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「人探し」の続きを楽しみに待っていて下さる皆様、ごめんなさい、今しばらくお待ち下さいませ。なんだかここ数日、ゆっくりコンピュータに向かう時間が取れなくて私も非常に欲求不満です。皆さんのサイトも見て回りたいのに~!コメントを下さった皆さん、ありがとうございます。お返事は 近日中に必ずしま~す!ところで、最近親しくしてもらっている近所のある方がいるのですがここではあえて「マー女史」と呼ばせて頂きましょう。マー女史と私の年齢差は実に42歳。なのですが、私達は 話し出すとつい夜中まで話し込んでしまう位、ものすごくウマが合うんです。マー女史は3ヶ国語を自在に操る才女で、ほんの数年前まで、バリバリのキャリアウーマンでした。そんな彼女の話に、私はつい引き込まれてしまうのです。私にとって歴史上の出来事が、彼女にとっては経験なのです。そしてマー女史はカウンセラーのように、とっても「聞き上手」。特にここ数週間は、毎日まいにち毎日、メールに、電話に、家に行ったり来たりし合って、なんだかこう言うとおこがましい言い方ですが「良いお友達」としてベッタリ仲良くさせてもらっていました。その彼女が、今日から3週間も中国へ行ってしまってお留守なんです~。I already miss her so much~(涙)!!!3週間もマー女史無しで生きていけるんだろうか、私。。。と朝からものすごく落ち込んでいたら、とびきりのグッドニュースがありました!近所の親しい友人が、出産しました!私も夫も今日は仕事で留守だって知ってるのに出産直後のしんどい時に、わざわざ電話をくれて留守番電話にメッセージを残してくれていました。こんなことされたら一生消せないよ、このメッセージ~!どうしてくれるよ~?!夕方、早速 夫と病院に面会に行きました。幸せのおすそ分けを存分にしてもらいおかげですっかり元気になった私。実は最近、私の親戚に不幸があったりと暗~いニュース続きの我が家だったのですがようやく明るい話題が出来ました。友よ、ありがとう & おめでとう~!明日も面会行っちゃお~っと、むふふ。。。
2005/05/30
実はワタクシ、一年以上前に「人探し」をしてました。もうすっかり諦めていた今頃、その「人」が見つかりました(驚)!探していた「人」とは、私の母の兄を知っている人。まず母の兄の話をします。母の兄は若い頃に他界しており、私は会ったこともないのですが母がその兄の事を、大変慕っていたことは知っていました。2年半前に祖父が他界した時、お棺に眠る祖父の背広のポケットに母がそっと忍ばせたものを 私はあとからコッソリと覗いてみたのです。それは「兄ちゃん」と書かれた袋に包まれた真っ白なお骨の破片でした。母は若くして死んだ兄のお骨を35年以上大切に持っていたようです。祖母が死ぬ前に、それを祖母に見せて、一緒に連れて行ってもらうつもりが祖母の死後ドタバタで、お棺に入れ忘れたらしく(汗)その18年後、祖父に代わりに連れて行ってもらうことにしたそうです。ワタクシ、自分のそそっかしさのルーツをここに見たような気がします。。。(汗)さて、その母の兄を知っている人を何故探していたかというと、祖父の死後、再び渡米してしまった私は何も親孝行は出来ないけれど、もし母が慕っていた兄の話を娘の私とすることが出来たら母は喜んでくれるかな~と思ったのです。人探しを始めたのが、祖父の死後1年ほど後なので今から1年半前です。その時は、母の癌のことは母本人も知りませんでした。そして、今月の12日、母の抗がん剤治療が始まる丁度1週間前に、「あなたの伯父さんの同級生です」という人が現れたんです!今日はここまで、むふふ(笑)。。。
2005/05/23

昨日おとといと、なぜか重い話題が続いてしまったので今日は軽くて可愛い話題です、ホッとして下さい(笑)。先週末の話ですが近所の公園に水鳥のヒナと、チューリップを見に行って来ました。↓チューリップはジョージア・オキーフ風の アングルでお楽しみ下さい。↓カモのヒナは卵からかえってました。↓こちらは、足がしびれて座りなおし中の母ガモ。 頑張れ母ガモ!来週は白鳥のヒナが孵っているかな~、楽しみ~。
2005/05/18
先月、癌の手術をした母が、抗がん剤治療のために日本時間の17日から再入院しました。病院へ向かう日の朝、母から「今から(病院に)行って来るけんね~」と電話がありました。母が電話をくれるほど親子らしい関係になれたとね~。あ~、先月見舞いに行ってホント良かったたい。前の晩は、冷凍出来るだけの料理を作って当日の朝は、父と妹を仕事に送り出し、洗濯と風呂掃除をして、置手紙を書いて最後に私に電話をくれたそうです。私が病院に連れて行ってやりたいけどこんな時にも付き添えない娘で悪いね、母よ。母は、覚悟の決まった明るい声でした。電話がきた時、長島は夜だったのですが翌朝(今朝)目が覚めて、病院で一日目の夜を丁度迎えているであろう母のことを考えました。そして、今頃 最初の朝を迎えているんだろうな。2日後から始まる抗がん剤治療。この1ヶ月、私は 癌に関する本を数冊読みました。これから母は、この治療の副作用に耐えるんだな。下痢と吐き気と脱毛か~。。。あ~、代われるものなら 私が代わってやりたいわ。先日、おうじさんのブログで見かけた泣けるCM「母はパソコンをはじめた」まさに私の状況そのままで、2度は見られませんでした。やってくれるね、パ○ソニック。頑張れ、母!
