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今日はアルバイトがお休み。Cicciさんと二人でOZさんのパン教室へ行ってきました。今日のお題は「クロワッサン」と「チョコデニッシュ」。アメリカのバターはゆるいそうでフランスのバターを薄く延ばして(左)生地(右)に織り込んでいくのですが、パン作りに慣れてるOZさんとCicciさんでも「今日のは上出来」と絶賛するくらい見事な焼き上がり。本当は、層が剥がれやすく難しいパンらしいです。パン作り、知れば知るほど奥が深いです。久々のパン作り、かなり楽しんでました。おそらく、生地を休ませる間のお喋りもまた楽しいんだろうな。パンを寝かせる間にランチをご馳走になりました。毎度のことですが、好意でパン作りを教えてもらい、材料、道具、オーブンを使わせてもらい、お昼までご馳走になって、片付けもせずにパンはもちろんもらって帰る「OZパン教室」。こ、これって、いいのかなぁ。。。OZさん宅の電話が鳴り、OZさんが受けるとなぜかうちの夫からの「帰るコール」でした。夫、人の家に「帰るコール」しないで下さい。。。受話器の向こうから「僕も仲間に入れて」ビームをひしひしと感じたので「来たいの?」と聞けば「じゃ、今から行きま~す♪」と夫。ただでさえ「いいのかな」と気が引けるっていうのになんて夫まで混ざってデザート食べてるんだ。。。そして、どうしていつも私のお友達(女性に限る)の仲間に入りたがるんだ。。。?そして今日は、8ヶ月妊婦Cicciさんが胎動を体感させてくれました。お腹に手を当てたらキックされた~っ(感動)!この子が大きくなったら「お前はお母さんのお腹にいる時私をキックしたんだよ」って教えてやるんだ、ふふふ。おまけチョコデニッシュも可愛く出来たけど。。。OZさんちの「チョコ(Mダックス)」もとっても可愛いんです。↑寝た振りのチョコ、写ってませんがシッポ振ってます。■過去のパン達の画像■おかずパンお好み焼きパン&あんぱん中華まんアップルロールクリスマスパンお惣菜パン
2005/03/31
skyflyerさんが日記で「ユーモアのある機内アナウンス」を書いていらしてものすごくウケてしまったので、私も書きます。以前ちょこっとだけ書きましたが、私も昔空港勤務時代は「おふざけアナウンス」の常習犯でした。いや、別にふざけてたわけではないのですがお客様に喜んで頂きたいという気持ちが私にああいうアナウンスをさせていたのです。私の場合は「機内で」ではなく「空港内で」ですが。今日は「お呼び出し編」をご紹介。皆さん、「韓国人のChoiさんを呼び出して」と言われたらこのお名前、どう発音されます?おそらく、殆どの日本の方なら「チョイ様」とお呼び出しされるんじゃないでしょうか。しか~し「チョイ様ぁ~、チョイ様ぁ~!」と何度呼び出したって「Choiさん」は出て来てくれません。なぜなら「Choi」という名前は「チェ」が正しい読み方なのです。説明はハングルの話になってしまうのでここでは省きます。逆に、日本の元首相「竹下登元総理」はアメリカのABCニュースかどこだったか(とにかくメジャーな局)で「Today, Japanese Prime Minister TAKE SHIT was…..(本日、日本のウ○コたれ総理大臣は。。。)」キャスター、しばし沈黙、そして含み笑い。なんてこともありましたが、(あれはなかなか。。。。)こんな具合に 世界には、外国人が想像もつかない様な 読み方、発音の名前が沢山、沢山、存在するんです。特に「ローマ字読み」が身についてしまっている私達日本人にとって発音が難しいのは、中国系、ベトナム系、ユダヤ系、ロシア系、欧州系。。。結局英語圏以外ほとんど全部の国の苗字です(笑)。「Mr.NG」とか「Mr.WANWANBONZORA」とか「Mr.SCHPHOVLLKSKY」とか「Mr. IRAWAN BANBAN」とかこんな感じの「もぉ、お願いだから振り仮名ふってよ」と泣いて頼みたくなるような名前が実際にあるんです。だから、私は読めない名前の乗客を呼び出す時は色々な読み方の可能性を考えて、とりあえずその可能性を全部試してみる派でした。だってどれが本当の読み方か分からないんですもの。航空会社のコンピュータにでてくるPNR(Passenger Name Record)には乗客の様々な情報がinputされていますが、あいにく、名前の発音記号までは書かれていません。(これいいアイデアだと思いません?名前に発音記号)間違った名前で延々と呼び出されるより、少しでも近い発音の名前が混じってたほうが乗客も喜んでくれるんじゃないか、と私なりに考えた結果なんです。はい、これ↓がワタシ流です。Mr. NGを呼び出します。「Good afternoon ladies and gentlemen. May I have your attention please? ××Airlines is paging a passenger Mr. ング, Mr. ング…. Or may be you are known as Mr. ヌグ, Mr. 二グ, or Mr. ナグ…. Whatever your name is spelled NG. Please contact ××Airlines’ agent at gate 5. Thank you」和訳です↓「××航空よりお客様のお呼び出しを申し上げます。 ング様、ング様。。。。 もしくは、ヌグ様、二グ様、ナグ様、でしょうか。。。 とにかくNGという綴りのお名前でいらっしゃるお客様は 5番搭乗口××航空係員までお申し出下さいませ」たま~に、真剣にアナウンスに耳を傾けてくれている海外旅行に不慣れで緊張気味のお客さんが私のアナウンスを聞いて笑ってくれていたりしました。その笑顔に励まされ日々頑張ってました(何をよ?)。
2005/03/30
