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「非暴力行動198の方法」を書き写しました。 (ジーン・シャープ「独裁体制から民主主義へ」(ちくま学芸文庫)より)※印は訳者瀧口範子による注を選択的に附した。 ■非暴力抵抗と説得の方法 形式的声明の方法 1.公共の場で演説する 2.反対意見や支援を示す手紙を送る 3.組織や機関にによる宣言を行う 4.署名入りの公共声明を出す 5.告発や決意を宣言する 6.グループや大衆による嘆願を出す 幅広い人々とのコミュニケーション手段 7.スローガン、風刺画、シンボル 8.旗、ポスター、プラカード 9.チラシ、パンフレット、本 10.新聞、刊行物 11.レコード、ラジオ、テレビ 12.空中文字、地上文字 グループによる主張の方法 13.代表団を設置する 14.模擬的な賞を授与する 15.ピケを張る ※重要な場所に行って歩き回ったり座り込んだりして、監視すること。 16.模擬的な選挙を実施する ※合法的な選挙を行うことが認められていない場合に、独自に直接選挙や訪問による票回収などの方法で違法な選挙を行うこと。 象徴的な公然行動の方法 18.旗や象徴的な色を掲げる 19.シンボルを身につける 20.祈祷や礼拝を行う 21.象徴的なモノを届ける 22.抵抗のための脱衣行動をおこす 23.自身の所有物を破壊する 24.象徴的な明かりを掲げる 25.肖像画を提示する 26.抗議のためにペンキを塗布する 27.新しい標識や名前を掲げる ※道路や駅名などの標識を撤去したり、異なった名前をつけたりすること。 28.象徴的な音を鳴らす 29.土地や領土の象徴的な返還要求行動を起こす ※重要な意味を持つ土地に木を植えたり、建物を建てたりすること 30.無礼な身振りをする 個人に対して圧力をかける方法 31.役人に"つきまとう" 32.役人をなじる 33.馴れ馴れしくする ※主に兵士や警察を相手に、親しげに振舞って、こちら側の影響力を直接的、間接的に与えること 34.寝ずの座り込みを行う 演劇と音楽 35.ユーモラスな寸劇やいたずらを行う 36.演劇や音楽会を上演する 37.歌を歌う 行進を利用する方法 38.行進をする 39.パレードを行う 40.宗教的な行列を実施する 41.巡礼する 42.車によるパレードを行う 死者を讃える方法 43.政治的追悼式を催す 44.模範的な葬儀を行う 45.示威的な葬儀を行う 46.墓参りをする 公の集会方法 47.抗議や支援の集会を開く 48.抗議会合を持つ 49.偽装した抗議会合を開く 50.討論会を開く 撤退と放棄の方法 51.退室する 52.沈黙する 53.勲章を放棄する 54.背中を向ける ※文字通り身体的に背中を向けて沈黙すること。 ■社会的非協力の方法 人を排斥する方法 55.社会的にボイコットする 56.選択的な社会的ボイコットを行う 57.セックス・ストライキをする ※好戦的な夫に対して、妻たちがセックスを拒否し続けること。 58.破門する 59.職務禁止令を出す ※宗派のトップが、特定の地区での祭事の禁止を命じること。 社会的行事、慣習、機関への非協力の方法 60.社会活動やスポーツ活動を停止する 61.社会的行事をボイコットする 62.学生ストライキを行う 63.社会的非服従を起こす 64.社会的機関から脱退する 社会制度からの撤退の方法 65.自宅待機する 66.完全な個人的非協力を行う 67.労働闘争を起こす 68.避難所を設ける 69.集団失踪する 70.抵抗の避難行(ヒジュラ)をする ■経済的非協力の方法:(1)経済ボイコット 消費者による行動の方法 71.消費者によるボイコットを起こす 72.ボイコット製品の非消費行動を起こす 73.耐乏生活に入る 74.家賃不払いを起こす 75.賃貸拒否をする 76.全国的消費者によるボイコットを起こす 77.海外の消費者によるボイコットを起こす 労働者や生産者による行動の方法 78.工具によるボイコットを起こす 79.生産者によるボイコットを起こす 中継による行動の方法 80.原料供給者や仲買人によるボイコットを起こす オーナーや経営陣による行動の方法 81.売買業者によるボイコットを起こす 82.土地の賃貸や販売を拒否する 83.閉鎖する 84.産業支援を拒否する 85.商人による“全体ストライキ(ゼネスト)”を起こす 財政源の所有者による行動の方法 86.預貯金を引き出す 87.料金、会費、税金の支払いを拒否する 88.負債や金利の支払いを拒否する 89.財源や信用金を遮断する 90.政府への支払いを拒否する 91.政府紙幣を拒否する 政府による行動 ※この政府とは、何らかの独裁的権力が支配的な中で、別の政府が存在している場合のこと。 92.国内通商を禁止する 93.業者をブラックリスト化する 94.海外販売業者との取引を禁止する 95.海外買受業者との取引を禁止する 96.国際貿易を禁止する ■経済的非暴力の方法:(2)ストライキ 象徴的ストライキの方法 97.抗議のストライキを起こす 98.急に退室する(稲妻ストライキ) 農業ストライキの方法 99.農民によるストライキを起こす 100.農業労働者によるストライキを起こす 特殊グループによるストライキの方法 101.押しつけ労働を休止する 102.囚人によるストライキ起こす 103.同業組合によるストライキを起こす 104.専門職によるストライキを起こす 通常の産業ストライキの方法 105.機関によるストライキを起こす 106.業界でのストライキを起こす 107.同情ストライキを起こす 限定的ストライキの方法 108.細分ストライキを起こす ※職場から作業員が1人づつ去って行く方法で行なわれるストライキ。 109.バンパー・ストライキを起こす ※ある業界の中で、会社ごとにストライキに入っていく方法。 110.減産ストライキを起こす 111.順法ストライキを起こす 112.仮病を使って休む 113.辞職によるストライキを起こす 114.限定的ストライキを起こす ※時限ストのこと。 115.選択的ストライキを起こす ※特定の作業だけを行わないストライキ。 複合的産業ストライキ 116.一般的ストライキを起こす ※部分ストのこと。 117.全体的ストライキ(ゼネスト)を起こす ストライキと経済封鎖を組み合わせた方法 118.同盟休業をする 119.経済封鎖をする ■政治的非協力の方法 権力に対する拒絶の方法 120.忠誠を保留、あるいは撤回する 121.公的援助を拒否する 122.抗議を唱える文書公開や演説を行う 市民による政府への非協力の方法 123.立法機関をボイコットする 124.選挙をボイコットする 125.政府による雇用や就職をボイコットする 126.政府の省、機関、その他の組織をボイコットする 127.政府の教育機関から退学する 128.政府支援を受ける組織をボイコットする 129.執行機関への協力をボイコットする 130.自身の標識や表札を撤去する 131.役人指名の受託を拒否する 132.既存機関の解散を拒否する 市民による服従に代わる方法 133.不承不承と緩慢に従う 134.直接的な指示不在のもとで非服従を行う 135.民衆規模での非服従を行う 136.偽装的な不服従を行う 137.集会や会合解散を拒否する 138.座り込みを行う 139.徴兵や国外追放に対して非協力になる 140.潜伏や逃避をし、偽りの身分を名乗る 141.“非合法的”な法律に対して市民的不服従を起こす 政府職員による行動の方法 142.政府職員による支援を選択的に拒否する 143.指令や情報系統を遮断する 144.足止めや障害を起こす 145.事務業務全体での非協力を起こす 146.司法関係者による非協力を起こす 147.警察関係者による意図的非効率と選択的非協力を起こす 148.上官に対する暴動を起こす 政府による国内行動の方法 149.疑似合法的な回避や遅延を起こす 150.地方政府による非協力を起こす 他国の政府による行動の方法 151.外交や他の代表を変更する 152.外交行事を遅延する、あるいは取りやめる 153.外交交渉を保留する 154.外交関係を断絶する 155.国際機関から脱退する 156.国際機関への入会を拒否する 157.国際組織からの除名を受ける ■非暴力的介入の方法 心理的介入の方法 158.自らをその要素にさらす ※火や灼熱の太陽など、身体的、心理的に極限状態に陥るような状況に身を置くこと。 159.断食する (a)道徳的圧力をかけるための断食 (b)ハンガー・ストライキ (c)サティーヤグラハ的(非暴力抵抗としての)断食 160.逆提訴する 161.非暴力的いやがらせをする 物理的介入 162.座り込みを行う 163.立ち尽くしをする 164.無許可乗車をする 165.無許可の水中侵入をする 166.歩き回りをする 167.無許可で祈祷をする 168.非暴力的急襲をかける 169.非暴力的空襲をかける 170.非暴力的侵入をする 171.非暴力的介入を行う 172.非暴力的妨害をする 173.非暴力的占拠をする 社会的介入 174.新しい社会パターンを構築する 175.機関の作業を過剰負担にする 176.業務を停滞させる 177.集会で介入演説をする 178.ゲリラ演劇を上演する 179.別の社会的機関をつくる 180.別の通信システムをつくる 経済的介入の方法 181.逆ストライキを起こす ※必要以上に働いて、従業時間や生産量をオーバーさせること。 182.居座りストライキをする ※職場には来るが、作業は行わないストライキ。目的が達成されるまで続けられる。 183.非暴力的に土地の差し押さえをする 184.封鎖を無視する 185.政治的動機による偽造を行う 186.妨害的な買い占めを行う 187.資産を差し押さえる 188.投げ売りをする 189.選択的に後援する 190.別の市場をつくる 191.別の交通システムをつくる 192.別の経済機関をつくる 政治的介入の方法 193.行政機関を過剰負担にする 194.秘密警察の身分を暴く 195.拘束を求める 196.“中立的”法律への市民的な不服従を行う ※独裁政権が提示する一見中立に見える法律を受け入れないこと。 197.非協力の下に仕事を続行する 198.二重統治や並行政府を打ち立てる 2014年2月27日記入 実際は、198よりはるかに多くあるだろう。書かれた時期が90年代だから、インターネットは言及されていない。しかし、これをみて例えば「12.空中文字、地上文字」というやり方に「あっ、」と思うのである。「まだまだやれることはいくらでもあるのではないか」
