかし「おしゃべりしていると楽しいな」と思って布団の中で相手していると意外と早く眠ってくれる。「ママ、目をつぶって。御喋り止めなさい」なんて自分で言ってくる。 今まではうんちもころころ。排便も苦しそうだったが、食べるようになってスムーズに行くようになった 。 おやつはおにぎり中心。おかげで十二キロ無かった体重も徐々に増えてきた。今まで体力が回復しないまま次の病気になっていたが、体力もついてきたようだ。やっぱり大人も子供も快食快便が健康の秘訣かな。
2003年01月29日
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以前にも日記に書いたが、康平は夜寝るときに、「ママー、大好き。」ちゅっ。私もお返しにとちゅっ。日中いくら叱っても、かまってやれなかったとしても、寝る前だけはぎゅっと抱き寄せて「大好きだからね」と言う。いつまでやらせてくれるんだろう。だんなはそんな私たちをみて「気持ち悪い」という。自分だって五歳ぐらいまで母乳飲んで、寝るときは母親のおっぱいつかんで寝てたって知ってるんだからね。時々この人は私に「母親」を求めているんだなぁと思うときがある。でもどうしても私はダンナのそんな部分を受け入れることが出来ない。「いい年して・・・」とか「もう自分だって父親なのに」なんて思ってしまう。 康平の入園が近づくにつれて、私はすこしナーバスになっているようだ。「もう離してしまっていいのだろうか。この子はこの先いつも何かに所属し、ずーと走りつづけていくんだろうな」なんて三年保育にしたことを少し後悔したりして。でも明らかに康平は知的要求、体力ともに、今の上の段階を求めている。きっと「離したくない」のは私のエゴなんだろう。少し精神的子離れが必要な私だ。
2003年01月27日
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今日はジャズダンスの発表会だった。いろいろなサークルの各種発表があった。日舞、フラメンコ、手話による歌等。私たちは一番最後。失敗だけしなければ・・・。それだけを思っていた。 旦那がビデオを撮っていてくれた。踊っている最中、私の友達に抱っこされて見ている康平と目が合った。にこにこしてみててくれていた。「ママたち、格好よかったよ」(^o^)丿家で撮ったビデオを見て、ショック!!!(>_<)。私ってば顔がぱんぱん。「ビデオって太って見えるんだよね」「ううん、そのまんま」ダンナの非情な言葉。ダイエットの決心を新たにした私だった。
2003年01月26日
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昨日から私の実家に泊まりに行った康平。様子はというと・・・。一杯我慢していたらしい。きっと行く途中自分に「泣いちゃいけない」と言い聞かせていたんだと思うよ。と妹。ご飯をおかわりして、私の弟、妹、妹の婚約者、母、父みんな巻き込んで、大はしゃぎ。でもお風呂は自分ひとりではいると主張。おまけにいつも私と泊まる部屋に布団を敷いたら、「康ちゃん一人で寝るから一枚でいいよ」と言ったらしい。母にとんとんしてもらいながら、布団を頭からかぶって「康ちゃん絶対に泣かないから」と繰り返していたそうだ。そしていつのまにか寝てしまっていて、妹が一緒に寝て、夜中お腹を蹴られたり、抱きつかれたりと、普段私に寝ながらしていることをそのままやったらしい。 朝「康平から連絡あったか」と義父。心配だったらしい。今日は雪の予報。私も九時には出発した。まだ積もってはいなくて順調に十時二十分ごろ到着。感動の再会かと思いきや、「あれっママおかえり」と康平に迎えられた。母とままごとをていた。今朝は七時に起きたそうだ。今度は実家に義父から電話。早く帰って来いと。私だってとんぼ返りはきついわよと心の中で思う。 雪が中通地方でひどそうなので、二時半ごろ実家を出る。会津は雪国なので除雪体制がきちんとしているので比較的走りやすい。磐越道は猪苗代付近が一番除雪がきちんとしてあった。郡山方面に向かうにつれて道路状況はひどくなるばかり。私の横をすごい勢いで追い越していった車が私が通ったときには事故していた。私も十二月に車を四駆に乗り換えてから、初めての本格的な雪道。今までFRだったのと比べれば坂道は安心だが、車のバランスがとりにくいことに改めて気づいた。独身時代はFRのクラウンでスキーにでも何処にでも行ってたなぁなんて思い出した。東北自動車道が郡山-白河間で通行止めだったので郡山ICは渋滞。一般道に出るのに三十分かかってしまった。寝起きの康平がいつ「おしっこ」と言い出すかひやひや。それにしても降雪時中通りの対処の悪さには閉口。家に着くとすぐに康平はトイレ。やっぱり我慢していたのだ。雪かきがてら、そり滑りのための坂を作ってやる。喜んでそりあそびをしてた。こんなときだんなは「会津から嫁もらったのはこのときのため」と中でコタツにすっぽり。 一晩お泊りして自信がついたのか、一回り成長したように感じた。
2003年01月23日
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今日康平は私の妹と一緒に約一時間半離れた私の実家に行ってしまった。たまたま遊びに来た妹についていったのだ。当然今日はお泊り。生まれてからこれまで、私と離れて寝たことなど一度も無かった康平。果たしてどうなることやら。とっても心配だが、泣かれても困るので、あえて電話はしていない。でもこっそり妹の携帯にメールしたら、iショットで今の康平の様子を送ってきてくれた。楽しそうにままごとで遊んでいる康平。でも意地があるようで、「明日ママがお迎え来るんだよね」と時々言うらしい。「でも康ちゃん泣かないよ」と言張っているようだ。正直私たちもとっても淋しい。夫婦の会話も無く、康平が恋しくてたまらない。(T_T)
2003年01月22日