アーサー・ゴールデン著「さゆり」をハリウッドが映画化し、12月に公開が決まったそうです。「鎧戸」という日本海に面した小さな町で生まれた「千代」というひとりの娘が、ある事情のため京都へ連れて行かれ芸者「さゆり」となります。置屋では女将から、舞や三味線の稽古はもちろん箸の上げ下ろし、京言葉からしこまれ、芸妓同士のぶつかり合い、紆余曲折、様々な出会いや別れを得て「さゆり」は祗園の人気芸者となります。ある紳士との出会い、後にその紳士にみそめられニューヨークに移住し余生をおくったという話です。「千代」はどうして芸妓になったのか。田舎から出てきた「千代」を待ち受けていた華やかな京都祗園での様々な出来事。そしてその紳士とはいったい誰なのか。。。それは読んでからのお楽しみです。この本は1999年に日本語版の初版が出たのですがこちらを読んだことがある方はきっと「本当にアメリカ人が書いたの~?」と思ったはず。オリジナルは「Memoirs of a Geisha」by Arthur Golden。元は英語で書かれた作品なのです。この本はページを開くとまずニューヨーク大学 アーノルド・ルーソフ講座教授(日本史)ヤーコプ・ハールホイス氏が書いた「訳者覚書」から始まります。そこにはヤーコプ教授が、彼女の数奇な生涯をメモワールとして記憶したいと申し出た経緯、そしてさゆりが「ヤーコプはんが書いてくれはんのどしたら」と承知した経緯、テープレコーダーを使い ニューヨークにある某有名ホテルや某高級日本料理屋で、さゆりの口述で記録を進めた様子、このメモワールを公開するにあたって彼女が出した条件などが「覚え書き」として書かれています。そして次の章から、ヤーコプ教授がテープレコーダーをおこして書いた「芸者さゆり」の生涯が「さゆりの目を通して」語り進められるのです。これ、トリックなんです、分かります?この本の著者は前述の通り「アーサー・ゴールデン」という人。訳者の「ヤーコプ教授」というのは架空の人物なのです。アーサー・ゴールデンが架空の人物である「さゆり」の生涯を記録し翻訳した訳者「ヤーコプ教授」という人物すらも作り上げてこのフィクションに現実味を持たせているのです。読者は、その「千代(後のさゆり)」という少女の生い立ちを読み進める前から「千代」を実在の人物と錯覚しニューヨーク大学の教授「ヤーコプ・ハールホイス」が取材して書き上げた「人物伝・さゆり」を読む気になっているのです。日本語版では、作中の言葉は完璧な「芸妓ことば」です。アーサー・ゴールデンが英語で書いた原作を小川高義氏という訳者が翻訳して出版されています。私はこの小川氏こそが最もこの本に息吹を与えた人物のような気がするのですが、とにかく小川氏の超訳は素晴しいです。さて、話は戻りますが「さゆり、ハリウッド映画化」。記事を読むと、主人公さゆりは中国人俳優。役者達は、全員、全編通して英語のみを話すらしいです。そして、どういうわけか「ファンタジー映画」として仕上げたらしいです。。。原作(この場合日本語訳版)に完璧に忠実にとは期待しませんが、いくらなんでも「ファンタジー」はないでしょう~!もぉ、この作品のいちファンとしては本当に本当に残念。。。日本で日本人の俳優で「忠実に映画化」してくれないかな。。。原作、もしくは日本語版を読んだことがない方本は好きだけど「小説は読まない主義」の私が自信をもってお勧めします。是非いちど小川高義氏訳の「さゆり」に出会ってみて下さい。ほんまに ええ本どすえ。
2005/03/28
英語がまだ「音」にしか聞こえなかった頃。「れろべろべ」と言われて「?」と思ったら「Little bit of it.」の事でした。。。(爆)英語を、耳で聞いたままに覚えた私は、洋楽すら♪In the sky = ♪良いんですかい?♪Saturday night = ♪猿でない♪Oh what a night = ♪終わらない(↑Four Seasonsのヒット曲December1963ですよ)と恥かし気も無く歌っていましたがこういう経験、誰しもあると思います。さて、以下の文は港にて、漁師のAさんとBさんの会話です。もちろん会話は全部英語です。~When Fishermen Meet~ 1. A: “Hiyamac?” 2. B: “Lobuddy!” 3. A: “Binearlong?” 4. B: “Coplours.” 5. A: “Cetahanenny?” 6. B: “Goddafew.” 7. A: “Kindarthay?” 8. B: “Bassencarp” 9. A: “Ennysizetoom?”10. B: “Cuplapowns.”11. A: “Hittenhard?”12. B: “Sortalike.”13. A: “Whatchaoozin?”14. B: “Gobbawurms.”15. A: “Fishanonaboddum?”16. B: “Rydonaboddum.”17. A: “Whatchadrinkin?”18. B: “Jugajimbeam.”19. A: “Igoddago.”20. B: “Tubad.”21. A: “Seeyaroun.”22. B: “Yeahtakideezy!”23. A: “Guluk!”彼らが何を言ってるか分かります?訳(?)をつけますとですねぇ、 1. A: “Hiyamac?” = “How are you Mac ?” 2. B: “Lobuddy!” = “Hello buddy !” 3. A: “Binearlong?” = “(You’ve) been here (for a) long (time) ?” 4. B: “Coplours.” = “A couple of hours.” 5. A: “Cetahanenny?” = ”(Did you) catch any?” 6. B: “Goddafew.” = “(I’ve) got a few.という具合です。私の「猿でない」よりスゴイわ、これ。。。ちなみに私は8と18が何のことやらサッパリなのですがどなたか分かる方いたら教えて下さい。これを見たら「そうそう、こう聞こえるのよね~、最初は!」と妙に「れろべろべ時代」が懐かしくなって今日は思わずこの話題でした。「リトル ビット オヴ イット」と言っても通じません。正しくは「れろべろべ」です!今、私には「韓国語」がまさにこの状態。昨日は、チャメ(マクワ瓜)は「チャ+メ」じゃなくて「チャン+フェ」だという事を知りました!もぉ、目からウロコ、ウロコ。連音(リエゾン)する言語って面白いわ~。それでは皆さん、ハバナ椅子でぃ!(=Have a nice day!)