2005/05/17
3年前の今日、亡くなった知人の話です。トレードマークはルパン3世みたいな「もみあげ」。私は「もみあげ君」のお兄さんを通じて彼と知り合いました長男である 彼のお兄さんは、子供の頃から大変優秀で進学校へ進み、国立大学を卒業し、その後アメリカへ留学しました。出来のいいお兄ちゃんに比べられながらももみあげ君は 決して卑屈にならず、やんちゃな明るい いたずらっ子で、友達がとても多い不思議な魅力のある男の子でした。小学校の三者面談でお母さんは、彼の先生に「お兄ちゃんはよく勉強するんですけどねぇ」。彼は「母さんは、ぼくの面談で 兄ちゃんの話ばっかりだよ~」と言って周りを笑わせる子でした。高校生の時、校則で禁止されている「バイト、バイク、バンド」の「3B」を全部やっていたらしいもみあげ君。その彼に高校の先生が「お前が大学に入れたらオレは教師を辞めてやるぞ」と一言。彼は「よっしゃ見とれ」と勉強を始め、なんと、関西の私学でトップの大学へ合格してしまいました。「なのに先生、まだ辞めないんだよ~」と言って皆を笑わせた もみあげ君。大学時代、1ヶ月の予定で出掛けたアジア旅行。なのに何ヶ月経っても帰ってこない彼。大学も休学、で留年。ご両親は「どこにいるのかも分からない」とずっと心配していたっけ。10ヵ月後、ヒゲモジャになって、ガリガリに痩せて、でも人間的に更に大きくなって戻って来た もみあげ君。どこかの国で熱病にかかって現地の人に助けられその人の家で暮らしていたらしい。。。ある年の冬、私は彼の家族と、メキシコ旅行をしたことがありました。皆が、カタコトのスペイン語で悪戦苦闘しているともみあげ君がスッと現われて、日本語だけで現地の人々と意思疎通してしまう。とっても不思議な人~。お兄ちゃんが、留学後もアメリカに残って就職をした時、ご両親は「長男なんだから、家に帰って来い」と説得した。もみあげ君は「それじゃぁ、ぼくが兄ちゃんの代わりにこの家継いであげるよ」と言ったそう、子供の頃から、ご両親の轢いたレールの上を黙って歩いてきたお兄ちゃんに、好きなことをさせてあげたかったのかな。「そうしたら、父さんと母さんさぁ“それは結構よ”って言うんだよなぁ、信用ないんだよなぁ、僕」と言って私達を笑わせた。お父さんとお母さんは、お兄ちゃん思いの もみあげ君の気持ちを知っていたからなんですよ。私がニューヨーク市内に住んでいた頃、「昔の彼女が一人でNYに行きます。ちょっと面倒見てやって下さい」と連絡があった。NYで彼女に会いました。「彼は、別れた今でも私にとって母親みたいな存在で、いつもどこかで そっと見守ってくれている。私に対してだけじゃなくて彼は、彼に関わった人達皆にそうしている」と言っていました。もみあげ君は、夢だった仕事に就いて、欲しかった高級外国車に乗って沢山~の趣味があって、やりたい事は全部やった。彼の事を大好きな家族と、彼を慕う友達が周りに沢山いて、皆、彼は今絶好調だと思っていた。そんな彼の、突然の訃報を聞いたのが3年前の今日。もみあげ君は、自らの命を絶ちました。理由は誰にも分かりません。ただ皆が、いつも「かっこ良かった」彼を唯一「かっこ悪い」と思った瞬間でした。「いたづらっ子だけど憎めない」彼を唯一「憎い」と思った出来事でした。彼の選んだ道は「サイテー」でした。お通夜とお葬式には、彼を慕う人々が何百人と訪れました。彼との思い出の品を棺にささげる女の子達。「自分が死にたかった時、彼が救ってくれたのに 自分は彼を救えなかった」と泣く男友達。年配者も、若い人も、女性も、男性も、皆、棺にすがって「何故?何故?」と繰り返しました。「可哀相に、可哀相に」と棺に眠る彼のほっぺをなでるお婆ちゃんと、変わり果てた姿の彼を最初に発見したお母さんの、気丈に振舞う姿が皆の涙を誘いました。あれから3年私は、もみあげ君の年を越えました。お兄さんを通じての知り合いで、彼にとって私は、きっと小さな存在だったと思いますが私にとって、彼はちょっと不思議な、大きな存在でした。きっとこれからも。もみあげ君、今日あなたの事を思い出している人がこんな所にもいますよ、という思いを込めてこの日記を書きました。これからも、あなたの家族と友達をずっと見守っていてあげてね。
