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フンザからはっきりと美しくそびえる山の代表は高貴な女性の小指になぞらえられるレディス・フィンガー、フンザピーク、ウルタル1峰2峰だろう。これらの山は日本人に縁がある山で、ウルタル2峰は長谷川恒夫、(最近では佐藤裕介さんもウルタル2峰に挑み敗退・天才的クライマーも寄せ付けない困難な山!)レディス・フィンガーは山野井泰史夫妻の登攀で知られている。長谷川恒夫はアルプス三大北壁冬季単独登攀を世界で初めて成し遂げたクライマーで、トレランのハセツネコースなどでも親しまれている。1991年にウルタル2峰で雪崩に巻き込まれ遭難死した。遺体はフンザ渓谷内のベースキャンプ近くに埋葬され、バルチット城の下にハセガワメモリアルスクールがある。彼の遺志を継ぎ、妻や友人支援者の尽力によって建てられた学校である。レベルの高い教育で知られているという。 ハセガワメモリアルスクール 彼の肖像画 校章一方、1995年に山野泰史、長尾(後に山野井)妙子、中垣大作の3人は未踏のレディース・フィンガー正面ウォールを攻略して登頂に成功。水分を途中で補給できず、非常に困難な登攀になり、12日間を要した。8日分の食料しか用意してなかったのに12日間もかかったため、まるで断食のように痩せてしまったと言うことで初登攀したルートに「ラマダン」と名前をつけた。後にも先にもレディ・フィンガーを登ったのは日本人のこの3人だけだ。 レディス・フィンガー オクラのように尖っているため、別名ブブリモティン 逆さになって写真を撮る山野井 写真 山野井泰史「1枚の写真から」より引用パキスタンの山奥まで来て、日本人の活躍を耳にするのは非常に嬉しかったし、誇りにも感じた。中国は自国の利益を考えて道路を作るが、日本人はその国のことを考えて学校や病院を作る。あちこちで「チャイニーズ?」と聞かれたので「ノー、ジャパニーズ」と答えると途端に表情が明るくなってどこに行ったの、何日間いるの?とかものすごくフレンドリーになって交流ができた。私たち日本人って世界に誇れる民族なんだ、もっと胸を張ろうと実感した。
2017年09月03日
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3月20日水曜日。春分の日。今日は予報よりかなり天気がよくて朝からお日様が輝いていたので洗濯物を干せた。本当に荒れた天気になるのかしらといぶかるほどの天気だった。お日様の気が変わらないうちに公園で筋トレし、スロージョギングしてお勤めを果たした。午後もまだ天気が悪化しなかったので図書館に出かけた。まず「山と渓谷」を見る。今月は柏澄子さんの連載「凪の人」が始まったのでまずそれを熟読した。山野井妙子さんの人生についてのインタビューの第1回目である。妙子さんは世界的登山家の山野井泰史さんの妻で立派な登山家であるが、夫の名声の影に隠れて一人だけで取り上げられることは少なかった女性である。私は以前から妙子さんについて知りたいと強く願っていたのでこの澄子さんのインタビューは待望の作品だ。記事は精密に現在の生活を映し出していて、さすが柏澄子さんだ。写真もすごく良くて泰史さんのこんな穏やかな表情を見たのは初めてだった。それに素顔で化粧っけのない妙子さんの表情の魅力的なこと!!。映画の中でも全くのすっぴんで質素な衣類をまとって登場していたが、その中からにじみ出るオーラというのか人間力というのかとにかく強く何かを発している人だ。 次に健康雑誌「壮快」を手に取った。表紙に華々しくうたってあるコピーに目がいってしまったのだ。 なかなか興味深い記事がいくつかあった。「タンパク質で若返る」は老化を防ぐにはタンパク質が重要であるという話で一応知ってはいたが詳細に記載してあるので復習した。次にコーヒーがいろいろな病気に有効であるという記事があってとても参考になった。コーヒー好きの私としてはコーヒーを健康に役立てれば一石二鳥なので真剣に読んだ。そして「生命の貯蓄体操」というのもあってしっかり読んだ。要するにこれはヨガの簡易版だ。これまでヨガの基本アーサナとしてやってきたことが説明されていたのであらためてヨガの偉大さを感じた。参考になる健康記事を読んで何となく元気になれそうな気分になって図書館を後にした。まだ悪天になる前でラッキーだった。
2024年03月20日