2005/03/27
英語講師のトレーニング・ワークショップではHome Practiceと称して宿題が出されるのですがここ数日、その宿題にかかりっきりだった私。読んだり、書いたり、新聞切り抜いたり。。。久々に脳みそ使って、知恵熱でも出した日にはシャレにならないわと気を揉むほど。おかげでここ一週間ほどインターネットで日本のニュースを見てなかった~!それがストレスになっていたのでしょうか夕べは悪夢にうなされて、暴れて、ベッドから落下しました。落下するほど暴れたのは1年ぶり。ちょっと無理して終わらせた宿題なのに今週のワークショップはイースター週末で休みだったんだ、私のバカ。。。ま、おかげで土曜の朝はゆっくり眠れるわと思ってウキウキで布団に入った夕べ。その結果がものすごい悪夢でした。私は夢をみても目覚めた途端に忘れてしまうたちなのですが夕べのは鮮明に覚えてるんです。以下、夢の話です。最低にくだらないです。大荷物を抱えて、東京に里帰りした私。到着したのは成田空港ではなく何故か新宿駅西口。しかし辺りの様子がどうも変。西口の地下街は荒れ果て、物乞いや孤児達が沢山いる。あら、あなた、もしかしたら死体?のような人も横たわっている。大きな大きなカラスが方々に沢山飛んでいる。それはさながら芥川龍之介の「羅生門」の世界。天保の大飢饉ならぬ「平成の大飢饉」状態。しばらくインターネットでニュースを見ない内に東京がこんな事になっていたなんて!どどどど、どうしよう。私の家族は生きてるんだろうか。。。制服を着た警察官のような人がいたので「実家のある○○まで電車は走っていますか?」と問うと「明大前まで歩けばそこからは電車があるだろう」との事。でも、でも、あわわ、あわわ、とパニックの私に「大丈夫。田舎の方はこんなひどくはないらしいよ」と警察官。落ち着け、落ち着け、私。今しなきゃならない事はなんだ?公衆電話は何処にもない。とにかく家に帰ろう、何日かかろうと、歩いてでも帰ろう。このスーツケースを持って歩くのは無理だろうと思った私は闇市で自分の荷物を売る事に。でも、どうしてこんな事になっちゃったの?「あぁぁ、あぁぁ、あぁぁ、あぁぁ~!もぉ、ど~してぇ~? もぉ、ど~してぇ~?#△π■Πж*◎▼~~~~~!!!!」と言いながら荷物を引きずって歩き回っていたら足を踏み外して。。。気が付いたらベッドと壁のわずかな隙間に布団ごと落下してました。深夜まだ起きていた夫の話しによると、私は「あわわわわ~」と言いながら居間にいたの夫の元へやって来て一通り「東京が非常に大変だった」話をして再び眠りに戻ったそうです。そして、今朝、起床後に布団を直していたら、なんと。。。布団カバーが、ひ、引き千切られているではありませんかっ(驚)!私、いったいどうしちゃったんだろう。。。以前も、あんな睡眠障害や、こんな睡眠障害の話を書きましたが、夕べみたいに暴れてベッドから落ちるのも実は何度も経験済みなんです。。。え?誰です?「寝相が悪いだけ」なんて言うのは?しかし、どうして私はぐっすり眠れないのでしょう。どうして私は静かに可愛く眠れないのでしょう。こんな自分が怖いんです(涙)。「僕はもっと怖いんですけど」 ← by夫。
2005/03/26
夕飯の時、小皿に残ったお醤油にご飯を入れて食べようとしたら、夫が「いいから、いいから」と鼻で笑いながら私の小皿を取り上げました。そ、そうだった。。。もうこんな事しなくていいんだった(恥)。子供の頃、小皿にお醤油が残ると翌朝また、そのお醤油を使わされたりしませんでしたか?う、うちだけかな。。。うちだけだろうな。。。私はそれがイヤで、お醤油が残ってしまうと無理に飲んだりしてたんですぅ(涙)。塩分過多でしょう~?(でも私は低血圧です、自慢)よそでお造りなんかを戴く時、ドボドボと醤油を使わないように、と訓練されていたのでしょうか。それとも単に、うちの両親祖父母は「もったいないお化け」だったのでしょうか。極めつけは、食べ終わった後、自分の使った小皿をお漬物なんかでぬぐったり、ご飯茶碗にお茶入れて飲んだりとか。まるで精進料理みたいですが(笑)。これもうちだけかなぁ。ご飯粒を一粒でも残そうものなら「お百姓さんが八十八回手をかけて育てたとよ~、 キレイにちゃんと食べなっせ。」って言われたなぁ。どれもこれも「kangがよそで恥かしい思いをしないように」と思っての事だったのでしょう。おかげで、残さずきれいに戴く子に育ちましたが、夕べみたく「思いがけず醤油が残ってしまった時」つい昔のクセで、無理に使いきろうとしてしまうのまで身についてしまったじゃないの~(涙)。これじゃ余計に恥をかくじゃないの~!夫は 私の実家で食事をする時食後、当たり前のようにご飯茶碗でお茶を飲む私達をどんな風に見てるんだろ。。。「ぎょえ~」と思って見てるのでしょうか。夕べは、食後の皿洗いが出来ませんでした。昔を思い出していたら、ついでに米の磨ぎ汁で食器を洗う、うちの実家を思い出してしまいお湯を流すのが気が引けてしまった私。。。あ、言い訳がましいです?分かっちゃいました?ハイ、正直に言います。サボっただけです(笑)。
2005/03/21

私の自慢は、こんなに「肉の脂身」やら「エビ」やら「マヨネーズ」やら「チーズ」やらいわゆる「高コレステロール」なものが大好きでわんさと食べているのにも関わらず血液中コレステロール値が120前後しかないこと。肉の脂身を必死でよけて食べている夫は血液中コレステロール値が 可哀相な事に私の2倍。「不公平だ~」といつもこぼしています。野菜も魚も大好きですが、肉も大好きな私。ところが。。。。先月末牛の祟りでも書きましたがステーキ食べて翌日起き上がれなくなったり、実は先日のコーンドビーフでも翌日は胃もたれで アルバイト中にしんどくなったり、どうも最近、肉を食べると、必ず体の調子がおかしくなります。「三十路を超える」ってこういう事だったんだ。。。これからは注意しなきゃと思っていたのですが金曜日の我が家はタッカルビ↓でもって、土曜日の夕飯は「日本通サルバドリアンの妻さん」家族と 焼肉食べ放題↓内臓フェチの私が、レバー、蜂の巣、砂肝を山盛り鉄板に乗せるものだから、隣に座っていた内臓系苦手のサルバドリアンの妻さんは始終 顔を引きつらせてました。ゴ、ゴメンナサイネ~(笑)。今 絶対に私の血管詰まってると思う。また起き上がれなくなったらどうしよう。今度こそ、しばらく肉は控えます。だから、また「沢山肉を食べても大丈夫な体」を私に返して下さい~!昔みたいに食べたいよ~!