2005/05/16
GWに長島の我が家に遊びに来てくれた友人が最近ブログを作りました。「東京ガイド」のブログなのですがさっき覗いたら、なぜか、長島が紹介されていました(笑)。うちの近所だけしか連れて行ってやれなかったのに写真も沢山を載せてくれてました。お時間のある方、ぜひ覗いてやって下さい。出来たらコメントしてやって下さい。どうぞ、よろしくお願いします。ただし、その友人は「長島便り」の存在を知りません。「長島便り」の存在が知られないようによろしくお願いします(笑)。 ブログはこちらです。もう一人の友人が翻訳している英語版もあるんです。
2005/05/12

長島の「金持ち村」に住んでいるジョーン&アラン夫婦宅へ、夕飯に呼ばれて行って来ました。ここの家は築90年(!)で室内装飾も見渡す限りアンティークなんです。食器棚なんか古い靴棚をリサイクルして使っててなかなか面白い家なんです。今日はジョーン宅に下宿している韓国人留学生クンのオモニ(お母さん)が訪れていてオモニの手料理をご馳走してくれました。↑韓国料理もこうやってプレゼンテーションされると 韓国料理っぽくないわ~。不思議ディナーだわ。13人分の料理、オモニは朝の10時前からず~っとお勝手に立ちっぱなしだったそう。今日集まったゲストは皆、見たこと無い料理でも美味しく食べられる「食に保守的ではないアメリカ人達」ばかりで、皆してもりもり食べてくれてオモニもとっても嬉しそうでした、よかった、よかった。これ↓生花が活けてある小さなポットはナプキンリングで、ジョーン作です。彼女はフラワーデザイナーで旦那のアランはNYの風景写真家。アランの写真もここに紹介したいけどコピーライトがあったら悪いのでやめときます、残念!
2005/05/07

この日は朝からBad newsで始まりました、ううう(涙)。私がヴァージニア州で大学生をしていた頃一学期間フルタイムで教育実習をしたキリスト教系私立高校があったのですがそこでと~ってもお世話になった学長のファーザー・フォックスが、癌で亡くなりましたという連絡があったんです。まだ55歳だし、病気だった事すら知らなかったので突然過ぎてホントにびっくり。心ここにあらず状態で運転してパートへ行き、お昼休みを取るのすら忘れて7時間ぶっ通しで、うわのそら勤務。ああ~、人の命ってはかないわ~(しみじみ)。さぁ、お昼抜きで、お腹が空いていたので夕飯は張り切って食べました!いつもの OZさんファミリーと Cicciさんファミリーが来てくれて、毎度お馴染みの「暴飲、暴食、暴喋り、&暴笑い」になりました。が。。。。やっぱりワタシって最近ついてないような気がする。。。食事が始まるや否や、ジャ~ン、真っ暗~!なぜか、リビングだけ電気のヒューズが飛びました。直るまで、しばらくロウソクの明かりで食事しました(汗)。。。「キムチ鍋」作ったけど、これじゃ「ヤミ鍋」じゃないの~!あ~、ダサいわ、恥ずかしいわ。終いには「kangちゃんが玄関掃除してないからだ!」といわれる始末(爆)。(←前日の日記参照)ホントに玄関掃除しなきゃだわ。。。あ~、なんでうちって、いつもこうかっこ悪いんだろ~。かっこ悪い我が家に不似合いな↓おしゃれなシャフサラダby Cicciさんと (私がリクエストしました)↓高級感溢れるチョコレートケーキ by Ozさん。 (Cicciさんの誕生日(先月だけど)祝い用)で、うちが用意したのは「イカ料理」ばっかり。。。。だって、ここ数日夫がイカ釣り三昧で売るほどイカがあるんですもの~!夫は、夜な夜なイカ釣りに出かけるので近頃すっかり 朝帰りの「悪いクセ」がつきました。私には絶対「悪い疫病神」がついてます。