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5月5日火曜日。子どもの日。子どもの日に相応しい爽やかな晴天に恵まれた。子どもの日と言ってももうお祝いをせねばならないような子供もいないので、朝からこの晴天を活かして庭木の手入れ第二弾で金木犀の剪定をした。わが家の金木犀はこの家を購入した年、すなわち平成元年に植えたのでもう37年になる。我が家と同じ年齢で同士のような存在ではある。しかしけっこうな大木になっていて、実はその枝葉がお隣の屋根に張り出すのが悩みの種にもなっている。自分だけでは到底できる作業ではないため、息子が在宅だった今日、息子に協力してもらって剪定を挙行した。まさに挙行という大作業だった。息子が脚立に乗って鋸を使って幹をゴリゴリと曳いて切り落とす。それを私が引き取る。切ると見当をつけたほとんどの幹を鋸で切った後はその片付けがまた大仕事だった。ゴミに出せる長さに切ったり曳いたりして揃え、ナイロン紐でしっかり縛る。3個も束にし、飛び散った枝葉を掃除して終了。とっても疲れて腰が痛くなった。連休一の大仕事だった。でもご近所の迷惑にならないように剪定できたので一安心。息子に感謝である。その後、コンテナに花を二つと野菜の鉢を二つ作った。冬にチューリップのコンテナを二つ作って夫に水やりを頼んだら、嫌がらず毎日よく水やりをしてくれた。チューリップは美しく咲き、夫もまんざらではなかったので、今度は夏用の花を植えたのだった。オレンジと黄色のマリーゴールドにコリウスの鉢、ペチュニアのブルー、ピンク、白の三色を1鉢、ついでにミニトマトとナスも買ってきて試しに植えてみた。食べられるように育てばよいが、まあ、ダメ元のつもりである。 夫は早速、いそいそと水をやってくれたのだった。大した作業ではないがジョロを持って水道まで数メートルを歩き、水をやるという少しの作業でも体も神経も使うし、何より責任感を伴うし、花や実がなれば達成感も喜びもある。一石二鳥と思っている。
2026年05月05日
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5月3日の奥武蔵縦走の最後に訪れた竹寺は牛頭天王を祭る神仏習合の古刹であるが花の寺でもある。どの季節に訪れても花が咲いていて花好きの私にはお気に入りの場所になっている。そのため多少のしんどさはあっても必ず訪れるのである。今回はツツジは終わっていたけど、クマガイソウの自生を観て大興奮、大感激した。竹藪の中に惜しげもなくクマガイソウが沢山咲いていた。何かずっと会いたいと願いつつ会えないでいた恋人に会ったように心が弾んだ。 園内にはクマガイソウだけではなく貴重な花がいくつも自生していてこの寺の植生の豊かさを感じさせられた。 エビネ 黄エビネ 白花サクラソウ チョウジソウ 万両正月のころよく見る万両が沢山の実をつけて至る所に自生しているのに驚いた。竹寺だけでなく下山する山道にもたわわに赤い実をつけた万両を沢山みて、自動反射でおめでたい気分が蘇ったのだった。
2026年05月04日
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7月13日土曜日。今日は午前中、娘とのんびり散歩を2時間ほどして太陽を浴びた。一休みしてまた図書館に出かけた。「山と渓谷」8月号とランドネを見たら、友人たちが大活躍していた。まず柏澄子さんの連載「凪の人」、今回も圧倒された。山野井妙子さんがグランドジョラスウォーカー稜などヨーロッパの並みいる困難な山稜を次々を走破していく。全く疲れをしることなく色々な人とザイルを結んで登攀し登り込んでいく様子には本当に驚いた。こんなに昇っていたんだ!!更に当時のヨーロッパのクライマーたちの自由な雰囲気にも共感を覚えた。妙子さんの青春真っ盛りという感じだった。 柏澄子さん 凪の人次に谷山宏典さんのインタビュー、杉村航さん撮影の降旗義道さんの「来しかた行く末」だ。この3人ともFBで友達になっている方たちだが、降旗さんのことはあまり知らなかった。日本登山界に大きな力を発揮して牽引してこられた方だと知った。私と同い年なのもちょっと衝撃だった。杉村さんの写真がお人柄を映し出すようでとても好感がもてた。最後は安藤真由子さんの書評「登山と身体の科学」である。真由子さん初めての書評でしかもその本が恩師の山本正嘉先生である。以前、山本先生の登山理論と方法のお話を聞く機会があり、その登山のついての方法は今でも私の中に根付いて実践の中核となっている。真由子さんの先生に対する尊敬と師弟愛を感じさせられた。 「山と渓谷」8月号は読み物もとても充実していて読み応えがあった。長い時間、図書館で過ごしたのだった。
2024年07月13日
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4月25日金曜日。小川山2日目。韮崎からガイド車で廻り目平まで入り、本日のゲレンデ・マガスラブまで樹林帯の道を登る。参加者は昨日の3人に加えてOさんと男性のKさんの5人になった。いずれも旧知の皆さんである。 マガスラブへの木陰の道マガスラブは正式にはスラブ状岩壁という名前でガマスラブの裏にあるので通称マガスラブと呼ばれることが多いドスラブの岩である。まずは「ウルトラセブン」「可愛いおんな」などの定番を昇って肩慣らしをした。 スラブの長いルートばかり次に上の岩場に行った。ここは初めて訪れた岩場で「水曜日のシンデレラ」という名ルートがあった。私以外のお上手な皆さんは順番にここにトライ。何しろ5.11aグレードのルートだから難しい。特に上部に核心があってみんな苦労していた。私なんか全く手の届かないレベルなのだがガイドが途中まで昇らせてくれて、ルートに触ることができ、良い経験になった。昨日のスラブの逆襲(5.11C)もそうだが、実力以上で困難なルートにもそれなりに触らせて経験させてくるのがこのNガイドの優れている点だと思う。感謝しつつ2ピン目までトライした。ここまではそう困難ではないが下から見た目ではわからない被りが出てきて見た目以上だった。 奮闘する皆さんその後はアルパイン的形状のカッパというルートを昇った。グレードは低いもののそう気楽には昇れないルートだけどこれまでのドスラブとは異なるクラックで面白かった。 カッパ(5.8)午後3時半までそれぞれが昇って終了。充実した2日目になった。