2005/03/19

私の優しくてハンサムな自慢の甥っ子がソウルの地下鉄を利用するにあたってのルールを教えてくれました。↓見づらいのですが、電車内の写真。左の絵の意味:(知り合いを見かけても)バイバイ禁止。右の絵の意味:カッコつけるの禁止。だそうです。へぇ~、ソウルって厳しいんだねぇ。おばさんビックリ~。おばさん絶対バカだと思われてる。。。(涙)ま、でも 甥っ子可愛いから許す。
2005/03/18

アイルランドでキリスト教を布教したパトリックさんという人の命日だそうです。夫の仕事仲間、キャレン&ボブのお宅へセント・パトリックス・デー・ディナーに呼ばれて行ってきました。実は、去年のこの日もこの家に招かれて同じ日記を書いてます(笑)。セント・パトリックス・デー おなじみのメニューです。↓コーンドビーフ、ゆでキャベツ、蒸かしイモ。↓アイリッシュ・ソーダ・ブレッド。↓これは私が作っていった 杏のケーキ。どうです、緑一色で可愛いテーブルセットでしょう?この家は「紙皿&紙コップ」なのがいい!緑の風船に囲まれて、緑の帽子をかぶってギャーギャー大騒ぎしながら食事しました。うちの夫は興奮しすぎて、プラスティックのフォーク(と言っても結構丈夫なやつ)を真っ二つに折ってました(恥)。余談ですが、私が先生をしていた頃、公立の小学校でセント・パトリックス・デーに「緑のスクランブルド・エッグとハム」が給食にでてました。。。卵が緑ですよ、緑!翌朝「緑のお通じ」があるんじゃないの?Dr.Seuss著の「Green Eggs & Ham」にちなんだらしいけどワタクシ、ぶっ倒れそうになりましたわ。あんなもの育ち盛りの子供に食べさせても良いのでしょうか。。。さて、今スーパーに行けば、コーンドビーフがパウンドあたり99セント位で 大安売りしてるハズ。なのですが、私は先日24ozステーキで死にそうになったのでしばらく肉は自主規制。。。え~ん(涙)
2005/03/17
以前、私は劇場(特にお子様向けミュージカル)のオタクだという話を書きましたが、今日はもうひとつの オタク・カミングアウトをします。前回に増して とてもサムイ話です。実はワタクシ、何を隠そう、10代の頃は「マドンナ」の信者だったのです。あ~、懐かしいわ~、& 恥かしいわ~!先月帰省した時、実家にずっと置きっぱなしだった荷物を箱詰めして船便で、ここ長島に送りました。その荷物が今日届いたのですが、ダンボール箱から出てきたマドンナのコンサートビデオたち。今日、15年ぶりに「BLOND AMBITION TOUR」のビデオを観て、近年 忘れていた大事なものをあれも、これも、続々と思い出してしまったのです。そういえばワタシ、マドンナと同じ言葉を話せるようになりたくて、独学で英語を始めたんだった。で、いつかアメリカへ行って、マドンナに会って「ある事」をお願いしよう、と決めたんだったわ。そうよ、そうよ~、私にはビッグ(?)な夢があったのよ~!高校生の頃、短期でアメリカに来ていた頃はまだ夢をみていた私でしたが。。。留学生として渡米してからは、家が貧乏だったがゆえ奨学金を受けるためにひたすら勉強していたらマドンナどころではなくなっていた。。。卒業後、せっかくニューヨークへ出てきたけど就職をしたらもう、自分の生活で精一杯だったし。。。結婚した今なんて、もう。。。美味しいものを食べることだけが唯一の楽しみで、早く子供を生まなきゃというビッグな夢はあるけれど、他にこコレといった目標も無く、平和な日々を淡々を過ごすだけ。ううう、私ってば、私ってば。。。なんてつまらない大人になってしまったんでしょ~(涙)!夫には悪いけど、私 こんなところで呑気に奥さんなんてしてる場合じゃなかったんだわ!マドンナに会いに行かなきゃならないんだった~!せっかくアメリカ在住の夢を手に入れたんだもん!ワタシ、ワタシ、あわっ、あぅ、あわわわわぁ~。コンサートビデオを観ながら2時間半ぶっ通しで歌い続ける私を見て夫は「その情熱をもっと有意義な方向へ使って下さい」とボソッと言いました。本当は私、歌だけじゃなくって、歌だけじゃなくって。。。マドンナと一緒に。。。お、お、踊れるのよ、夫~。でも、さすがにこれは 夫にも見せられないわ~。私は 点数を競うスポーツは苦手ですが、体を動かす事は嫌いではなく、実はダンス歴があるのです。だからマドンナのVOGUEなんて、15年以上経った今でもまだ踊れてしまうのです、これが(自慢!)。中学生の頃は、家族が寝静まった夜中にリビングのカーテンを開けて、ガラスを姿見代わりにしてマドンナのミュージックビデオと一緒に踊りました。♪カモン ヴォーグ♪って。ん~、ゾクゾク~!今思うと別の意味でとってもゾクゾクです。。。当時のマドンナは本当に私の神様でした。彼女を真似して17歳から19歳までの私はなんと、菜食主義者でした!(ある日、献血が出来なくなり、あえなく中止)そして、彼女が言ったフレーズは全て丸暗記していた私。