2014年03月02日
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3.6集会のために、前夜東京・品川に着いたのが、五日の午後九時。品川駅で乗車率200%近い電車に出会う。「東京つうところはえれえとこだなあ。夜の九時になっても満員電車なのだなあ。」という田舎丸出しのことを思っていたら、信号トラブルでえらいことになっていたらしい。目的地の蒲田駅まで行くのに右往左往してしまう。前泊をするのは、もちろん明日の行動が朝早くからあるからであるが、実はこの機に行きたい所があった。以前取り上げたホームレスがネットカフェを定宿にしているという朝日の記事の状態がいったいどのようなものなのか、試してみたいと思ったのである。たどり着いたのは、たぶんこの記事にあるネットカフェだろうと思う。東京でおそらく最安値のカフェだろう。ということは、日本でおそらく最低ランクのカフェだということだ。泊まったのは、JR蒲田駅前のマンガ喫茶「いちご」だ。看板には、「一時間100円。飲食物持ち込みOK。(座席210席)24時間営業。インターネット、ゲーム、リクライニング、畳席、マンガ、DVD、テレビ」と書いてある。しかし実際は夜中12時過ぎに受付に行くと、1時間100円の「マンガDVDネット」席はすでに満席。1時間150円の「ハイスペック(ゲーム専用)」席がわずかに2席残っているだけだった。朝日の記事の中で「一度入店してから、つっかけ姿で銭湯に行く男性や、近くのコンビニに弁当を買いに行く女性もいる。 」と書いていたわけがわかった。早く入らないと、1時間100円の「安宿」に泊まれないからだ。私が受付に行ったときには女性の姿もあった。最初に1000円札を預けるデポジット制。出るときに清算する。私は150円席に泊まったが、6時過ぎに出たので900円だった。こんな安宿は安い宿が多いことで有名な韓国にもない。(と思う)時間つぶしのために食べた夕食(2400円)のほうがよっぽど高くついた。感想は‥‥‥正直二度と泊まりたくない。ネットカフェに泊まるのは、私は慣れているはずだった。岡山のネットカフェには何度も泊まっている。しかし、そんな私でも寝ることが出来たのは3時間だけで、あと3時間は寝付けなかった。岡山の値段はほぼ一律で、ナイトパック(6時間)なら約1500円だ。同じリクライニングシートだが、岡山より、蒲田のそれはところどころごつごつしていて、痛い。そして足が自由に動かなくて狭い。こんなところにずーと泊まっていたら、身体を壊す。写真は何枚か撮ったのだが、さすがにフラッシュが焚けないとうまく撮れなかった。雰囲気だけつかんでほしい。ここを定宿にしているホームレスは働いているのである。働いてもこの環境から抜け出せない人が多い。そんな国は「美しい国」であるはずが無い。
2007年03月07日
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倉敷東映の最終上映会に行って来た。閉める事情は昨日の私の記事の中国新聞の報道を見てほしい。倉敷東映はここ2年8ヶ月名画座としてやってきた。11月に「仁義なき戦い総集編」を見て私はつくづく思ったが、邦画の中にはまだまだ埋もれた名作がいくらでもある。(洋画ならさらに多いだろう)しかし名画座には人が来ないのである。「仁義なき戦い」のときでも10人程度だった。倉敷東映は高校からの帰りに寄り道して見れる映画館だった。大人として背伸びをするときに観た映画は一生忘れない。三島由紀夫原作を日仏合作でフランス映画に仕立てた「午後の曳航」。最後の上映だといわれて急いで観にいった「砂の器」。どちらも長く尾を引いた。今日は最後の上映ということで、夕方から覆面上映会である。映画が始まってタイトルが出るまで、私はどの映画か分からなかった。(そういう隠れた名作を選んでくれている)一番目の映画のタイトルが出る。拍手が起こる。「日本殺人残酷物語」(1969)東映 中島貞夫監督片岡知恵蔵、鶴田浩二、高倉健、千葉真一、藤純子等々オールスターキャストである。日本のテロリスト列伝になっている。特に血盟団事件で井上元蔵相を暗殺した青年を千葉真一が演じていて、新鮮。エピソードは桜田門外の変から2.26事件までを扱う。支配人が最初に挨拶をしたのであるが、今日の映画を選ぶのにいろいろ悩んだそうだ。一作目は「ほとんどの人が知らない映画」「オールスターキャスト」ということで選んだのだろう。二作目はすぐにタイトルが出る。これは知っている人も多いのか、拍手が一段と高い。「ジャズ大名」(1986)大映江戸時代末期、アメリカから駿河の国の小藩に流れ着いた黒人三人が、音楽好きの大名と出会い、城中でジャムセッションを繰り広げる姿を描く。筒井康隆原作の同名小説の映画化。岡本喜八監督。古谷一行主演。とても楽しい作品だった。最後は永遠とジャズセッションが続く。支配人はこの明るい雰囲気で終わりたかったのであろう。二作目が終わった時点で10時30分。予定はここまでである。しかし支配人はもう一作準備したという。「電車の時間も終わるので、自由にお帰りください。次の作品は映画館の息子の特権を活かして、盗み見た作品で忘れることが出来ないものです。」なるほど彼の気持ちも分からないでもない。こういう作品はなかなか忘れることが出来ないだろう。残念ながら駐車場が閉まるので途中出場せざるをえなかった。「純」(1980)恋人の手さえ握れず、通勤電車の中で痴漢行為に耽ける青年の姿を描く。脚本、監督はこの作品がデビュー作となる横山博人、撮影は高田昭がそれぞれ担当。江藤潤主演。痴漢され苦悩に顔をゆがめる中島ゆたか 、榎本ちえ子 、赤座美代子 がセクシーである。今日はいい映画を観た。しかし、もう見ることができない。
2005年12月30日
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ふるい話であるが、今年9月19日、岡山の貴重な単館系映画館のシネマクレール石関が閉館になった。後残ったのは、シネマクレール丸の内の2スクリーンのみで、この映画館をなんとしてでも護りきらねばおそらく見るべき映画の数は三分の二くらい減るだろうと思える。閑話休題、その閉館一日前に地元映画サークルが自主上映会をした。岡山をロケ地にした映画を最期にここで流して閉館を悼もうという企画である。「バージン・ブルース」(1974)万引き常習犯の女子大生と、事業に失敗した中年男の逃避行を描いた異色のロードムービー。監督: 藤田敏八出演: 秋吉久美子 / 高岡健二 / 長門裕之 / 野坂昭如 / 赤座美代子藤田監督はなんとこの年に「赤ちょうちん」「妹」と並んで青春三部作を一挙に公開する。その最後を飾る作品。結局つかみどころのない秋吉久美子を描きたかったそれだけの映画のようだ。ほかの言い方をすれば、「コケティッシュ」な秋吉の魅力が爆発した作品。長門裕之がまるで桑田圭介みたいな顔をして頑張っていた。凡作だとは言った。ところが、岡山県人にとっては、「おおっ」「おおー」の連続になる。後半全くの岡山オールロケ。桃太郎の銅像が登場する前の岡山駅前、後楽園茶屋の風景、そしてなんと建替える前の倉敷駅前、阿智神社に鷲羽山。児島競艇所、そして私はこの時期までこんなのがあるのとは知らなかったのであるが、今は跡形もない児島の流下式塩田の風景。30年前の懐かしい風景やら、かすかに覚えている風景がてんこ盛り。特に駅前の風景などは、この30年間にどこの地方もたぶん変わっていると思う。「駅前再開発」がこの戦後60年の歴史でもあるからだ。カラーで人が動いている。白黒写真で見るのとは違う、なんとも懐かしい風景でこれだけでも見てよかったと思った。ところで、この記事で1000個目の記事になりました。
2008年11月04日
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久しぶりに読書ノートより。夏はあまり本が読めなかった。これから読むぞ。 「お文の影」宮部みゆき 角川文庫 作者お得意の江戸の怪談話の短編集。2011年2月に「ばんば憑き」として出版された本書が珍しく3年半もかかってやっと出たと思ったら、何故か他の短編の題名を本の表題に代えて出された。 何処か物哀しく、何処か情深い。私は前回や今回の表題作よりも、次の二作がお気に入り。 「博打眼」 上手い、と思うのは博打眼の作り方。「それ」が必要になった土地の悲しい話も、「それ」を作る主体の人間の話も、遠く江戸の人間には失われている。その「悪意」はどうであれ、広がらないための人間の知恵と「狛犬」という神様の領域の知恵の共同作業で、身にかかる粉だけは振り払ったという話。宮部みゆきは、その元凶の元凶を求め、構造的に「変革」しようという意図は、これからも起きないと思う。身の丈に合った話しか作らない。だから、リアリティがある。 登土岐という土地の名前は宮部みゆきの創作かもしれないが、登土岐語は、おそらく何処かの東北の訛りをそのまま使っているのだろう。まだ読んでいないが、「荒神」に繋がる一作なのかもしれない。 「野槌の墓」 20匹ぐらいの物の怪が出て、百鬼夜行とは言えないまでも、かなり楽しい一作。柳井源五郎右衛門さんのキャラが立っている。また登場して欲しい。 「お文の影」には「ぼんくら」シリーズの、「ばんば憑き」には「三島屋」シリーズのサブキャラが登場している。マア楽しいオマケではある。 2014年9月1日読了