2025年04月25日
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12月14日土曜日。上の娘からの依頼で都内の娘宅で午後から夜にかけて子どもたちの見守りをした。12月のこの時期なので娘も夫も会合があるのだろう、揃って夜に外出する用事があって、自宅が子供だけになり、不用心なので大人が必要だということで私が呼ばれたのだ。子どもたちは大きく成長していて目を見張った。5歳の末っ子咲ちゃんは自分一人でお風呂に入った。頭もシャンプーをつけて洗い、湯舟に入って一人で体を拭き、パジャマに着替えた。驚きだ。「パパもママもいないから頑張らなくちゃ」と言っていた。結ちゃんは咲ちゃんの面倒をみて一緒に遊んでやり、布団の中で寝かしつけた。これも偉い。翔君はサッカークラブで夕方6時まで活動して遅く帰宅。すぐ風呂に入り、出たら大盛カレーを食べた。これも驚き、以前はお菓子は食べてもちゃんとしたご飯を食べている姿はあまり見なかったから。 結ちゃん 咲ちゃん 眠る二人とにかく4人の孫たちの成長ぶりには目を見張った。日々老化していく私にはまばゆい孫たちの姿を目の当たりにして心が明るくなった。生きてこの孫たちの成人した姿を見たい。
2024年12月14日
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12月9日月曜日。今日も東日本側は陽射しが届いて良く晴れた。もう典型的な冬型の気圧配置になっている。こう晴天が続くとありがたみも薄れ、昨日あたりから寒さが本格的になってきていてため、夫の健康管理に気を使っている。来年1月初めから白内障手術なのでとにかく健康維持が大切だと本人にも言い聞かせている。さて、すっかり遅くなってしまったが、「山と渓谷」に連載中の柏 澄子さんのインタビュー記事「凪の人」をやっと読んだ。山野井泰史さんと結婚して奥多摩で生活する山野井妙子さんの海外登山の話がメインだった。最初のころはその生い立ちや泰史さんとの出会いなととても興味深く読んできたのだが、妙子さんのさらなる高度の挑戦続きに読むのに大分息切れがしてきている。偉大過ぎて手の届かない領域にまで挑戦している姿には多いに感銘を受けるのだが、自分の手の届かない世界にいる人のような気がし始めているのも確かである。 いつも思うのはこうした多数の海外遠征費用はどうやって捻出しているのだろうということ。スポンサーがいたりコマーシャルに出ているというような情報も聞かないのでそれが知りたいと思う。私などほんのちょっとした海外遠征や国内登山でもその費用の捻出に苦労しているので、これだけ多数の高所登山をすることができる費用はどうやって捻出しているか、ぜひとも知りたい所である。
2024年12月09日
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山頂に着くとすぐ左側に富士山頂上奥宮久須志神社という神社がある。これは富士宮口にある富士山山頂浅間大社奥宮の末社ということを初めて知った。 富士山頂上奥宮久須志神社(吉田口) 丁度ガスって暗い 内部これまで何気なく見ていたが、噂に聞くと高齢者記帳所にある「高齢者登拝者名簿」に記帳(資格は70歳以上)すると記念品が頂けるらしい。それで早速奥宮に行ってみた。白い着物に黒い羽織を着た若い神職の男性がいたのでその旨を告げると記帳する綴りを出された。数え年は?と聞かれ、昭和22年生まれと答えると即71歳ですねと返ってくる。生年月日、住所、氏名、電話番号などを記帳して、70歳以上という事実を確認。「健脚ですね」と言われて、お神酒をふるまわれ、さらに記念の末廣を頂いた。恭しく頂き、代金を払おうとすると無料だとのこと。ますます恐縮してしまった。この記帳は1960年から行われているもので奥宮と浅間大社末社の久須志神社で取り扱っており、累計では2010年時点で1243人に上るようだ。ちなみに、過去最高齢の登頂は101歳、五十嵐貞一翁さん(1998年)だとか。後に番付表というものが送られてくるらしい。貴重で有難い体験をした。 頂いたお神酒の 容器と國鎮末廣(字体が独特)
2017年07月22日