今でも覚えている 当時大好きだったフレーズは「I’d rather go though the fire than around it」(火を遠巻きに避けるより、その中を行くわ)ってのが若かった私にはとってもカッコ良く聞こえてこのセリフ、いったい何度使わせて頂いた事か(笑)。だから、必然的に20歳位までの私の英語は思い切り「マドンナ口調」。それから大学で、学校の先生になる訓練を受けているうちに「You talk like a teacher」と言われるほど「先生口調」に。が、ニューヨーク市内で生活し始めると先生口調がすっかり消え失せ「自分の英語」が取りあえず 身についた、のですが。。。東京に一時期帰って、特殊な機関で仕事をし始めたら、仕事柄か「Junk」と言えば「Rubbishだ」と訂正され、ボスに「もっと洗練された英語を使ってプリーズ!」と涙ながらに懇願され、それじゃ、知的に喋る人の物真似をしようと思い、何故かお手本にしたのが「THE X-FILE」のエージェント・スカリー(爆)。主婦になってからは、英語すら使わない生活。いつの間にかマドンナの存在は私の中で薄れていったわけです。まぁ、1993年以降のマドンナはガラリとイメージチェンジをしたため、たとえ私が学業に忙殺されていなかったとしても、もう彼女の歌は聞かなかったと思う。それに最近のマドンナは、母となり、今はイギリス在住らしいしおまけにいつの間にか 随分と顔が長くなっちゃって昔の「小顔で筋肉質な姿」とは似ても似つかなくなっているし。。。(涙)でも、今日観た15年前の彼女の姿。今の私の年くらいなのですが、完っ璧な肉体美でエネルギッシュで、カリスマ的で、オーラがあって、今見ても、やはり ものすごくカッコイイ(うっとり)。やっぱり会いに行こうかな。。。そして、お願いしたかった この一言、「私を是非アシスタントに! I promise that I won’t let you down!」を、今こそ 言いに行くべきかな~。おおお、私はいったいどうしたらいいの?!夫と平和な長島ライフを取るか、ビッグな夢マドンナを取るか、んん~、揺れるわ。。。。
2005/03/16

朝から昼寝(?)してたら「 OZさんとお昼食べに行くよ」と夫に起こされました。しめしめ、料理しなくて済んだ。フリーページの「長島B級グルメ」でも紹介している地中海料理ビュッフェに行って来ました。OZさんちのパパは「クスクス」のことを何度教えても「シクシク」と言います。諦めてシクシクで通す事に決めました。今日はうちが誘っておいたくせになんと お会計の時に、お金が足りなかった。。。(恥)「五千円札ならあるんだけど。。。」だって夫のバカ~ッ(怒)!OZさん、お金貸してくれてありがとうございます(恥)。。。食事の後は、OZさんが 腹ごなしに長島の南にある「炎島(ファイヤーアイランド)」に連れて行ってくれました。夫も私も「炎島」に上陸するのは始めてで思いがけず いい週末になったなぁ。私は、野生の鹿に出くわすのは ヴァージニア在住の頃以来 久々です。「鹿せんべい」が欲しかったわ~。OZさん、今日も色々ありがとうございました。手作りパンもご馳走さまです~。
2005/03/13
今月から始まった英語講師のトレーニング・ワークショップ。週に1度、4時間ぶっ通しでセッションがあるんです。間に15分休憩が入るのですが私のへっぽこ集中力がもたない~。理由はもちろん「おなかがへる」から。。。休憩の間に食べればいいと思うでしょう?でも15分で食べられるものなんて たかが知れてます。せいぜいおにぎり2個、そんなんじゃ持たない。暖かいものが食べたい!コーヒーやスナックは用意されているのですがそんなものでおなかを満たしたくないのよ~。日本では、多分あまり無いと思うのですがアメリカでは、会議中や、大学の講義中でもサンドイッチや果物をかじったりして 大丈夫だったりします。私のワークショップも、食べながら受講してOKと言われました。でも、日本人の私にはそれが出来ません(涙)。大学時代は出来ていたのに、大人になった今、ど~しても出来ない。インストラクターが 飲まず、食わず、の立ちっ放しで講義している横で、ご飯食べられます?!40人いるワークショップで、美味しい匂いを漂わせながらスープなんて食べてる人もいるのですが、私も食べたいけど出来ない。あと、飲食とは関係ないですけど講義中、椅子の上に足を乗せるってのも学生時代の私はアメリカナイズされてて平気でやってたけど今は出来なくなってるわ。。。図太い神経を持ったアメリカン達がちょっと羨ましい。あ~、大和撫子って辛いわ~(え?ダメ?)それにしても、皆がワイワイガヤガヤ声を出しているワークショップで良かったです。これがシーンと静まり返った部屋だったりしたら絶対 私のおなかのなる音が響いてたはず。。。ううう。。。2ヶ月もつかな、ワタシ。。。つらいよ~!