2014年09月17日
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「獣の奏者4完結編」上橋菜穂子 講談社文庫「松明(たいまつ)の火を想像してみて、ジェシ。松明の火は自分の周りしか 照らせないけど、その松明から、たくさんの人たちが火を掲げていったら、ずっとずっと広い世界が、闇の中から浮かび上がって見えてくるでしょう?」息子の頭に顎をのせ、さわさわと春風にゆれる木々をながめながら、エリンは言った。「おかあさんね、そういう人になりたいの。松明の火を、手渡していける人に」(64p)前回、私は「作者の側にヨハル的な考え方(時代に合わせなければいまの生活は成り立たないのだから、リスクがあっても突き進むのは、仕方ない)に批判的な視点がないのが気になる。」と書いた。私は作者が本作を書いていた時には思いもよらなかったはずの「原発問題を考えざるを得ない時代」の課題に合わせて、作者がどう世界を構築しているか「検討」したかったのである。安全が全く確立出来ないままに「再稼働」を認めてしまうような為政者たちに、どんな視点を持っているのかを。作者はやはり、長い射程で世界を見ていた。「知らねば、道は探せない。自分たちが、なぜこんな災いを引き起こしたのか、人という生き物は、どういうふうに愚かなのか、どんなことを考え、どうしてこう動いてしまうのか、そういうことを考えて、考えて、考え抜いた果てにしか、ほんとうに意味のある道は、見えてこない‥‥」エリンは静かな声で言った。「だからね、おかあさんはあきらめないわ、ジェシ。自分から死んだりなぞ、絶対にしない。災いを起こしてしまうのであれば、その災いの真っ只中に飛んで、その先に道があるかどうか探すわ。そして見つけたことを伝えるために、死に物狂いで生き抜くわ」(339p)核兵器も、原発事故も、細菌兵器も、いや戦争は全て「そこには、もう、勝者も敗者も」いないのだ。エリンの選んだ道は、これが「正解」と言えるものではなかったかもしれない。エリンの「再稼働」決断は間違いだったと、ラストには判断することが出来る。しかし、そもそもそういう正解があるならば、小説などで表さず論文を書けば良いのだ。小説には、一度しか現れず、時は覆らない物語の中で生きている主人公の「決断」が描かれる。エリンの決断を活かすも殺すも、結局はその後に渡された「松明」の運命次第だろう。私たちは、幸いにも現実ではなくてこの本の中で「松明」という形で「再稼働」の意味を受け継ぐことが出来るだろう。一回の災いで、全てを捨て去る為政者もいれば、出来ない為政者もいるだろう。それは、現実に生きる私たちや、未来の子供たちの課題である。その時「災いの真っ只中に飛」びこんだエリンの物語は、語り繋いでいかなければならない。2012年10月29日読了
2012年11月27日
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加藤周一は自分の周辺のことを語らない。もちろん「羊の歌」「続・羊の歌」という自伝はある。しかし、それさえも1960年で「審議未了」ということで終わっているし、それの続編の短文も書かれているが、70年代で終わっている。 かつて「居酒屋の加藤周一」を企画した井上吉郎氏はは私にこう言ったことがある。「加藤さんの理論なんか研究するのはやめて、もっとおもしろいものを研究したほうがいい。たとえば、彼の朝日新聞連載の「夕陽妄語」に時々問答形式の話のときに高校生が出で来るだろう?彼はいまではもう立派な大人なんだけど、じつは彼の子どもなんだよ。しかも最初の奥さんの子どもなんだ」「というと、60年代のドイツ人の奥さん?」「いやちがう、加藤さんはその前にすでに結婚している。いや、実際の結婚はしたかどうかははっきりしない。「羊の歌」に京都の女というのが出てくるだろう?加藤さんはそのとき結婚までいっていたんだけど、結局わかれてしまう。その経緯がよくわからない。でも、どうやらそのとき一人息子をもうけていたらしいんだよね」「えっー!そんなんですか!」「そのあたりを君に調べてもらいたいんだよ。どうも「夕陽妄語」に出でくる高校生はその時の息子みたいだし、まるで夢の中のこまっしゃくれた加藤さんの分身みたいに出で来るものだから、彼が一体どんな大人になっているのかもすごく気になるんだ」「それはものすごく魅力的な話なんですけど、私の手には負えない話です」 という、もうすでに15年くらい前の話なのでこの会話自体の信ぴょう性は留保させてもらいたいが、そのあと唯一加藤氏と懇談会を持った時にある人が「加藤さんの教育に対する意見を聞きたい」と質問したことがあった。「その質問に対しては、私は答える資格がない。子供を育てるということは、本当に大変なことです」と言った。みんなは(まずいこと聞いたかな、という思いで)それ以上聞くことができなかった。その話とはまた別の流れで加藤氏は「今まで三回結婚をしたけど」と言ったのである。みんなは「えっ」と思った。「羊の歌」で国際結婚をしていたのはみんな知っていた。けれどもあと2回いつ結婚したのか。これもみんな勇気がなくて、誰もそれ以上突っ込んで聞くことができなかったのである。そのあと、もとの外国人の奥さんとは離婚して、いまの矢島翠さんと一緒になっているのがわかったがつい最近である。けれども、矢島翠さんと共著で「日本人の死生観」を書いたのが、70年前後だったと思うから、実際二人が一緒になったのは、もっとずっと前だったのだろうとは思う。 話はそのことではない。問題はあと一回の結婚は何だったのか、ということだ。それが50年前後の「京都の女」だったのではないか、と私はずっと思っている。 ともかく、著作集にも加藤氏の「年表」はあるのだが、「誰誰と結婚して子供をもうけた」という話は見事なまでに削られている。だから、加藤研究で人より違うことをしようとすれば、この部分を明らかにすればいいという、井上吉郎氏の意見は正しいということになるだろう。これは下世話な三面記事的な関心ではない。最近になって、九条の会の一番の仕掛け人は加藤周一ではないか、ということが明らかになってきた。先の朝日の記事の「居酒屋のムッシュ」では、九条の会の事務局長小森陽一が説得されたのは03年秋加藤周一氏からだということを明かしている。「改憲反対の運動を呼びかけなければ、手遅れになる」その年の7月。党首討論で、戦闘地域への自衛隊派遣は憲法に違反しないのかと問われた当時の小泉首相は「どこが非戦闘地域か、私に聞かれたってわかるはずがない」と、ひとごとのように答えてていた。喫茶店で、加藤は続けた。「いくつにも分かれている護憲運動を、知識人が協力して一つにつなぎたい」言葉には幾分焦りが混じっていたように小森は感じた。加藤の肝いりで、翌年6月に「九条の会」が発足する。 九条の会の広がりが、危機的だった憲法改悪問題を転換させたのは今ではほぼ常識になりつつある。加藤氏は自らの中の「平均的な日本人」に付いて常々語り、「日本のために」発言していると、常々語ってはいたが、ついには「家族のために、子孫のために」という発言は一度もなかった。(きっぱり)加藤の中での「家族問題」はどういう位置づけなのか、日本思想史を語るときに、加藤周一は必ず問題になるが、その全体像を明らかにするためにもこれは必ず問題になる。加藤氏の戸籍謄本を取よせて、関係者にインタビューする等、私はそこまでする気力はない。誰か調べてくれないだろうか
2009年11月01日
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「史記列伝3」司馬遷 平凡社ライブラリー 「太史公自序」(列伝第70) 太史公遷は李陵の禍にあい、獄に幽閉された。そこで、きぜんとして嘆息して言った。 「これは私の罪だろうか。これは私の罪だろうか。我が身は処刑されて破損し、世に用いられない」 処刑されて後、退いて深く思いをひそめて言った。 「(略)要するに、人はみな心に鬱結するところがあって、その道を通じることができないゆえに、往事を述べて未来を思うのだ」 かくて、尭の時代から今上帝の時代に至るまでを述べた。その記載は黄帝から始まる。(480p) 不肖私は、北方謙三「史記武帝紀」に出会い、司馬遷「史記列伝」関連記述を読んだ。即ち第49李将軍列伝、第50匈奴列伝、第51衞将軍・ひょうき列伝、第52平津候・主父列伝、第63大宛列伝である。北方「史記」は描写肉踊り詳細を極めるが、司馬遷「史記」は故事整斉し美有り、義を扶け、才気高く、時期を失わず、功名を天下に立てた者を精確簡潔に描いて見事であった。改めて、司馬遷の偉大さを知った。 李陵の禍のあとに「世に用いられない」と嘆いたのは「事実」だろう。その後、司馬遷は中書令として「出世」するので、更に「鬱結するところ」により発奮したのが、飾りのない事実であることがわかる。完成は出世あとなので、こんなことをわざわざ書く必要がないからである。司馬遷の史記作成の動機に、武帝の世への批判があることは明らかではあるが、決して武帝への復讐ではない。「我々は何処から来て何処へ行くのか」往事を述べて未来を思う、弛まない人類に対する好奇心が、この傑作を作ったのだと思う。 2014年5月6日読了