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12月2日金曜日に遠路有楽町の角川シネマ有楽町まで出かけて映画「人生クライマー 山野井泰史と垂直の世界 完全版」を観てきた。登山家山野井泰史さんの生き方をメインにしたドキュメンタリーである。特殊分野の映画なので千葉県での上映はなく、都内でも2館しか公開していないのではるばる有楽町まで出かけねばならなかった。 山野井さんは世界の巨壁に単独・無酸素・未踏ルートで挑み続け、2021年には登山界最高の栄誉であるピオレドール生涯功労賞をアジア人として初めて受賞した人である。その後も彼の挑戦は終わらず、伊豆半島にある未踏の岩壁に新たなルートを切り拓くべく奮闘している。貴重な未公開ソロ登はん映像や、同じく登山家である妻・妙子さんへの取材、関係者の証言などを交えながらその軌跡を振り返り、“垂直の世界”に魅せられた男の生き様に迫る。はっきり言って期待したほどではなかった。ドキュメンタリーではあるが、彼の登山活動が年代順ではなく、最近の伊豆だったりギャシュンカンになったりマカルー西壁になったりごちゃ混ぜ状態なので、変化があって良い気もしたがイマイチ時系列的に理解しにくかった。山野井さんのぶっきらぼうな語りにもあまり心に響かなかった。私が注目したのは奥さんの妙子さんである。以前から注目されていた登山家だったが山野井さんと結婚してその陰になった感がする。でも妙子さんは全く素のままの飾り気のない姿で登場し、凍傷で欠けた鼻や手を隠すこともなく自分のなすべき仕事を淡々としていた。すごく心に残った。 山野井泰史・妙子夫妻 凍傷で指を失っているまたお世話になった亡き篠原ガイド、橋尾歌子さんが登場し、最後には林恭子さんも姿を見せて知人が何人も登場してとても親近感があったし、嬉しかった。
2022年12月06日
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2月20日温かく穏やかな土曜日だった。朝は頑張って筋トレとジョギング5キロをこなして、その後は市の癌検診で乳ガンと子宮がん検診に出かけた。この二つは2年に一度しか受診できない。土曜日だったけどそう混雑しないで受診できてほっとした。午後は先日押した仏の座とデモルフォセカの花びらの色がすっかり色落ちしてくすんでしまっていたので思いきって赤花処理を試みた。赤花処理をするのはすごく久しぶりなのでまず用具を探すことから始める。スポンジ、オーガンジー、赤花処理液、アイロン紙などの用具と使用法・手順を確認して慎重に「仏の座」と「デモルフォセカ」の花を置く。 スポンジの上に花を置く 紫色がくすんだ仏の座 スポンジ オーガンジー 赤花スプレーその上から赤花処理液をしっかりスプレーし、アイロン用紙をかぶせてアイロン温度羊毛レベルで10秒置く。特有の酸を含んだ匂いが鼻を突いた。換気扇を回して排気する。オーガンジーを取ってみたらあ~ら不思議!!。仏の座の花が本来の濃いピンクによみがえっているではないか。やってよかった。赤花処理の効果てきめんだ。同じようにもう一度やってデモルフォセカも処理した。予想以上に美しく洗練された花の色が現れていて嬉しかった。これまで手間を惜しんで赤花処理をさぼっていたことを反省した。 蘇った花の色
2021年02月20日
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4月18日月曜日。親しくお世話になってきた篠原達郎ガイドのお通夜が新座市営墓苑で行われた。退勤後、身支度を整えて3時半に自宅を出発して葬儀場まで行った。予報通り冷たい雨がしとしとと降り続き、寒さに震えた。会場には既に大勢の弔問者が詰めかけていたため、少し待ってお焼香した。篠原ガイドは明るく元気に優しく壇上で微笑んでいた。 焼香が終わってお清めの席が設けられていたのでみんなで移動し、そこで知り合いのクライマーたちといろいろ話をした。どの人もこの突然の悲報に動転し、取り乱し、悲しんでいたことがわかった。一人で鬱々とした気持ちを抱えてやりきれない日を過ごしてきたけど、ここで仲間と話しをして哀しみを共有することで少し気が紛れ、重かった心が少し軽くなった気がした。最後のお顔を見せてもらった。顔色もよく生前と同じ優しい穏やかな表情だった。最後の様子は目撃者は無いし、当事者3人は全員死亡ということで分からないと聞いた。でもとても安らかなお顔だったので少し安堵した。 遺品 生前の颯爽とした篠原ガイドみんなでクライミングも登山も止めず、元気に山に向かおうねと誓いあって会場を後にした。所が総武線東船橋駅で人身事故があって電車がきちんと動かず、結局帰宅したのは11時になっていた。でも生きてるんだしいいではないか。
2022年04月18日
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5月6日水曜日。振替休日で休み、本日で連休は終わりでちょっとホッとする。朝から曇り空だったが、ほどほどの気温で過ごしやすかった。朝から花壇の手入れをしていたところ、お届け物が来た。何と上の娘からの母の日のプレゼントだった。包みを開けてみると今年は「王様の足枕」という品で足を休める健康器具の一種だ。 真っ赤な色が鮮やかで気分があがる。色々説明が書いてある。早速使ってみた。足枕の固さが程よくてとても快適だ。有難い。私にとって必需品だ。これまではソファに足を乗せて休めていたのでこれからはこの赤い足枕で休息しよう。娘よ、有難う。 王様の足枕 気持ちいい!!