2005/03/12
最近、日本の男の子を見る機会が出来てつくづく思うのですが、日本の男の子ってなんてキレイなんでしょう(私ヘンなこと言ってます?)。なんかこう、細くて、小奇麗で、物腰が穏やかに見えるんですけど気のせいでしょうか。「NYはゲイが多いから襲われるかもよ、気をつけな」と言われたそうで「怖いんですよ、とっても」と言っていた。確かに狙われそうだわ、あなたキレイだもの。そういえば、両親日本人だけどこっち生まれのこっち育ちの男の子が私に話してくれた面白い話があります、実話です。彼が日本に遊びに行った時、コンビニエンスストアに入ったら雑誌売り場で立ち読みしている 華奢な女の子がいたそうです。近くを通ったら、ほんのりシャンプーの香りがして髪がサラサラした茶髪で、とにかく足が細くて「可愛いかも、ムフフ。。。」と思い顔を覗き込んだら。。。「そいつ 男だった(涙)」そうです。危ないところで男をナンパするところだったそうです。こっちの男の子って、ヒゲや全身の毛も多いし、体つきも(特におなか周り)も大きいし、骨格や手足がごつくて、動作もがさつでオッサンみたいなのが沢山いるのですが、そういうのを見慣れていると久々に見る日本の男の子がと~ってもキレイに見えます。「紅白」で「Gakuto(?)」っていうキレイな男の子を見たんですが、そんな感じ。日本の男の子、私なんかよりもず~っとフェミンで仕草なんか 思わず見とれてしまうわ(笑)。私はちょっと見習ったほうがいいかもしれません。ちなみに私が言う「男の子」とは20代の男性の事です。
2005/03/11
昨日、長島はひどく吹雪きました。先程、雪に埋もれた車を発掘したら雪をどけても5ミリ程の氷の膜が車一面に。ドアを開けようとしてもバリンバリンに凍り付いてて開かない~っ!だから早くおんぼろスポーツカーをどうにかして私の車をガレージに入れさせて欲しいのよ。。。ドアと格闘していたら、階下のアンソニー登場。ア:「これは、やかん持って来るしかなさそうだね」仕方が無いからまた家へ上がってやかんにお湯沸かして来てドアにかけました。やっと開いた~。1時間暖気したけど、まだ屋根の氷が溶けない。どうなってるの、長島!今日は念のため 早めに今から出勤します。ハイウェイは凍ってませんように。。。*********** 帰宅後 *************朝はやっぱり、ハイウェイも凍ってました。。。家から18.5マイルの職場に行くのになんと、1時間45分もかかりました。(普段は35分位)1マイル進むのに10分以上もかかるなんて、ありえない。自分の足で走ったほうが早いんじゃないの位の勢いで渋滞。ま、私に走れるような持久力はとうてい無いので大人しくのろのろ運転で、でも気ばかり急いて、結果、1分遅刻しました~(涙)!先週から働き始めたばかりなのに、もう遅刻~!悔しい~。あ~、なんであと1分早く出なかったんだろ~私のバカバカ。。。長島の雪のバカ!
2005/03/09
去年まで夫が乗っていた真っ赤なおんぼろスポーツカー。本当にボロボロ(Volvoではない)なので売るには忍びなく、どこかに寄贈するつもりでうちのガレージに入れっぱなしでした。そしたら「買いたい」人が現れた!知人の知人のピーター君。いまどきの若者らしく「マジかっけぇ~(本当にカッコイイ)!」(おばさんの私が言うとかなり無理がありますが。。。)と気に入ってくれました。「エンジン音が超イケてる~!」ってマフラーやられちゃってるだけなんですけど。。。。「6シリンダー、やべぇ~!(Damn!)」って本当にヤバイのよ、この車、いいの。。。?で、挙句の果てには、「オートドアロックがちゃんと働いてるよ、すげぇ~!」って君、今までどんな車乗ってたの?とにかくピーター君は「Cool, Cool」を繰り返し、買ってくれそうな感じ。も、もしかしたら臨時収入?!おおおおおおおおお~っ!!!!今月だけでも健康保険に入れるかもぉ!(実は諸事情で3-5月の健康保険加入を諦めてたんですぅ)どうか、おんぼろ車が売れますように~!ちなみに今夫が乗ってるのは、シルバーのスポーツカー。いい年したおっさんなのに、絶対にセダンには乗らないポリシーを貫くそうです。アホらし、勝手にして。。。
2005/03/08

今月に入ってから、新しいアルバイトが始まって英語講師ボランティアのワークショップも始まって2年振り位に人間らしい生活をしています。しかし、フルタイムで仕事をしながら主婦もしている人って毎日の夕飯の支度はいったいどうしてるの~?長島はまだ 積もった雪が残っているのですが今日は 天気が良くて比較的気温も高く夫も私も終日オフだったので、近所の公園へ行ってきました。去年はこの公園で、カモ、白鳥、アヒル、のヒナが卵から孵って親と同じ姿になるまでを ず~っと観察したのですが、今年もそろそろ その時期が近くなったようです。↓カモのカップル。↓白鳥のカップル。↓人種(?)の壁を越えたカップル。。。みんな~、早く赤ちゃん達の顔を見せておくれ~。赤ちゃんと言えば、ここによく書き込みをして下さるsatobonさんが2/21男の子を出産されました。Satobonさんが「身体の変化を感じます、医者に行ってきます」って日記に書かれた日を覚えてます、遂に誕生~!ずっと楽しみにしてましたよ~、おめでと~♪
2005/03/07
