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3月ももう終わるというのに朝から底冷え。午後には雨がボタン雪に。たんまり買ってあったtotoもあるし、JリーグのTV観戦をきめこんだ。しかしこう引き分けが多いとあたらないね。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.31
のみぐすりは眠気を誘うと聞き私は飲みませんがこのごろ花粉症用の目薬は気にいって使っています。「アイボンAL」なる、目全体を洗浄する薬に花粉症用が出ていてこれもGOOD。一滴だけでなく目薬で眼をじゃぶじゃぶ洗っているような、一歩上の気分です。ますますカ○チ薬品に通ってしまいそう。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.29
しょっちゅう、というか毎回何口か買ってしまいそうなtoto。ポイントがためられる「toto会員」に私もなりました。近くで扱っているのは書店チェーンのB堂。このごろ本を買う客とtotoのお客が半々くらいにまで見えるほどレジはtoto扱いでおおわらわのようです。これで一体書店にはいくら入るんでしょうか。忙しくなった割にあわないように見受けられます。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.28
長い夏休みも、行事いっぱいの冬休みもいい。でも、春休みにはなにか心踊るものがあった。宿題もないし、クラスも新学年にはシャッフルされる。ちょっとリセットボタンのような気楽さが好きだったな。世の中、いま春休み。街にでている子供たちみてもそんな、ほんわかした感じがするんですよね。 →ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.27
家内の実家は兵庫県。「いかなごの釘煮」という稚魚の佃煮風の名物が春の風物詩だ。私も結婚して初めて知った味だが、海外にいた時ですら実家で大量に煮て送ってもらっていたので毎年の楽しみになっている。今年も宅配便で到着。毎日の朝食がいっぺんに春めいた。来シーズンからは「しょうがぬき」バージョンも同封する予定だと義母は自信たっぷり。1~2才児の親戚の神戸っ子たちにおにぎりの具にして与えると大好評だからKOMIMIにも食べさせようというのである。さすがは本場の発想だ。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.25
「NHKスペシャル」はなかなか格調高い。貧しい国、戦禍の只中や核実験の爪あとの残る国、さまざまな困難のなか、地球上の人が暮らすあらゆる町で新しい生命は生まれてくる。彼らだって、わが子の誕生を心から嬉しく感じている。今夜はそんな命の尊さを静かに訴えかけてくれる「誕生の風景」を淡々とリレー式に追ったルポだった。3ヶ月前の立会い出産のことなどを話しながら、我が家でも今晩この番組を味わい深く観たのだった。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.24
当たり前のように、まるで「出勤」したような感じでした。社員食堂もお手洗いも、使い勝手が「いつものよう」。懐かしいといった感情もまだ今ひとつ湧かず。ただひとつ、「通勤時間」片道2時間半は、なんか遠いよなあ…あれれ?(笑)→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.23
2ヶ月ぶりに懐かしい職場を訪れます。出張者として元同僚と打ち合わせ。どこか新鮮な気持ちで、きょうはその準備に精を出しました。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.22
きょうも一段とうららか。ベビーカー散歩日和だ。家内が平日によくベビーカー散歩に行くという牛久シャトーに3人で行ってみた。さすがに手入れされた庭なので美しい。立ち入りは散歩も自由なので地元の憩いの場にもなっている。紅梅、白梅、桃色の梅。ここはワイナリーだから「赤、白、ロゼ」と洒落たつもりなのだろうか?→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.20
我が家では3連休なか日となったきょう月曜、午後から車にベビーカー積んで、まずは保健センターに。平日しか開いていないここには10グラム単位の乳児用体重計があるのだ。きょうのKOMIMIは5,280g。身長57.5cm。完全に3ヶ月の標準ラインに乗っていると確認。そのあと牛久大仏で身長120mの巨体を親子3人で見上げてきました。KOMIMIの200倍の身長というわけですね。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.19
3人でベビーカー散歩に出た。図書館内には私と家内が交代で入り、借りたい本を借り出してくる。その間、KOMIMIと一緒に待っている。図書館の隣の芝生ではサッカーボールで遊ぶ親子もいるし梅が大体4分咲きくらい。高い枝のほうから先に咲いている。もう少し下のほうまで咲いてべビーカーの高さまで咲いたならKOMIMIと梅の写真を撮ろう、なんて考えていたら家内が本を手に図書館から出てきたのだった。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.18
この近くではB堂書店で販売しているtoto。金曜の夕方は翌日の試合分を求めるファンで端末機のまわりはなごやかに賑わっていました。もちろんためしに私も。当るかどうかはともかくとして試合結果が出るまでのワクワク感が違いますね。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.17
けさ7時すぎ、早起きしてわぁわぁ騒ぐKOMIMI。まる3ヶ月を迎えた朝です。ちょうど1年の1/4、つまり四季のひとつをクリアしたことに。雪が何度も降った冬にピリオドを打ち、きょうからKOMIMIの2つめの季節・春はじまりと行きたいものです。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.16
