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今月のみんなの童謡は「みなと」。今日ではほとんど聞かれることがなくなってしまった珍しい歌が選ばれました。 この歌の歌碑が広島の宇品港にあることを知って、3年前の夏、会いに出かけました。歌碑の側にあった解説板には以下のように書かれていました。 『港』の歌碑建立由来記 私達が、小学校時代を連想するごとに、口ずさまれる国民唱歌の一つに「空も港も夜は晴れて・・・」の懐かしいメロディーがあります。 しかし、この歌がいつ、どこで、だれによって作られたものか忘れられ、いうなれば流浪の歌の運命をたどっていました。 ところが、昭和四十八年八月、全日本海員組合の宮城伸三氏が前任地博多から広島に赴任され、ある日、宇品の居酒屋で、たまたま同席した一老人から、この歌は宇品を歌ったものであることを聞かされました。 そこで、同氏は、広島といえば、原爆の都市という暗いイメージを与えているが、この明るく生き生きとした情緒あふれる名曲を掘り起こし、広島のイメージ・チェンジをはかるならば、今後、広島のこども達の情操教育と、海事思想普及に貢献することができるだろうと考え、地元海運関係者や有志に呼びかけました。一同これに賛意を表し、いろいろ調査研究の結果、作詞は旗野十一郎氏、作曲は吉田信太氏、場所は宇品暁橋(通称めがね橋)であることを確かめました。 その結果、数多くの人々の協力により、昭和五十七年七月二十一日、海の記念日のよき日に、地元小学生等の手によって除幕され、ただちにこの歌碑を広島県に寄贈されました。 こうして国民に親しまれました「港」の歌は流浪の旅を終え、生まれ故郷の宇品港に帰ることができました。 ○ 歌碑は船の煙突をかたどった円筒形のコンクリート製(高さ三・九米)歌詞の四十八文字は、地元三小学校の四年生による一人一文字の手書きであり「港」の字は港湾管理者宮沢県知事の自筆です。 ○ 歌碑の周囲の「いかり」は呉市、内外運輸(株)の寄贈です。 ○ 歌碑の裏面の「歌碑建立発起人一同」の文字は、建立の推進役をした全日本海員組合中国支部長の宮城氏に書いてもらいました。 ○ 建立関係の書類、除幕のアルバム、資料は末永く記念するため、ここに保存してありますから御閲覧下さい。
2007年04月14日
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昔10年以上FMエアチェックをしていて録音できなかった、スクリャービンのピアノソナタ第9番黒ミサを、再び始めて半年もたたない内に録音することができました。この曲に特に思い入れがあるわけではなく、当時エアチェックの教科書にしていた、「実践的レコードコレクション」に載っていたというだけのことです。スクリャービンという作曲家を知ったのは大学に入ってからのことです。3年生の時、当時OB会の会長をされていた嶋本先輩にお話を伺いにいったときのこと、「ぼくの一番好きな曲はスクリャービンの『法悦の詩』なんだ」と言われた。曲はおろか作曲家の名前も初めて聞いた。ちょっと恥ずかしかったので、その後すぐ梅田の大きなレコードショップに走りました。すごくマニアックな曲なのにちゃんとレコードは並んでいました。クラシックの曲はFMから録音するものだと決めていたので、数少ないレコードコレクションの1枚となっています。懐かしい思い出の1枚です。
2007年04月09日
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レイズバンドの5回目の演奏会のチラシを見て、あっ、と思った。「幻想交響曲」より1楽章:夢・情熱、2楽章:舞踏会、4楽章:断頭台への行進、5楽章:魔女たちのサバトの夢/ その昔、幻想交響曲の第3楽章は余分だ、無駄だと言った人がいる。「題名のない音楽会」で司会の黛敏郎氏がそう言ったのです。そのとき指揮者を務めていた岩城宏之氏は、なんという暴言を吐くんだと、くってかかる勢いだったのですが、黛氏はその反論を笑顔で受け流していました。ぼくは、そのどちらに賛成することもなくぼんやりその光景を見つめていました。と言うのも、ぼくは幻想交響曲を全曲通しで聴いたことがほとんどなかったのです。録音は持っていたけれど、吹奏楽では4楽章と5楽章が演奏されることが圧倒的に多かったので、レコードもいつもその二つの楽章ばかり聴いていたのでした。その放送があったすぐ後に、大阪音楽大学のオーケストラがその幻想交響曲を演奏する機会があったので、見に行った。それをじっくり見て聞いて、なるほどとひざを打つ思いでした。黛氏の意見がす~っと胃の腑に落ちていった。第3楽章は主題がはっきりしない。はっきりしないままだらだら延々と続いていく。5楽章の中で一番長い時間を要する。第1楽章と第2楽章を合わせた時間は20分ちょっと、第4楽章と第5楽章を合わせた時間は15分ちょっと、それに対し第3楽章は20分近くもある。第3楽章がなければ35分で終わるのに、全部演奏すると55分もかかる。第3楽章がなければもっと名曲になったかもしれないと真面目に思ったものです。
2007年04月04日
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今朝の朝日の一面にフェスティバルホール解体のニュースが載っていました。フェスティバルホールとグランドホテルの入っている新朝日ビルと四つ橋筋を挟んだ大阪朝日ビル、朝日新聞ビルが全て解体され、超高層ツインタワーになる。フェスティバルホールは08年秋に閉館し、同じ2700席の規模で、13年度完成予定のビル内に新装オープンする。 場所も規模も、たぶん音響も同じで一安心なのですが、丸5年間のブランクはやはりぽっかり穴が開いてしまったという感じです。関学は兵庫県立芸術文化センターがあるけれど、近大と淀工はどうするのでしょう。おそらく、ザ・シンフォニーホールということになるんでしょうが。
2007年04月03日
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