ある日本人の女の子と韓国人の男の子のカップルが長~い遠距離恋愛の末、文化の壁と彼の両親の反対を乗り越え、先日 晴れて戸籍上の夫婦になったそうです。今、その女の子は 韓国で彼の両親に暖かく迎え入れられ幸せ一杯で毎日を過ごしています。実は何年も前から彼女のHPをこっそり覗いている私。純粋で、ひたむきで、一生懸命な彼女に すっかり感情移入して彼女と一緒に笑い、涙しながらまるで娘を見守るように、日記を見ていました。かなりストーカー(汗)。一時は、もうダメなんじゃないかという時期もあったのでまさかこんな日が、こんなに早くやってくるなんて彼女の人生のトランジットを見てきた私は感無量です。まるで夢みたいでとっても嬉しいのです。「これからも二人 手をつないでずっとずっと頑張っていこうね」という彼女の一言にこの4年間の全てがギュッと要約されてるわ。両親を根気よく説得した彼も本当にエライ!悩んだ末、二人に耳を傾けてくれたご両親も立派です。私が彼女のHPに書き込むと一気にぐ~んと平均年齢を上げてしまう恐れがあるので書き込めないので、この場を借りてeちゃん、本当に本当におめでとう。今まで本当によく頑張りました。これから先、韓国での生活で沢山の壁に遭遇するでしょう。でも、どんな時も二人で力を合わせて乗り越えてきた壁を思い出して、手を取り合って生涯添い遂げて下さい。そして、もうひとり何故か目が離せない日韓遠距離恋愛している女の子がいるのですが彼女は現在、彼の家族の大反対にあっています。彼の側へ行くために、ある専門職を辞めて韓国へ行ったのに彼の家族に受け入れてもらえなかったんです。それでも彼を信じて前向きに頑張ってる彼女。両親と彼女の間に立って頑張っている彼の姿を見ると結婚を認めてもらいたいと願う自分がわがままを言っているようで居たたまれないそう。彼の家族に自分を否定されて、彼女も辛いだろうに、「一番のリスクを背負っているのは彼だから」と思える彼女はなんて立派なんだろ、若いのに本当にエライ。この場を借りてsちゃん、あまり一人で背負い込まないで。いつかあなたにも「あんな日もあったね」と優しい彼と笑って話せる日がきっと来るように心から祈ってます、だから負けないでね。そしてそれ以上自分を責めないでね。私は自分の結婚前に、胸が苦しくなるような思いも親の反対というのも全く経験していないので、若い彼女達の、甘く切なく痛いほどの思いを毎日垣間見ながら疑似体験させてもらっているのですがもし、私が 彼女達の年齢であんな状況下にいたらあんな風に、相手を思いやったり、私に会う以前から日本人であるという理由だけで結婚を反対する相手の家族に敬意をはらえただろうか。親の同意が不可欠という相手を待つことが出来ただろうか。そんな文化を持つ相手の国を好きになれただろうか。ん~、私なら絶対に出来なかったと思う~。。。私が結婚した時、真っ白な和式(白無垢)と真っ赤な韓式(チョゴリ)の婚礼写真を見た ある国際結婚経験者の女性からの言葉です。「アメリカに住むあなた方二人には帰る場所が2箇所、 2倍もあってうらやましいです。 ただ、晴れの衣装からも明らかなように二国の文化の相違は 今後なにかにつけ感じるのではないかと思います。 お互いが理解できない時もあるかもしれません。 でもいろんな思いを共有しあいながら少しずつ、 離れられない夫婦になるのだと思います。 30年、40年後のお二人の写真をまた見たいです」私は日常を母国語である日本語で過ごし夫の国との文化の違いもほとんど感じず日々を過ごし夫の家族からも大事にされて、夫は私の家族を大事にしてくれてこんなにも恵まれているのに、帰省の度に「帰る場所が2箇所もあるから大変だね~」なんて愚痴まで言って、あ~、なんてダメな奴なんだろ。。。若い彼女達に教えられることが本当に沢山。前述のeちゃん、sちゃんの他にも若い日韓カップルが沢山いるのですが(もちろん皆「韓国ブーム」のずっと前から日韓カップル)いつも、大切な事を気付かせてくれる彼女達皆きっときっと幸せをつかんで下さい。あなた達には幸せになる権利があると思う。私はどうかな。。。今の恵まれた環境に、毎日感謝してるけどそれに見合う努力が伴ってないワタシ。。。いつかバチがあたらないように、努力しなきゃだわ、努力。
2005/03/03
シアトルにホストファミリーがいます。私が高校生の時からの付き合いだからかれこれ13年か14年。私の日本の家族とも面識があり、今でも親しくしています。昔は毎年遊びに行っていたのですが私が働きだしてからはなかなか頻繁にあえなくなりここ数年は電話とメールで連絡を取り合うだけ。彼らはギリシャ系アメリカ人。ご主人のディミトリーは移民一世。奥さんのクリスティーナは移民二世。移民1世としてアメリカにやってきたクリスティーナの母親、通称ヤーヤ(ばあば)は88歳。私が初めてホームステイに来た時、ヤーヤも自宅のあるポートアンジェルスから、シアトルに住む娘のクリスティーナ宅へ来ており、私が一番長く時間を共に過ごした人。独特のギリシャ語訛りの英語を話すのですが当時の私には訛りなんかわかりませんでした。「あたしら、グリースから来ただよ」と言われても「ギリシャ」を英語で「グリース」と言うことすら知らなかった私。ある日彼らが話す外国語を聞いて、「え?グリースってどこよ~?!」とあわてて辞書を引いて彼らがギリシャからの移民と知ったのでした(恥)。ヤーヤの住むポートアンジェルスは、シアトルからフェリーで湾を渡って行く対岸の半島です。オリンピック国立公園がある、のどかで美しい所です。そしてどこか 物悲しく、寒々しい、湿気た港町。キャシー・ベイツとジェニファー・ジェイソン・リーの映画「Dolores Claiborne(邦題:黙秘)」を観たことある方、あんな街を思い浮かべてください。クリスティーナのお父さんが1930に新天地を求めて 初めてアメリカに渡って来た時このポートアンジェルスに小さな小さな平屋の家を建てました。そこでクリスティーナは生まれ育ちました。海風にさらされ、はっきり行ってボロボロの小さな家。古~い写真がこれまた古~い写真立てに飾られたちょっとかび臭い、小さな小さなリビングルーム。剥がれた壁紙の上から、別の模様の壁紙が貼られた部屋、キッチンには無論ディッシュウォッシャーも無いし、床は歩くたびにきしんでミシミシ音を立てます。それでもヤーヤの家に行くと、何故かおちつく。クリスティーナのお父さんが亡くなってからもクリスティーナや彼女の妹がお嫁に行ってからもヤーヤは一人でこの家を守ってきました。そのヤーヤも、もう88歳。昨年夏に私がクリスティーナと電話で話したとき「ヤーヤは何度も車をぶつけるようになったのでもう車の鍵を取り上げた。シアトルにある施設に入ってよ、と言ってもまだあの家にいたいと言っている」と聞きました。車無しでどうやって買出しをしてるのかな。ポートアンジェルスは今寒いだろうな~。そして今、ヤーヤの家は売却されてしまったそうです。それでもまだ「I’m not ready to leave…」と言って売った相手から逆に賃貸して、その家に住んでいるそう。一人でピューピュー海風の入る小さなかび臭い家で沢山の思い出を心に焼き付けているんだろうな。ひとつの移民家族の歴史がぎっしり詰まった小さな家。ヤーヤが家を出たら、すぐに内装屋が入ることでしょう。その前に、ヤーヤの家にもう一度、会いに行きたいな。
