藍円寺微意の世界
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私たちの時代は「曖昧な表現は曖昧な表現なのではなく、思考が曖昧なのだ。」という教育を受けてきたが、今はないらしい。「この期間、皆様にはできるだけ行動の自粛をお願いしたい…と、言う風に存じます。」何なんだ、いったい!この訳も分からない日本語は!他人に日本語で物事をお願いするときは、必ず語尾は「お願いします。」でしめなければ言葉として他人には伝わらないだろう。そして最後のそのタイミングで言葉と共に頭を下げることも日本語の流れとして当然のことだ。思うI thinkのか、国民の一人ひとりが今そうしないと日本がマズイことになるYou mustと言いたいのか、であったらイイナと個人的な希望を単に述べてI wish なのかということだ。日本語の語尾が明確でないから結果、肝心なところが市民に何も伝わらないし、その後の市民の行動・行為に中々反映されないのだ。ところがこの曖昧な表現は、実は責任回避のテクニックでもある。「……という風に思います」は元々戦後よんどころない高貴なお方が、自身の発言内容の言質と立場上の責任において、私の今言うことは指示でも命令でもありませんと、言葉に敢えて曖昧さを持たせて婉曲な表現としたのが始まりで、それを聞いた下々がそれをなんかカッコイイと思い、立場もわきまえずに勘違いで真似して広がったものだ。でも結果的に現代における用法は自身の言葉を意識的に曖昧な表現にするために「……という風に」をつけ最終責任の回避と自己保身のために使っているのが現状で、それが実に見苦しいのでありますよ。後で「そういう風に思ったけど、その時も断言はしていませんよ。…風にって言ったでしょ」といかにも言いたげだ。だから私にはそんな会見そのものが真面目に仕事をしているようにさえ見えないし、「俺には一銭の得にもならないこと」と頭を下げるのを嫌い、わざと語尾を曖昧にしているのかのように見えてしまうのですよ。「この期間になんとかウィルスの拡散を抑えられれば…と、かように思っている次第でございます。」本人は型どおりに喋っているつもりらしいが、語尾に付けられたこの意味のない修飾語はその文言全体をも意味のないものにしてしまう。無責任な希望的観測にしか聞こえないし、熱意の感じられない薄っぺらな言葉の羅列に、非常時に於けるリーダーとしての決意が微塵も感じられるものではありませんな。語尾を不要な修飾語で盛るだけ盛っても、結果中身のない話になってしまっていることに、当のご本人がまったく気づいていないのが実に情けない。切実さも熱意も伝わらずに結果、立場ある人の責任回避にしか聞こえない。そしてそのことに対し、ご本人に国民から責任回避の姿勢を見透かされているという自覚がまったくないことが実になげかわしいのですよ。今こそ大臣も知事も切実に言葉を選んで意見を言い、国民に言葉を届ける努力や工夫をしなければなりませんね。その拙い日本語は自分自身の心の在り様をうまく表現できない少年のつぶやきを聞かされたように、幼稚にさえ感じさせる。これではリーダーとしての資質を疑われても致し方あるまいに。 社会的立場のある人は市民に「……風に」という言葉を使ってはいけませんな。「……風に」を使わずに同じことを言うだけでも少しはマシになるはずですよ。あなたの心の持ちようも。我々になんでこんな人を選んだのだろうという気持ちを起こさせないでください。「という風に思います。」笑
2021.05.14
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