2026年05月06日
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4月16日木曜日。今季初めての小川山にクライミングに出かけた。朝方、千葉県地方はとても寒くて辛かったが甲府を過ぎると陽が照り始めて、そこそこ温かいクライミング日和に恵まれた。今回は今日明日と2日間予定だったが何と参加者が私一人で先日のジムに続き、またしてもNガイドとのマンツーマンになったのだった。韮崎駅から廻り目平まで車内から道路の両側に広がる景色が最高に美しかった。山桜、ヤマブキ、ツツジ、コブシなどあらゆる花が咲き乱れてものすごく豊かな里山の景観が連続して至福のドライブだった。更に清里付近では何百という鯉のぼりが谷あいに泳いでいて壮観だったし、清里高原から見る残雪の八ヶ岳もひときわ魅力的だった。 清里の鯉のぼり 清里高原からの八ヶ岳 小川山親指岩方面廻り目平から久しぶりに小川山の屋根岩や親指岩を眺めた。何度見ても良い。本日はシーズン初めということでソラマメスラブに行った。昨夜までの降雨で中央部はまだ染み出しがあったがいずれ乾くのでクライミングには支障なかった。まず「生木が倒れたよ」と肩慣らしし、続いて「甘食」と続け、永遠の課題「スラブの逆襲」をトライした。このルートは難しいがこれまでに何度かトライしてきた馴染みのルートである。ステップやホールドを確認しつつトライ。何とかトップアウトしたが、レストを挟んで2回目のトライ。横の筋までは何とか行けるがその上のホールドが遠くて四苦八苦する。ここを突破しないとこの課題はトップアウト無理なので知恵を絞るしかない。 生木が倒れたよ 甘食 スラブの逆襲マンツーマンなので進行が速い。この後、すぐ下のツルカメスラブ?で2本昇って終了した。まだ14時前だったけど明日もあるので初日に疲れないことが肝要だ。再び美しい街道をドライブして、まだ明るいうちに韮崎に到着したのだった。
2026年04月16日
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今回の登山で秩父や荒船の山を歩いた。岩山が多かったので樹林帯で見るほどではなかったものの、いろいろな花が咲いていて苦しい登りにはとても慰められた。その花を紹介しますね。 東国ミツバツツジ 日陰ツツジ 初めて観ました。 イカリソウ ネコノメソウ ヒトリシズカ ミヤマキケマン 山藤 樹林帯の中に自然に咲いているのですが大きくて見事なヤマフジが沢山あって、山肌を紫色に染めていてこの時期ならではの景観でした。
2025年05月08日
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榎木孝明 さんの「30日間、食べることやめてみました~不食という名の旅~」という本を読んだ。榎本さんが30日間食べないで無事不食を終えたというニュースは読んでいて、ショックを受けた。更に終了後すぐに普通食の戻っていたのにも「そんなことして大丈夫なの?」という思いだった。俳優で画家の榎本さんと30日間の不食が結びつかないまま、それ以上追求する時間もなかったのでそのままになっていた。この本や彼の不食ノートを読んでやっと様々な疑問が解けるとともに、自分が甲田式断食療法にかなり縛られていたことに気づいた。 第一の疑問はなぜ突然30日間も食べないことを断行したのだろうということ。不食のきっかけは、榎木さんが20代から続けているインドを中心にした一人旅。飲まず食わずで帰国すると、いつも体調が良くなっていることに着目jしたことが始まり。「食べなくても生きられることを自分の体で科学的に調べてみたかった。」人体に対する究明心が旺盛で食べなかったらどうなるか自分のからだで実験してみたということだ。これは私は初めて断食を実行したときと同じだ。西洋の栄養学では食べないと栄養が無くなって死ぬと書いてあるが、日本の断食の本には生命力が高まると書いてある。本当に死ぬのか死なないのか自分の体で試してみようと断食に突入したのだ。しかし榎本さんは30日間の不食だから徹底している。私はまず3日間の断食から始めて安全を確認しつつ1週間まで延ばしただけである。探求心のスケールが違う。その感想「不思議ですが一度も空腹感はない。心地良い満腹感に満たされているような。苦痛を探してもないんです」。不食を貫いた30日間については「とても有意義だった。人間、意識次第でどうにでもなる生き物だと」。空腹感が無いことは共通するが30日間不食をやり遂げられるのはやはり常人ではない。「不食」と「断食」・「絶食」の違いは何だろう。不食、絶食、断食はいずれも「食物を体内に入れない」という点では共通しているが、「絶食」は主に医療行為やダイエットなど何らかの目的のための行為を、「断食」は主に宗教的な行為に対して呼ぶことが一般的。これに対して食欲と闘わずして食べない行為が「不食」と位置づけられている。「断」や「絶」は我慢や修行を強いるイメージがあるが、「不食」は不要、つまり要らないというある種の次元を超えた発想であり、そのコンセプトは「人は食べなくても生きていけるが、人生を楽しむ為の食は大いに結構である」と云うものである。