2014年05月08日
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「ポーの一族3」萩尾望都 小学館コミックス復刻版「ポーの一族」新章を読んだはずみで、5月に復刻版が出たというので注文してみた。残念ながら「3」しかネットの在庫がなかったのだが、そもそもシリーズそのものが時制を行ったり来たりしているのだから、これで十分だろうと思っていた。最初、一切汚れがないページをめくると「こんなのだったのかな」という気がしてしてくるけど、2頁目からはすっかり昔の気分を取り戻した。ドイツの寄宿舎(ギムナジウム)に馴染めないアランの喋るイギリス語は、この歳になって初めて意味が解った。そして、偶然この巻から始めて良かったと思った。シリーズ中で、おそらく屈指の傑作だったのである。「だあれが殺した?クック・ロビン」中学生の時には学園ミステリー仕立てで物語が進むので、ストーリーの構造を掴むためだけに何回か読まなくてはならなかったけど、今ならば一度読んだだけで大筋はわかった(←当たり前か)。だから、とりあえず整理してみる。エドガーとアランは(おそらく)1948年頃にイギリスで3歳ぐらいのロビンに出会う。毎年会っていつかパンパネラ一族に加えようと思っていたが、1952年ロビンの両親は離婚して、母親と一緒にリバプールへ。1956年ごろ母親と死別したロビンは父親のカー氏がスイスに連れてゆく。カー氏は再婚して57年にロビンをドイツのギムナジウムに押し込め、イタリアに渡る。ロビンは学校に馴染めずにいじめにあい、事故か自殺かはわからないが「天使(エドガーたち)が来た」と叫んで沼に落ちて亡くなる。エドガーたちがロビンの死の真相を確かめに寄宿舎に来たのは1959年である。キリアン・ブルンスウィッグ。東西ドイツに分かれていた頃、1950年代初めに東から難民として逃れて来た(その頃はまだベルリンの壁は建設されていない)。逃れる時に母親は殺され、父親は国境で捕まった。キリアンはディーテール家に引き取られ、やがて寄宿舎に入る。ディーテール家の長女リースが初恋の人だったが、あえなく失恋。1957年、12歳の時にロビンを追い詰めた罪の自覚で長髪、ソバカス顔になる。「ロビン、ちがう!沼地の奥まで狩られたのはぼくだ!張り出し窓で泣いていたのはぼくだ!ずっと落ちて死んで自由に逝ってしまいたかったのはぼくだ!」現在キリアンがドイツで生きているならば、おそらく71歳。ドイツ統一のために闘って来たのではないかと(勝手に)想像する。誰がロビンを殺した?エドガーも自分を責めていた。自分たちを忘れているんじゃないかと心配して、迎えにいくのを躊躇していたのだ。ロビンの死の真相さえ、分かればエドガーたちにもうこの寄宿舎学校に用はなかった。しかし、一瞬の油断から温室の世話係をしていたマチアスに正体を知られる。エドガーはとっさにマチアスも仲間にする。しかし、エドガーの正体に薄々感づいたキリアンとテオがマチアスが目覚めた時に彼を消滅させてしまう。エドガーとアランはアメリカに行った。キリアンは微かにマチアスに噛まれて仕舞う。萩尾望都はついつい書いて仕舞った。「パンパネラの血は、キリアンの体内に深く沈んで存在した。それは潜在的な因子として子孫に受けつがれてゆき‥それはもっとのちの話となる」この記述があるがために、「ポーの一族」ファンたちは、一生「続編」を待ち望む「呪い」をかけられてしまった。もちろん、私にも。その呪いは未だ解けていない。しかし、改めて読むと「子孫に受けつがれてゆき」となると、最短でキリアンの孫の世代の話になるのである。そうなると、1970年代ならばSFとしてしか描くことはできなかった。萩尾望都が続編を書かなかったのも当然なのだ。さて、ここでやっと本題に移る。私たちは、この学園ミステリーに隠された「最大の謎」を見落としていたのではないだろうか。ロビンはなぜ「将来の仲間」として選ばれたのだろうか。パンパネラ始祖の血を引き継いだエドガーはしかし、仲間を作った(血を送った)のは、緊急避難のマチアスを除けばエドガーの妹メリーベルとアランのみだ。それ程に仲間入りは大量のエネルギーが必要なので、大きなことなのである。アランは、メリーベルに似た写真の入っている懐中時計を沼に落として叫ぶのである。「学校にくるの、最初から気にくわなかったんだ!メリーベルだって、ロビン・カーだって、どうでもいいじゃないか。ぼくのことだけ考えてくれなけりゃいやだ!」ここからわかるのは、ロビンの仲間入り方針はエドガー主導だということである。なぜ3歳の頃からエドガーはロビンに執着したのか。やはり考えられるのは、ロビンの母親が特別だった、ということなのではないか(父親は生きていて、何もしていないので母親の方だろう)。何らかの事情で母親は仲間に入れることはできなかった。ならば、子どもを、ということなのではないか。ということならば、エドガーと母親が出会っているのは、1940年代のイギリスということになる。その頃のエドガーは何をしていたか。そう、まさに「ポーの一族」の新編「春の夢」は、その時代の物語なのである。ロビンの母親の旧姓が「3」では明らかでないのも、示唆的だ。私はここで預言しよう。「春の夢」は「小鳥の巣」の前日譚である。もう一つ言えば、キリアンの孫が14歳になっているとすれば、正に2016年の現在かもしれない。となれば、もうSFではない形で、あの夢見た「続編」が拝めるかもしれない。produced by 「13日の水曜日」碧猫さん
2016年06月25日
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「〈完本〉初ものがたり」宮部みゆき PHP文庫 2年半前の正月休みに、深川辺りを1日かけて歩き通した。亀戸(駅)、大島、北砂、千石(大江戸高校)、平野、深川(深川江戸資料館)、福住(富岡橋)、富岡(八幡宮)と歩いた。そのあとタクシーで両国の回向院にも行った。だから、少しばかし土地勘もある。 1話目「お勢殺し」は、分刻みのアリバイ崩しだった。東永代町から御船蔵前町まで何分で歩けるか、がカギになる。30分では行けないが、1時間ならば余裕だ。納得いくものだった。当たり前だけど、宮部みゆきは地元深川のことを知り尽くしている。 ただ疑問なのは、最初茂七親分が稲荷寿司屋の親父に会いに行く時、回向院裏から富岡橋まで真夜中に「思いついて」行ったことになっている。行くだけで1時間半はかかる(と思う)。それにその後も、おかみさん連れて何回か食いに行ったりする。昔の55歳は、そんなにも元気なのか?まぁそうなのかもしれない。 本作は、回向院裏の茂七親分の活躍する、ちょっと霊感高い拝み屋の少年、謎の稲荷寿司屋などを配した、深川舞台の人情捕物帖である。〈完本〉では、わたしの読んだ新潮文庫版に3話を足している。話はたいへん面白く、結局全話を読んでしまった。 最新作「きたきた捕物帖」を読んだ後に、そうだ、〈完本〉は未だ読んでいない、ことに気がつき紐解いた。(以下は両方読んでないと、わかりにくい記述です)。 「〈完本〉のためのあとがき」で、宮部みゆきは、「稲荷寿司屋の親父の正体を明かさないまま、著者の勝手な都合で途絶したきり」のシリーズは、「今後は他のシリーズと合わせて」「ゆっくり語り広げていきたい」と約束している(平成25年7月吉日)。そうなんです。1話完結の「事件」はしっかり解決するのですが、シリーズ通しての「謎」は謎のまま、20数年が経っているのです。だとすれば、「あとがき」から7年経って、やっとその約束を果たし始めたのだと、わたしは思う。 両者を読み比べて、「わたしの分かったこと」を以下に整理しておきたい。あまり分かったことはないのだが、それでも見当違いもあるかもしれないので、あまり信用しないように。あくまでも自分用のメモです。 「きたきた捕物帖」は「初ものがたり」から数十年後の話である。新潮文庫版の最後の回で茂七は推測する。「稲荷寿司屋は火付盗賊改であろう」 ところが、「きたきた捕物帖」において明らかになったことは、茂七の推理が見当違いだったことを示唆する。 (1)「きたきた」の喜多さんのおじいさんの兄上が深川で稲荷寿司を売っていた。稲荷はキタさんの「国許」の名物だった。因みに稲荷寿司屋の昔住んでいた「屋敷」には、次郎柿の木があった。 ←つまり、喜多次は稲荷寿司屋の弟の孫で、一族は武家の出であることは間違いなさそうだ。しかし「火付盗賊改」は江戸の組織だから、江戸以外の稲荷寿司が名物の地方を探さなくてはならないだろう。 (2)雰囲気的にキタさんの国、或いは一族はもうない可能性がある。お国替え?或いは一族取り潰し? ←稲荷寿司屋は「糸吉の恋」において、「一度捨てた子供を探している」と重要なことを告白している。その子供が喜多次の叔父さんになるのか、それとももっと別な形で係るのか、それこそこれからゆっくりと展開する筈だ。 (3)茂七も推測している通り、稲荷寿司屋が午前を除いて、一日中真夜中さえも深川富岡橋のたもとでずっと屋台を出しているのは、「誰か」が目の前に現れるのをずっと見張っているためだろうと思われる。しかしそれが何故新開地である深川なのか、真夜中も必要なのかは、全然わからない。喜多次の能力が忍者的なのと、関係している可能性はあるだろう。 ←しかも偶然かもしれないが、この屋台のすぐそばに、その十数年後に「きたきた」主人公の北一が住んでいる富勘長屋が建てられている。これは何か関係あるのか?更に言えば、冨勘長屋入口にはお稲荷様が祀られている。 (4)〈完本〉では、町の顔役勝蔵は稲荷寿司屋の兄弟かもしれぬ、と茂七は当たりをつけたが、一切展開しないまま終わった。「きたきた」でも、それらしいヒントも現れていない。