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私は風邪からくる胃腸炎で金曜日からダウン。土曜日には点滴。旦那はいらいらしてとても物を頼む雰囲気ではない。こんな時可哀相なのが康平。パパのストレスの被害者。 早くよくなるからね。〈終〉
2003年01月13日
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年末に妹カップルがTDLにバスで行ってきた。田舎ものゆえ、新宿駅から舞浜までたどり着くのに何度わたしがケータイでナビしたことか。鳴きそうな声で「おねーちゃーん。人に聞いてもわかんなーい」と言われれば心配は募る一方。無事到着したのは二時半。私が駅のバス停まで送っていったのが朝の八時。十二時半に新宿駅についたらしい。 そんな思いをしていったTDL。なんと土砂降りの雨。カリブの海賊は故障中。プーサンのハニーハントも駄目。パレード中止。花火中止と、クリスマスのロマンチックなディズニーを求めていった妹達は散々な目に会ってかえってきた。そこで私たちと妹カップルは約束した。「三万円貯金をしてTDLに車でいっしょに行こう!」やり方は、1から250までのますを作って、一円入れたら1を塗りつぶす。245円だったら245のところのますを塗りつぶす。全部埋まれば三万円(^_-)一カップル六万円の旅費ができるのだ。これで日にちさえ選べば、ヒルトンに一万円で宿泊でき、豪華な旅となるのだ。高速代はかかっても一万一千円。割り勘ですれば微々たるもの。私たちはいつも車で行っているので、問題ないだろう。これで妹達もリベンジできるのでは。早速旦那がエクセルで用紙を作った。百円ショップで貯金箱を買ってきて早速はじめた。なかなか面白い。夜になると財布の小銭を入れるのだが、ある日入れてしまった後で、どうしても行かなければならない買い物があり出かけたら、「1001円です」財布の小銭を全て入れてしまっていた私は泣く泣く二千円をはらった(>_<)誰が一番早く貯まるか楽しみだ。
2003年01月08日
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実は去年の暮れから、家中の模様替えをしている。今まで寝室だったところは康平の遊び部屋に。居間と続きにして、広く感じられるようになったし、目が届くところで遊んでくれるので安心。場所が変わったためか、康平が「お化け」といって夜中に泣くことも無くなった。その代わりに遊んでいて昼間でもお化けが脅かしたと言っては飛んでくる。そしてダイニングテーブルを買った。気分が変わって嬉しい。実は自分で作ろうとしたのだが、材料代で完成品が買えると知って中止。そして家中に風水を施した。これで少しでも家庭がよくなるように。金運も(^_-)。
2003年01月06日
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とにかくこの年末年始は体が二つ欲しかった。12月27日康平が食べたものを全て吐く。急いで病院へ。前回の肺炎から日にちも経っていないため、体力が無い。すぐ点滴が始まる。12月28日相変わらず康平の様態は悪化する一方。もう一度病院へ。行く途中の車の中でも吐く。黄色い胃液まで吐いている。下痢もしている。乳白色の水溶便。ロタウィルス腸炎と診断。六時間の点滴。その間もお腹を痛がって大泣き。浣腸をしてもらう。固い便がごろごろ。なるほどその便があるために下痢便が出てこなくて苦しいのだ。12月29日相変わらず食べては吐き、食べては吐きしている。しかし少しずつ回復の兆し。しかし夜寝付いてからの突然吐くのに困らせられる。12月30日顔色がよくなってきた。少しずつではあるが食事をしている。相変わらず少量の下痢。そして嘔吐。機嫌もよく、一人で遊んでいるので、家の大掃除と買い物決行。昨日から旦那にも移って、旦那寝込む。一人でパニック。12月31日嘔吐のための大量の洗濯物と戦いながら御節とこづゆの準備。昼食にピザを買ったら「飯をつくれ」と旦那に怒られ、切れそうになる。夫より義母にも移ったとの情報。こづゆを二鍋作ることに。夕方だんなに届けさす。義母もおかゆしか受け付けない状態らしい。近所の大晦日も忙しく働いている同郷の友人にもこづゆを味わってもらおうと届ける。早めに入浴。おすしとおせちとこづゆと煮物で夕食。紅白を見ながら、2002は暮れていった。康平の嘔吐なし。相変わらず少量の下痢。1月1日からっと晴れたいい元日だった。煮物をもって夫の実家へ御年始。義兄に私までお年玉をもらいとても嬉しかった。1月2日この日はかねてより夫に言っておいた、デパートの初売り。雪が舞う中並ぶ。とんでもない人出。それでも第一目的の子供服の福袋が買えて満足。一緒に行くはずだった友人が子供の発熱でこれないのが残念。午後は私の実家へ。夫はしぶしぶ。気を使うのがいやらしい。頭に来てしまった。ここから二泊する。1月3日今年厄年の私なので、厄払いへ。康平は何を感じるのか大暴れ。ご祈祷が終わると落ち着いた。住職さんとお話することが出来た。「かんの虫とどうかくか知っていますか?」静かに話された。「病だれに甘えると描くんですよ。お父さん、お母さん優しすぎるんですよ。この子は全部わかっています。賢い子です。賢い顔をしています。将来が楽しみです。自信をもって育ててください。」その言葉が、私の心に染み入り、どんな精神科の医師の言葉よりも私を勇気付けてくれた。反抗期真っ只中。義姉や他人にまでけなされ、母親としての自信がまったく持てなかった私に勇気を与えてくれた。もう一回ちゃんと康平と向き合おうと心に誓った。1月4日雪の予報。早めに帰宅。珍しく車で熟睡。1月5日親子三人でのんびり過ごす。DVDを買ったので、早速「モンスターズインク」をみる。面白かった。あしたからまた戦闘開始(^o^)丿
2003年01月05日
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