決して食べない事を推奨したり、食文化を否定するものではないと言う。次の疑問は不食中に刺激物を摂っても大丈夫なのかということ。食べないと胃腸は空っぽで赤ちゃんの胃のような状態になっているから刺激物など厳禁だと思っていたがコーヒーや緑茶を摂取していたという。ノンカフェインの柿の葉茶ならわかるが珈琲を呑んでいたというのは驚きだった。排便は期間中、3回のみ。体の中にたまっていた宿便が出たと言う。これにも驚き。30日間で3回しか排便が無い!!。入院してドクターの管理下で実施しているから安全は確保されている。途中で血圧が上がったこともあり、専門家から塩分と糖分の補給をすすめられ飴や塩飴を食べたという。体重は当初の80kgから71kgまで落ちたが、そこから変わらない。食べないからと言って無制限に体重が減る訳ではないのだ。この辺りで丁度良いという体重で止まるのではないか。何という人体の神秘と精妙さ!!改めて知ったことは不食と断食の違いだ。私のしてきた断食は言わば病気を治すための方法であり、いろいろな制約があった。準備から本断食さらに復食期間があったし、日常の食生活にもいろいろな制約があった。この不食は食べないことは共通するがそのような制約はなくてかなり自由だ。 病室で絵筆をとる榎本さん 不食中でも珈琲を呑んでいる 不食終了後最初の食事・・こんなに固形物を食べて大丈夫なの?それにしてもこの晴れやかな表情!!彼は言っている。「不食」とは、いわば意識を拡大する為の一つの方便です。これからも新たな常識を創り出す覚悟です。」と。確かにその通りだ。この本を読んで食べないという行為に断食より更に広く自由な不食という概念を手に入れることができた。条件が整えば私も不食をしてみたくなった。
2015年11月03日
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9月30日台風接近の一日、朝から曇り空でどんよりした空が重い。何かしたいし外出したいとは思うのだが、最近低気圧が接近するとやる気がでない状況に陥っているため、この天気をものともせず台風接近直前の寸暇にどこかに行く元気がでない。止む無く近くの菜々の湯に行って2時間ほどお湯に入ってまったりして暇つぶしした。菜々の湯の駐車場は満員、考えることは皆同じのようだ。ここには大浴場・露天風呂に7種類のお風呂と、2種類のサウナを備えているので存分に楽しめる。ナノ炭酸泉、ジャグジー、電気風呂、シルキーバス、超熱波遠赤風呂(スーパーオートロウリュウ)、石壺湯など沢山の湯に浸かった。だんだん体が熱くなってくるのでテラスの籐の椅子にエマヌエル夫人(超古い!!)のように寝そべって体温を冷ました。雨が降りかかってひんやりして気持ちよかった。 浴室入り口 スーパーロウリュウ 上の丸い部分から熱波が噴き出す 手前には塩が盛ってあるのーんびりして出た所で黒酢を1杯飲んで喉を潤す。ささやかな楽しみだ。この看板にある筋膜はがしってどんなことするんだろう?街の本屋さんでも筋膜はがしの本を見たことがある。家族連れでまだまだ賑わう菜々の湯を出ると以外や以外、雨は止んでわずかながら日が差していた。
2018年09月30日
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11月28日四ツ谷の主婦会館プラザFスズランの間で木村道成さんを送る会が開催された。木村さんは山岳ガイドそれも通常のガイドが行かないような困難な山やルートを案内する独特のガイドだった。私はここ6年ほどずっと木村ガイドと行きたい山やルートに行ってきた。ところが今年3月、石廊崎を回ってくる予定で伊豆の海岸から宮田八郎さんと二人でカヤックで漕ぎ出した後、遭難して急逝してしまったのである。陸海空の各所から捜索してもらったが見つからず2週間後に沼津の海で遺体が発見された。宮田さんは更に数か月後に遺体が発見された。彼の告別式に松本市波田まで出かけたが、とても悲しく辛かった。気落ちして希望や目標を無くしてしまい、毎日が鉛色になった。そして半年が過ぎたこの日、最も親しかった二人の友人の尽力により送る会が行われたのだった。参加者は北海道から九州まで広範囲に渡り、ガイド関係者、山岳関係者に私のような彼のお客さんに当たる皆さんが100人余集まっていた。 中央には告別式で出されたと同じ彼の登山姿の写真が置かれ、純白のバラやトルコ桔梗の花が飾られていた。私たちはカーネーションを彼に献花し、献杯した。映像作家でもあった宮田八郎さんが撮影した彼の映像を見ながら、ガイド中の姿、アイスクライミング中の姿やテントの中の姿を観て彼を偲んだ。あの黄色いアイスアックスを両手に赤いアウターを着て豪快に氷を昇っていく様子がまるで昨日のようだった。 謝辞を述べる奥様木村ガイドと長く付き合ったきた方が彼との思いでを語り、木村さんが取り持つ同窓会のような温かい雰囲気の中で会が進行していった。最後に残された奥様、お子さん二人がそれぞれに夫、父の思い出を話された。最愛の人を失った痛切な気持ちや思いを心の奥深くにひそめた静かな話が心に沁みた。私はずっと彼亡き後、一緒に山に行くガイドがいなくてガイド難民状態だった。それを理由にグズグズしてきた。頭ではどんなに求めても彼は戻ってこないんだとわかっていたが、気持ちがついていかなかった。そして今日、強く決心した。彼無しで山にいくしかないんだ。どうやって行くのかその方策をきちんと考えてしっかり前を向いて山に行こう。それしかないんだ。道成さん、長い間有難う。貴方のおかげで普通なら登れないルートを登り、困難なアイスルートも昇れた。私を憧れの山やルートに連れて行ってくれた。最高に幸せな6年間だった。本当に有難う。そしてさようなら。 山でしか会えない多くの友人と街の中で再会できた