2020年07月13日
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12月29日(月)晴れ 3日目 ホテルの給水機のお湯が出なかった。 部屋に意見箱があるのは初めて見た。せっかくなので意見を書いてみる。「給水機的湯是不温!」通じただろうか。 ホテルに朝食がついていた。バイキング方式。 朝はあまり食欲がない。タロイモの入ったお粥、イカの入ったブロッコリーサラダは初めて。茶色の塊は何かと思えば味噌だった。完食。 朝の台中駅。コインロッカーに荷物を預ける。 駅前のバスステーションで、埔里(プーリィ)行きのチケットを買う。8時に出発。 なぜ地方行きのバスが20分おきに多発しているのかといえば、途中で停留所が多くあるからなのだと気がつく。それにしても運転手がひっきりなしに誰かと話をしている。よくみると無線通信しているらしい。飲み食いもしている。韓国も、ここまでではないが、馴染みの客とよく世間話をしていた。思うにこれが世界標準で、日本の方がストイック過ぎるのかもしれない。人の目を気にしすぎるのか。(のちに街中の運転士でこういう人はいなかった) 3日目だが、時々ここは本当に台湾なのか、日本ではないか、と思うことがある。本当に沖縄より南の国なのか。ジャンバーを着ないと寒いし、外の景色も建物的な特徴が日本とあまり変わらない。むしろ、沖縄には「これが沖縄建築だ」という主張が随所にあって、どこを切っても沖縄なのに、台湾は驚くほど日本の現代建築に似ているのである。 そう油断していると、山の上に大きな布袋の大仏がいたり、ヤシの実畑があったりする。 埔里に着いた。小さいバスステーション。でも、コーヒー売り場にこんなスローガンが!署名も募金も集めてないけどうれしかった。 嬉しいので、お店の若いお兄さんからコーヒーを買う。様々な種類のコーヒーを売っているのだが、全然わからない。本格ブラックを期待して「原味」云々と書いているのを頼んだ。アラビア方式で粉をかき混ぜて抽出、なんと濃いクリームがなみなみと入った。今のうち、台湾の飲み物で甘くない飲み物には出会っていない。
2015年01月19日
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文学日記(4)「雲のゆき来」中村真一郎江戸時代の漢詩人元政上人の生涯と作品を辿りながら、若い国際女優の楊(ヤン)とその父を巡る旅をすることになった「私」の小説である。この本の中では、1番長い。私はさらっと読んだ。元政上人を巡る文章は、ほとんど学術論文の如しであり、キチンと読めば面白いのに違いないと思うのだが、途中からほぼほぼスルーした。楊女史とのやり取りも、冒頭と比べるとかなり読みやすいが、かなり飛ばし読みした。それでも読み終えるのに、5時間ほどかかった。面白かった。「私」は、なぜ藤原惺窩や林羅山や伊藤仁斎や石川丈山ではなく、ほぼ無名に近い元政上人に心惹かれたのか。当代の「世界」である中国を日本人でありながら、自らのものにし、「異なる伝統の調和を実現」し「美しい精神の舞踏」を舞った知識人として、自分を見たということが一つ。もう一つは「私的体験」として、元政上人の生涯が中村真一郎と女性との関係との合わせ鏡になったのではないか?という推測(池澤夏樹)がなされている。池澤夏樹は「若かったぼくがこの作品に知識人として生きる覚悟を教えられ勇気づけられた」(476p)と告白している。父の福永武彦からその教示を受けないのは分かる。また、池澤夏樹は加藤周一も選ばなかった。中村真一郎を選んだ処に彼の「矜恃」を見る。私はこの作品に、もう一つの「合わせ鏡」を見た。「うまく作られた小説家」である中村真一郎と、「うまく作られた評論家」である加藤周一という合わせ鏡。不幸を描く小説家、展望を語る評論家。しかし、世界を観るレンズは、この小説を読んで思うが、同じ精度を持っていた。加藤周一が当初目指した小説は、このような内容だったのではないか?しかし、加藤は遂にこんなに「うまく」は小説を書けなかった。1966年作品。「死の影の下に」五部作、「頼山陽とその時代」、「神聖家族」、「四十奏」四部作等々旺盛な創作活動の知の方向は、加藤とは違っていたが、方法論はかなり似通っていた予感がある。しかし、それを検証するのは、まだ20年ほど先にしたい。2017年12月20日読了
2017年12月20日
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「鷺と雪」北村薫 文春文庫「お嬢様。……別宮が、何でもできるように見えたとしたら、それは、こう言うためかもしれません」「はい?」ベッキーさんは、低い声でしっかりと続けた。「いえ、別宮には何もできないのです。……と」「……」「前を行く者は多くの場合―慙愧の念と共に、その思いを噛み締めるのかも知れません。そして、次ぎに昇る日の、美しからんことを望むのかも―。どうか、こう申し上げることをお許しください。何事も―お出来になるのは、お嬢様なのです。明日の日を生きるお嬢様方なのです」わたしはヴィクトリア女王ではない。胸を張って《I will be good》と即答することはできなかった。 だが、この言葉を胸に刻んでおこうと思った。昭和初期の上流階級の日常に潜む「謎」を解く趣向の「ベッキーさんシリーズ」はこの本にて終る。09年の「玻瑠の天」のとき、あと3年待たないといけないなあ、と思っていたが二年と少しで文庫になった。急いで読んだ。足掛け七年をかけて、英子さんの未来を描いたのだとつくづく思う。最後まで、「日常の謎」を描きながら、一方で「時代」をも描くという難しい課題に挑んだことに敬意を表す。改めて、「ベッキーさんは未来の英子さんなのだ」という宮部みゆきの喝破に敬意を表す。上流階級の純真で賢くて英明な女性の日常の思考の推移をきちんと描いているが、それでも彼女は「外の世界」を少しだけ垣間見る。「不在の父」ではルンペンの世界を、「獅子と地下鉄」では上野を根城にする少年少女の小犯罪集団を、そして「鷺と雪」では2.26事件を。ベッキーさんはずっと思っていたはずだ。「外の世界は大人になれば否が応でも見えるようになる、眼をつぶることのできない女性だからこそ、しっかりと守って生きたい」。と。あそこで終わって正解だった。文庫の解説にはシリーズ全体の構想がどこから出たのか、という「謎解き」がされている。北村薫は、なんと一番最後の場面からこのシリーズを創って来たのだそうだ。なるほど、だから最初の章に服部時計店がでてきたのではある。北村薫は松本清張の「昭和史発掘」のたった数行のエピソードからこのシリーズの着想を得たという。2.26事件について書かれたところである。それは以下のようなエピソードだった(普通の人がここからあのような話を作れるかどうかということは、また別の話)。官邸の電話は一本だけ残して、みんな切った。「その残した電話が銀座の服部時計店の番号と似ていたらしく、ハットリですか、という間違いの電話がずいぶんかかってきた」(石川元上等兵談)
2011年11月19日
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「火の鳥 黎明編(上)」手塚治虫 朝日新聞が、お蔵入りの手塚治虫の「火の鳥 大地編」のプロットを持ち出して、直木賞作家の桜庭一樹に小説版として続きを書かせるという暴挙を企画した。それを記念して、2ヶ月あまり「火の鳥 黎明編」上下巻の電子版の無料配信を始めた。小説版企画には反対だけれども、これを機会に黎明編を再読した。改めて、マンガの古典だと思う。火の鳥黎明編が、初めて雑誌形の大版として世に出た時に私はリアルタイムで購入した。高校生だった。衝撃を受けた。どれくらい衝撃だったかというと、高校2年の夏休みをかけて、既に読んでいた「未来編」を真似て、30ページの「地球の歴史」をテーマにしたマンガを、(百科事典を参考にしながら)ノートに書きつけているのでもわかる。そこから大河ドラマを描くはずだったのだが、「未完」に終わった(^_^;)。あの本は何十回読んだか、わからない。ボロボロになって捨てた。その後もさまざまな単行本で読んだけど、今回は数十年ぶりに読んだ。先ずは上巻について気がついたことをメモする。・「火の鳥」のテーマは、一言で言えば「命とは何か」「人間とは何か」ということだ。後者に関しては、最初から既に火の鳥が明確に断じている。151ページで、火の鳥がナギの心に語りかける言葉で、結論は出ているのではないかのようにさえ思える。ところが、ナギは肯んじ得ない。いや、このシリーズの登場人物みんな「(他の生き物よりも人間はずっと長生きなのだから)その一生の間に、生きている喜びを見つけたら、それが幸福じゃないの?」というような言葉では納得しない者ばかりなのだ。それが人間というものなのかもしれない。と、40数年経った今、私は思う。・初めて猿田彦が登場するシーンは、1ページを6分割して、ヤマト政権から派遣された将軍としてゆっくり顔をアップで見せて、それをナギの眼(まなこ)と被せて、敵の襲来に驚く様を映す。完全に映画的な表現であり、しかもこういう「効果的な」カット割は、現代マンガでめっきり見なくなった。このシーン、あとあとシリーズ通じて副主人公的な役割を受け持つ猿田彦の、まだ鼻が大きくない貴重なショットである。・また、7ページにも渡る、ヒミコとスサノオとの会話の場面は、完全に舞台表現になっている。手塚治虫は、火の鳥において、テーマ的にも、表現的にも、考えつくだけの「実験」を行った。現代マンガ家のように、数年間1作品だけを描き続けるような漫画家にはならなかったし、なれなかった。その一点だけでも、手塚治虫の後には手塚治虫は居ない。・なぜ猿田彦はナギを助けたのか?最初の登場の時に、将軍はナギのムラを襲って一箇所に集めて、女子供含めてほぼ全住民を殺している。だから唯一将軍に怪我を負わせたナギを奴隷として都に連れて行ったのは、彼の気まぐれのように思える。「お前の弓の腕は確かだ。だから、ヒミコさまのために火の鳥を捕まえて欲しい」と、助けた理由をナギに説明しているが、説得力はない。証拠にナギのせいで、猿田彦の鼻は膨れて都を追われる。しかし、コマ間を読んでいくとわかる。と、この歳になって初めて気がついた。独身の猿田彦は一目惚れした可能性がある。少年のナギに恋をしている。もちろん、あからさまな表現は70年代の日本では絶対に許されないので、あとで猿田彦の父性の発現として描かれているが、ところどころ見ようによってはエロチックに描かれていて、独身の猿田彦に突然父性が目覚めたとは思えない。と、いうようなこと、いろいろ発見があるのが古典たる所以である。