KOMIMIがいま一番興味があるのは自分の「手」のようだ。じ~っと見ては、グーパーグーパーを繰り返す。両手を完全に開いて眠る姿もここ一両日みられるようになった。だんだん器用に手を使えるようになるのだろう。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.14
ことしは3月半ばになっても毎日のようにいつまでもちらつきますねえ。交通を妨げるほどの積雪にはならなかったものの今朝も明け方に降った雪がクルマを包み込むようにガシガシに凍結。薬缶にお湯を汲んでバシャッとやって、出発。いつまで続くのやら。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.13
引越して来て1ヶ月を過ぎ、髪も伸びた日曜の朝、手近な理髪店に入った。4席あるうちの1人の客は常連とみえて店内でひとり彼の声ばかりよく聴こえている。マイク・タイソンが大好きで世の中で1人尊敬する人を挙げるなら彼だなんて言っている。そうかと思えば「いつまでも寒いねえ、3月ってのは冬だよね」とも。「でもね、あと2週間すりゃ春だよ」…この土地に長く住む人だろうか。茨城訛りでそんなふうに言うもんだから移り住んだばかりの私の耳にはなんとなく説得力をもって聴こえるのであった。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.11
毎週土曜日、無料の地域情報誌「リビング」が郵便受けに入るのはどこの街でも恒例のようだ。神奈川には「湘南リビング」、栃木には「マロニエリビング」があった。茨城県南にも「常陽リビング」がある。「常陽」はやたら分厚い。文字も細かくて多い。だからといって記事が多いわけでもない。広告が多い。それも住宅、宅地といった不動産広告の多いこと…そういえばここら一体の町でとくに多いのが不動産屋の数。売りに出ている物件も相当なものだろう。リビング新聞ひとつにも土地柄がにじみでる。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.10
さきほど帰宅して日記に間に合った。今週は忙しかったな。あすも出勤。忙しさも月曜までですからもうひと頑張りです。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.09
明るく若さで残業する体質の今度の職場。月・火・水と10時退社が続いています。ま、やるときゃ、やんなくちゃ。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.07
「社風」とか「家風」とはいうけれど、同じ会社の中でも部署によって習慣も仕事のやり方も随分違うものです。「あしたで間に合う仕事は今日やらない」のか「きょうできることは全部済ませる」のか…どちらにも一理あるけれど、この意識ひとつでチームワークでの仕事の進め方は大きく変わってきます。宇都宮では前者だったなあ、茨城に来てからは後者です。こういう志向は課ぐるみの「課風」なんですよね。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.06
タイトルを見てもうおわかりですね。花粉症です。自分は花粉症とは無縁で何年も通していたのですが昨年はじめて症状に見舞われ、それでもたまたま去年だけで.あってくれという願いも空しく今年も発症です。職場で周囲を見回してもまったく症状を訴えない人はいないというくらいの猛威。私はまだ軽傷の部類なんですが、いつなんどき急激なくしゃみに襲われるともわからないので今年も今日から箱ティッシュを机上に置くことにしました。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.05
真新しい平安雛は妻の父母が正月に浅草橋で選んで贈ってくれました。きょうはおめかしさせて一緒に写真を撮ります。桃の花も部屋に飾りました。暖房のせいかぐんぐん開花しています。先週、ここ茨城でKOMIMIは保健婦訪問を受けたのですが、2ヶ月半にして首が据わったとのお墨付きをいただいてしまいました。出だしが小柄だったKOMIMIの体重は早くも平均値に乗っかって、抜群の「成長率」。勢いのいい娘です!この娘の前途に健やかな成長があるように、ゆーろ★一家は全力でがんばっていきますよ。さて、その写真のアップを早めるべく、溜まっていたこの冬のKOMIMI通信はきょうも「ベビーバス」に続いて「雪の日」「引越し」と急激にアップしました。
2001.03.03
ショックだった。関西爆笑オフのメンバーたちが昨晩お通夜に行ったそうだ。亡くなったのは私たちよりも若いネット仲間のある女性。私もその人とチャットで喋ったことがあるし、みんなの車窓からに来てくれたことも一度はあった。ネットはこんなにも無力なのか。ネットは本当の心を伝えることはないのだろうか。ネットは私たちの見せ掛けの姿だけが暮らすフィールドなんだろうか。その方は自ら命を絶ったのだという。まだ残っているHPには2月中旬までの元気な日記が今日も残っている。なにも分からなかった、誰にも止められなかった。ナント言う無力感だろうか。子猫の里親探しをこの人はネットで呼びかけていたことも思い出す。猫の好きな人だった。
2001.03.02
つくば、牛久は東京50KM圏とあって、100KM圏では雑音だらけだった東京のラジオ局もクリアに聴ける。勤め帰りのクルマでAFNを聴けるのもひさびさに気持ちがいい。大半はアメリカンポップスやカントリー音楽で、たまに在日米軍勤務者のための福利厚生みたいなアナウンスがあり、本国にいるようなリラックス感のノリノリアーミー男が目に浮かぶ。あっけらかんとしていて楽しいし、軽快で簡潔な米語のノリもいいから英語や外国に漠然とあこがれた10代の頃、よく聴いたものだ。昔はFEN(Far East Network)と言ったけどいつの頃からかAFN(Armed Forces Network)と、ずばり米軍放送を名乗る。チューニングをNHK第一にまわすとえひめ丸のニュースだから相変わらず明るいAFNにちょっと複雑な気分もまじりながら聴くのだが。そうこう思いつつ15分も走れば我が家に到着なのである。→ゆーろ★の夢紀行へ
2001.03.01
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