2018年11月30日
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2月23日かねてより取り組んでいた押し花額絵「里山の風景」がやっと完成した。長かった。いや長すぎた!!。この里山の風景に着手したのは記録によれば11月4日だから三か月半以上かかっていることになる。なぜこんなに長期間に渡って仕上がらなかったのかというと、季節柄アイスクライミングと押し花の両立ができなかったからだ。押し花レッスンの日にアイスが入ってレッスンをキャンセルしたことがあったし、アイスの翌日で身も心も押し花体制になれなかったことも多かった。最初は民家造りに苦労し、次は前景に苦労した。自分のイメージする風景と先生から指導される風景が異なっていたので、どうやるのがよいのか戸惑うことが多かった。今日は何としてでも仕上げようと決心して出かけたのだった。今日も最前面の花の配置に苦労し、うまくできなかったけど、とにもかくにも完成させた。心からホットした。 原画 絵額に仕立てた作品 民家の細部
2021年02月23日
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5月4日日曜日。GWもたけなわの今日から3日間で秩父・荒船・妙義方面の岩山を登る計画を立て、初日の今日は秩父の二子山西岳から東岳の縦走である。特急ラビューが満席だったため、普通電車のみで西武秩父に行かねばならず、3時半起床、4時20分出発でスタートした。西武秩父駅からガイドの車で1時間ほどのどかな新緑の里山を移動し、西岳の坂本まで行った。樹林帯の中に車を置き、西岳登山口から登り始める。最初から急坂で中々苦しいが耐えて一歩一歩登ってゆく。 樹林帯の途中から岩稜地帯になり、ガイドとアンザイレンしてけっこうヤバい岩の急登を続けてやっと二子山西岳に到着。とても面白かった。 西岳から一旦股峠まで下りそれから東岳に登るのだが、西岳からの下りがものすごい急降下、一直線に切れ落ちた壁を下るので下に見えるのは新緑の海ばかり、とにかくルートがほとんど見えない状態で下った。とてもスリリングで面白かった。 垂直の壁を下るUガイド股峠は以前Nガイドとスーパータコヤンというルートを登攀した時にも来たことがある緑の中の平らで安定した峠である。ここで一息ついて後半は東岳を登った。西岳ほど厳しくなかったので余裕だった。 東岳山頂 Uガイドと 西岳をバックに東岳はsuperタコヤンの終了点がある地点でボルトやスリングが見えてとても懐かしかった。そのルートを今は亡き篠原ガイドとともに開拓したUガイドは更に感慨深かったことだろう。東岳から再び股峠に下山し、そこで休憩。Uガイドが美味しいコーヒーとフィナンシェをふるまってくれてとても寛ぎ、山にいる喜びを感じた。股峠から坂本登山口に下山したがその道が深い落ち葉の急坂でちょっとしたバリエーションみたいに悪かったので疲れた足にこたえた。しかし無事、初日が楽しく終わって嬉しく、宿に向かった。参考タイム 最寄り駅4:42⇒西武秩父8:12⇒坂本登山口9:21⇒二子山西岳12:36 13:00 股峠14:04⇒東岳⇒股峠15:55 16:10⇒登山口17:08
2025年05月04日
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今日は有名人の名が付けられたバラの花を紹介します。ピンクに深紅にオレンジとはっきりした色がほとんどなのもその人の印象が強いということでしょうね。 マリア・カラス プリンセス・ド・モナコさすがは歌姫の圧倒的存在感!鮮やかなピンクで花の大きさは20センチはありました。それに対しプリンセス・ド・モナコは白に上品なピンクの縁取りで楚々とした雰囲気、優雅です。ステキな女性二人のイメージどおりにバラが作出されているのがすごいです。 ビクトル・ユーゴー ニコロ・パガニーニ文豪とバイオリニストも深紅の華麗なバラの名前になっています。 ケーリー・グラント クリスチャン・ディオールオレンジと赤の柔らかい色のバラ、なぜケーリー・グラントなのかわかりませんが少し慎ましやかでとても美しかったです。それに対しこれでもかというほど一点のにじみもなく真紅のディオール、さすがファッション界の帝王らしく他を寄せ付けない強さと美しさです。 プリンセス高松 プリンセスミチコ高松宮様はバラをいたく愛され、ご自分でも育てていらっしゃったのですが、そのバラ園から一部が谷津バラ園に寄贈されたそうです。典型的な剣弁高芯咲きの典雅な花姿、この気品には誰もかないません。谷津バラ園には高松宮コーナーがあります。それに対してプリンセスミチコの親しみやすさ、更にこのバラは強健でクライミングプリンセスミチコ(つるバラに仕立てた同種)もあるんですね。つまり強靭で美しく親しみやすいバラということになり、バラの作出家もよくイメージを捉えて生み出しています。