2019年04月01日
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「ルポ イチエフ 福島第一原発レベル7の現場」布施祐仁 岩波書店「本当に浜通りが復興するのは、子ども達の世代になってから。彼らが、あまの俺らの年齢になった時、みんながんだ白血病だ、子どもが奇形児で生まれたなんていったら、復興もできねえ。そうなるとは限らないけど、ならないとも言えない。だから、子どもがいるやつは帰ってこないほうがいいと思ってる。俺は、子どももいねえし、ここまできたら自分の目で結末まで見届けたい」イチエフ、フクイチとは、福島第一原発のことだ(原発作業員はイチエフと呼ぶ)。近い将来作られるに違いない(作らないといけない)原発事故の映画には、現場作業員たちの活躍がメインでないと、リアリティが出ないだろうと思う。その時にセリフに採用出来る様な証言が、特に前半には散りばめられている。後半は一転して、異常な労働がレポートされる。ピンハネの仕組み(ほとんどの作業員が一日1万円-1万5千円しかもらっていないというから驚きだ)も凄いが、その原因はその原発労働ヒエラルキーにある。日立、東芝などの元請を頂点として地元登録業者の3次請、非登録業者の7次請までの構造である。偽装請負と違法派遣が恒常化している異常な状況が、この異常な原発事故労働でも全く改善されていないという「異常な状況」がレポートされる。労災隠しや被曝隠しも公然と行われている。「もうちょっと現場の人間が報われてもいいと思いますよね。線量パンクしたら使い捨てですから」私たちはまだまだ原発労働現場を知らない。もちろん私は今すぐ原発をゼロにしないといけないと思っている。そのことは、原発労働の仕事がこれから数十年間無くなることは意味しない。廃炉作業は多大な時間とコストを要するからだ。原発労働者の労組つくりの動きはわずかにあった。しかし、すぐに潰される。もし、下請労働者の組織つくりが成功しても、ヒエラルキーの上から仕事が降りなければそれで終いだからだ。だから、大手正社員の労組が作られ、それに非正規社員も参加するという形か、一挙に圧倒的な数の下請労働者の組織化がはかられるということが必要だ。と私は思う。それに組織つくりに世論の圧倒的支援が必要不可欠だろう。その芽は今のところ無い。だからこそ、この様なルポで、原発労働の「現場」の理解することはその出発点になるに違いない。いつの日か、一緒に手を携えて原発ゼロの運動が出来ないものか。2012年11月23日読了
2013年01月08日
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「ソロモンの偽証6 第三部法廷」宮部みゆき 新潮文庫 この文庫本には、オリジナルの中編「負の方程式」が載っている。藤野涼子の20年後の姿である。当然のように弁護士になっている。 「どうして、悪い奴がやっている本当の悪いことをこつこつ集めて、立証して、正面から戦わなかったのよ」 どうして、宮部みゆきはわざわざこの物語を作ったのか。私は推理する。本編やこのスピンオフ作品の核心に触れずに表現することは至難の技だが、やってみると、 一つは2010年春に母校に赴任して来た野田健一の、最後に言った「みんな」が誰々なのかをもっとわかりやすくすること。つまり、この長編小説の「その後」をもう少し説明しないと、あの「濃密な半年間」の意味が浮き彫りにならないのではないか、とエンタメ小説家らしく親切に考えてくれたこと。もちろん全ては明らかにしない。そのさじ加減は微妙である。 一つは、この中編で本編の合わせ鏡を示すことで、探偵杉村三郎が願っているように「事件になる前に、人が殺されるようなことになる前に、なんとかして人を救いたい。なぜなら、事件の前に事件は既に起こっているのだから」という願いを、宮部みゆきも共有しているこの願いを、もう一度明らかにするためである。かつて、宮部みゆきの長編には、必ず象徴的なエピローグが付いていた。事件は終わる。しかし、その瞬間から本当のテーマが立ち上がるという、極めて小説らしい構成だった。しかし、事件になる前の事件を描き出した宮部みゆきにはそれが使えなくなった。よって、回りくどいけど、こういうオリジナル中編を用意したのだと思う。 文庫派の私は、最新の杉村三郎の境遇を知らなかったために、おやおやと思ってしまった。でも、探偵になれて良かったね、杉村さん。 2014年11月10日読了 2014年12月20日記述。
2014年12月20日
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スーパーマンは還ってきた。アメリカへ。しかも写メが浸透している現代へ。「世界(アメリカ)はスーパーマン(ヒーロー)を必要としていない(という時代になってしまった)」という記事が、ピューリッツァ賞を採ってしまうという現代へ。()は私の解釈です。何故還ってきたのか。上記の記事を書いたロイス・レイン(ケイト・ボスワース)は、物語の最後に「スーパーマンは何故必要か」という記事を書き始める。必要ないわ、って言ってしまったけど、やっぱり必要よ、というわけだ。何故必要なのだろうか。実はアメリカはずーとそのことを模索してきているのではないだろうか。19年ぶりの「リターンズ」なのに、作品中では5年ぶりに帰ってきたことになっている。何故5年なのか。5年前に9.11があったからである。(と、キッパリ!)スーパーマン(ブランドン・ラウス)が帰ってきて最初の仕事は、スペースシャトルの打ち上げを助け、飛行機の墜落をを阻止するというものである。この仕事は非常に象徴的だ。「ユナイテッド93」を見た直後だったので、飛行機が次第と陸地に近づいていく場面は恐怖を覚えた。多くのアメリカ人が9.11を思い浮かべたに違いない。スーパーマンは両翼が剥がれた飛行機の先端を優しく受け止め、静かに地上に横たえる。その場所はアメリカのヒーローの殿堂、野球場である。青い芝生と、白い飛行機、そして満員の観客。見事なな演出である。スーパーマンは全世界の苦しんでいる人の声を聞き分けることが出来るという能力を持っている。(まるで神様みたい)銀行強盗、車の暴走、ビルからの落下物から助けること……その仕事は大から小まで多岐に渡る。しかし決して戦争にはかかわらない。おそらく彼の耳には聞こえないのだろう。それでもアメリカ人(デイリープラーネットの編集長)は、「たいした男だ」と感嘆するだろう。スーパーマンは還ってきた。父(神)の言葉を実践するために。しかし、この「神」はブッシュ大統領の信奉する神ではない、ということは重要だ。善と悪の二元論に立ち、悪の帝国を打ち倒そうとアジる神ではない。慈愛に満ち、市民の自立を期待する神だ。アメリカの神はやっと自らの役割を思い出した。だからスーパーマンは還ってきたのだ。アメリカ人はやはり寂しかったのに違いない。アメリカ人はこれからも模索しながらヒーローを追い求めるだろう。次作は必然的に家族を巡る物語になるはずだ。監督はスーパーマンオタクのブライアン・シンガー。悪役はオスカー俳優のケビン・スペイシー。飄々として憎みきれない悪役を見事に演じていた。オープニングのクリンプトン星から地球に至る映像は、20年間の技術の進歩を感じさせて素晴らしいものがあった。二時間半があっという間だった。大作評価。★★★★「面白かった。」
2006年08月25日