2005/05/06

今、保険が無いっていう時に限って。。。歯の詰め物が取れました(涙)。気管支炎なりかけの次は「歯」、ううう。。。。(涙)「ついて無いよ、早く6月にならないかな~」(保険加入開始なので)とぼやいたら日本人のパート仲間に「毎朝、玄関掃除をするといいらしい」と勧められました。は?玄関掃除ですと?!なんでも、風水にこっているという彼女の友人が「盛り塩」やら「室内のカラーコーディネート」で運気があがると言うのだそう。子宝に恵まれたという話もあるらしい。玄関のたたきを毎日「拭き掃除」するのも家の入り口が清められて効果大らしい。私もそのパート仲間も、そういう話はいまいち「まゆつば」で、「盛り塩」なんてお塩がもったいなくて出来ないし。。。という考えなのですが「玄関掃除」だけは「やって損は無いよな、きれいになるしな、うん」ということで、玄関がきれいになるプラスもしかしたら運気が上がるかもしれない、で、玄関の拭き掃除開始決定。でも、でも、アメリカの家には「玄関のたたき」なんていう物がありません。だって靴脱がないからね。うちなんて一軒家の二階を間借りしているからドアを開けたらもう いきなりお勝手なんですけど~、どうしよ~。玄関と呼べる部分と言えば、戸を開けて一歩踏み入れた50cm四方くらいだな~。そこだけ拭き掃除すればいいの?50cm四方だけ?それなら30秒かからないわ、簡単だわ、やれるわ、これなら私にも出来るわ~!損しないし~。これでちょっと運気が上がるのでしょうか。。。そういえば、先日ある方が亡くなって葬式に行って帰って来た夫に「清め塩」すらふらなかったワタシ。とにかく何においても信仰心の薄い私にご利益があるのでしょうか、疑問~。。。でも頑張る。たんぽぽ頑張れ、ワタシも頑張る。
2005/05/05

GWを利用して日本から友人夫婦の訪問。友人の旦那にとっては初めてのニューヨークだというのにマンハッタン観光はたったの二日で切り上げて長島の我が家に滞在してくれました。最近明るいニュースの無い我が家だったのですが彼女のおかげでかなり良い気分転換に。彼女が愉快そうに話す彼女自身の通院話に励まされ、幼なじみの彼女が、日本から遠く離れたここ長島の地で私の母や、死んだ祖父の思い出話を面白おかしく話してくれて、皆で抱腹絶倒しているうちに自分がいったいどこにいるのか分からなくなってしまう心地でした。つくづく友のありがたみを噛み締めた数日間。あ~、ありがたい、ありがたい、本当にありがたいよ。友よ~、ありがとぉ~!あんたが帰った5/2はあんたの誕生日だったのにね。記念すべき日を終日機内で過ごすはめにさせて悪いね。何のおもてなしも出来なくてごめんよ。いつも友でいてくれて、本当にありがとう。そしてこのHPを通して私のことを気にかけて下さる方々も本当にどうもありがとう。あ~、ありがたい、ありがたい。もったいない、もったいない。最後に「お好み焼きだけはちょっと苦手」なうちの夫に「もっと食べたい」と言わせた大阪と広島に居住暦アリの友人の旦那作 「お好み焼き」の写真です。↓関西風お好み焼き出来上がり図↓広島風お好み焼き調理途中お好み焼き3枚焼くのに、キャベツを一玉全部使い切っちゃうなんて~。知らなかったわ~。今まで私が「お好み焼き」だと思って食べていた粉のかたまりは何だったのでしょう。。。はっ、そんなことより私ったら泊まりに来た客に料理までさせてたのね?!さすが、ワタシ。。。友よ、これに懲りずに又来ておくれ~。
2005/05/03
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