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11月25日は、ちょっと特別な1日だった。
秋晴れの日曜日、お昼頃から出かけて、
素晴らしい銀杏並木を見上げながら、歩いていく、
正面に現れたのは、静岡県立大学の講堂。
そこは、小説家、百田尚樹(ひゃくたなおき)さんの講演会会場なのだった。
百田さんのことは、ご存じの方も多いだろうけれど、
映画化もされた「永遠の0(ゼロ)」(2013年春公開)や
永遠の0 [ 百田尚樹 ]
「ボックス!」などの作品で知られる作家だ。
ボックス! [ 百田尚樹 ]
百田さんの小説は好きで、何冊も読んだけれど、
私にとっては、何と言っても 「探偵!ナイトスクープ」
の
放送作家だということが、とっても興味を引かれるところだった。
ふざけているようで奥が深かったり、
ただふざけているだけだったり(笑)
非常にまじめにバカバカしいことを検証したり、
人の持つ可能性に限界を設けなかったりと、
生きていく方向性として、共感しまくりの「あの番組」を
制作した人のお話しを聞いてみたかったのだ。
壇上に現れた百田さんは、スキンヘッドでかなり体格の良い方だった。
一見怖そうにも思えるが、やわらかな関西弁で話し出すと、
雰囲気は一気になごみ、
笑いを交えての興味深いエピソードに会場は引き込まれた。
講演のタイトルは 、「五十歳を越えて作家になるということ」
放送作家として十分生活できていた百田さんは、
50歳になってふと思ったそうだ。
「江戸時代や戦国時代の頃ならば、人生五十年と言われていた。
昔だったら人生が終わっとるんやな。
楽しく生きてきたけれど、
何かひとつでも“これは”ということをしたかな」
と。
それに、テレビの仕事というのは、
どんなにアイディアと知恵を振り絞って番組を作り上げても、
一回放送してしまったらそれでオシマイ。
だから、何かしら「自分がこれをした」ということをやり遂げたかった。
それで「書くことならばできる!」と思い、
小説家の道に足を踏み入れたそうだ。
足を踏み入れたと言っても、「ハイそうですか」と言って
世間の人が本を買ってくれる訳ではない。
いや、それ以前にどうしたら出版できるのかもわからなかった。
でも、とにかく小説を書き始めた。
それが、太平洋戦争時の特攻隊員の物語「永遠の0」だった。
今では文庫で累計100万部を突破した作品だけれど、出だしは厳しかった。
最初に作品を送った新○社からは、
出版できない理由を6つ箇条書きで示され、断られた。
受賞歴が無い、戦争ものは受けない、長すぎる、作者が無名…他
次に原稿を送った○芸社に至っては、封も切らないまま送り返された。
それで、昔付き合いがあった太田出版に話を持っていったところ、
「面白いから本にしましょう」と社長が承諾してくれたが、
その直後、角○から出版の依頼が来たのだった。
なぜかと言うと、友人に渡した原稿が、林真理子さん経由で
大手出版社である角○に渡ったらしい。
はっきり言って、太田出版から出すよりも桁違いに条件は良い。
でも、百田さんは迷った末に、太田出版からの刊行を決めた。
窮地に手を差し伸べてくれた上に、
すでに「お願いします」と返事をした会社に、
背を向けることは、人としてできないと思ったそうだ。
で、太田出版から出した処女作「永遠の0」は、
全く売れなかった!(笑)
でも、上手く言えないけれど、それだからこそ
今、作家として成功した百田尚樹さんがいるんじゃないかな…と思う。(「永遠の0」の文庫は講談社より出版)
その後、ある著名な評論家が2作目の「ボックス!」を褒めたところ、
アッ!という間に、十数社から執筆の依頼が来たというから、
百田さんが「何なんだろう…」と思ったのも無理はない。
最新刊の「海賊とよばれた男」では、
出光興産の創始者である出光佐三の人生を描いているそうだ。
海賊とよばれた男(上) [ 百田尚樹 ]
海賊とよばれた男(下) [ 百田尚樹 ]
昭和28年の「日章丸事件」というものを知っている人は少ないかも
しれないけれど、(私も知らなかった)
戦後間もないころ、世界を相手に喧嘩をした出光 佐三という人物を
調べていったら、(良い意味で)とんでもないことがわかり、
その人生を小説として書き上げたそうだ。
そして、その間「胆石発作」で3回救急車で運ばれた、
と百田さんが話した時、私は「あの痛み」を思い出し、
同病経験者として、大変親近感を持ったのだった。
講演後、百田さんは、ご自身の著書を持参した人全員に
サインをしてくれた。
1時間ほど並んで、百田さんの前に進み出た時、
「私も、胆石発作経験したのでわかります」と言ったら、
百田さんは「えっ!そうかー、あれは、痛いよね~!」と顔を上げて
うん!うん!とうなづいた上に
「何?今どうなってる、取った?」と心配までしてくれた。
「まだ、あります」と言うと「なんで、取らへんの?」と聞かれたのだ。
後ろに並んでいる人たちがいるのに、
ここで胆石話しを続ける訳にもいかないので、
「まぁ、いろいろ事情がありまして…」と切り上げたところ
「とっといても、良いことあらへんからな」と、
まだ、声をかけてくださった。
よく、人生に無駄は無いって言うけれど、
一昨年入院していた頃には、人気作家に心配してもらえるとは、夢にも思わなかったなぁ…と、
今でも思い出し笑いをしてしまう。
何かと近い思いを感じた講演会だったけれど、
百田さんは、最後に力強くこう言った。
「僕は、人生を肯定したいのです」
それこそ、心から共感する一言だった。

そして、次の目的地に向かう前に、セブンイレブンに寄った。
ちょっと特別なセブンイレブンに。
「百田尚樹さん、潮先郁男さん、そしてKさん-2」
へつづく