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高知紀行 二日目 8月25日みなさん、もうお忘れかもしれませんが、この夏私は高知を旅して中江兆民、ならびに自由民権運動の跡を訪ねる旅を決行しました。ここからあとは、いろいろ考えることがあって、おもに自由民権記念館で学び考えたことを、その図録をもとに紹介したいと思い、その準備のために時間をもらった。なかなか準備できなかったのだが、なんとか図録部分のめどはついたので、ここから7-8回ほど連載したい。書いてみてわかったのであるが、自由民権の歴史は、そのまま現代の市民運動の教訓の宝庫である。次第と展開してみたい。(ちなみに過去記事はカテゴリーの中江兆民の中にあります) 自由民権記念館は、1990年に開館した。その当初から絶対行きたいと思っていた。何故ならば、私の大学の卒論は(作文の域を出ない)中江兆民論だったし、大学卒業後に出版され始めた中江兆民全集も植木枝盛全集も「大人買い」したのだが、今現在に至るまで読んでいないし、頭の奥に関心だけはずっと置いていたからである。土佐のスーパースター坂本龍馬にほ、ほとんど関心がなかった。 自由民権運動とは何だったのか。ひいては、(日本にもしかしたらあったかもしれない)「平和と民主主義」の道は、あり得ないのだろうか。 昔の作文(卒論)の中で、微かに思っていたそんな問題意識に、刺激を与えてもらいたい。そんな想いもあったのかもしれないが、結局日々の生活やその他の運動に紛れて、ずっと後回しにして来た。本来ならば、4ー5日はここに居てそんなことばかりを考えながら過ごしたかったし、年初めの出雲行きの当初は真剣に高知行きを検討していた。ところが、年末年始は、ほとんどの博物館が休館になる。遺跡巡りが出来て古代出雲博物館が開館している出雲にせざるを得なかった。そんなこんなで、たった一日で博物館と旧跡を回らなくてはならないが、我慢出来なくて此処に来たのである。結果的に大いに刺激を受け取ることが出来た。フロアは、明治風に洋風階段に「自由」と「民権」を掲げている。テンションが揚がるが、写真撮影は此処まで。展示内容の撮影は禁じられているために、必要な処は図録から、或いは高知市内を歩いた時の写真から使いたい。 入る時に受付の女性から「先ずは二本の特別映像を見て展示室を回られることをお勧めします」と言われていた。午前中はこの記念館に籠る予定だったから、喜んで見させてもらった。一本目は「土佐と自由」二本目は「行動する思想家植木枝盛」だった。私はそれで大事な視点を教わった。それは同時に展示内容の前半部のまとめでもあった。 ●土佐民権派のうち、板垣退助と後藤象二郎は1873年(明治6年)の「征韓論論争」に敗れて下野した政治家だったことである。これは三つの意義がある。 (1)民権派は派閥闘争に敗れた一方の勢力から始まったのである。つまり、政治勢力としては、始めから大きいものだった。 (2)また、征韓論論争に敗れた西郷隆盛と江藤新平(当初は民権運動に参加)は、その後「挙兵」という手段を採った。板垣、後藤、江藤、副島種臣、由利公正、岡本健三郎は、英国帰りの古沢迂郎、小室信夫らと共に1874年愛国公党の結成と「民選議院設立の建言」、つまり国会開設請願を提出する。建言の起草は古沢迂郎、副島種臣が手を入れた。「現政権は専制政府の官僚の手中にあり、その失政で国家は瓦解の危機にある」という問題意識。活路は「人民の参政権にあり」という提案である。これだけを見ると、どれだけ西洋の民主主義を学んだのか、まだ疑問が残る内容ではある。しかし、これにより日本は「賛成」「時期尚早」で、「東京日々新聞」や「明六雑誌」などで意見が闘わされた。この状態こそが、民主主義国家の創生だっただろう。 (3)1873年(明治10年)に西南戦争勃発。土佐士族の中にも、「呼応して武装蜂起を企てるべきだ!」という意見があったが、遂に土佐は立たなかった。これが、その後の日本の民衆運動の在り方を大きく規定したと思う。また、この判断には、当時新進気鋭の理論家植木枝盛の意見が大きく預かった、と記念館の映像は述べていた。詳しく知りたいが、今はその余裕がない。また、戦争終結後、土佐では実際に武装蜂起を計画していた者だけではなく、直接関わりがなかった片岡健吉などが逮捕された。明治政府が日本国民に対して、初めて牙を剥いた瞬間だったのではないか。
2016年11月11日
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「諸星大二郎 『暗黒神話』と古代史の旅」平凡社 太陽の地図帖027 『漂流教室』を扱った「太陽の地図帖033」を読んで、面白かったので紐解いた。平凡社「太陽」のように、総合的ではないが、一点突破主義で深い。『暗黒神話』は、著者最初のコミック(1978)だった。あれから、約40年。そこに出てくる、古代の神の姿、最新技術、戦いの描写の、今でもまだ誰も追随することの出来ない先進的な描写。そして、あまりにもさりげなく提示されていたので、全面的に解説出来なかった、作品の中のジクソーパズルが、この本において徹底的に解明される。 作品の背景をなす考古学と民俗学を解説する専門家として、2人とも私の敬愛し、なおかつ、どうしてこんなところに原稿を書いているのか、ビックリするような若手ナンバーワンの学徒が出ていて嬉しい誤算だった。つまり、考古学は松木武彦氏で、民俗学は畑中章宏氏だった。2人とも、おそらく夫々の専門を始めた頃に諸星大二郎に出会ったのかもしれない。もしそうならば、おそらく大きなショックを受けたかだろう。考古学はあまり想像を広げることは許されない学問であるが、松木氏はここでは比較的自由に書いているようで嬉しい。 「古代史の旅」と書いているように、このムックを片手に、旅の地図帖にもなっている。茅野市尖石縄文考古館、国東半島など、これを片手にまた旅に出たくなった。 この本の出た2014年の時に連載されていた『暗黒神話完全版』が、やっと今年三月に豪華本として出版されている。漫画不可の図書館や、マイナー本は置かないネットカフェではリクエストしても無駄なので、これだけは買って読もうと思う。 2017年7月7日読了
2017年07月11日
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『小津安二郎』MUJI BOOKS 人と物 3 『花森安治』のあと、やはり気になって無印良品に出掛けて、これを手に入れた。柳宗悦や花森安治ならば判る。何故小津安二郎なのか。帯にその答えがあった。 椅子のない日本のくらしを舞台に日常生活を描いた小津監督が綴る「映画の味・人生の味」。 少なくとも映画ファンならば、好き嫌いは別として、数本は観ておくべき監督の1人ではある。そこから一歩進んで、このような本を読むと、日常生活を描きながら広く深い世界を撮り続けたと言われる監督の作品を見る眼が一挙に広がる気がする。 例えば扉写真には、小津組の三脚がある。カメラを低く構えるために浦田の鉄工所で特注した三脚で、通称は「カニ」。塗装が剥げるたびに、何度も塗り直しをしたらしい。 初めて見た。ローアングルで撮ることは知っていたが、まさかここまでとは。 この構図にしたのは、初期の『肉体美』かららしい。バーの中で、カットのたびにライトを運ぶので、床のしたは電気のコードだらけになって、いちいち片付けて次のカットに移るのは時間もかかるし、やっかいなので、床が写らないように、カメラを上向きにしたらしい。そしたら、構図を気に入ったというわけだ。 僕はトウフ屋だからトウフしかつくらないと、いつも言っているんです。同じ人間が、そんなにいろいろな映画をつくれませんよ。何でもそろっているデパートの食堂で、うまい料理を食べれないようなものです。ひとには同じように見えても、僕自身はひとつひとつに新しいものを表現し、新しい興味で作品に取りかかっているのです。(「年寄りにも楽しい映画を『秋刀魚の味』」1962年)(15p) 最晩年の言葉であるが、この本を読むと、戦中からほぼ一貫していることが判る。だからこそ、三ツ星の寿司職人のドキュメンタリーが世界を回ることが起きるように、小津安二郎の映画は、今でも世界を回るのだろう。 映画ってのは、あと味の勝負だと僕は思っていますよ。(23p) 七分目か八分目をみせておいて、そのみえない部分が物のあわれにならないだろうか。(35p) 何でもないものも二度と現れない故に、この世のものは限りなく貴い。(44p) 2017年7月9日読了
2017年07月09日
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2008年度日本インターネット映画大賞日本映画部門に投票します ・選出作品は5本以上10本まで ・持ち点合計は30点 ・1作品に投票できる最大は10点まで--------------------------------------『 日本映画用投票フォーマット 』【作品賞】(5本以上10本まで) 「 おくりびと 」 5点 「 ぐるりのこと 」 5点 「 母べえ 」 4点 「トウキョウソナタ 」 4点 「闇の子供たち 」 3点 「実録・連合赤軍 あさま山荘への道程」 3点 「 クライマーズ・ハイ 」 2点 「 歩いても、歩いても 」 2点 「 釣りバカ日誌19 」 1点 「 マジックアワー」 1点【コメント】 リンク先の記事を見てください----------------------------------【監督賞】 作品名 [ 橋口亮輔 ] (「ぐるりのこと 」)【コメント】 20世紀から21世紀にかけて、何か課題があったはず。そのヒントがここにあるような気がする。【主演男優賞】 [ 本木雅弘 ] (「おくりびと」)【コメント】 発案と納棺師とチェロへの努力と安定した演技力の総合的評価です【主演女優賞】 [ 吉永小百合 ] (「 母べえ」)【コメント】 どんな年齢の役をしようと、この品の良さは、無くならない。凄いことだ。【助演男優賞】 [ 該当なし] (「 」)【助演女優賞】 [ 樹木希林 ] (「歩いても、歩いても」)【コメント】 人間歳をとるごとに凄くなる人がいる。【新人賞】 [ アヤカ・ウィルソン ] (「バコと魔法の絵本 」)【コメント】 あの天真爛漫さがもしかしたら、演技かもしれないと思うと、ぞくぞくする---------------------------------【勝手に○×賞】 [TVドラマ賞] (「風のガーデン」)【コメント】 生まれて初めて最初から最後まできちんと見た日本のドラマです。 すごい演技があります。見てない人は必見。
2008年12月23日