2009年05月16日
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6月26日土曜日。娘とグランピングをリサーチした後、隣接している千葉市花の美術館に寄った。ここは大昔、千葉市花の美術館という名前だったが、その後サンヨーメディアフラワーミュージアムと名前を変え、更に今年4月からは元通り千葉市花の美術館の名前に戻った。命名権をレンタルしていたらしい。梅雨時に晴れた土曜日だったせいかすごく大勢の入園者がいて驚いた。着物軍団やコスプレ軍団など普段は見かけないグループもいて目を見張った。 ハイビスカスの花が咲く本館外観 中庭とドーム状の温室この施設にはかれこれ20年ほど何度も来ているので何がどこにあるのか概要は十分に把握しているので、のんびりと季節の花やレイアウトを楽しみ、冷やかし、批評もしながらのんびり散策した。その季節と植栽デザイナーの考えに寄るのだろう、花もデザインも変化している。以前よりこじゃれているが、花や植物そのものの魅力はイマイチのような気がする。 とても珍しい色のアジサイが揃っている 純白で花びらのふちが縮れているアジサイを始めてみた 温室の風鈴ブッソウゲ クレオメが艶やか トーチジンジャー アンゲロニアの寄せ植え この大柄な花の名を知った アカンサスモリス 葉アザミ中庭にも色々な花や木が植えられていてとても優雅な気分になれた。散歩に疲れた後はレストランでケーキを食べて寛いだ。たまにはこういうのもよい。
2021年06月30日
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4月25日土曜日。前夜N響定期公演を聴いて帰宅したのが夜11時、それから入浴などしてすぐベッドに入り、今朝は早朝4時半起床して新幹線に乗って佐久平に8時51分に到着。久しぶりに佐久志賀の岩場で日帰りクライミング、参加者も6名いて楽しく過ごせた。一本杉エリアは既に何人ものクライマーが岩に取り付いていて賑わいをみせ、その中には友人女性もいて懐かしく声を掛け合った。まずハブアナイスデーを昇った。このエリアはどのルートも長いので1本昇ると結構疲れる。続いてエアースタンスにトライ。下部はほどほどなのだが上部が5.10bということでしぶとく粘り、何とかトップアウトできてホッとした。 賑わう1本杉エリア Nガイド エアースタンス 午後は一本杉から日向エリアに移動。いつもやってた左側岩場が満員だったので右側の岩場で「羊」。これは下部がハングで難しく上部も一筋縄ではいかない。Oさんが鮮やかで乗り越えて素晴らしかった。私は途中までクラックで上がり途中から「羊」ルートに入った。上部は垂直に立った平面でここがとても難しく、更に力を求められたがNガイドの指示でこちらも何とかトップアウトした。いつか「羊」下部から昇ってみたい。続いて「サウスポー」というスラブの初めてのルートにトライした。こちらも難しかったが頑張って曲がりなりにもトップアウトした。その後、左岩場が空いたのでそちらに移動し、最後に「フナ」を昇って終了した。とても充実した一日になった。 羊 フナ岩場のアプローチには初夏のような清楚な花が咲いていて心を潤わせてくれた。季節は確実に進み、巡っている。 エンレイソウ 一人シズカ スミレ
2026年04月25日
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4月26日日曜日。町内会総会に出席した後、午後は久しぶりに図書館に行ってゆったりと好きな雑誌をめくって寛いだ。まず定番の「山と渓谷」5月号。上高地特集を組んでいたがそんなものは見飽きている。今回は岳友の柏澄子さんが「凪の人 山野井妙子」でミズノスポーツライター賞を受賞されたのでその特集記事を真っ先に読んだ。この本は最初、この「山と渓谷」に毎月連載されていたものでそれを事後に加筆訂正して本に仕上げたものである。その当時から私は毎月ずっと楽しみに読んでいたのだった。伊豆の山野井さん宅に毎月通って長時間、話を聞き、それを文字に起こしてまとめた力作だ。こつこつと地道な仕事を続けている澄子さんが今回、スポーツライター賞を授与されたことは古くから彼女を知る者として本当に嬉しい。あともう1本はこれも友人の谷山典英さんのインタビュー記事「中村みつお」である。中村みつおさんは味わいのある短文を独特の筆体で書いたイラストで知ってはいたが、まさかクライマーとは知らないし、まだ存命でしかも私よりも若い男性だったのでけっこう驚いた。 これがメインであとは「音楽の友」と「ダンスマガジン」を楽しんで読んだというより美しいダンスシーンの写真を眺めた。 図書館は静かだし本が沢山あるので、時間がある時に過ごすには最高の場所だ。それに往復歩くとちょっとしたwalkingも兼ねるから一石二鳥だ。穏やかな日曜日が過ぎていった。
2026年04月27日
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