2005/03/02

よりによって「三一節」の今日 韓国の話を書く必要も無いんですけど、日本と韓国はもう日が明けて3/2になってるので韓国での話を書きます。その前に「三一節(サミルチョル)」をご存じない日本の方へ。「1919年3月1日、韓国の人々がソウルの仁寺洞(インサドン)で当時の日本帝国の植民地支配からの独立を訴えて立ち上がり、その後、独立運動の動きが全土に広がっていったのだが、そういった独立精神を継承するとともに民族の団結をより強いものにし、愛国心を育んでいくために制定された記念日」です。(「」内おじさん学生さんの日記より引用)帰省前から「ソルラルどうしよ~」と気を揉んでいたへっぽこミョヌリ(嫁)の私でしたが結末から言ってしまえば、取り越し苦労でした、ははは。。。だって、よくよく考えたら ソルラルまでの準備、そして後片付けだけが女の仕事で「ソルラル」自体に、女の出る幕は無いんですわ(笑)。しかも、その準備も うちのシオモニ(義母)とヒョンニム(兄嫁)が、抜かりなく終わらせていてくれて私のした仕事といったら ソルラル前夜に手桶一杯の「栗の皮剥き」をしただけ(恥)。でも終わったら、右手がナイフを持ったままの形からグー・パーが出来なくなってましたわ(笑)。極めつけ、ヒョンニムがソルラル当日 栗を見て「これ、剥き方がなんかヘン~」ですと(爆)!当日は、シオモニ宅に 夫の兄家族がやって来てソルラルのチェサ(先祖供養)が始まりました。「ワタシはいつ呼ばれるのかな」とドキドキしながらシオモニとヒョンニムと3人で台所で待機していたのですがやっぱり本当に「男だけ」でやるのね~。女はただ 裏で働いていればいいのよ。あ~、気が楽よ~、女で良かったよ~!男連中4人が正装してチェサを執り行っている間、女3人は台所で前掛けをかけたまま、音を立てぬよう静かに突っ立って待っている。アジュボニム(夫の兄)の「終わったよ」を合図に女達は又ガチャガチャと動き出し、チェサの片付けそして、食事の支度を始める。男達はテレビをつけて話をしながら食事を待つ。その前を私達が行ったり来たり、行ったり来たり。なんだか「昔の日本」を描いたお芝居に出演してるみたいで面白い。うちの夫なんか、長島では毎日夕飯の後片付けを当然のように手伝っているので、ここでは全く働かない夫がちょっと新鮮。食事の前には、上座に座ったシオモニに対して年長者から順番に、例のうやうやしいクンジョルというお辞儀をし、新年のご挨拶をしてシオモニからのお言葉をもらいました。結婚式のぺペクを思い出すなぁ。以前も何度か書いたうちのハンサムな双子の甥っ子達には私からお年玉をあげました。双子のかたわれの方は野口英世のファンなので千円札もあげました(笑)。お正月の食卓は、トックマンドゥクク(餅と餃子入りスープ)があるだけで、後はいつもの食卓と同じなんだね(笑)。でも、大勢で食べると美味しくて食が進むわ~。大食いの嫁でゴメンナサイね。こうして私を家族の一員として 暖かく迎え入れてくれる韓国の家族。あなた達と出会えて私はホントに幸せ、どうもありがとう。結局、一番若いくせに一番働かなかった私。だってどう動けばいいのか分からないんですもの~。「最後の皿洗いだけは何が何でもさせて下さいっ!」と言ってなんとか嫁として格好もつきました。私のソルラル初体験、案ずるより生むが易しでしたわ、ほっ(笑)。夫はソルラルに帰省出来たのが十数年ぶりらしく「親孝行できた」と喜んでるし、良かった、良かった。******************************「三一節(サミルチョル)」についても少し触れます。去年はあえて日記に書かなかったのですが、今、日本は空前の韓国ブームらしいのであえて書きます。韓国では、この日は祝日。国民の反日感情がピークになる日です。仁寺洞(インサドン)を初めとする街の至る所で日の丸がボロボロに燃やされる日です。テレビをつければ「日帝時代の韓国がひどい目にあった話」オンパレードで老若男女の反日感情を煽ります。「ヒドイ仕打ちを忘れない、後世に伝える」のも大事な事かも知れないけど私は個人的にはこのやり方は「未来の無い」残念な方法だなぁと思うのです。日本がした事全てが「悪」だったと言い切れるのかな。義務教育の設置や、街の区画整理、衛生保険教育、生活の近代化 等々、日本から受けた恩恵も多少はあったのではないかな。三河の住人さんという方がご自分の日記に、今年の三一節は「ノ・ムヒョン大統領の談話も 専ら国内向けのもので 日本を刺激する内容ではなかった。韓国が 経済的に自信を高めていけば 反日をあおることで政権を維持する必要もなくなるだろう」と書かれていますが、私も同感。「ねたみ、嫉妬」では無いのかもしれないけど、韓国の人々、もっと自信を持って。韓国にも日本より優れた所が沢山あるんだから。そして韓流ブームでフィーバー(死語?)している日本の「にわか韓国ファン」の皆さん。女は働くだけの旧正月や、三一節のことご存知でしたか?もし、韓国の人に感情的に「独島を返せ」と言われた時理性を持って「竹島が日本の領土である理由」をきちんと説明できますか?そして最後に、リベラルに偏りすぎている思想の方々、「韓国は(様々な理由で)可哀想な国だから、悪いことをした日本人として謝罪をしてあげよう」というおごった考え方をしていませんか?韓国人は決して「可哀相な人々」ではありません。繰り返し言いますが、日本が羨ましがるに値する日本より優れた部分だってあるのです。偏った反日教育しか受けられなかった可哀相な人も沢山いますがそうでない真の意味で、教養ある人々だって沢山いるのです。いづれ うちに子供が生まれて、その子が大人になる頃には韓国の「三一節」も、もっと未来のある式典になっているといいんだけどな、と私は毎年思うのです。
2005/03/01
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