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「パレートの誤算」柚月裕子 祥伝社文庫生活保護係のケースワーカーを主人公にした、本格的な生活保護ミステリーである。映画「虎狼の血」が面白かったので読んだのであるが、舞台津川市は、明らかに広島県呉市をモデルにした映画(呉原市)と同じ場所と思われる。山陽方言圏の私としては、親しみのある内容(作者の出身は岩手県らしい)。生活保護受給者の何人かを知っている私としては、興味あるテーマであり、どのように料理したのかを見守ったという感じ。結果は、大枠では正しいが、部分的には「この作者もそうか」とがっかりした、という感じ。ミステリー部分は、大枠では予想通りに進んだので、ここでは述べない。テーマ部分について書く。書いても別に面白さは減少しないと思う。最後にある登場人物が言う。「たしかに生保のあり方には、問題が多い。不正受給やら貧困ビジネスが、あとを絶たない。でも、生保という行政の制度があったから、育つことができた子供がいたことは確かだ。さまさまな理由で、自分の力で生きていけない人は、いつの時代にも必ずいる。そういう人を救うために生保は、必要な制度だ。言うなれば、生保は自分の力で生きていけない人のー社会的弱者と呼ばれている人たちの最後の命綱だ。その命綱を、悪用する奴らを俺は許せない」(420p)そのことに異論は一切ない。しかし、作者はかなり生保について調べているはずなのに、私でさえ知っていることに言及しない。ここに出てくるケースワーカー(専門家)の言葉を借りて反論しないばかりか、彼ら自身がそのように認識しているかの如く、ミスリードするように物語を構成している。曰く。(1)生保の金を受け取ったその足で、パチンコに並んだりする者がいる。と書いているが、パチンコ依存症だった場合は、アルコール依存症と同じ「病気」であることの認識がない。(2)テーマ的に「不正受給」について延々と書いているが、あることを書いていないから普通に読んだら不正受給は全体の1割から2割はいる印象を受ける。実際は、1%にも満たないし、そのほとんどは家族の子供のバイトの申告漏れ等の制度無理解によるものが多いのである。(3)生保受給者に同情してお金を立て替える場面を美談的に描いているが、規則的にもやってはいけないことであるが、受給者の自立を促すということでも「絶対やってはいけない」悪影響しか及ばさないことである。建前は正しいけど、本音の所で、この作者生保制度のことをホントにわかっているのか?わかってないだろうなあ。
2018年08月06日
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「怪獣記」高野秀行 講談社文庫 青春の書でもある『幻獣ムベンベを追え』の単行本が出てから16年目(2006年)のある日、もはや「怪しい探検家」じゃない「怪しいもの専門探検家」に成長した高野秀行は、ワンコじゃないワン湖に生息するとして一部では有名なUMA(未確認不思議動物)ジャナイじゃない、ジャナワール情報の真偽を確かめるべくトルコに飛んだのです(すみません、後は真面目に書きます)。十数年の冒険で鍛えられた彼は、一般に知られているビデオ映像はフェイクだと疑っていたが、トルコでの出版物の中に目撃証言者が48人もいただけでなく顔写真と住所まで載っている本の存在に注目したのである。 イスラム復興主義やクルド問題、或いは金儲けとか観光客誘致とか、マスコミの無責任な報道とか、ネットの無節操な伝達など、怪しげなベールを一枚一枚はいでいった時点で、高野秀行は初めてこのUMA探索にやる気を見せます。 「今、ちゃんとした情報を握り、客観的にジャナを調査できる人間は世界でたった1人しかいない。もちろん、私だ。やっと出番が来たという気すらする。ジャナは今まさに既知の未知動物から未知の未知動物になったのだ」(103p) 軽くて調子が良い読み物を装ってはいるけれども、高野秀行の視点は鋭い。信頼に足ると思う。文章がとっても気持ちいい。それに、『ムベンベ』から経験を積んで、視野が広がっている。目的のUMAよりも、クルド民族の日常や、ワン湖周辺の自然や、何より日常的な食べ物の描写がとても美味しそうで、ついつい観光で行ってみたくなる。現在、難民流出が止まらない大変なところではあるのだが。 さて、高野秀行はUMAをビデオに収めることが出来たのか?結果は、あっと驚く‥‥ごめん古かった。 高野秀行著作物、記念すべき読了10冊目でした。
2020年02月18日
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「鬼平犯科帳」令和3年6月9日サンテレビ観賞 先日たまたま観たら、「密偵たちの宴」だった。 主要登場人物総出、それぞれの役割が全部出た、作品のテーマ自体が1番出た屈指の傑作、そして相模の彦十が江戸家猫八、大滝の五郎蔵が綿引勝彦というもう2度と観れない至福の1時間。 「急ぎ働」をきちんとお縄にして、なおかつ業つく金貸に密偵たちがあっと言わせ(どうやって金蔵の鍵を手に入れたのか、スッカリ忘れていた)、最後は鬼平が総てを掻っ攫ってゆくラスト。密偵たちのみんなの一人一人の「お頭は恐ろしい」と言う表情が、もう2度と観れないのかと思うと、ホントに愛おしい一編だった。 因みに 鬼平犯科帳DVDコレクション 36号 (おみよは見た、密偵たちの宴) [分冊百科] (DVD付) という商品があって、Amazonで販売されている。 蛇足だけれども、ラストはこうだ。 平蔵(中村吉右衛門)はそのまま帰るかと思いきや、「あ、そういえば、五郎蔵、鍵は元のところに返しておけよ」と言って部屋を出る。その間は、やはり映像のものです。確か、相模の彦十(江戸家猫八)を目を丸くし、大滝の五郎蔵(綿引勝彦)はむっつり黙り込み、小房の粂八(蟹江敬三)は口をぽかんと空け、伊三次(三浦浩一)は向こうを向いて黙り込み、おまさ(梶芽衣子)は「たから言わんこっちやない」という表情。そのあと宴は、「潰れるまで飲もう」とやけ酒になる。そのあと、1人江戸の夜の道を帰る平蔵がふと振り返って、お茶目に舌を出したところで終わりです。
2021年06月13日
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「国立中央博物館 ハンドブック日本語版」(価格1.5万ウォン)2012年に発行されているので、開館からなんと7年後にやっと編集出来たハンドブックの日本語版のようだ。もちろん全ての遺物を載せているわけではない。全体を俯瞰し、その水準を量るには、いい本だ。やはり、古代考古学に興味を持つ人にとっては、その大きさ、立派さにも関わらず、この国立中央博物館は魅力のないものであることが分かる。約149の図版のうち、原3国時代までの遺物は、わずか14に過ぎない。国立職員の関心は、王朝の「宝」にあるのであり、謎が多い紀元前や紀元後4世紀ぐらいまでの朝鮮半島の「歴史」はどうでもいいのだろう。あるいは、文章が総てであり、それ以外の歴史は歴史と見たくないのかもしれない。しかし、私の興味は正にその失われた歴史にあるのであり、そこを読んで感じた所のみメモする。隆起文土器(紀元前6000-4000、釜山市東山洞)が櫛文土器(紀元前5000-、ソウル市岩寺洞)よりも先行することを初めて知った。それならば、韓半島に土器が現れたのは中国の影響よりも縄文時代日本の影響と見た方が合理的だろう。ところが、寡聞にしてそういう説を私は読んだことが無い。・紋様はしかし、縄文土器よりもはるかに単純。世界観は違う。櫛文のそれは、口縁部・胴部・底部に三等分されていて、点と線からなる幾何学文だ。自然の中で生活した新石器時代の人々のどんな世界観が、紋様を「抽象化」したのか?ここまで徹底した抽象化は、日本にないように思えるが、実際はどうなのか?磨製石剣。慶尚北道青道市。長さ66.7cm。韓国としては最大の磨製石剣。「墓や住居跡、韓国青銅器時代の支石墓の上石には、石刀と石鏃の形を刻んだ例がしばしばある。これは、男性の社会的権威と役割が重視された当時の農業共同社会において、生産と豊穣を祈願する呪術的・宗教的意味が支石墓に込められたものである」このガイドブックの説明に、愕然とする。「男性の社会的権威と役割が重視された当時の農業共同社会」という根拠をもし、狩猟道具の絵画的表現に置いているのならば、それは全く根拠にならない、と言わざるを得ない。漆鞘銅剣。慶尚南道昌原市茶戸里1号墳。原3国時代(紀元前1世紀)。「茶戸里遺跡は、平らな低丘陵に造成された原3国時代前期における集団埋葬地の代表例である。特に首長級の墓と考えられる1号墳からは、副葬品をおさめた穴や丸太棺が見つかった。副葬された漆器は、筆、扇、鞘、矢筒、容器など様々で、更には漆器の金属、土器も見つかった。写真の遺物は、漆塗の鞘に納められた韓国式銅剣。鞘の構造や漆塗の技法から、当時の高い文化がうかがえる」農耕文青銅器。(伝)太田市槐亭洞、初期鉄器時代(紀元前4-3世紀)。幅12.8cm。韓国の絵画的遺物は、もしかしてこれだけなのか?日本の銅鐸と比べると余りに少ない。そもそも銅鐸は韓半島から来たはずだが、展示されているのを見たことがないのだが、見落としているのだろうか?ここでは、1人は鳥の羽を刺してタビ(踏み鋤)で畑を耕す男(←ここでも男!根拠は何か?)と、鍬を振りかざす人がいるらしい。ソッテを連想させるような神竿もあるらしい。形も日本では見られない形。私は青銅器時代の韓国の人々が、追われて次々と日本列島にやって来たとおもっているが、当時の祭器の多くが日本では採用されていないのは何故なのか?不思議に思っている。王族はやって来なかった。と断ずれば、多くを説明できる。あと、幾つか注目遺品はあるが、長くなるので、ここまでとする。
2019年02月27日
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